|
|
| 謙虚に2月を終える |
| 今日で2月も終わり。2月にしては、春みたいな天気のよいあたたかい1日だった。こういう日は花粉症の人はたいへんなのだろう。僕は寒かったり、雨の朝は、鼻水くしゃみが止まらないことが多い。これは違う種類のアレルギー性鼻炎で、何に対するアレルギーなのだかよくわからない。今日みたいに天気のいい日はすごく調子がいい。からだがすきとおってしまうのではないかというくらい調子がいい。だけど花粉症というのは、ある日とつぜんなるものらしい。けっしてこの調子がいいことに関しておごり高ぶってはいけないと思う。なにごとも謙虚に感謝をもってうけとめるべきである、とすきとおった気持で思うのである。 |
|
2003年02月28日 22時34分34秒
|
| くるくる |
|
今日はとても長い距離を走行した。なんだかほとんどクルマばかり乗っていたように思う。効率を考えるとあまりよい営業活動ではなかったが、営業活動というのは、ある面で風水のようなところがあり、東のこちらへいけば、西のあちらの注文がやってきたり、というふうに、まんべんなくまわっていると、方角やらツボやらが刺激されて、モノの動きが活性化されるのである。と空想する。ということは僕ののっているこのクルマは針灸師の針みたいなもので・・・。でも真相はもしかして僕がずっと昼寝していても勝手に物事は進んでいくのだ。もしかしてではなくて、それが真実である可能性がかなり高いのだ。それでもなんか、むりにでも意味をつけて、なんだかたくさんクルマを走らせすぎて、頭の中がボワンとしている夜。昨日より風が強く冷たい。 帰ると9時すぎだったがQは元気に起きていた。風呂に入っているあいだにペチカとシュンタは子供の部屋でベットに入った。Qは2段ベッドに貼りついて、ココデネル!とわがままを言ってたのをむりやりはがして連れていき、プーさんのぬいぐるみにオニのお面をかぶせて、子供の部屋のドアの前に座らせた。そうしたらあきらめて妻とくっついて眠った。泣きはしないが、やっぱりオニがこわいので、このオニのお面は非常に効力を発揮している。 めがまわる。しらふなのに、めがまわる。くたびれた・・・。 |
|
2003年02月27日 22時40分46秒
|
| そば |
|
今日はQがなかなか眠らなかった。眠りそうで眠らなかった。ぼくが腹ばいで本を読んでいたら、僕のおしりの上で眠った。眠ったからもういいかと思って動いたら目がさめた。こういうふうに、ちょっと寝て、目がさめると、とてもパッチリ目がさめてしまう。でも忍耐強くいっしょに転がっていて、本日も無事眠ってくれた。 今日は帰ってくるのは早かった。今日は会社の人といっしょにクルマに乗っていた。得意先との商談がはやく片付き、その人のうちのそばまで送った。彼はこのところ毎晩飲んで帰るので、昨夜夫婦ゲンカになったそうだ。だから、今日は早く帰ろうと思うというので、家のそばまで送った。そばまで、送ったら、急に、そばが食べたい、と言いだして、彼の自宅のすぐそばのそば屋に行った。そこで、月見そばを一杯おごってもらって食べてから、わかれた。せっかく早く終ったのだからさっさと帰ればいいのに、どうしてもどこか寄らなければ気がすまないらしかった。 そばを食べたので、夕飯は食べずに、ジョギングをした。もう手袋はしなくてもかじかまなかった。雨がさらさらとふっていたけど、なまあたたかい感じだった。走ってからシュンタとちょっとだけ素振りをした。シュンタはコーチに、太鼓をたたくようにバットを振れといわれたそうだ。そうしてドーン、ドーンといいながらバットを振っていた。前よりフォームがさまになってきた。コーチというのは大したものだと思った。僕も10年前に買った木のバットをタンスの奥から取り出していっしょに振った。毎晩腕立てをしているけど、使う筋肉がまた違うのか、腕が重い。 家に戻ると少年野球の連絡網が来た。日曜日、またなにかお手伝いをしなければならないらしい。日曜日なのに。「のに」のあとに、ぐちがくる、とそば屋の壁にへんな字で書かれた色紙が貼ってあった、そういえば。そば屋で説教されるすじあいはないのであるが。 |
|
2003年02月26日 22時41分34秒
|
| とりとめもなくひりひりと |
|
紙かなにかで指先に切り傷ができている。右手の小指の先のほうと、左手の人差し指の背中のほう。中途半端な切り傷で、血が出るわけでもないけど、しかし、気になる。どこで切ってしまったのだろう。かまいたち、という現象は、こうやって、知らないうちに、スパッと切り傷ができる、らしい。みえないカマを持ったイタチが、スパッと、人のからだを傷つける。このへんではたまにイタチを見かける。茶色くて細長くて、はじめナニモノであるうかとびっくりした。夜走っているとたまに目の前を横切る。朝は見かけない。いや、冬になってから、このところさっぱり見かけない。どうしているのだろう。イタチ。冬眠しているのだろうか。それとも目に見えないだけで、カマイタチになって、そのへんをカマ持ってうろついているのだろうか。 イタチが目の前を横切ると、なにかが起こったりするのだろうか。クロネコが横切るのはよくないというのをきいたことがあるが、イタチが横切ると、どうなるのか。・・・指先がヒリヒリする。カマイタチ。カマイタチという現象は、なにかの拍子に空間の一部が真空になってしまい、その真空状態の中に人の肉体が入りこむと、スパっと切り傷をつくる、という話をきいたことがある。本当だろうか。そんなふうな現象は本当におこるのだろうか。道を歩いていて、たまたま吸った空気が真空になっていたら、人はいったいどうなるんだろうか。ウ!っとうなって倒れてしまうかもしれない。そしてのどが切り裂かれてしまったりしたら、とてもこわい。 のどではなくてくちびるがさけてしまってもこわい。口裂け女。あの女性もカマを持っていた。カマイタチの仲間なのだろうか。カマイタチと同じように目に見えなかったけど、カマイタチよりもこわかった。僕はそのころ5年生か6年生だったけど、お風呂にひとりで入れなくなってしまった。窓から口裂け女がのぞいてヒヒヒと笑っていたらと考えるだけでおそろしかった。今住んでいる、マンションの風呂は窓がない。密封されている。カベのタイルのすきまにカビが発生しやすい。時々思い立って、タイルのすきまをこするのが好きだ。そうやって、ごしごしするにも、指先に切り傷ができているとヒリヒリして作業がしずらい。ああヒリヒリする。パソコンのキーボードをたたくのも、ヒリヒリする。切り傷の長さは1センチもない。よく見ないと、どこが切れているかもわからないのに、ヒリヒリはずっと感じている・・・。 |
