2003年8月の日記です

Qとの日曜日
夜からシュンタの野球チームの花火大会があるので、今日はシュンタをクルマで練習場に送った。そのあとジョギングをしてから、教会にでかけようとしたら、Qがお父さんいかないで、いっしょに遊ぼうよ、と足にしがみついて離れない。このまま置いていくと泣き出して家庭不和の原因になるので、Qもいっしょに教会に連れていく。礼拝堂の後ろに防音ガラスで仕切られた親子室という畳の部屋で、礼拝に出席。他に2名の母子がいた。少しはずかしかった。

早めにいったので、日曜学校が行われていて、Qも案内してもらって、小さな子のグループにいれてもらい、聖書の言葉のかかれた絵入りのカードをもらって、讃美歌をうたっていたが、Qは大きな声でキューデス!と自己紹介はしたもののそのあとは、むずかしい顔をして、歌も歌わず、僕にずっとくっついていた。小さい子のグループであったが、2才のQはとても大きいので、幼稚園児に間違われた。教会の2階に、大人が礼拝しているあいだ、先に子供礼拝を済ませた子供たちが待っている部屋にも案内された。そこでは、ビデオが流れていた。なにか宗教的な内容のビデオなのだろうかとちょっとドキドキしてたら・・・ポケモンだった。でもQはお父さんといっしょにいたいというので、結局、親子室で礼拝をした。Qのおかげで、教会内をくまなく見学することができた。

親子室でコアラに人形とレゴブロックが置いてあり、Qより首ひとつ分くらい小さい2才の女の子と仲良く遊んでいた。防音室のため、讃美歌を歌うとき、オルガンの音は聞こえるが、礼拝堂内の歌声があまり聞こえず、讃美歌をほとんど知らないし楽譜も読めないためいつもはあわせてぱくぱくと口を動かし歌っている気になっていたのに、ぜんぜん歌っていない自分を改めて認識し、少し困った。いっしょのお母さん2名は上手に歌っていた。一人は聖歌隊の人らしく、途中で聖歌隊のみ合唱の時は、子供を寝かして、礼拝堂内で歌って、またまた、親子室に戻ってきたり忙しそうだった。でも今日歌った讃美歌のうち、讃美歌276番「光と闇との」は、昔通った教会でよく歌われていたので、これはきちんと歌うことができて、うれしかった。

この世の勢い みなぎりあふれ
悪魔の剣は 刃向かい来くとも
いかでか阻み得ん 光の御国
仰げや、我が主は みくらにいます

Qは途中で飽きて帰りたがったが、抱いたら寝てしまった。また来週もQが足に巻きついて離れなかったら連れていこうと思う。

もうすこししたら、シュンタの野球場に行って花火大会とバーベキュー。こちらのほうが、Qをつれて教会にいくより・・・はるかにしんどい。
2003年08月31日 15時44分23秒

ライオン
今朝も子供たちは早起きしてラジオ体操に行った。ラジオ体操は今日で終わり。夏休みも今日と、明日でおわり、月曜日から学校。結局僕は1度もラジオ体操に行かなかった。朝、ラジオ体操にでかけるとき、シュンタは瞳を輝かせていつもはケンカばかりしているペチカに、「ペチカ!お菓子なにもらえるかな!うれしいねえ!」とご機嫌にはなしかけていた。そしてラジオ体操を終えると、ふたりともしあわせいっぱいな顔で袋に入った駄菓子をもらってきていた。すごく単純なところがふたりともかわいらしかった。シュンタは本日もまた野球の練習に行った。僕は朝ひとりで走った。

