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| ソウイウモノニ |
| ホメラレモセズ、クニモサレズ、というのは、むずかしい。どうしても褒められたい、苦にもされたい、気にかけてもらいたい。どうにも自分自身であることだけで安定できない。どうしてこんなに、誰かの言動ひとつで感情は、大きく波打つのか。ミンナニデクノボーと呼ばれれば、言った人すべてを憎むだろう。だけどソウイウモノニワタシハナリタイ。程遠い。僕がどんなに、そんなふうな言葉に感動して、自分もそのような人間になりたいか、などと思っても、僕を知る人は、よくいうよ、と軽蔑するだろう。ああだけどソウイウモノニワタシハナリタイ。思えば思うほど、自分自身が引き裂かれてしまいそうだ。そしてそういうこの言葉も、書けばウソくさい。ああだけどソウイウモノニワタシハナリタイ・・・ |
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2003年06月30日 22時25分35秒
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| 日曜の午後の読書 |
| 今日はシュンタは6時起きで野球の試合、妻も8時からママさんバレーの大会、ペチカは11時からポートボールの練習に行った。ペチカとQをバレーボール体育館において、9時から10時まで、ジョギングをした。そのあとは、Qとふたり留守番、公園に行き、ブランコをして、コンビニで弁当を買って、昼寝をさせて、起きてから図書館に行った。「火の鳥・未来編」と藤子F不二雄のSF短編マンガと星新一の文庫本と、小林繁と掛布の野球の本を借りた。古い本ばっかりだった。火の鳥は、小学生の頃、雑誌サイズのやつを読み非常に衝撃を受けた。読んで、ああ感動した、とさわやかな気分にはならない。心のなかがもやもやしてきて、重苦しい気持にもなる。僕は生きていてやがて死ぬのだということを感じてめまいがする本。ペチカやシュンタも読んでなにかそういうシュックをうけてくれたらとてもうれしい。星新一のショートショートも、6年生から中学生くらいの頃、世の中にこんなに面白い小説があるのだろうか、とそのころ売り出されていた文庫本すべてを読んだ。ペチカに読ませたいなと思ってかりた。藤子F不二雄のSF短編マンガも、クラシックななつかしい感じのSF、こういうのを僕はすごく好きだったのだ。野球の本もシュンタの野球ゲームの解説者の声が掛布で、この人誰や、といっていたので、ちょうどいいと思って借りた。帰ってから火の鳥を読んだ。眠っていた記憶がむくむくとよみがえり、心のもやもやな煙がたちこめた。Qは、くつしたをなくした女の子の絵本をコレハダアレ?とひとりごとをいいつつ読んでいた。 |
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2003年06月29日 18時44分22秒
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| ソウイウモノニワタシハナリタイ |
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東ニ病気ノコドモアレバ 行ッテ看病シテヤリ 西ニツカレタ母アレバ 行ッテソノ稲ノ束ヲ負ヒ 南ニ死ニソウナ人アレバ 行ッテコワガラナクテモイイトイヒ 北ニケンクヮヤソショウガアレバ ツマラナイカラヤメロとイヒ ヒデリノトキハ ナミダヲナガシ サムサノナツハ オロオロアルキ ミンナニデクノボートヨバレ ホメラレモセズ クニモサレズ サウイフモノニ ワタシハナリタイ 今日は一日雨が降ったりやんだりしている。シュンタがさっきいつもより少し早めに帰ってきた。僕は午前中から昼過ぎまで、会社で、事務所内の机の移動作業をしていた。それから、帰って、走っていたら雨でびしょぬれになった。昨日、酒を飲んだので、走ってすっきりした。1週間が終った。また明日から、気分を新たに、がんばろう。週末はどうしてもどんよりしてしまう。1週間はたらいて、いろいろなものがくっついてしまって重たい。重たいのは、くっつくものがあるから、重たい。利己的傾向が強いのだ。上記のような詩を読むと、反省させられる。小サナ萱ブキノ小屋ニヰテ、そこでおさまっているわけではない。とても、かろやかなひとりだ。よけいなものをくっつけずに、かろやかに、東へ西へ北へ南へ走っていく。そして、ともになみだをながし、オロオロする。オロオロしてナミダをながしても、なにもくっつけはしないのだ。ほめられもせず、けなされても、そんなことはきにしない。みんなにデクノボーとよばれても、まったく苦にしない。ソウイウモノニ ワタシハナリタイ。すぐにはかわれないかもしれない。三十数年間というのは、カブトムシから見たら永遠にも感じる時間だろう。そんなあいだ、こんな人間であったものが、すぐに変われるものではない。しかし、変われないこともない。変わるといえば、万物はすべて流転するのだ。ソウイウモノニワタシハナリタイ、という思いはつねに持っていよう。自分の中だけで、勝手に自分でくっつけた重くもない重りにウンウンうなっているのはやめよう。ソウイウモノニワタシハナリタイ。 |
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2003年06月28日 17時33分56秒
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| 野原ノ松ノ林ノ蔭ノ小サナ萱ブキノ小屋ニヰテ |
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送別会で久しぶりに飲酒をして帰る。食事は料金の割りに少なかったようにも思う。しかし最近はあまり食べないようにしている。食べないようにしていると、だんだんおなかがへっこんでくる。ベルトの穴がひとつ、ぜばまった。帰りに、シュークリームをおみやげに買ったが、自分では食べない。節制が今回は軌道に乗っている。体力はしっかりつけておきたい。どんなにからだを大事にしていても、不慮の事態というのはつねに起るのであると思う。だからといって、粗末にするのはよくないと思う。小金持ちというのは、あらゆるものを粗末にしないことからはじまるのだ、とこないだ立ち読みした「小金持ちになる方法」というようなタイトル(ちがうかもしれない)の本に書いてあった。小金持ちというのは、大金持ちよりも身軽で、軽やかな感じがする。大金もちであったところで、その金をぜんぶつかえるわけではないのだから、小金持ちのほうが金持ちのあり方としては実際的である。しかし金のことばかりいうのは、あまり好きではない。小金持ち、なんてホントはヘヘン、て感じなのだ。 最近は金について語るのが絶対的に正しいようにそこらじゅうで主張されている。大真面目に金がすべてではない、という人をとても尊敬する。野原ノ松ノ林ノ蔭ノ小サナ萱ブキノ小屋ニヰテ、なんていう決意はすごくすてきだ。ひとり、ぽつりと、そんなところに静かに居る、というのは魅力的だ。わかっていないのにわかったようになってしまってるのはよくないと思う。ただでさえ年齢を重ねて、新しいことに鈍感になると、わかっていないのであることを忘れて、わかったような気になってしまうのだ。そしてどれもこれもみんな同じ、すべてなにもかもがムダな抵抗、世の中すべては金次第となる。だけどそうではないのだ。見てもいないし聞いてもいないけど、目の前に大切なものが歌をうたってとおりすぎようとしているのだ。そんな目に見えないものが、ときには、一人ぽつんと小サナ萱ブキノ小屋にいる人のところにひょっこり訪問したりするのだ。 |
