2002年11月の日記です。

お地蔵さん
今日はシュンタのベッドで寝たので、朝よく眠った。知らないうちに僕の布団で寝たシュンタは早くに起きて、妻と、Qと、シュンタで、野球の練習に行った。8時過ぎに目がさめた。シュンタを送って帰ってきた妻がああ忙しい忙しいと不機嫌だった。忙しいとき僕の存在はがまんができないくらいうっとうしく感じているのだと思われる。理不尽な感じがする。ここで僕が反撃に出るとますます朝からイヤな気分になるので自制した。自制してもなにしても結局僕がそのへんで動いていることががまんならないのだろう。僕はお地蔵さんになりたい。お地蔵さんは立派だなと思う。道の片隅でじっと座っている。時々貧乏で正直者なおじいさんなどに親切なことをするらしいし。でもお地蔵さんというのは昔話ではよく出てくるがうちの近所では見かけない。お自動さん、という消費者金融の無人キャッシュコーナーが国道沿いにあったような気がする。お自動さんはお地蔵さんと違ってたぶん貧乏な人には親切にしてくれないように思う。借金はできるかぎりしないほうがいいと思う。それからまちがっても連帯保証人にはなってはいけないと思う。なにかと用心深くしたほうがいい。僕には借金はないが、いろいろなすきがあるのだろう。その緊張感のなさが朝から、忙しい人には不快感を与えるのである。これは真摯に受け止め前向きに検討しなければいけない。チン。
2002年11月30日 17時42分15秒

バカなことをした
バカなことをした。仕事中、右折禁止の道路を右折した。太い道路は信号のないところでは右折してはいけなかったのだ。知らなかった。標識にも気づかなかった。太い道を右折して、細い道にすーっと入ると、うしろからパトカーがすーっと追いかけてきた。赤いランプがくるくるまわって、止まりなさい止まりなさいとスピーカーで呼びとめられた。そしてクルマを止めるとおまわりさんがやってきた。そして僕が右折禁止のところを右折してしまったのだと、丁寧に事態を説明して、つきましては、パトカーの中に来てくださいと言う。僕は生まれてはじめてパトカーの中に入った。僕は人間ができているので、おまわりさんにペコペコと謝り続けてなんとか勘弁してもらおうと思ったのだが、おまわりさんは許してくれなかった。減点2点、罰金7000円。バカなことをした。右折なんてしなければよかった。もう100m先の、信号のある十字路をきちんと曲がればよかったのだ。免許を18歳で取得して以来、はじめての交通違反である。多少落ちこんだ。一刻も忘れてしまいたいので銀行に直行して、すぐに警察に7000円、振込んだ。

このことは妻には黙っていようと思った。どんなにひどいことを言われるかわからない。誰にもいわないでおこうと思った。でも、どうにももやもやとした気分がおさまらないので、正直者の僕はそこらじゅうにしゃべってまわった。そして、しまいには自宅にも電話して、妻にもごめんなさいと謝った。みんなやさしかった。たいていの人は、交通違反のひとつやふたつしていて、それぞれの体験を話してくれた。人身事故でなくてよかった、となぐさめてくれた。妻も家に帰るとやさしかった、そういうことはたまにはあるといってくれた。近所のヤノさんのダンナさんなんか30キロオーバーでこの前つかまって、7000円なんかじゃすまなかったそうだと、教えてくれた。僕はそうやってなぐさめられて、とてもうれしかった。僕は妻に、いつもそうやって、やさしくしてほしいと思った。ちょっとした気づかいというのはとても大切なのだ。そういう態度は非常によろしい、なにごとも謙遜の心は大事だぞ、わかったか、といろいろ諭してやろうかと思ったけど、やめておいた。

はあ。
2002年11月29日 21時44分10秒

僕はバカではない
雪は降ってはいなかったが、日本海側は寒かった。つめたい雨と、さらにやや強めの風が吹いていた。そのせいで、堺にもどり、自転車で帰宅したが、こちらはとてもあたたかいく感じた。自転車に乗りながら考えた。1日ほとんど、クルマに乗り、通勤も自転車なので、人ごみにもまれることがあまりため、カゼのウイルスに遭遇する機会がすくないのだと思う。だから僕はカゼをあまりひかないのだ。けっしてバカではないのだ。

僕はバカではない。と思って、昨日仕事の休憩時間に、舞鶴のBOOK OFFに立ちより、100円コーナーで売っていた、高校の世界史の受験問題集を手に取った。このごろ僕は世界史のマンガも読んでいるのである、きっと高校生にだって負けないとページを開いた。穴埋め問題だった・・・さっぱりわからなかった。いや、書いてある文章はわかる。カッコの中の答もなんとなくわかる。年号もだいたいのところがわかるけど、だいたいなのである。だいたいでは、高校の問題集ではバツなのである。これは僕がバカなのではない。問題集というものが意地が悪いのだ。こういう穴埋め問題をことごとく暗記してバッチリ答られるヤツはきっと意地が悪いヤツなのだ。

僕はバカではない。と僕は自分がバカではないことを確認して、BOOK OFFを出た。そうやっていつも自分を勇気付ける。くじけそうになるときほど、勇気は必要だ。僕はバカではないバカではない。そしてクルマにのりこむと、ラジオから中森明菜の「十戒」という古い歌がラジオから流れてきた。僕は特別中森明菜が好きだったわけでもないし、この歌のレコードももっていない。なのに、曲が流れてきたら中森明菜と一緒に十戒を歌えてしまった。いつのまにか歌詞は記憶の中にすりこまれている。中学生から高校生くらいの頃にはやった、「ザ・ベストテン」に出てきたような歌だったら、たいてい聴けばある程度歌えるのである。僕はバカではない。ほら記憶力はバッチリだ。

僕はバカではない。大丈夫だ。というようなことを考えた。

ところで最近バカみたいな看板を見た。

「外で遊ぶのがだいすきなキミ!国語を手づかみしてみないかい?算数を昆虫採集しないかい?」・・・とある学習塾の看板

「金曜日はフライデー! エビフライ、カキフライいろいろあります」・・・とある惣菜屋の貼り紙

僕はバカではないが、こういう感じのバカみたいな看板を尊敬する。
2002年11月28日 22時50分51秒

かき氷ふうひとり言の火曜日
今日は6時に起きるつもりでいたが、なぜか目覚ましが止めてあった。おそるべし無意識、である。朝と帰りは雨はやんでいたので、通勤は無事自転車通勤であったが、だいたいにおいて1日は雨だった。しかし帰宅して夕食後、雨があがっていたので、いつものコースをジョギングした。夜のため池のほとりや、田んぼのあぜ道や神社の境内は暗やみで、雨上がりの夜は空気がしっかり冷えていて、僕はウインドブレーカーを着ていたのでシャリシャリと音をたてて走っていたのだけど、脳みそまで冷えてきて、なんだか自分がかき氷になったような気分だった。シャリシャリシャリとけずられながら、夜道に足跡を残すかき氷。シロップなんてかけなくていいのである。ただただシャリシャリと足跡を残しながら走っていくかき氷なのだ。1日のおわりにかき氷になるのはいいことだ。とにかくいろいろ、冷やしておくほうがいいのだ。いろいろぐつぐつしていても、なんだかわけわからなくドロドロになってしまう。シャキッと凍らせて、シャリシャリシャリと、今は走りぬけ、やわらかくひんやり積もっている。今日も無事1日が終わった。明日は、宿泊で日本海側に行く。雪が降らないことをかき氷は祈る。
2002年11月26日 22時38分53秒