午前中は、ペチカとQを連れて図書館とペットショップに行った。こないだ夜中におなかが空いていたとき台所の扉をいくつか開けたが適当な真夜中に食べるにふさわしい食べ物がなかった。そんなとき小学生の時読んだ本の主人公の男の子は、なにかうまいものはできないものかと、ショウユ、塩、砂糖、ケチャップ、とにかく家じゅうの調味料をまぜあわせ、それを飲んで腹を満たそうと思う。そしてなんだかブキミな飲み物ができてあがる。それをペロリとなめてみるとアラ不思議、その少年は透明になってしまったのだ・・・という加納一郎という人の書いたドタバタSF(?)「透明少年」(朝日ソノラマ文庫)という本が非常に読みたくなった。朝日ソノラマ文庫の背表紙が緑色だった頃、この加納一郎の少年向けに書かれたドタバタSF作品はたくさん出版されていた。荒馬、是馬兄弟シリーズなどもずいぶん読んだ。この兄弟もものすごく食いしん坊で、食欲をベースに物語がテキトウに進んでいく。今はたぶんすべて絶版になっていると思う。腹の空いていたこの前の真夜中から僕は、「透明少年」を読みなおしたかった。そこで図書館に行って、パソコンで検索して、書庫に「透明少年」があることを確認して、司書のお姉さんに書庫から出してもらって、「透明少年」を借りてきた。緑のソノラマ文庫の「透明少年」今は読売新聞の政治面の風刺マンガでしか見ない祐天寺三郎氏のイラストである。とても懐かしい。ページボロボロであった。黄色く変色していた。しかし、読み始める。おもしろい。くだらない気もするけどそういうところがすごくおもしろい。子供の頃に読んだ本って、結構中身覚えているのである。ぜひシュンタに読ませたいとも思う。いつもおなかがへっていて八の字マユゲにドングリみたいな目の主人公はなんとなくシュンタに似ている。

ペットショップに行ったのは、ペチカがきのう夢でリスザルが出てきたので、ぜひリスザルが見たいというのだ。ペチカは九州に行ったときサファリパークでリスザル園に入って、リスザルにたくさん肩にのっかられて以来リスザルがだいすきなのだ。僕も昨日偶然動物の夢を見た。なぜかケニアでゴルフをしているのだ(現実には僕は生まれてからゴルフなどしたことはない)。ゴルフをしていたら、とちゅうにコースに2頭のライオンがでてきて、わああ!という夢だ。ライオンは金色でとてもきれいだったけどこわかった。ライオンはでもケンカしながらどこかに消えた・・・ああこわかった、とおもって、いっしょにコースをまわっていた人と顔を見合わせようと思ったら・・・その人もライオンだった。という夢だ。でもライオンはきれいだった。金色に輝いていた。ペットショップにはライオンはいなかったが、リスザルはいた。ペチカもQもかわーかわいーとよろこんでいた。

昼は暑くてほぼ家の中にいた。夕方、「青春にあけくれたぜ」、といいながら野球から帰ってきた。
2003年08月30日 18時13分07秒

静かな夜
東京に行って帰ってくる。新幹線は行きも帰りも座ることができたが、新大阪に行くまでの電車と東京へついてから乗った電車は非常に混んでいた。普段電車に乗ることはほぼないので、しんどかった。汗をたくさんかいた。毎日電車で営業活動している人などはとてもしんどいだろうなと思う。僕の毎日はそういう意味では、恵まれている。夜9時半に新大阪駅につき、ここもやはり人ごみでいっぱいのJR在来線に乗りかえる。みまわすとまわりはみんな酔っ払いの人ばかりだ。僕はまったくのシラフであったので、異様な感じがした。人はなぜ酒を飲むのだろう。実にブキミな光景だ。家に帰る。ペチカとシュンタとQはタタミの部屋で眠っていた。平和で静かな夜だ。風も涼しい。静かな夜がいい。酔っ払いの人ごみはおそろしい。
2003年08月29日 23時21分01秒