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2003年06月27日 22時42分35秒
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| ヨクミキキシワカリ ソシテワスレズ |
| 毎日「雨ニモマケズ」の詩の一節をタイトルにしているので、今日も引き続き、ヨクミキキシワカリ ソシテワスレズ。これができたら、とてもかしこくなれる。会社から帰ると、しばらくあたまがぼんやりしていて、ごはんを食べているときも、まだ、頭が切り替わっていなくて、切り替わっていないけど、ありがたいことに、妻や子供がいろいろ話しかけてくれるのに、ウンウンとうなずいているばかりで、実際は聞きもしないし、見もしない。わかってもいない。そして、いつもウンウンいってるだけだ、としまいに妻や子供は怒り出す。Qはおこらないで、無邪気になにか、ぺちゃくちゃいっている。それにウンウンしていると、かわりに、ペチカが怒りだす。もうQがこんなかわいいことしてるのに!お父さん見てあげて!悪いと思う。気をつけようと思う。何事も注意深さが必要だ。いまに誰もはなしかけなくなる。だけど僕がはなしかけようとすると、みんな案外きいてくれない。みんなそれぞれ、自分の世界を勝手に生きている。しかし、ヨクミキキシワカリというのは対象あってのものである。自分の世界というのは、出たくても出られるものではないが、自分のほかにもそれぞれの人の世界があるのであるということをヨクミキキシワカラねばならないのだ。ソシテワスレズ。はなしかけられているうちに、きちんとはなしをきかなければいけないな。でもめがまわるなあ。まいにち。うんうん。ひとりでうなずく。 |
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2003年06月26日 22時17分28秒
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| アラユルコトヲ ジブンヲカンジョウニ入レズ |
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今日は風呂は直ったので自宅の風呂だった。家に帰ると妻はバレーボールに行っていた。ペチカとシュンタとQが留守番をしていた。Qが風呂上りのまんまパンツをはきたがらずに、そこらへんをふらふら歩いていたのでつかまえてパンツをはかせたら、泣いた。夕飯はペチカが妻がつくっていたものをあたためて、盛り付けをして出してくれた。食べていると、Qが寄ってきて口をあけた。シュンタはマンガを読んでいた。テレビをつけて阪神広島戦を見た。井川が完封した。勝率が7割になった。すごいなあとおもいながらダラダラとテレビを見ていたら9時をまわっていたので、ようやく風呂に入った。ついでのように風呂にはいった。大きいお風呂でないと、なにか、ついでっぽくて、いまひとつものたりないようでもあった。 司馬遼太郎「関ヶ原」、を下巻まで読み進んだ。関ヶ原を目前に、西軍、東軍の大名がおろおろしている。おろおろの大名のエピソードのあと、余談ながら、この一件で、本領安堵、明治維新までこのマ○○家は続いたとか、いった感じで登場大名のその後の子孫の運命まで書いてあって、とても親切な本だ。人間関係のハウツー本のような要素もある。面白い。勉強になる。「アラユルコトヲ ジブンヲカンジョウニ」入れまくっている人たちの物語だ。そこのところをよく知っておかないと、「入レズ」の世界は遠いのである。 |
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2003年06月25日 22時15分13秒
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| 一日ニ玄米四合ト 味噌ト少シノ野菜ヲタベ |
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今日はグチや不平不満をいうのはやめようと思った。朝会社に行くと、メモがはってあった。今度の金曜日に、女子社員の一人がやめるので、送別会が開かれる。別にそれほど親しくもなかったし、営業課ではないし、でも小さな会社なので、義理を欠いては生きていくのが困難なので、回覧がまわった時には出席に、ハンコを押した。今朝のメモはその金曜の会費のことがかかれていた。「男性5000円、女性3000円」と書いてあった。どうして男と女で2000円の差があるのだろう。3000円会費の女性はみんな辞める女性とはとってもなかよしみたいだし、みんな独身だし、たぶん経済的余裕は僕よりもあるはずだ、それに、多くの女子社員は・・・いつも、食い物の話ばかりしている。僕はあんなに寝てもさめても食い物の話をするほど食意地は、はっていない。2000円分も高い食い意地ははっていない。「一日ニ玄米四合ト 味噌ト少シノ野菜ヲタベ」である。ものすごく理不尽である。しかし、この理不尽さを声高に主張すると、自分が世にもケチくさい、ケツの穴の小さな男になって、各方面から後ろ指をさされるのだろう。でも、すごくこういうのは不公平感と理不尽さを感じる。朝からなにか、釈然としないものを感じた。そう感じるケチくさい自分に少しイヤな気分にもなるのである。だから今日はグチや不平不満をいうのはやめようと思った。言ってるか。 風呂は本日もこわれていた。お湯が出るところの部品が寿命で壊れてしまったそうだ。部品があしたにならないとこないのだそうで、ペチカとQと妻は同じマンションのペチカの友達の家でお風呂に入れてもらった。シュンタは空手に行っていたので、会社から帰ったあと、シュンタを迎えに行き、帰る途中に、昨日とは違う、近所の小さな銭湯に行った。小さな銭湯には石鹸やシャンプーはおいていなかった。風呂に入ってから気づいた。お湯につかるだけにした。きのうきょうと、しっかりつかった。 お風呂によくつかると、よく眠れる。昨日も、寝たのは1時過ぎだったが、7時まで、ドスンと眠れた。今夜もたぶんドスンと眠れるのだろう。ドスンと眠ってあしたは、頑張ろう。 |
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2003年06月24日 22時38分40秒
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| 慾ハナク 決シテ瞋ラズ イツモシヅカニワラッテイル |
