9月の日記です。

Qを寝かすとき
Qはなかなか寝つかないから、9時をまわるといつも僕も妻もQといっしょにしばらく布団の上に転がっています。Qがいろいろ踊ったり歌ったりしても知らん顔をします。でも見ていると面白いのでつい、笑ってしまって、その瞬間にQと目が会うと、Qは大喜びで突進してきます。べたっと顔を僕にくっつけます。それでも僕は気を取り直してQになにをされようとも背中を向けて読書をします。妻はとても徹底的にこの時間のQに対しては無視します。しばしばおどけるQに負けてしまう僕をにらみつけます。とてもこわいです。しかしこういう場合、僕がいい人で、妻が悪い人に見えてしまうかもしれませんが、それは事実です・・・あ。間違えました。事実じゃありません。

僕は1日のちょっとのあいだしかQにあえないので、ついついQと遊びたくなってしまうのですが、妻は1日ほぼべったりQの世話をしているので、その教育の一環として規則正しい生活をさせるために、あえて心を鬼にして、この時間のQを無視することにより寝かしつけるのです。だから、妻は間違っていないと思います。でもにらみつけてほしくないです。

妻はうちでは家族の中で唯一、二重まぶたの持主で笑うとたれ目なので、根はとてもかわいい顔をしていると思うのです。もう少し内面をきちんとコントロールする努力をすれば、もっときれいになるのではないかと僕はしばしばアドバイスをするのですが、僕の言うことは常に正しいのでたぶんくやしいのでしょう、あまり素直には受け止めてくれません。いろいろ夫婦関係というのは難しいことが多いです。国際関係にもたとえられます。すべてはメタファーであります。と、「海辺のカフカ」の登場人物の大島さんは語っておりました。たしか。

なにはともあれ、本日も無事Qは勝手に眠りました。
2002年09月30日 22時32分40秒

模造人間
1日中曇っています。予報ほど雨は降りません。時々思い出したようにパラパラと雨は通り過ぎます。朝は走ることができました。走りながらやや伸びて来た髪の毛がうっとうしく感じました。そこで床屋へ行きました。非常に髪を短くしました。スポーツ刈りの一歩手前ぐらいの髪型です。頭の側面と後ろの方はだいたい3ミリくらいの短さにしました。頭の上のほうはもう少し長めですが、これでしばらくは床屋に行かないですみます。

さっぱりして床屋から帰って、玄関のドアを開けると、いつものように、Qがオカエリーと言ってトコトコトとかけよって来ます。しかし、僕の短い髪型を見て後ずさりをするのです。そしてワッと大泣きして逃げてしまいました。そんなにひどい髪型なのでしょうか。それとも僕は気づかなかったし、家族のほかのメンバーも気がつかなかったのですが、僕が床屋に行っている間に、僕はいつのまにか宇宙生物にでも乗っ取られて、すでに僕は僕でなくなっていたのかもしれないです。宇宙生物に乗っ取られてしまった僕は、実は僕ではなく、擬似記憶を取り付けられただけの宇宙生物によって作られた模造人間なのです。そのことをQだけが気づいた。そしてQは本能的恐怖を覚えて泣き出したのです。他の家族の誰もが、それどころか僕自身でさえも、ここにいる僕はいつもの僕だと思っている。そういうことなのかもしれないです。

それにしても、家にいると、Qは隙あらばからだごと僕に突進をしてくるのです。けっこうな肉のかたまりであるQの体当たりを受けとめるため、僕は家の中ではつねに身構え、精神の緊張を保っているのですが、今日床屋から戻ったい30分の間は決して僕のそばには近づこうとしなかったのです。このため僕は非常にリラックスした気分で部屋で転がることができました。これは非常によかったです。しかし、そのうちQもだんだんなれてきて、僕の頭の後ろのほうのチクチクした短い髪の毛を手のひらでこすって、バア、とか言って面白がるようになりました。バアとか、ピャアとか、Qは非常に表現力が豊かでありますが、これでも来週2歳になるのです。

古本屋で、前々から探していたモームの「かみそりの刃上・下」(ちくま文庫)を発見しました。上下セットで200円。インド的人生観がテーマの作品というのを聞いたことがあったので前から読みたいと思っていたのです。読書中。
2002年09月29日 16時34分33秒

刃こぼれ
別に僕が気にすることではないのですが、今日は雨模様のため、朝シュンタの少年野球チームから連絡網が回ってきて今日の練習は休みになりました。明日はシュンタは違いますが、チームの子供の大部分が通っている小学校が運動会であるため、また練習は休み。せっかく入団したのに休みばかりなのです。今日は結局朝はよく降っていましたが、それからずっと曇り空が続いていたので野球の練習は充分できたと思うのです。残念です。僕が残念がることはないけど、残念です。残念なのでさっきシュンタとキャッチボールをしました。たった3回練習に参加しただけなのに、キャッチングがやたらうまくなっていたのにびっくりしました。今日練習していたらもっとうまくなっていたかもしれないのに残念です。僕が残念がることはないですが。

今日は昼から妻がペチカとシュンタを連れて買い物に行って、僕はQと留守番していました。Qが昼寝をしてから、僕ベランダのカメを観察しました。カメはここのところ涼しくなってきたので、配合飼料だけ与えても食欲が落ちてきています。冬眠に向けてしっかり食べておかなければいけないので、たまには豪勢に生肉でも食べさて食欲を刺激させようと僕は思いました。だから冷凍庫のカチンコチンになった鶏肉を取り出して、台所で、カメの食べられる適切な大きさに切ろうと思いました。しかしカチンコチンになった鶏肉を包丁で切ろうとしてもなかなか切れないのです。僕は包丁をカチンコチン鶏肉に全体重をかけて押し当てノコギリのようにギコギコと切断作業にかかりました。そしてなんとか親指の先くらいの大きさの鶏肉の断片を二つ、切り分けることに成功しました。そしてベランダのカメは、僕が切り分け、そのあと、お湯でふやかした鶏肉の断片をとてもうまそうに食べました。よかったよかった。

しかし。

大変なことが起きてしまいました。

ベランダでカメの鑑賞を終え、台所の包丁を洗っておこうと、もう一度手に取ると、なんと包丁の先端の刃が、カチンコチンの鶏肉をギコギコしたせいで、ボロリと大きく欠けてしまっているではありませんか!

黙っていよう。このまま知らんぷりしていよう。なにがあってもシラを切り通そう。でも。僕は最近の社会情勢について考えました。外務省や大手食品会社について考えました。日朝国交正常化交渉について考えました。隠しごとというのは必ずばれるのです。だから妻が帰ってきたとき、僕はすぐさまかけよって、謝罪しました。ものすごく怒られました。僕はただただ黙って耐えました。子供たちが心配そうに僕を見ています。僕がいつ反撃に出て家庭内が戦争状態になってしまうのではないかとおびえていました。しかし僕は耐えがたきを耐えました。たかが刃こぼれくらいで、とか、子供の前でなんでそんなに怒るんだ、とか、もし僕が同じように日常生活のちょっとしたミスについて僕が指摘したらへらへら笑ってゴメンゴメンといって指摘が1歩でも注意(ほんの軽い注意)にまで踏み出そうものならただちに反撃に出てくるくせに、とか、そもそも包丁の刃こぼれについてなぜ妻に謝罪しなければならないのだろうこの謝罪には正当性の根拠というものはそもそもあるのであろうかいやもしかしたらこの刃こぼれは僕の責任ではないのではないか、とかそういうような心の中のタカ派世論を僕は断固として押さえつけました。

僕は世界の平和について考えました。そして嵐は過ぎ去りました。われわれは3時のおやつを食べました。食べたあと、シュンタとキャッチボールをしたのです。
2002年09月28日 16時57分19秒