キップ
あしたは東京に出張することになって、僕のほかに3名もいっしょにいくことになった。いっしょに待ち合わせていこうということになったけど、いっしょにまちあわせて、朝から新幹線もいっしょ、向こうでもいっしょ、帰りもいっしょというのは、しんどいような気がした。行き帰りの新幹線の時間というのはひとりでゆっくりすごしたいのである。居眠りするにしても、読書をするにしても新幹線の往復6時間というのは、とても幸福な時間なのである。そうしたら、今朝判明したのだが、最近新幹線のビジネスキップというのは、今までは「ひかり」のみで、「のぞみ」は乗れなかったのに、今度から「のぞみ」も乗れるようになったのだそうだ。あしたいっしょにいく3人は、みんな「のぞみ」に乗れないチケットをもらっていた。しかし、早めにキップを会社からもらっていた僕のは、「ひかり」のみで「のぞみ」には乗れないチケットであった。早めにもらってしまったので、「今度から」の「のぞみOK」のチケットをもらえなかったのだ。しかし、そのことによって、3名は仲良く指定席を買ってあしたはのぞみで東京に行くことになった。僕は一人ひかりに乗って東京に行くことになった。なんとなく、不公平感を感じなくもないが、その一方で、あしたは、ひとりで東京行って帰ってこられるというのは、よかったとも思う。そういうことを家に帰って、妻に話したら、僕がひとりだけ、のぞみつきのキップをもらえなかったのは、要領が悪いと言われた。はじめに僕が、みんなずるいんだよ、おれ以外はみんなのぞみなんだよ、というような話し方をしたので、ずるいのではなく、要領が悪いのだ、といわれてしまったのだ。すごくグズでノロマなアホ亭主みたいなものの言い方をされた。少なくとも僕の現実の中ではそういううふうに言われたのと同様な妻の顔や声のトーンだったから僕はものすごく傷ついた。のぞみにのることがそんなに大事だろうか。だって30分は時間が変わるのよ、なんていう。そんなに早く僕に帰ってきて欲しかったのだろうか。そうじゃなく、たぶん僕が他のみんなと違うから要領が悪い、ということが、本日の僕に対する評価なのだろう。そういうふうに、要領の観点からものを言われてしまうことに僕はものすごくムカっときたが、感情を押さえた。人生は要領ではない。僕がひとりで新幹線に乗りたいという希望がかなったのだ。すごくいいことではないかと思う。ときどき価値観のギャップを感じて夫婦間においてものすごい悲しみを覚える。悲しいと思えるほど僕は妻を愛しているのである。僕の気持が、ふっと遠くなったら、いったいどうするつもりなんだろう。喜ぶのどろうか。それだけのものなのだろうか。だけど僕はぜったい夫婦間の愛情においてふっと遠くなったりしない。ものごとをあざけったり、皮肉なものの言い方をしてばかりいてはいけない。バカみたいに愛しているということについてまじめに取り組むのである。
2003年08月28日 20時32分00秒

火星が近づく
今朝も6時すぎに目をさましたが、シュンタがやっぱりお父さんにラジオ体操にはきてほしくないというので、そこまでいわれたらしかたがないのでいくのをやめた。

会社では今日は上の人を乗せてクルマにのる。この人はいつも、会社の人事上のヒミツをここだけのはなし、へんなはなし、じつのところ、ほんねのぶぶんでは、とかいろいろ、前置きをつけてベラベラベラベラしゃべるのが好きな人だ。人が何人か集まれば、そこで人間関係というものができて、それだけでややこしいと思うけど、この人はさらにそれをややこしくするのが生き甲斐なのではないかという気もしないでもない。社内情報というものは、知っても知らなくてもどうでもいいように思う。どうにもしようがないのではないかという気もする。ここだけのはなし、あのときはああいったが、実は・・。みたいなものの言い方は言葉というものに対する不敬であるとも思う。しゃべればしゃべるほどむなしい。これに対抗するには言葉に対して愚直なまでに、マトモに受けとめマトモに返すという方法がある。中島義道著「うるさい日本の私」(新潮文庫)「対話のない社会」(PHP新書)というエッセイを読むと、そういう有効な対抗処置が述べられている。勇気付けられる。でも著者は尋常ではない。

陰謀史観を大真面目に語るある種のカルト団体の信者のようなものの言い方は、くだらねーや、と思う。会社というところは、とてもどーでもよいことが深刻な事態になったりする。たとえば社員旅行という、前近代的なことをする場合、部屋割りをどうするかということで、この世の終わりのようなさわぎになるのである。そしてその部屋割りを決めるにあたって、誰と誰が仲がいいか悪いか具体的に教えて欲しいと言われても、どう返答していいかわからない。不用意に適当なことをいったら、あいつは、あいつのことをああいったこういった、とまたまた事態を複雑にしかねないのである。1泊2泊どこかに泊まるのに横で誰が寝ているからと、そんなに深刻な問題だろうか。永遠に暮らすわけでもないのである。

そう考えれば、永遠に比べれば100年であってもどうってことのない期間である。100年に満たないあいだ、となりに誰がいようと、そんなに深刻に悩むことでもない。たかが100年であれば、もうすこし仲良くやれそうな気もしなくもない。と火星が6万年ぶりに地球に接近、というようなニュースをきくと、そういうおおらかな気持になれる。