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どうも最近日常生活において、グチっぽいような傾向にある。ぶつぶつ文句ばかりをつぶやいているように思う。そうしなければいけないように、意識がの方向が自動的にセットされているみたいだ。不平不満愚痴ぼやきがひとつの習慣になりつつある。そうしたところで、ものごとはなにも解決しないのに、そういうことをいうのは、たぶん、アラユルコトヲ ジブンヲカンジョウニイレズニ という考えの対極にあると思う。雨ニモマケズを寝る前にもう一度読みなおそう。ジブンヲカンジョウニイレてしまう。グチを言う自分というのは、そこで強烈に勘定しているのだ。そして、底の浅い勘定というのは、ジブンでジブンの首をしめるのだ。月曜日で気分一心でがんばろうと思ったが、きょうもつまらないことで、気分を害していたように思う。その責任というのは、別に誰のせいでもない。自分で自分を不幸にしている。 そういうことを考えつつ、帰宅。風呂に入ろうとしたら、故障してお湯がでないため、家族で近所の銭湯へ行った。Qはお母さんペチカチームになったので、シュンタとふたりでゆっくり入った。だいぶふやけた。明日はまた新しい一日だ。 |
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2003年06月23日 22時08分03秒
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| 丈夫ナカラダヲモチ |
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今朝はシュンタは野球の大会があるので、6時に起きて6時半には、家を出た。僕は午後からの部の少年たちを大会会場へ運ぶ係だったので、目がさめたけど、まだ布団の中にいた。シュンタは元気に出ていった。僕は朝から少し憂鬱だった。でもそういうことで憂鬱になってはいけないのだ。ああああ〜でも憂鬱だ。Qは自分の意見が通らないとき、ああああああ〜といって怒る。あああ〜ジュース飲みたいとかわがままをいうことがある。そういうあああ〜はいけないと思うので、あああ〜というときには、すぐに横からQの耳元に、「アアアア〜メニモマケズ!カゼニモマケズ!」と言ってQにもそのように言うように指導した。。そのため最近ではQはああああ〜と雄たけびをあげようとするときに、ハッと自分のわがままに気づき、あああああ〜メニモマケズ、カゼニモマケズウウウウ〜!ジュースください!と少し冷静になって自分の意見を改めて申し立てる。そうだ僕もQにそういう教育をしているのだから、あああなどとたかが少年野球の手伝いごときで憂鬱になってはいけない。ああああでも、あああああ。と思っていたら、電話がなった。妻がハイハイと相づちをうっている。そして電話を切ると、こちらの方に歩いてくる。 「よかったね、今日はもうお手伝いの人数が足りたから、こなくていいんだって」 あああああ〜。とってもうれしかった。今日はそういうことで無事、少年野球の手伝いに行かずにすんだ。Qと公園にザリガニ釣りに行った。ザリガニは釣れなかった。雨が降ってきてすぐに帰ってきてしまった。しかし、朝食で残っていたパンの切れ端を持って、公園に行く途中の、積極的なカメがいる池で、パンをやることができた。カメの数は少なくとも20匹以上はいただろう。巨大なアカミミガメばかりだった。図鑑でしか見たことのない、耳が赤くないタイプの全身薄い緑色のアカミミガメもいた(学研の「飼育と観察」という子供向けの図鑑に載っている)。コツンコツンとアメフトの試合みたいにお互いの甲羅をぶつけあいながら、パンの切れ端や、ザリガニ釣り用に用意していたニボシを食べた。Qはオウオウカメサンスゴイスゴイとよろこんでいた。雨は降ったけど、シュンタの野球は支障がないようで、夕方まで帰ってこなかった。 午後は買い物に行った。買い物には足に重りをつけていった。足の重りは靴下の上に巻いたらかゆくない。新しい扇風機を買った。お店の階段を上ったりおりたりすると足が心地よく重かった。夕方雨があがったので、朝に引き続いてジョギングした。汗がたくさんでてくたくたになった。先週へばりついたいろいろなものが、はがれたようだった。風呂に入ってすっきりした。来週もがんばろう。よい一日だった。 |
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2003年06月22日 18時08分23秒
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| 雪ニモ 夏ノ暑サニモマケヌ |
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今日は午前中だけ出勤をした。出荷業務だけなので、ヒゲもそらずやや汚れたTシャツを着て出社した。事務所で電話番をしていたら、来客があった。中途採用の面接希望者だった。スーツをきっちり着て、さわやかに笑って、挨拶をされた。あんまり立派なので、僕は自分がずいぶんみすぼらしく思えた。会社のエライ人も何人か来た。今日は中途採用の面接日なのだそうだ。営業社員2名募集で、40名近くの応募があったそうだ。すごい競争である。どうしてこのような田舎の、人間関係がとっても面白いくらいにぎくしゃくしている、吹けば飛び散ってしまうような、小さな楽しい会社に40名近くもの応募があるのだろうか。よっぽど世の中は不景気であるのだと、実感した。どんな人が入ってくるのだろう。あんまり優秀な人が入ると、僕は不要になるのではないだろうか。そうしたらどこか別のところで働かなければならないけど、そこでもやっぱり何倍何10倍もの競争があるのだろうか。世の中は厳しいなあ。そして来週の土曜日は新しい社員が入ってくるために机の大移動があるので、男子営業社員はまた出社なのである。たしかこのたびの転職情報雑誌に掲載された当社の募集要項には週休2日と書いてあったと思うのだ。 暑い一日だった。夕方から曇ってきた。雨が降りそうだ。少し長めに夕方走ってきた。 「雪ニモ 夏ノ暑サニモマケヌ 丈夫ナカラダヲモチ」である。 |
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2003年06月21日 18時20分25秒
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| 雨ニモマケズ 風ニモマケズ |
| 足首に重りを巻きつけて運動をしているうちに足首がかゆくなってきた。蒸し暑い夜だ。週末は天気がよいそうだ。困難には立ち向かわなければならない。Qが大好きなTV番組「日本語であそぼ」では今月から「雨ニモマケズ」の暗誦をしている。雨ニモマケズ 風ニモマケズ の2行だけは知っているがそのあとのぜんぶというのは覚えていないが、今改めて読みなおし声に出してみると、よいことをいっている。「慾ハナク 決シテ瞋ラズ イツモシヅカニワラッテイル」 とか、「ミンナニデクノボートヨバレ ホメラレモセズ クニモサレズ」とか、そういう言葉というのは、幼少の頃よりも現在のほうがはるかにぐっとくる。声に出してQに朗読してやっていると、ああなるほど、つまらないことをさも重大なことであるかのように思い悩んでいたり、なにか重要なことから目をそらして逃走していたりばかりしてはいけないな、ぐっと、こう、なにごとも受けとめて、生きていかなければいけないな、と反省する。こういう詩を頭ごなしに、いい詩であるから、読め暗記せよ、と命令されるとものすごく反発するが、自発的に読むと、得るものが多い。Qはなにを思って、「ソーユーモノニワタシハナリタイ」とか歌うように暗誦しているのだろう。 |
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2003年06月20日 22時19分09秒
