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| ぼわー |
| 雨の朝。くしゃみと鼻水がとまらない。目がしぱしぱする。気候の変化に弱い。免疫力が不足している。低空飛行の1日。食欲はあるので、問題はないと思うが、この雨の日のくしゃみ鼻水傾向は改善したいものだ。あたまのなかがぼわーとしまりなくふくらんでいる。明日から5月だ。今夜はぐっすり眠って復活しよう。今年のゴールデンウイークは並びが悪いので、どうも今週は意欲に欠けてしまう中途半端な平日である。 |
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2003年04月30日 21時48分32秒
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| 緑の日ミドリ電化で買ったミドリガメが丸8年 |
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今日も天気のいい1日だった。試合のため7時半に野球の練習場に集合というシュンタは、僕が眠っているうちにでかけてしまった。目がさめたら、8時過ぎていた。朝食後、走る。汗がよく出た。午前中はクルマにのって、妻、ペチカ、Qと、買物に行く。大きな本屋が入っているスーパーに行ったので、僕はひとりで本屋で立ち読みをしていて、買物は勝手にしてもらった。1時間ほど立ち読み。特に読みたい本もない。
妻に指摘されたが、買物というと、小学校5年生くらいの女の子だと、まだまだけっこうお父さんとべったりくっついている子もいるらしい。見てごらんなさいというので見てみたら、ベタベタした父娘が何組かいた。だからなんだというのだろう。僕はそういうふうに、ペチカと手をつないで買物をすることがない。それがいけないとでもいうのだろうか。よしわかった。ペチカ、手をつなごう、と僕とペチカは手をつないだ。・・・・。どうもしっくりいかない。ペチカも困っているので、やめた。Qが、オネエチャン、ボクモ手、ツナグ!とうるさい。ペチカはQと手をつなぐ。保護者のように手をつなぐ。Qはペチカが大好きで、ペチカもQが大好きだ。こちらのほうが似合っていた。 買物の途中、いつもとは別のグランドに遠征して試合をしているシュンタのチームを隠密で見に行く。グランドの外の道に路上駐車をして植木のすきまから覗くと、今日もシュンタはベンチの横で立って応援していた。グランドに入ると、途中で抜け出せなくなるので、またこっそり、通り過ぎた。 通り過ぎて、クルマ屋に行き、昨日傷つけられたクルマの修理代の見積をとる。11万円。はたして、自転車中学生家族はすんなりとこの金額を払ってくれるのだろうか。ちゃんと保険に加入しているのだろうか。保険会社はきちんと話しをまとめてくれるのだろうか。交渉が難航しなければいいなと思う。そしてシュンタは毎日ふらふらと自転車に乗っているようなので、心配になり、子供会で回覧されていた自転車保険にさっそく加入した。 午後からくもってきて風がきつくなってきた。カメの掃除。スナネズミのすーちゃんの小屋掃除、読書他。2匹のカメのうち、ミドリガメはうちにきて本日でちょうど丸8年になる(クサガメは8月で9年)。 |
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2003年04月29日 20時06分20秒
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| 結局平穏ではなかった月曜 |
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今日、会社へ行って、また明日は休みであるというのは、とてもうれしい。今日は、軽やかな気分で1日を過ごした。風景は今は新緑の季節であたりはやわらかくて鮮やかな黄緑色でいっぱいだった。得になにごともなく平穏な1日。
と思っていたら、妻からケイタイで電話があり、ペチカの習い事のお迎えにクルマに乗っていたら、後ろから、よそ見をして自転車を運転していた中学生に追突されたそうだ。幸いなことに中学生にはケガはなかったが、クルマのおしりは大きくヘコんで傷がつき、自転車も壊れてしまったそうだ。妻とペチカとQは中学生のお母さんといっしょに警察へ行き(中学生本人は塾へ行く途中だったのでお母さんが変わりに出頭したそうだ)、僕が家に帰るとシュンタが不安そうにひとりでテレビを見ていたので、ふたりで野球ゲームをして妻の帰りを待った。 なにはともあれ、事故が起こったら、警察へ行くのが一番だ。そして、次は保険屋である。クルマを買ったとき、会社の人の親戚だからということで入った保険屋。こういう入り方はいけない。なれなれしいくせになんにもしない保険屋。電話応対が非常に無礼であった(僕は出ていないが)。妻は顔をひきつらせて、保険屋と電話で交渉していた。こんなに怒らせてはいけない。こんなに怒っていることを鈍感にも気づいていない保険屋はアホであると思う。直接保健会社に電話して、保険屋抜きで、交渉するようにした。この保険屋はよくないので、今度から義理の妹のだんなさんのところの保険にはいることにしよう。と、いうふうにするとまた問題になりそうなのでよーく考えよう、お金は大事だぞー♪である。 |
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2003年04月28日 23時08分21秒
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| ところで、今日、ふと気づいたが、知らないうちにこの日記を書き始めて、3年目に突入していた。 |
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今日は朝から晴天だった。シュンタが野球の練習に行くとき、自転車の横を伴走したが、すぐに、追いつけなくなってしまった。空気はとても気持がいい。走り終わったあと、選挙の立候補者の掲示板があったので体操をしながら誰に投票しようか検討した。朝食後、野球ゲームをやって、それから投票に行った。
昼から、淀川の河川敷でシュンタの野球チームの大会があったので見に行くことにして、家族全員で、クルマに乗って行った。シュンタは今日もベンチで応援していた。試合は大敗だった。少年野球は7回までだが、時間制で、1時間たって7回まで行ってなかったら、そこで終る。3回くらいしかしなかったのではないかと思う。そういうルールがあるとは知らなかった。保護者の人でも、長い人は、貫禄があった。試合中でも、しっかりやらんかい!と声をかけるお母さんたちはすごく迫力があった、黙って見ていたら怒られるのではないかと思い、少々ビクビクした。シュンタも早く試合に出れるようになればいいのになあと思う。からだつきは一番大きくて、立ってるだけなら一番うまそうに見えるのだが・・・。ところで淀川の河川敷の一番川べりには、柵で囲まれた畑がたくさんあった。柵の真ん中には、「耕作禁止 建設省」という看板が立っていた。あの畑は不法な畑なのだろうか。不思議な畑だった。囲いごとにまた所有者もちがうのだろうけど、みんな勝手に所有しているのだろうか。ナゾの畑だ。 帰宅するともう6時をまわっていた。という1日だった。 |
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2003年04月27日 18時47分24秒
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| けちくささのないせい |
