|
|
| がやがやの記憶 |
|
今朝はようやく寒さがおさまってきたので、早朝ジョギングをする。はっきりしない雲がぼわんと広がった朝だった。空を見上げるのはいいなあと思う。地球が丸いのがよくわかる。そして日々大気は世界をめぐるのだ。
ペチカが学校の学芸会のようなもので、ピーターパンの主役をやったのだそうだ。ここ最近ピーターパンの台本書きがどうとか、フック船長の船をつくるのがどうとか、いろいろ言っていたのを聞いていて、昨日の夜なども、ああ明日は緊張するわあ、と大きな声でひとりごとを言っていたのをは知っていたが、ピーターパン役を演じるとは今朝ペチカが学校へ行く寸前まで知らなかった。学校行く寸前に、ペチカから聞いてびっくりした。前から言ってたやん!といわれたけど、男はあまり人のはなしをきかないのである(というタイトルの本を見たことがある)。主役なんてなかなかなれるものではない。よかったなあ。上演は大変好評だったそうだ。4回も上演したらしい。どんな劇なんだろう。学校で、劇とかするのはとても楽しそうだ。 そういえば、僕も、高校1年のとき、文化祭のクラスの出し物で、ビデオ映画というのを作ったのだ。その当時は家庭用ビデオはまだあまり普及していない時代で、クラスの中の金持ちの農家の息子が、やたら大きくて頑丈なビデオカメラを持っていて、それを持っていることを自慢したいがためにか、ビデオ映画を作ろう、ということになった。それで、僕が「時をかける少女」ふうのシナリオを書いて(僕は原田知世が大好きだった)主役まで演じて、ビデオ映画を作ったのだ。そして教室を真っ暗にして、大きめのテレビで再生して身内だけはまあ楽しめた文化祭だったように記憶している。学校で、がやがやとなんかするのは楽しそうだ。かなり消極的な傾向の強い僕の数少ないガヤガヤの思い出である。ペチカの楽しそうな話しをきいて、ふと、思い出した。 |
|
2003年01月31日 22時56分36秒
|
| ぽつり |
| 今日は朝からずっと会社の人とクルマに乗って、仕事をした。それから会社に帰って、お客さんがきて、商品の説明会があって、営業課員全員で部屋にこもっていろいろ打ち合わせた。さらに帰りにそのお客さんと食事をした。人口密度が濃い1日だった。くたびれた。ビールをジョッキ一杯飲んだだけで脳みそが混迷している。ときどき洞窟にこもりたくなる。でも今日1日は終わりなのだ。ほっとする。僕は家に帰るのが好きだ。僕がさっさと帰ってきてももしかしたら、家族は迷惑なのかもしれない。でも僕はさっさと帰ってくるのが好きだ。もうすでにQとシュンタは寝てしまって、ペチカと妻は、ぽつりぽつりと起きていて、静かに本を読んでいたりするのだ。僕も勝手にひとりでぽつりとしている。こういう感じの時間もすごく好きだ。僕には小さな好きなことがたくさんある。そういうことについて考える。そういうふうに考えることもとても好きだ。そうしていると今日の1日もけっきょくそんなに悪くはなかったのだと思う。あしたもまたきちんと起きようと思う。 |
|
2003年01月30日 21時41分24秒
|
| 楽しいドスン |
|
目がさめたら、雪が降っていた。ぐっと冷え込んだ朝だった。窓の外は全体的にうっすらと雪が積もった白い世界。そして風がゴウゴウと吹いていた。今朝はジョギングを自粛した。そもそも、6時に起きられなかった。キュ!っと寒いと、ギュ!と布団にもぐりこんで、かたくなにもぐりこむからしっかり暖まって、中途半端に冷え込みが襲い、おしっこに行きたくなることはなかった。ドスンと眠れた。ドスン、と夢もみないで、意識の深みにはまるのだ。
軽い吹雪の中を自転車通勤。向かい風のため、途中、前に進めなくなった。進めないけど進もうとペダルをこいでがんばった。朝から戦っている感じだった。僕は体重が思いから、自転車も重くなるのだ。女子高生とかのほうがスーっと風の中走り抜けて僕を抜かしていく。向かい風に立ち向かって自転車をこぐのは、非常に朝から気持が引き締まる感じでよかった。何事にも、よい点を見つけることは楽しい。 風の強い1日で、大阪市内は風に吹き飛ばされたのか雪のカケラもなかった。空はとてもよく晴れていたけど、クルマを出入りするたび、凍りそうになる。摂氏1度にちょっと欠ける程度の気温だったそうだ。札幌とかとくらべれば暖かいのだろうが、なれていないので、たまにドスンとくると、楽しくなるくらい寒い。シベリア方面からやってきた寒気が上空に居座っているのだそうだ。地球は回っているんだろうな。 夜空はとても澄み渡っていた。地球の丸さを実感するような透き通った夜の丸くて広い空だった。道路がパリパリと凍っていた。非常にシャッキっとした夜だった。僕は非常に楽しい気分だった。さらに今夜は、風呂からあがると、Qがさっさと眠ってしまった。実に楽しい気分だ。 |
|
2003年01月29日 21時25分40秒
|
| ぶるる。 |
| 今朝は無事6時に起きることができた。よく冷えた朝だった。昨日よりさらに寒くなり、あしたの朝は氷点下だそうなので、朝はゆっくり眠ろうと思う。今夜はQがなかなか寝なかったので、いっしょに転がっているうちに、僕のほうが先に寝入ってしまった。10時半を過ぎてしまった。本当に悲しい。しかしこんなささいなことで感情を波立たせてはいけないのだ。寝てしまったせいで、ふたたび起きたら寒くなってきた。あたたかくして寝よう。おやすみなさい。 |
|
2003年01月28日 22時41分25秒
|
| コブタちゃんがさっさと寝た夜 |
| 朝から雨。どんどん雨は強くなる。雨は強いけど、1日、あたたかだった。雨はもうやんでいるみたいだけど、今週はずんずん寒くなるらしい。今のところ体調は悪くない。カゼもひいていない。このところまわりで体調をこわす方が多いようなので気をつけようと思う。僕がカゼをひいたら家族の嫌われ者になるのだ。出きる限り健康でいたいと思う。今夜はQもすぐに寝た。ペチカと妻が風呂に入っているあいだに、僕といっしょに布団に転がっていたら、あっというまにスヤスヤ眠ってしまった。Qもまだカゼをひいていない。たぶんあまり外に連れ出していないからではないかと思う。ペチカやシュンタが2歳くらいのときというのは、ヒマさえあればペチカとシュンタのために、いろいろなところへ連れまわしていたように思うが、Qは、なにかのついでにたとえばスーパーに買物などへ連れていくことはあっても、Qのためにどうこうという趣旨でどこかに連れ出すことがほとんどないように思う。適当に放牧しているコブタくんなのである。でもお兄ちゃんとお姉ちゃんにいつも、おもちゃにされて、かわいがられて、それはそれでしあわせそうなコブタくんである。そして今日はまたまたコブタくんを囲んでみんなタタミの部屋で寝てしまうので、僕は子供部屋でひとりで寝る。ひとりで寝るから、明日は早く起きようと思う。冷え込んだ朝に立ち向かおう。今週日曜は、10キロマラソン大会である。でもなんか、外はものすごい風が吹いている・・・。 |
|
2003年01月27日 22時00分01秒
|
| マキワリ |
|