少食の月曜
今日は朝から雨が降っていた。からだがなんとなく重かった。空気中の水分が多いせいなのだろうか。からだが重たく感じたので、今朝はごはんを一膳だけにした。このところよく食べているような気がする。昨夜も、子供の関係で知り合いの人のラーメン屋でラーメンを食べたら、サービスでチャーシュー盛り合わを出していただいた。しっかり食べた。いつもより遅くに重たく食べたので、朝は、内臓から重たかった。胃袋を縮めよう。からだは大事である。日々の点検は大切である。今日は少食の1日だった。夕食も出されたものしか食べなかった。おかわりはしなかった。ごはんとおかずを含め何一つおかわりをしないですませたのは久しぶりだった。そう思っていたら、今またおなかが空いてきた。しかしこの空腹はおさえることのできるレベルの空腹である。

よし。と、ひとりつぶやく月曜の夜。
2002年11月25日 21時36分02秒

試合の日曜
今日は妻がママさんバレーの試合があるので、朝からでかけてしまった。なんだか試合ばかりしている一家である。シュンタを野球の練習場に送ってから、午前中は、マンガ世界の歴史、12巻まで読む。ペチカがQの面倒をよく見ていたので、安心して読書に励んでいたら、ペチカが怒り出した。どうしてペチカばっかりにQを押し付けるのか、とギャンギャン僕に文句を言う。その言い方が母親にそっくりである。ほほーと感心して怒るペチカを見た。

今日は夕方から、ペチカの友達のバレエの発表会を見に行くので、シュンタも野球の練習を午前中でやめさせることにして迎えにいく。親切なコーチに挨拶をしてシュンタを引き取った。親切なコーチは、「今度の木曜、シュンタくんは試験ですね?」ときくから、「いや、よく知りません、なんの試験ですか?」と僕は言った。「空手の型の試験です、みんな受けるんですよ」と、コーチに教えてもらった。コーチは野球のことだけではなく、空手のこともよく知っている。毎週空手の練習の時も、自分の息子にいつもつきそって、練習を見学しているのだ。そしてコーチはシュンタの空手の型で、いくつか悪いクセがついているところがあるので、明日から自分の息子といっしょに3日間コーチをしてくれるのだそうだ。実に親切なコーチである。シュンタくん、がんばりたまえ。お父さんは遠くで本でも読んでいる。

ということで、夜は遅くなりそうなので、部屋の掃除をしっかりして、今のうち日記を書いておいた。妻も試合を終えて帰ってきたので今からでかけます。
2002年11月24日 14時03分28秒

これは日記の形式をとった、家電製品販売店女子店員の微笑み、という詩です
午前中、Qとふたりで買い物に行った。大きな家電製品販売店で、丸い蛍光灯を選んでいて、ふと気づくと、Qがいなくなっていた。Q、Q、Q、と呼んでも、返事もないし、姿も見えない。今日からこの店に新しい売り場ができたせいか、店の中はかなり混雑していた。Q、Q、Q。だんだんものすごく心配になって人ごみをかきわけて、Qを探すが、どこにもいない。通路に立っている女性店員と目があった。あの、子供、いなくなっちゃったんですが、知りませんか?女性店員は、「青いチェックの服を着た男の子ですか?」といった。「そうですそうです」「その子ならひとりで、あっちのほうに歩いていきましたよ。ひとりだったから、心配で見ていたんです」。僕は女子店員の指し示した方向にダッシュでかけていった。いた。新しい、売り場で一番混雑している「子供おもちゃ売り場」の中に、ひとりポツンと立って、Qはおもちゃの棚を見上げていた。Q!と僕が声をかると、Qはぼやーっとした顔をしてふりかえって、僕と目があうとヘラーっと笑った。僕はQを小脇に抱えて、女子店員にお礼を言いに行った。女子店員はよかったですね、とニッコリと微笑んだ。とてもきれいな女の子だった。きれいな女の子にニッコリ微笑んでもらうのはとてもうれしい。よかったよかった。

昨日、ペチカの詩が佳作になったということを書いた。妻にペチカはすごいなすごいなと話してたら、妻も小学生の頃、詩を書いて賞をもらったことがあるというのだ。どういう詩を書いたのかと聞くと、テレビがテーマの詩だそうだ。「テレビの中には人が住んじょる(大分県中津弁)」というような内容の詩だったそうだ。僕は妻にその詩を書いたとき、本当にテレビの中には人が住んじょると思っていたのかときくと、妻は、そんなこと信じているわけないではないか、と言った。信じてもいないことを平気で詩に書いて賞をもらったのだろうか。そういうものなのか、と僕が聞くと、そういうものだ、と妻は言った。こういう話しをきくと、女の子というのはおそろしいな、と僕は思う。だけど、きれいな顔をした女の子ににっこり微笑みかけられると、僕はとてもうれしい。僕がこうやってうれしいな、と1日を振り返って思っても、僕のことはきっと、あの微笑んだ女の子はかけらも振り返って思ってはくれないのだろう。切ない話である。家電製品販売店女子店員の微笑み、という詩が書けそうだ。
2002年11月23日 19時53分05秒

なんとなく娘に嫉妬する
今週も無事終わった。早い。あと1週間でもう12月だ。去年の11月の日記を見たら、つい昨日のことのようだ。やはり去年も現在とあまり変わり映えのしないことが書いてある。しかし何事も流れていくのである。同じように見えて、気がつくと、いろいろなものがすっかり変わっていたりするのだ。記録をとるのは、おもしろいと思う。書くことがなくてもとにかくパソコンの前に向かいなにかひとことでも書いておくと、あとになってから、過去の言葉がなぜか新しい発見につながることだってあるかもしれない。ないかもしれないけど。ということで今日も特に書くことがない。特に書くことがなくても書くことは楽しい。僕は小さなことにすごく喜びを感じる。たとえば、今日は、とてもせまい通りにある、100円パークにうまく営業車を駐車することができた。数年前までウルトラペーパードライバーであったのに、今ではこんなに、狭い駐車場に何の苦もなくクルマを止めることができる。そういうことに突然、はた!という感じで気づいて、非常に喜びを感じる。日々そういう細かなことにどれだけ喜びを感じ発見できるかということは、とても重要なことであると思う。低調な気分の時もある、しかし、これをいかに、墜落せずに、操縦して飛行を続けるかということに注意を集中すれば、低調さそのものも、ひとつの魅力有る課題となるのである。転んでもただでは起きない、七転び八起きという言葉は好きである。