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今朝はよく眠れた。8時過ぎまで起きなかった。よく眠れて得をしたような気がした。得、だなんて、ああけちくさい。起きるとシュンタはすでに野球に行っていなかった。けちくさい気分を振り払うために、走ろうと思った。風は朝になってもとても強く吹いていた。吹いていたけど、そういう風の中ジョギングをしても寒くなくて、心地よい。雲の動きもおもしろい。たくさんの雲が動いているすきまにちらちら見える青空の色がすがすがしい。でも青空は隠れてしまった。1日おおむね、くもりだった。 午前中、シュンタが野球のバッティング時に着用する手袋が欲しいといっていたので、ひとりでスポーツショップに見に行った。1000円くらいかと思ったら、けっこう高かったのでやめた。シュンタは金本モデルが欲しいと言っていたけど、阪神の選手では今岡モデルしかなかった。イチローモデルというのもあったが、グローブが買えるくらいの値段だったし、サイズもいろいろあるみたいなので、今回は買うのを保留した。別に手袋を使用しなくてもいいのではないかという気もする。ああけちくさいけちくさい。 スポーツショップの下はホームセンターになっていて、ホームセンターのペット売り場は好きなので、ぶらぶらする。スッポンモドキ、というカメが売っていた。これは、ウミガメのようなオール状の前足をしている水棲のカメで、熱帯魚と同じように、水をいっぱいにした大きな水槽の中で3匹ほどがスイスイスイと気持よさそうに泳いでいた。まだ子供で、手のひらくらいの大きさだけど、オトナになると70センチくらいになるらしい。風呂場以上の水槽がないと買えない、本当はホームセンターで2800円なんかで売っていてはいけない種類のカメだと思う。いったい誰が買うんだろうスッポンモドキ。 子供のスッポンモドキはコブタのような鼻をしたかわいらしいカメで、そのスッポンモドキの水槽の前で、ひとりのおじさんがしゃがみこんで、スッポンモドキと顔をつきあわせていた。指を水槽のガラスに近づけると、コブタ鼻のカメはツンツンとガラス越しに寄ってきて、指にかみつこうとしていた。おじさんは非常にスッポンモドキに関心をよせているようだった。消費者金融のCMにでてくるチワワ犬に魅せられたおじさんみたいに、スッポンモドキに魅せられているおじさんだった。僕は心のなかで、おじさんと握手をした。でもおじさんは、やがて水槽の前から立ちあがり、僕もカメのえさでも買おうかとまよったけど、ちょっと高かったので何も買わずに店を出た。ああけちくさいけちくさい。 そのあと最近、交通費その他をコツコツと節約してお金がたまったため、前から欲しかったゲームキューブ用の野球ゲームの中古ソフトがBOOK OFFへ行ったが、見つからず、立ち読み、ここでも結局なにも買わずに帰宅。昼からは、来店者もれなく全員に鉄腕アトムのバスタオルプレゼントというハガキがマツヤデンキからきていたので、出かける。バスタオルだけもらって、ここもまた結局なにも買わずに店を出た。店の人の視線が若干冷たかった。ああけちくさいけちくさい。 それからまたゲームの中古ソフト屋に行くが、野球ゲームが見つからない。見つからないと、今度は意地でも欲しくなったので(ああけちくさいけちくさい)、トイザラスまで行って新品を買った。それからポケモンの映画の前売り券まで買ってしまった。ああどうしようこんな大金使ってしまってと、とてもドキドキした。ああけちくさいけちくさい。でもゲームはおもしろい。シュンタが帰ったら、さっそく対戦しよう。たくさん遊ばなければ、ソンだ。ソンだ!!!ああけちくさい。損得勘定で人生を歩んではいけないのである。 以上自分のけちくささについて内省する土曜日でした。 |
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2003年04月26日 17時46分40秒
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| アラシノヨル |
| 今日は新入社員(女子1名)の歓迎会があった。新入社員はいちばん端っこのテーブルにすわって、僕も反対側の一番端っこのテーブルにすわっていたので、話しをすることができなかった。よくよく考えて見ると、会社に電話したときに、話すくらいで、まだ面と向かってマトモに話していないように思う。名前もあやふやだ。なんという名前だっただろう。まあいいか。雨降りの予報だったけど、行きも帰りも雨には遭遇しなかった。すごい風だ。今日も電車だったので、帰り道、駅から歩いて夜空を見上げると、雲がものすごい勢いで流れていた。荒れた海のような雲。今部屋の中にいても、窓の外から強烈な風の音がきこえる。僕は嵐の夜の船に乗っているのだ。なんかゆれているぞ。くらくらくらくら。飲み過ぎた・・・?? |
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2003年04月25日 22時44分59秒
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| 電車通勤の読書録 |
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雨降りの1日。今朝は、雨降りだったので、電車通勤をする。今週の読書は坂口安吾の「堕落論」(角川文庫)。結婚する前から持っている本で、もうすっかり黄ばんでいる。「満員の通勤電車の中で坂口安吾を読むとすごく元気づけられるんです」、というOLがいるのであると、昔なにか雑誌で読んだことがある。大学生ぐらいの頃だったと思う。ちょうど、その頃、坂口安吾というのは、ちょっとはやっていたように思う。 藤井フミヤによく似てていろんな楽器を弾けて、コンパで女の子にいつも悩みを打ち明けられていたとってもかっこいいHくんも、坂口安吾のことを深く尊敬していた。僕はHくんのことをすごくかっこいいなあ、と思って、ああいう人と友達になれたらいいのになあ、と思っていたけど、けっこう消極的な性格のため、そういう光り輝くような感じの人と、あんまり話す機会がなかった。でも、ある時もう卒業するすぐ前くらいの頃、コンパがあって、Hくんととなりの席になって、本の話しとかになって、けっこう話しがあったのだ。Hくんに相談事を持ちかける女の子のように僕はうれしかった。その時、Hくんはしきりに坂口安吾を語っていたのだ。僕が坂口安吾を知ってるといったらHくんはとてもよろこんでくれた。 僕が坂口安吾の名前を知ったのは、ゼミの先生も坂口安吾の信奉者だったからだ。先生は古代ローマ人の政治思想の研究をしていた。でも、本当は小説家になりたかったらしい。酒を飲みにいったりすると、キミたちはどんな小説を読んでいるのか、ときかれて、村上春樹、といったら、知らなかった。福永武彦、と言ったら、それは、キミ、なんじゃくである、ブンガクを語るには、坂口安吾を読み給え、と言った。この先生のことがけっこう好きだったので、好きな人のおすすめする、坂口安吾の小説をさっそく買って来て読んだのだ。新潮文庫の「白痴」という短編集。よくわからなかった。よくわからなかったけど坂口安吾の名前はそうやって、僕の記憶の中にあるのである。 それから十数年たって、電車通勤しながら堕落論の中の行きに「悪妻論」帰りに「恋愛論」というのを読んだら、昔読んだときより、ずっとぐっときた。満員電車の坂口ファンのOLの気持がわかるんじゃないかという気がした。もう十数年前に読んだ雑誌に書いてあった記事だからそのOLはもはや中年の領域に達しているのかもしれないけど、お会いする機会があったら、ひょっとしたら、ちょっとだけ友達になれるのではないかという気がした。でも僕なんかとは、きっとともだちになってくれないかもしれない。Hくんはどうしているのだろう。先生はどうしているのだろう。そうして孤独や悲しみをかみしめて、ぐっとかみしめて、ああ孤独、孤独は人生のふるさとだ、なんていいながら強く生きるのである。 |
