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| 汝人を裁 くことなかれ、さもなくば又汝も裁かれん |
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7月も終わりだけど、夜が涼しい。涼しい夜に、ときどきセミの鳴き声がする。セミであると思う。シャワシャワと闇夜に一匹セミの声がする。 今日は会社の中にいることが比較的多かった。会社では変わり者の人がいて、気分のおもむくまま、カッカしていたり機嫌がよくなったり、そういう人だと思えばどうということもないけど、接触のタイミングが悪いと、こちらもひどく腹をたててしまう。今日も、仕事上のことで質問をすると、月末でいそがしかったので、ぎゃあぎゃあ怒りだし、僕もそれほどまでいわれるほどその人の仕事をジャマしたつもりもないのになんでこんなこといわれなきゃならないんだ、と、そこらじゅうで、「あいつの態度はろくでもない」と、言ってまわって歩いた。そういうことをすると、あまりすっきりしない。けっきょく、ぼくがそこらじゅうを歩いてブースカいってるうちに、彼はものすごく不機嫌な態度で僕がわからなかった仕事をさっさと片付けてくれた、やってくれるんならさいしょからやってくれりゃあいいのに、礼はいったけど、すっきりしない。ブースカいってた自分だけがいやなやつではないかという気がした。実際そこらじゅうに言いまわる自分というのは、なんなのだろう・・・。 人の態度が気に食わなくて、そのことについて腹をたてても、けっきょくのところ相手はなにも変わらないのだ。こちらの態度を変えるしかないのだ。わかっているのに、今日もまたつまらないことで腹をたてた。しかし、昼から外回りをしていたら、その無愛想な人から、なぜかとてもどうでもいいような内容の問い合わせの電話がかかってきた。むこうも気がとがめたのだろうか。僕はきちんと応対した。気分に左右されたはいけない。みんながどうであろうと、自分自身のペースは守らなければならないと思う。 みんながこうであるからこうする、というような論理というのは会社というところはすごくある。そういうのは好きではない。子供の世界でいじめ、というのがあるのは、正確に、大人の社会が反映されているのだと思う。みんながあいつを悪く言うから、あいつとはつきあわないでおこう、こういう場合はあいつとつきあっていたほうがとくである、というようなことは、子供のころより、社会人になってからのほうが、露骨に目に付く。僕はそういうのは嫌いだ。みんなの様子をうかがいながら人を判断するようなことはしなかった。というよりそのような能力に欠けていたので、逆に、いつも誰からも重要視されていなくてはずれてしまう傾向にある。そのことは、むしろ、しあわせなことである。たまたまそういうめぐりあわせで、嫌いな世界にめでたく深入りするができなかった。 その会社の変わり者の人というのは、ある面において、僕とは違い確信犯的に、変人なのである。ある面ではとても尊敬できるのである。だれにどういわれようと、まったくびくともしないようにも見える。見習うべきところは見習おう。しかし同じ人間にはなりたくない。本日の態度はたとえ僕より年上であってもまぎれもなく無礼である。しかし、彼の人間性のヘンクツさについての社内の共通理解に甘え、そこらじゅうで、彼の悪口をいって回る僕もとてつもなく人間が小さかった。みんながこうであるからこうする、というような論理を嫌いだといいつつ、けっこう、その理屈を快適に利用する能力を磨いてきてしまっている。うむ。 |
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2003年07月31日 22時57分42秒
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| 意地の悪さ |
| 今日は早く帰ってきたが、妻が子供3人を連れてバレーボールの練習に行ってしまった。ひとりで夕食を食べる。ひとりで夕食を食べるがもはや逃れられない運命の時間帯に帰ればよかったのだが、中途半端に早く帰ったので、僕を置いて出ていくことについて後ろめたさがあるのかどうか、帰ると電話をいれたときに、え?という、あまりうれしそうにない返事をされた。後ろめたさというか、本当にいやだったのかもしれない。なんとなくあまりうれしくない。うれしくない気分で自転車置き場に自転車をいれようとしたら、2段式になっている自転車置き場の一段目には僕の自転車をいれるはずなのに、妻の自転車がおいてあった。僕は妻の自転車を2段目に上げて、自分の自転車を入れた。子供たちを連れてバレーボールに行くとき、妻は自転車をふたたびおろすのに苦労することとなる。そういうことをわかりながら、意地悪をした。帰ってから、え!自転車使うの!なんていったら、もっと意地悪であるが、正々堂々、僕の自転車の場所は1段目であるから、キミの自転車は2段目に直しておいた、といったら、ちょっとイヤな顔をされた。こういうことをしても誰もしあわせにならない。自分の性格の悪さに最近とてもイヤになっている。ひとりきりなので今から走ってこよう。 |
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2003年07月30日 19時30分40秒
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| セミに勝つ |
| 今朝は5時半に目がさめた。むしむしとしていた。もういちど寝ようと思ったけど、ねむくないので、ジョギングをした。走っていたら、セミがなきはじめた。セミより早起きをした。昼間はとても眠かった。クルマの窓をあけるとむしあつくて息苦しく、意識がもうろうとして、しめきってエアコンをかけたらこんどは心地よすぎて眠たくてしかたがなかったので、今日はあまり活動的ではなかった。 |
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2003年07月29日 20時41分34秒
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| セミさんとクワガタさん |