早朝のからだ
今朝も冷えました。僕はTシャツと短パンで眠っていました。そのまんまでした。ただ敷布団の上に転がっていました。朝方5時半くらいでしょうか寒い寒いと思って目がさめました。寒くて寒くておしっこにいきたくなりました。寒いとトイレが近くなります。冬になるとよく目がさめてトイレにいきます。夏の間はそういうことはないのですが、冬の間は、僕はしばしば寒さに身をさらして体を冷やしてしまうのです。夏はのがれようもなく暑いのです。冬は僕は野宿生活ではないのでいちおうは暖かくして眠れます。しかし一応あちたたかいのですが、そのあたたかさから、しばしば僕は逃れてしまうのです。そして忍び寄る寒さに身をさらすのです。冷えた体からは、水分を放出する余裕もなくなり、きゅっと体の中に水分を押し込めるのです。おしこめられるとやはり出したくなるのです。ということでトイレです。

まだまだ冷え込みのはじまりです。しかしこういう時のひやっとした感じこそ、冬場の忍び寄る寒さに匹敵するのです。僕はのがれようもなく身をそのはじまりの寒さにさらしているのです。そして何日か前みたいに裸体になってしまったりするのです。セキがでます。声がなんだかかすれています。でもだれも大丈夫?なんていってくれないのです。そうやって人は強く生きることを学ぶのです。

冷えた朝なので、トイレからもどると僕は押し入れからかけぶとんを出して、そこにもぐりこんで眠りました。今朝はおそらく雨であろうと思っていたので、走る気はなかったのですが、曇りの朝でした。でももう起きたくなかったので7時過ぎまで寝ました。1度冷えた体をふとんの中であたためると、僕の体というのは不思議なもので、いつもくしゃみがでてくるのです。なぜなんでしょう。くしゃみをすると、横で妻が目をつぶったまま不機嫌な顔をするのです。それからQも不機嫌そうに僕たちの間で回転するのです。赤ちゃんというのは一晩中くるくる布団の上を転がっています。Qは長袖のあったかそうなねまきを着ていて、おなかにタオルケットを巻きつけているだけですが、あまり寒そうではありません。寒そうではないのですが、とてもむっつりとした不機嫌そうな顔で寝返りを打つのです。その表情が妻によく似ているのです。そして僕はまたくしゃみをしました。これは僕が悪いのでしょうか。僕はくしゃみなどしたくないのです。しかし僕のからだは勝手にくしゃみをするのです。くしゃみをするこのからだはいったい何物なのでしょう。そしてこの僕はいったい何物なのでしょう。この僕のこのはどこまでがこのなのでしょう。・・・そういうことを考えながら再び7時過ぎまで眠ったのです。
2002年09月27日 22時31分16秒

朝はどんどん冷たくなってきます。ついこのあいだまでの暑さはどこかへ行ってしまいました。走るにはちょうどいい冷たい空気です。もやのかかった頭の中が走っているとだんだ晴れて来ます。朝ご飯を食べる頃が僕は1日で一番調子がいい。しかし、1日の大部分は、なんだかいつもモヤがかかったみたいなのです。人間の脳みそはどんな天才でもかなりの部分を死ぬまで使用しないで終えるらしい。もし何か脳に傷害事故が起こったときに、すべての脳みそをすでに使いきっていると、ちょっとした傷害からでも回復できないので、予備として、あえてまったく使っていない部分というのは必要らしいですが、それにしても、かなりの部分は眠っているのです。そして常に使っているわずかな脳みそは日々滅びていく。僕のちっぽけな意識の上につきまとうこのモヤモヤはなんとかならないものでしょうか。僕の生活の大部分は霧の中なのです。霧の中で迷いつつ、同じ所をくるくるまわりつつ僕は生きていて、でも時には、霧に包まれた世界そのものに美しさを見出したり、時には、晴れた青空がつかの間頭上に開けたり・・・こうやって夜の時間は、僕は霧の底に沈殿しています。霧の向こうにいつかたどり着く日があるのでしょうか。向こうではなく、ここは本当は別の景色かもしれないのです。沈殿していても僕はどこかから手がかりを見つけるのです。誰かは上手に迷路を迷わず進むのでしょう。魔法の力で霧を消しちゃう人もいるのかもしれない。そもそもいつも澄み渡った意識の人、というのもいるのかもしれない。僕はとにかく霧の中を歩くことをやめてはならないように思います。沈殿の中にもなにかを見つけるような根性が必要です。僕はいろいろな点で浅墓であります。沈殿の中で、僕は、心行くまで過ぎたことをくわー!とかいいながら恥ずかしがったりするのです。もしかすると、その恥ずかしがり方がそもそも、みずから不正直になろうとして撒き散らす霧なのかもしれないです。
2002年09月26日 22時38分14秒

孤独の夜
今朝、僕が会社に行ったあと、両親は帰っていきました。僕が会社から帰ると、両親どころか。妻も子供たちも誰もいませんでした。今日は妻が時々参加している近所のママさんバレーの集まりがあるのです。静かな家の中です。一人で食事をして、風呂に入りました。こういう静かな秋の夜もいいもんです。

いつ帰ってくるのでしょう。

昨夜、ここ数日寝る前に読んでいたポール・オースター「偶然の音楽」(新潮文庫)読了。救われない話です。孤独が身にしみるのです。しかしなぜかこういう話しというのはけっこうしつこく記憶に残るのです。
2002年09月25日 21時26分32秒

真夜中の裸の目覚め
からだが少しだるい。熱があるのでしょうか。熱をはかって微熱でもあろうものなら僕は大騒ぎして家族一同からイヤがられます。だからイヤがられないために僕は平気な顔でガマンしているのです。原因もわかっているのです。昨夜は僕は夜中に寒い寒いと思って目がさめるとなぜかTシャツを脱いでパンツ一枚で眠っていました。知らないうちに脱いでいたのです。夏の暑いときに僕はしばしば夜中に無意識のうちにハダカになって眠ってしまったことがあります。あと、酒を飲みすぎて目を回して眠ったときなんかもなぜか脱いでしまいますね。昨日はどういう外的状況が僕をハダカにしたのでしょう。まったく、どうしてそういう愚かなことをするのでしょう。

昨夜は僕は残念ながら僕の聖域を父に明渡したのです。私は毎晩ソファでは寝たくない、と妻がとても真剣に怒って僕に抗議したのです。僕の部屋に父が寝れば、すべての問題は解決するのです。僕は真剣な抗議には耳を貸す寛大さがあります。そこで僕は僕の聖域を明渡したのです。僕の部屋はとても涼しくて、快適に眠れたのです。でも昨日は妻とQが横にいて圧迫感を感じたのです。部屋の温度も3人分で相対的に暑く感じたのであると思います。でもハダカになてしまうには季節はすでに変り始めているのです。

朝の冷え込みで体調はややすぐれないような感じもします。しかしおなかは空くのです。体調が悪くてものを食べれない、という経験があまりないように思います。だから夕飯をしっかり食べたからと言って僕が元気とは限らないのです。それにしても適度なひんやりの夜であるこの季節はいいですねえ。秋です。
2002年09月24日 20時12分00秒

鹿
今日はゆっくり眠って走るのも休もうかと思ったのですが、7時前に目がさめたので、走りました。半そで短パンでは走りはじめが肌寒いです。くしゃみがでました。走り終わるまでにはほどよい涼しさになります。これからは秋分の日も過ぎましたので、夜明けがだんだん遅くなってじわじわと寒くなってくるのです。季節の移り変わりは早いです。はたちをすぎたら僕の感じる時間の流れは徐々に速くなりました。そして30をすぎたらますます僕の感じる時間は加速しています。最後にはビュンと光の速さを超える時間を感じて僕はどこかにワープするのだと思います。宇宙戦艦ヤマトみたいに。さらば地球よ〜♪、です。