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2003年04月24日 23時21分40秒
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| じゅげむ |
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雨が降ったりやんだり。雨の合間を縫って、自転車で通勤。今週は長い。じゅげむのようだ。ようやく水曜日になった。じゅげむのようだ。 朝、NHKの教育テレビで「日本語で遊ぼう」という子供番組があって、Qが毎朝見ている。へんな着ぐるみをきたコニシキや、オニのお面をかぶった狂言の人が、「しらざあ言ってきかせやしょう」とか、おもしろい日本語の言いまわしを口にしながら踊っている番組で、時々、オニが怖くてQはソファの後ろに隠れてしまったりするけど、基本的には好きなようだ。 その番組の中で、落語の「寿限無」の「じゅげむじゅげむごこうのすりきれ・・・」という長い名前を町のおじさんおばさんが暗誦しているコーナーがある。Qはじゅげむじゅげむとぶつぶつつぶやいているが、まだまだ暗誦できそうにない。子供の頃に、いろいろ言葉を覚えさせるとかしこい子になるだろうと思うので、Qにじゅげむを暗誦させようと思った。 さいわいにも、本だなにはBOOK OFF100円コーナーで見つけた講談社文庫刊、興津要編「古典落語」というぶあつい文庫本が上、下、大尾(最終巻、という意味だそうです)、計3冊もある。なんでこんな本を買ったのだろう。半年ほど前に買ったきり開いてもいない。昼間クルマの移動中のラジオで桂なんとかさんとか笑福亭なんとかとかいろいろ落語家の人がおもしろいことをおしゃべりしているのをきくのが好きなのだけど、落語家のおしゃべりはきいたことがあっても、落語というものをまともに聞いたことがない。僕はマジメな性格なので落語とはいったいどういうもなのだろうと考えていたら、ふと立ち寄ったBOOK OFFにその古典落語集が売っていたので、買ったのだ。でもぜんぜん本を開いてもいなかった。 今朝じゅげむじゅげむとつぶやくQの姿を見て、ああそうだ、じゅげむの話なら、きっと古典落語集に載っているはずだ、とひらめき、さっそく、帰宅後、本を開くと下巻に「じゅげむ」は収録されていた。Qねかしつけながら、僕は何度もじゅげむじゅげむとじゅげむの長い名前を繰り返し、朗読した。Qはモットモットと大喜びだった。でもじゅげむじゅげむ、から先はまだまだ覚えてくれなかった。しかし僕は本日無事、じゅげむの名前を頭に入れることができた。ちょっとうれしい。 じゅげむじゅげむごこうのすりきれかいじゃりすいぎょのすいぎょうまつうんらいまつふうらいまつくうねるところにすむところやぶらこうじのぶらこうじぱいぽぱいぽぱいぽのしゅーりんがんしゅーりんがんのぐーりんだいぐーりんだいのぽんぽこぴいのぽんぽこなのちょうきゅうめいのちょうすけ! |
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2003年04月23日 22時42分30秒
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| ウンチでQ |
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最近はQがおしっこをできるようになって、おしっこをするQの姿を見るのはとてもおもしろい。 今朝も無事オネショをせずに起きて、下半身まるだしでしばらく、歩きまわったあと、トイレに行って、しっかり、便器にすわって神妙な顔をしてオチンチンの先から流れるおしっこを見下ろすQだった。朝からQの真剣なおしっこ姿を見て、よしオレもがんばろうと思って会社に行った。Qは今日、ウンチも2回、便器で座ってできたそうだ。昨日は、会社に行く前、ウンチをしているQを見た。うんうんとうなりながら便器にすわっていた。ぽろぽろと丸くて固めのウンチがでてきて、ぽちゃんと水の中に落ちた。おしっこよりもさらにずしりと心にひびき、ニオうばかりに感動的な光景だった。 でも昨日はそのあと2回ウンチをズボンをはいたままでもらしたそうだ。一部ころりんとズボンのすそから転がり出て、床に落ちてしまったらしい。床には、へんなハンバーグとかバナナとかトウモロコシとかウンチふうなプラスチックのオモチャが転がっているので、ホンモノのウンチに気づかずうっかりふんずけてしまいそうになるので注意が必要である。しかし、今日はもらさずきちんと2回、トイレでウンチをしたそうだ。僕は会社に行っていたので、目撃することができなかったのが非常に残念だ。日々進歩している。 進歩しているQは、おかあさんといっしょに、市の幼児体操教室というところに行って、元気に体操してきたが、そこで知り合った人に、へえーこの子Qちゃんていうの、うちの犬とおんなじ名前やん、といわれた。 |
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2003年04月22日 23時06分04秒
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| 月曜日 |
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今日は朝方はくもりで多少雨も降っていたが、昼頃からとても天気がよくなった。先週はやや暑いくらいだったが、今日は昼休みに、道の駅の駐車場でクルマを止め、窓を開け昼寝をしたが、風も気持よくよく眠れた。 午前中から昼にかけては比較的平穏だった。昼から、多少忙しかった。 帰るのが遅くなった。帰り道は強い風が吹いていてやや寒かった。 向かいのマンションの一回には、いつもなにかの店が入っているけど、長続きしない。ナゾの印刷広告屋もなくなった。はたして客が入ることがあるのだろうかと思うくらいいつも物静かだった焼き鳥屋もなくなった。いかがわしい自然食品の店もなくなった。今度は宅配ピザの店ができる。宅配ピザはたまに食べるのは好きだ。いかがわしい自然食品の店よりも、なんというか正直な感じがする。 いかがわしい自然食品の店はなんかタダで何かパンだとかゼリーだとかお酢だとかをプレゼントして、寄ってきた人を、店内に引きずり込んでなにかあやしい講演会をしていた。どうもいかがわしい。宅配ピザのほうがいい。コンビニになっても便利かもしれないけど、ガラの悪い少年少女のたまり場になりそうなので、ピザ屋くらいがちょうどいいとも思う。今度開店したら1度注文しよう。 というようなことを考えながら、帰宅。今日はQが、1度、トイレでウンコをするのに成功した。Qは日々進歩している。 |
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2003年04月21日 23時33分41秒
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| 日付がかわった・・・ |
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某量販店の営業終了後に訪問、商品説明会をしてきた。あまりそういう機会がなかったので、多数の人の前で話をするのはすごくむずかしかった。くたびれた。もう少し話術をみがかなければならない。もう一回やったらもう少しうまくしゃべれれるだろう。みんな遅くまで働いているんだなあ。帰宅したら、もうまもなく日付が変わる。お店の人たちはまだまだ働いているみたいだ。別に僕はお店の人ではないのでもういい。 今日も雨が降ったりやんだり。シュンタが昼から野球だったので、午前中はキャッチボールにつきあった。ちゃんとキャッチボールをしているということを確認してもらうために、妻にも立ち会ってもらった。それから床屋に行って髪を切る。午後は家の中にいた。トイレトレーニン中のQはほとんどの時間下半身丸出しで、部屋の中をトコトコ走りまわっていた。その風景がおかしかった。おしっこはちゃんとトイレでできるようになったみたいだ。ウンチはまだできないみたいでオシリをおさえて、ぴょんぴよんはねたりしていて、1度はコロリとどこかにもらしたらしい。 みんな寝てしまった。あ。明日は月曜日だ。今週は長い。 |