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| だるい木曜 |
| 三日間展示会での接客立ち仕事であったので、からだがだるい。いつもはこちらから出向いて、話をするのに、この3日ひっきりなしに出向いてくる人に話しをして、あたまの中がごわごわしている。濡れて貼りついて生乾きの週刊誌みたいにごわごわベタっとしている。しかしなにはともあれ、終了した。今夜は眠って明日からまたよみがえるのだ。それにしてもからだのしんがだるい。こういう事態になると、立ち向かう気分になる。 |
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2003年06月19日 21時09分32秒
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| 雨よふれふれ |
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今日も朝から雨降り。今日も仕事の都合上早く帰る。早く帰るけど、今週は忙しいのだ。今週は、早く帰れる。早く帰ると、今日は妻がバレーボールの練習ということらしく夕食後でかけてしまった。でかけるとたいてい、シュンタの少年野球の連絡網がまわってくる。日曜日に試合があって、奥さんからきいていますが、お父さんがクルマを出していただくそうでありがとうございます、つきましては、云々と言われた。僕はそんなはなしは何もきいていなかった。不愉快だ。今週は土曜日も出勤しなくてはいけない。本当ならもう日曜日には誰にも会いたくない。誰にでも愛想がいい人格者で社会的適合能力にすぐれているらしい妻には想像できないかもしれないが、1週間のうちのほとんどを赤の他人ばかりと話していると、日曜日まで、またまた赤の他人にいろいろ気をつかうなどというのは、とてつもない苦痛なのだ。そういうことを言う人間はおかしいのかもしれない。いかにもおかしいのかもしれない。その通りである。僕はかわいそううな少数派の弱者である。そういう弱者に対して脅迫的な社会や家庭はぜったいにおかしい。シュンタが野球をするのは、勝手だが僕は少年野球のチームに入った記憶はない。どこか穴倉にかくれて誰にも会わずに一日中じっとしていたい。日曜日はどしゃぶりの雨になることを心より願う。でも晴れたら僕はいくのだろう。だけど、いきたくない、やってらんねえや、バッキャローとか、どこかで言わないととてもやりきれない。 バレーボールから帰ってきた妻に対して、僕はふきげんだった。おれはそんなことをきいていないから、連絡網途中で切ってやった、とウソを言ったら、風呂からなかなか出てこなかった。風呂のなかでさめざめと泣いていたらしい。しばらくしてでてきたので、じょうだんにきまっているじゃないか、子供のために協力するするのはあたりまえじゃないか。日曜日楽しみだな、らんらんらんとニコニコしていったら妻はまた泣いて喜んだ。ありがとうありがとうといわれた。感謝されるのはうれしいので、また時々、こういうふうに、心理的に常に優位に立つよう努力しよう。感謝の気持は大事である。胸がすっとしたので、出てやることにしよう。気安く当然のことであるという態度がよくないと思う。たとえ夫婦の間といえども敬いあい思いやる心が必要である。僕が妻であるならば、もう少し戦略的に工夫をして、夫が機嫌よくなんでもいうことをきくような方向に話を持っていけると思う。もしも我々の間で中身が入れ替わったら、ということを想像すると、いろいろな洞察が得られる。想像力というものは大事である。 |
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2003年06月18日 20時01分47秒
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| 常に新しい瞬間 |
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朝、緑の芝生の丘を走っている夢を見た。丘の横をふと見るとそこは絶壁だった。底のほうは煙っていてよく見えなかった。僕はひとりだったら、どんなに絶壁のフチであろうともおそれずに走れるのだ。だけど、そこに子供がいたら、子供はこの絶壁から落ちてしまうのではないかと思うとおそろしかった。背中から子供の声がした。ああぶない。目の前には絶壁がある。丘はこんなに緑できれいなのに、少し横には絶壁がある。言葉にするとつまらないけど、とてもこわい夢で目がさめた。目がさめると、雨だったので電車で通勤した。 仕事は早くおわり、電車で帰った。電車に乗る前にもうすぐ帰るといつもはそういうことはしないけど、時間も早く(6時過ぎ)夕飯もいっしょに食べられると思ったので、妻にメールを送った。でもひと駅手前の駅には本屋があるので立ち読みしてから帰ろうと思った。思ったけど、今日はくたびれているので下りなかった。そして、通常通りの駅でおりたら、ペチカとQが改札口で手をつないで立っていた。ひと駅手前でおりなくてよかった。もし下りていたら、ペチカとQはしばらく待ちぼうけになっていたかもしれない。運がいいと思った。こういう運のよさで家族はつながっているのだと思った。運は大事にするべきだと思った。3人で手をつないで帰った。 夕飯を食べてから、たくさん走った。日々変動する肉体と精神について考えた。一日働いてから走って汗をながして、いろいろはりついたものをはがした。知らず知らず染み込んでいるものをしぼりとった。今この瞬間の自分はつぎの瞬間の自分ともついさっきの自分ともちがうのであるということについて考えた。何度でも生まれ変わるのである。 |
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2003年06月17日 21時44分36秒
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| 鹿をみかけた月曜 |
| だいたい雨降りの一日。仕事の途中、クルマで奈良公園を通りかかった。人通りのない道の脇に広がる緑の丘陵に、たくさんの鹿が佇んで、そこに雨がさらさら降っていて、なにかとてもきれいな光景だった。近くに寄れば鹿のフンでいっぱいなのだろうけど、きれいな光景だった。そのあとは、今日は人でいっぱいのごみごみとした中に遅くまでいて、くたびれた。くたびれたけど、頭の中に、雨に打たれる静かな鹿の群れがあった。緑のきれいな丘陵がひろがっていた。たまにそういう風景を見るのは健康にいい。健康にいいといえば、昨日は夜おそくまではめていた、足のおもりのせいか、少し足がだるい。今日も帰ってからつけて、足をぶらぶらしている。 |
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2003年06月16日 22時27分30秒
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| 買い物の日曜 |
