|
|
| 忘却の年末 |
| 今朝は、近所の川の土手を走った。ここは昔、犬を飼っていたときに、よく散歩していたコースだ。毎日走るコースを変えて走ると、走るのは楽しい。年末はいろいろいわくいいがたくいろいろなものがふりつもっていたが、休みの日が続いて、すっかりそうしたいろいろふりつもったことを忘れてしまった。ということで、今年も終わる。今から年越しそばを食べる。 |
|
2002年12月31日 22時02分14秒
|
| 帰省日記3 |
|
今日もいい天気なので、朝食後走る。本日は住宅街を一周したあと、となりの市にある卒業した高校まで走ってきた。高校には卒業してからほとんど行っていないので、通学路も忘れているのではないかと心配したが、走っていると、きちんと記憶がよみがえり、自転車通学路を辿って、無事高校までたどり着いた。高校の3年間、自転車通学はずいぶん遠く感じられて、冬の朝は眠くて寒くてとてもしんどかった記憶がある。しかし、十数年ぶりに走って通学路を辿りなおすと、思ったよりも近かった。片道5キロくらいだろうか。高校のまわりをゆっくり走る。学校のまわりは田園地帯で、だいぶ住宅街に変わっていたが、まだその面影が残っていた。高校のグランドには今はどうかしらないけど、ヒバリがよく巣を作っていた。イタチもよくあらわれた。今日はヒバリもイタチもいなかった。学校のまわりは部活動でよく走った。部活動で走ると、しんどかったが、こうして自主的に走ると、とても気持ちがよい。高校のまわりを走っていると、高校の頃のことをいろいろ生々しく思い出すことができた。残念ながらいい思い出というものがあまりないように思う。でももう終わってしまったのである。選択というものはとても大事である。僕はいつもいろいろ間違った選択をしている。走りながら若干陰気な気分になる。部活動で学校まわりを走りながら、ときどき休憩に草むらで立小便をした。今日も十数年ぶりに立小便をした。ほっとする。ほっとしながら、いやいやでもたまには、いいこともあった、と思い出した。いずれにせよ、過ぎてしまったことなのである。そしてまだまだ前に向かって走っているのである。なにかが起こってしまったのは仕方がないのである。それにいかに対処するかが大切である。僕は無事若干陰気な気分を振り払い、駅前のトイレでおしっこをして無事走り戻った。トイレが近くて困る。犬の散歩みたいである。いろいろ時間をさかのぼりこのように反省することはいいことである。
昼より、シュンタとキャッチボール、それから、ラムセス4巻目「アブシンベルの王妃」読了する。あと1巻。モーゼはエジプトを出て、ヒッタイトとエジプトは和平条約を結びラムセスの奥さんは死んでしまった。読むのは遅いけど、とても面白い小説だと思う。 |
|
2002年12月30日 21時05分17秒
|
| 帰省日記2 |
| 昨日は布団に入ったらすぐに確実にぐっすり眠れた。現在住んでいるところはマンションなので、中途半端に暖かいので、眠っているあいだにしばしば、布団を投げ出し、凍える夢を見るし、おしっこも近くなるが、実家の部屋はとても寒くて、布団の中にしっかりもぐりこみ、身動きひとつせず朝までトイレにたつこともなかった。天気がよかったので、朝食後走る。昨日と同じ住宅街周回コースを2周走って飽きてきたので、卒業した中学校に向かって走った。何年ぶりかで中学校まで行った。なつかしかった。中学校の思い出はだいたい良好である。僕は中学時代はそれなりに速いランナーだったのだ。20年以上前も僕は中学校のまわりを放課後などにせっせと走った。そして20年以上たっても年末の天気のよい午前中、僕は中学校のまわりをせっせと走った。中学生の頃よりかなり足が遅くなったので走っているうちに寒くなって、おしっこがしたくなって、中学校の裏の第2グランドの片隅のトイレでおしっこをした。中学校のグランドの片隅には昔、部室棟というものが並んでいた。そこはしばしば非行の温床だった。タバコを吸ったこわい先輩に僕はしばしば説教をされたような記憶がある。僕はなんだかこれまでの人生でずうっと説教ばかりされているような気がする。しかし部室棟はいつのまにか消滅していた。体育館も新しいものに建て替えられていた。中学校のまわりも、田んぼだらけであったのに、住宅街に変わっていた。時間はどんどん流れていくが、僕はありがたいことに、まだまだこうして走ることができるのである |
|
2002年12月29日 21時50分14秒
|
| 帰省日記1 |
|
夜中の1時に目覚めて、埼玉の実家に向けてクルマで家族で移動。名神高速は関ヶ原付近で雪が降る場合が多いということなので、西名阪経由で名古屋から東名に乗る。無事雪にもあわず、トイレおよび給油休憩を富士川で一回、堺より埼玉県某市実家まで7時間半かけて無事到着。実家の心配性の両親よりトラックは大変危険であるので、くれぐれもトラックの後ろにつかないでくれと事前に言われていた。親の言う事はきちんと聞くべきであるので、トラックが前にたちはだかるたびに、人にはとても言えない速度でトラックを追い抜いた。子供達はおおむね眠っていた。Qが途中一度起きて、なにか歌っていたけど、ぐずることもなくふたたびおだやかに眠った。
実家について朝食を食べて、それから布団に横になったら、そのままドスン、と落ちるように眠った。目が覚めて、昼飯を食べ、なんだか食っちゃ寝状態はよくないと思い、シュンタをつれて近所の公園でキャッチボールをした。公園には霜柱が立っていた。堺では霜柱が立ったり水溜りに氷がはるということがほとんどない。そういうところでもう何年も過ごしているので、実家はものすごく寒く感じる。一軒家であるので、風通しも非常によい。寒い。眠い。寒い。 夕方、実家の住宅街のまわりを3周走る。ここは中学生の頃から、結婚して家を出るまで非常に熱心に走ったコースだ。この休み中は毎日走ろう。節制の冬休み。実家の体重計が体脂肪も量れるタイプになっていた。体重計というものがおいてあると、毎日乗りたくなる。ものすごく気になる。体重計に支配される。体重計に支配されてしまうのは人権問題であると思うので、あまり近づかないようにしようと思う。人は自由に節制するのである。 ところで、今日高校の同級生に会った。彼は僕の顔をじっとみつめてから、ぽつりと一言、 「お前、髪の毛薄くなってねえか」 と言った。・・・うむ。ここ最近で一番率直なものの言われ方であった。そう、世の中は、なにかといろいろもってまわった言い方ばかりがはびこっているのである。なかなか新鮮な体験であった。しかしいくら率直であっても彼のものの見方が必ずしも正しいとは限らないのである。 |
|
2002年12月28日 19時57分10秒
|
| ここちよいつめたい風 |
|
忘年会も終わり、もう今年も終わりであると、つめたい風の吹く夜道を歩きながら、感慨にふける。 つめたい風で頭はすっきり。今日はおみやげにシュークリームを買って帰った。飲んだ後、シュークリームを食べるのは非常に栄養分豊かである。そういう日もたまにはある。ねむい。よくねて、明日の真夜中移動の体力を蓄えなければ・・・。 |
|
2002年12月26日 22時53分29秒
|
| あと2日。 |
|