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2003年04月21日 00時00分23秒
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| また雨模様の土曜日 |
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だいたい酒を飲むと翌朝は早く目がさめてしまう。6時に目がさめた。4月の6時はあかるくて、ちっとも寒くない。昼から雨が降るとの予報だったので、外に出て走った。非常に気持がよかった。朝からとっても元気になって帰宅する。僕が早起きだったので、Qも早起きしてしまい、朝から家庭内がさわがしかった。妻は上品なので、そういう騒がしさを好まないので不機嫌だった。忙しくて忙しくて仕方がないときにアホな亭主が朝から元気に子供と騒いでいるのは許しがたいことなのだ。いろいろ見解の相違があるのである。双方に言い分があるのである。一方的にアホな亭主が間違っているわけでは必ずしもないはずだたぶんきっと。 午前中は会社に行く。20日前の土曜日のためヒマだった。昼からぱらぱらと雨が降ってきた。カメの掃除をした。雨降りだけど少し蒸し暑く、カメはよくエサを食べた。妻は小雨の中、子供会のソフトボールのお茶くみに行った。妻に頼まれたので、スーパーへ行って夕飯の買物に行った。 買物の帰りに少年野球入門という本があったので、シュンタが参考になるのではないかと思い買った。そのことで、また見解の相違があり、なにもしないアホオヤジであるという旨の批判を再度受ける。世の中の少年野球に熱心なお父さん、ソフトボールチームのお茶くみをしているときに観察する熱心なコーチのお父さんの話。それにひきかえ、なんにも、子供に教えようともしないでつまらない本ばかり買ってきてうんぬん。シュンタがあまり試合にでられないのはアホオヤジがなにも教えないからだ、もっとよその人はいろいろ教えている。どうして人と比較でしかモノがいえないのだろう。ものすごくイヤだ。休みの日にアンタほどヒマにしている人はいないのだから、もう少し子供のことに滅私奉公せいというような意味内容の提言をされる。滅私奉公するのも自覚症状のないエゴなのであるからもしかすると非常にタチが悪いのではないかというようなことなど考えたこともないのだろうか。それに僕ははたして父親としてそんなにも自分の好きなことばかりやって、子供に無関心であるだろうか。できればそんなふうに「好きなこと」をわき目もふらず追及する人生というものを送ってみたいものだ。好きなこと、なんて言葉は僕にとっては時々ものすごく脅迫的につきささってくるくらい苦手でおそろしい言葉である。そして、子供の関心の持ち方に関しての自覚的な身勝手さということについては充分謙虚に承知しているつもりである。でもいつも批判ばかりされるというのは自分にたくさん隙があるからなのだろう。 いつもいつも同じことばかりで対立をしている。日記で夫婦問題について書くと、一方的に自分ばかりを正当化するような若干卑怯ではないか、正しくはないのではないかという、引け目を感じなくもないが、そうではなく、ものごとはいろいろな見方ができるということなのであるというふうにもまた一方では思うのだ。 坂口安吾の「安吾史譚」(河出文庫)という本を読む。休日ヒマにしているアホオヤジは本を読むのである。歴史上の人物のいくつかを坂口安吾が述べている。たとえば、勝海舟の父親で勝夢酔という人の話は感動的だった。家主の借金返済のためにとか、どうでもいいようなことにイノチガケになったりして、ろくでもない人な感じなんだけど、かっこいい。かっこいいことを見ぬく坂口安吾がそんな人なのだろう。「風の中のゴミのような人生に生命の火を全的にうちこんでいたのである・・・」こういうかっこよさ、っていうのは、わかんないんだろうなあ。僕もどれだけわかっているかっていうのもあるけど。 |
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2003年04月19日 18時06分04秒
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| ふまんがある |
| 今日は会社の帰りにさそわれたので飲みに行く。だるい。明日は午前中、出勤して、あさっては、夜8時から11時くらいまで、というへんな時間に労働しなければならなくなった。週末はぶつぶつぶつと非連続的にちぎれたように労働をしなければならない。そのまま、来週の月曜に突入するのだ。先週は2回会社を休んで、今週も月曜日は移動の1日で、あんまり働いていなくてすこぶる快適であったのに残念だ。月に向かって泣きたい気分だ。今、月はけっこう丸いのではないか。泣くにはちょうどよいかもしれない。泣きたい気分の時はわんわん泣くのがいいのであると思う。そのようにわんわん泣いたことは久しくない。Qはなかなかトイレが覚えられなくて(まだこの世に生まれてから2回しかトイレでおしっこしたことがない)、トレーニング中よくもらして、昨日は妻にしかられ、わーーーーーーっと実にストレートに大声で泣いていた。わーーーーっとシュンタがおもしろがって真似をしたら、その時だけ真顔にもどって、「(ボクの真似を)シナイヨウ!」と抗議して、シュンタがやめるとまた改めて大声で泣いていた。両目から大粒の涙がドクドクドクと流れ落ちていた。いいなあ。 |
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2003年04月18日 23時09分53秒
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| 春に鳴く虫 |
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今日は予想外に仕事がはやく終った。6時過ぎにはすでに会社を後にして自転車に乗っていた。空はとっても明るかった。早退しているみたいな気分だった。早退の帰り道といいうのは、世界が違って見えるである。早く帰ったので、夕食後に走った。Tシャツでもうぜんぜん寒くない。そして走っていると、田んぼ道の草むらでジージージーと虫が鳴いていた。コオロギの一種なのだろうか・・・と思い、インターネットで「春に鳴く虫」、と検索したら、クビキリギリスという虫が春にジーっと鳴く、と書いてあった。とても便利なインターネットである。クビキリギリス。名前も姿形も知っている。わりと昆虫の名前は知っているのである。秋に成虫になって冬ごしして春に鳴くキリギリスなのだそうだ。そのことは知らなかった。薄っぺらな知識なのである。そして、ジーっと鳴く虫の姿を見ていないので、本当にクビキリギリスかどうかわからない。そこらじゅうでジージージーと鳴いている声だけ聞いて夜道を走った。 クビキリギリスというのは、子供の頃はよく姿を見かけた。都会の子供であったが、道端のすみっこにちょっと雑草が固まって生えているところなどに、こっそり隠れていた。口の部分が赤く、チスイバッタ、と小学生の間では呼ばれていた。緑色のタイプと茶色のタイプの2種類がいた。今住んでいるところは、僕が小学生の頃住んでいたところよりはるかに田舎であるが、小学生の頃と違いあまり道のすみっこの雑草をかきわけたりしないので、バッタの姿をあまり見ない。小学生の頃というのは同じ場所を歩いていても今とはまったく違うものをいろいろ見ていたのだと思う。クビキリギリス、という名前で、ふと、そういう子供時代に見た風景の断片を思い出した。早退の帰り道のように、同じなのだけど、少し変わっている世界。目の前の風景に何枚も何枚も風景が重なっている。ジージージー、春の虫の声が、重なっている風景をはじっこのほうでちぎっているのだ。 |