|
2003年02月25日 22時22分03秒
|
| やりくり |
|
今朝は雨が降っていたので、電車に乗って会社に行った。朝は調子がややくだ下り坂で、これからはじまる1週間が、ひじょうに長く感じられた。1日の途中から雨があがって、夜になると星空が見えた。1日をばたばたとすごすと、調子が戻ってきた。 朝から雨が降っている月曜日は、ややうつむきがちに歩くからその影響もあって、気分も下降気味だったと思われる。上を向いて歩こう。星空を見上げて歩いたら、気分も上向き、会社から自宅まで電車で4駅あるが、うち2駅ぶんを歩いて帰った。たまには歩いて帰るのはいいと思った。自転車に乗って上を向いていると少しキケンである。年間原付バイクの事故というのは11万件ほどあるそうだが、自転車の事故はそれをうわまわる17万件もあるのだそうだ。そして事故を起した場合、自転車には保険というものをかけているケースというのはほとんどないので、けっこうタイヘンな事態になることもあるらしい。 さいわいなことに、今まで自転車で事故を起したことはない。クルマにのっていても、事故をしたことはない。たぶん運というのは、それぞれの人に、それぞれ、相応についているものなのだ。だれかは事故ばかりしているけど、宝くじには当たる、とか。僕はそれなりに直感的になおかつ手堅く運をやりくりしているのだ。今日は星を見ながら歩くのは、気分がよかった。こういうことによいと感じられる、ということも、やりくりのひとつである。コートは着ていなかったけど、寒くはなかった。月曜日が終れば気分がよい。 |
|
2003年02月24日 22時25分26秒
|
| うれしかったこと |
|
昨日、日記を書いてから、産経新聞の人から電話がかかってきた。なんと、最近せっせと投稿している僕の詩のひとつが、3月1日土曜日の朝刊の「朝の詩」に載ることになったのだそうだ。選ばれるに違いないと思いながら、いつも書いていたのであるが、まさか本当にこんなにすぐに選ばれるとは思わなかった。今まで、コカコーラの缶についているシールを集めて、マウンテンバイクプレゼントに応募したり、納豆のパッケージのフタを集めて、ゲームキューブプレゼントに応募したり、忘年会で真剣にビンゴゲームの数字が読み上げられるのに耳をすましていたりしたものだが、いつも確実にハズレ、だった。だけど、今回は、ただ集めて送ったり、数字をあわせたり、とは、ちょっとちがって、ほんの数行といえども、きちんと自分の書いたものが認められて、選ばれたのである。とてもうれしい。詩が新聞の一面のすみっこに載ったからといって、お金がもらえるわけではないが、それでもとてもうれしい。悪いことをしたり災難にでもあわない限り、ふつう、自分の名前が新聞の一面に載ることなんてまずないのである。僕はそういうことに素直に喜んでしまう。こういう感性はあまり詩人ではないのかもしれないが・・・。3月1日が楽しみである。 昨日の夜、雨がたっぷり降って、でも朝起きてからも空の上にはくもがたっぷり残っている。シュンタは今日も元気に野球に行った。僕はさっきQとペチカをつれて、近所の神社に行った。梅の花がたくさん咲いていた。梅の林の中に、ヘンな植物があった。ポケモンのナゾノクサのような巨大な葉っぱの植物だった。 ![]() ↑ 梅林の中のナゾノクサ |
|
2003年02月23日 15時12分45秒
|
| 休日の朝の復活 |
| 昨夜は、夜中12時をすぎるころにはぐらんぐらんがなくなり、今度は頭の中がキンキンしてきた。キンキンしながら、気分はあまりすぐれない。気分がすぐれないときはすぐに眠ればいいのだ。でも眠りたい気分にならない。空気がどろりと重くなって、頭の中心がキンキンしている。そうするとますます気分がすぐれなくなる。僕はこのすぐれない気分に自らつかりたかったのだろうか。こういう感覚というのは、非常によくない。僕は限りなく堕落する傾向にある。気をつけなければいけない。気をつけなければいけないのに、僕のまわりに目に見えない暗雲がたちのぼり取り囲むのだ。1時過ぎにようやく眠った。4時半にトイレに一度たって、次に目がさめたのは、7時。朝が来たのだ。生まれ変わるのだ。シュンタを野球に送りに行って、すぱっと走る。目がさめる。それから風呂の掃除をして、からだをうごかして、さらに朝についての詩を一編書いた。そうしているうちに午前中に気分が非常にさっぱりしてよくなった。さっぱりして気分はよくなったが、天候はすぐれず、昼から雨がふりシュンタを迎えに行く。図書館に本をビデオ屋にビデオを返しに行く。だれもつきあってくれなかったのでひとりで行った。ひとりで雨の中クルマに乗る。雨降りの休日にふっとひとりになると、エネルギーが充電されていくような感じがする。空は雲って雨がたくさん降っているけど、気持はさっぱりしていた。 |
|
2003年02月22日 15時54分03秒
|
| ぐらんぐらん |
| 今日は会社の帰りに飲みにさそわれたので、飲んで帰る。日本酒を飲む。お猪口についで、くいッ、くいッと飲む。たいしたことがないように思うけど、家に帰って風呂に入って、Qとさっき転がっていたらグラングランしてきた。グラングラン30分くらいして、Qも寝たので起きあがる。ようやくグラングランがおさまった。今日は大人数で飲んでいた。大人数で飲むと、話が拡散するので、あまり疲労感を覚えない。今週はとても早く終ったように思う。・・・やっぱり目が回るので、本日はおしまい。 |
|
2003年02月21日 22時22分14秒
|
| 似顔絵 |