5時半に窮屈なので目がさめると、布団の中にシュンタがいた。またまた、夜中に目がさめてこわくなって子供の部屋からこっちにきたらしい。窮屈だし、布団もなくて、寒いなあと思いながらまたうとうとして中途半端に7時くらいまで浅く眠った。7時前にシュンタが目をさまし、あ、そうだ、サンタさんと言って、子供の部屋に戻っていき、無事プレゼント(ゲームキューブ)がベッドの足下に置いていたのに気づき、朝からバタバタと部屋中を走りまわって大騒ぎとなったのだ。2段ベッドの上の階のペチカにも洋服がかけてあり、Qの枕元にも無事ポケモンブーツとアンパンマンの絵本が届いていた。 今日も特にトラブルもなく仕事は終った。明日は忘年会その2がある。ビンゴゲームはない。あと2日。年末は実家にクルマで帰るので、雪が降らないで欲しいと思う。僕は真夜中に何時間もクルマにのって高速度道路を走るのは好きなのだ。雪が降るとこまる。チェーンの巻き方がよくわからないのだ。でも僕は運がいいのでたぶん大丈夫だと思う。 今日は、朝からみんな興奮していたので、早く寝た。シュンタは今日はお母さんと寝るのだそうだ。だから僕はシュンタのベッドで寝るのだ。最近このほうがよく眠れる。よく眠ってさわやかに目覚めると、日々子育てにたいへん忙しく苦労していると常々さまざまな方法で自己主張している妻からの、非難めいたまなざしを感じないこともなくはない。でもそれぞれの人がそれぞれに満足を感じることはいいことだと思うのだ。 |
|
2002年12月25日 22時02分17秒
|
| ねむい。 |
|
今朝も無事6時に目覚めた。目覚めたらシュンタも目覚めてしまって、自分の部屋から出てきた。出てきたので、僕の布団に突っ込んで、かわりに僕は外へ走りにいった。それほど寒い朝ではなかった。冬至が過ぎて、伸びきった夜の時間は、これから少しづつ縮みはじめている。夜明けはこれから少しづつ早くなるのだ。そういうひそかな出来事を感じ取るよう努力して走る。年内あと4日、今週はそんなにややこしい事態に陥らず仕事も無事に終りそうだ。そう思っていると、なんかややこしいことになったりする。いやいや大丈夫。なんて考えて、こういうつまらないことには、細かく気にする。 Qは今夜もなかなか寝なかった。10時半になってようやく眠った。ほとんど僕も妻もいっしょに眠ってしまいそうだった。しかし、なんとかからだを起きる。ラムセス4巻目を読む。陰謀につぐ陰謀のドラマが続く。平日はなかなか読み進まない。 シュンタはきちんとサンタさんに手紙を書いて眠った。「サンタさんゲームキューブを下さい!おねえちゃんがいるからコントローラーふたつ下さい」。はやく寝ないとサンタさんがこないって、おじいちゃんが言ってたからはやく寝るぞ!とペチカに大声で言って、ベッドに入った。やっぱりまだサンタを信じているのだろうか・・・。 ねむい。あしたはゆっくり寝よう。 |
|
2002年12月24日 22時43分43秒
|
| ポート見学 |
|
今日は午後からペチカが小学校にポートボールの練習だった。ペチカが昼ご飯を食べたあと、家を出ようとしたらQがイッショイク!イッショイク!と泣き出した。だから、自転車置き場まで一緒に行った。自転車置き場で適当にごまかして、ペチカを行かせたが、ごまかされたQはハタと気づいて、オネエエエチャアアン!!とまた泣き出した。そのうち落ち着くだろうと思って好きなように歩かせると、トコトコとどこまでも歩いて行って、小学校までたどりついてしまった。 体育館ではまだポートボールの練習が始まる前で、ぺチカが他の小学生の女の子たちと駆け回って遊んでいた。Qは体育館のガラスドアにべたっと顔をくっつけて、オネエチャアアン!と叫んでいた。叫んでいたら、気がついて、ペチカがドアをあけてくれた。Qは小学生の女の子たちに囲まれてにやにやしていた。違う学年の子は、Qのことを知らないので、ペチカにこの子誰や、と聞いていた。弟のQ、とペチカが言うと、Q?ホントの名前はなんていうの?と聞き返されたので、ホントの名前もQ!とペチはが誇らしげに答えた。面白い名前やなあ、とみんな感心していた。 やがて練習がはじまったので、Qを連れて帰ろうとしたら、Qイヤンイヤンとのたうちまわって拒絶した。道路にひっくり返ってバタバタと暴れた。通行人がジロリと僕を見て通り過ぎるので、なんだか自分が誘拐犯のような気分になってきたので、仕方なく引き返した。また体育館のガラスドアにQをへばりつかせておくと、ポートのコーチのひとりが、ドアをあけてくれて、スリッパまで出してくれたため、Qを飛び箱に載せて、しばらくペチカのポートの練習を見ることとなってしまった。僕はちょっと自転車置き場まで下りるつもりだったので、上着を着ないでシャツ一枚だったのでとても寒かった。Qはぽーっとしたねむそうな顔で、飛び箱の上からペチカの練習を見ていた。子供会のポートボールといえども、コーチの人も熱心に指導していて、手伝いのお母さんとかもいろいろ働いていて、そんな中、幼児を飛び箱に載せて、寒い体育館の中シャツ一枚の貧相な格好をしている僕はとてつもなく場違いに思えた・・事実そうなのだが。ペチカはお父さんなど存在していないかのように元気いっぱい走っていた。 飛び箱の上でQはさっさと寝ないものかと思っていたのだけど、こういうときに限ってなかなか寝ない。なかなか寝ないけどねむいので、やや不機嫌なのだ。もう行こうか、といっただけでイヤンイヤン!と泣き出す。抱えると暴れる。いろいろごまかして、なんとか、途中で帰る。妻に、Qを抱えてみっともない格好して将来の宝塚のトップスターであるペチカの練習を見に行くような恥ずかしいことはやめてほしいというような、おおむねそのような意味のことを言われて怒られた。それから、Qをそんな寒い体育館の飛び箱の上に置いておいて、Qがカゼでもひいたらどうするのか、年末にあなたの実家の両親に何いわれるかわからない、そういうことをいったい考えたことがあるのか、なぜ断固とした態度でQを抱えてさっさと戻らなかったのか、という点についても強い非難を受けた。夕方ペチカが帰ってきて、ペチカに聞いたら、やっぱりお父さんが練習を見にきたのはイヤだったそうだ。ペチカはやさしい子だから、そんなに強くイヤ!といわれたわけではないけど、そのぶん、イヤだったんだろうなという気持が実によく伝わってきた。少しさみしかった。でも負けない。 |
|
2002年12月23日 19時05分26秒
|
| おめでたい年末の日曜 |
|
昨日は結局最後までからだがだるかった。だるかったけど、それに打ちのめされはしなかった。そしてぐっすり眠った。ぐっすり眠っていると、窮屈だった。右からも左からも圧迫された。知らないうちにシュンタが夜中に布団にもぐりこんでいた。Qも寝相が悪く何度も体当たりした。それでも寝覚めは爽快だった。シュンタは朝の小鳥みたいにチュンチュンチュンとおしゃべりしながら野球に行った。 今日は寒いけどよく晴れた日曜日で、朝食後、走った。走り終えたら、ものすごく心身ともに良好となった。しかも明日も休みである。すごくうれしい。ラムセスの続きを読む。読んでいるとQがポケモンの指人形を持ってきてカイテカイテ!とポケモンの絵を描くように要求するので、パソコンのお絵描き掲示板に書く。それから松井モデルのシュンタのグラブをワックスで磨いて、ボールを握らせ型を作って縛っておく。僕のグラブではないけど、なんかすごくうれしい。シュンタがプロ野球選手になって大活躍して何億も稼いだらどうしよう、とわくわくしながら想像をめぐらす。宝くじで3億当たったらどうしようと考える時の、わくわく感と同じ種類の感じである。