そういうことをうまく書けたらいいなあと思う。書くのはむずかしい。
ペチカの方が得意みたいだ。

ペチカが市の小学生の詩のコンクールで佳作をもらったそうだ。
せっかくなので書いておく。僕は書くのはとても好きだけど今まで作文その他で1度も賞なんてもらったことがない。とてもうらやましい。僕でも書けそうな気がする。でも僕が書いても誰も褒めてくれない。くやしいから、今度僕も、詩を書こうと思う。そしてこないだから諸般の事情で読売新聞をやめて購読するようになった産経新聞の「朝の詩」コーナーに採用されるよう、がんばろうと思っている。あのコーナーの詩を毎朝読むのは僕はとても好きだ。産経新聞の社説より好きである。時々これなら僕でも書けそうだと思う詩もある。谷川俊太郎もそのようにして詩人になったそうだ。僕もそのようにして詩人になれるかもしれない。

で、ペチカの詩

タイトル:「わたしのかわいい弟」
わたしには弟がいる
もうすぐ2才になる
今は人のまねをするじき
わたしのすることや歩くのに
ついてくるからかわいい

わたしと弟は八才はなれている
だから「おねえちゃん」てよぶように
いっているのに「ペチカ」っていってくる
そのいいかたもいいけど
やっぱりおねえちゃんのほうがいい

わたしはこんな弟が
だいすきです
2002年11月22日 23時05分11秒

暗くなってきた朝
昨夜11時すぎに寝たら、今朝はぱっちりと4時に目がさめてしまった。トシヨリのようだ。トイレに行って、またふとんにもどって、クシャミを数回して、こまったなと思っているうちにまた眠って、6時5分前に、また目がさめた。まだ暗い朝だった。どんどん暗くなる。しかも今日はくもっていたので、鉛色に暗い。暗い朝に走る。半分夢の中を走っているようだった。どんどん朝は暗くなる。目がさめるのがつらくなる。いや。さめるのは案外つらくない。わけもなく休みの日でも目はさめる。さて、それからが問題の冬の朝のジョギングである。
2002年11月21日 22時34分40秒

世界平和について考える夜
今日は妻がバレーボールに行っている。部屋を散らかしていてはまた帰ってからみんながイヤな気分になるので、留守番組で風呂に入ったあと、きちんと部屋の中をそうじした。イヤな気分になるのはいけない。みんながイヤな気分にならなくなるのは、簡単なことなのだ。わかっていながら、しかし、自らイヤな気分の渦中に飛びこんでいくことがしばしばある。そうであってはいけない。イヤな気分と困難な出来事は別にセットである必要はないのである。なにが起こっても、これは自分のための試練であると考えるのである。人生の筋力トレーニングであると考えるのである。しかし鍛えられた人生の筋肉はどこかへたどりつくことがあるのだろうか、ということも考えなくもないが・・・。今、妻が帰ってきた。今日はばっちりだ。部屋はきれいだし、Qは寝た。文句のいわれる筋合いはない。文句を言われたって、僕は世界の歴史を思うのだ。世界の歴史は、文句を言った、言われたで、過剰に反応した悲惨な殺し合いを積み重ねている。そして一方で、それをなんとか食いとめよう、平和になろう、と生きる人たちもいるのである。僕はできればあとの方の人類の一員になりたいのである。つまらないことでイヤな気持におちいりそうになったとき、そのイヤな気持のはじまりのちいさな感情のさざなみひとつに対しても、誠意をこめて向かい合い、鎮めることに努めよう。そして、ああ、オレは今世界に新たな平和の種を蒔いているのだ、と強く思うことで日々克服していこう。
2002年11月20日 21時57分59秒

れきしーどら
今日は早く帰宅したので、夕食を食べたあと、ジョギングをした。夜走ると、いつもよりすばやく走っているように錯覚する。1日の仕事を終えてから走るのは頭の整理がついていいように思う。早く帰ったときはたまに夜走ろう。朝がなかなか起きられない。明日も、とても冷え込むそうなのでゆっくり寝よう。夜は本を読む。井沢元彦「逆説の日本史」6巻を読み終えた。鎌倉仏教、一遍、法然、親鸞、日蓮、道元、という人がいるが、今までさっぱり僕は知らなかったが、彼らの宗教についてとてもわかりやすく書いてあった。わかりやすいからといって宗教がわかるかというとまたそれは別の話しなのだろうけど、このシリーズは面白いと思う。うちの近所には古墳がたくさんあって、古墳の横を通り過ぎるたびにああ歴史の勉強をしなくてはならないと僕はたまに突発的に思うのである。というわけで、世界の歴史のマンガと、知的生き方文庫(すごい名前の文庫である)の小和田哲男著「日本の歴史がわかる本」全3巻を読んでいる。こうやって、初歩の初歩を積み重ねて、だんだん歴史を脳みそにためこむのである。

妻とペチカとシュンタが風呂に入っていて、僕はQのおなかをさすって寝かしつけながら「まんが世界の歴史」のチンギス・ハンの生涯を読んでいると、シュンタの少年野球から電話連絡網がまわってきた。いつもなぜか妻が不在の時や風呂に入っているときに、連絡網がまわってくるので、僕がいつも聞く運命になる。こういうのはナントカの法則というのだろうか。連絡網をいつも回してくる某お母さんはとても正確に連絡事項を伝えてくれる。今週の土曜日の練習内容について、いろいろ何か言っていた。何人も伝言されて、シュンタは新人なので一番最後にうちにまわってくるのだけど、いつもこの某お母さんは正確にこと細かく連絡事項を伝えてくれる。僕の場合もし次にまわさなければいけないとなると、確実に、大事なことを言い忘れるように思うのである。伝言をきいて、忘れないうちにおおあわてで、風呂場の妻に報告した。でもなにか忘れているように思う。歴史を脳みそにいれなければいけないので、今週の土曜日のシュンタの予定なんて入れておく余地がないのである。でもなんとか、妻には伝えた。よかったよかった。
2002年11月19日 21時58分28秒