腕が重い。薪割りは9時から1時間と少しで終った。ベンチの横に山盛りの廃棄処分になった木製パレットの残骸が積まれていた。どこかの工場からもらってきたのだろうか。集まってきていたお父さんは10人くらい、そのうちの半分くらいの人は、野球チームの帽子をかぶっていた。チームの役員の人なのだろうか。9時前に行くとすでに帽子のお父さんが何人かかたまっていたので、はじめてなんですけど、よろしくおねがいします、と挨拶をすると、重々しくうなずかれ、「9時からだから、ちょっと待っててな」といわれた。ハイ、と僕は頭をペコペコ下げた。下げてから、なにもこんなに下手にでることもないなと反省した。 おおきなトンカチをかしてもらい、もくもくと朝からトンカントンカンとパレットを破壊した。われわれが、トンカンやっている間、グランドでは少年たちが練習をしていた。上級生の打撃練習をしていて、外野のすみっこのほうで、シュンタはなにか声を出しながら守備についていた。上級生は、かっこよかった。見ていて気持よくなるくらいボールを飛ばしていた。シュンタももう少し大きくなって、あんなふうにかっこいい野球選手になったらいいなあと思った。 トンカントンカン。薪割り部隊は騒音を撒き散らしていた。グランドのとなりはマンションなので、かなり住民はうるさいのではないかと思った。でもだれも文句を言いにくる人はいなかった。電動ノコギリで大きな板を切り刻む人もいた。トンカチどころかナタや電動ノコギリまでそろったすごいチームなのである。僕はトンカチでひたすら、パレットを破壊した。こうやって、もくもくとぶっ壊すというのは、性格的に向いているように思った。 10人ほどでとりかかると、1時間ほどでごつごつしたパレットの山は、ドラム缶の中に放りこんで燃やすのにちょうどよい、細かな板切れの山に変わった。ベンチで係をしているお母さんに缶コーヒーをもらった。シュンタがベンチの前を通りかかったので、シュンタ!と声をかけたら、とっても迷惑そうな顔をされた。お父さんはさびしかった。でも労働のあとのここちよい腕の重さなのだ。コーヒーを飲んで、きちんと挨拶して、さっさと帰ってきた。帰ってから、腕の重さをほぐそうと思って、さっき少し走ってきた。 |
|
2003年01月26日 12時19分47秒
|
| 泣きますかね? |
|
昨夜は子供部屋でひとりで眠った。休みの日はゆっくり寝ていないと、僕はとてもうっとうしがられる。しかし今日は土曜日だけど、午前中だけ会社に行かなければいけないし、シュンタも7時に起きて野球に行くし、目も6時にぱっちりさめたし、せっかくなので、起きて走った。子供の部屋でひとりで寝たのでだれにも気づかれないようにそっと外に出た。夜空には半分の月が浮かんでいた。今日は仕事もすぐに終るのだと考えると、気分が軽やかで、走り終わったあと、公園のジャングルジムで腕立て伏せをしたり、ぶらさがったり、腹筋運動までした。7時に帰宅すると妻は起きてシュンタの弁当を作っていた。 午前中会社で某女子社員と電話番をする。今日はヒマだった。われわれは黙々と事務仕事をした。女子社員某はとても無口な人なのである。だけど、時々、ぽつりと話しかけてくる。 今日も「あの・・・、」と思いつめた顔で僕にはなしかける。いつも思いつめたような顔をして話かけるのだ。「あの・・・好きです」なんていわれるのではないかと、いつも心配している。独特の間合いがある。営業活動で外を回っているときも、ケイタイに電話がかかってきて、ハイ、と出ると、「あの・・・」と間があく。そして時々、ずっと沈黙が続き、時には自分で何の電話をかけてきたのか忘れてしまうこともあるという、不思議な人である。 そして、本日の「あの・・・」のあとに続く言葉は、「お子さんから手紙をもらったこと、ありますか?」 だった。 「うん、あるよ、何度も」 「・・・(間)・・・」 「それで?」 「あの・・・泣きます?手紙読んで」 「は?」 「・・(間)・・・うちのお父さん今日誕生日なんです」 「うん」 「・・・(間)・・・泣きますかね?あたし手紙書いたら?」 「・・・(間)・・・がんばってくれたまえ」 「・・・(間)・・・はい」 それからまた僕たちは黙々と事務仕事をした。 帰宅して、妻、ペチカ、Qと近所のスーパーに買物に行った。ひとり1000円以上買うとタマゴ1パックが非常に安くなるというので、妻とペチカが別々なカゴで買物をしていた。僕は途中Qを肩車して、近所のビデオ屋に行ってビデオを借りた。今夜はそれを見るので、今日記を書いている。 3時過ぎに帰宅すると、Qは布団にころりと転がって、あっという間に眠ってしまった。夜もこのようにさっさと寝ればいいのに、もう少ししたらたたき起そう。 |
|
2003年01月25日 16時02分46秒
|
| 朝 |
|
夜中にQはぐるぐると回る。ぐるぐる回るQに布団を取られて5時に目がさめた。布団を取り返して、ふたたび眠って、6時に目覚ましで起される。やめようかな、と思ったけど、せっかく目がさめたので、走る。風の強い朝だった。でもちょっと走れば、すぐにからだはあたたまって、あたたまるけど、頭の中が冷たくシャキっとして目がさめる。6時すぎから7時前の間に夜が明ける。 「都会の住民の中には、朝について知っている者はほとんどいない。善良な人々の中で、一年に一度、太陽が登るのを目撃した日とは千人にひとりしかいない。・・・(大幅略)・・・・私は朝を知っている。朝に精通し、朝を愛している。新鮮でさわやかな朝をまるごと愛している。朝こそ、命をもち、息するすべてのものに新しい尊敬と楽しみと感謝の気持を呼び覚ます日々の新しい創造の舞台なのだ。」 先日読んだ、オグ・マンディーノの「この世で一番の贈り物(菅靖彦訳・PHP)」という本の中で引用されていた昔のアメリカの演説家の話。このお話にでてくる登場人物のサイモン・ポッターという老人は、ラグ・ピッカー、廃品回収業者である。しかし回収する廃品とは、モノではなく、生きる希望をなくした人間なのだ。そして彼は、古今東西の賢者が書いた言葉をたくさん知っていて、そうした言葉を使って希望をなくした人にふたたび勇気を与える、という仕事をしている。この本じたいが、フィクションという形式をとって、そういう言葉のメッセージ集のようなものになっている。朝走りながら、上記の言葉を思い出した。本を引っ張り出して読みなおした。 いろいろな言葉を暗記するのはいいことだと思う。どこかの田舎の小学校の先生は、子供たちに音読を奨励し、意味はわからなくてもともかく古典等の文章を暗記させる教育を重視し、その結果、その田舎の小学生たちの多くが後に有名な大学に合格したという話しをきいたことがある(その先生は、今朝の新聞に載ってたが、44歳にして尾道のとある小学校の校長に就任することになったらしい)。いまさらべつに有名大学に行きたいとは思わないが、僕は頭が悪いので、頭の中に、いろいろな言葉がつまっているということに、すごくあこがれる。賢いことに素直にあこがれる。言葉をいっぱい知っているからってそれが賢いのか、という問いを立てる人はたぶんすでに賢いのだと思う。そういうことを考えながら、朝を迎えた。 |
|
2003年01月24日 20時14分45秒
|
| Qの寝顔 |
|
今日は10時前にQが寝た。平和な夜だ。小さい子というのはなぜか必ず、バンザイをして寝る。バンザイをするけど、頭が大きくて腕が短いので、バンザイのかっこうが、どことなくウサギさんのモノマネをしているようにも見える。今夜のQもウサギさんのモノマネをしている。とても真剣な顔で眠っている。今夜は、ウサギさんのモノマネのようでもあり、または、何か、深刻な歌をレコーディングしているようにも見える。バンザイをした小さな手が、ちょうど両耳を押さえているように見える。そうやってよく、歌手の人がレコーディングをしているのを写真で見たことがある。Qは歌が大好きだ。今日も寝る寸前まで何か歌っていた。何を歌っていたのかよくわからないけど何かを歌っていた。 今日は1日雨降りだった。電車で通勤をした。駅のホームに立って、空を見たら雨がしゃらしゃら降っていた。じっと雨が降るのを見ていたら、いろんな時の雨の日の記憶がよみがえってきた。雨の日はいろいろな匂いがして、いろんなカサカサした記憶が、プランクトンのタマゴみたいに、よみがえるのだ。プランクトンのタマゴ、というのもこれもひとつの記憶である。学研の科学と学習という雑誌の付録に、プランクトンのタマゴがついてきたのだ。八百屋で売ってるイチゴの入ったパックよりひとまわり小さいくらいのプラスチック水槽と、プランクトンのタマゴとエサ。それから海水の元のようなものも入っていた。水槽に水を入れ、卵を入れ、しばらく置いておくと、水の中でピクピクピクと、小さな小さなプランクトンが生まれる。そういうのを育てたことがある。小さい子供は残酷で、そのうち飽きてどこかに捨ててしまったように思う。そうだ。あれは、僕が購読していた雑誌ではなかったのだ。近所のお兄ちゃんが、月ぎめで購入していた雑誌で、お兄ちゃんは、その付録に興味がなく、放ったらかしにしていたから、もらってきたのだ。そういうことも思い出した。雨降りの朝、空を見上げて落ちてくる雨を見ていると、いろいろなことを思い出したのだ。プラットホームはとても混んでいたけど、心地よい朝だった。 |