最近は走り終えるといつもジャングルジムを利用して斜め腕立て伏せをしています。腕立て伏せをかならず20回します。それと寝る前には普通の腕立て伏せ15回、腹筋30回、スクワット20回をします。非常にわずかなトレーニングですが毎日続けることは、継続は力なり、です。継続は力なり、と妻の妹の結婚式のとき、新郎のこうちゃんの上司がスピーチしていました。「結婚生活の継続」を何かのチカラ、に結びつける考え方がおもしろかったので記憶に残っています。幸せ、より先にチカラ、が出るところがとても斬新ないい感じでした。僕は腕立て伏せをしながら時々、こうちゃんとさっさんの結婚式のときのことを思い出します。たくさんたくさん料理が出たように思います。あのとき僕は、つい数ヶ月前にはゆるゆるだった礼服のウエストがきつくてたまらなかったのです。そして結婚式でも食べ過ぎて、ああなんで僕はこんなにどんどん太らなければならないのだろう、と少し気が重くなりながら、イセエビのグラタンを食べていたような記憶があります。

朝ジャングルジムを利用して斜め腕立て伏せをしている僕は、しかしそのころよりもおなかは縮んできていると思います。継続は力なりであります。努力をしていつか僕が時間の流れのかなたへワープをしてしまうその日まで僕は僕のカラダをきっちり保とうと思うのです。きっちり保とうが保つまいが結局は生物の運命というのはどれも同じようなものなのかもしれないのですが、これは好みの問題であります。好み、というのは運命に立ち向かうものなのです。決して軽視すべきものではありません。

今日は妻と子供、および両親をつれて、奈良へ行ってきました。大仏を見て、それから法隆寺にもいきました。大仏様の鼻の大きさに穴をあけた柱が大仏殿の中に一本あって、そこをくぐると幸せになるそうです。行列ができていました。子供たちはするするとくぐってたいそう気に入ったようです。しかし、僕は肩でつかえてくぐれませんでした(そのことが今後の僕の人生において象徴的な意味を帯びないことを祈ります)。奈良公園にはたくさんの野生の鹿がいました。昔ペチカが3歳くらいの頃、こういった鹿にむじゃきに近づきおもいきり頭突きをくらい、ぽーんとはねとばされたことがあるので、鹿はちょっとこわいです。しかし、いろいろなシカがいるのですが、時々、はっとするような美しいシカもいます。今日出会ったある若い牝鹿は、たとえていうならば僕に初恋の時のような感情を思い起こさせました。僕の初恋の女の子がシカのような顔をしていたわけではないのですが、はっとする美しさの点で共通する点がありました。記憶を引き出す美しさというか。初恋の時の感情が引き出された引き出しと同じ引き出しを引き出す美しさがその鹿にはあったのです。この鹿との出会いは今日の収穫でした。
2002年09月23日 21時33分03秒

俳優で詩人
今日は日曜日ですが、会社の社員研修がありました(しつこいようですが、そのおかげで今日は子供たちの運動会に行けませんでした、こういうのはしつこくぶつぶついいたくなる事柄であります)。研修では、あるテーマについてレポートを書いてたくさんの人の前で発表するはめになりました。そして僕の観点についてさまざまな難癖がつけられるのです。僕は褒められるのが好きです。けなされるのはキライです。けなされないよう、べらべらとよくしゃべりました。しかししゃべるというのはむずかしいです。僕は演技を学ばなくてはなりません。俳優の修行をしなくてはなりません。

演劇について僕は何一つ知りませんが、ときどき、公園などで、熱心に演技の練習をしている劇団の人を見かけます。僕もいっしょに練習させてもらいたいな、とちょっぴり思います。別に映画俳優になりたいと思ったことはこれまで1度もないのですが、ある感情を全身で表現するというのはとても興味があります。僕は感情表現が下手であると思います。

こうやって日記を書くことは、気持をうまく言葉にする練習になっているように思います。かたちになれないモヤモヤとしたかわいそうな気持たちが、僕の心の中にはたくさん住んでいるのです。だから、こうして毎日日記を書きたくなる。そして心の気持だけではなく、カラダにおいてもモヤモヤしている、かわいそうなカラダの気持が住んでいるのです。走ることはそのカタチになれないかわいそうなカラダの気持の、ひとつの表現であるのかもしれません。

そしてさらに僕はかわいそうなカラダの気持のために演技する日常についてあこがれます。そう,なにごとも演技が必要です。カタチにあてはめなければ、伝わらないのです。これが本当の気持だ、と誰かに伝えた時点で、それは本当の気持をかたどった何物かになるのです。その何物かの向こうを見るためには、その何物かはできるかぎり精巧なつくりものでなくてはならないのではないか、やはり人は俳優であり、詩人にならなければいけないのではないかと思います。ということを考えました。研修の内容とはまったく関係ありませんが・・・。
2002年09月22日 22時04分45秒

迫害
夜中に1時間ごとにQが大泣きをしたのでよく眠れませんでした。Qが夜泣きをすることは非常にめずらしいのですが、なにかこわい夢でもみたのでしょうか。1時半、2時半、それからあともう一回泣いて、僕はそのたびにきちんとQを抱えあげ、ゆらゆらゆらして落ち着かせていたので、朝6時に目覚ましが鳴ったときは、ああまた起きるのかと思うと、起きて走りに行く気力がわきませんでした。7時過ぎまで眠って、出勤。1日缶詰で研修を受け、その他いろいろ帰ると8時をすぎていました。明日も出勤です。運動会にいけません。僕の両親が代わりに見に行くようです。今日から何日か泊まります。寝るところがないので僕のパソコンと本だなが置いてある部屋で寝てくださいなんて妻は無邪気に言うのです。でも、僕はその部屋に寝てもらいたくないのです。僕の真夜中の自由が侵害されるのが涙が出るくらいイヤなのです。ペチカとシュンタの部屋でいっしょに寝ればいいじゃないかというのですが、ペチカとシュンタは巨大化をしているので、父母ペチシュンはひとつの部屋では眠れません。で開いている僕の聖域に僕の父が眠ると言うのです。僕は寝る前に一人で自分の部屋に閉じこもる自由もないのでしょうか。これから数日パソコンで日記を書けないと思います。夜中に本だなの本をいろいろ開いて読むこともできないのです。そんな数日のことでおおげさだ、あなたはバカではないかと、そうやって無神経なことを妻は言うのです、いつも言うのです。ぼくの本だなに隙間があったら、ちょうどいいといってすぐ子供のコロコロコミックを並べるのです。そういう、無神経さというのに、僕はがまんがならないのです。・・・・疲れました。でも抵抗します。一生かけて僕は僕の自由を勝ち取るのです。逃げはしないのです。戦うのです。

・・・・3時間が経過しました。交渉の結果、僕の聖域は無事守られました。僕は僕の部屋で眠ることになりました。その他のメンバーはうまく分散して眠っています。眠るスペースというのは想像力を働かせればいろいろ見つけることができるのです。妻はそういうちょっとした工夫のスペースで眠ってもらいます。何が起ころうともどんなところでもすぐ寝るんです。どんなにケンカしてもさっさと寝るのです。ハガネのような精神です。そして僕の繊細な精神を「男のくせに」云々と性差別的な観点から批判するのです(そんなとき、僕は真剣にだったらオレはオカマになってやろうじゃねえか、と思ったりします)。父母はめったに会えない孫と寝たほうがいいのです。Qなんてほとんど会うことないのだから母にはQと寝てもらいます。父はペチカとシュンタといっしょ。僕は親孝行をしているのです。でも孫は年々巨大化しているのです。僕はひとりで眠るのです。Qが夜泣きをしてももう今日は眠るのです。自分勝手です。わかってます。改めて指摘されるまでもないことなのです。
2002年09月21日 21時16分46秒

ときどきやってくる。
家に帰るといつもどっとくたびれている。くたびれているけど、おなかはすいている。おなかがすいてごはんはしっかり食べるけど、頭の中は霧がかかっている。全体的にだるい。テーブルに子供たちが近寄ってきていろいろ話してくれる。話してくれるけど、ついつい生返事になっていったい何を話していて、僕がなにについてうなずいたのか、うなずいたのは僕なのに、さっぱりわからなくなる。それなりに外へ出ていると緊張しているのです。緊張が一気にほぐれて限りなく、だらしなくなる。今日も8時前に帰ってからずっとだるくて、そしてQがなかなか寝なくて、いっしょにゴロゴロしていたらますますだるくなってしまって、気がついたらもう10時半になってしまった。こうやって1日労働して、帰ってからはだるいだるいといってゴロゴロしながら僕は死んでいくのでしょうか。ものすごく悲しい気分になってきました。周期的に僕はとても悲しくなります。そういう気持を誰もわかってくれないのだと、絶望的にイライラします。たぶん明日も会社へ行かなくてはならないからますます悲しくてイライラした気分になっているのだと思います。思いきり悲しい気分になる。