妻はペチカと宝塚の舞台を見に行ってから、ことあるごとにペチカが宝塚に入団してトップスターになったらどうしようとわくわくしているのだそうだ。年末であるが、夫婦そろってすでにおめでたかったりするのである。 お昼からペチカとふたりでQのクリスマスプレゼント用に絵本を買おうということで出かける。Qにはサンタさんからのプレゼントということにするので、バレないようにせなあかんで、といいながら、ペチカはQ用の絵本を選んで、お店の人にきちんとクリスマス包装してもらっていた。ペチカはサンタさんに頼まなくていいのか、と聞いたら、もうすでにこないだ宝塚に行った帰りにお母さんにプレゼントを買ってもらったのだそうだ。本屋には子供向けの松井選手の伝記が売っていたのでシュンタのために買った。シュンタのために買ったけど、ぱらぱらと読んでいたら、面白い本だ。僕は野球選手の伝記は好きなのだ。決して巨人ファンではないが、原辰徳の伝記を中学生の頃とても熱心に読んだ記憶がある。ちょうど原が巨人に入った年に書かれた本で、プロになるまでの原選手の歩みがとてもドラマチックに書かれていた本で、恥ずかしながら非常に感動した。今日買った本は講談社火の鳥人物文庫、広岡勲著「松井秀樹〜ゴジラパワーの秘密」。本文総ルビで小さい子でも読みやすい本だ。・・・僕は決して巨人ファンではない。 夕方、Qとふたりで野球のシュンタを迎えにいった。 |
|
2002年12月22日 18時15分26秒
|
| 雨降り |
|
朝から雨が降っていたのでシュンタの野球は早朝に連絡網がまわってきて休みとなった。昨日は比較的よく飲んでいたので、体内にアルコールが沈殿していた。からだの芯がよどんで重たい。非常に後ろ向きな気分の朝だった。肉体の状態で、ある程度気分は支配される。腕立てと腹筋と屈伸運動をした。それから年賀状の宛名書きをした。宛名書きは手書きでした。以前一度パソコンで住所録を作成したが、パソコンが故障して、みんな消えてしまった。沈滞した気分の時は黙々と宛名書きをする。メッセージもきちんとそれぞれの人に書く。ハガキのすきまにこちゃこちゃと細かく文章を書くのは好きなほうだ。それからシュンタ、ペチカそれぞれのオリジナル年賀状を子供といっしょに作成した。午前中はそのように黙々とした作業についやした。そうやって、細かいことに集中すると、からだの芯のよどみがだんだん、すっきりしてくる。よどんでいるからといってそのまま全身全霊をこめてそこに耽溺してはいけないのである。僕はしばしばとても不幸な気分に陥る。そういう感じを自分から引き寄せているような傾向がある。特にこのように二日酔い気味の時はおおいに自分をあわれみたい欲望にかられるのであるが、年賀状の宛名を黙々と書くことで、僕は僕の傾向と戦った。常に戦うようこころがけているが、しばしば、簡単に打ち負かされる。しかし、本日の離陸はなんとかうまく行った。 午後は買い物に行った。妻の実家から、シュンタの誕生日プレゼントにグラブを買うようにと、お金を送ってもらっていたので、それを持ってスポーツ店に行く。松井選手がニューヨーク・ヤンキースに入団したのを祝して、松井モデルのグラブが10%OFFで売られていたのでそれを購入した。シュンタは来年からこのグラブを使用するとのことなので、冬休み中、しっかりキャッチボールをして、ならしておかなければいけない。 買い物をしていたら立ちくらみがした。まだ沈殿が消えていない。しかし、そこに沈殿があるというのがわかれば、気分はそれに支配されないのである。できれば、走って頭をすっきりさせたいところだが、今日は1日雨がしっかり降っている。しかしそのような状況での克服方法というものの研究にはよい1日なのである。そうやってどんよりとしたからだの芯と戦う。 |
|
2002年12月21日 17時46分31秒
|
| 目覚ましが当たる |
|
今朝も無事、目覚ましがなる前、5時55分に起きることができた。今日の朝は、薄い紫な感じだった。やはり夜のうちに雨が降っていたみたいだ。でも僕が走る時間にはちゃんと雨があがっている。これは走れという、天然のメッセージである。天然のメッセージ、きざし、そういうものには敏感にならなければいけない。今週は、よい朝の時間を持つことができた。よかったよかった。そんなふうに気持よく朝のジョギングをしてうちに戻ったら、妻に朝から怒られた。5時55分に起きたため6時にセットした目覚ましのセットを消すのを忘れていたのだ。目覚ましはじゃんじゃん鳴って、妻を起こしてしまったらしい。 目覚まし時計といえば。今日は会社で忘年会があった。 ビンゴゲームでめでたく目覚まし時計が当たった。今までうちには目覚まし時計が一台しかなかった。僕専用の目覚ましができたのでこれからも早起きに励めという、これは天然のメッセージであると、僕は解釈した。 メッセージはいろいろなところで語っているのである。ある意味でこの世のあらゆるものはあらゆるもののためのメッセージであるように思う。何かが何かつねに象徴して、いわくいいがたいものを表現することに世界は努力しているのだ、と時々朝の雲を見ながら思う。 |
|
2002年12月20日 23時10分50秒
|
| ねむい木曜 |
| 今朝も無事6時に目がさめた。夜中に雨が降っていたみたいで、道が濡れていた。おとといは鉛色の朝だった。昨日はピンク色の朝だった。今朝は濃いブルーの朝だった。朝は色とりどりだった。明日はどんな朝だろう。でもだんだんくたびれてきた。明日は早朝ジョギングはお休みするかもしれない。しかし明日は会社の忘年会だ。忘年会で飲んだり食べたりするのであるから、朝のうちにきっちり運動しておいたほうがいいかもしれない。今夜も僕は子供の部屋でひとりで寝るのだ。ひとりで寝るとストンと深く深く眠れるのだ。夢もたぶん見ているのかもしれないけど、あまりこみいったり入り組んだりしていないのだろう、ストンと眠って、ストンと目覚める。ひんやりとした孤独な感じだ。そういう感じを感じるのは大事なのである。 |
|
2002年12月19日 22時44分47秒
|
| こぶたがねない。 |
| このところQがなかなか寝ない。きょうも、10時すぎまで起きていた。ペチカとシュンタが先に寝てしまったあとも、ひとりでおしゃべりをしている。コブタのカタチをしたつみ木があって、それをいじりながら、こっぶた!たぬっき!きっつね!と繰り返しつぶやいていた。歌っていたのかもしれないけど、Qはオンチだと思う。Q以外みんな布団に転がり寝たふりをしていたが、寝たふりをしたら、ペチカとシュンタはすぐに寝てしまって、今日もやはり僕は子供の部屋でひとり寝ることになる。寝たふりが長いと妻もたいてい寝てしまう。僕も寝てしまいそうになるけど、そのまま寝てしまっては今日1日に悔いが残るので、Qが寝た後がんばって起きた。ねむい。今朝も無事早朝ジョギングができた。ピンク色の明るい夜明けだった。それでも1日は全体的にくもっていた。あしたも曇りだそうだ。明日は朝ゆっくり起きることにしよう。そのかわり夜はだらだら起きていよう。以上。ねむい。 |
|
2002年12月18日 22時37分57秒
|
| カタカタと鳴るふすま |
|