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2003年04月17日 22時07分41秒
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| 午睡。 |
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今日は暑いくらいの天気だった。春先の暑いくらいの天気の中ごみごみとした大阪市内をクルマで走る。どことなく東南アジアふうの光を感じ、匂いを感じた。そういう感じはとても好きである。タイランド、バリ島、どこか遠くの南の島に行きたい。先日久々に藤原新也の本を読んだ。「藤原悪魔」(文春文庫)、いくつかの旅についてのエッセイが書かれた本。匂ってくる本。窓を明けてなまあたたかい空気を車内に入れて、クルマを走らせた。今週いっぱいはとてもいい天気がつづくらしい。どこかの岩の上で、日光浴をしたい。午睡のマボロシを見てみたい。 「・・・・とりわけ午睡とは、あたかも自殺に似てこの世の世知辛い暮らしというものをふてぶてしく裏切るからこそ、そこに眠りの美学およびレーゾンデートルが浮かび上がるのだ。この世があってこその眠りである・・・(藤原悪魔P214「人猫丸航海日誌」)」。 |
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2003年04月16日 22時45分21秒
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| 手洗い励行 |
| 今日も朝は雨降りだった。このところ雨降りである場合が多い。雨降りだと電車で通勤する。雨が降っていなくても、夜、雨になるからということであらかじめ電車に乗っていく。でもそういうときは、夜も雨が降らなかったりする。今日も、朝は雨が降っていたのに、帰りはよく晴れていた。電車の行きかえりに井沢元彦「逆説の日本史」7巻目を読む。室町時代編。会社で隣の席の男性がかぜをひいていた。昨日は休んだらしいが、今日はすこししんどそうな顔をして出てきていた。熱は、38度前後で、でも下痢はしていないという。僕がうつしたのだろうか。でも下痢ではなく便秘なのだそうだ。種類が違う。いろいろな菌がそこらじゅうに、蔓延している。満員電車もおそろしい。帰ったら念入りに顔と腕と手を洗った。うがいをした。今のところ家族全員元気だ。僕が寝こむのが一番安心である。子供が寝こんだら、心配でたまらないし、妻が寝こまれた日には、家庭内の機能が停止してしまう。近所に親戚もいないし、なにかあったら、すぐ吹き飛んでしまいそうな家庭だ。思えば、とても不安定な地盤で生活を営んでいるものである。しかし近所に親戚がいるからといって、安心とも限らない。近所に下品な親戚とかイヤミな姑とか干渉したがる舅とか意地の悪い義理の姉とかいて悲劇が起こることだってあるのである。上沼恵美子のラジオなんかを聞いているとそういう深刻なボヤキのハガキがよく紹介されていたりする。生きていくというのはいずれにせよ、不安定なものなのだ。へんにがっちり固まっているよりかは、五重の塔のように不安定さを自覚していれば地震に際してもゆらゆらしていたほうが強いのである。 |
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2003年04月15日 22時23分51秒
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| 行って帰る |
| 今日は日帰りで東京へ出張に行って帰ってきた。行って帰ってきただけのような気もする。1日中、ほとんどずっとすわりっぱなしであるのに、くたびれた。行きの新幹線は名古屋までは指定席ががらがらだった。名古屋からおばちゃんの軍団が乗ってきた。とてもうるさかった。どうしてわっはっはと笑いながら手をたたくのだろうか。おサルのオモチャではないのである。ものを食いながら大声でしゃべるのは、下品であると思う。うるささはどんどんどんどんエスカレートしていく。隣に座っていた20代半ばと思われるサラリーマンは、何度も舌打ちをして、うるせえ、と小声でつぶやいていた。この人、そのうち、怒鳴り出すんじゃなかろうかと、こちらのほうがハラハラしてきた。小声で不満を表明する人というのは、なにかつねにためこむタイプではなかろうか。へんに普段愛想がよくて、裏表の落差がはげしそうな感じで、なんというかおばちゃんは好きではないけどほっとけばいいのだけど、小声でひそかに不満を吐き出している人というのは、そばにいると、身のキケンを感じなくもない。ということで、東京駅につく20分くらい前には、席をたった。東京駅についてホームにて携帯電話で連絡をとっていると、おばちゃんたちが脇をがやがやと通っていった。小声で怒っていたサラリーマンに惨殺されることはなかったようだ。おばちゃんたちのかわりに、ほっとしてやった。帰りは静かだった。本がよく読めた。なにをしに出張したのかよくわからない1日だった。 |
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2003年04月14日 22時15分49秒
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| カメの離陸 |
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朝方は曇っていたが、だんだんとてもいい天気になった。シュンタは今日も野球に行った。朝、自転車でいくのでいっしょに途中まで伴走してくれといわれたけど、眠いので断った。ゆっくり起きてから走る。汗がよく出た。 妻は子供会の役員になってしまったので、子供会のソフトボールチームのお茶係で午前中いなかった。自分の子供は入っていないソフトボールチームのお茶係をするのは、あまり楽しいことではないと思う。せめてペチカが入っているポートボールのお茶係をさせてもらえればよかったのにと思ったら、ポートボールはそういう係はないそうだ。お母さんというのは大変なのだそうだ。でもお父さんでもそういう会にとても熱心に参加している人がこのごろはすごく多いらしい。そうらしい。わたくしには関係のないことである。午前中、ペチカとQを連れて散歩に行って、ついでに選挙に行って来た。選挙に行ってから公園で遊んだ。ブランコをしたら気持悪くなった。Qがしつこい。 子供会のソフトボールチームが練習をしていた。シュンタの少年野球チームの練習とくらべると非常にのどかそうだった。でもこっちのほうが、あまり父兄の呼び出しも少なそうで、しかも自宅のまん前のグランドなので、親としてもラクである。しかし、こういう練習を見ていると、シュンタは子供ながらに、レベルの高いところでがんばっているのだなあと思う。僕は子供の頃は子供会のソフトボールチームだった。運動神経バツグンの少年たちは、たいてい少年野球チームに入っていた。たいていそういう少年たちは、学校の成績もよく人気者でもあった。シュンタもそういう小学生になるだろうか。ならなくてもいいけど。とりあえずまず3、4年生チームの試合にちらっとでも出れるようになってもらいたいものだ。阪神タイガースへの道はまだまだ遠い。どんどん遠くなっているかもしれない。 午後からどんどんあたたかくなる。買物に行く。クルマの中でQが寝たので、妻とペチカが買物に言っている間、いっしょにクルマの中で寝た。窓を全開にして、眠った。日差しは暑いくらいだったが、風はさわやかだった。目を閉じて、どこか知らない外国の町(バンコックとか)で昼寝をしている自分を想像した。あるいはいつかの過去の自分が今目を閉じているのだと。そういうふうに想像しながら昼寝をするのは好きだ。 ベランダのカメはあたたかくなってきてとてもよく動くようになってきた。ただ配合飼料を食いつきが悪いので心配していたが、本日牛肉のコマギレを与えるとものすごくよく食べた。冬眠からの離陸というのはむずかしいのである。子供の頃、何度か冬眠を終えたカメを春先に死なせたことがある。しかしゴジラとミズクサは今年も無事冬眠より離陸したと思う。 |