ムズカシードラ
寒い月曜日だった。コートの襟をたててしっかりボタンをとめて、立ちコギで自転車で全力疾走して大急ぎで帰宅した。手袋をしていたのに、手がかじかんでいる。首にマフラーを巻きつけたいところだが、マフラーというのはなかなかキケンみたいだ。マフラーがなにかにひっかかってお亡くなりになった人がいるそうだ。今朝の新聞で読んだ。朝から非常に胸が痛んだ。何事も用心深くしたほうがいい。しかし、運命というものはわからない。こうして生きているのはものすごい不安定だ。こうして生きているのはまさに奇跡である。奇跡はじっくり味わうべきである。そのように日々をすごせば、一瞬一瞬はとても有意義に過ごすことができるのだ。そういうことは、理屈としてわかっているのだけど・・・。なにか人生の危機を克服した人というのは、こういうことをよく知っているのだ。そしてそれを生きている。そういう人の話を本やテレビで目にすることがある。重みがある。僕は体重は重いけど、非常に軽いなあと思う。どうしてこんなに軽いのだろう。身体はこんなに重いのに。バランスが悪い。バランスの問題だろうか?なにはともあれ、あまり危機的状況には遭遇したくないものだ。

Qは最近、ポケモンのキャラクターのシードラというのがすごく好きみたいだ。「シードラ、シードラ」、とシュンタのお古のポケモン絵本に載っているシードラのイラストを見つけては、満足そうに微笑んでいる。シードラの指人形を手にとっては「シードラ」と、いとおしげににぎりしめている。時々、思い立ったように、「シードラ」と天井に向かってつぶやいている。とっても大事なものを大事にしているQだった。風呂あがりにヨーグルトを食べた。ヨーグルトの入ったお皿を見て、またQはわけもなく「シードラ」とつぶやいた。おもしろかったので、僕は、「ヨーグルト、おいしいドラ?」ときいた。「オイシードラ」とQは答えた。僕はおもしーどらかったので、ウレシードラ、カナシードラ、タノシードラ、といろいろな言葉をQに教えた。
2002年11月18日 22時19分10秒

くたびれた休日
今日はシュンタの野球が休みだったので、久々に家族5人で外出、泉南市の「みさき公園」という遊園地に行った。クルマの中でシュンタはとてもおしゃべりだった。そうだ、シュンタはすごくうるさかったのだ、忘れてた。

とてもにぎやかな休日だった。ペチカとシュンタはとても楽しそうにニコニコ笑って、乗り物に乗っていた。Qもいっしょに乗りたいけど年齢制限で乗れなくて、柵にへばりついて泣いていた。Qにはふれあい動物園コーナーに連れていって、ウサギとあそばせた。ウサギはとても元気がよくて、5匹ほどのウサギがササササっと、Qの股の間を駆け抜けて、Qはしりもちをついた。ウサギのほかにコブタやヤギやヌートリアという動物がそこらじゅうを歩いていて、Qは少しこわがっていた。イルカショーもやっていたが、これもあまりQは関心を示さなかった。そのかわり、サル山では、マンキー、マンキーと、とてもよい発音でサルのことを指差していた。足下をポッポッポッポとハトが歩いていたら、これも大喜びで追いかけていた。僕は乗り物にはのらず、ぶらぶらと子供たちの後ろをついて歩いていただけだったが、最近もの静かな休日が続いていたので、非常にくたびれた。帰り道、りんくうタウンのアウトレットショップで妻が買い物がしたいというので、立ちより、僕はクルマの中でよく眠った。

ということで、またあしたから月曜日である。
2002年11月17日 20時04分28秒

散歩
なぜか今朝は6時5分前に目がさめた。布団から起きあがって座って、しばらくさてどうしようと考えていたが、もう一度眠ることにした。次にもう一度目がさめると8時になっていて、シュンタはもうすでに野球に行っていた。今日はいくらか暖かい日だった。このままますます冬につきすすむのかと思っていたら、秋が帰ってきたみたいだ。朝ご飯をたべてから、走る。今日はいつもより少しだけ長く走った。高橋尚子選手が疲労性骨折で東京女子マラソンを欠場するらしい。肋骨の疲労性骨折。どのようにしたら肋骨が疲労して骨折すえるのだろう。ヒジが断続的にこすれるのだろうか。僕が走っていても、微妙に乳首がすれたりわきの下がすれたりしてヒリヒリとすることがある。乳首の先が切れて血が出ることもある。だからたくさん走る時は乳首にバンソウコウを貼るのである。フルマラソンを5時間くらいかけて走ると内臓の状態も非常に気持悪くなる。僕の体験から推測するのは畏れ多いが、たぶん、ものすごく、酷使して走っているのだろう。たいへんなことである。そして僕は今日はゆっくり走った。あたたかい秋の日差しで心地よく汗をかいた。そのあと、ポートの練習に行って不在のペチカのために漢字書き取りノートを買いに行った。Qとふたりでゆっくり散歩をしながら本屋にいった。途中の稲刈りの終わった田んぼにQをおろしたら、大喜びで田んぼの中を走って、もどってこなかった。昔飼っていた、犬のロンのことを思い出した。ロンとはよく散歩した。僕はロンと散歩するのが好きだった。Qはこのごろよく歩くので、休みの日にいっしょに散歩できるのがすごく楽しい。
2002年11月16日 18時41分17秒

毎日は進み、また金曜日となる
今朝は起きられなかった。はじめに4時半に起きてトイレにいった。外はつめたそうな風がぴゅーという音をたてて吹いていて、カーテンに外の植木がゆらゆら動く影が見えた。それからもう一度布団に入って、次に目覚ましで6時過ぎに起きたが、起き上がる気力に欠け、そのまま眠った。そういう日もある。そうでない日もある。そういう日でも、そうでない日であっても、基本的な自分のペースを常に維持することは大事であると思う。しょっちゅう、これが乱れてしまうのであるが、乱れるときもあり、乱れないときもある。なにはともあれ、時は流れ、日々は過ぎていくのである。その中で生きているのである。
2002年11月15日 22時40分43秒

特に問題なし。
今週は熟睡している。夜遅くまで起きている。たぶん今日も遅くまで起きていると思う。でも今週は火曜日しか走ってないし、あしたで今週の仕事はおわりだし、早起きして走ろう。きっちりした週末。
2002年11月14日 22時27分19秒

孤独で歴史の夜
今日はQが布団の上ではしゃいでいたので、寝ろ!と軽くひとこと注意したら、下唇を思いきりつきだして、ぶぶぶぶぶっといってなんとも悲しげな顔で泣かれてしまった。叱った僕のほうが悪い人間に思えてきた。そして「おかーしゃんおかーしゃん」とQは妻のほうに行ってしまった。さらにペチカとシュンタは今日はお母さんと寝たい気分の日だと言って、みんな、僕の布団の上で寝てしまい、寝る場所がなくなったので仕方がないから、子供の部屋でひとりで寝ることになる。なんだかとてもさみしい夜である。