午前3時に目がさめた。なぜか、ふっと目がさめた。こういう感じで起きてしまうと、とてもこわくなる。3時まで起きていることはこのごろはほぼまったくないが、3時まで寝ないで起きていても別にこわくはないけど、3時に目がさめると、なんともこわい。僕は大きな声ではいえないけど、なにかと臆病ものなのだ。ときどきこわい夢もみる。 昨日だって、なぜだか入り組んだ夢を見たのだ。どのように入り組んでいたのか忘れてしまったし、昼寝のときにそういう夢を見たとしてもどうということはないけど、真夜中にそういう夢を見てめざめるとなんともいえずどきどきする。どきどきしていたら、ふすまがカタカタ音をたてているのだ。なんでふすまが音をたてるのか。となりでQと妻はスヤスヤと寝ている。こわいこわい。そう思いながらまた眠る。 そして、朝の6時の暗やみでふたたび目をさます。勇気を奮い起こして布団から出て、走りにいった。雨上がりのややなまあたたかい朝だった。ややなまあたたかい、というより、なまさむい、というような風がびゅうびゅう吹いていた。空は鉛色のかたまりだった。鉛色のなまさむい朝だった。朝はどんな朝でももうこわくはなかった。 家にもどり起きてきた妻に真夜中にふすまがカタカタ音をたてていた話しをした。原因がわかった。居間の2重窓の一枚が開いていたのだ。そこからなまさむい風が隙間風となってふすまを静かにカタカタゆらしていたのだ。それが原因だ、ああよかった。 今夜はシュンタとペチカはまた妻とQと寝ると言って僕の布団を占拠して寝てしまった。僕はひとりで子供の部屋で寝ることになる。夜中に目が覚めないことを祈る。 |
|
2002年12月17日 22時10分39秒
|
| そのうちにがんばる |
| 朝方、4時半頃トイレで目がさめた。夜中にトイレに立つのはからだが冷えるせいであると思い最近は靴下をはいて寝ているが、やっぱり目がさめた。靴下の中に異物感がある。足の裏にマメができていた。このところあまり走ってないので3日連続で気合をいれて走ったらマメができてしまった。そして今朝はぐっすり眠った。朝は冷えて固まる。今朝もとても良い天気だった。早く起きて夜明けに立ち会えばよかった。昼間、もう年末なので、かなり気持がもうすでに冬休みのような感じがする。今日はあまり得意ではないタイプの取引先の人と会った、別に会わなくてもかまわなかったのだけど、でもやはり会ったほうがいいと思って会ったら、注文ももらえたし、よけいな話しもいろいろできてそれなりに収穫があった。はたからみればとてつもなく小さなことであるが、こういう出来事はとてもうれしい。僕は困難があるとすぐに避けようとする傾向がある。しかし、別に戦場で戦っているわけでもないし、命までとられることはないのだから、イヤだなあと思ったら、そのイヤなところへ突入するとますますイヤなことになることもあるけど、時にはいいことだってあるのだ。そう思うのだけどすぐに、避けようとする。がんばろう、と決意し、夕方から雨が降ってきてあたりが暗くなってきたので早めに帰った。そのうちにがんばろう。そのようにしてまた一年がすぎるのである。 |
|
2002年12月16日 20時38分16秒
|
| 散歩他の日曜日 |
|
今日も天気がよい1日だった。午前中、走ったが、天気はよくてもとても寒かった。1時間弱のろのろと走り、ようやく汗が出た。昼からは、床屋に行った。床屋でははじめから終わりまでぐっすり眠った。床屋で眠るのは心地よい。床屋を出ると午後も引き続き天気がよいので近所を散歩した。昨日は僕は留守番だったから、こうやってひとりで散歩したって誰にも文句を言われる筋合いはないのである。駅前のスーパーのペット屋にも行った。そこで売られているモルモットが子供を3匹産んでいた。ガラスケースの中でお父さん、お母さん、子供3匹のモルモット一家が飛び跳ねていた。1匹500円と書いてあった。モルモットがうちのなかでミュウミュウ鳴いている風景というのはいいなあと思ったけど、僕以外は誰もいいなあと思ってくれないと思うので、ガラスごしにモルモット一家に挨拶してわかれた。モルモット好きの暖かい家庭に買われることを祈る。散歩はとても気持いい。 夕方、少年野球のシュンタを妻とQと3人で迎えに行った。親切なコーチとしか話したことがなく、親切なコーチがやめてしまったので、今後のシュンタのためにもきちんと監督さんや他のコーチに挨拶をしておかなければいけないと思い、強そうなお母さんに誰が監督であるかと確認をして、妻とふたりで挨拶に行った。監督およびまわりにいたコーチは一見こわそうな人たちだったが、きちんと挨拶したら、とても愛想がよかった。人を先入観で見てはいけないのである。シュンタは、でかいし、左利きなので、非常に期待されているのだそうだ。でかくて左利きであることのほかには、褒めるところがなかったのかもしれないけど、こわそうな監督にそういわれると、僕はうれしかった。 |
|
2002年12月15日 19時01分48秒
|
| きっちり土曜 |
|
今日は朝から、妻とペチカは宝塚でタカラジェンヌを見てその後夜には神戸のルミナリエを見るために出かけ、シュンタは児童部のクリスマス会に出かけ昼すぎまで帰らない。Qとふたりで留守番だった。休みの日というのは出だしが肝心である。起きたままぼんやりしているとそのまま時間はどんどんたってしまい虚しい1日となる。今日は朝食を食べて、みんなを送り出した後、念入りに顔を洗いヒゲをそり、体操をして、きちんと着替えて、それから部屋のそうじをした。そうじをすると、Qはよろこんで、僕の後ろをアヒルの子のようについてきた。それから、外に出て、散歩した。シュンタに頼まれていたコロコロコミック1月号を買った。それから立ち読みをしていたら、Qが子供の本の棚によじのぼって、「でこぼこフレンズ」のポスターをケンバーン!クイシンボン!とかいいながらたたいていたので、あわてておろした。 昼からシュンタが帰ってきて、Qも昼寝をしたので、ジョギングをした。今日は空がよく晴れていて青空の下で走るのは久々なので気持良かった。もどってからQの横で読書。「死後の世界へ」スコット・ベック・集英社。数ヶ月前読みかけて中断していた本。読了。この本を読んでいると、横からタイトルを見たシュンタがすごくこわがる。こわい話しではない。主人公の心理学者が年をとって死んであの世に言って、いろいろ心の問題について考察する、著者も心理学者なのだと思うけど、理屈っぽい本だったので途中でやめていたが、今日はとてもきっちりした気分であったのでその理屈っぽさがしっくりして、最後まで読みとおすことができた。同じ著者の「平気でうそをつく人たち」という本が何年か前にベストセラーになり、この本は古本屋の100円コーナーでよく見かける。今度読んで見たいと思うけど、そうだまだラムセスを読んでいるのである。ということで2巻目の続きを読む。ラムセスはファラオとなりヒッタイト人からの防衛のため、現在首都移転をはかっている。首都建設にはモーゼを監督とした、ヘブライ人たちが大きくかかわっているのである。「十戒」の世界であるが、モーゼはこの小説ではずいぶん違った設定になっているのである。 夕方、シュンタとキャッチボールを少しする。Qはそのへんをぴゃーぴゃーいいながら走りまわっていた。今日はよくからだを動かした。仕上げに3人で近所の銭湯に言った。ゆっくり風呂につかり、風呂から上がって体重を測ると、非常に増えていた。きっちりしよう。ひきしめよう。 帰宅して日記を書いている。妻から電話あり、ルミナリエがとてもきれいだった、ルミナリエチョコレートを買って帰ると連絡があった。僕はチョコレートが好きだ。しかし、節制しなければ。 でも今日は、きっちりすごせた1日ではないかと思う。 |