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2003年04月13日 16時18分09秒
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| アン投手のテレビを見た |
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今朝は小雨が降っていたが、シュンタは今日も野球の練習に行った。今日は試合があるそうだ。今日もまた、出られないかもしれないけど、勝てたらうれしいなあ、と言っていた。シュンタはまだ試合に出してもらえない。一番後から入ったということもあるし、後から入ったなりに、たぶん、あんまりうまくもないからかもしれない。今のところうまくはないかもしれないけど、楽しくやっているようではある。でも家にいるときのシュンタを見ると、もしかすると、野球よりもテレビゲームの野球ゲームや野球のマンガの方が好きなのではないかという気もしないでもない。もうすこし平日に素振りとかしないと、なかなか低学年チームでも試合は出れないのではないか。といいながらイチローのお父さんのようには私は子供の野球指導にほとんどまったく熱心ではない。 熱心ではないけど、昨夜NHKで東洋大姫路高校のベトナム人投手アンくんの特集をやっていたので、ちらりと見たら、ちらりで終らなくなり最後までしっかり見て、しまいには、目頭が熱くなりまた熱でもでたのではないかと心配するほど感動した。ベトナム難民として日本にやってきたアンくん一家がいかに苦労しながらこれまで生きてきて、アンくんを支えてきたか、という内容のドキュメンタリー。アンくんにはお兄さんがいて、12歳年上で、本当は大学までいって勉強がしたかったけど、家計が苦しく中学卒業してから鉄工所で働き、ずっとお父さんといっしょに家族の生活を支えてきた。アンくんには夢をかなえさせてやろうと、アンくんが野球に興味を持っていることを知ると、グローブやバットを買ってやって、少年野球のチームにもいれてあげた。そして、野球のことなんかぜんぜん知らなかったので、いろいろな本を買い集め、研究して仕事の合間を縫ってアンくんをコーチして、右利きだったのを試合に使ってもらえやすい左利きに矯正したりして少年アンくんを育てたのだそうだ。お兄さんはテレビ画面で見る限り、とても男前でやさしい顔をしていた。深く感動した。オレもがんばって生きていこうと、とても励まされた。シュンタにぜひ見せようと妻がビデオに録画していた。 しかしテレビを見て励まされて、今日何をしているかというととりたてて何もしていない。図書館に本を返し、ビデオ屋にビデオを返し、ジョギングをして、まとわりつくQをかまい、これからシュンタを迎えに行く。いつもと同じ土曜日であるが、感動と励ましはつねに、無意識の土壌に積み重なっているのだ。いつかきっと何かが芽を出すだろう、といいつつ早35年。すごいな、35年。僕がものごころついて10歳くらいの時、振り返る35年前といったら、第二次世界大戦のまっただなかの時代である。その10歳の頃、戦争なんてはるか遠い昔のことだった。NHKの朝のテレビドラマのひとコマである。ところが、そんな大昔に感じた35年がすでに通り過ぎているのである。たぶんいろいろ積み重なっているのだろう。身動きできないくらい積み重なっているのだろう。どうにかするにはこれからも何かを積み重ねていくしかないのだろう。大変だなあ。ということをつぶやくととってもケイハクになってしまう情けなさも若干感じる・・・。 |
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2003年04月12日 16時51分40秒
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| 雨降りだけどすっきり |
| 目がさめて体温を測ると36.3度だった。こんなに急激に下がっていいものだろうかと心配するぐらいだが朝食はとてもおいしかった。昨日は昼間も夜もしっかり眠ったので、とてもすっきりした気分で家を出た。気分はすっきりしていたが、外は雨降りの1日だった。雨降りであっても気分はとてもすっきりして肉体も軽やかだった。健康というのはいいものだ。 |
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2003年04月11日 22時48分42秒
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| 発熱 |
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昨日は朝起きたときからおなかの調子が悪かった。6時に目がさめたが、起きて走る気にならなかった。朝ご飯はたいてい2膳食べるが、1膳食べておなかがいっぱいだった。トイレに朝から何度も行った。会社に行ってからも何度もトイレを往復した。クルマに乗って営業活動をしている間もトイレに行ったけど、いつも利用するホームセンターとかコンビニのトイレの大のほうは、たいてい誰かが使っているのだった。苦しかった。苦しいうちに寒気がしてきた。早めに切り上げて会社に戻ろうと思ったけど、どうにもくたびれたので、高速道路のPに駐車した。Pのトイレに行くと、大の扉はやはりすべて閉まっていた。トイレのドアの前で座りこんで泣きたくなった。ああもうだめだと思っていたら、ドアが同時にいくつもパタンパタンと開いた。そうしたら中からおばちゃんたちがすっきりした顔で出てきた。男子トイレなのにおばちゃんたちがいっぱい出てきた。めまいがした。めまいがしたけどトイレにかけこんだ。かけこんだけどすっきりしないで、寒気ははげしくなり、クルマの中に横たわり1時間ほど、眠っていた。それでもますますひどくなった。このままPに泊まろうかとも思ったが、苦しい気分のままなんとか会社に戻り、自転車に乗って帰宅した。途中で、自転車で帰らなければよかった、と思った。カゼがぴゅうぴゅう吹いて少し寒い夜だったのだ。 家に帰ると、夕食はカレーだった。昼飯は豚の角煮丼というのを食べたのだが、ふだんはそういう丼モノは僕にとっては、軽い食事であるはずだったのに、とても重たくて夕食時になってもまだ重たくて、食べる気にならなかったので、すぐに着替えて布団に横になった。僕がメシを食えないというのは、めったにないことである。僕はすごく心配だった。だけど、僕を除いて家族がみんな楽しそうに食卓を囲み今日の出来事を話しながらカレーを食べていた。僕がここで横になっていることをあまりみんな気にしていなかった。なんだか僕は死んでしまってこの世になく、あの世の片隅から僕がいない家族の生活を覗き見ている気分になった。僕がいなくても平穏無事に続く家庭であった。布団の中で熱を測った。39.2度もあった。そんなにあると思わなかったので、びっくりした。妻も少しびっくりしていた(びっくりさせて少しうれしかった)。そして病院へ行ってきたほうがいいというので、受付終了間近の病院にふらふらと歩いていく。医者は、ははあ、すごい熱やな、と陽気にのんびりしていた。カゼやな、と診断した。ノドをのぞいて、聴診器をあてて、おなかを押さえただけであった。そして解熱剤その他のクスリをもらった。家に帰って、クスリを飲んで眠った。 昨夜から今日にかけてよく眠った。子供の部屋にひとり隔離されて眠った。昼過ぎにはすっかりよくなり、おなかが空いてきて、カレーを食べた。また眠った。それから本を読んだ。「まれに見るバカ」を読了した。それからまた寝た。夕飯もしっかり食べた。熱は36.8度に下がった。私がすぐに病院に行けと言ったからすぐになおったのだ、1日そっとねかせてあげたから、すぐによくなったのだ、と、妻が言った。私が熱だしてもそんなふうにずっと、寝ていられない、ともいわれた。そうかもしれないけど、僕が基本的に丈夫だから1日で治ったとも言える。感謝の強要はよくないと思う。あるいは、愛情表現が未熟であるのかもしれない。今夜ゆっくり寝たら、あしたは完全に元気になるだろう。 |