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今日はペチカの誕生日であるので、シュンタも野球を休んで、朝から買い物と昼飯を食べに出かけた。買い物で、はじめにスポーツショップでシュンタの野球道具を買いに行った。そのとき、今日は父の日でもあることに、ハタと気がついたので、自分のためになにか運動道具を買おうと思った。13000円でダイエットシューズというものが売っていた。シューズの中に重りを内蔵したもので、ただ歩くだけで、脂肪がどんどん燃焼し、背筋も伸びると、販促ビデオが流れていた。少し魅力的であったが、価格が高いので、代わりに、足首に巻きつける重りのついたバンドを買った。片足500グラムのバンドで、マジックテープで足に巻きつける。1400円。今、巻きつけた状態で、この日記を書いている。足をぶらぶらさせると、重みがあり自然と脂肪が燃えている感じだ。背筋がしゃんとする感じだ。このように思いこむことから肉体の改造ははじまる。かもしれない。 昼食は串かつ食べ放題の店に行ったが40分待ちだったので、ペチカと妻はペチカの服を買いに、買い物、僕とシュンタとQで本屋に立ち読みに行った。そこの本屋は新刊と古本が売っていた。シュンタはコロコロコミックを最新号を買った。僕は古本一律330円コーナーを見ていたら、昭和8年岩波書店刊「内村鑑三全集」(初版本)が、バラで何冊か売られていた。状態もよく、内容もまだ読んだことのないものが多かった5、6、8、9巻を購入した。でもぜんぶ買っておいてもよかったかもしれない。と少し思う。昭和8年の本がどのような道筋を通って、この古本屋で330円で売られるようになったのだろう。立派なつくりの本なので、箱入りではないものの、状態はよく読むのに支障をきたすほどのこともなく、手ざわりも匂いも黄ばみ具合もよい。旧かなづかいで漢字も難しいけど、大事に読もうと思う。うれしい。 夕方走る。朝も走った。今日はよく食べたけどよく運動した。シュンタとQと銭湯に行った。今は足にバンドをつけてブラブラさせている。 |
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2003年06月15日 19時51分23秒
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| 沈殿土曜 |
| 朝は曇っていて、シュンタは野球の練習に行った。朝食を食べてからジョギングにいくと途中で雨がポツポツ降ってきた。肌寒い一日。だいたい家の中にいた。日が差さないので部屋の中は暗くて、じっとして雨の音を聞いているのは、心地がよかった。心地がよいと思っていると、バタバタバタとQが走ってオトウサンオトウサンといったり、途中で練習が中止になって帰ってきたシュンタとペチカがケンカをしたり、すぐに心地よさは寸断される。おおむね静かな一日。沈殿。司馬遼太郎「関ヶ原」読み始める。司馬遼太郎の(というか、他の歴史小説作家はほとんど知らない)歴史小説を読むと、日常生活にあてはめたくなる。プチ家康であるとか、プチ三成であるとか、いるように思う。そして会社の人間関係のややこしさというのを読みながら思いだし急に腹が立って来たりする。こういう司馬遼太郎読者が全国に何十万人となくいるのかもしれない。 |
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2003年06月14日 17時53分42秒
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| さわさわ |
| 朝は、雨が降っていた。さわさわさわさわ静かに雨がふっていて、さわさわさわとしたいかにも梅雨らしい雨だった。昼から雨があがって太陽がでてきて、午前中に地面にたまっていた雨がいっせいにもわーっと大気中に充満して、今年に入って一番と思われる蒸し暑い午後だった。夕方、さっさと帰った。帰ってシュンタとキャッチボールをした。ご飯を食べる前に風呂に入ってすっきりした。こういう水分たっぷりの一日は生命がそこらじゅうにうようようごめいているようで、その中の一匹になった感じで、それが心地よいような、悪いような、結論が出ずにただ生きている梅雨の一日である。 |
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2003年06月13日 20時58分52秒
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| 夜から梅雨が再開した木曜日 |
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昨夜は子供の部屋のベッドで眠った。よく眠れた。今朝は、7時過ぎまで眠っていた。いくらか頭の中がすっきりした。でも基本的には眠い。つねに眠い。すかっとたましいの底からすみわたすような、そういう目覚めというのは、想像したことはあるけど、体験としてはない。しかし想像できるということは本当はそこに誰もがいけるのかもしれないけど、たいていの場合、眠っている。一生の大半をねぼけてすごしている。ねぼけているのも、起きているのも生きているからこそできるのであって、ねぼけていることもだから決して頭ごなしに否定されるべきことではない。しかし、それだからといってきちっと目覚めることが正しくないわけではない。 今日は先日から体調を崩して入院をしている人の見舞に行った。内臓を悪くして、点滴だけで、入院して以来もう2週間ほど何も食べていないのだそうだ。げっそりと痩せていた。見舞にいったっときは。喫煙室でタバコをすっていた。どうしてそこまでしてタバコをすうのだろう。奥さんは週一回しか見舞にこないのだそうだ。二人いる子供のうち、上の子だけは1度だけ見舞にきたのだそうだ。あとはほとんど点滴を打って一日横たわっている。僕が入院したら、この人みたいにほうっておかれるのだろうか。なんか行く前は、同じ会社の人間数名といろいろ冗談をいっていたが、帰りは冗談を言う気にもなれず、疲労した。 |
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2003年06月12日 21時11分48秒
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| 梅雨の中休みの水曜日 |
| 夜中にQが起きて暗やみの中でオハヨウといって立ちあがってふすまをあけてどこかへいこうとしたけど、オハヨウではなくて真夜中だったので、「Q、もどってらっしゃい!」と妻はいい、Qは「ん?」といいながら布団の中に戻った。夜中に目がさめたとき、雨は降っていないようだった。ああ、雨は降っていないのだと思ったら、次に目がさめると、今朝も5時50分だった。そしてやはり雨は降っていなかったので、本日も走った。風が気持よかった。このところ、体調は上り調子である。ただし今日一日は、少し眠かった。明日はゆっくり起きることにしよう。今日は一日よく晴れていた。早くも梅雨は中休みであるらしい。梅雨を見習いたいところである。 |
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2003年06月11日 20時44分40秒
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| 梅雨の初日の火曜日 |