|
2003年01月23日 22時17分36秒
|
| 寝起きの悲しみ |
|
Qを寝かしつけようとしていっしょに布団に入って転がっていたら、いつのまにか、僕のほうが眠ってしまった。もう10時半だ。なんだかすごく悲しい。人生は短いのである。 今朝は、6時少し過ぎて目を覚ました。いつもよりちょっと短めに走った。雲がたっぷりの朝だった。東の空の雲がピンク色に染まった朝だった。明日は確実に雨の朝になりそうなので、今夜は少し遅くまで起きて読書に励もう |
|
2003年01月22日 22時28分52秒
|
| 連絡網4(去年から続く・・・) |
|
今日は会社の帰りが少し遅くなり、8時半ぐらいに帰りつきそうだったので、ちょうどよいので、途中で近所の公民館で空手の練習をしているシュンタを迎えに行った。迎えに行っていっしょに、自転車を連ねて帰宅した。シュンタは空手もはりきっている。この空手教室の先生はとても親切な先生で、週1回の授業料しかとらないのに、木曜日には別の道場での練習に希望者の生徒を無償で連れていって練習に参加させてくれる。クルマで送り迎えして、おまけにジュースまでおごってくれるのだそうだ。そしてシュンタはほとんど毎週木曜日のタダ練習に参加している。あさってもまた行くのだそうだ。 帰宅すると、妻が電話をしていた。野球の連絡網だ。よかった。もし僕が今日シュンタを迎えにいかず、妻がいっていたら、代わりに僕がまたまた連絡網の電話をとるところだった。 しかし、いずれにしても、その連絡網はあまりいいニュースではなかった。今度の日曜日、有志のお父さんは午前9時に集合してほしいのだそうだ。そして、ベンチ前でいつも焚いているドラム缶の焚き火のための薪割りをしてもらいたいのだそうだ。もし、ナタのようなものがあれば薪を割るのに都合がいいので、持ってきて欲しい。そのような内容の連絡だった。 ふーん。 有志だろ。 ナタなんてないぞ。うちには。 そういうふうに僕がつぶやくと、夫婦間にものすごく険悪な空気が流れるので、僕は黙っていた。 たぶん行かなければいけないのだろう。シュンタは2年生のうちは、この野球チームの会費もタダなのである。タダなのにいろいろお世話になっている。空手の先生といい野球チームといいみんな親切な人ばかりである。そうやってボクハマワタデクビヲシメラレル・・・・。 はいわかりました。行こうと思いマス。家庭の平和のために僕はいつでも犠牲になろう。 ナタがなくて、お父さんたちの間で仲間はずれにされたらどうしよう。 ってことを考える人間性の小ささ・・・いけない。シュンタの空手の先生を見習わなければならない。 |
|
2003年01月21日 22時37分48秒
|
| やや負ける月曜 |
|
1月ももう半分以上が過ぎてしまった。ややだるい気分の月曜日の1日だった。月曜日はだるくならなければいけないと、心のどこかで思いこんでいるのかもしれない。1日はこうして終わり、明日に関しては、今日よりも意欲的な気分なのだ。なのに休みあけというのは、前の日の夜から負けている。来週は負けないようにしよう。 昨夜は、いつもと違い、妻が、子供の部屋のベッドで寝て、僕とペチカとシュンタとQが布団の部屋でずらりと並んで寝た。別にケンカをしたわけではない。Qが夜中に何度も回転したり、おかあしゃんと言って立ち上がったりして、そのたびに、目をさまして、布団の中にQをしまいこんだ。こういうカタチで寝るのもなかなかたいへんだ。妻とQと3人で寝るときは、僕はQに起こされることはない。ということは、人知れず妻は夜中に何度も起きてはみだすQを布団にしまいこんだりしているのだろう。そう考えると、母親というのはいろいろ苦労をしているのだと思う。そういうことをわかる僕をわかってほしいものである。 それにしてもいっしょに寝るメンバーと寝る部屋をローテーションしながら日々をすごすのは、面白いように思う。家の中で手軽な旅行をしているみたいだ。夢の見方もかわるかもしれない。こうやって貧しさを想像力で補うのだ。 |
|
2003年01月20日 22時34分25秒
|
| シュンタと並ぶ |
|
大阪ドームで次世代ワールドホビーフェアというイベントがあるので、シュンタが連れていって欲しいというので、一緒に行くことにした。今日はシュンタは野球は休みで、このイベントも入場無料であるので、行くことにした。ワールドホビーフェアとはいろいろなおもちゃのメーカーが集まる見本市のようだ。先着5000人にポケモン関係のプレゼントをもらえるのだと、シュンタはそれはそれは前日より楽しみにしていた。9時開場なので、少し早めに行こうと、8時前に家を出て、30分ほどで大正駅についた。電車に乗っている間、ポケモン関係のプレゼントがいかにいいものであるか、シュンタは懇切丁寧に説明してくれた。お父さん、駅から降りたらダッシュやで、と言っていた。電車の中にはそんなに子供の姿も見かけなかったし、これだったら、先着5000名のプレゼントはもらえるだろうな、と安心して改札を出ると・・・。ものすごい人だった。すでに大行列ができていて、大阪ドームに近づくこともできなかった。5000人どころか、5万人くらいいたのではなかろうか。 シュンタと僕は行列の最後尾を探して大阪ドームからどんどん離れていって、ほとんどとなりの駅ぐらいまで歩いたところでようやく行列の後ろに加わることができた。そこは阪神高速堺線の汐見橋入り口付近の高架下だった。われわれの行列と並行して、そこにはホームレスの人たちのブルーシートで作った小屋が建ち並んでいた。ホームレスのおじさんふたりが腕を組んで、行列を眺めていた。「なんじゃろなこれ」「大阪ドームから並んでるらしいで、ゲームをタダでもらえるんやて」「わしらといっしょやな」。 シュンタはずっとゲームボーイアドバンスをして並んでいた。30分ほど待っても動かないので、もう行こうか、と僕がいうと、うん、とうなずくから、行列からはずれた。しばらく歩いていたら、シュンタの歩みがどんどん遅くなる。小さなシュンタの目がよりいっそう小さくなって、ほしぶどうみたいになって、まゆげがすっかりずりさがり、いじけていた。この行列のほかに、限定品販売コーナーというのも別会場でやっているらしいので、そこへ行ってみたが、そこも240分待ちの札が立てかけてあった。 シュンタがほしぶどうの目になってしまうと僕はとても悲しかったので、梅田のポケモンセンターに行くことにした。ポケモングッズばかり売っているお店で、前に行った時は休みの日でもそんなに混んでなかったし今日は、大阪じゅうの子供は大阪ドームに行っているはずだから、ぜったいすいているだろう、と思って、ポケモンセンターに行くと・・・ここも行列ができていた。店に入るのに30分くらいかかった。しかし待っている間、シュンタはまたまたゲームをしたりひょこひょこ歩いているうちにだんだん元気になってきた。そしてようやく店に入ると、これだけ待ったのだから買物をしなくてはいけないような気がして、クッキーやら人形やらパズルやらいろいろ買ってしまった。いろいろ買ったらレジで、マックのポテトSのタダ券をもらった。これでマックで食事をしようとしたら・・・・マックも並んでいたのだった。吉野家でいいよ、とシュンタがいうので、われわれは吉野家で、牛丼並と生卵を頼んで食べた。日曜の梅田の牛丼家はひとり食べている孤独っぽいおじさんが多く、席はガラガラだった。お父さんおいしいね、とシュンタはにこにこして食べた。 それから、バッティングセンターに寄った。バッティングセンターは右打者用ばかりで、左バッター用のケージは硬式の110キロしかなかった。シュンタは右打席で90キロのケージに入った。何球か当てることができた。110キロ硬式の左打席に立たせると、なんと2球、ともかくバットに当てた。 バッティングセンターですっきりして、シュークリームとエクレアを買って帰宅した。 |