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2003年04月10日 19時54分41秒
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| 最近の読書 |
| 久しぶりに会社に行ったような気がする。金曜日まで頭痛がしていたのだが、なにに対して頭痛になっていたのか忘れてしまった。休むことはいいことだ。事態は変わってないかもしれないけど、心構えがかわれば、また別な展開となるのである。先週読んだ、H.S.クシュナーというユダヤ教のラビ(アメリカ人)が書いた「なぜ私だけが苦しむのか」(岩波書店)という本にも、たとえ神といえども、さまざまな悲劇的事態は避けられない、そしてその悲劇的事態はまったく神の責任ではなく、災難にあった人の信仰心の問題でもなく、ただ、なぜかそういうことは避けがたく起こってしまうのだ、ということが書かれていた。ただ、その時に、ともにあって、支えてくれる存在というのが神であるというようなことが述べてあった。事態にいかに対処すべきかが問題となってくるのである、という点で非常に感銘を受けた。また今日、雨のため電車通勤中に読んだ勢古浩爾箸「ぶざまな人生」(洋泉社新書Y)という本にも、人生は、人間の人生(運命)にいかに自分の人生(意志)で立ち向かうか、ということが述べられていた本だった。人間の人生(運命)というのは、さけがたく、個々人の人生を飲みこんでしまう。飲みこんでしまって、けっきょくは負けるかもしれないけど、自分の人生を生きていく・・・と書いてしまうと、とりたてて新しいことを言っている本ではないようにも思うけど、読むと非常に勇気付けられた。クシュナーの本とまったく立場は違うが、基本的に似たようなことを述べているように思った。僕はそのように勝手に理解する。ということで、明日も、また働こう。勢古浩爾の本はおもしろいと思うので、別の著書「まれに見るバカ」を読もうと思う。 |
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2003年04月08日 20時40分27秒
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| 忍者村と温泉 |
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昨日今日、家族で泊まりにて三重県に行ってきた。忍者村と温泉に行った。 忍者村は伊賀上野というところにある。忍者の実演ショーをやっていた。なかなか迫力があった。忍者の実演をしている人はうそか本当か知らないけど、みんな伊賀の忍者の子孫なのだそうだ。手裏剣体験コーナー200円でペチカとシュンタと僕は手裏剣を5枚づつ投げた。手裏剣は重たいものだった。一枚200グラムくらいあるそうだ。最後の最後にシュッと投げるので、そんなに本当の忍者は持ち歩かないそうだ。5枚持ったら1キロになる。からだが重くて仕方がない。また水蜘蛛という、大きな木の環でできたハキモノがあり、これをはいて水の上を走る道具があるが、そんなもので水の上を歩けるわけがないと、僕は小学生の頃から知っていたが、実際は水の上を歩くのではなく、お堀の周りというのはたいていどろどろの沼地となっており、その上を歩くのには非常に便利な道具なのだ、ということははじめて知った。映画とかで適当に作った道具かと思ったらちゃんと実用的に使われていたのだ。忍者村には、そうした昔の忍者が本当に使用していた道具がたくさん展示されていた。変装用の刀であるとか、ハシゴであるとか、また飛騨高山から移築した本物の忍者屋敷もあるのである。壁がくるりと回転して隠れることができるのだ。誰かやってみたい人、ときれいなガイドの忍者のお姉さん(この人も忍者の子孫なのだろうか)が言うと、ペチカがハイ!と手を上げて、くるくる壁をまわってた。こんな屋敷に昔本当に忍者が住んでいたのかと思うと、実に不思議な感じがした。そしてもしかするとこの近辺にはまだまだ忍者が住んでいるのかもしれないなと思った。と思いながら忍者村をあとにしたら、伊賀上野の駅前商店街などには、ちらほらと何人かの忍者姿の人が歩いていた。駐車場のおじさんもよく見ればみんな忍者の格好をしていた。忍者だらけだった。やっぱり。 忍者村のあとに、もう少し山の中の温泉ホテルに行った。夜はバイキングだった、朝もバイキングだった。温泉はいくつかあって、しっかりたべて、しっかりつかり、からだがほぐれてくると、なにか自分がこれから調理される食材のような気分になった。温泉にはプールもあって、家族全員で泳いだ。Qも飛びこみ台の上から飛び降りるのが大変気に入っていた。僕がプールの中で抱きとめるのだが、モットモットとしつこくて、腕と反射神経のよい鍛錬になった。このプールの向こうに水着のままで入る混浴の露天風呂があり、ほかに客はほとんどなく、家族貸しきり状態で遊んだ。ペチカとおふろにはいるのはずいぶんひさしぶりのように思った。仕事で宿泊出張へ行くと、僕は根が陰気なので、部屋にこもってじっと朝がくるのを待っているのだが、温泉ホテルにとまると、ごはんを食べたあとも、2回、温泉につかりに行った。浴衣姿でホテル内を歩くのは楽しい。もっとふらふらしていたかったけど、でも11時すぎには寝てしまった。気持としては、もう少し夜中までトランプなどしながら家族みんなで起きて遊んでいたかったが、みんなさっさと寝てしまった。残念だ。でも起きていたとしても、トランプをしてもQがジャマして、うまく進行しなかったのではないかと思う。温泉自体は、Qが生まれる前に行った浦島という和歌山の先にある本当に島そのものがホテルになっている温泉のほうがよかったように思う。しかし、こちらは人が少なく、特に本日は平日だったので、ほぼ貸しきり状態だったので、静かにゆっくりふやけることができた。月曜日の午前中に青空の下、桜の花を見ながら露天風呂につかるのは非常によい気分だった。昨日も今日もここ最近にないくらいよく晴れたいい天気だった。土曜日も雨、明日も雨らしい。非常についていた。昼過ぎまで温泉につかり、夕方に帰宅する。 |
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2003年04月07日 19時57分04秒
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| 雨の土曜 |