今日はとある事情があって、趣味が似顔絵である得意先の人に似顔絵を描いてもらった。きちんと色紙に、水彩で描いてもらった。よく大きな公園などで、路上の絵描きさんが似顔絵描きをやっているが、ああいうところで頼むと、1枚1000円はすると思う。ペチカも何年か前、ジジババに連れられて、出かけたとき、そうやって金を払って似顔絵を描いてもらっていた。しかもぜんぜん似ていなかった。だけど、今日は僕はタダで描いてもらった。似ているかどうかはよくわからない。やっぱり似ていないような気もする。でも、じっとみつめられながら、モデルになって描いてもらうなんて体験はめったにできるものではないので、とても新鮮でよかった。描いてくれる人が女性だったら、もっとどきどきしてよかったかもしれないけど、描いた人は年配の親切なオジサンだった。でもそんなおじさんが、10分くらいでサラサラと描いてくれた。僕のために10分も時間をとって絵を描いてくれたなんて、とてもカンゲキした。会社に持って帰って自慢した。「どこかの放火犯の人相書きですか?」なんて言われた。家に帰って家族に見せた。Qはコワイといって逃げた。ペチカもシュンタもぜんぜん似てへんといった。妻も、もっと実物はカッコイイはずだ、とは、いわなかった。でも実物とは、あまりにていないと言った。ジャケットとシャツはよく似ていると言った。僕もそんな気がする。でも写真と違って、こうやって絵を描いてもらえたのはすごくうれしい。記念にここに貼りつけておこう。![]() ↑ 逃走した犯人の目撃者による似顔絵 |
|
2003年02月20日 22時09分38秒
|
| Qが寝ないツボに入る夜 |
|
今日は仕事が早く終って帰ることができた。早く帰れたので、走ろうと思った。20分だけ走った。もう夜でも、あたたかだった。手袋をしないで走れた。ふくらはぎが少し痛かった。それから夕飯を食べてから走ったらトイレにもいきたくなった。くもりの1日で、空気はしめっていて、しめっている隙間に、春の気配を感じた。毎日、自転車通勤をしたり、走ったりしていると季節のうつりかわりに敏感になるのだ。Qとシュンタとお風呂に入って、いっしょに布団に転がった。 今夜のQは元気いっぱいだった。シュンタは、すぐに転がると横でどんなにQが暴れても寝てしまうが、Qは眠らないツボにはまるとさっぱり眠らない。タタミの部屋を締めきってくらやみにして、40分くらいかかった。今日は途中で眠ってしまわないように、しかし、起きている気配をQに感づかれないように、忍者のように、布団をかぶってじっとしていた。やっと寝た。10時半近くになっていた。ああ今日も終ってしまう。悲しい気持になりそうになる不機嫌な気持になりそうになるが、ここでふみとどまり、気持を切り替える。よし。 夜少し走ったし、少し遅くまで起きて、明日はまたゆっくり起きようと思う。今日はシュンタがタタミの部屋で寝たので、またまた子供の部屋のベッドで眠る。子供の部屋のベッドのマットを昨日から分厚い新しいものにかえた。昨日はシュンタは子供の部屋で寝たのだが、ためしにちょっと横になったら、すごくふかふかで気持がよかった。だから今日は、僕が希望してシュンタと寝る場所を交代してもらうことにしたのだ。日々家庭内漂泊生活である。僕は昔から、いろいろ泊まり歩くのが好きなのだ。 |
|
2003年02月19日 22時43分39秒
|
| それでも明日はゆっくり起きる |
| 今日は会社の倉庫の急な階段を駆け登ったところ途中で右足をふみはずし、先日少し肉離れになりかけた右ふくらはぎがふたたび、ブチリとなった。ブチリとなっても、別にちぎれたわけではない。感覚としてブチリだった。しばらく痛かった。僕がプロ野球選手だったら、開幕はあぶなかった。相撲取りだったら、次の場所は休場だった。でも僕はふつうのサラリーマンなので、べつにブチリときたからといって、仕事に支障はきたさなかった。明日も働くだろう。でも朝のジョギングは若干しんどいかもしれないので、今週は休もう。これは休めという天の声である。腹筋して寝よう。でも今ふと気づいたが、会社帰るまでは痛かったのにすでにもうなんでもなくなってしまった。丈夫な足である。相撲取りになろうかな。 |
|
2003年02月18日 22時14分39秒
|
| 爬虫類の月曜 |
|
今日は、10日ぶりくらいに、6時起きで走った。6時に目を覚ますと、すでにあたりはうっすらと明るかった。西の空にUFOを思わすようなまんまるで大きな月が黄色く光っていた。はじめは西にむかって走る。それからくるりとまわって今度は東にむかって走る。そうすると、夜明けの東の空なのである。反対側は月が出ていて、夜と朝のまんなかを走るのである。朝は寒いけど、寒い中でも春っぽい朝だった。1日がはじまると気温がどんどん上がって、ラジオの天気予報によれば、今日は13度くらいまで上がったようだ。天気が良くて、どこかの岩の上で甲羅干しをしていたいような1日だった。 世の中のカメはまだ冬眠中だと思うが、もう少しあたたかくなって、神社の池の中の小さな石の島に、たくさんのカメがよじのぼって、ぼーっとしている姿を見るのはとてもいい。僕もできればカメになってぼーっとしていたい。でも池の水はにごっている。あのにごった中から、だれかの投げたパンくずであるとか、タニシとか、魚の死骸とか水草とかザリガニなんかを食べて生活することを思うと、やはり人間のほうがいいかなと思う、けど、僕がもしカメだったら、そんなふうに考えないで、しあわせにザリガニを食べて甲羅干しをするのかもしれない。 ああでも、どうせ爬虫類になるのであるなら、やっぱりガラパゴス等のウミイグアナだな。午前中は、ぽーっと日光浴して、あたたまったら、海にもぐってヘルシーに海草を食べるのだ。ガラパゴスゾウガメも魅力的だけど、海にはもぐれないし、サボテンを食べているみたいだし、サボテンは間違えたら喉にトゲがささって痛そうだ。暖かい海はいいなあ。 そういうことを考えながら、1日をすごした。しあわせな爬虫類の1日だった。 8時前に家に帰ると昨日に引き続き昼寝をしなかったQが、もうほとんど眠る寸前だった。オトウサンオカエリイといってほほえみ、そのまま、パタンとじゅうたんの上で眠ってしまった。よい傾向である。あしたも昼寝をしないでいてほしい。 |
|
2003年02月17日 22時22分53秒
|
| 雨の日曜 |
|