でも・・・・そう・・・悲しみの感覚とはこういうものなのか。僕は受けとめるのです。・・・・起きあがりました。腹筋と腕立てとスクワットをはじめました。ほぐれた緊張をまたひきよせます。人生は短いのであります。その事実を見つめるのです。そして立ち向かうのです。
2002年09月20日 22時39分32秒

おしりの痛み
運命的疲労には強い意志を持って立ち向かわなければなりません。明日は早起きをして走ろうと思います。

新幹線の座席には行きも帰りも運良く座ることができました。3時間じっと座席にすわっているとおしりがいたくなります。クルマの運転をしていてもそんなにおしりはいたくなりません。だから僕は新幹線の座席に座ってクルマの運転をしているときみたいに、腕を前に出して見えないハンドルをにぎっているかっこうをして本を読みました。でもやっぱりおしりは痛かったです。おしりは痛かったけど、行きの新幹線で、「海辺のカフカ」下巻を無事読み終えました。村上春樹さんの小説はとても読みやすいのですが、すごくむずかしい。この作品をどれだけ理解しているのかよくわからないのです。でもこの小説の重要な登場人物であるナカタさんに惹きつけられた星野さんのような感じで僕は読むのです。そして本をもっといろいろ読もうと思うのです。

そしておしりを痛くした新幹線の日帰り往復ですが、僕は運命的疲労に意志をもって立ち向かおうと思いました。
2002年09月19日 23時44分20秒

運命的疲労。
今週は朝がとても眠いので、走れません。明日は早起きしますが、そのまますぐに出張で東京にいくので走っている時間がありません。明日は新幹線の行き帰りでしんどいと思うので金曜日の朝は起きられるかどうか不安であります。新幹線の移動での疲労というのは非常に不健康な疲労であります。体は外から疲れなければなりません。中から疲れるのは不健康な傾向があります。さらに土日は会社で朝から晩まで研修があって(そのせいで日曜日にはペチカとシュンタの運動会があるのに見に行けないのです)、研修はとても眠いので、朝走ってしまうととてもつらいからついつい気持が走りたくないような方向へ行ってしまいそうです。しかしこういうことを書くとどんどん走らなくなってしまいそうです。フルマラソンを走ろうと思うと、ハーフマラソンというのはとても短く感じるのですが、ハーフマラソンを走ろうと思うと、なぜか21キロと少しの距離がものすごく長く感じられます。その感じは、「アキレスと亀」、という古代ギリシャの哲学的難問を思い出します。アキレスはどんなに早く走っても哲学的に考えるとカメを追い越すことはできない。距離はどんなに短くなっても無限小に向かってどんどん伸びていくのです。今週は哲学的にくたびれている週なのであると思います。体は微妙に何か基準の下に調子の波があるのです。体調はある意味でとても運命的なのであります。僕のせいではないのです。
2002年09月18日 21時48分22秒

ピーピーピー。
今日は朝から大雨でした。休み中、僕はシュンタの少年野球関連で非常に落ち着かない心境でした。なにをそんなに大騒ぎをしているのか、われながら驚いてしまいます。子供に関心を寄せすぎるのは、子供にとってはいい迷惑であります。そういう気持っていうのは無意識に子供の中に積みたてられて、そのうち心からいやがられてしまうのです。適切な距離をとらなければ・・・反省いたします。

心境は常に落ち着いた状態になるよう心がけたいものです。雨降りの1日は、落ち着いた心境になることができます。電車通勤で「海辺のカフカ」の下巻を読みました。まだ読み終わっておりません。僕は本を読むのが遅いのであります。村上春樹さんの本を読むと、何事も落ち着いてきっちり対処しなくてはいけないな、と思います。べつに何事も落ち着いてきっちり対処しなさい、ということがテーマである小説ではないのであると思うのですが、たとえば、この小説にでてくるナカタさんという人は一口32回咀嚼してごはんを食べているので、食べ終わるのにかなり時間がかかるのであります。そういうナカタさんについての記述を読んでいると僕はなにごともきっちりしなくてはいけないな、と思うのであります(なんだか文章がナカタさんなのであります)。

雨はやみましたが静かな夜です。海辺のカフカ、続きを読もう。この瞬間、日本全国で何人くらいの人がこの小説読んでいるのでしょうか。そういうことを考えると、へんな感じです。別に数万人でも数千人でも何人でもいいんですが、時々、夜中にこの小説に限らず、本を読んでいて、ふと、これと同じ本を今、何人の人が読んでいるのだろう、と考えることがあります。僕が想像の中で浮かび上がらせるその本の世界の情景を、誰かもまた誰かの想像の中で浮かび上がらせていて、夜中の時間をすごしている。ピーピーピー。想像の世界の中で、通信したくなる。僕は今この本を読んでいます。あなたもこの本を読んでいるのですね。ピーピーピー。ではまた、続きを読みます、あなたも続きを読んでください。ピーピーピー。
2002年09月17日 20時46分42秒

シュンタの入団
朝7時過ぎに起きて、シュンタをつれて野球チームの練習場に行きました。シュンタを置いてすぐ帰るつもりが、コーチにいろいろ親切に話しをしていただいて、気がつくと、僕の手には練習用と試合用の2着のユニホームと、入団申込書が・・・。いえ、まだ、入ると決まったわけではないのです、あくまでも本人の意志が大事ですので今日の練習の結果しだいでは、まだなんともいえないのであります、と僕は言ったのですが、温和なコーチはにっこり微笑んで、だいじょうぶですよ、と、とりあってくれません。迎えにくるときまでに申込書を記入して印鑑押してもってきてください。それと、これが必要な道具のリストです、スパイクと、アンダーシャツと、帽子、と・・・。僕はハイハイと素直にうなずいてリストをチェックしました。もはや、後には引けない状況となりました。朝ご飯を食べてないのに、9時過ぎまで、コーチの解説を聞きながら、シュンタの練習を見学することとなりました。

練習には、元野球選手のお父さんたちが何人かボランティアでコーチをしています。あ、あの人は、PLの野球部出身で、あの人は、近大で野球やってプロ1歩手前だった人です、はい、そうです監督は浪商出身で甲子園経験者です・・・コーチはお父さんたちのおそろしい経歴を解説してくれます。春のセンバツでは、このチーム出身の少年たちが大阪府代表ではなく、どこかの県にそれぞれ野球留学していて、3人も甲子園に出場したそうです。僕はそういう話しをきいて震えあがりました。なにか踏み入れてはいけないところに足を踏み入れてしまったような・・・。ふつうのお父さんはいないのでしょうか?と僕がきくと、コーチはにっこり笑って、私は普通ですよ、好きだったけど野球部には入ってなかったし、息子に野球をやらせたくて、去年から、このチームに入れたんですけどね、いつのまにかコーチになって、はい、そうですね、休みの日は朝の8時半から夕方5時半まで、全部練習にはでてますよ、ええそうですよ、私は、普通ですねえ・・・・・・普通じゃないと思います。

シュンタはちょっと緊張した表情でランニングをしたり、柔軟体操をしています。昨日はあまりよく眠れなかったみたいです。僕が話しをしていたコーチの息子さん(4年生)以外、誰も知らない子ばかりなのです。僕の息子であるので、他人と仲良くなるのはもしかするととてもヘタなのではないかと、僕はものすごくハラハラしています。ハラハラしているけど、ハラも減ったので、キャッチボールタイムになってコーチが指導に向かうのを機に、僕は帰りました。だけど、気になって、夕方、泥だらけのシュンタを迎えに行く前に、昼間、2回ほどこっそり練習をのぞきに行きました。ひとりで行くのもなんなので、妻ペチカQもいっしょに誘って、あきれられました。かなりバテ気味な様子でシュンタは走りまわっていましたが、ときどき、チームメイトの男の子に声をかけられてニコっと笑っていました。なんか泣けてきます。ガンバレガンバレとアホ親丸出しでシュンタを応援したくなります。