|
2003年01月19日 20時00分57秒
|
| 走る土曜日 |
|
今度(2月2日)近所の公園で10キロマラソン大会があるのだそうだ。出場料は500円と格安なので、出たらどうかと妻に言われたので、出ることにした。定員は1500人なのに、締めきりギリギリで応募してもらったゼッケンナンバーはまだ100番台だった。あまり出場者はいないのだろうか。この大会で優勝すると、泉州市民マラソンに無料招待だそうだ。泉州市民マラソンというのは42.195キロの本当のマラソン大会で制限時間も厳しく、また参加者も多いので抽選で当たらないと出られない。僕は出ようと思ったこともない。たぶん確実に僕は優勝しないだろう。しかし、参加人数が少なければ少ないほど、もしかすると僕がビリになる可能性というのがある。なんだかとてもかっこ悪い。しかし、優勝もめったにできないが、ビリにだって、そう簡単になれるものではない。もしビリになったら、胸をはってゴールしよう。 最近ぜんぜん行ってなかったのだが、今日は午前中いっぱいかけて、久しぶりにこの公園で走った。自宅から公園まで、3キロくらいはあると思う。そして公園の1周は3キロで、今日は4周走った。それからまた自宅まで歩いて帰った。たぶん18キロくらいは走っていると思う。とてもゆっくり、少なく見積もって2時間20分はかかった。公園の中は、芝生や遊具施設には人はほとんどいなかったのだが、ジョギングコースはとてもにぎやかだった。中学生や高校生が部活動で、せっせと走っていた。僕はびゅんびゅん追い越された。中高生のランナーは男の子も女の子もみんな、細くて軽やかで、かっこよかった。この公園をナワバリにしている走ろう会のおじさんたちにも、ひょいひょい追い越された。おじさんたちはいつも何人かでかたまって、楽しそうに健康状態などをおしゃべりしながら、ひょいひょい走っていくのだ。ものすごい厚着をしてさっさっさと腕を振って歩いているOLふうの人たちも何人かいた。その人たちにはかろうじて抜かされなかった。公園の中は木がいっぱいで、今は冬なので葉っぱの落ちている木も多いのだけど、そういう植物の間を縫って走るのは気持よかった。今朝は雨が降っていて、午前中はずっと雲ってしめっぽかったのだが、その分、植物の匂いが空気中にふくらんでくるようで、呼吸をすると、肺も内臓も、植物からできあがったばかりの新鮮な空気に洗浄されていくような、そういう心地よさを覚えた。とにかくどんなに遅くても、僕は18キロは走れた。10キロマラソンは無事に完走はできるだろう。 |
|
2003年01月18日 18時15分54秒
|
| オブちゃん |
|
今夜もQは寝ない。さっき寝かせようとして、Qと二人で布団を敷いてある部屋を真っ暗にしてこもったら、オカアサンオカアサン、オブチャンオブチャンと泣き出した。オブちゃんというのは妻の名前である。本当は違うんだけどQが呼ぶとオブちゃんになる。そしてQはオブちゃんのところへいってしまった。オブちゃんは昨夜はずっとQを寝かしつけていて11時になって、やっと寝かせつけて布団から起きてきた。起きてきて不機嫌そうだった。僕のよくないところは、そうやって不機嫌なオブちゃんをそのまま放っておくべきであるのに、いつもしつこく現状把握と原因を追求したくなるのである。オブちゃんは不機嫌なのか?どうして不機嫌なのか?さっきはいっしょにいなくていいっていうから僕は隣の部屋にいたんだけど、やっぱりいっしょに Qを寝かしつけるのを付き合うべきだったのだろうかとしつこつきまとう。するとますますオブちゃんは不機嫌になる。僕もイヤな気分になる。イヤな気分になって僕が腹を立てると、またケンカになるので、がまんした。 そしてもうひとことなにか言いたいところをぐっと押さえていたら、寝る前に少しは機嫌が直ったのだ。本日はそういうイヤな気分になりたくなかったので、早めにQをねかしつけようとしたのに、オブチャン!オブチャン!と大泣きである。そしてまた不機嫌になってきたので、僕はトイレにこもることにした。トイレにこもっていたら、Qの泣き声が聞こえなくなって、そうっと居間の方をのぞくと、妻はソファに座ってテレビを見ていた。高校教師というドラマだ。前にも同じ内容のものをやっていたと思う。僕はこのドラマをみたことがないが、主題歌である森田童子「ぼくたちの失敗」という歌が好きだったので、森田童子のベストアルバムを買った、時々夜中に小さな音で聞いている。そういうことをしていると、オブちゃんに暗いと批判される。しかし、ドラマのほうがもっと陰気な話ではないのではなかろうか。野伸司ドラマはなんともいえない陰気さが漂っているように思う。その陰気さに引かれて以前何作か見たことがあるが、最近はさっぱりドラマを見る気がしないので見ていない。 Qはベチベチとおしゃべりしながら幸せそうに妻に抱かれていた。そしてペチカとシュンタはまた、僕の寝るべき布団で眠っていた。だから今夜は僕は一人で、子供の部屋で寝る。そういえば昨日も子供の部屋で寝たのだ。昨日は2段ベッドの2階にペチカが寝て、僕は1階だった。そうしたら、今朝の4時、ふらりとQが妻の寝ている部屋から子供の部屋まで歩いてきて、バタンとドアを開け、僕の枕元に立った。僕はバタンの音で目がさめて、Qがぽーっと立っているのでびっくりした。オバケかと思った。でもQはにこっと笑って、僕の布団の中に入ってきた。そうして今朝方は窮屈なベッドで眠ったのだ。ここ何日かずっと浅い窮屈な眠りである。 と、とりとめもないことを書いているうちにとなりの部屋のQは無事眠ったようだ。オブちゃんも機嫌よく「高校教師」を見ている。 |
|
2003年01月17日 22時33分55秒
|
| 寝ないQ |
| Qが寝ないで何度も何度も犬のおまわりさんを歌って布団の回りで踊っている。最近は、コラと言ってもケロリとしている。ほんのふたつきほど前は、軽く注意しただけで、とても面白い顔をしてふえんと泣いていたのに、このごろは、そういう泣き方をしなくなった。とてもよくしゃべっている。ときどき何を言っているのかわからないけど、なにかをしゃべっている。ここ最近は10時をすぎても起きている。いつ寝るのだろう。今朝もとても寒かった。寒くてトイレに行きたくて起きたくないけど寒くて、またまたあんまり深い眠りではなかったようにも思う。眠い。眠いけど、早く寝るのはもったいないような気がする。Qはまだ寝ない。何をしゃべっているのかわからないけどものすごく楽しそうだ。楽しそうだけど僕がそばにいくときっと大喜びでますます寝なくなるだろうから、僕はあえて別室にて日記を書いている。こういうカタチで子育てに協力しているのだ。けっして育児義務を放棄しているとか、父親の自覚が欠如しているとか、そういうのではない。いろいろ考えているのだ。 |
|
2003年01月16日 22時20分36秒
|
| しみこむ1日 |
|