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中途入社の新入社員がはいったので、一日同行して、仕事をする。10歳ほど若い。もと野球部。プロにも誘われたのだそうだ。今、回っている地区を一部、引き継ぐのと、営業活動方法を教えるため、今月はいっしょに同行することが多くなる。まったく違う業界からきた人なので、いろいろ商品のこと、業界用語(?)、しきたり(??)、その他クルマにのせつつ説明する。説明のとても下手なことが昨日おとといの研修で判明した僕には、人にものを教えるのがとてもむずかしい。よい勉強になる。ややしんどいが。 帰宅すると、Qがセミさんの死がいを大事そうにふたつ、手に持っていた。オトーサン、セミサンヨ!とうれしそうにみせてくれた。道でひろったのだそうだ。それから去年シュンタが夏休みに妻のほうのおじいちゃんにつくってもらった、昆虫採集の箱をみせてやるとおおよろこびで、クワガタさんの標本をつまみだしこれもやっぱりシュンタのおさがりの幼稚園向けの昆虫図鑑のクワガタさんのページをひらいて、実物のクワガタの標本とみくらべていた。その姿はとてもかしこそうだった。お兄ちゃんのシュンタは虫や生き物をこわがるタイプなので、同じ兄弟とは思えない。 |
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2003年07月28日 21時51分37秒
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| 梅雨明け |
| 今日も朝から研修。シナリオはうまく書けたけど、実際模擬商談を演じるとなると、ひとりでやるわけではなく、客役がいるのである。事前に打ち合わせをしたのにもかかわらず、客役はいじわるをするのである。シナリオ通りに気の小さい僕は昨日寝る前に練習して、朝も妻を相手に練習して、よし、と思ってでかけたのに、コツンとシナリオをくずされると、がらがらがらと構成が音をたてて崩れてしまった。情けない。今度はまた10月くらいにあるそうだ。子供の運動会に重ならないことを祈る。去年はたしか運動会に重なった。5時には家に帰れて、少し走った。休みの日に走らないと、なんかからだがなまる。あしたはもう月曜日。早い。梅雨が明けたみたいで、天気はとてもギラギラしてきていい感じ。 |
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2003年07月27日 18時58分02秒
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| しゃべる |
| Qは一日あけてすっかり元気になった。朝、なにかぺちゃくちゃしゃべりながら起きてきた。でもすぐに僕は出勤した。夕方7時前まで、社員研修を受けた。いかにして商談をうまく運ぶかについて詳細な計画表を書いた。エンピツで字をたくさん書くのは久しぶりだった。文字で商談を想定していろいろなケースを書くのはわりとすきなのだ。そういうのはシナリオ書きのようで楽しい。しかし、その想定状況を実際に演じるのである。そしてビデオで撮って、みんなで君の商談方法のここはどうだあそこはどうだといろいろ意見される。そういうのは、打たれ弱い僕にはおそろしい。今日はふたり組になって、自分で書いた内容を実際にしゃべってみるだけで、ビデオ撮りなどはしない。しかし、書いたことを念頭にしゃべると、おそろしくしゃべれない。つくづくプレゼンテーション能力に欠けるヤツだと情けなくなる。しかしせっかく休日まで出勤したので情けなくなってばかりはいけないので、あしたはせいぜいいろいろ言われよう。会社から帰るとランニング姿のQが誰よりも一番にかけよって迎えてくれた。夕飯のスパゲッティを何杯もおかわりして口をケチャップだらけにして、おいしそうに食べていた。よかった。 |
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2003年07月26日 20時57分17秒
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| それにしても |
| 土日に朝9時から夜7時まで会社の社員研修というものがあって、ずっと、会社の人間と顔をつきあわせなければならないので、昨日は泊まりの出張に行った。泊まりの出張に行って、朝、電話したら、Qが熱を出したという。めったに熱などださないので心配だったが、帰ってみたら、ちょこちょこ歩きまわって遊んでいて一安心した。今日は10時前に寝た。おとといはすごく興奮していてなかなか寝なかったのは、発熱前の予兆だったのだろうか。それにしても土日に会社の研修をするというのは、よくないと思う。 |
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2003年07月25日 22時50分02秒
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| よいところをみつける |
| 朝から雨が降っていた。じめじめしてはいるけど、それほど困難な天候ではない。暑くて眠れない夜もない。いつもの年より夏の始まりは涼しいような気がする。でもわからない。これからドカンとやってくるかもしれない。やってきても僕は夏の暑いのも嫌いではない。秋も冬も春も特に嫌いではない。いつでも、四季の移り変わりの中によいところを見つけられる。なににだってよいところをみつけられる。少なくとも僕の日常は最悪ではないと思う。しかし、一日仕事でクルマに乗ると、家にかえると、頭の中がぼーっとしてくたびれる。くたびれている横で、Qがきゃっきゃ笑っていると、心がやすまる。くたびれているからこそやすまるということを知るのだ。なににだってよいところはあるのだ。 |
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2003年07月23日 21時07分49秒
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| 夏休み風の朝 |