夕方、コーチに入会申込書をわたしました。ついに入団してしまいました。
今日は非常にそわそわと落ち着かない1日でした。
2002年09月16日 18時43分12秒

シュンタの休日
今日は朝、自宅周辺のいつものコースを軽く走りました。昨日たくさん走ったので、やや足腰がはっているように思います。全体にからだは、だるく、からだのだるさは精神状態にも影響を与えます。そういうだるい精神状態で、読売新聞を読んでいたら、書評欄にさっそく「海辺のカフカ」が紹介されていました。その書評は読んではいけない書評でした。おもいきり事細かにあらすじが書いてあるのです。なんという無神経な書評でありましょうか!僕は非常に朝から、がっくりしました。しかしあらすじだけの作品ではないので、今朝の新聞のことは忘れて、ふたたび僕は読書にはげもうと思います。

読書に励もうと思ったら、今日は午前中、シュンタが空手のエンブをするので見に来てくれというので、見に行きました。エンブというのは、舞台で空手のワザを演じるので演武です。どういうところでやるのか、聞いていなかったので、行って見てびっくりしました。場所は近所の公民館で、そこでは老人会の敬老の日お祝い集会が執り行われておりました。お祝にかけつけたエライ人たちが、みなさん、おめでとうございます、と会場のおじいちゃんおばあちゃんに演壇から挨拶をしていましたが、そういうエライ人たちもみんなとってもおじいちゃんでした。このごろのお年よりはみなさん健康で長生きされてなによりでございます、というような話しを長生きで元気でなによりのおじいさんがお祝していました。おじいさんたちの挨拶は何人も続き何をしゃべっているのかよくわからないけど、それぞれ永遠に続くかと思われるほど、長い長い話しが続くのです。

そうやって、予定の時間を大幅にオーバーして、ようやく余興タイムになり、さあ、シュンタたちの演武がはじまるぞ、と思ったら、今度は大柄な中年の女性の集団がレオタード姿で舞台に勢ぞろい、なにか激しくダンスをはじめました。僕はQを抱えてそのダンスを直視してしまい、そのまま金縛りになったように、動けなくなってしまいました。なぜ金縛りになったかというと、ええと、説明しようとしてもどうも、その、言葉が金縛りにあってしまって、うまく説明できないのでやめておきます。

それが終わるとようやくシュンタたちの演武がはじまりました。なかなかかっこよかったです。おじいちゃんおばあちゃんたちも、あたたかい拍手を送っていました。でも僕はなんだか午前中、いろいろ圧倒されてくたびれました。

夕方シュンタと野球をしました。僕がゴムボールを投げて、プラスチックのバットでシュンタが打つのです。シュンタが野球チームに入ったらこうやって休日に遊ぶことも少なくなるんだろうな、なんて考えていたら少しさびしいような気もしました。明日は早起きしてパイレーツの練習にシュンタを連れていきます。
2002年09月15日 20時16分23秒

野球少年シュンタ(9月14日日記後編)
昼から、家族みんなで、シュンタが誘われている、少年野球チームの練習の見学に行きました。僕は勝手にシュンタがひとりで行ってくるものであると、油断していたのですが、少し離れたところに練習場があるので、車で行かなければならないのです。
僕がイヤな顔をしたら、「どうしてそうやって、子供のことに対して非協力的なのかと」妻がまた怒りました。そして、「よそのだれそれのお父さんは、こうでああで、なのにあなたは、どうして自分のことばかりして子供の面倒はみないのか・・・」と僕を非難しました。
「そんなことはない」と僕はいいました。僕だって子供はかわいがっている。しかし、僕のかわいがり方は、非常に自分勝手なかわいがり方なのだというのです。それに比べてどこそこのお父さんなどは、子供の喜ぶ顔が見たくてという理由のためだけに、週末は家族のために滅私奉公しているというのです。イヤ、それは違う。と僕は重ねていいました。そのように子供のため、家族のためといって滅私奉公しているお父さんだって、結局は自分勝手に子供を家族を愛しているのであって、それは僕の勝手さと、基本的には、同じことなのだ。むしろ、僕のように自覚的に自分勝手であることは結果としてより正しく自覚的に家族を愛することができると思うのだが、いかがであろうか・・・・。「どうでもいいから、はやく用意して」と妻はいいました。

やさしそうなコーチに「練習をしよう」とさそわれ、シュンタは阪神の帽子をかぶって、Tシャツ姿でグランドに立ちました。ちょっと緊張した顔をして、見ている僕もどきどきしました。少年野球なんてやったことなかったし、イメージとしてものすごく乱暴な世界のような印象を持っているのです。でもすぐに、シュンタは練習をしているたくさんの子供たち(女の子もいます。最近はだから少年野球ではなく少年少女野球なのです。)の中に入って、守備練習の列にならんで、まわりの子供たちに声をかけられて仲間に入れてもらえたみたいです。僕はとても運動神経が鈍い丸々とした子供で、こういう集団に入るといつものけものにされてしまうのではないかという不安を耐えず感じていたので、守備練習に並んで上級生に声をかけられニコリと笑うシュンタをみて、よかったなあと涙が出そうになりました。よかったよかった。安心したので、僕はQといっしょにクルマの中で昼寝をしました。それから5時まで練習が続くというので、シュンタを置いて1度帰りました。帰ってから、ひとりで精米所に行ったのです。

夕方もう一度、シュンタを迎えにいくと、みんなが守備練習をしているのに、シュンタはひとりグランドを走っていました。なにが起こったのだろう!泣きながら走っていたらどうしよう!と思ったら、ニコニコ笑って走ってました。よく見ていたら、ほかの子も時たま走っています。ノックしてエラーすると、グランドを1周するようなのです。シュンタは2年生ばかりのグループの中に入ってノックを受けていました。思ったほど、他の子たちとくらべて極端にへたくそではなく、けっこうボールをうまくキャッチしていました。日ごろの僕とのキャッチボールが役に立っているようでした。ウエーウエーとウシみたいな声をだしてシュンタはすっかり野球少年でした。

「バッティングは2年生にしてはいいですよ」とやさしそうなコーチが僕にいいました。僕はシュンタのことをおだてられてすっかりまいあがりました。あんまりシュンタが野球チームに入ることに乗り気ではなかったのですが、入れてもいいかな、という気に、ちょっと、なってきました。しかし、そうなると、土日祝日朝から晩までシュンタは野球漬けになります。僕も早起きして、シュンタを練習場に運ばなければならなくなります。そして毎週送り迎えしているうちに何かの拍子に僕自身もチームのためにボランティア活動しなければならなくなってしまうかもしれません。それだけは避けたいものです。やさしそうなコーチは土日祝日はすべてこの野球チームのコーチ業にささげているようです。とても満ち足りた顔をしていました。それはそれですばらしい人生であると思うのですが、僕は満ち足りなくても僕の休日をゆったりとすごしたいのです。このへんは毅然とした態度で僕は僕の自由を守りたいと思います。

毅然とした態度について沈思黙考していると、子供がよってきて、おじちゃんフライ投げてくれ、なんて言うのです。だから僕はフライを投げました。そうしたら、どんどん子供が寄ってきて、僕のまわりでフライの練習がはじまってしまいました。まずい。

あさってもう一度、今度は朝から晩までシュンタは練習に参加するようです。できれば僕は送り迎えはしたくないと、妻と交渉したら、またイヤな顔をされました。いくつものイヤな顔を乗り越えて人は自由を手に入れるのです。でも、やっぱり僕が朝8時までに野球場まで送らなければいけないみたいです。もう2度と寝坊できる休日はやってこないのでしょうか。シュンタの笑顔はかわいい。でも僕の自由は・・・・・・・。
2002年09月14日 20時12分25秒