昨日の夜中から今朝にかけてとてもよく冷えていた。かけ布団を2枚重ねて寝ていたけど夜中にたぶん冷えてくる一歩手前くらいの段階で、一枚無意識のうちにはいでしまった。はいでしまうと、一枚きりだとなんとも寒い。寒くてトイレにもいきたくなった。からだを起こしてはいでしまった布団を引き寄せようと思うと、からだを起こしたときにぼうこうが刺激されて、トイレにいきたくなる。しかしトイレにいくのも起きたくないような寒さである。寒さを感じながら一枚の布団の中でじっとしていればトイレにいきたいきたいけどいかなくても大丈夫な程度のぼうこうの状態だ。でも、ぐっすりは眠れない。眠れないトイレ行きたい寒いと感じながら眠っている眠りはあまり深い眠りではなかったけど、7時過ぎに妻から起こされるまでしっかり眠っていた。今朝は走らなかった。昼間も引き続き寒さは続いていた。時々粉雪も舞っていた。営業活動中にクルマから出たり入ったりすると寒さがよりいっそうしみわたった。 今日は早く帰宅したので家族一同で夕食だった。食事を終えると、まだ早い時間だったので、ぴゅうぴゅう風が吹く中を走った。身が引き締まった。神社の境内はライトアップされて明るかった。火を焚いてお札かなにかを燃やしていた。1日中しっかり冷たさをしみこませた1日だった。明日もゆっくり寝よう。 |
|
2003年01月15日 22時19分49秒
|
| 石鹸 |
|
毎朝きちんと顔を洗っていると、色ツヤがよくなったような気がする。今朝は6時起きで、いつもの通り走り、きちんとシャワーを浴びて、石鹸をつけて顔を洗った。頬骨のあたりが赤く光っている。顔はへんな洗顔クリームを使用するより石鹸のほうがいいように思う。洗顔クリームというのはなにかいろいろな余分な化学物質が入っていていそうで体に悪いのではないかという偏見を持ってしまう。なにか、大事な顔面の成分まで、落してしまうのではないかと不安になる。石鹸だって化学物質がいろいろ入っているのかもしれないけど、もっとシンプルな感じがする。落すべき汚れだけを落してくれるような感じがする。 そう考えるとシャンプーというのも疑惑である。シャンプーなんかも、いろいろ余分な化学物質が入っていて、頭皮によくないのではという不安を覚える。小説家の五木寛之は、本来野生動物はシャンプーなど使用しない、頭さえ洗わないはずだ、ブラシだけで充分ではないかと、何年間か頭を洗わずブラッシングだけですごしたというのを聞いたことがある。現在はどうしているのだろう。見習ってみたいような気もする。 正月に僕は頭髪についての不安をもらしていたところ、先日実家より、育毛に効くというシャンプーを送ってきた。こういうシャンプーというのは本当に効くものなのだろうか。よけいなものをたくさんつけたらますます、頭皮は困難な状況に追いこまれるのではないか。つべこべいわずためしてみるべきか。なんかこういうことを気にする自分の人間性の小ささが情けない。といろいろ考えながら今夜は石鹸で頭を洗った。髪の毛がごわごわする。ごわごわする髪の毛は強そうだ。 |
|
2003年01月14日 22時08分10秒
|
| 独立の夫 |
|
3連休は規則正しく朝、走ることができた。走るコースは神社の境内や田んぼ道など舗装していないところも走るので、シューズがすぐに汚れる。先ほどシューズをタワシで軽く洗った。ついでに通勤の靴も磨いた。シュンタの野球のスパイクも汚れていたので、別に僕がやることでもないが、磨いておいた。日々使用している道具は大切にしたほうがいいのだ。イチロー選手も道具はとても大切に手入れをしていると、イチロー選手の伝記にも書いてあった。いろいろな人のよいところは見習おうと思う。 3日間家の中でだらだらとしているのはよくないと妻が提案して、ではどうするのかと思ったら、近所の大きなスーパーにクルマに乗って買い物に行くことになった。最近Qはチャイルドシートに座るのをいやがるのだそうだ。いやがるといって、子供に譲歩するべきではないので、僕は有無をいわせず、いつだって、泣こうがわめこうがQをチャイルドシートに縛り付ける。今日もジタバタしたが、ちゃんと座らせた。簡単である。命にかかわる大切なところで子供に甘いのではないかという内容のことを僕は妻に言う。僕は人に何かを伝える表現方法がヘタなのだと思う。僕が何か提案しようとすると、夫婦の間に険悪な空気が流れるように思う。僕は短気で怒りっぽいといわれる。そう言われるとまたものすごく腹を立てる。でも今年はそういう悪循環を断ち切ろうと思う。なにか問題が起きたら、まずそれは僕にも到らぬ点があるのだという深い自覚を持って、対処しようと思う。日常生活の中で、日々謙虚さを学ぶのである。そして今日は無事何事も起こらなかったのだ。何事も起こらなかったけど、僕の心の中ではさまざまなドラマがあったのだ。だけど、そのようなことがあったことも妻は知らないのだろう。だからといって、僕が妻に不満を抱いてはいけない。地道な努力の賞賛を求めてはいけない。忍耐の向こうに幸福があるのである。人知れず僕が努力したおかげで、平和な1日であったのである。新年早々、よい傾向である。しかし、なにはともあれ、チャイルドシートは大事である。 スーパーではいろいろな買い物をした。試食もいろいろした。僕は料理をほとんどしたことがない。しかし、こういうのはよくないと思うので、徐々に、料理に挑戦したいと思っている。針でボタンをつけたりするのもできるようになりたい。いつでもひとりで生きていくように、そういう技術は磨いておくほうがいいと思う。別に別居を希望しているわけではないが、独立した個人の確立というのは大事なことなのだ。夫婦間でもあまり依存してはいけない。僕は妻の弟のしんくんをとても尊敬する。長い間ずっとひとりぐらしで、たぶん一生ひとりぐらしで過ごすのだろうなと思っていたら、何年か前、結婚した。しかしひとりぐらしが長かったので、家の中のことはすべてひとりでなんでもテキパキするらしい。専業主婦の奥さんよりも家事すべてにおいて優れているらしい。と、しんくんの奥さん本人が絶賛していた。僕は少なくとも技術面においてしんくんを尊敬する。別に僕は妻から絶賛されたくはない。絶賛されながら、うまいように使われ支配されてしまうという事態が、歴史の法則としてよくある話しであるからである(しんくんちは知らないが、僕の両親の傾向としても先日実家に帰ったとき感じたが、この法則があてはまるように思えた)。歴史の教訓は生かさなければならない。僕はただ、独立したきっちりとした夫になりたい。 そういうことをスーパーで買い物しながら考えた。 |
|
2003年01月13日 19時06分20秒
|
| 自転車 |
|
今日もよく晴れた日曜日だったので朝、走る。昨日は遅くまでごそごそと起きていたので、今朝はだるいが、走ると、すっきりする。夜明けのジョギングもいいけど、すでにくっきりした冬の青空の下を走るのも、気持いい。天気がいいと、どこかへ行きたくなるので、午前中は、Qを自転車の前にとりつけたコドモ椅子に乗せて、ペチカと一緒に近所のホームセンターに行く。別にホームセンターに用事があるわけでもなかったけど、ちょうど自転車ででかけるには、手ごろな場所だったのだ。 ペチカが幼稚園くらいまではクルマもなく、もっぱら自転車で、シュンタを前にペチカを後ろに乗せて、休みの日はよくあてもなく、走りまわった。最近はあまり子供と自転車に乗らないので、楽しかった。Qはややサイズが大きいので、自転車のハンドルに取り付けた、コドモ椅子では少し窮屈そうだったけど、強い風が吹いていて、おでこ全開でオウオウ何か叫んでとても喜んでいた。前の道路にハトがたくさんいて、われわれが自転車で向かっていくと、ハトは一斉に空に飛びあがった。Qはカラスカラス、と手をたたいて(ハトとカラスの区別がつかないらしい)、オトーサン、モウイッカイ!モウイッカイ!とハトを追いかけるよう要求していた。しかしハトは飛んでいってしまったのだった。 ホームセンターでは、ペチカが学校で使用するのだといって分度器を買った。小さな分度器を買った。分度器なんて久しぶりに見たように思う。それから、ペット売り場で、モルモットとハムスターとコザクラインコを見た。ウサギは売っていなかった。昼間のハムスターはいつもコロコロ昼寝をしていてとてもかわいい。でも昼間はコロコロしていても、実は夜になると元気いっぱい動き回るのである。元気いっぱいであるけれども、どことなくトロトロとした動きがかわいらしい。コンラート・ローレンツという動物学者が「ソロモンの指輪」(早川書房)というエッセイを書いていて、その中で、ゴールデンハムスターについて「私は神が都会に住むあわれな動物好きな者どものためにゴールデンハムスターをつくってくれたのだとさえ思う。」と述べていた。ずいぶん前に読んだ本だ。ローレンツ博士は家の中でハムスターを放し飼いにして繁殖させていた。そのほかにも、いろいろな動物とお屋敷の中で同居していた。そんな楽しそうな生活をしてノーベル賞を取ったのである。今、本は手元にないが、ハムスターについてのこの1節はよく覚えている。いろいろな言葉を覚えるのはいいことだと思う。脳の鍛錬にもなる。電話番号を覚えるのも鍛錬になる。最近すぐに携帯に登録してしまうので、覚えない。こうして鍛えない脳はどんどん老化するのだそうだ。気をつけよう。ペチカといっしょに漢字の書き取り練習でもしようかな。 シュンタは今日も野球。3連休はずっと朝8時から夕方5時まで野球である。コーチからは低学年のうちは休みたいときに休んでいいといわれていたのに、練習が楽しいらしくて、明日もはりきって練習に行くそうだ。お父さんはゆっくり休んでいる。がんばりたまえ。 |