|
2002年12月14日 20時45分38秒
|
| なぞのおばあさん |
| 会社の帰りに自転車に乗ったおばあさんに道をたずねられた。年齢というのは推測するのがむずかしいが、70歳は越しているように思った。僕の印象ではその女性はお姉ちゃんでもおばちゃんでもなくおばあさんであった。おばあさんは僕に4つほど先の駅の場所をきくのである。しかし、おばあさんは反対方向に向かって走っていたのだ。ずっと線路沿いに走っていたのだが、途中で買い物をしているうちに、線路がどこかわからなくなったそうだ。それにしても4つ先の駅はおばあさんにはずいぶん遠いように思う。しかしおばあさんが今日、買い物にいった先は、反対側にさらに先の先の途中で電車を2回くらい乗り換えていかなくちゃならない場所だというのだ。寒い夜である。おばあさんを4つ先の駅までいっしょに行って、家まで送っていこうか、それとも、もよりの駅前の交番につれていこうか、迷ったが、とりあえず線路際の道までお連れすると、ああ、ここまでくればわかります、線路に沿ってまっすぐ行ったら帰れます、ありがとうございました、どうぞお先にお帰りくださいというので、そのままおばあさんを置いて帰った。帰ってから夕食を食べた後、今夜は走ったのであるが、道端でまたおばあさんが迷っていたらどうしようと、ちょっと心配だったが、おばあさんの姿は見当たらなかった。無事帰りついたことを祈る。今夜は寒くはあるが、風はそれほどでもなかった。空は澄んでいた。あしたからちょっと暖かくなるらしい。 |
|
2002年12月13日 22時25分41秒
|
| びゅん |
| 今日も寒い1日だった。と云っている間にもう明日は金曜日だ。今日は朝早くから働いたので長い1日のように感じるのだけど、でももう木曜日なのだ。確実に時間の流れは早くなっているのである。誰も気がつかないうちに、なにもかもが実はびゅんびゅん早くなっているのだ。Qを寝かしつけようと思っていたら、ケイタイが鳴って、東京の会社の先輩からだった。忘年会をしていて、僕のことを思い出してくれたとのことで、電話をかけてくれたのだ。みんなとっても楽しそうに電話の向こうで酔っ払っていた。約4名とかわるがわるお話をした。かわるごとにQがパアとかピャアとか言って割りこんできた。僕はまったくシラフであったので、どのように反応してよいのかよくわからなかった。よくわからないけどみんなとても楽しそうなので、楽しそうな雰囲気を僕が無愛想にすることでこわしてしまうのはまことに申し訳なく思い、僕はいっしょうけんめい愛想よくしようと努力した。ピャアとかパアとかQも愛想よくしていた。こういうときは子供は便利であると思った。 |
|
2002年12月12日 21時50分58秒
|
| コーチ退団 |
|
明日は6時起きで得意先直行のため、営業車に乗ってそのまま帰宅。こうやってクルマに乗ったまま帰るというのはとても楽だ。こうやって毎日自動車で行き来をしたら、あっという間に身体はなまってしまう。帰宅してから30回ほど腕立て伏せをする。腕立て伏せを毎日続けていたら、30回くらいは楽に腕立て伏せができるようになった。腕の筋肉はだいぶほどよくついてきたように思う。しかしおなかはさっぱりである。おなかのやわらかさは宿命のようなものである。粘り強く戦おう。 今日は水曜日だけど、妻はバレーボールに行かなかった。年内はもう行かないそうだ。そしてこういう日は少年野球の連絡網はまわってこない。しかし、妻から聞くところによると、今日の夕方、シュンタを少年野球に誘ってくれた親切なコーチがうちに訪ねてきたそうだ。なんと、コーチは思うところがあって、少年野球チームを退団してしまうのだそうだ。「私と他のコーチの考え方の違いがあっただけのことで、決してチームが悪いわけではないので、シュンタくんも将来の4番を目指してがんばってください」と言ってコーチは去っていったのだそうだ。去っていったコーチはそのあとも彼の受け持つ2年生選手の家に個別に挨拶にまわって歩いたらしい。シュンタ以外の子は数キロ離れた隣町に住んでいる(というよりシュンタだけがチームメイトの他の子たちとは違う隣町に住んでいるのである)のだが、文字通り歩いて行ったそうだ。「身体をしぼらなければなりませんので、ウオーキングです。」と言って最後にコーチは笑ったそうだ。 いったい何が起こったのだろう。チームのコーチ陣のごたごたについて、若干興味がある。それも興味あるが、今度から、あの親切なコーチがいなかったら、シュンタを迎えに行ったら誰に挨拶したらいいんだろう。なんだか心細いなあ、とつぶやいていたら、またまたそういう傾向の僕の性格を妻にケイベツされた。水曜日はイヤな気分になる夜なのである。 シュンタはあんまり気にしてないようだ。ほとんどまったく気にしてないようだ。友達もできたみたいで、はじめの頃はお父さんもいっしょにやろうよ、とか言ってたくせに、今冗談でこんどはお父さんがコーチになってやろうか、というと、親といっしょに練習なんかしたらカッコ悪いからイヤだなんていう。実にしっかりしている。クラスで3人ほどシュンタのことを好きな女の子がいるそうだ。うらやましい。たぶんシュンタのでかい鼻の穴が魅力的なのだろう。 |
|
2002年12月11日 22時30分22秒
|
| とぼとぼとした冬の夜 |
| 寒くなってきた。今日は風の強い1日だった。空のつめたそうな雲のかたまりが大きく動いていた。遠くの山が白くなっていた。朝はぐっすり眠った。明日もこの冬一番の寒い朝になるとのことなので、たぶん起きる気分になれないと思ったので、夕食を食べてから、少し走った。風が強かった。夜の雲もおおきな白いかたまりで、今にも雪が降ってきそうな感じだったけど、このへんは雪はめったに降らない。走っていたら、トイレにいきたくなったので、いつもの半分くらいでやめる。あまり全力ではしると漏れそうになったので、とぼとぼマンションまでの数十メートルを歩く。ごーごーとつめたい風に包まれると僕の頭の中では、「北の国から」のテーマ曲が流れる。だけど、ここは北海道と比べたら、かわいい冬だ。それでも寒いなあと思いながら縮こまりつつ暗い道をとぼとぼと歩く感じはよかった。トイレには無事間に合った。 |
|
2002年12月10日 21時58分27秒
|
| 何事も注意深く |
|
今日は帰りに飲酒をして帰宅したので、すでにQは眠っていた。ペチカとシュンタは寝たふりをしていた。妻は押し入れに隠れていた。おどかされるのは嫌いなので、慎重に、可能性として考えられる洋服ダンス、トイレ、風呂場の浴槽の中、部屋の開いたドアの陰ベランダ等、いろいろ用心深くチェックして妻を探していたが、まさかあまりにもありふれている押入れに隠れているとは思わなかった。しかし、こんなことで、起きている3人は異様に盛りあがっていた。かわいいものである。うちには子供が4人もいることになる。僕がしっかりしなくてはいけないとつくづく思う。 それにしてもQが寝ていたのは残念だった。このごろいろいろな言葉をしゃべるようになった。面白い。絵本を読んでやっても、それなりに興味を持って聞いている。寝小便はしないが、朝、トイレに座らせても、おしっこが出ない。デナーイ、と言うので仕方なくおしめをはかせると、そこでやっと落ち着いておしっこをする。まあもうすぐだろう。大人になっておしめをする人はそんなには、いない。ペチカだって、おしっこは2才までにはしつけられたが、ウンチがなかなかできなかった。どうしても、立ったまま、いつも必ず食器棚の前でふんばっていた。そこでウンチをするものであると思っていたみたいだ。でも女の子にたいしてこういう過ぎたことをいつまでもしつこく言ってはいけないのである。今に嫌われるのである。中学生になった娘の前でお父さんが「中学生といってもまだ小学生に毛がはえたようなもんですわ、わっはっは」と近所の人に言ったために、2度と娘に口をきいてもらえなくなったという話をきいたことがある。気をつけなければならない。何事も注意深くすることが大事である。 |