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3日休んで、会社に行くのは久しぶりな感じがした。そういうときというのは、バタバタとする。でもバタバタすると感じるのは、たいていこちらの受けとめ方の問題なのだ。落ち着け落ち着けと思いながら、僕はいくつかの点でイライラして、せっかちだった。だけど、せっかちに完全には、のまれなかった。今日も一日、無事に終った。今週は土日も会社の研修というわけのわからないものがあり、休みがない。落ち着いて、自分を見失わずに、1週間をすごそう。 今朝は、6時半にセミの鳴き声で目がさめた。部屋はもうすっかり明るくて、ずっと昔の夏休みのような気分の目覚めだった。こういう朝は気持ちよかった。そういう時間を気持いいと感じられるのだから、大丈夫である。 |
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2003年07月22日 21時46分49秒
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| ハガキを出す |
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朝から曇っているが蒸し暑かった。セミは午前中はずっと鳴いていた。シワシワシワシワ鳴いていた。シュンタは野球を休み習い事の関係でペチカとでかけていて、僕は少し走ってから、Qの世話をした。ペチカとシュンタはなんだかいろいろ用事がある。僕だけがだれよりもヒマ人のように思えてしまう。Qの世話をしながら、先日手紙をもらってそのままにしていた友人に返事をハガキで書いて送る。 友人というのは正確ではないかもしれないが、昔インドに旅行に行ったときたまたまカルカッタの同じゲストハウスで相部屋になった人だ。その人は学校の先生をやめて反戦的なフォークシンガーになって、東北地方で歌っている。自主製作のCDも2枚出した。僕は2枚とも持っている。たまに、最近の活動報告などが印刷されたチラシとそこにさささっと数行のメッセージを書いて送ってくる。何年か前、一度こちらのほうにきたことがある。一泊うちに泊まった。震災で仮設住宅に住んでいる人たちのところに歌いにきたのだ。まだQは産まれていなかったので、家族4人でぞろぞろついていった。三宮の駅前で、反原発とか反戦とか覆面かぶった人といっしょに、楽しそうに歌っていた。 おそらく僕とものすごくかけはなれた生活をしているのだろうと思うけど、今だにお便りをくれるというのはありがたいことだと思う。だから僕もハガキにとりとめもないことを書いて、Qといっしょにポストに出しに行った。僕は今まで友情に薄いところがあって、社会に出てから、学生時代につきあいのあった人と、ほとんどまったくつきあいがなくなった。そしてよくよく考えて見ると、昔も今もつきあっている友達なんて誰もいないのではないか、という気もする。 先日出席した会社の同僚のお父さんの葬式にはたくさんの仕事関係を中心にした友人というものがたくさん来ていた。しかし僕が死んだら、義理以外だれもきてくれそうもない、そして、僕に義理を感じる人など、誰もいないのではないか、という気がした。たぶん気がしただけではなく、事実なのであると思う。僕の性格の悪さが今までつみかさなって、こういう孤独な傾向を築いてしまったのだ。妻とケンカばかりするのもだからけっきょくは僕が悪いのだと思う。このような人間性の男と結婚してくれた人には、心から感謝しなくてはいけない。なにがあっても大事にしなければならないのだ。そういうことをすぐわすれて、利己的に冷たくて皮肉な傾向があるのである。こういう自分の傾向を変えたいと最近すごく思う。だから今日は心をこめて、少し遅れてしまったけど、ハガキに筋金入りの汚い字で手紙を書いた。手紙をポストに入れたら、晴れ晴れとした気分になった。 昼からシュンタと市民プールに行って、ドーナツ型流水プールをグルグルグルまわった。心は晴れ晴れとしていたが、空は曇っていてプールからあがると寒いくらいだった。 |
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2003年07月21日 18時19分32秒
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| 海遊館 |
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朝比較的早く起きて走る。シュンタは野球。ペチカは子供会の公園そうじ。朝食を食べてから、海遊館にでかけた。協議の結果、ペチカとQとだけ連れてクルマでいく。とても混んでいた。平日の空いているときにいったら、涼しげでよいところだと思われるが、今日はぎゅうぎゅうだった。ビル全体がひとつの大きな水そうになっていて、水そうの中にトンネルを通してその中を歩いている感じの水族館だ。はじめに水のトンネルをくぐって丸い天井いっぱいに魚が泳いでいるのを見て、Qは少しおびえてしまって、僕に抱きついてはなれなかった。ハヤクオサルサンミマショウヨウと、言っていた。チラシにリスザルの写真があったので、Qはオサルサンを見るのをたのしみにしていたのだ。少しするとなれてきて、ペチカの手をひっぱって、人ごみをかきわけて、水そうのガラスにベタリとからだをくっつけて、興味深そうに魚やイルカやオットセイを見ていた。ウミガメとイルカは特に気にいっていたみたいで、水そうの中をくるくるまわって泳ぐイルカにオオオオと歓声を上げていた。オサルサンは、人ごみでほとんど見れなかったけど、よかったみたいだ。 おみやげに、ウミガメの手のひら大のフィギュアと、もう少し小さなサイズの人形がアクリルの箱にぎっしりつまっていて、それを500円で手掴み売りをしていたので、挑戦して小さなウミガメとリクガメとヌマガメとイルカと海獣類のフィギュアを9つ取った。 昼飯を食べたあと海遊館の横のショッッピングビルを歩いていたら、そこにペットのふれあいコーナーのようなお店があって、入場料を払って入ると、イヌネコウサギが放してあって、そこで自由に遊ぶことができた。Qもペチカも大喜びで、もしかすると海遊館よりも、楽しんでいたかもしれない。Qは腹ばいになって大きなイヌに抱きついてしあわせそうだった。そのあとペチカがうろうろといろいろなお店をのぞいて、なにを買おうなにを買おうと悩むだけ悩んでけっきょくなにも買わなかった。Qはキューピーの専門店の前のキューピー人形をむずかしい顔で見つめて、「コレハキューピー。ボクハキューチャン」とつぶやいていた。 家に帰ってからQは大事に大きなほうのウミガメの人形を抱えている。気に入ってくれてうれしい。 |