| 朝起きた時から雨だった。午前中は「朝の詩」へ向けて詩をひとつつくり、それとは別に新聞に、クイズが載っていて当たれば図書券3000円というのがあったので、それも応募した。ポストに持っていく途中にスーパーに寄って、卵ともやしとマヨネーズといろいろこまごまとしたものを買物した。そうやってひとりで雨の日に散歩するのは楽しい。休みの日はとてもうれしい。昼からはシュンタを留守番させて、ペチカとQと妻3人でクルマに乗って、ビデオを返し、ホームセンターで買物をして帰宅。夕方は雨があがってきたので、走った。ホームセンターで980円のスニーカーが売っていたので、ジョギング用に買った。それで走ったら、つま先がやや痛くなった。少し寒い。鼻水が出る。明日は晴れるらしい。温泉に行く。 |
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2003年04月05日 20時28分55秒
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| ひさびさに6時起き |
| 今朝は久しぶりに6時ぴったりに目がさめた。ついこないだまでは6時は暗やみの中だったけど、いつのまにかすっかり朝になっていた。そして、ぜんぜん寒くなかった。天気はくもりで、走るには一番いい気候だった。鉛色の朝の神社は桜が満開だった。天気はますます鉛色が濃くなり走り終わる頃にはぽつぽつぽつと雨が降り始めてきた。マンションの前の公園で、ジャングルジムを使ってぶら下がって背筋を伸ばしたり、腕立て伏せをしたり、天候とはかかわりなく、気分はよかった。1日雨だった。クルマが非常に混んでいた。夕方ラジオを聞いていたら伊良部が好投していた。阪神はとても強い。ときどき負けて、またしっかり勝って、なんというか、地に足のついた勝ち方をしている。もしかしたら今年こそ優勝するかもしれない(いつから僕は阪神ファンになったのだろう・・・・。)。長い長い1週間が終った。あしたから休みだ。月曜日も自主的に休むので3連休である。とてもうれしい。 |
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2003年04月04日 22時15分49秒
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| ねごと |
| 眠たい毎日。眠たい眠たくて眠れるというのは、悪いことではないのだろう。でも夕方とても眠たくなから、パーキングでいつも、営業の帰りには休憩仮眠をする。15分くらい意識不明になる。夜もよく眠っていると思う。たぶんイビキをかいてはいないと思う。息苦しくて目がさめるということもない。食欲もある。このところ、なにかじわじわといそがしく、気持も下降気味である。じわじわといそがしいというのは困難のひとつであろうか。少しでも困難に遭遇すると、僕はすぐにくじけそうになる。そして今まで困難というものにぶちあたったことはないのだ、けっきょくのところ、なんとか逃げおおせているのだ。逃げている限りは困難はつきまとってきたりする。そうでありながらもよく眠れる、よく食べる。だから多分困難なんてない。困難なんかないのだろうけど、あまり晴れ晴れとした気分になれない。どうしてだろう。どうしてだろう、とこう書いていると、どうってことのないような気がしてくるから不思議だ。不思議だけど、前方はもやもやとしている。これは春霞ではない。スカっと晴れた気分の1日はやってこないものか。この霞はいったいなんなんだろう。よおく考えてみよう。考えることは大切だ。あたまが悪くても、考えるという姿勢は大切である。とてもくもった気分だ。どうだ、いま、自分はとてもくもった気分だ。くもっていることに気づくべきだろう。くもっている気分にめかくしをされてはいけない。くもっている気分はオレをくもらせていると思っているかもしれないけど、オレはオマエがくもっている気分であることを見ぬいている。そのことにかんしてはオレはくもっていない。・・・・? |
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2003年04月03日 22時29分14秒
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| おすそわけガム |
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今朝もぐっすり眠る。ここ3日続けて6時50分に目がさめる。目がさめると、Qが同時に目を覚ます。くるくるくると転がってきてぴたりとくっつく。今朝は、さかさまに寝ていた。足下で寝ていた。寝ているうちにこっそり起きた。起きていとすぐにフスマをあけてでてくる。朝飯は必ず少しずつ横取りされるような気がする。ドラえもんの道具でおすそわけガムというのがあった。このガムを半分づつ食べてから、相手が何か食べると、食べてないほうも食べたような気分になって、食べているほうは食べたんだけど、なんとなく物足りないような気がするというガムだ。朝、朝食を食べていると、横にQが座って、タマゴ焼きや納豆ごはんを小鳥のヒナみたいに大きな口をあけて、チョーダイというから、放りこむ、放りこんでやりながら、自分の分も食べる。Qにやる分なんて知れているんだけど、なんかこう、Qが横に座っているとき食事をすると、なぜかドラえもんのおすそわけガムを思い出すのだ。おすそわけガムだって、本当に食べたほうの人はけっして現実的には食べられなかったわけではないと思うのだ。あくまでも、おすそわけしてもらったほうは擬似的に食べただけなのだ。しかし、あのマンガで、のびたは擬似的に満腹になり、おすそわけした側であるドラえもんやらジャイアンやらは、なんとも物足りない顔をしていた。なぜかそんなンマンガのことを思い出した春の朝。1日雨が霧のように降ったりやんだり、くもってじめじめと暖かい。 会社から帰ると、産経新聞より、1ヶ月前に掲載された「朝の詩」の賞品として、2000円分の図書カードが送られてきた。忘れた頃に届いたので、うれしい。そうだ僕は詩人だったのだ。なんでもうわごとのように書きつづければ、なにかがひっかかってくるだろう。どこからか言葉はやってくるだろう。また掲載されるように詩想にふけろう。・・・それにしても長い1週間だ。 |
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2003年04月02日 22時21分27秒
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| 4月 |
| いつのまにか4月になった。桜がちらほらと咲き始めている。菜の花もたくさん咲いている。菜の花の黄色いぼやっとした感じは、とても春らしくていい。月末まで道路も混んでいたのに、今日は夕方6時半の阪神高速池田線は非常に空いていた。雨がぱらぱらと降っていたけど、自転車に乗って帰った。あたたかい夜。ここ最近は、ばてていたように思うが、月が変わり、復調しつつある。気分というのはどうしてこうも上下するのだろう。上下しながら、しかしどこまでもしがみついて、龍の背中に乗った昔ばなしの子供みたいに、その上下する感情を自由に乗りこなし克服したいものだが、いまのところちょっとした上下動で、すぐに頭痛がしたり吐き気がする。息子のシュンタもクルマに乗るとしばしばゲロをするが、たぶん基本的に僕も似たようなものだ。感情というのは、乗り物のようなものなのだ。決して感情そのものだけで人間ができているわけではないのだ。感情は僕ではないので、それに負けることもあるが克服することもできるのだ。タフな人になりたいものだ。その訓練の一環として日記を書くのは非常に有効であるように思う。 |
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2003年04月01日 22時42分16秒
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