火星が近づいたせいなのか。家に帰るとQがものすごく興奮していた。くるくるくるくる、走りまわっていた。カミナリが鳴り始める前、空気中に電気が充満してピリピリして子供があばれるという話をきいたことがある、カミナリが近づいてピリピリしてくるならば、火星が近づいてきたら、きっとなにかがピリピリしているに違いない。小さなQは敏感に感じ取って、くるくるまわっている。
2003年08月27日 22時39分44秒

かみなり
目がさめたら、雨降りだった。ラジオ体操は中止だった。朝ごはんの頃までには、雨はやんで、昼間はどんより、時々晴れの天気だった。今日はひとりであったので、とても気楽な気分の一日だった。しかし働く働く毎日働くのである。以前僕は働きたくなかった。できればいつまでもフラフラとして仙人のような人になりたかった。でも根が小市民であったのだと思う。今は毎日会社に行って働いている。しかし働いていると日々困難も多いが、そこからモノが見えてくるということもあるとも思う。その見えるものがだからといって絶対的に正しいというわけでもない。だけど、ひとつの見方があり、その見方は絶対ではないけど、でも見るには、とにかくなんらかの見方をしなければ、なんともならんということはわかる。そして、のぞまなくても誰もがフラフラしているのである。仙人みたいに、ゆらゆらしているのである。というようなことを考える。夜、また雨が降り、雷が鳴る。電気が時々ポッポと消える。ようやく静かになって、窓を開けると秋の虫が鳴いていた。
2003年08月26日 22時08分38秒

木曜日ふう月曜日
月曜日、今日も営業車の隣には、新人君が座っていた。今日は僕は弁当であったが、新人君は持っていなかったので、パーキングでサンドイッチを買って食べていた。新人君がいると、あまりさぼれないので、まじめにはたらかなければならない。月曜日であるけど、もう木曜日のような気分だ。
今朝も子供会役員として、妻は、ペチカとシュンタといっしょに、ラジオ体操に行った。そのため僕は寝ているQは朝留守番だった。あしたは、ラジオ体操に行こうかと思うが、なんだかシュンタはあんまりお父さんに来てほしくないようだ。いっしょにおきてもいいけどお父さんは勝手に走っておけばいいのではないか、というようなことを言っていた。ペチカに、お父さんと手をつないでいこうか、といっても、軽く無視される。やっぱりあしたは寝ていようかな・・・。
2003年08月25日 22時19分07秒

イナゴ
今日から子供たちは、朝のラジオ体操がはじまる。8月末まで近所の公園でラジオ体操をする。6時15分に起きて、ぶつぶついいながら、ラジオ体操に行った。今朝は妻も子供会役員として立会いのため行って、僕はQといっしょに寝ていたけど、あしたから子供たちといっしょにラジオ体操に行こうかと思う。シュンタは野球チームに入ってから、言葉づかいが非常に乱暴になっている。ラジオ体操時の態度も悪かったという。ペチカとしょっちゅうケンカしている。もっと小さい頃はとても、やさしくて、ぽーっとした子であったのに、すごくナマイキだ。ぽーっとした顔で眠っているQはとてもおだやかな子で、声も高くて、女の子みたいなしゃべり方をする。でもQもそのうちシュンタみたいな、乱暴な子になるのだろうか。

僕もなにかいわれると、比較的かーっ!となりやすい性質がある。子は親を見て育つというので、忍耐力をつけなければならないと思う。野球のコーチというのはひじょうに下品な野次を飛ばしながら、指導している。しかし、シュンタのお父さんはそういうコーチとは違うのである、という、ところを日々の態度を持って示さなければならない。別にコーチの態度がどうこうというのではなく、それぞれの人が、それぞれに、自分の道を歩まなければならない。