シリーズ・夫婦関係について考える。(9月14日日記前編)
今日は久々に朝、近所の公園に行って走りました。1周3キロの公園を4周。11月3日は、7周分の距離を走るわけですが、今日の調子からいくと、完走は問題ないと思います。2時間切れるかどうかというのをひとつの目標としてトレーニングしようと思います。「この世界において退屈でないものには人はすぐ飽きるし、飽きないものはだいたいにおいて退屈なものだ」と、「海辺のカフカ」の登場人物がのべております。走ることもまたそのようなものです。

午前中僕は走ってきてから、本を読んだり、シュンタとゲームをしたりカメにエサをやったりしてすごしていると妻が不機嫌でした。昼飯はそうめんだったので、僕はそうめんだけでなく、ごはんが食べたいというと、妻は怒った声で、「昨日から、夏休みに実家からもらってきた玄米を精米所で精米してこないと、お米がないっていってるじゃない。そんなにごはんがたべたいのなら、どうして午前中に精米所に行ってこないのか」と言いました。「でも僕は、お米を精米してきてくれとは面と向かって頼まれていない」と僕は反論しました。「あなたは、わたしが、頼まないとなにもしてくれないの?ペチカとシュンタといっしょね、勉強しなさい!っていうまでいつまでもだらだらと遊んでいるのといっしょじゃないの」

それは違う。と僕は思いました。なにかここでは、対話というものが圧殺されているのです。言わなくてもわかってるはずだと、勝手な期待を相手に負わせているのです。言葉というのはとても大切なのです。人間は案外、わかりあえないものなのです。もしかすると他人はすべて怪物かもしれないのです。その怪物かもしれないという前提に立って、そこからはじめてコミュニケーションのはじまりとなるのです。不機嫌になる前に、わたしは、あなたがこういう行動をしているから不機嫌になるのであると、きちんと言葉に出して、理由を述べてほしいものです。僕も僕の立場として今日は朝から走りたかった、シュンタとゲームがしたかった、ゲームしていいか?と僕はわざわざ確認をとったのです、そうしたら、「どうしてわたしにいちいちそんなことをきくのか?」といいかえされました。そこでまた断絶です。僕はそこで妻は了解したと理解していたら、そのあとすごく不機嫌なのです。おかしい。なにかが間違っています。話し合いは必要です。人は日々外交官であるべきです。そして戦争はいけません。

僕は妻とはじめて出会ったときには心に思ったことをできるかぎり言葉にして愛しているという気持を伝え、そうした地道な行為によってめでたく結婚することができたのです。僕は常に思ったことを伝えようと努力をしています。ああなのに、妻は・・・。たとえば、僕はテレビで超能力の番組なんかがやっているととても感心しながら熱心に見ます。「あんなん絶対ウソや」、と妻はバカにします。でも、そんな妻は人は言葉を使わなくても、黙っていても意志は通じあうという、オカルト的な人生観の無自覚な信者なのです。やはり夫婦関係というのは自覚的な人格の交わりでもあると思うので、僕は忍耐強く妻に語りかけるのです。本日の昼食時もそうでした。なのに、だんだん空気が険悪になってくるのです。しかし空気ごときに人格は負けてはなりません。険悪になっても、キレてしまったり、ムカついてはいけません。もしそういう感情が出てきた場合、その感情をどこまでも探求しなければなりません。僕はすぐに腹を立ててあとはきれいさっぱり忘れてしまうようなさわやかな人よりも、いつまでもくよくよとすぎたことにこだわる人のほうが、もしかすると、友達にはなりにくいかもしれないですが、共感を覚えます。友達にはなれなくても、共感を覚えるような人が、たくさんいれば、世界は平和になるような気がします。

結論として、僕は昼より精米しにいくこととなりました。しかし、僕は思うのですが、別に精米をすることもないのではないでしょうか。玄米は体にいいと聞きます(僕はそういう、みのもんた的な話しが非常に好きなのです)。今回は、精米することを受け入れますが、次回の課題として僕は、妻の実家からいただいたおいしいお米を玄米のままいただくことを粘り強く家族と交渉していこうと思います。

(3時間経過)

・・・・精米所に行ってきました。

精米所へ行く前に、家族みんなで、シュンタが誘われている、少年野球チームの練習の見学に行きました。この話しは、またあとで書きます。
2002年09月14日 15時36分17秒

ボーリング大会
今日は会社の有志で、ボーリング大会がありました。仕事が終わったのが7時半で、夕飯も食べずに8時から10時までもくもくとボーリングをしました。ボーリングなんてここ数年やっていなかったのですが、なかなか調子がよかった。やはりしょっちゅう走っていると下半身が安定するのでしょうか。しかしそのせいで指が痛い。キーボードをたたくのがしんどいので本日はあまり長い日記がかけません。すぱっとボーリングやって、すぱっとお疲れ様!と別れるのは非常にすがすがしくてよかった。幹事の人を心から尊敬します。僕はそういう才能に恵まれていないのです。いろいろな才能に恵まれていないのです。だけど、ボーリングの才能はちょっとあるみたいです。僕は結局13人中5位になり、賞品にコーヒークリーマーをもらいました。ハンデがなかったら3位だったと思います。でも5位でも賞品がでたのでよかったです。コーヒークリーマーというのは、コーヒーのミルクをあわ立てるやつです。僕はコーヒーは好きなのでうれしかったです(なんかシュンタの日記みたいな文章になってきました・・・)。シュンタは僕のフトンで眠っているので、僕は今日はシュンタのベッドで寝ようと思います。おやすみなさい。
2002年09月13日 23時01分23秒

明日は早起きして走ろう・・・
今朝はやはり起きられませんでした。
今日は中途半端に蒸し暑い1日でした。この湿った空気は、まさに、「月の裏側」の世界に近い・・・。

昨夜無事「月の裏側」読了しました。窓を開けて眠ると、朝僕は僕であって僕でなくなってしまうかもしれないという恐怖を感じる本です。九州の水郷都市、箭納倉(YANAKURA・・・柳川がモデルと思われる架空の町)を舞台にしたホラー小説。水郷都市といえば、この小説でも触れられていた、福永武彦「廃市」。これは学生時代に読んだことがあります。これを原作とした、大林宣彦監督の同名の映画もビデオで見たことがあります。好きな作品です。読んでいると、この人の世界というのは自分の好きな世界といろいろつながってくる。すこしこわい(気持わるい描写も案外多い)小説でもあったのだけど、読み終えると、やはりとても心地よいです。これからもこの人の作品をいろいろ読もう。まだまだ読んでない作品があるのでうれしいです。

で、今夜から「海辺のカフカ」であります。楽しみ。でも明日はきちんと早起きしようと思います。

Qを僕のヒザの上にすわらせて腹筋運動するとちょうどいいです。Qはジャングルジムと同じくらいいろいろ体力向上に利用できます。
2002年09月12日 21時39分37秒

読書な最近
今日、仕事の途中で、時間があったので京橋駅の紀伊国屋書店に立ち寄ると、村上春樹の新刊長編小説「海辺のカフカ上・下」が山積みされいました。発売は12日だときいていたのですが、もう並んでいるのだなと思って手にとって、気がつくとレジに向かっていました。

新刊本を買うのは久しぶりのように思います。ブックオフの100円コーナーで本を買ってばかりいるのです。お、これも100円、あれも100円、と、未読の本がたまります・・・・。おそらく村上春樹の本であれば、少し待てば、半額になってブックオフで売られる日も遠くないようにも思うのですが、しかし・・・買ってしまいました。僕がこの人の作品(風の歌を聴け)とはじめて出会ったのは高校一年生のときですから、もう18年くらい、断続的に読んでいる作家です。断続的に好きな小説家です。好きな生きている作家にはやはり敬意を表して、新刊で買うべきではないかと僕は思うのです(なんと献身的な読者でしょう!・・・)。