昨日の夜、「まだ見ぬ故郷〜高山右近の生涯」読了。社会にでれば、人はいろいろなしがらみで身動きができなくなる、戦国時代であったら、へたに動いたら、命まで簡単に取られかねない。だけどそんな時代にあって、しがらみなどものともせず、スパッと、つきぬけて生きている高山右近なのである。いつでも死んでもいいという潔さ、のせいでかえってだれも彼を死なせてくれない、世俗の栄達など望まないのに、そういうものが離れてくれない。ついてまわる。マジメな人というのは、しばしばばかにされたりだまされたりする対象になりやすいように思うが、マジメをつきぬけてしまうくらいマジメな人生を送る人というのは、ほかの人を圧倒する強烈な印象を残すのである。こういう人をとても尊敬する。

本日より井沢元彦の「逆説の日本史6巻〜中世神風編」を読み始める。去年の今ごろもこのシリーズの本を読んでいた記憶がある。歴史な年末である。それから学習マンガ世界の歴史もちびりちびり読んでいる。4巻までいった。三国志の時代だ。歴史の本を読んで、子供のベッドで眠って大河ドラマな夢を見るのだ。
2002年11月13日 22時50分07秒

サンタさん
今日、シュンタが寝る前に、ニコニコして、お父さん、サンタクロースっていないんだよね、サンタクロースはお父さんとお母さんなんだよね、なんていう。でもペチカは、サンタを信じているのだそうだ。Qのために信じているらしい。もうふたりともいつのまにかサンタさんを信じなくなってしまったのかと軽いショックを覚える。ペチカはおばちゃんみたいなところがあるけど、けっこう純情な子で去年までは確実にサンタさんを信じていたように思う。シュンタも去年まではクリスマスの朝、プレゼントが枕もとにおいてあると、天井にむかってサンタさんありがとう!と叫んでいたものであるが・・・。

もしかしたらペチカは、去年は親に気をつかってサンタさんを信じているフリをしていたのかな。シュンタはもう得意になって、オレは年少の時から、サンタはいないって知ってた、なんていうけど、たぶん、シュンタは今年はじめて、プレゼントをくれるサンタさんが親であるということをともだちからきいたのだと思う。シュンタはバカ正直なところがあって、心に思ったことをすぐ口に出すので、気づいていて黙っているわけはない。

毎年クリスマスになると、僕はコソコソ隠れて子供たちのプレゼントを買ってきたものだった。買ってきたプレゼントもクリスマスまで慎重に隠してクリスマスイブの夜、子供たちが寝てから妻がせっせと梱包作業をしたものだ。そうか、気づいてしまったのか・・・・。

でも、クリスマスはあれがほしい、これがほしいというペチカとシュンタなのである。

サンタさんは信じる人のところにしか来ないと思うのである。
2002年11月12日 22時32分21秒

体調
寒くなると、鼻の調子がとても悪くなる。いつもつまっている。昨日おとといはくしゃみもとまらず、鼻もとまらず実に苦しかった。しかしこの苦しみは、あまり他人にはわかってもらえない種類の苦しみである。別に、風邪をひいているわけではなく、昨日もおとといも、食欲は旺盛だったし、よく眠れるのだが、起きている時間はつねにつまっていた。この肉体の状態は、まるで僕の心の状態を象徴しているみたいだ。

そう、心身は相関しているのである。だから今日は月曜日で、会社に行ってばたばたと忙しく働いているときは、鼻水もくしゃみもほとんど止まっていた。知らないうちに止まっていた。ところがクルマを運転しながら、おやなおっているぞ、と思うと、もういけないのである。くしゃんくしゃんと、ふたたびくしゃみがとまらない。しかしおおむね、今日は調子は良好だった。体調というのはある程度心の持ちようでなんとかなるのである。緊張した精神状態であると、ある程度肉体も、きっちりしてくれる。しかしうちに帰るとまたくずれていく。目までしぱしぱしてきた。

1日の精神状態のバランスが悪い。平均的にゆるやかに緊張しなければいけない。精神状態にはなづまりをおこしてはいけない。僕がタオルを鼻にあててソファにすわり、苦しんでいると、Qがよってきて、横にすわった。そして僕のマネをしてキマジメな表情をして小さなハンドタオルを自分の顔にあてている。このごろQはすぐに僕のモノマネをする。僕のことを尊敬しているのだと思う。
2002年11月11日 20時57分27秒

Qと遊ぶ日曜
今日もシュンタは野球、ペチカは子供会の遠足で朝から海遊館に行って、静かな日曜日だった。Qと遊んだ。いっしょに散歩をしていたら、道端の喫茶店の駐車場には「Uターン禁止」という看板が立っていた。Qはその看板を指差して「ユー!ユー!」と言った。びっくりした。ろくに日本語もしゃべれないくせしてアルファベットが読めるみたいだ。もう少し歩いたところの電柱に、不動産屋のチラシが貼ってあった。Qを抱えてそのチラシの「3DK」という文字を見せ「Q、わかるか?」ときくと、エビチーエビチーと言って、Kのところを指差して、「ケー」と言った。すごいすごい。Dはわかるかな?「これはなんだ?」ときくとエビチーエビチー!と言った。わからない文字はみんなエビチーみたいだ。それからもう少し歩いたらコンビニがあって、コンビニの駐車場には大きなPという文字が書かれた看板があった。Q、これはなんだ?ときいたら、元気いっぱい「ピー!」と言った。よくできました。ということでコンビニに入って、チョコボールを買ってやった。それを公園のベンチに座って、ふたりで食べた。「ハイドーゾ」とQは気前よくたくさんチョコボールをくれた。今日も風が強かったけど、Qはなんどもすべり台ですべっていた。すべり台のことはシュー!シュー!と呼んでいた。
2002年11月10日 18時12分53秒

こまごまとしたはたらきもののいちにち
まず夜明け前にQが悪夢にうなされていたので、抱え上げ、肩車もして、正気に戻した。どんな夢を見たんだろう。オトーサン、オカーサン、オリル!オリル!と寝言を言っていた。どこに登ったのだろう。落ち着いたQを布団に寝かせると、目をぱっちりあけて僕を見ていた。何を考えているんだろう。目が合うと喜んでキャッキャと笑い出すので、そうすると、早起きすぎてしまうので、僕は背中を向けて寝た。

朝はシュンタを野球のグランドに送ってから今日はそのままクルマで会社に行った。午前中働いて昼に帰宅した。食事をしてから、ペチカは友達の家に遊びに行って、Qも眠ったので、近所を走った。風がものすごく冷たかった。1時間ほど走って帰ってから、シャワーを浴びる。シャワーは、なかなかお湯が出ない。出はじめの水がもったいないので、風呂そうじをする。念入りに風呂掃除をする。30分くらい風呂掃除をした。タイルのめじを1度タワシでこすると、後には引けない。素っ裸で中腰でせっせと掃除をする。下半身の強化になった。裸でいても汗をかくくらい掃除をした。そうして掃除をしていたら、妻がとてもやさしかった。僕はやさしくされるのがとても好きなのだ。だからこれからヒマがあればせっせと掃除をしようと思う。