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2003年07月20日 17時12分32秒
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| Qセラピー |
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朝目がさめるとセミが鳴いていた。でもセミはおとといの朝から鳴いているのだそうだ。とペチカが言っていた。おとといも昨日もセミが鳴いているのは気がつかなかった。登場したばかりのセミは朝にシワシワシワと鳴くだけで、朝ご飯を食べ終える頃には、鳴き声がしなくなった。今日はだいたい雨降りの一日だったかもしれない。雨のやんだ夕方の今もセミは鳴いていない。もうすこししたらいつでもどこでもシワシワシワシワとものすごい音量で鳴き始める。梅雨が終わって夏がはじまる。 今朝はくもり空の下午前中走っていたら、途中で大雨になった。大雨の中、クルマで野球の練習中のシュンタに弁当を届けた。シュンタはユニフォーム姿は3年生でも大きいほうなので、とてもかっこいい。雨で練習が中止になるかもしれないのでスヌーピー雨ガッパをもっていったら、迷惑そうな顔をした。スヌーピーの絵柄ではカッコ悪いのだそうだ。雨はさらさらふっていたけど、練習をしていた。 雨はだいたい降っていた。お昼寝から覚めたQが、最近おきにいりの子供向け動物図鑑を見ながら、オトーサン、ドウブツミタイ!というので、近所の大きなペット屋さんに行った。カンガルーさんいるかな、ライオンさんいるかな、とQはわくわくしながらペット屋さんに行った。ライオンもカンガルーもいなかったけど、ウサギを触らせてもらえてとてもうれしそうだった。カメを見ながら、キューノダーイスキ!カメシャン!とか、ミテミテホラー、リスサンヨ!とか、ずっとしゃべっていた。休みの日にQと遊んでいると、とてもおだやかな気分になる。Qセラピー。 Qが最近動物好きで今日もそんなにペット屋でよろこんでいるから、明日は水族館でも連れていってはどうか、妻にいわれた。シュンタは動物好きではないし、野球へ行っているあいだに水族館に行っても、文句はないし、妻も行きたくないけど、Qがよろこぶなら、ペチカとQと連れて3人で行ってはどうかといわれた。そのことにはまったく問題もないし、僕も水族館が好きなので、行こうと思った。ペチカもQもきっと喜ぶだろうし・・・と考えていたら、妻は、さらに、こんなことを言った。 「ペチカのともだちのMちゃんもいっしょに連れていけば、ペチカはもっと喜ぶし、そのほうが、子供も勝手に遊ぶし、楽ではないか」 どうして僕が休みの日にペチカの友達を連れて、水族館に行かなければいけないのだろう。どうしてそれが、「楽」なことなのか。ペチカの友達であって僕とはほとんど口をきいたこともない、よその子をしかも5年生の女の子をあずかるなんて、そんな責任重大なことを気楽に引きうけたくない。大げさだ、けっきょくそうやって人付き合いが悪いだけじゃないか、なんていうが、まったく事態を理解していないのは妻のほうだと思う。こういう無神経なものの頼み方をするからいつも口論になる。そして、僕が非協力的な社会的に欠陥人間である、と決めつけられる。僕は間違ってない。常識的なことを言っているだけだ。向こうの親もいっしょに、でかけるのであれば、まったく問題はない。もし、向こうの親がこなければ、言い出した妻がいっしょにでかけるのが、スジではないかと思う。なんで僕がひとりで、そんなことを引きうけなければならないのだ。これは野球のクルマを出す出さないというはなしとはまったく違う話であるように思う。 |
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2003年07月19日 18時29分24秒
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| 死んでもやるべきことはなくならない |
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今日もバタバタとしていた。ケイタイ電話を忘れた。自宅に一度帰る。Qが、にこにこしてよってきて、オトーサン、カメサンニ、エサノゴハンアゲマショ、と、いうので、カメにエサをやって、でかけた。カメにエサをやるのも忘れていた。いろいろ忘れていることばかりだ。やらなくてはならないことがあるのに、やってないことばかりだ。こういうときは深呼吸が大事だ。「死んでもやるべきことはなくならない」と「小さいことにくよくよするな!」に書いてあった。人生の目的はすべてをやりとげることではなく、その一歩づつの過程を楽しみながら、愛情のある暮らしを送ることである、とカールソン氏は考える。そうではないという人もいるかもしれないけど、こういう考え方は僕は共感する。だから最近はこの5年も前のベストセラー本を何度も読みなおす。そのように、しつこく読んで、自分自身のものにする。とにかく、落ち着かない今週は終った、明日から3連休だ。 今日、トイレに立ち寄ったコンビニで週刊誌を立ち読みした。少年犯罪のことについて書かれた記事で、凶悪犯罪を起した少年の家庭の多くでは、母親があまりに支配的で(溺愛という意味でも支配的で)、父親の影が薄いのだそうだ。うちもやや子供たちがお母さんの価値判断を中心にして、お父さんをのけものにする傾向があるように思う。黙っていてはいけないのである。妻になにかいわれて、絶望的に無口になってはいけないのだ。口論することは正しいとはいえないが、つねに、よくしゃべって、歩きまわって、存在をアピールしなければ、家庭の危機である。そういうことを立ち読みしながら考えた。がんばろう。こういう記事を読んだりすると、僕はなぜかすごくがんばろうと思う。 |