まだ紀伊国屋の袋に封をしたままで「海辺のカフカ」は中から出していません。恩田陸さんを読み終えてから、読もうと思います。途中で、袋を開けては、やはりおなじく好きな作家(でも文庫本の新刊は買っても単行本の新刊を買う気になるほどではない)である恩田陸さんの小説に対して失礼になるように思うのです。敬意を持って本を読もうと心がけております(といいながら、しばしば、ぱっぱとブックオフに本を売りにいったりするのですが・・・)。

ということで読書な最近であります。本日も朝、無事、走りました。走り終わったあと、近所の小さな公園のジャングルジムで、斜め腕立てをやりました。ジャングルジムというのは体を伸ばしたり、腕立てをしたりトレーニングに向いています。それから本日は、1日中、街中をよく歩きました。歩くと、夏はまだまだですね。からだが、しなびて、くったりしました。明日は起きられるかどうかやや不安です。
2002年09月11日 20時50分45秒

王者の走り
朝、無事に6時に起きることができました。起きたけど、フトンにからだがはりついて、なかなか起きあがることができません。しかし、人生は短いのだ、起きている時間はもっと短いのだ、と、ローマ皇帝ふうに、みずからを叱咤激励して起きあがりました。王者の朝であります。王者といえば、ライオンでもあります。ライオンは動物園で見る限りいつもたいてい眠っています。王者の朝はやはり眠たいのです。

しかし、外はいつのまにか透き通った朝なのです。セミの声などもはやどこにも聞こえません。青空もとても薄い青で、短パンからつきだした僕の美しい王者の太ももに繁茂する体毛のあいだをひんやりとした秋のはじまりの空気が通り過ぎます。走っていても汗は流れてこないでさらさらの肉体はとても軽く感じました。かかとの痛みもだんだんよくなっています。今日はひさびさに調子のよい朝のジョギングでした。
気候がよくなってため池のほとりを歩いているたくさんのおじいさんおばあさんたちを次々に追いぬきました。

そして僕は決心しました。11月3日。例年のマラソン大会、もう今年はやめておこうかな、と思っていたのですが、やっぱり出ることにしよう、と思いました。マラソン大会事務所に電話すると、まだ締め切りではないということなので、仕事中、出場料を振り込みに郵便局に立ち寄りました。

しかしながら今年はフルマラソンを走る自信がないので、ハーフマラソンの部に申し込みをしました。21.0975キロであります。せっせと11月3日に向けて調整をはかりたいと思います。王者のごとくゆっくりと走ろうと思います。
2002年09月10日 20時31分09秒

涼しい月曜日の夜
日が暮れるのがだんだん早くなります。日が暮れると、あまり働きたくなくなります。7時前にはもうすっかり暗くなります。今夜はとてもすずしいです。こういう感じの涼しい夜は一番よく眠れてしまうのです。今朝もとても気持よくフトンにはりついていて、7時過ぎても起きられなかった。明日はひさびさにきちんと朝、走ろうと思います。フトンにはりついているのも心地よいですが、涼しい朝に走るのも、心地よいのです。あまり朝ゆっくり眠るのに慣れてしまうとそのことを忘れてしまいます。人はすぐに習慣のドレイになってしまうのです。習慣の主人にならなければいけません。自分で書いてて意味がよくわかっていませんが・・・。

恩田陸さんの「月の裏側」(幻冬舎文庫)を読み始めました。今回はSF・・・なのかな??好きだなあ、この人の小説。恩田陸さんが近所に住んでいて、おはようございますとあいさつできたら僕はとてもうれしい(中島義道さんが近所に住んでいたらただそれだけで僕はとってもおそろしい・・・)。あるいは、恩田陸さんと僕がお互い小学生で、おなじクラスだったりしたら、僕はとてもうれしい。恩田陸さんのいる小学校生活というのは、なにか昔定期購読していた、学研の「科学」と「学習」の夏休みの付録である読み物特集に出てくるような、SF学園ドラマの登場人物になれそうな、そんな気がする。ものすごくわかりにくいたとえでありますが、僕は勝手になっとくしております。
2002年09月09日 23時05分21秒

くもりの日曜
朝からとても曇っています。曇っているけど、ペチカとシュンタは町内会の運動会に行ってます。朝僕は少し走ったのですが、途中で、雨が降ってきました。雨は降ったけど、運動会は続いています。午前中は家の中で中島義道著「カイン」(講談社)を読みました。読み終えてしまいました。著者の怨念たっぷりの本でした。僕は感染して、僕の子供の頃大人になってから感じたいろいろなイヤなことなどを思い出して強い怨念の共感を覚えたり、あるいは、この本そのものへの、なんともいえないヤラシサに不快感を覚えたりして、身体全体で反応しつつ読んでしまった本でした。だからこういう本というのは、優れた本なのだと思います。著者の人格はかなりおそろしいものを感じましたが、別に著者と友達になるために読んでいるわけではありませんので(どんなに近所に住んでいて近しい関係の中にあっても友達にはたぶんなれないと思います)むしろこういう人格の人でなければ書けない本だと思いました。他の誰でもなくこの人でなければ書けない、と感じる本はいい本なのだと思います。

午前中は妻とQが少し雨がぱらつく中、運動会を見に行ってました。昼から妻とQが昼寝しているときに、僕も見に行きました。ちょうどペチカとシュンタが飴取り競争をしていました。僕はシュンタに飴をもらいました。それから弁当の残りを食べてくれというので食べました。食べているうちに今度は綱引きがはじまりましたが、ペチカチームもシュンタチームも綱引き、負けていましたが、ふたりともとても楽しそうにケラケラと笑っていました。曇り空ですが、けっこうむしむしとしているので、少し見てから、また家に帰りました。

2日かけて「北の国から」をしっかり見たので頭の中がぼーっとしています。さだまさしのアーアーアアアアアー♪という歌声がずっとあたまの中に響いている感じです。あのドラマは見た後何日かしばらく効いてます・・・。もうあのあとの続きはないのかと思うと朝起きてすごくさびしい気分になりました。そういうこと言うと家族からバカにされるから言わないけど、でも昨日、見ながらペチカは最後ジャバジャバ涙を流していました。今度ビデオ借りていっしょに見よう。
2002年09月08日 14時56分56秒

 だって アカオニを だもの
今朝は6日ぶりに走りました。多少、カカトが痛みますが、走り終わったあとも悪化せず、まあまあです。また走り始めようと思います。読売新聞の朝刊の編集手帳に「土俵のけがは 土俵の砂でなおしてゆくんですよ けがをするたびに 休んでいたんでは 勝負師になれませんね 或る日の若乃花の解説より みつを」という言葉が引用されていました。なるほど。この若乃花(初代若乃花)はなかなかいいことを言ってます。

若乃花の言葉のあとに、なんで みつを という言葉がついてあるかというと、相撲好きの相田みつをという書家が、テレビの相撲中継の解説の言葉に感銘を受けてこの言葉を書にしたそうです。そして、この書はしばらく双子山部屋に掛けられていたそうです。相田みつをという人が何者か知りません。僕の実家のトイレにはこの人の言葉が書かれたカレンダーがつるしてあります。なぜそういうところにそういうカレンダーをつるしているのでしょうか。親といえども人間というのはお互い理解しあうのはとても難しい、と僕は実家でウンコをするたびに思います。だけど、難しいからって、「だって人間だもの」、で終わってしまうのは正しくはないように思うぞ、とかそのカレンダーに印刷された非常に変った書体を眺めながら考えるとあまり便通がよくなくなるのです。

「よその家ではあまり便通がよくないんだなあ あかおにを」

なんて言葉を書いて今度実家のトイレのドアにでも貼っておこうと思います。

ペチカとシュンタは友達と遊びに行ってしまいました。シュンタは今「イチローの少年時代」という本を読んでいて、お父さんキャッチボールとトスバッティングを3時間しようね、なんてうるさく言っていたのに、ともだちに誘われたら、さっさと出かけてしまいました。僕は中島義道「哲学の教科書」を読み終えました。