今朝は雨降りだったので、妻があらかじめ枕元に置いていた電話が鳴って、シュンタの野球は中止になり、そのままだれも起きなかった。8時半まで寝ていた。8時半頃僕が起きてくしゃみをしたらみんな起きてきた。ペチカが雨降りに気づかず、シュンタ!野球いかなあかん、8時半やで!とおおさわぎをしていた。午前中は、産経新聞「朝の詩」コーナー掲載を目指し本日も詩をひとつ書いて、ポストに入れてきた。これで5通目である。書けば書くほどうまくなるような気がする。どうして採用されないのか不思議なくらいなのだが、たぶん投稿する人というのはみんなそう思っているのだろうと思う。今朝の詩を書いた人は、恋人と別れる夢を見て泣いて起きた、その前はすごく楽しく笑い転げた夢だったのに、今夜の夢のシアターはどんな夢を見れるだろうか、という内容の詩だった。そのようなことは僕もこないだ日記に書いていたように思う。しかし、それを適切でシンプルな言葉で読む人の共感を与えるようなカタチで書くというのが、一番むずかしいことなのだろう。そういうことを考えながら、自分の言葉を並べて見ると、粗だらけの言葉づかいであるとつくづく思う。掲載される詩のよさが見えてくる。ものの見方の練習になる。ものはいろいろな角度からみたらそれぞれにすごいのである。昼から、家族一同ビデオ屋に行ってビデオを借りる。アイスエイジ。子供たちは熱心に見ていた。 夕方、雨があがり、走る。それからシュンタとキャッチボールをした。同じマンションのとある男の子は、僕とシュンタがキャッチボールをしているとかなりの確率であらわれるのである。そして僕たちの横ですぶりをはじめたり、なんだかんだとシュンタに話かけてきたり。そして僕が、いっしょにやるか?ときくと、しょーがねーな、というような顔をして、でもからだ全体からうれしい光線をいっぱいに発射しながら、すぐにキャッチボールに加わってくる。3人で30分ほどキャッチボールをした。 |
|
2003年02月16日 18時24分02秒
|
| 阪神の平下の背番号 |
|
飲んだ次の朝はとてもからだがだるい。目が早くさめる。昨日は1時過ぎに眠ったのに、7時に目がさめた。休日であるのに早く起きてしまったので、朝食のあと、野球の練習場までシュンタをクルマで送った。シュンタに昨日、チョコレートもらったのかときくと、もらえなかったそうだ。もらえなかったけど、もしかすると月曜日にもらえるかもしれないと言っていた。あとで妻に確認すると、シュンタにチョコレートをあげたいとひそかにそこらじゅうにしゃべっていた女の子が昨日はカゼで休んでいたのだそうだ。だから月曜日にもらえるかもしれないのだそうだ。シュンタを送ってからジョギングをする。火曜日以来走っていなかったので、久々で気持よかった。いい天気で、手袋をしていたらすっぐにむずむずしてきてすぐにはずした。そして昨夜からのだるさがすっかり抜けた。昨日は寝る前きゅっと固まっていた。固まっているときというのは、非常にものの見方が意固地になる。しかし、今朝のうちにすぐに回復することができた。 午前中は、ペチカもポートボールの練習に行ってしまったので、Qを自転車に乗っけて、ふたりで図書館に行った。アンパンマンの絵本がたくさんあって、おおよろこびで、オトウサン、ホラ、アンパンマン!ドオキンチャン!チーーーーズ!!と絵本の中にむかってはなしかけていた。アンパンマンの本と、自転車生活に関する本と、神社の見方、という本と、ファストフードが世界をくいつくす、という本を借りた。ぜんぶ読めない可能性大。ファストフード〜、以外は写真多数の本で、眺めていて面白そうなので、借りてしまった。図書館のあとは、Qとスーパーで買物をした。試食でいろいろ食べた。こういう主婦っぽい午前中の過ごし方をした。 昼からは、ディズニーアニメビデオの「アトランティス失われた帝国」を見た。大きな画面で見たかった。うちのテレビは暗いシーンになると映りが悪いのでまったくわからない。目が痛くなる。 夕方シュンタを迎えに行く。5時前に行ったのに、最近は日が沈むのが遅くなったので、5時半すぎまでしっかり練習していた。シュンタは新しい背番号に変わった。57番から45番。それまでその番号は、3年生のエースの男の子の番号だったので、とてもうれしいそうだ。阪神で45番はだれかときくから、平下であると教えた。残念ながら、シュンタは平下を知らなかった。 |
|
2003年02月15日 19時11分04秒
|
| わからないものはわからない |
| 今日は、早く帰ろうかと思ったら、夕方から会議があって、そのあとではみんなで30分だけ飲みに行こうと言われ(これは強制だからみんなくるようにとにこやかに上司は言った、業務命令なのでつきあった)、30分が2時間くらいになって、今帰ってきた。すでに子供たちは寝ていた。ペチカは起きていて、こないだ作っていたバレンタインのチョコレートをくれた。風呂から上がるとすでにペチカも眠っていた。芋焼酎のお湯割りを飲む。一杯で目が回る。どうして会議をしたあとまたわざわざ飲むのだろう。まったく理解できない。年齢を重ねれば重ねるだけ、酒飲んでいる時間がものすごく惜しくなる。酒飲みの心理はさっぱりわからない。わからないことに自信がでてきた。わからないものはわからないとはっきりさせたほうがいいのだ。ものわかりのよいふりをするのはろくでもないゴウマンなイヤなヤツである。僕は、僕でなくてもだれだって、明日死んでしまうかもしれないである。とぼしい脳みそをさらに鈍らせることはないのである。もったいない。 |
|
2003年02月14日 22時32分27秒
|
| 積極的考え方の力 |
|