|
2002年12月09日 22時15分57秒
|
| 冬眠ふう日曜 |
|
今日も元気に朝早くからシュンタは野球に行った。妻が今日もクルマで送ってくれた。僕はQが起きたときさびしくて泣かないように、Qの横でいっしょに眠っていた。結局、クルマの提供の件は、今回は上級生の保護者の人たちが行い、下級生の保護者からの提供は必要なかったようだった。今日妻が行くと、上級生のお父さんたちがグランドにたむろをしていたそうだ。上級生のお父さんは上級生のお母さんたちよりも愛想がよかったと褒めていた。僕だって人前に出れば、非常に礼儀正しく愛想がいいのである。どんなにすばらしい人でも、あんまり身近にいると、そのすばらしさが案外わかってもらえなくなるものである。そのようにして、今日もはりきってシュンタは野球に行ったのだが、また昼前から雨が降り出して、今日も午後から練習が中断となり僕が迎えに行った。シュンタは今日もバッティング練習ができなかったそうだ。とても残念なので、帰ってから、64のパワフルプロ野球というゲームで、対戦した。シュンタが2連勝した。 寒い1日だった。昨日も今日も、午前中に40分ほど走ったが、午後はずっと部屋にこもっていた。冬眠一家だった。スナネズミのすーちゃんのそうじをした。ハーブ入りワラを入れ替えトイレの砂を交換した。冬眠中のカメの状況をチェックした。ベランダに置いてある深く水を張った水槽の中で、クサガメはしっかり首と手足をひっこめて眠っているが、ミドリガメはまだ、水底でパチクリまばたきをしていた。無事春まで眠っていることを祈る。先月から断片的に読んでいるマンガ世界の歴史の残りをすべて読むことができた。明日からまた月曜日がくる。明日からの1週間は仕事が少々バタバタと忙しい予定である。これを乗り越えたら、たぶん楽になるように思う。できたら本当はクマのように、シマリスのように、ヤマネのように、コイやトカゲやカエルやカメのように、冬眠していたいような気もする。人間はとっても働きものである。 |
|
2002年12月08日 17時25分58秒
|
| 連絡網3 |
|
今朝はゆっくり眠ることができた。目がさめると、すでに妻はシュンタを野球に送って帰宅していた。僕は感謝の辞を述べた。しかし僕は間違っていたのだ。やはり連絡網というのは、僕には向かないのである。なんと、別のグランドへ移動するのは、今日ではなく明日だったのだ。妻は、グランドにたむろをしていた強そうなお母さんたちに、クルマの提供を申し出たところ、「今日ちゃうで、明日やで」、ととってもぶっきらぼうに言われてしまったのだそうだ。連絡事項は正確に伝えて欲しいと、僕は朝から、妻に注意を受けた。弁解のしようもないくらいに完璧に僕はかんちがいしていた。電話連絡では、確かに8日の練習について、と言っていたのだ。そして8日は日曜日なのに、僕はそのとき、わざわざ走り書きで夕刊のはじっこにエンピツで8日、とメモしたにもかかわらず(そのときの記憶はハッキリしていて使ったエンピツの種類まで覚えている)、「8日は土曜日である」と思いこんでいたので、妻には今度の土曜日の練習、と口頭で伝えてしまった。このように、伝言ゲームは、微妙にずれていくのである。よい実例である。 ぶっきらぼうな言い方をした、たむろをしていたお母さんたちは上級生のお母さんで、上級生になるとお母さんたちは当番制で練習につきそうのだそうだ。そして、上級生のお母さんともなると、下級生のお母さんよりもずっと強そうになるそうだ。そういう保護者の人間関係というのはとてもむずかしそうだ。ぶっきらぼうに言われたことについて、若干気分を害していた妻に誠に申し訳なく思ったが、やはりこのような保護者の人間関係には極力関わり合いにならず、シュンタくんにはひとりでたくましく立派な野球選手になってもらおうと、僕は改めて思った。改めて思ったけど、もしかすると明日は僕がやはり行かなくてはいけないのだろうか。 しかし、今日は雨降りだったのだ。それほど強い降りではないが、昼になっても雨はやむことなくしとしとしとしとと降り続いた。昼ご飯を食べようとしたら、電話がかかってきた。少年野球のコーチから、今日は雨がやみそうもないので、2、3年生の午後からの練習は中止になったので迎えに来てください、という連絡だった。僕は食事を中断して、シュンタを迎えに行った。シュンタはベンチで、座って雨宿りをしていた。雨宿りのベンチの前ではドラム缶に薪を入れて火を焚いていた。そのドラム缶のまわりに数名の強そうなお母さんたちが腕を組んで、なにかぶっきらぼうに話していた。シュンタはアシェシェシャ!と帽子を取って挨拶をしてからクルマに乗った。上級生は、午後もしっかり練習するそうだ。ぶっきらぼうなお母さんたちも、きっと最後まで腕を組んでいるのだろう。それはそれで立派なことである。でも明日はもっともっと雨が降って、練習中止でもいいかな、と思っている。思っているけど、シュンタは今日はバッティング練習ができなかったので、明日はぜひ、やりたいのだそうだ。がんばってくれたまえ・・・。 |
|
2002年12月07日 17時04分05秒
|
| 明日はゆっくり寝られることになった。 |
|
今日は名古屋に行った。名古屋には、近鉄特急で行った。近鉄特急はドアが内側に開くので、名古屋についたとき、一番最初に下りようとドアにぴったりくっついていたため、おもいきり額をドアにぶつけた。近鉄特急は新幹線の倍の時間がかかるのでゆっくり本を読もうと思ったらひっきりなしにケイタイに電話がかかる。落ち着かない2時間だった。近鉄特急は新幹線と違うので、あまりトンネルもなく電話はよく通じた。僕は気が小さいので座席についたまま電話でしゃべることができず、何度もデッキと座席の間をいたりきたりした。朝8時なんば発名古屋行近鉄特急は新幹線と違って全席指定なのに空いていた。1日勤務を終えて、また近鉄特急で帰ってきた。金曜日の夜8時のなんば行、7時50分にキップを買ったのにちゃんと指定がとれた。 11時に帰った。くたびれた。くたびれたから明日はゆっくり寝ようと思う。幸いなことに、子供たちはみんな僕の寝るべき布団で3人そろって眠っている。だから僕は子供の部屋でひとりで寝ることになる。子供の部屋には借りたときからすでに鍵がついているのである。将来ペチカが思春期になってこの部屋に鍵をかけて閉じこもったらどうしようと、心配しているのであるが(それまでここに住んでいるのかどうかというのも疑問であるが)、今夜は鍵があることは歓迎する。僕は鍵をかけて眠るのだ。そして明日は起きない。というアイデアが思い浮かぶ。思い浮かんだので、ついしゃべってしまった。そうしたら、今日は遅くまで働いてきたので明日はシュンタの野球は送らないでいいからゆっくり寝ていてよろしいといわれた。そういう、ちょっとした気づかいというのは、とても重要である。ちょっとした気づかいで、僕がどれほどほっとするかということをわかってほしいものだ。一度、昔見た「転校生」という映画みたいに、妻と僕と、中身を入れ替わってみてみたいものだ。しかし中身が入れ替わっても、結局のところ、感情の微妙なさざなみについての感覚というのは、中身に属するものなのか、外身(?)に属するものであるのか、難しい問題である。というようなことを考えながら、くたびれたので寝る。 |