掃除をしてから読書をした。ペチカとシュンタに祖父母がプレゼントで送ってくれた、集英社の学習マンガ「世界の歴史」を読む。全20巻プラス別巻2巻あるが、まずは第1巻のオリエント文明を読む。わかりやすくていい本だと思う。この本の広告の宣伝文句に、小学生から大人まで、役に立つと書いてあった。子供には学習参考書になるとして、大人には他にどのような役に立つかというと、これを読んで海外旅行へいけば旅の中身がより深くなるのだそうだ。いろんな読み方があるものだと関心した。僕は何千年も前にも誰かがどこかで生きていて、そうやって現代までずっとそういうことが続いているというようなことを考えるのは好きである。いろいろ活用して読もうと思う。僕は3時のおやつを食べながら、妻と仲良く本の話しをした。今日は僕は朝から働き者なので、ふたりの関係は良好だった。Qは夜明け前に起きたりしていたので、今日の午後は熟睡していた。

夕方Qが起きてから、カメの冬眠用にマンションのまわりの落ち葉拾いをした。ハッパハッパとQは葉っぱをたくさん拾って働き者だった。カメの水槽に落ち葉をしきつめ、水をたっぷり入れた。例年より少し早い冬眠準備である。無事冬を越してもらいたいものである。それからQとクルマに乗ってシュンタを迎えに行った。ものすごい寒い夕暮時にシュンタはせっせとほっぺたを赤くしてグランドを走っていた。

ということで、今日は昼寝ひとつせず、こまごまと動いて家庭内で好評の1日だった。あとまだ今日は数時間あるが、この良好な1日をまっとうしようと思う。
2002年11月09日 19時48分50秒

洞窟の作成
スナネズミのすーちゃんのカゴにはまず一番底に新聞紙を敷いて、それから、ハーブ入りの切りワラを山盛り入れておいたら、すーちゃんは新聞紙と切りワラで洞窟をつくった。こないだ買った木製の巣箱には入らないで洞窟でばかり生活している。巣箱は歯の健康のためにか、ときどき念入りにかじっている。巣箱には歯型がたくさんついている。切りワラは非常に散らかりやすく、カゴのまわりはワラくずだらけになるが、洞窟はとてもあたたかそうだ。あしたは、また寒波がやってくるらしい。週末はいつも寒くなる。明日は午前中会社に行かなくてはならないので、あまり天気がよくなくてもいいと思う。あんまり天気がよくて休日出勤するのはうれしくない。しかしシュンタは寒い中野球である。先週はグランドのベンチ前で、ドラム缶で焚き火を焚いていた。がんばってくれたまえ。

先日のハーフマラソン大会の結果をネット上で確認したところ、記録 2時間7分22秒 、1372人中、760位だった。すでに筋肉痛は消え去り、それとともになぜかこのところずっと続いていたカカトの痛みも消えてしまった(心因性のものだったのか)。また日々せっせと走るようこころがけよう。
2002年11月08日 22時32分13秒

曇り
今日は、悪い星回りの一日だった。なぜかトラブルというのは起こる時は重なって起きてしまう。重なったトラブルのひとつひとつは、なんのつながりもないのに、なぜか今日みたいに同じ日に重なる。くたびれた1日だった。しかしトラブルは解決したのだろうか。日々はモグラたたきゲームのようである。しかしともかく1日は終わった。しかし今週はまた土曜日まで働かなければならない。働くのはとてもしんどい。じわじわとしんどい。僕はしばしば深い深い洞窟の奥にかくれたくなる。こうして毎年毎年流れていく。もう11月なのである。寒い。5時をすぎたらもうすっかり暗くなる。暗い夜道にクルマを走らせるとだんだんだんだんかなしい気分になってくる。夕暮時はさみしそう、というNSPの歌があったが、なんだかとってもいろいろなことがかなしくなるのである。これはどうにもならない感情である。そしてこういう気持になるときはこういう気持を無慈悲に切り捨ててはいけないのである。どうもいつも心のどこかが曇っている。人格的に問題があるのだろうか。シェリーどこにいけばおれはたどりつけるだろう〜という尾崎豊の歌があったが、人はいつかどこかにたどりつくのだろうか。これからずっと天気のように心の状態はころころとかわりつづけていつか、果てのない荒野の中旅人は土にかえるよ、というジャングルスマイルの歌があるが、そのようになるのだろうか。いったいどうして僕はいつもどこかが曇っているのだろう。しかしこう考えるうちはまだ、生きていられるようにも思う。こういうことを考えているときは今ここで曇り空の下生きているのであるということを感じる。それは興味深いことである。曇り空が、知恵のはじめである。なにも知らない。ここからはじまるのである。それでは寝る前の読書タイムに入る。
2002年11月07日 22時53分05秒

またもや(3部作)
今日は水曜日でママさんバレーに行きたいので、できれば早く帰ってきてほしいといわれた。もしかすると早く帰れないかもしれないと思うというと、そうしたら、子供だけで留守番させるからそれはそれでかまわないという。夜に子供だけで留守番させるのは国によっては犯罪になるほど危険なことだと思うので、早く帰る。夕食にカレーをつくっておいてもらったので、それを食べる。子供を風呂にいれる。それからふとんをしいてみんなでごろごろしながら、布団の上にころがっているうちに、9時半すぎにバレー選手が帰ってきた。部屋がものすごく散らかっていた。文句をいわれた。ケンカになった。インケンな口論である。どうしていつもケンカばかりするのか。ケンカなどしていない、アンタが勝手に癇癪を起しているだけであるというが、そういう意地の悪いものの言い方がすでにケンカである。僕が留守番をしてやっている、バレーボールにいかせてやってる、というような態度と、留守中のだらしのなさが気に食わないと推測される。いきたきゃ勝手にすりゃあいい。むしろ僕のほうがつねにしてやってる、させてやってる、みたいなものの言い方をされているような気がしてならない。ああせえこおせえと、常に指図されているような気がする。そして、誤解をされている、そうなのだ、僕は整理整頓そうじはけっしてキライではない。時間の流れ方が異なるだけである。時間は人それぞれ流れ方が違うのである。僕はぜったいだらしのない人間ではない。・・・・・寝る。(22時30分)

1時間経過。眠れない。僕がひとりで神経質にいつまでも腹をたてている。いや腹などたっていない。なんともいえず、いやな気分になっている。 みんなグウグウ寝ている。(23時45分)