朝は良く眠れる。今朝も7時過ぎまで眠っていた。昨日はひとりで子供の部屋で寝た。ひとりで寝て、6時に起きて走ろうかと思ったけど、起きられなかった。起きられなかった、とここであまり否定的な見解を述べてはいけないのである。昨日は良く眠れた、と、まずその点からはじめなければならない。というようなことが、昨夜夜中に読み終えた本に書いてある主旨であったように思う。 ノーマン・ヴィンセント・ピール「積極的考え方の力」(ダイアモンド社)。オグ・マンディーノの「この世で一番の奇跡」(PHP)という本の帯に、N.V.ピールという人の推薦の言葉が書いてあった。しかし、この人がどういう人か知らなかったので、一度ぜひ本を読んでみたいと思っていたら、先日古本屋の100円コーナーで見つけたのだ。たぶんもうこの本は現在のところふつうの新刊本屋では売ってないと思う。僕は本と出会える才能があるのだと思った。オグ・マンディーノさんも強く思えばかなわぬものなどなにもないという精神主義者であるが、ピールさんも相当なものだ。この「積極的考え方の力」はちょうど50年前に出版され、当時ソ連のプラウダ紙でさえもこの本について紙面を大きく取って論評をしたという大ベストセラーの自己啓発書なのだそうだ。と本の紹介欄に書いてあった。 内容はタイトルそのままで、積極的に考えてものごとに立ち向かえば、向かうところ敵なしであるということを、いろいろな事例を引きながら、述べている本である。非常に意欲的な気分になる本だった。 でも僕は去年もD・カーネギーの「道はひらける」という本を読んで、同じように深い感銘を受けていた。それと、正月には「向上心」と「自助論」という本も読んだ。オグ・マンディーノの本にしても書いてあることは結局のところおんなじことである。しかし、あまり進歩せず、また、同じように感銘を受けている。くるくるまわって、まわって、少しずつ進歩しているのだろうか。ねずみ花火というのもシュルシュルルとまわってまわってものすごい勢いで浮かび上がって、だけど、それから火が消えると、墜落してしまう。これはよくない。こういう本は何度も読みなおして実際それを生かして生活をしてみないと、あまり意味がないのだろうな。ということで、朝は、よく眠れる。と前向きな気持で朝を迎えたのだ。そして今夜は、あっというまに、Qが眠った。非常によい。1日はよかった。明日もきっとよい1日だろう。 |
|
2003年02月13日 22時25分14秒
|
| 感動した話 |
| 仕事でクルマの移動中にラジオを聞いていたら今年からニューヨークヤンキースの松井秀喜選手のことが話題となっていた。松井選手というのは人の悪口を決して言わないのだそうだ。別に、誇らしげに言うわけではなく、淡々と、中学2年生のときにお父さんと約束をして以来、人の悪口はいっさいいわないことにしたと、松井選手は語ったのだそうだ。事実、松井選手は、決して人の悪口は言わない、マスコミにもいつも誠実に笑顔でさわやかに応対する。インタビューの返答で、エー、という前置きを決して言わない、そこで計算することなく率直に即答する。そうした話をきいて非常に感動した。松井選手は立派だと思った。たくさんマスコミの人に囲まれても、いつも笑顔で答える松井選手は偉大な人物であると思った。僕はいったい朝から、夕方のラジオをきいていたその時間まで、どれだけ人の悪口を心の中で、あるいは実際口に出して、言ったことだろう。別にマスコミに追いまわされているわけでもないのに、何回不機嫌な気分になったことだろう。松井選手は立派だ。見習おう。と思った。それにしても、どうして心というのはつねにぶつぶつとつぶやいているのだろう。松井選手の心はぶつぶつとはいわないのだろうか。無心にバットを振っているのだろうか。これから少しでも腹が立つことがあったら、わけもなく不機嫌な気分になりそうなときは、今日聞いた松井選手の話を思い出そう。と思う。忘れそうなので、日記に書いておく。 |
|
2003年02月12日 22時29分57秒
|
| 昼から雨の日 |
|
シュンタが本日は原則土日祝日は必ずある少年野球の練習を自主的に休みにしたため、ゆっくりな朝だった。8時前にQが布団の中で起きた。ひとりでなにかおしゃべりをしていた。僕が目をあけると、おかあしゃんおかあしゃんと妻に甘えてぴったりくっついていた。お調子モノめ。Qもお母さんの子分になりたいのだろうか。曇っていたけど、朝は雨がまだ降っていなかったので、昨日の分まで、せっせと走る。途中、休日出勤ふうの装いをした女性がダッシュで駅に向かっていて、僕をあっというまに追いぬいた。とてもヒールの高い靴をはいていたのにものすごいスピードだった。でももしかしたら、僕がものすごく遅いのかもしれなかった。 走り終わってから、シュンタを外に呼び出して、20分くらいキャッチボールをした。だいぶ遠くに投げられるようになったと思うし、フライやゴロもうまく取れるようになったと思うが、先日、シュンタのチームの試合を見に言った妻によると、その時はひと学年上のメンバーの練習試合であったのだが、レベルがやたら高くて、シュンタは阪神どころか、このままでは少年野球のレギュラーもあやういのではないか、と言っていた。そして、僕がうまく教えないから悪い、ということになる。しかし、僕は運動神経はものすごく鈍いし、頭もすごく悪いので、子供に運動や勉強の仕方を教えるのが非常に困難なのだ。 僕はシュンタが好き勝手に野球をやって、面白がっていればそれでいいような気がするし、オレ阪神はいる!といえば、おおがんばれ!と声援は送る。入れるかどうかというのは知らない。そしてコーチに教えてもらってがんばればいいと思う。勉強を教えるのは、学校の成績が僕と違って非常に常に優秀だったと自分でいつも自慢している人が教えればいいのだと思う。そういうことをすると、僕は自分のことばかり考える勝手な人間であるといわれる。子供の教育に無関心であるといわれる。でも僕も、もしかしたら、シュンタがやる気を起してくれるかなと思って、野球マンガや本をすすめたりする。ペチカも最近読書に熱心だから、僕は好きな本がたくさんあるから、いろいろすすめたりする。すすめるのは、僕が好きなものしかすすめない。これはみんなが読んでるから、というすすめ方はしない。これを自己満足というのかもしれない。でも僕には好きな本があるのである。それはありがたいことだと思う。本を読んだことがあったって、だれかの歌をきいたって、読んだことがあって、聴いたことがあって、ただそれだけである人もいる。 僕が子供に対して時々自分勝手に押し付けがましくなにかをすすめることはほとんどまったくよいようには、評価されない。そういうことに関して僕はときどきすごく悲しくなるのだが、たぶん同じように、僕は相手をまったく理解していなくて、しょっちゅう憎まれているのかもしれない。謙虚であることを学ばなければいけない。愛は大切である。好きなことをたくさんさがそうと思う。こうあらねばならないという気持よりも、いかなるものが自分は好きなのか、愛しているのかということを考えるのは、とても大切であるように思う。そういう見解をまず示すのが先で、ああせえ、こおせえ、というのが先に立つと、子供はろくなものにならないと思う。このように書くと僕だけが思慮深く、立派な父親ぶっていると、非常に腹をたてられる。わかっている。僕は山のように欠点がある。ろくでもなくておならばかりする。お父さんみたいな人になってはいけないとは、いわないが、どんなお父さんであっても、そんなことは関係ないのである。せいじつにじぶんのおならをすればいいのである。しかし書けば書くほど、自分の都合のいいように書いているような気がする。たぶん僕は正しくないのだろう。正しくないから、いいわけをしているのだろう。そういうところもたくさんあるのだろう。 |