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2003年07月18日 20時09分57秒
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| 阪神高速のUSJ |
| 休むときにかぎって普段ないような、こまごまとしたトラブルがある。そういう法則というものがあるというような、想像をしたくなる。午前中はバタバタとして、急いで得意先に向かって、出かける。阪神高速は渋滞していた。中途半端にノロノロと流れていた。ノロノロしていたら、ここは阪神高速であってUSJではないのに、うしろからガシャンと衝撃があった。クルマをぶつけられた。高速の脇にクルマを止めて、ぶつけたクルマのパンチパーマにサングラスで一見こわそうだがそれほど悪い人間には思えなかった運転手に、100mほど先の湊町のPに行ってはなしあいましょう、と告げ、クルマを走らせた。湊町の出口のらせんじょうになった道は途中、Pに入る道と出口のふたつに道がわかれていて、Pに入ると出口に出れず、出口に出るとPには戻れない。僕はどうしようか急いでるのにまったくと考えごとをしながら、湊町出口をくるくるとまわってPの道にクルマを止めて、ふと、ふりむくと、ぶつけたクルマはいなかった。逃げてしまったのだろうか。間違えて、そのまま出口に出てしまったのだろうか。クルマのナンバーは控えたが、ケイタイ電話の番号を聞いていなかった。クルマを点検した。バンパーが多少、傷ついていたほかは特に問題はなさそうだった。首も肩もなんともなかった。急いでいたので、めんどくさくなって、そのまま得意先に急いだ。一日クルマを走らせて、特に問題点はなかったし、会社のクルマだし、体も腕立てや腹筋もして今現在問題ないようだし、まあ大丈夫ではあるかもしれないけど・・・。 |
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2003年07月17日 21時29分43秒
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| USJ |
| 今日はペチカとシュンタの学校が創立記念日で休みだったので、有給休暇をとり、USJに行った。会社を休むことは1ヶ月前から決まっていたけど、ここ最近あまり働いていないようにも思う。子供たちはとても楽しそうだった。Qはキャラクターの着ぐるみに、囲まれると、下唇を突き出して、必死に泣くのをこらえていた。チャーリー・ブラウンの着ぐるみがきたときに、Qにあいさつしてごらんというと、小さな声でとても早口で、「はろー まいねいむいず きゅう ふあっちゅあねいむ おう ちゃーりー ないす ちゅう みいちゅう」とうつろな視線でつぶやいていた。夏休み前の平日のため、あまり込んでいなくて、たいていの乗り物にたいして待たずに乗れた。Qを肩車して歩いたのでよい運動にもなった。Qは待ち時間にふらふら歩くときが一番楽しそうだった。僕はUSJもディズニーランドも、特別好きでもない。でもいつもは決して起きない朝の6時半から子供が元気に起きて大騒ぎしている姿は、とてもうれしい。帰りに僕の態度について、妻より批判的なことを言われ、不機嫌になる。不機嫌になると結局また僕がすべて悪いということになる。そうかもしれないけど、100%僕が悪いのだろうか。誰か弁護士でも立てたい心境になる。イヌの弁護士とか。本を読んで、そういうふうに、腹をたてるのはやめようと思ったのに、すぐにまた、腹を立てる。だからあんたがすべて悪い、ケンカではなくて、勝手に腹をたててるのが僕だということをいわれると、心から誰かに助けを求めたくなる。こういうことはまさに、とるにたらない、小さなことなのだけど、克服するのがとても苦しい。明日は、また気持を切り換えて、立派な人間になろう。 |
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2003年07月16日 21時12分59秒
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| 葬式 |
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昨日今日と会社の同僚A君のお父さんがお亡くなりになり、葬儀の手伝い、受付担当をした。香典の計算とか、いろいろとはじめての経験であったので、緊張した。香典の計算をしながら、みんななぜか空気の重さを、なんとかしようというばかりに冗談ばかり言っていた。 A君もとても気を使う傾向のある人なので、冗談ばかり言っていた。文字にするととても不謹慎であり、その場にいてはじめて彼がいかに気を使っているかがわかるとてもきわどい種類の冗談であるが、たぶんとても心優しい冗談なのだろうけど、そういう気の使い方にたいして僕は比較的僕はノリの悪い傾向があるので、まったく上手に切り返すことができない。そういう冗談をきいても顔をしかめるほどヘンクツではないけど。香典整理の冗談だらけの会話の中で、合わせて笑っていたが、帰宅したらどっと、くたびれた。遺族の人たちはとても悲しくてもっとくたびれているのだから、僕がいうのは申し訳ないのはわかっているけどくたびれた。 会場から流れてくる坊さんの読経もとてもくたびれた。葬式には坊さんでなければいけないのだろうか。いわくいいがたく、お坊さんというのがキライだ。祖父が死んだ時に来た坊主も酔っ払いのひどい坊主であり、14歳のキケンな年齢であった僕はその坊主に対して非常に暴力的な衝動に駆られたが、なんとか抑制した。以来非常に寺の坊主というものにヘンケンがある。信じてもいないものに、慣習的に頭を下げるのが、正直なところとてもイヤだ。 では自分は何を信じているのだろう。なぜここにいて、どうして生きているのだろう。そういうことをあまり考えないようにして、冗談ばかりいって、そうして、死んでいくだけなのだろうか。ということを葬式の時にはいつも思う。だけど、結局またすぐに、忘れてしまう。しかし、人生は短い。しつこく、追求しよう。忘れても忘れてもまた思い出そう。葬式に出席をすると、そういうことを思い出すという意味では、大事な儀式だ。 |