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今朝も5時50分に目がさめた。目がさめたら、眠ったときと頭の方向が逆になっていた。Qの足が目の前にあった。くさくはなかった。幼児の足はまだくさくない。人はいつから足がくさくなるのだろう。くさくない人もいるのだろう。くさい人はそうとうくさいらしい。でもあまり鼻がよくないせいか、今まで足のくささにそれほどまいったことはない。でも、たまにくさい人はいる。鼻を近づけなくても靴を脱いだだけでくさい人がいる。新幹線で遭遇したりすると困難だ。僕はくさくないと思う。くさかったら家族に非難されると思う。でも思いきり足の裏に鼻をつけたらやっぱり30数年分のくささは身についているだろう。でもだれも僕の足の裏には鼻をつけたりしない。幼児の足のうらはまだやわらかいし、くさくない。でも目がさめて目の前にあると驚く。 今朝も走った。くもりで昨夜から引き続いて、風がつよかった。風が強くても今の時期は、心地よい、途中で雨がぽつりぽつりと降ってきた。でも朝の通勤は自転車で行けた。帰りに大雨が降った。電車に乗って帰った。カミュの「ペスト」という本を読んでいて、もう少しで読み終わりそうだ。何周間か前スポーツ新聞にSARSの記事が載っていて、日本に観光に来た台湾医師のことと比較して、そのときに小説ペストの医師はいかに立派であるかということが書いてあったのだ。どんな立派な人だろうと思ってBOOK OFFで100円で購入して読んでいる。いろいろな登場人物がペストに感染した隔離された街で、ペストとそれぞれ立ち向かう話である。カミュの「異邦人」は高校生の時夏休みにの宿題かなにかで読んで、さっぱりわからなかったが、この本は面白い。ただこの小説のせいでちょっと陰気な夢を見た。そういうふうに無意識を動揺させる本はすぐれた本なのだと思う。 雨が降っている。明日はゆっくり起床しようと思う。 |
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2003年06月10日 22時43分43秒
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| 梅雨の手前の月曜日 |
| 昨日は早く寝たので、今朝は5時50分に目が覚めた。せっかくなので、走った。昨日と違って晴れてはいたが、空気はぼんやりとして、蒸し暑かった。しかし月曜日の朝、しっかり走ってから一日がはじまるというのは、1週間のはじまりとしてはひきしまっていていい感じだった。梅雨の一歩手前のぼんやりした蒸し暑い一日だった。夜になって風が強くなった。窓の外で風がびゅうびゅう音をたてている。明日から雨がちな日がはじまるらしい。 |
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2003年06月09日 21時51分52秒
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| 公園の日曜 |
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もしかすると明日あたりから梅雨入りになるかもしれないので、今日は、夏前の最後のよい天気の日曜ではないかと思い、午前中、Qを自転車に乗せていっしょに近所の大きな公園に行く。この公園は外周が3キロでここはよいジョギングコースになっていて過去通算百周以上は走っていると思うが、最近は、今朝もそうだが、自宅近辺を土日にチョコマカと走るだけで、この公園にもしばらく来ていない。 公園の中には羊が3頭いる牧場(というより小さな囲い)もあるし、ハーブをいろいろ植えた庭園もある。羊にエサをやり背中をさすり、ハーブ園のたくさんのハーブの草むらに顔をつっこみ、においをかいだ。もしかしたら、鼻の調子がそうすることによりよくなるのではないかと思った。もしかすると逆効果かもしれないけど、ハーブはいい匂いだった。 この公園ではだいたいいつも外周をくるくると走ってまわるだけなので、あまり内部を探検したことがなかった。林の中をQとふたりで手をつないで歩いた。公園の真ん中には大きな池があって、釣りはしてはいけませんと書いてあったけど、たくさんの人が釣りをしていた。大きな池のほかに、小さな池もいくつかあり、小さな池では子供がザリガニ釣りをしていた。Qはザリガニを見て「エビフライエビフライ」と言っていた。今度機会があれば、糸とスルメをもってザリガニ釣りをしよう。 いろいろ探検したあと、すべり台やアスレッチックのあるコーナーに行くと、Qは一番喜んだ。もう少しQが大きくなれば、勝手に遊ばせて、昼寝をしたり本を読んだりできるのだけど、まだ目を離せない。すごく高くて急な勾配の幅広の石のすべりだいがあって、Qと手をつないで、滑ったら、僕のからだが重いので、Qと並行に滑れず、手をつないだままQはさかさまになってすべりおちてしまって大泣きをしてしまった。モウスベリダイ、イイノ!ボクワカメサンイク!といってQは砂場の石のカメの置物にまたがって怒っていた。焼きトウモロコシとアイスクリームを食べて機嫌を直した。 午後はシュンタ以外で買い物に行く。途中、水筒の水の補給のため、シュンタの野球の練習場に立ち寄る。守備練習でコーチがノックをしていた。シュンタは3人ほどいる1塁手のひとりで、1塁ベースの横にぽーっと立って自分の守備練習の順番のくるのを待っていた。レギュラーへの道はまだまだ遠そうだった。 |
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2003年06月08日 17時08分14秒
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| アヒルちゃん、アイガモちゃん、カメさん、ハト!の土曜日2 |
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土曜日、朝からシュンタは野球、妻は子供会の手伝いで自分の子供は所属していないソフトボールチームのお茶当番(昼飯も食べずに午後3時までお手伝いをしていた。こういう仕事に向いているのではないか、と僕が言ったらたぶん激怒すると思う)、ペチカとQと午前中は留守番。ペチカにQをみてもらって、ジョギング。それから風呂に入って頭を洗って、洗ったとき、髪の分け目の巾が広くなったような気がしてペチカを呼び、「お父さんの髪の毛は薄くないだろうか?」と聞くと、ペチカはじっと僕の頭を観察した後に、「別に大丈夫やで、なんともない」、と言った。子供は正直だから子供が大丈夫というのだから大丈夫だろう。ペチカは昼からポートボールなので、午前中は宿題をするというので、Qと二人でクルマに乗ってホームセンターに買い物に行く。 クルマは、妻が2、3日前こすってしまったのだそうで、見ておいてね、そしてもし修繕できうるようであれば、そういう道具を買っておいてね、といわれていた。ごめんなさいごめんなさいと謝っていたので、そのように謝られることはめったにないことなので、うれしくもあった。それにペチカに聞いたら、「別に大丈夫やで、なんともない」といっていた。ペチカがなんともないというのだから、なんともないだろうと思って、車庫に行ってクルマを見たら・・・・、あんまりなんともなくもなかった。しっかり傷ついていた。ペチカはどこを見てなんともないと言っていたのだろう。 どうもペチカは、そういう大雑把なところがあるのである。ということは、僕の髪の毛が薄かろうと濃かろうとペチカは多分ほとんどまったく気がつかないのである。