・・・さらに10分経過。なんともいえず、いやな気分、で、一日を終えるのはよくない。一寸先は闇である。闇は立ち向かうべきものだ。注意深く。今この時間になれば、僕はとてもきっちりと落ち着いている。つねにこの状態を心の一部に確保しておくことが大事だ。今、「まだ見ぬ故郷」という、戦国時代のキリシタン大名である高山右近が主人公の小説を読んでいるが、こういうイノチガケのきっちりした人というのをものすごく尊敬する。毎週見ている「利家とまつ」ではほとんど高山右近の出番がないので残念である。そうだ!ぼくたちは毎週なかよく利家とまつを見ている。そうやって仲良くしているときもあるのだ。そういうときの状態というのをつねにこころのどこかに確保しておかなければならない。・・・あ。日付がかわった。明日はゆっくり寝よう。朝は走らない。だんだん気分がよくなってきた。おやすみなさい。(0時2分)
2002年11月06日 23時45分20秒

モソモソの朝
今朝は6時に目がさめたので、ひさびさに早朝ジョギングをする。早朝ジョギング。しかしもしかすると6時は早朝であるかどうかというのは、議論のわかれるところなのかもしれない。シュンタの野球チームのコーチは、毎朝5時くらいに起きると言っていた。5時から起きて素振りでもしているのだろうか。くわしいことはよくしらないが5時には目がさめるらしい。だから僕が6時に起きるといってもそれほど感銘を受けていなかった。別に人に感銘を与えるために朝起きるわけではないけど、とにかく朝の6時は、起きている人はすでに起きて活動している。

僕が走るためにマンションを出るときすでに、出勤しているお父さんもいる。僕はいつも8時20分に出勤のため家を出る。ペチカとシュンタを送ってそれから出勤する。ペチカとシュンタが家を出るときは、Qは玄関まで送りに出て、バイバイと握手をする。でも僕のときは、NHK教育テレビでQのだいすきな「いないいないばあ」をやっているから、妻が抱えてこない限り自発的には見送ってくれない。バイバイッ!とそっけなく言ってテレビの前にかけもどる。僕はとてもさびしい。でも朝の6時に出勤するお父さんも少しさびしいかもしれない。

このごろの朝の6時はすっかり早朝になっている。真夏の朝の6時はすでに朝ははじまってしばらくたっていて、もう早朝は遠い記憶のかなたにあって暑くてたまらなくなっていることもあるけど、このごろの朝の6時は、ようやく日が昇ったばかりのとても新鮮な朝だ。そして寒い。空につめたく冷えた雲がたくさん浮かんでいる。今朝は風もとても強かった。いつからこんなに寒くなったのだ。僕は厚着をして冷たい風の中をモソモソと走った。「北の国から」を思い出した。さだまさしが歌っていた。それはそれで、いい早朝だった。ふとももが筋肉痛であるのと、親指の裏のマメがつぶれて痛いが、なぜかカカトの痛みはすっかり消えていた。筋肉痛を感じながらモソモソと走った。
2002年11月05日 22時20分59秒

心地よくだるい肉体
心地よくだるい肉体の一日だった。下半身がほどよく筋肉痛である。今日は特になにも運動しない。午前中、妻とQと3人で野球の練習をしているシュンタに弁当を届けたあと、スーパーに買い物に行った。このスーパーの屋上のペット屋さんにはガラスケースに入れられたハムスターやウサギがたくさん売られていて、それを見るのが好きだ。妻が買い物している間、Qと見物する。オトナになったウサギが500円で売られていた。うわさによれば、もうすこしすれば、誰か大切に飼ってくれる人にタダでくれるのだそうだ。モルモットもかわいい。モルモットくらいなら室内で飼えそうだ。いろいろ想像しながら、動物を見る。

Qは「イイコイイコ」と言いながらガラスに顔をくっつけて、熱心にウサギを見ていた。もしかしたら、ウサギのことをイイコイイコという名前の動物であると思っているのかもしれない。Qはそういうへんな誤解をすることがある。たとえばQはおにぎりのことを、「アイウエ」という。「あ、い、う、え、おにぎり〜♪」というおにぎりをテーマにした歌があるそうなのだが、Qはこの歌がだいすきでおにぎりを与えると、いつも、あ、い、う、え〜と歌う。僕は見ていなかったが、昨日TVの「ちびまる子ちゃん」でおにぎりがいっぱい出てくるシーンがあって、そのときも、アイウエ!アイウエ!とひどく興奮していたそうだ。いつのまにか、おにぎり=アイウエであると理解してしまったようだ。そのようにQはウサギ=イイコイイコと思っているのかもしれない。

結局ウサギもモルモットも買わずにスナネズミのすーちゃんのための防寒用床材として、牧草パック1Kg及びエサのハムスター用ペレットを購入。昼からは特に活動的ではない。部屋の掃除とすーちゃんの小屋のそうじをして、長部日出雄「まだ見ぬ故郷」(新潮文庫)という歴史小説を読み始める。すーちゃんは牧草をかじっている。いつも眠たい目をしている。牧草はハーブ入りということでとてもいいニオイがする。カゴの横で昼寝をする。

夕方、Qといっしょにシュンタを迎えに行って、その帰りに銭湯に入る。ゆっくりつかる。あしたからまたはたらこう。
2002年11月04日 20時26分49秒

ハーフマラソン無事完走
無事完走した。去年まではフルマラソン3回連続出場した「大阪淀川市民マラソン」だったが、毎年最後の10キロで死にそうになるので、今年はハーフマラソンの部に出場することにした。天気は悪くはなかったが、風が強くて寒かった。会場についたとき、ちょうど2000名ほど走るフルマラソンの部がスタートしたところだった。毎日新聞のヘリコプターが飛んでいて、上空からスタート風景を撮影していた。もう開会式もスポーツクラブのお姉さん指導による準備体操も終わっていて、1時間後にスタートする約1500名出場のハーフの部は、あまり重んじられていないようだった。スタートラインにならんでも、ヘリコプターはやってこなかった。でも気にしないのである。そういうことは気にしないが、風が強くて寒いのが気になった。走りはじめたら、その風は真正面から吹いてくるのだ。

淀川沿いの河川敷の道をひたすら走る。そして11キロの折り返し地点で引き返す。はじめの11キロはひたすら向かい風で僕はイメージにおいては身をかがめるような感じで走った。重心を低くして、前に向かって走る。立ち向かっていく感じがいいのである。あまり走っていないのに、体調はよく、カカトも痛くない、ペースもまあまあな前半だったと思う。そして折り返しのポールをまわって、追い風の復路で、さらにスピードアップして、さっそうとゴールをしようと思った。でも前半の向かい風の対決で僕はすっかりつかれはててしまった。追い風に背中を押されると、前に進むよりも、なんだかどんどんからだが上にのびてくる感じがした。そしてアゴがどんどん天を向いて、酸欠の金魚のようであった。そのうち両足の親指のうしろにマメができて痛くなってきた。そして遅く走ると寒くなる。