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2003年07月15日 22時29分28秒
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| 草刈の日曜 |
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6時半に起してもらい、朝食を食べ、シュンタの少年野球のグランドの草刈に行く。グランドはとなり町の町営グランドで、野球チームの父兄だけではなく、町内会のおじさんたちがたくさん集まっていた。シュンタの野球チームの上級生や、平日にグランドを借りていると思われるどこかの高校のサッカー部の少年たちもいて、100人くらいはいたのではないかと思う。鎌を借りて、グランドのまわりに生えた草を刈る。グランドの中にははじめて足を踏み入れたが、非常にやわらかく水はけのよい土のグランドだった。こういうところで練習できるシュンタはしあわせであると思った。 黙々と草刈をするのは、性格的に向いているのであると思う。1時間半ほどずっと草刈をしていたが、充実感があった。それにとなりの町ではあるが、地域に貢献をしているようで、うれしかった。人の役に立っていると思うのはうれしい。マザーテレサが「私たちはこの世で大きいことはできません。小さなことを大きな愛をもってするだけです。」と言ったと、「小さいことにくよくよするな!」に引用されていた。よい本だった。比較的よい本にはよく出会っていると思うが、なかなか、それによって、自分自身は変化していないようにも思う。でも今日はこんな失敗はした、でもまた次はがんばろう、と常に前を見ることは忘れてはいけないと思う。同書にはまた、「人生はテストだ。ただのテストにすぎない。これが本物の人生だとしたら、どこへ行くべきか、なにをすべきか指示してくれてもいいではないか」という面白い標語が紹介されていた。今度うちの近所の清掃があるときにも、ぜひ参加しようと思う。 草刈を終えて帰るとシュンタは入れ替わりに野球に行った。僕はジョギングをした。雨がふってきた。走り終わってから、部屋の開けた窓の下に転がって雨の音を聞いていた。風の通りもよく、雨の音を聞きながらうとうとするのは気持よかった。 昼過ぎにはシュンタも雨で練習が中止になって、帰ってきた。午後はシュンタはゲームをしてるし、Qも昼寝をしているので、ペチカとふたりで、図書館に本を借りにいった。ペチカは星新一の本が気に入ったらしくて3冊かりていた。シュンタには王選手の伝記と野球の小説を借りた。Qには絵本を2冊借りた。僕は、図書館で本を借りるとだいたい読まないので借りない。 |
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2003年07月13日 16時32分16秒
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| ドーナツ |
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昨日ビールを飲んだので、今朝も早く起きて走ろうと思ったが、目が覚めると、7時すぎで雨が降っていた。会社にいって午前中だけ仕事をした。現在嘱託で働いている60過ぎのAさんも土曜出勤していた。最近、走っているか、ときかれたので、ええまあ少しと言った。Aさんはどうですかときくと、今朝は雨降りだったのでやめたが、毎朝山道を仲間と2時間くらい走っているのだそうだ。バケモノみたいな人である。つい最近Aさんのお父さんは94歳で亡くなられたが、亡きお父さんにはお兄さんひとりと妹ふたりがいて、みんな90代でまだ健在らしい。たぶんAさんも100くらいは長生きするのではないかと思う。 午前中で雨はやみ、ミスタードーナツの10個買えば30%引きという割引券があったので、帰りに、ドーナツを10個買う。10個選んでカウンターに持っていくと、お持ち帰りですか。と聞かれた。ここで全部食べます、といったらびっくりするかなと思ったけど素直に、はい持ちかえりますと言った。でもとなりのカウンターの人は「ええと、ふたつはここで食べて、残りの3つは持って帰る」とむずかしいことを言っていた。 帰ってから、シュンタとキャッチボールをして、それから、少しだけジョギングをして、ドーナツをひとつ食べてから、カメの水をかえた。シュンタの野球が休みだとQはとてもうれしそうだ。オニーチャンオニーチャンと興奮してバタバタバタと部屋中をかけまわっている。 |
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2003年07月12日 16時55分12秒
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| くらっとした朝 |
| 今朝は目がさめると、6時ちょうどだったので、ひさしぶりに平日ジョギングをした。朝から太陽はぎらぎらしはじめていた。心地よく汗をかいた。今日もほぼ一日社内で仕事、時々外に出ると、暑さにくらくらした。夕方になってまたビールを飲む。飲んで店をでたら、雨がふっていた。明日も仕事。あさっては早起きしてシュンタの少年野球グランドの草むしり。子供たちは10時から練習だけど、草むしり父兄は朝7時半に集合であるそうだ。 |
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2003年07月11日 22時11分28秒
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| くらっとした暑さ |
| 今日も暑い一日。太陽は昨日より迫っていたのではないかと思うが、今日は一日のほとんどを事務所内にこもっていたので、真相はわからない。時々おもてにでて、クラっとした。日が暮れて、ビールを飲んできたく。風が、すずしい。雲がたくさん夜空を動いていた。スナネズミのスーチャンは、あおむけになって眠っている。さっきQと横になっていたら、ストンと眠りにおちてしまって、そのまま起きたくなかったが、もったいないような気がして目を覚ます。 |