|
2003年02月11日 17時17分47秒
|
| 眠たい光線 |
|
昨夜もペチカと僕が子供の部屋で寝た。真夜中に人の気配がして目がさめた。枕もとに白い物体が浮いていた、と思ったらQが立っていた。おとといに引き続き、タタミの部屋から歩いてきたようだ。今回は無事ドアもあけられたらしい。僕はQを布団の中に入れた。Qを抱えてせまい子供用ベッドで眠った。へんな姿勢でQとくっついて眠ったので、からだのふしぶしが固まってしまったみたいで寝起きの調子が悪かった。6時に起きようかと思っていたが、7時過ぎに妻より起されるまで眠っていた。 Qはべったり僕にくっついていた。こうやってべったり僕にくっついて眠ってくれるのは、現在では世界でQただひとりなのである。その昔はペチカやシュンタもぺったりくっついてくれたものだけど、今ではそういうことをしてくれない。そう考えるとありがたいことだと思う。でもせまいところでは、よくないので、今日はペチカとシュンタは自分のところで眠ってもらって、僕はきちんとたたみの部屋で、妻−Q−僕というカタチで布団で眠る。 さっきQを寝かしつけた。寝かしつけるとき、Qにおでこをくっつけて、こちらも寝たふりをすると、ついうっかり本当に眠ってしまう。本当に眠ってしまって、おっといけない、と目を覚ますとQは眠っていた。おっといけないで、引き返せるか引き返せないかのギリギリのところまでいかないと、Qも寝ないのだ。これはまだ科学的に証明されていないと思うが、もしかすると眠たい時には脳みそから、目に見えない「眠たい光線」みたいなものが出ているのではないかと思う。眠たい光線は眠くない子供のおでこにくっつけると、良く効くのだ。良く効くけど、その光線を出すには出す方も眠たくならなくてはならないので、うっかりすると眠ってしまうのだ。 昨日は眠りが浅かったのか、眠たい光線が、ものすごく出ている。眠い眠い。 |
|
2003年02月10日 22時16分30秒
|
| くもり空の1日 |
| 1日くもり空。午前中は、Qと買物。ケンバーンとはなはなマロンの絵本を買った。井沢元彦の逆説の日本史、7巻目が文庫で出ていた、欲しかったけどがまんした。たぶん、しばらくは本屋からなくならないと思う。買物から帰ってから、加賀乙彦「高山右近」(講談社文庫)読了。キリシタン大名、高山右近の死までの1年間の物語。加賀乙彦の小説ははじめて読んだ。作家で選んだというよりも高山右近を尊敬しているので読んだのだ。小説そのものは地味な作品だった。得るところはいくつかあった。作者のそうとうな高山右近への思い入れを感じた。昼から、シュンタの野球の試合があって、お母さんで手伝ってくれるかたお願いしますとの連絡網が事前にあったため妻ははりきってでかけて行った。はりきってでかけていった、というと、妻は、僕がからかっているみたいに思っていい気はしないのかもしれないけど、あまり何事にも動じないところは立派であると僕は常々尊敬している。僕の、尊敬する人についてのハードルは、自分のことは棚に上げて、とっても高いのである、尊敬されることをぜひとも誇りに思ってもらいたい。 |
|
2003年02月09日 18時11分46秒
|
| うとうととした日 |
|
昨夜は、妻、シュンタ、Qチームと、ペチカと僕のチームに別れて眠った。僕は子供部屋の2段ベッドの下段で眠った。夜も暖かかった。いつもとても厚着をして寝る。恥ずかしくてここには書けないくらいのものすごい厚着をして寝る、その上で靴下も履いて眠る。そしてかけぶとん1枚と、その上に毛布。寝ているうちに、毛布は脱いでしまったみたいだけど、朝は寒くなかった。トイレにいきたいとも思わなかった。余裕を持って7時半に起きた。夜中に、Qは、妻の寝ているタタミの部屋で目を覚ましたらしい。部屋のふすまをすべてあけて、おとーしゃんと叫んで、子供部屋までダッシュしたが、ドアの開け方がわからないでアカナイヨウアカナイヨウとしゃくりあげて泣いていたのだそうだ。 シュンタはお母さんの子分であるし、ペチカも、質問に僕が答えると、そのあと必ず妻にホント?お母さん、と確認する。お母さんより少なくとも僕はモノシリであると思う。テレビのクイズだって負けない、だけど、ペチカはそのことをわかっていない。そしてシュンタは、あくまでも子分である。だけどQはお父さんが好きなのだ、きっと。そんなふうにお父さんを慕い尊敬しているQは、僕が寝ている部屋の前で泣いていたのだ。そんなことはぜんぜん知らなかった。ぜんぜん知らないうちに、妻が抱えて連れ戻したらしい。悪いことをした。それにしてもよく眠れた。よく眠れて悪いような気がしたので、朝、シュンタを野球の練習場に送る係を自ら買って出た。 今日は妻とペチカとQが出かけたので、昼間はひとりで過ごした。ひとりで過ごすと、時々うとうとした。うとうとするにはちょうどよい、今日も暖かい1日だ。 |
|
2003年02月08日 17時40分05秒
|
| チクチクと発汗 |