|
2003年01月12日 17時56分24秒
|
| みがき粉バー |
|
朝は曇っていたが、1日全体としては最終的に非常によい天気の1日だった。シュンタは7時に起きて朝食をとり、野球に行った。僕は8時半に起きて朝食後、9時からジョギングをした。年末から最近にかけては比較的よく走っている。走る量は少ないが、1日のうちの1時間弱、ゆっくり走る時間があるというのはとてもありがたいことだと思う。内省の時間でもある。 ジョギングより帰宅後ペチカとQを妻が耳鼻科に連れていっているあいだ、ラジオを聞きながら、洗面台の掃除をした。昨日、ホームセンターで、水垢落し用の、ミガキ粉がチョコレートのハイクラウンくらいの大きさで棒状に固められたモノを購入したのだ。それで、蛇口のすきまを擦ったりして水垢を落した。水垢というのは、油断していると、時間がたつと案外ガンコな汚れになるのだ。このみがき粉バーというのはすぐれものだった。それから、洗面台の棚の中も徹底的にキレイにした。 洗面台が非常に明るくなった。日々掃除をしていても、なかなか洗面台だけに集中して、磨き上げることはできないのである。こうやってたまに掃除をすると、僕も家庭に貢献しているのだという満足感と、なにかをなしとげたという心地よい達成感を覚え、とても幸福だった。それから脱衣場と風呂場も丁寧に磨いた。さらにトイレの便器の見えないところが黄ばんでいるのに最近気づいたので、これも「みがき粉バー」で念入りにこそぎ落とした。 昼前に耳鼻科と買い物を終えて妻とペチカとQが帰ってきた。昼食がとてもおいしかった。 午後は猫のように日なたになった窓のそばで、ペチカと僕は本を読む。Qはコテンと昼寝をしている。妻も朝早くから起床してシュンタの世話や耳鼻科の引率や昼飯の片付けで忙しくたちはたらいてようやく、落ち着いて、ハリーポッターの続きを読み始め、それでも日々疲労のため、数ページ読んでは、心地よくうとうととしていた。本というのはだいたい普通の人は月何冊くらい読むのだろう。僕は毎晩夜、少し読んで、1週間で1冊、月に4冊、多くても5冊くらいだ。年間60冊くらいだろうか。去年は日記に本を読み終わると記録したので、数えたら、何冊読んだかわかるんだろうけど、めんどくさいので数えない。でもまあ、60冊くらいだろう。以前新聞でとある作家が、最近は古典の本しか読めない、古典はすばらしい、現代作家の本などほとんど読めない、現代作家の本など今年は数十冊しか読めなかったというようなことが書いてあった。数十冊読んだら充分読んでいるのではないかと思うが、作家とか学者というのはいったい、年間何冊読んでいるのだろう。 そういうことを考えていたら、夕刊に、読書についての記事が載っていた。文芸評論家の福田和也は、1ヶ月100冊読み、300枚の原稿を書くそうだ。立花隆は、1冊の本を読むにあたり、各章のはじめの1行だけぱっぱと読んで、5分で1冊を読み終えるそうだ。職業読書家というのはみんな鬼気迫る読書をしている。それは通常一般人の読書という行為とは別の種類の行為のような気もする。一方、山村修というエッセイストは、『遅読のすすめ』(新潮社)という本を書いていて、この人は勤め人でもあるので、読書はもっぱら通勤電車、月曜から読み始めて、金曜には読了するというのを習慣にしているという。僕はすごくこの作者に親しみをもった。山村修ってどっかできいた名前だな、と思ったら、この人の書いた「禁煙の愉しみ」(新潮OH文庫)という本を僕は読んでいた。このエッセイは僕はとても感動した、ただの禁煙日記ではなく、パスタ造りの手引き書でもあり、読書案内でもあり、読むととてもゆったりした気分になれるすばらしい本だ。この人には他に、「気晴らしの発見」、というタイトルがなんとも魅力的な本もあるらしいが、まだ本屋で出会ってない。今度是非、「遅読のすすめ」も読みたいなあ・・・と思うけど、未読の本がいっぱいなのである。別に僕は福田和也でも立花隆でもないのである。窓から射しこむ冬の日ざしの中で、ゆっくり読んだらいいのだ。3連休はとてもうれしい。 |
|
2003年01月11日 18時31分08秒
|
| クスノキ |
| 休み明けなので今週は長く感じた。でもまた明日から3連休。休んで、進んで、また休むのである。今年は、僕は日々成長することを心掛けたいと思うのである。成長というのは、そうしようと思っているうちはいつでも成長できるのである。会社の近所で勤務の合間に初詣に行った神社には大阪府の天然記念物である樹齢数百年の巨大な楠の木があった。大阪府の天然記念物であるそうだ。昨日の日記に僕は長生きするカメのことを書いたが、こういう巨大な楠の木というのも僕は非常に魅力を感じる。高さはそんなに高くないが、どっしりとして絵本の世界の木のように太い枝が何本もぐっと広がっていて、とても存在感のある木だ。広がったひと抱え以上ある枝が広がりすぎて、自分で支えられなくなって、別に柱をつくって、木を支えていた(僕は今、あの楠の木のことを書いていてなんて描写がヘタなのであるかと悲しくなる・・・)。何百年も成長する木のそばに立つだけで、チカラをもらったような気がした。そして僕もじわりじわりと樹齢を重ねて生きていき、楠の木のようなチカラを蓄えたいと思ったのだ。 |
|
2003年01月10日 22時31分02秒
|
| カメ |
|
今朝は6時に目がさめた。風はないけど、今朝もしっかり冷え込んでいる。まだ暗い外に出ると警官がふたりいた。ジョギングをして戻ると、マンション前の路上駐車の車に警告ステッカーを貼っていた。マンションの前にはいつも路上駐車がいっぱいだ。警官はどうして駐車違反の切符を切らないのだろう。こんな暗い朝からゴソゴソステッカーなんて貼ってないで、片っ端から、駐車違反の取締りをすりゃいいのに。僕がガラガラの道路でちょっと右折したくらいでどこまでも追いかけてきて7000円もとったのに、どうしてあきらかに路上にばかり止めているクルマには迷惑駐車はやめようステッカーしか貼らないのだろうか。こんなステッカーを貼りに朝から働いているのだろうか。それともなにか別の事件があったのか。しかし今朝は、すきっとした冷たい朝だ。天気もよくて、とても気持いい。マンション横の公園のジャングルジムで斜め腕立てと屈伸運動をして深呼吸する。 自転車通勤は線路と並行に走る。電車は、今朝はやけにのろのろと走っていた。途中で駅を3つ通るがどこの駅も足止めの乗客でいっぱいだった。人身事故のため、電車が遅れておりますという内容のアナウンスが流れていた。自殺だろうか。よく飛びこみや飛び降り自殺する人がいる。日本で年間3万人くらい自殺いるらしい。僕は自殺には興味がない。自分から死ぬなんておそろしい。できるだけ生きていたいと思う。近所の池のでっかいミドリガメみたいにしぶとくたくましく生きていたいものだ。 