この中の一章で著者は、いかにして自分自身となるかということに関して、欠点を矯正するのではなく、それを伸ばすべきだと語り、「何でぐちゃぐちゃ考えてはいけないのだろう、別にいけないことはないんだ(中略)つまり、もっとトコトンまでぐちゃぐちゃ考え続けよう、他人を羨みつづけよう、他人から言われたことをテープレコーダーのように何から何まで記録し書き溜めておこう、過去をヘトヘトになるまで後悔し続けようと思いたちました」なんてことが書いてありました。他の章の現代哲学の解説のとことかは僕の脳みそにはさっぱり入ってこないのですが(という脳みそと理解についてのこういう言いまわしがそもそも哲学的てきではないですね・・・)、この著者の姿勢というのは学ぶところが多いように思いました。ということで、次はまた同じ著者の自伝的書簡小説ふうの「カイン」(講談社)を読み始めます。

そして今夜は「北の国から」後半です。純君の運命は・・・。

純君の前にはどうしていつもかわいい女の子があらわれるのだろう・・そういう疑問を僕が口にすると、妻はいいました「それはドラマだからよ」。いや、そうなんだけどさ。
2002年09月07日 15時00分30秒

それではテレビを見てきます。
今夜はテレビで「北の国から」を放映するので、早めに帰宅しました。いつもいろいろな理由で僕は早く帰るのです。でも決して理由でうそはつかないのです。僕は北の国から、はじめの連続ドラマの時は見ていなかったけど、何年かおきのスペシャル版は必ず見ています。そして夫婦で泣くのです。このシリーズは、今回で最後です。どうなるのでしょう。どきどきです。今夜と明日の夜はテレビの前に正座です。

今日は北の国からを見るからさっさと帰るよ、と会社の後輩Oくん26歳に言うと、Oくんは、あんまりピンときていないようでした。見たことないと言われました。僕はOくんと気持をわかちあうことができなくて、少し残念でした。

今週はとうとう1度も朝走りませんでした。カカトの調子はだいぶよくなってきました。明日は走ろうと思います。腕立てと腹筋と屈伸運動をしてからテレビの前に向かいます。
2002年09月06日 20時11分12秒

日々の勝ち負け
昨日の朝から僕は出張に出てまじめに働いていたので、1度も自宅には電話をしませんでした。夜ホテルのベッドで転がっているときにペチカやシュンタやQの声がききたくなったので、電話しようかなとも思ったけど、「なによ」とかいつも僕が電話をかけると妻は無愛想に言うのでそれがいやなのでやめました。

そうしたら、今日夜の7時すぎに阪神高速の渋滞の中にいたのですが、ケイタイが鳴りました。妻からでした。連絡ないから生きているかどうか心配になったので電話をしたそうです。僕はなんだかうれしかったです。そうやって、僕の存在を忘れないでいてくれて電話をかけてくれたことがすごくうれしかったです。そうやって、常にこれからも僕のことを考えていてもらいたいものです。そして僕はなぜか小さな勝利感を覚えました。こうやって小さな勝利を重ねることで、生活の主導権は僕が握るようになるのです。こういうことはばかばかしいような気もしますが、やはり夫婦間であっても適度な緊張というのは必要であると思うのです。

1日あわなくても、Qはお父さんを忘れずにいてくれました。こないだ留守番をしたとき、Qは時々、思い出したように「ママー?」といって妻をさがしていた。お母さんがいないとパニックになるようなタイプの子ではないけど、妻が買い物などに行ってるとき、一緒に遊んでいると、必ず、ママー?といって1度は妻の不在を確認する。でも僕が留守の時は一度たりとも「トートー?」といって僕をさがすことはないらしいです。そういう話しを聞くと、僕は小さな敗北感を覚えます・・・。しかし、負けません。
2002年09月05日 22時38分06秒

カカトが痛い・・・。
明日は泊まりで出張なので、今日は早めに帰宅すると(ここ最近いつも早めのような気もしますが・・・)すぐに、スナネズミのスーちゃんのカゴと、カメのミズクサゴジラの水槽をそうじをしました。カメのミズクサとゴジラは一緒の水槽につい最近まで入れていたのですが、クサガメのゴジラがなぜかこのごろ非常に気が荒く、ミドリガメのミズクサの甲羅に噛みついて、ケガをさせてしまったので、別々の水槽で飼うことにしました。ベランダのカメスペースが広がったので、ややヒンシュクを買われております。でも、それぞれ単独生活となったミズクサとゴジラは以前よりゆったりと、よりカメらしい生活をしているように僕には見えます。カメらしく生きるカメを見て、僕は僕らしく生きなければならぬと、考えたりするのです。・・・いや、考えてないと思いますたぶん。スナネズミのスーちゃんは、カマボコ板を最近プレゼントしたところ、毎日毎日幸せそうにかじっています。仕事を終えて、夜にごそごそと動物の世話をするのは、僕は好きです。

このところ走ると、左足のカカトが痛くて仕方ありません。その前、夏のはじめくらいまでは右足のカカトが痛かったのですが、ようやくなおったと思ったら今度は左。日曜日も走ったのですが、痛みがますますひどくなるので、節制の9月のはじまりですが、今週は走るのをやめようと思います。屈伸運動と腹筋運動をしました。腹筋30回くらいで腹がよじれます。カニ腹の道は遠い・・・。

中島義道の「うるさい日本の私」を読み終り、昨日「カントの人間学」(講談社現代新書)を読了。最近、中島義道の本ばかり読んでおります。身近にいたらもしかしたら、ものすごく苦手なタイプの人かもしれないですが、本はとてもおもしろいです。今夜より「哲学の教科書」(講談社)副題が「思考のダンディズムを磨く」とあります。磨こうと思います(笑)。
2002年09月03日 21時37分28秒

学校のはじまり
夜になっても今日は蒸し暑い。蒸し暑いけどクーラーはもうつけていない。扇風機をつけて眠ればそれで、ぐっすり眠れる。僕はぐっすり眠れるけど、シュンタは眠れない。昨日も夜中に起きてきて、今夜も早く寝たのに、さっきふらふらと起きてきました。学校がはじまって緊張しているのでしょうか。

ようやく学校がはじまったのです。妻の機嫌もよくなることかと推測されます。2学期の始業式はたいてい暑かったな、ということを思い出しました。夏の最後の抵抗です。

なんか今夜は身体がだるい夜です。
2002年09月02日 22時40分43秒

9月のはじまりの留守番
9月のはじまりです。朝からペチカは妻と一緒に、習い事であるバレエの発表会へ出かけています。出演は、夕方の6時過ぎなのですが、準備に会場に朝の10時から行かなければならないのです。そこで本日もシュンタとQと私は留守番です。夕方、3人で、発表会を見に行きます。午前中は、クルマの点検と図書館に本を返しに行きました。

シュンタは、かいけつゾロリという本のシリーズが好きなようです。そのほかにもたいてい海賊ものの本が好きなようです。マンガもワンピースで、これも海賊もの。昨日見たビデオも「フック」大人になったピーターパンとフック船長が戦う映画です。でも、「シュンタは大きくなったら、海賊になりたいのか」ときくと、危なくてキケンなのでぜったいイヤ、だそうです・・・。

Qは、家に置いてあるのと同じ本(たこやきマントマン)を見つけると大喜びで、さっそくしゃがみこみ、ぶつぶつつぶやきながら読み(?)はじめました。ペチカとシュンタの小さい頃読んだ絵本は、もううちには赤ちゃんが生まれることはないだろうと思っていたので、みんな親戚知人にあげてしまったので、うちにはたこやきマントマンくらいしかないです。今日は、2歳児向けくらいの小さな絵本をいくつか借りました。ノンタンとか、小さいモモちゃんとか。僕は図書館で本を借りると、まず読まないのです。読みたい本だと、買ってしまうのです。借りなければ手に入らないような本というのは、あんまり読まないし・・・。図鑑なんかはよく借ります。子供向けの大きなカメの飼い方の本を借りました。「カメのかいかたそだてかた」岩崎書店刊。こういうのを眺めるのはいいです。

では、Qも昼寝から起きたみたいなので、少し遊んでから、出かけます。
2002年09月01日 14時30分52秒

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