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2003年07月10日 22時20分03秒
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| 暑いけどまだ夜はよく眠れる |
| 今日は暑い一日だった。カラッと晴れているのではなく、雲は重たく、空気は水分たっぷりでとてもよく蒸れていた。まだまだどんどん暑くなる。梅雨が終って、はやくぎらぎらと暑い夏がやってくればいいなと思う。 |
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2003年07月09日 22時17分13秒
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| 風呂上りの1章 |
| 「落ちこみは優雅にやりすごす」「批判は受けとめれば消えていく」「いまリラックスする」風呂からあがっていつも2、3章読んでいる「小さいことにくよくよするな!」のタイトル。中身の文章もただこのタイトルだけのこを行っているだけなのだけど、最近の精神状態には、食後の胃薬みたいにきいている。食後に胃薬などは飲まないけど、飲んでいる人とたまに食事する。食べ終わったあと、さささっと、フトコロからクスリを取り出して、手品みたいにクイッといくつかの粒を飲み干す。それはともかく、いい本であると思う。しかし本来はこういう本がよく読まれる世の中というのは、ストレスに囲まれたあまり健康な社会ではないとも言える。でも健康な社会であったとしても、ストレスがたまる人はたまるのだきっと。僕はストレスがたまっているのだろうか。と考えるとそうでもないように思う。こういう本を読んで、ああなるほど、と感心して、とても楽しくなることはいい感じだ。 |
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2003年07月08日 20時26分49秒
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| 努力 |
| 今日は七夕であり、12回目の結婚記念日だった。記念日だからといって特別になにかをしたわけではなかった。会社の帰りになにかを買って帰ろうかといったけど、いらない、というので、なにもかわなかった。なにもきかずに、ケーキとか買ってきたらもしかしたらよろこんでもらえたかもしれないけど、けっきょくなにも買って帰らなかった。別にだからといって文句もいわれなかった。なんとなくそっけないような気もする。努力が足りないのだろうか。努力できるのが才能である、と松井選手のお父さんが言っていたような気がする。昔親に買ってもらった王選手のサインボールにも努力、と書いてあった。こないだ甲子園で買った桧山選手のサインボールには、サインと桧山選手のカラー写真がはりついていた。桧山選手はとても性格がよさそうだ。 |
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2003年07月07日 21時23分50秒
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| 散歩の日曜 |
| 今日は7時前に全員起きていた。ペチカは子供会のポートボールの大会のため、妻は子供会の役員のためその手伝い、シュンタは野球。目がさめたらすでにペチカはいなくて、妻はあとは、よろしくと、出ていくところだった。シュンタは機嫌よく目を覚まし、元気に野球に行った。Qがゆっくり起きてきて、今日は一日Qとふたりだった。朝ちらりとペチカのポートの試合をのぞき、いつものジョギングコースを今日はQとふたりで歩いた。途中Qを肩車して屈伸したり、公園に立ち寄ってブランコをしたりゆるゆると歩いていたら2時間近くかかった。でもQと散歩するのはとても楽しい。コンビニで昼飯を買って、食べた後、Qを昼寝させ、起きたらまた、ふたりで散歩をした。夕方、ようやく、ペチカと妻が帰ってきて、夕方から雨が降るといっていたのに降っていなかったので、せっかくなので、朝のジョギングコースをもう1度、今度はひとりで走った。走ってからQと風呂に入ってあがったところで、元気にシュンタが帰った。 |
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2003年07月06日 19時07分11秒
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| 阪神 |
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7月5日。朝は雨降りだったのでシュンタの野球は休みだった。しかし、10時半頃には雨があがったので、ジョギングをしてそのあとシュンタとキャッチボールをした。キャッチボールをしながら、ふと、今夜は甲子園で阪神戦があるはずだ、と思い、シュンタといっしょに野球を見に行くことにした。 昼飯を食べた後、ふたりで電車で甲子園に行った。2時過ぎについた。アルプス自由席はもう発売していて開門していた。5月の連休の時と同じ3塁側アルプス席に入った。1塁側はすでに満員だったのだ。2時過ぎから6時のプレイボールまで、弁当を食べたりお菓子を食べたりジュースを飲んだりして、時間をすごした。くもり空だったが、雨は降りそうもなく見えたが、6時に試合がはじまるといきなり雨が降って中断した。しかし、すぐに雨は通り過ぎ、無事試合は最後まで行われた。 阪神ヤクルト戦。またヤクルト戦だ。去年から3回続けてヤクルト戦だ。過去2回はいずれも阪神が負けている。しかし、今回は13対7の大勝だった。先発藪は不安通りに打たれてしまったが、そのお蔭で、ルーキーの久保田投手の速球も見れたし、リガンも安藤もウイリアムスも見れた、あと谷中と吉野もでて計7人もピッチャーを見れた。打てなかったけど八木の代打もみれたし、金本はちょっとちょうし悪かったみたいだけど、他の選手はよく打った。阪神の勝ちゲームをはじめて生で見れた。いかにも今年の阪神らしい勝ち方で勝った。シュンタと声を枯らして応援した。試合は打ち合いであったのでなかなか終らず、終盤はシュンタは睡魔に襲われていた。終ったのはもう10時をすぎていて、8時間も甲子園の自由席に座っていておしりがいたい。満員電車に揺られ、11時半に帰宅。あした7時に起きて少年野球に行くシュンタは明日は雨であればいいのにとやや半べそ状態で寝た。 |