たくましいカメといえば、博物学者の南方熊楠(みなかた くまぐす1867−1941)という人がいるが、この人が飼育していたクサガメというのが、つい最近まで生きていたらしい。産経新聞1月5日号。南方熊楠が亡くなったのは昭和16年で、晩年に飼育していたカメ2匹がつい去年の和歌山県田辺市熊楠邸にて、去年の6月まで生きていたらしい。そして残念なことに去年の6月に行方不明となり、つい最近死骸で発見されたのだそうだ。だれかにいたずらで持ち去られ殺されたのではないかと推測されるが、真相は定かではないらしい。またカメの年齢についても正確には不明だが、一匹については推定80歳を超えていたらしい。こんな貴重なカメが不可解な死に方をしたのは非常に残念だが、80年も生きていたちっぽけなクサガメの生命力というのはすごいなと思う。うちにも冬眠中のクサガメとミドリガメがいるが、ぜひこれくらい長生きしてほしいものだ。それから、記事によれば、南方熊楠は、カメがだいすきで、生前多いときには21匹も飼育していたという。僕もカメが好きだ。南方熊楠とちょっと共通点があってうれしい。もう何年も東洋文庫の南方熊楠「十二支考」全3巻が本だなで眠っている。カメのように長生きしてそのうち読もう。ともかく、カメの冥福を祈る。 |
|
2003年01月09日 22時26分16秒
|
| 冬が進行中 |
| 今朝もしっかり冷え込んだ朝だった。目がさめると、6時20分だった。起きあがって、水滴だらけの窓の向こうはゆっくり夜があけようとしていた。窓の向こうはしっかり冷えていた。20分の遅れで、気力がなくなったので、ふたたび眠る。1日、とてもいい天気だった。クルマを運転して、斜めからさしてくる冬の日差しは、とても心地よい。昼間はそんなに寒くなかった。てきぱきと今日も快調に1日を終える。天気のよかった1日の次の日の朝はものすごく冷えるのだ。しかし明日は起きよう。 |
|
2003年01月08日 22時35分58秒
|
| 磨く夜 |
| 昨日の朝は起きられなかったが、今朝は6時に目がさめ、今年はじめの早朝ジョギング。今朝は昨日ほど風もなく寒さもやや薄らいだように思う。でも年が明けてから関西地方もぐっと寒くなったみたいだ。道端の水溜りに氷が張っていた。つめたい朝。引き締まった朝。引き締まった朝であるのに、日常生活において僕は、どうも無駄口が多すぎるような気がする。今日も昨日に引き続き、会社の営業担当者数人で主要得意先に挨拶まわりに行ったが、移動の車中で僕はあまり締りのない無駄話ばかりしていた、だんだん夕方になってきてひどくだらけた気持になってしまった。きちっとしなければいけない。自宅に帰り、夕食後、歯を磨いて、ふと、洗面台の少しの汚れが気になったので念入りに磨く。洗面台は妻が毎日掃除をしているので、そんなに汚れているわけではないが、念入りに磨けば磨くほどますますきれいになるので、しばらく磨いていた。気分がよくなった。気分がわけもなく、ふわあっとだらけてしまう時は、集中してなにか手作業をするといいのだ。掃除や整理整頓は、意識を引き締めるのはいい行為である。僕は基本的に怠けてしまって、会社から帰ってくると、だらりとしてしまう。いろいろ緩んでしまう。緩んでしまって、ますますくたびれてしまう悪循環になってしまうことが多いように思う。洗面台を磨くことにより無事、その悪循環を断ち切った。明日も頑張ろう。 |
|
2003年01月07日 22時38分43秒
|
| きっちり |
|
今日からまた仕事がはじまった。1週間以上も休むと、2、3日もすると仕事のことをきれいに忘れることができて、たしか年末にはなにかと、せわしなくカッカしていたけど、仕事を離れたら、しょせんすべては小さなことではないか、というような感じの幸せな心理状態になるのである。しかし出社して、何時間かたって、少しづつ常態に戻ってくると、だんだんふわーっとした気持が縮こまってきそうになる。小さなことが巨大な絶壁みたいに見えてしまう毎日がむくむくと起きあがるのである。しかし、それは、やはりマボロシなのである。いつも心に正月を、というような感覚で、立ち向かおうと思う。正月用の雅楽のテープでもクルマに積んでおこうかなあ。 今年はきっちりするのである。きっちり物事を見れるようにするのである。あまりマボロシにまどわさられることなく現実に立ち向かうのである。そのためにも小さなことから、きっちりするのである。 まずは朝、かならず、念入りに顔を洗う。顔を洗というのは、僕はこれまでの人生でただ、水をつけてバシャバシャとすればそれでいいのであると信じて疑わなかった。ところが、昨年の年末の忘年会の時、どういう流れであったかさっぱり覚えていないのであるが、洗顔についての話題となり、会社のA先輩は、顔を洗うときに石鹸を使うという。僕はいちいち石鹸を使用して顔を洗うということに衝撃を受けた。しかし一緒にいたB後輩は洗顔に洗顔クリームを使用せずに石鹸なんかで顔を洗うという事実に衝撃を受けていた。そして僕が石鹸も洗顔クリームも使用したことがないというとA先輩もB後輩もさらにCおよびD女子社員も一様に衝撃を受けていた。C女子社員なんかとてつもないフケツ男を見るような目で僕を見るのであった。僕は深く傷ついた。家に帰って、妻にその事実を述べた。すると妻は別に男の人は水だけで顔を洗うのはかまわないのではないか、それにお湯で洗うのでなく水で洗うのは男らしいとまで言ってくれた。わたしのお父さんもぜったい水でしか洗っていない、と九州男児の妻のお父さんのことまで持ち出してくれて僕を勇気付けてくれた。でも僕はそうした妻のなぐさめで、安心してはいけないと思った。傷ついた気持は、それに立ち向かうことで克服するのである。そこで僕は年末から妻の洗顔クリームをわけてもらって、毎朝およびジョギングの後は、必ず念入りに顔を洗っている。このように、きっちりするというのはとてもいいことであると思った。 それからきっちりその2。食べ物はしっかり噛んで、ゆっくり食べる。目安として最低ひと口20回は噛む。モデルとしては「海辺のカフカ」のナカタさんみたいにゆっくり咀嚼をするのである。僕は早食いである。関係ないけど、妻のお父さんも非常に早食いであるように思う。この点については、妻も、洗顔ほどには父上を尊敬していないようだ。それからうちの子供はありがたいことに好き嫌いは少なく大食いである。しかし、食べ方がやはり早い。粗雑である。こういう粗雑な食べ方は、少なからず親の影響があるのではないかと、僕は反省した。だから教育的配慮からもゆっくり食べる習慣を心がける。正月にテレビでちらっと見たけどカメルーンの人はとても固い食べ物を2時間くらいゆっくりしっかり噛んで食べる。しっかり噛むと、あごも強くなるし、唾液もよく出るので、口内が唾液で殺菌され虫歯もでないし歯も丈夫になるのだそうだ。カメルーンでは虫歯、歯槽膿漏などが非常に少ない国なのだそうだ。僕も今のところ歯はいくつか虫歯の治療はしたものの基本的には丈夫である。しかし、これからまだまだ丈夫であるためにも、カメルーン式にしっかりゆっくり噛んで食べよう。そしてしっかりゆっくりというのは、きっちりにつながるのである。 ほかにも、こまごまとしたことにきっちりしよう(ジョギングシューズと通勤靴を毎日、必ず磨くとか)と思っているのであるが、長くなったので本日は以上。 |
|
2003年01月06日 22時44分52秒
|
| 帰宅、自宅での新しい年のはじまり |
|