だからもしかするとやっぱり僕の頭は大丈夫ではないのかもしれない。大丈夫でなかったらどうだというと、別にどうということもないのであるが、ハゲネタでいろいろ奥の深い人間性の考察をすることが可能になるかもしれない。ということであれば、ハゲもまた有益である。しかし、あまりなりたくはない。髪の毛はいたわろうと思う。髪の毛をいたわることを心掛けることにより、いろいろなことに対していたわりの心を持つことができるようにも思う。どんな事態に遭遇しても、ただ即物的にその事態に右往左往するのではなく、そこに秘められている貴重なメッセージ、教訓を得ることは、人生を豊かにするのである。ということはよくいわれることである。 クルマは走ることに関しては傷ができたところでまったく支障はないので、そのままにした。濡れタオルでこすったら、凹みは治らないけど、きれいにはなった。 本日も一日、家族はバラバラな一日で、ほとんどの時間Qとふたりで過ごした。夕方、近所の池に行って、まだ残っていたうちのカメは食べてくれない特売のカメのエサを蒔きに行った。カメは寄ってこなかったけど、アヒルとアイガモがクワクワクワといいながら寄ってきて、カメのエサをそれはそれはおいしそうに食べた。 |
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2003年06月07日 20時03分43秒
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| 霊能者の孫 |
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取引先のK商会L社長は一説によると、霊能者であるらしい。L社長を崇拝していた、こちらは元取引先であるZ商店P社長が以前熱心に語っていた。P社長によれば、L社長は、誰かにとり憑いたキツネを落したり、テレパシーで人の心を読んだりすることができるのだそうだ。元取引先だったZ商店P社長は、このL社長が幹部をつとめる宗教団体のようなところ(宗教ではないんや、とP社長は言っていたので、のようなところなのであろうと思われる)に所属することになり、夫婦円満、仕事は順調、いいことばっかりや、君もどうや、なんて言っていた。 しかし元取引先のZ商店がなぜ「元」取引先であるかというと、そこの会社は倒産して今はもうないからだ。そしてP社長は奥さんと離婚して現在行方不明なのである。P社長が行方不明になった後、L社長に「おい、Pは今どこにいるのか知らないか?」と訊ねられたが、そんなことは僕は知らない。霊能者のL社長が知らないのに僕が知るわけがない。 P社長はL社長の弟子筋であって社長といっても個人会社で、年齢もまだ40歳前で若く、隙あらばそのテの話をしようとしてくるほど宗教伝道に関して戦略的に未熟であったが、L社長はさすが信仰面でも幹部だけあって、仕事の話をしているときに、いきなりキツネ憑きの話をはじめたりはしない。しかし、なんともいえず、こう、なんというか、簡単にいうと、人の話をまったくきかない。訪問すれば説教調でえんえん1時間以上は語っている。なんだかいろいろなことを主張している。仕事にからめた人生論も語っている。そしてそれを問答無用で押し付けてくる。僕はニコニコ微笑んで忍耐強く聞いている。よくしゃべるなあと思う。僕は心の中で「布団が吹っ飛んだ」とか、「電話に誰もデンワ」とかいろいろダジャレを考えている。僕がいろいろダジャレを心の中でつぶやいているのをこの社長はテレパシーで読みとっているのだろうか。 正直言ってあまり好きな人ではないが、仕事の都合上、どうしても定期的に訪問しなくてはいけない。今日も行かなければならなかった。今日訪問すると、L社長はなぜか孫娘を抱いていた。2歳くらいだろうか。「お孫さんかわいいですねえ」なんてお愛想を言うのも、墓穴を掘りそうで、くたびれるので、「こんにちは」と社長に挨拶して、訪問した用件をつげると、社長は、「そんなことよりまあ座れ」と、また本日も説教モードにスイッチが入った。僕は他のところにも行きたかったので、すぐに失礼したかった。霊能者だったら、僕の気持を察してくれないだろうか。なんて思っていたら、ありがたいことに、孫がぐずりだした。社長は孫をゆすりながらそれでも何かしゃべろうとしていたが、しゃべろうとすればするほど、孫はふえんふえんと泣き出した。お孫さんのごきげんが悪いみたいなので、失礼させていただきます、と僕はとても愛想よく笑って退出した。よい孫だ。霊能者の孫だけあって、人の心がよくわかっている。 |
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2003年06月06日 23時07分39秒
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| 金持ちの夢 |
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昨日は夢でなぜか大金持ちと知り合いになった夢をみた。その人(そんなに年よりではない、口ひげを生やしてヨットパーカーを着ているさわやかな?男性)の海辺の別荘にある日曜日にふらりとひとりで遊びに行き、豪勢な食事をふるまわれ、それから広い広い屋敷の中を自由に歩きまわったり、ごろごろしたりしてそれはそれは快適にすごした。家の中は静かで、はじめにその大金持の男の人と挨拶したあとは、僕はおおむね一人きりだった。時々、なにか飲み物が欲しいなあと思うと、執事のような人がやってきた。窓の外にはきれいな青い海が見えていた。窓から吹いてくる風はひんやりして気持よかった。 もはや目が醒めて一日をすごしてしまったので細かいことを思い出せないが、目が醒めたときはまだ、金持ちの人の家で昼寝から目をさましたばかりのような気分だった。そういう夢を見ると自分も金持ちになったような気がして今日一日はその余韻でいくらか心に余裕を持って一日を過ごすことができた。 そういう金持ち風の気分になると、仕事の上で、コノヤロウと思った事態にも簡単に腹をたてることなく、温和に交渉を重ね、結果的に自分の意志を通すことができた。いつも心に金持ちをである。しかし、こう書くとなにが金持ちであるのかよくわからない夢である。もっともっと細かい点まで覚えていればよかった。こういうあまり普段と関係もなく、しかも、会った事もない人と出会う夢というのは、なにかとても深い意味のある夢なのではないだろうか。 昨日はみんなタタミの部屋で寝て、僕はひとりで子供の部屋のベッドで寝た。Qがへばりついてくることもなくひろびろだったので、深く眠れたのかもしれない。朝はでも、一度起きようとして、正座して、でもおきられなくて、正座したまま、上半身をパタンと倒して、タマゴのようにまるまったカタチで金持ちの夢の続きを見ていたのだ。もしかするとタマゴのカタチでいたときにしか夢を見ていなかったのかもしれない。 いずれにしても、今日の夢は、一日の精神状態の安定に寄与してくれた。無意識は友達にしないといけない。というようなことを養老先生の「バカの壁」という本に書いてあった。と思うたしか。 |
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2003年06月05日 22時27分41秒