|
2002年12月07日 00時00分10秒
|
| 風呂場での再検討 |
| 風呂に入りながら考えた。そうだ。僕がつねにしゃべりすぎることが問題なのだ。心に思ったこと、少しでも不安に感じたことをなんでもかんでも正直に妻に話す。そしてそのことについて、少しでも批判めいたことを言われると、どうにもならないくらいイヤな気分になる。イヤな気分になりたくないなら、もっと隠し事を多くしたほうがいいのである。しゃべらない。でも大ゲンカしてしゃべらないで、会社行ってその日、僕が交通事故で死んでしまったら、なんて考えると、なんだか悲しい。申し訳ないような気がする。僕は死ぬことを考えた。あらゆる歴史上の悲惨な出来事を考えた。日々の陰惨な刑事犯罪について考えた。・・・・反省した。しかし妙にものわかりがよくなり反省しすぎたりすると、なんだか明日あたり本当にポックリ死んでしまうのではないかと、こわくなってきたので、これからもしょうこりもなく同じ過ちを繰り返して長生きしようと思う。 |
|
2002年12月05日 21時59分16秒
|
| 連絡網2 |
|
昨日は、9時半すぎにバレーボールから帰ってきた妻に、さりげなく少年野球の連絡について報告した。土曜日は、いつもの練習場が使用できないので、一旦その練習場に集合してから、みんなでそろって、別のグランドに移動するのである。その際、決して強制ではないが、もしご協力していただける保護者の方がいたら、クルマを提供してほしいというのである。僕は実はちゃんと連絡事項くらい忘れずに報告ができる。報告したときは、何も言わなかった。僕も言わなかった。何も言わなくても、小学校2年生には自転車で行くには遠すぎる、シュンタの野球場への送り迎えの送りの係は妻のはずだった。さっき夕食を食べ終えたとき、土曜日の予定として、10時に美容院に行くので留守番を頼むといわれた。僕はとても協力的な夫であるので、よろこんで承諾した。その際、ついうっかりと、昨日の連絡事項の件を蒸し返してしまった。確認することもないのに、ついうっかり、「土曜日の朝はキミがシュンタを送るんだよな」と言ってしまった。言わなきゃよかった。妻は、ヘン!と鼻でせせらわらい、僕が極力少年野球に関わりを持ちたくないという人格的欠点を批判しはじめた。どうしてそれくらいのことが協力できないのか、よそのお父さんなら、もっと子供の習い事に協力的である、そうやって人付き合いを避けているのはあらゆる意味で正しくない、あなたは絶対的に間違っている、そういう人格的欠陥が子供の成長に重大な障害をもたらす、いったいどのような家庭で育てばそのような人間になるのか、というような内容の非難を別の言い方でいろいろ非難された。だから僕は非常に、イヤな気分だ。別の誰かと比較しながら誰かを侮辱するのは正しくないと思う。そしてここでひとりさみしく自己正当化している。わかっているけど、自己正当化しているのである。自分の正しさを無理にでも信じなければ生きていけない。 ・・・・はいはいわかりました。行くよ。いつもなんだかんだ行って誰よりも家族に協力的な父親だと思う、と、おもわず比較でモノを言いたくなる。 |
|
2002年12月05日 21時38分23秒
|
| 連絡網 |
| 今日は妻が夕食後バレーボールの練習に行った。行ってから電話が鳴った。イヤな予感がした。ペチカが電話を取った、ハイ、ハイ、ちょっとお待ち下さい、と言って僕に受話器を差し出した。誰からかは聞かなくてもわかった。少年野球の連絡網である。妻が不在の場合に限って、たいてい少年野球の連絡網がまわってくる。しょっちゅうかかってくるわけではないのだけど、なんだかいつも僕が受けているような気がする。シュンタは一番下っ端なので、うちは連絡網の最後となる。そして、無事、連絡が届きましたと、一番最初の人にまた確認の電話をしなくてはいけない。いつもは妻が帰宅してからかけてもらっているが、今日は妻が9時半くらいにならないと帰ってこないので、それ以降に確認の電話をするのは、やや先方に失礼な時間帯になるのではないかと思ったので、勇気を奮い起こして、連絡網の先頭のお宅へ電話をした。なんとなく知らない家庭にいきなり電話をするのは、緊張するのだ。自分が不審人物になったような気がする。でもちゃんとかけた。よかった。で、連絡事項はなんだったっけ、と忘れてしまうのである。そうだ忘れた。土曜日、だれかクルマを出せる方がいたら、お願いします、なんて話、忘れたよん。 |
|
2002年12月04日 21時58分04秒
|
| 本日はやや目が回る・・・。 |
|
昨日はぶつぶつと個人的クヨクヨであったが、なんだかんだ言って本日は会社帰りに誘われたので、飲みに行った。久々のような気がする。目が回る。そういう日もある。クリスマス生まれのシュンタが誕生日プレゼントの前倒しでゲームのソフトが欲しいと言ったので、今日は昼間、休憩時間にジャスコに行って、ポケモンの新しいソフトを買った。 9時前に帰ったら、シュンタは風呂に入っていて、僕が帰ってきたのを知ると、風呂の中で踊っていた。いつもこれくらい喜んでくれるといいけど、いつもは、お父さんが帰ってきても、テレビや、マンガを熱心に見て、あまり関心を示さない。あとはクリスマスプレゼントはなにがいいかと、やたら楽しみにしている。サンタさんがもってきてくれたらいいと思う。でもシュンタによると、サンタさんなんていないのだそうだ。いないのに、だれがクリスマスプレゼントを持ってくるのだろう。お父さんすごくうれしいありがとう、すごく面白いよお、と言いながらシュンタは寝る前に嬉々としてゲームをしていた。単純素朴なシュンタである。 Qは尊敬するお兄ちゃんの横にぴったりくっついて、しばらく小さなゲーム機をのぞきこんでいた。すごいなお兄ちゃん、すごいよお!という感じだ。Qはこういうお兄ちゃんをすごく尊敬しているみたいだ。Qは部屋の中でボール遊びをすると、シュンタが覚えてきた少年野球の挨拶をまねして、ポン、とボールを投げるたび、くるりと反対方向をむいて、「あいしゃえししゃー(少年野球的発音のアリガトウゴザイマシタ)」と叫んで頭をぺこりと下げる。いつかは野球選手になりたいのかもしれない。 シュンタ、もう遅いんやから、いい加減にしとき!とペチカがお母さんそっくりなものの言い方で、ゲームばかりしているシュンタに注意をする。今日はシュンタは「とってもブラボー」とのことで機嫌がいいために、いつもならそういうふうにペチカに言われるとすぐケンカになるのに、素直に聞いてすでにQが寝ていた僕の布団にもぐりこんだ。ペチカも今日はお母さんと寝たい気分だということで、子供たちはみんな僕の寝る場所に寝てしまった。ということで、僕は一人で子供の部屋で寝る。 |
|
2002年12月03日 22時17分28秒
|
| 個人的クヨクヨと社会的クヨクヨ |