夜中の12時半頃、実家を出発、本日7時無事帰宅。渋滞もまったくなく、行きよりもだいぶ早かった。途中、天理の手前の山道は雪が降っていて、山は雪が軽く積もり白くぼんやり光っていたが、道路は問題なかった。行きも帰りも天候にはめぐまれ、誠に運がよい。このように小さなことでも運が向くというのはとても重要である。どのようなことでもそこに幸運があるのだということに気づくことが、すでに幸運である。正月中は、普段にも増して非常に規則正しい生活もして睡眠もじっくりとっていたために、昨日は、昼間眠ろうと努力したのだが、あまり寝ていなかった。だから終盤はかなりねむくなった。しかし無事にたどり着いた。子供たちも到着までぐっすり眠っていた。夜が明けたばかりの堺も、実家と同じく、風が強くとても寒い。 留守番をしていたスナネズミのスーちゃんは無事にカゴの中をゴソゴソと動いていた。スナネズミの寿命は3年くらいで、人間の寿命を75年と考えると、スーちゃんの人生(ネズミ生?)の時間は人間の25倍くらいの早さで流れていることになる。1週間留守番していたということは、スーちゃんの現実では人間に換算して半年くらい一匹で過ごしていたことになるのかもしれない。半年ぶりに飼い主に再会したスーちゃんは、すっかり飼い主を忘れたみたいで、目があうと、ダッ!とキケンを察知した野生のネズミみたいに、ティッシュと牧草のカタマリのなかに、飛びこんで姿を隠した。 すーちゃんを見ながら僕は今年の3月で35歳になることについて考えた。すーちゃんは25倍の早さで時間は流れている、なんてことを考えてる僕だって、たとえばどこかの数千年の樹齢の大木からみればあっという間の35年という時間をすごし、それはすでに人生のほぼ半分が終ってしまったということなのである。そしてつまり人生の時間はあと半分くらいしかないのである。ないのであるが、それをまっとうできるかどうかもよくわからないのである。明日のことは、明日じゃなくたって、今ではない、すぐ先の時間のことは誰だってわからないのでる。そういうことをよく念頭においておかなければいけない。 |
|
2003年01月05日 14時01分15秒
|
| まだ正月休みは続く |
|
まだ正月休みは続く。昨夜は、ようやくラムセス第5巻、「アカシアの樹の下で」を読了。90歳を超え、ラムセスはついにその生涯を終えた。5巻は主要登場人物が次々に最後を迎え、真夜中に思わず涙がこぼれそうになるほど感情移入してしまった。思ったより早く読めた。長い小説なので途中でつまらなくなって投げ出すのではないかと心配していたが、最後までものすごく面白かった。古代エジプト社会の真実の姿は教養がないのでよく知らないが、この小説を読み、古代エジプトに親近感を覚えるようになった。 今朝は昨日よりさらに寒い朝だった。冷たい灰色の雲がいっぱいの朝だった。朝食後、住宅街を4周走り、それから、シュンタと公園に行き、キャッチボールとティーバッティングをした。Qと父が見に来た。シュンタははりきって、バッティングを披露しようとしたが、今日は空振りばかりしていた、プレッシャーに弱いのだろうか。公園で遊んでいるうちに雪がぱらぱらと降り出し、Qがユキユキと喜んでいた。 午後は、雪はパラパラと降り続け、地面に落ちてはしゃばしゃばと溶けてはいたが、冷え込みが激しく、家の中にこもっていた。シュンタは松井秀喜の伝記を読み終えイチローの伝記を読んでいた(火の鳥少年文庫)。僕は、イチローの伝記をシュンタに買ってやったとき、スマイルズ「向上心」という本を買った(竹内均訳・知的生きかた文庫)。いかにして、人格を磨くか、ということについていろいろな偉人の例を挙げながら書かれている本で、明治時代には「西洋品行論」というタイトルで、ベストセラーになったそうだ。とてもきっちりして、求道的な本だ。訳者は若い人にぜひ読んでほしいと書いてあった。僕はすでに若くないが、別にいつでも人は変わろうと思えば変われるし、進歩するのに手遅れはないのである。こういう生真面目な本はとても好きだ。 夕方ペチカとシュンタがQくらいのときは、いったいどんな幼児であっただろうか、と思い、ペチカやシュンタが2歳くらいの頃のビデオの上映会をした。ほとんどがペチカのビデオテープばかりだった。2歳のペチカは楽しそうに踊っていた。ペチカはかわいいかわいいと、みんなでしみじみ、ミニチュアサイズの2歳のペチカを見て終わった。ペチカ、踊ってみろ、と10歳のペチカに言うと、イヤだ、ときっぱり断られた。 |
|
2003年01月03日 22時15分18秒
|
| こざるがばかしゃん |
| 今朝は、外は天気はよかったが、雪がうっすらと積もっていた。朝食後、住宅街のまわりを30分ほど走る。道路は日陰になったところが凍りついていた。それから家族で近所の動物公園に行く。風が強く非常に冷たかったが子供達は元気いっぱいに走り回っていた。Qは最近目覚しくコトバを覚えているので、いろいろな動物を見ながら、オ、ドーブツ、ドーブツ、と指をさして大喜びだった。クマを見ながらイヌ!といったり、カバを見ながらバカシャンといったりと、時々間違ったいいかたをしていたのがおかしかった。Qが雪を見たのは、おそらく生まれてはじめてだと思う。日陰にわずかに残った雪の固まりの前にしゃがんで、ユキユキユキと、話しかけていた。動物園には遊園地もあり、ペチカとシュンタは、フリーパスをおばあちゃんに買ってもらい、いろいろな乗り物に乗っていた。Qも乗りたがって仕方がなかったが、たいていの乗り物は3歳以下は乗れないので、そのたびにQモノルウ!!ペチカアア!と泣き叫んでいた。みんなサルのように真っ赤な顔をして一日、遊びまわった一日だった。 |
|
2003年01月02日 21時52分44秒
|
| 新しい一年のはじまり |
|
今日から新しい年になった。兄の子供たちも昨日は実家に泊まり、朝、兄夫婦も来て、実家にて家族そろっておせち料理を食べた。子供達が、前日よりプログラムを作成して、ペチカとシュンタたちの司会進行の下、つつがなく、新年の儀が執り行われた。ビンゴゲームまであった。100円ショップでビンゴゲーム機と商品をすべてそろえたそうだ。僕はボールペンがあたった。 おせち料理とビンゴとトランプ大会が当たったあと、初詣に行った。氷川神社か、西新井大師のどちらかにいこうということになったが、僕は弘法大師を尊敬しているので、西新井大師に行くことにした。でも僕は徳川家康を尊敬しているわけではないけど、本当は日光あたりまでまで行きたかった。そういうふうに遠出してみるのも正月らしくていいのではないかと思ったけど、寒いしたぶん雪も降っているだろうし、そんな中歩くのはいかがなものか、という意見もあり、けっきょく兄家族といっしょに西新井大師に行った。昼前くらいに行ったので思ったほど、込んでいなかった。チョコバナナを食べ甘酒を飲んだ。おみくじは僕とペチカは小吉、シュンタは大吉、Qは中吉、妻は吉と、平均すればぼちぼちな運勢のようだった。おみくじには、おまけがついてくる。去年もそうだったけど、今年も僕は小指の先くらいの大きさのゼニガメのお守り(?)がついていた。僕はカメが好きなのでとてもうれしかった。大切にサイフにゼニガメを入れた。そういえば、去年大切にいれたはずのゼニガメはいつのまにかどこかへいってしまった。どこへいってしまったのだろう。 帰り道、立ち寄った駅ビルは1月1日からしっかりオープンしていて、ファミリーレストランで食事をした。それから実家に戻り、僕は新年最初のランニングをした。昨日と同じく、川のほとりコース1時間。体調が非常によい。その後、シュンタと公園に行ってキャッチボールとティーバッティング。この公園は住宅街の真ん中にある1周数百メートルの小さな公園であるが、今日で5日連続シュンタと自主トレをしているのだが、他に誰一人子供の姿を見ない。公園以外でも走り回る子供の姿というのは、妙な関西弁で叫んでいるうちの子ぐらいしか見かけない。僕が子供の頃は近所じゅう同級生がたくさんいたが、みんな出て行ってしまい、現在このへんは老人街になっているらしい。きのうもQと歩いていたら、同級生のお母さんに会い、大手銀行につとめているその同級生は仕事が忙しく、ヒマなあなたのように正月に帰ってきてはくれないと、若干自慢のいりまじったような息子への不満を述べていた。しかし僕はまだまだだらだらとヒマな正月休みが続くのである。 |
|
2003年01月01日 21時40分13秒
|