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| 今夜もパッチリしていた。 |
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昨日は早く帰ったが、Qが遅くまでパッチリと目を開けていたので、結局いつもと変わらない時間帯だけひとりになれた。今日も妻がバレーボールに行くというので早く帰って、10時過ぎまで子供の面倒を見ていた。今ようやくひとりの時間になる。ひとりの時間というのは、このように一日の終わりにちらりとやってくるから、いいのかもしれない。年がら年中ひとりであるのもつらいことである。ぜいたくなことである。でもとても慎ましいぜいたくである。 Qは今夜も寝そうで寝なかった。お母さんが帰ってこなくてもニコニコしていた。でも気になっていたみたいだ。そして、ニコニコしていてなにか歌っていたが、ふと、静かになり、それから、遠くを見つめて、オ母サンモウスグカエッテクルヨ、とつぶやいて玄関に走っていった。それと同時にカギがガチャガチャいってドアが開いた。どうやって気づいたんだろう。 |
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2003年06月04日 22時14分09秒
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| 早く帰ってきた |
| 今日はほぼ一日会社にいた。このところ所用があって1日会社にいることが多い。一日会社にいるととてもしんどいので、さっさと帰ってきた。とても天気がよくて、社内で行ったりきたりしていると汗がでてハンカチが汚れたので、よく洗ってクルマの窓に貼りつけたら、1時間もしないうちにすぐに乾いた。タイヤ交換をした自転車の乗り心地は快適だった。家に帰って夕食をゆっくり食べて、カメの掃除をした。腕立てと腹筋と屈伸をして風呂に入った。まだ8時半だ。うれしいな。 |
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2003年06月03日 20時23分05秒
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| パンク |
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朝、自転車に乗って会社に行こうとしたら、後輪タイヤがパンクをしていた。タイヤはもう溝もなくなりツルツルになっていたので、交換しなくてはいけない。交換しておいてくれ、と妻に頼み、電車で通勤した。電車に乗るのが遅くなったので、始業5分前に会社についた。そういう時間にたどりつくとみんなすでにまじめに働いているので、なんだかすごく遅刻したような気になったけど、遅刻はしていない。社員某氏が今日から1ヶ月入院するのだそうだ。普段から色の黒い人なので、ぱっと見たら真っ黒で健康状態はよくわからなかったのだが、このあいだまじまじと顔をみつめる機会があり、よくみたら、ものすごくげっそりやせていた。大丈夫だろうか。小さな会社であるのに、パタンパタンとよく倒れる人がいる。おそろしい。酒飲みとヘビースモーカーはキケンである。でもそうでない人でも倒れることがある。おそろしい。倒れないで元気な人もいる。そういう人は逆に、仕事しないでマイペースで気楽に働いてるから元気なのは当たり前やと、まるで元気であることが罪悪であるように言われる。みんなからだの不調をしあわせいっぱいにはなしている。僕はたまに風邪を引くので、まだ極悪健康人呼ばわりされるまでいかない。そういわれるよう努力しよう。 新潮新書の矢部武箸「アメリカ病」を通勤電車で読む。この本によれば、アメリカ人というのはつねにポジティブであろうとして、そういうことに疲れて精神科通いをして、健康になろうとするのだけど、ジャンクフードを食べ過ぎてどんどん太り、乳房やペニスを整形しては後遺症に苦しみ、中絶医を襲撃しながら、日々銃に脅かされているらしい。ここが日本でほっとしたが、しかし、今日のアメリカは未来の日本でもあるのかもしれない。小規模ながら日本でも同じような現象が起きているような気もする。人はもっといい加減であるほうがいいのであると思う。こうあらねばならぬ、という意識が強いとろくなことないように思う。 |
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2003年06月02日 22時24分24秒
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| 朝食を作った |
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1日くもり。今日はすずしい。今朝は妻がシュンタの少年野球の手伝いに行く。朝飯を自分でつくった。ダイコンの葉っぱがあったので、それを炒めて食べた。ジャガイモがひとつあったので、これをオーブンであたためてつぶして卵と炒めてQに与えると、喜んで食べてくれた。ダイコンの葉っぱは食べなかったので自分で食べた。ペチカは自分でパンを焼いて食べた。料理ができてうれしかった。 ペチカにQを任せてジョギングをして帰ってきたら妻も帰ってきた。少年野球チームの内情についていろいろ他のお母さんから聞いてきて話してくれた。お父さんがあまり熱心になりすぎると摩擦が起こるように思われる。そうかといって任せきりでも、よくないらしいので、僕は極力表には出ず、ここはひとつ母親が一番がんばることが、よいのではないかと、思う。その点では若干見解の相違があったが、たぶん世の中のことは僕のほうが妻よりよくわかっている。たとえ妻が僕より年長であっても、経験は単に年齢だけでは測れない。子供のことにやたら親が口出しして熱心になりすぎるのはよくないように思う。だいたい少年野球チームの人間関係のこじれ、というのは、子供どうしではほとんどなく、親どうしの問題のほうが、はるかに多いらしい。 親は子供に熱心になることよりも自分自身に熱心になる道をみつけたほうがいいのではないかと思う。それが休日、ジョギングして昼寝することなのか、と批判されると、どう答えていいかわからなくなるが、今日もだいたいそのように過ごした。Qとはよく遊んだ。Qがいなかったら、どんな週末をすごしているだろう。なんだか孤独な性格である。 昼から再びとても立派で心から尊敬している妻は、シュンタの野球の手伝いに行き、僕はQの昼寝の横で読書をした。養老孟司「バカの壁」(新潮新書)。バカとつく本がはやっているのだろうか。知る、ということは根本的にはガンの告知だ、と養老先生は語っていた。ガンを告知されれば、あそこで咲いているサクラも違って見えるだろう。そのように、サクラが違って見えるのはサクラが変わったのではなく、自分が変わったのだ。そのように、人は変っていく。知ることによって、変わっていく。というようなことが書かれていた。昼寝のQの横で、窓からすーっと涼しい風が吹いてそういう本を読んでいると、スースースーと自分が風になってどこまでも流れていくような気分になった。 |
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2003年06月01日 18時08分04秒
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