それでも、フルの時のように、走れなくなるということはなかった。沿道の3つの給水所で水を2回、バナナを半分切ったものを4きれ、オレンジを5〜6きれ、アメ玉を3つ、食べながら、地道に走った。コースはフルとおなじなので、去年までは、すわりこんだり、ねころんだり、ひとりごとをつぶやいたりした最後の10キロであったのだが、今年は黙々とゆっくりと走った。時々アゴがあがった。脚がいたかった。バナナを飲みこんだ。後半はぞろぞろと後続ランナーに抜かれたが、気にせず、ゴールした。最後は全力でダッシュしようと思ったのだが、足のマメが痛くて、つよく踏み出せなかったので、とろとろとゴールした。2時間7分。フルマラソンなら世界レベルである・・・。

12時すぎにゴールして、家に電話して、また4つ電車を乗り継いで帰宅した。妻がおにぎりを3つつくってくれたのでそれをおいしくいただき、休憩なしに、すぐに帰ったので、帰り道にどっと疲れがでた。地下鉄の乗り継ぎの階段登り下りがしんどかった。妊婦やベビーカーを押す人やお年よりや車椅子の人には大阪の地下鉄の乗り継ぎは過酷であると思った。枚方では天気がよかったが、自宅近辺では午前中大雨だったそうだ。よかった。へたによい天気であったりしたら、せっかくの行楽日和に、まったく、どうして、あなたはいつも・・・と妻はブツブツブツブツと仏像になってしまったかもしれない。でも雨だったから別に文句はいわれなかった。休日に僕が仕事以外で勝手にどこかに行くのはほぼ年に1回だけである。いつも、では決してないのである。なのに・・・・ぶつぶつぼくは大ブツの仏像になる。こんど大仏ごっこをしよう。僕が仏像と言ったら、妻は銅像、と言うのだ。ぶつぞ!どうぞ!・・・パチン。あ、なにすんのよ!って。そんなダジャレが小学生の頃はやった。シュンタに教えたら、ウケた。
2002年11月03日 18時07分29秒

土曜日のトレーニング
今日は土曜出勤して倉庫の移動業務をした。商品を棚から引き出しパレットにつみあげて、移動して、また別の棚にいれる。なかなかの肉体労働で上半身がゴワゴワしている。そして普段行いのよい僕には珍しく、帰り道に雨に降られた。雨に降られたが、途中でシュンタの少年野球チームと提携しているスポーツ店に寄って、シュンタの冬用のアンダーシャツを買う。マンションにたどりつき、駐輪場に自転車を入れ、くたびれていたので、駐輪場からマンション内に至る十数メートル間を雨に打たれてとぼとぼとゆっくり歩いて帰宅。その僕の姿を妻が窓から見ていた。そして僕がなぜ雨が降っているのに走らないでだらだらと駐輪場からマンションの中まで歩いてもどったのか、ということをドアを開けるなり僕に言う。他にまず言うことはないのかと、僕は言い返す。ああまたいつものパターンだ。僕は妻から何か非難めいたことを言われるとすぐに真剣に言い返してしまう。本当にくたびれていたのだ。今でもとてもだるい。だけど僕は人間が小さい。もしかしたら妻は僕の歩く姿をとてもかっこよくてステキであると胸をどきどきさせて見ていたのかもしれないけど、何事も抑制的な長女的性格なので正直にそれをいえずに、照れ隠しであんな言い方をしただけなのかもしれないのに、僕はそれを受けとめてやることができなかった。反省する。もうすこし何事も注意深く事態に対処すべきだ。それにしても眠い。でも一日肉体労働するのも、金をもらって上半身のトレーニングができたと思えば、まあいいか。でも今日のは、ちゃんと休日出勤手当、出るんだろうか・・・。眠い。よく眠って、あしたはハーフマラソンを無事完走しよう。雨も雹も降らないことを祈る。
2002年11月02日 17時07分38秒

11月のはじまり
11月がはじまる。11月のはじまりは雨ふりの一日だった。昨日の夜走っておいてよかった。明日は出勤で、一日おそらく肉体労働である。明日とあさってはシュンタの少年野球が休みなのだが、明日は出勤、あさっては僕がマラソン大会なのである。すれ違い親子である。でもたいていシュンタとは毎晩いっしょに風呂に入っているし、なかよく共同で日記を書いているし、けっしてすれ違っていないと思う。僕がシュンタくらいの頃など、僕は父親の顔などめったに見なかったような気がする。別に別居をしていたのではないと思うのだけど、まず起きている時間には帰宅しなかった。朝もあまり記憶にない。休日もしばしば姿が見えなかった。すれちがっていた。父親は酒を飲んでいたのだろうか。マンガなどでよくへべれけになってくるお父さんがいるが、そういう姿も見たことはない。素行がよくわからない。その点、僕など非常に洗いざらいにわかりやすく情報公開された父親である。

いろいろなことに明らかなのである。僕はペチカには一日100回くらいお父さんのこと好きか?お父さんはペチカのこと大好きだよ、と言う。ペチカは人間ができているので、ペチカもお父さんのこと好きやで、と言ってくれる。そうすると横で妻は、ペチカはすでに赤ちゃんではないのであるから、そのように言うのはおかしい。そんなことばかりしつこく言っていては今に必ずいやがられ嫌われるという。なんだか不吉な予言のように妻は言う。まるでお父さんを嫌うようにペチカに仕向けているみたいだ。世の中すべての娘が父親を嫌っているとしたって、なにも同調することなんてないのである。別にペチカがどう生きようと勝手であるのであるが、僕が好きであるのは自由である。そういう気持はつねに正々堂々と明らかにすべきだろう。・・・できるかぎりがんばろう。さいきんはがんばらないと、ペチカがどんどん大きくなっていってしまうような気がしているのである実は。そういえば最近あんまりペチカと風呂入ってないような気がする。Qはペチカの小さい頃にちょっと似ているので、こないだ風呂はいったとき、ペチカ〜と言ってQをあやしたら、Qがキャッキャとなにもわからず喜んでいた。男の子っていうのは単純なのである。シュンタもQも失礼ながら独特のマヌケさがある。ペチカは、下のふたりにくらべると、小さい頃からしっかりもので、シャキシャキしていた。うまれたときからずっと仕切っている。

そんなことないよな、ペチカ、お父さん、しつこいか?
別に・・・。ハリーポッターを読み終えると、ぐらぐらした歯を気にしながらペチカはさっさと子供の部屋に行って眠ってしまった。

スピッツ「三日月ロック」。妻が生協で頼んでいたのが今日届いた。今聴いている。生協で買うとやや割り引きなのである。Qが起きているうちはこどものどうようCDしか聴けないのである。
2002年11月01日 22時43分22秒

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