|
今日会社の帰り、会社のある先輩が、次の次の土曜日に、いろいろ日々ウップンがたまっているであろうと思うから、ぜひ誰それと誰それとともに一度うちに来て鍋をして飲んで語ろうというふうに誘われた。あまり行きたくなかった。僕は別に仕事上で、日々のうっぷんはたまっていない。たまにはイヤだなあと思うことはあっても、眠れなくなるほど思い悩むことはない。そんなに難解な仕事でもない。もうすこし責任ある立場になるといろいろウップンがたまるのだろうか。会社では、あんまり気楽な顔をしているとアイツは何にも考えていないと陰口をたたかれ、深刻な顔して体のひとつふたつこわしてようやく評価される、というところがあるように思う。 ウップンをためて、休日にわざわざそういうウップンを語り合う会合というのは、非常におそろしい。出席者がほぼ僕より先輩ばかりとなると結局のところウップンのはけ口にされてしまうというキケンがある。正直なところ酒癖の悪い人が多いので、個人個人はけっして毛嫌いしているわけでもないし、尊敬する部分は多々あるが、そういう閉鎖的な飲み会というのは極力避けたいのである。「いや、別に強制ではないんやけど、ぜひ来てくれ」と礼儀正しく誘われて、イヤですと断るほど僕は尊大な人間ではないし、ない用事を見つけて断るなど、僕はとても正直者なのできない。たぶん大丈夫だと思います、と僕は言って会社を出た。帰路自転車に乗りながら、どんどんどんどん気が重くなってきた。ウップンがたまってきた。仕事の悩みなんて、なんにもない。せめて休日くらいは放っておいてほしい。僕は真夜中自分勝手にシラフで頭をはっきりさせて、ひとりで自分と向き合いクヨクヨするのが一番幸福だ。腕立て伏せと腹筋をして、眠ればとてもよく眠れるのだ。たかが仕事のつまらない人間関係をテーマに酒を飲んで貴重な時間を曇らせたくない。そういう社会的クヨクヨというのは非常にウップンがたまる。もしそういうみんなでクヨクヨすることができないために僕がこの先会社の中で生きていけないのであるなら、結局自分はその程度の人間なのだ。そして、その程度、ということに関して、それはそれであらためて真夜中にシラフで考える個人的クヨクヨテーマとなるのである。 非常に陰気な気分で帰宅した。家に帰って、妻に次の次の土曜は、なにか予定があるかときいた。そうしたら、妻に「もう忘れたの!」と言われた。次の次の土曜日は、ペチカと妻で、ずーっと前から楽しみにしていた宝塚歌劇団の公演を見に行くから、誠に申し訳ないがQとシュンタの面倒を見ておいてほしいと、お願いされていたのだった。そうだ!そんなこと言ってたな。そして僕はQの面倒を見たり、シュンタの野球の送り迎えがあったりするので、しっかり留守番しなくちゃならなかった。やった♪断る理由が見つかった。 とたんに気分の晴れやかな夜。 |
|
2002年12月02日 22時08分45秒
|
| 12月1日は映画の日だった。 |
|
今日はハリーポッターを見に行く日だったが、昨日の夜に、今日は12月1日で映画の日であることに気がついた。大人料金が一律1000円になるので、たぶんものすごく映画館は混むのではないかと心配になってきて、あまりよく眠れず、朝5時に目がさめてしまった。日曜日でシュンタも野球が休みで、みんなゆっくり寝てもらうため、昨日妻に寝る前に朝食用に作ってもらっていたおにぎりをふたつ食べる。食べ物はひと口最低20回は咀嚼したほうがいいと思う。『「健康に良い」は身体に悪い』という本に書いてあった(高田明和著、光文社カッパブックス)。しかし健康の本というのは、途中で飽きてくるので途中でやめた。健康のことについては、新聞雑誌のちょっとした記事や広告の見出し、テレビの小さな特集で、チラッと見る程度が一番、興味深く接することができ、あとあとまで、知識が身につくような感じがする。それ以上くわしくなにか学ぼうとすると、すぐに面倒くさくなる。 5時半くらいにクルマで家を出て、6時前に映画館(&ショッピングモールの駐車場1300台分ある大きな施設)に行くが、まだ門も開いていないし明かりも消えて真っ暗だった。少し、暗い雨の朝、クルマを走らせていて、6時20分くらいになって、もう一度行くと、門が開いていた。映画館の入り口には、人数を数えたのだが、すでに22名並んでいた。7時の映画館オープンまで待つ。昨日から読んでいる、クリスチャン・ジャック「太陽の王ラムセス」(角川文庫)の続きを読む。エジプトの王様の話で、全5巻各500ページある。歴史ものの長い小説はとても好きだけど、はたして、いつ読み終わるのか、無事最後までいけるかどうか・・・。今年は長い小説をたくさん読んだように思う。ああもう今年を振りかえる季節だ、12月だ、と思いながら、3000年ほど前の世界の話を読みながら、7時の映画館オープンを待っていた。僕の後ろにどんどん行列ができる。去年はこんなに並んでなかったのに、さすが映画の日だ。 映画館の扉が開いて、無事、8時の「ハリーポッターと秘密の部屋」第一回め上映の指定席(前売りは買ってある、ここの映画館は全席指定入れ替え制)と、2時40分上映の、妻、ペチカ、シュンタの指定席をとることができた。8時の上映のものは日本語吹き替えである。なにもひとりで見に行って吹き替えのものを見ることもないのかもしれないけど、去年も吹き替えでみてしまった。しかし吹き替えなしのものを見ても、結局僕は英語を理解していないので、字幕を追うよりも、じっくり映像を見るのは吹き替えでもいいのではないかと思った。まわりは小さな子がたくさんいて、家族連れが多かった。僕は真ん中の一番いい席で、見知らぬよその子どもに左右をはさまれて「ハリーポッターと秘密の部屋」を見た。ハリーポッターを見に来る子供たちは全体的にマナーがよいように思った。みんな熱心にみて、笑うべきところで笑い、しんみりしたところでは静かにスクリーンに見入ってた。ハーマイオニーはよりいっそうかわいらしくなっていた。おでこのしわが魅力的だった。今回は原作を読んでいたので、場面場面は、やや駆け足に過ぎていくような印象を受けたが、駆け足であっても場面ひとつひとつは、よくつくられていて、心地よかった。めったに映画にいかないので、大きな画面を見るだけで、感動してしまう。「ロード・オブ・リング」の宣伝もしてた。時々勝手にひとりで映画を見に行きたいものだ。暗い雨の朝のひとりのドライブもとてもよかった。でもたまにだからいいのかもしれない。 昼前に自宅に戻り、シュンタとキャッチボールをする。小雨なのでやめようというのに、いつもこれくらいの雨でパイレでは練習してるでえ、とシュンタは気にしない。久しぶりにキャッチボールをしたら、とてもうまくなっていた。 昼から、妻、シュンタ、ペチカが映画館へ向かった。2時40分からだからゆっくりでいいと妻がいうが、今日は駐車場が混むから絶対早く行けと僕が忠告すると、妻はそういうふうに人からアアセエコオセエといわれるのががまんできない性格なので少し不機嫌になった。だけど、1時半には無理やり出発させた。2時に妻より電話があり、混んでいたので、少し離れた臨時駐車場にクルマを止め、無事映画館に入ったとのことだ。僕の言った通りだ。なにはともあれ、無事映画館に入れてよかった。Qを寝かして、今これを書いている。書いているうちにQが背中にのぼって、肩車している。とても重い。 |
|
2002年12月01日 15時37分50秒
|