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2003年07月06日 00時46分55秒
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| 平穏な金曜 |
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明日から久々に丸々2日休み。とてもうれしい。今日は、帰ってくるのが少し遅かった。Qが変則的に昼寝をして(夕方6時に寝たらしい)、夜9時ごろから目を覚まし、ふとんの上をごろごろしながらなにかおしゃべりをしていた。相手にすると寝ないので、知らん顔をしていた。ごはんを食べて、風呂に入って、シュンタといっしょに歯を磨いた。 シュンタの新しい歯ブラシは、僕と同じ青色で、少し大きさが違うだけで、間違えて使われてしまいそうだった。そういうのを細かく気にするシュンタは、よく似たふたつの歯ブラシを少しの間みつめていたが、やがてパッとひらめいて、「そうだ、お父さん、名前書いておいたらいいよ、お父さんの歯ブラシには『お』って書いておこう!」。「お」。お父さんの「お」。僕は僕の歯ブラシの柄に「お」と書いた。 ペチカとシュンタの部屋でシュンタの横にころがって、「小さいことにくよくよするな!」を読む。これは風呂上りに転がって読むのに非常にリラックスできていい本だ。さっきQが転がっている部屋の横を通りすぎると、Qが真剣な顔をして、天井を見ていたが、僕のほうにちらりと顔を向け、ニコリともしないで手を振った。面白い。でもこれでかまったら、真夜中まで寝ない。がまんしてほおっておく。ようやく寝たみたいだ。 |
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2003年07月04日 22時44分44秒
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| 注意深く進む |
| 一日に何回となく、後ろ向きなことを言う。そのことに注意を向ける。会社の人間とはなすと、人の悪口ばかり言っているように思う。そういうつもりはないのに、ものごとに対して文句ばっかり言っているように思う。じわじわとなにか自分ではないものに染められていくような。そういうことに注意を向ける。もう少し以前は潔癖で正直であったように思う。それがじわじわじわじわと染みこんでくる。そういうことに注意を向ける。すぐにだれてしまう。今週は慎重にしようと考えていた。このところいろいろなものが染みついていることにおそれを抱いている。そのことに注意を向ける。注意深く注意深く。 |
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2003年07月03日 22時01分28秒
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| 事件 |
| 昨日、すぐ近所で、殺人事件が起きた。どこかの家のお母さんが玄関先で刺し殺され、娘も刺され重傷、犯人はそのまま、どこかへ逃げた。子供たちは集団下校をしたそうだ。犯人像がその時点でわからず、もしかして通り魔殺人鬼のような人間だったら、次々そこらじゅうで人を刺しまくるのではないかと、仕事をしていても不安だったので、はやく家に帰った。夜になっても犯人はつかまらないので、シュンタの空手は休ませた。今日、ようやく犯人はつかまった。新聞によれば、被害者と恋愛関係のもつれのようなことを書いてあった。そんなことで殺すことないのに。大阪ではよく凶悪犯罪が起こるが、こんな近所で、こういう事件が起こるとは・・・。子供の学校では、避難訓練の際、不審者が侵入した場合の訓練などもやっているそうだ。おそろしい。おそろしい、おそろしい、と心配症になっていては、何事も前に進まないけど。なにが起こるかは、予測しがたい。確実なのは今このときで、このときはとても大切なので、このときに、おそろしいきもちにのまれてしまったり、そのほかのいろいろ身勝手な感情にふりまわされてしまってはいけない。 |
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2003年07月02日 21時16分16秒
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| 後半はじまり |
| 一年の半分が過ぎた。後半のはじまりの日。数年前のベストセラー本で「小さいことにくよくよするな!」(リチャード・カールソン著、サンマーク文庫)という本がある。ハードカバーで売られているときに、何度か立ち読みして、そのたびに適当にページをひらくと、その時の気分にあった、気分転換のアイディアが書かれており、面白い本だった。でも見栄っ張りなので、そういう本は買わなかったけど、BOOK OFFで100円で売られていたときに、こっそり買った。買ってから、ほとんど読んでなかったのだが、ここ最近小さいことに非常にクヨクヨしていたので、昨日、本だなから取り出して、読んで見たら、少なからず勇気付けられた。この本は小さいことにくよくよしたときの対処法を100の章にわけて書いてある。ようするに、心のもちようで、目の前の風景というのは変わるものだということが書かれた簡単な本だけど、そういう簡単なことがしばしばわからなくなる。今日から新しい気持で1年の後半をはじめよう。 |
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2003年07月01日 21時38分33秒
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