| 今日は朝はすごく冷えていた。冷えていたぶん空はよく晴れていた。空はすっきりとした濃いブルーで、走っていると、東の空がだんだんピンク色に明るくなってきて夜明けがとても美しかった。よく晴れた1日で、日中も日が暮れてからもずっとあたたかだった。10度は超えていたのだろうか。あたたかくなって、ぼーっとしながらクルマに乗っているとあまり働きたくなくなる。でも今日も行かねばならぬところがたくさんあったので、せっせと働いた。せっせといそがしくしていると、1日があっというまに過ぎてしまう。あしたから休みだ。とてもうれしい。帰りの自転車も元気いっぱいにこいでいたら、コートを着ていたらチクチクと背中あたりに少々発汗してきた。なんだか今日はすごく元気だ。こういう感覚をつねに維持したいものだ。 |
|
2003年02月07日 21時55分48秒
|
| 離陸失敗 |
| 離陸に失敗した。風呂から上がって、僕は布団の上で本を読んでいた。9時すぎ。Qも、マリオパーティ4というゲームの説明書を、絵本代わりに何度も読んでいた。この本にはゲームのイラストがたくさん載っているのだ、それを見てQは喜んでいる。読みながら何度かQはあくびをしていた。だから僕はQにきちんとした絵本を読んでやろうと思った。読んでいるうちにきっと寝てくれるだろう。1冊読むと、Qは大喜びで、2冊目を持ってきた。2冊目を読んだらますます喜んで、今度は、ポケモンルビーのゲームの説明書を持ってきて、僕に読めという。僕がそれを手に取ると、自分はふたたびマリオパーティ4の説明書を開く。きゃっきゃとごきげんになる。目がぱっちりあいてしまった。僕が、読むのをやめると、オトウサンポケモンルビーヨムヨム!と怒る。布団でいっしょに転がっていた妻も、ものすごく不機嫌になる。今日はもっともっと早くにQは寝るはずだったのだ。シュンタとこっそり子供の部屋に行っていっしょに寝た。寝ているうちに、Qは妻が寝かしつけた。10時20分。予定より1時間多くかかった。 |
|
2003年02月06日 22時21分11秒
|
| 正しく利用 |
| 夜中に雨が降っていたらしく、朝、走る時道が濡れていた。風が吹いていたけど、冷たくはなかった。太ももが若干筋肉痛のため、走るときいつにも増して体が重かった。鉛色の雲がよく動いていた。鉛色の暗い雲であるが、夜明け前はくらいのに光っている不思議な色をしている。走り終えて、公園のジャングルジムで、斜め腕立て伏せと、屈伸運動をして、そのあとてすりにぶら下がってからだをのばす。ジャングルジムはこのような利用の仕方もある。しかし、いつも通るコースの神社の境内で見かけるおじさんは、いつも小さな鳥居を鉄棒代わりにしてぶらさがっている。首でもつっているのかと思った。今朝はゴルフのクラブを振り回していた。利用方法を間違えているのではないかと思う。日曜日に全力で走ったので、からだのふしぶしが痛くて、イタイイタイと思って、ますます、固まってきていたが、今朝走ったら、イタミがほぐれてきた。 |
|
2003年02月05日 21時14分08秒
|
| 春的な1日 |
|
今日は立春。昼過ぎの青空は車の窓越しにみると、春の感じがした。光の射し方も春っぽかった。でも外にでると、まだ冬だった。夕方になるとくもってしまった。しかし、そうやって、少しずつ春になるのだ。早く本当に春がきたらいいなと思う。きたらいいな、と思うのも好きだ。今日のような、お昼の天気の時、信号待ちで、空を見上げたら(郊外を走っていたので、空は広々していた)、非常に気分がよくなった。そのまま昼寝でもしたいくらいだった。昼寝はあまりしないけど、夕方、休憩で停車したパーキングで、目を閉じたら、ストンと眠れた。眠れたけど、エンジンを切っていたので少ししたら目がさめた。寒いときは、仮眠するのにメリハリがきいていてよい。 シュンタは「大きな古時計」という歌が嫌いなのだそうだ。クラスのともだちに、「♪大きなノッポの古時計♪」の古時計のところを、シュンタの名前で歌われてしまうのだそうだ。ノッポといわれるのがイヤなのだそうだ。デブといわれるよりいいように思う。僕はよくデブネタでからかわれた。シュンタはすらっとして背が高いので、僕はできることならシュンタと中身を入れ替わってもう一回人生をやりなおしてもいいな、と思うくらいだ。という旨をシュンタに伝えて、励ました。 |
|
2003年02月04日 22時20分01秒
|
| Qとオニのお面 |
|
昨日の夜は、ゾクゾクとしてひょっとしたら、カゼをひいてしまったのではないかと思った。今日は会社を休もうかと少し楽しみにしていたら、朝目がさめてみるとなんともなかった。ふくらはぎが痛いので、今日は走らなかった。しかし、会社には行った。元気に働いてきた。 夜、手巻き寿司を食べ、豆まきをした。マンションのため、豆をそこらじゅうにばら撒くと問題になるので、小さな袋に小分けしてあるタイプのマメを袋ごと投げてあとで回収した。オニのお面をかぶってQを追いかけまわすと、ひゃあひゃあいって、逃げ回った。逃げ方がかわいいのでみんなで追いまわした。コワイコワイといいながらも、しかし、ギャンギャン泣くわけではない、案外度胸があるのかもしれない。でももしかすると真夜中うなされて泣くのかもしれない。でもまだなにか歌ってごきげんで寝ないQである。オニのお面かぶって、注意しにいこうかな・・・。 |
|
2003年02月03日 21時47分17秒
|
| 公園のマラソン大会 |
|
昨日、なつかしのラブコメマンガを読んで寝たので、僕は夢の中で10代の少年に戻ってしまった。僕はだれかとデートしていた。だれだか忘れてしまったけど、いっしょに、古いお寺の石畳のようなところを歩いていた。僕は現実にはその人とそうやっていっしょに歩いたことはない。僕は何度もそうやっていっしょに歩きたかったのだ。とてもうれしかった。僕は夢の中で、10代の少年もあったし、現在の僕でもあった。そして現在の僕の現状はこうであり、ああであり、といっしょうけんめいはなしていた。よかったね、といわれた。やさしく笑ってくれた。僕はうれしかった。うれしくて涙が出るくらいだった。もしかすると、その人は、昔のオブちゃんではなかったのか、とふと思ったりもした。 足の調子はよくなったが、階段の上り下りをすると少し痛む。11時ころマラソン大会の行われる会場の公園に行った。10キロのほか3キロの小中高生年別のレースが行われていて、ぜんぶで1000人くらい参加者がいたのだろうか。すでに応援の人もいて公園はとてもにぎやかだった。会場運営は市内の高校の陸上部員が多数ボランティアで参加しているようだった。昼12時から行われる、10キロマラソンの部の参加者は男女あわせて200人くらいだった。春に行われる仁徳天皇陵のまわりを走る堺シティマラソンと比較して、地味な大会であるので、こういう地味な大会にまできて走る人は、みんなただただ走るのがだいすきで、気合が入っているように見えた。みたところ高校生の陸上部員や、陸上部顧問の先生も多数参加しているようだ。 堺シティマラソンでは、着ぐるみ姿の人や、だんじりの格好をした人とか、阪神のハッピを着た人とか、走るのも好きだけど目立つのがもっと好き、というような人も多く見られたし、人数も1000人以上は出場する。そういうところではまず、ビリになることはないが、今日のような大会であると、ひょっとしたらビリになるのではないかとマジメに心配した。幼少時代は常にかけっこではビリである場合が多かった。ビリは非常に悲しかった。ぜったいビリにだけはなりたくないものだ。と走る前にビリをものすごく恐れている自分にびっくりした。出発前に妻とペチカとQが応援しにきてくれた。雪がパラパラと降ってきて良く冷えて、走るには、かえって都合がよかった。 にぎやかなゴール地点であり大会本部の会場から1キロ手前の公衆トイレの前から、運営委員のおじさんが、パン!とピストルを鳴らして静かにスタート。1周3キロ、3周半のコース。もう何度も走っている公園だ。意外と起伏が多い。事前によく準備運動をしたので、足の調子もよい。本当は悪いのかもしれないけど、軽い貴乃花状態なのである。そして無事、完走した。先頭グループ3名ほどに、1周差をつけられたが、無事ビリにはならなかった。49分49秒。走り終わってすぐのときは、あとちょっとトレーニングすれば、40分切るのは簡単だな、と思う。 足が悪くても悪くなくても、いつもだいたいこんな程度だ。45分から50分のあいだ。いつもはこの公園では3周走るのに1時間かけてゆっくり走るのだ。走り終わってめまいがした。ボランティアの陸上部員の女子高生がおつかれさまです、とニッコリさわやかに微笑みかけてくれて、スポーツドリンクの入ったコップをくれた。ありがとう、と僕は心からお礼を言った。さわやかな女子高生に微笑みかけられて僕はとてもしあわせだった。さわやかな笑顔というのはウソクサイものであると、昔僕は思ったものである。しかし、ウソでも微笑みかけられると、今はとてもうれしい。「ジュースチョーダイ!」とQがほしがるので、半分やった。走り終わったら、足がものすごく痛くなった。明日は走るのはやめよう。 |
|
2003年02月02日 16時46分17秒
|
| 朝の詩 |
|
今日から2月だ。今日もしんみりと寒い。天気は晴れ、時々曇り。それでもシュンタは野球に行った。寒くても野球は楽しいらしい。野球にいかなかったら、家の中でずっとゲームばかりしていたと思うので、よい傾向である。明日の10キロマラソン大会にそなえ、朝、少し走る。とちゅうで、右ふくらはぎが、軽くつってしまった。とちゅうで歩いて帰る。朝の散歩もそれはそれでよかった。歩くぶんには問題ないが、走ると、右ふくらはぎの下のほうが、痛いのである。明日たとえビリでも良い言い訳ができた。心配しないでくれ、たいしたことではないから、と僕は妻に言った。ぜんぜん心配してくれなかった。少しは心配してほしかった。本当はすごく痛いのだけど僕は平気な顔をしているのだ。そういうところをわかってほしいものである。 今日、僕はペチカと近所のBOOK OFFに行って、シュンタが読むかもしれないと思って、太古の昔に読んだあだち充の「ナイン」を買った。愛蔵版全2巻という手ごろな冊数でもあるし(タッチは全26巻である)、価格も200円だった。ナインにでてくる女の子はとてもかわいらしい。読んでてなんだか照れてしまう。昔中学生の時借りて読んだマンガで、そんなに何度も読み返したこともないのに、けっこう細かいところまで覚えている。ああ恥ずかしい恥ずかしい。百合ちゃんみたいにオブちゃんは僕にやさしくしてくれないものだろうか。昔はたしかに、そんなふうなときがあったように思う。むかしは、なんていったらオシマイであるけどね。 オシマイにならないように、ココロはいつでも詩人でなければいけない。ということで、僕は今日、産経新聞の朝刊の右上に掲載されている、「朝の詩」コーナーに詩を送ることにしたのである。今日は朝走ることがいかに好きであるかという内容の詩をふたつ書いた。それをハガキに書いて、送った。僕はその詩のコーナーを朝読むのが好きで、どうしてみんなこんなうまいこと書けるのだろう、といつも感動している。時々、朝、ちょっとした一節にすーっと涙が流れそうな気分になることがある。少し前に読んだ詩では、「朝、散歩して、外灯の明かりがぽっぽっと消えて、僕の明かりが灯される、今日1日、いつまで灯すことができようか」というような内容の詩があった。あと、星はなんで丸いのかというのや、お互い引かれあって丸くなる、人間もそのようにいかないものか」とかいう詩もあった。すごくよかった。よかったというくせに、書き写すのを忘れたので、正確なコトバを覚えていない。覚えていないけど、書いている人の名前と年齢みただけでその人の生きている毎日について考えたりして、胸にぐっとくることもある。少なくともぐっとした気持だけがあとに残っている。こんないいかげんな感動のしかたは詩人ではないな、とも思うのだけど、ぜひ一度、あそこに掲載されて、だれか見知らぬ人に読んでもらいたいという、希望があるのである。ということで、これから、思い立ったときには詩を書いて送ることにしようと思う。このコーナーには月数百編の作品が送られるそうだ。宝くじよりも確率は高い。しかし、運だけではないところがつらい・・・。 しかし、いざ、書こうと思うと、そういう観点から朝の詩コーナーの詩を読むと、みんなやっぱりすごいなあ。そして、自分が送った作品はとても恥ずかしくて、ここには書けない。こっそりノートに書いておくのだ。こういう行為はとっても繊細な感じだ。繊細さは大事である。僕はやさしくされなくてもやさしい人になろう。そう決心した。 |
|
2003年02月01日 18時40分50秒
|