我が道を行く、といえば、東北高校のダルビッシュ投手は、うちの近所の大阪府羽曳野市の中学出身なのだそうだ。お父さんがイラン人。お母さんが日本人。中学時代から140キロ台の速球を投げていたダルビッシュ君は、50校くらいの高校からスカウトがきたのだそうだ。そして自分の意志で東北高校進学を決めた、と今朝の産経新聞に書いてあった。我が道を行くダルビッシュ投手。イラン人のお父さんは、いったいどんな人なのだろう。息子の少年野球に熱心にコーチしに行ってたのだろうか。イラン人のお父さんが野球好きであるかどうか・・・あまりそうでもなさそうな気がする。イチローのお父さんみたいな人が日本の高校球児のお父さんにはいっぱいいるのだろうけど、ダルビッシュ君のお父さんとか(このお父さんの真相は定かではない)、東洋大姫路のベトナム人投手アン君のお父さんとか(NHK特集でお父さんを見たことがある)、日本人でもニューヨークヤンキースの松井選手のお父さんとか、息子の野球には決して積極的にかかわっていないけど、息子は我が道をしっかり歩んでいるのである。だからシュンタが野球をいっしょうけんめいやるように(別に甲子園に出て欲しいとも思わないし、そういうことではまったく期待していないが)、僕は僕で一生懸命生きるのである。そして朝のラジオ体操とか、たまたま接点があえば、いっしょに行くのである。

そして我が道を行く僕は、7時より8時までジョギングをした。朝食後、本日は日曜日なので、教会に行く。礼拝終了後、1時間ほど、教会に通う人たちとお話をする。いろんな年代の人と話をすることができて、興味深かった。来週も行こうと思う。帰ってからペチカ、Q,妻と、シュンタの野球に麦茶を届けたあと、スーパーに買い物に行く。スーパーのペットショップで、鈴虫が鳴いていた。Qは興味深そうに、プラケースに顔をつけ、鈴虫を眺めていた。でも鈴虫はなぜか展示だけで非売品だった。昨日買い物に行ったスーパーのペットショップには鈴虫は売っていなかったが、キリギリスが一匹なんと780円で売られていた。キリギリスなら妻の実家の草むらにいるのである。でも、うちの近所の草むらには確かにみかけない。カマキリもいない。イナゴもみかけない。イナゴは田んぼのあるところならどこにでもいたような気がする。うちのまわりは田んぼだらけなのに、イナゴはいなくて、キチキチバッタがたまにキチキチいって飛び跳ねるくらいだ。イナゴはどこにいったのだろう。
2003年08月24日 17時02分34秒

土曜日
今日もよく晴れた一日。ペチカとシュンタは登校日なので学校に行った。朝食後8時から9時まで走ったが、もうすでにとても暑かった。家に帰ってシャワーをあびてから、今度はQとでかけた。公園でブランコをした。公園はギラギラしていた。われわれ親子のほかに誰一人いなかった。セミの声もあまりきこえない。パラパラとセミの死骸が落ちていた。木の影になったブランコで遊んだ。いつもQは僕の膝の上でないとブランコができなかったが、今日はようやくひとりでブランコができた。カメさん見に行こうと、Qはギラギラの公園の真ん中をつっきって、タメ池に行った。Qが、おーいかめさんと呼んでも、カメの姿はなかった。それから、買い物をして帰宅した。午後は、家の中ですごす。おもてに出る気力がなかった。こんな中、シュンタは昼から野球に行った。うへ、とも、うぎゃ、ともなんともいわずに元気に行った。ジャガイモくんみたいに元気だ。前はもうすこし、ひょろっとして、ゴボウくんみたいだったけど、なんだか最近はジャガイモくんみたいだ。
2003年08月23日 16時34分46秒

キティちゃん
今日もとっても夏まっさかりな一日だった。朝、シュンタといっしょに、自転車で家を出る。シュンタは今日は、はりきって、ユニフォームをきて甲子園にセンパイを応援しに行くのだ。少年野球のグランドに集合して、近所の町内会の人たちなんかといっしょに、応援バスで甲子園に行くのだ。僕は新人の後輩を乗せて一日、営業にまわった。昼食は道の駅で、駐車してクルマの中で弁当を食べながら、江の川対東北高校のラジオ中継をきいていた。本当は今日、後輩といっしょなので、弁当を持たずに、どこかで昼飯を食べようと思ったのに、スミマセン今日、ボク弁当なんです、と後輩がいうので、コンビニで弁当を買った。後輩はもと野球選手でものすごく大きいからだなのに、なんとキティちゃんのつつみに入ったかわいい弁当箱を持ってきていた。いや、これ、カノジョがつくってくれたんです、と照れながら後輩は言った。照れるくせに持ってくるのである。そして僕はコンビニののり弁当と後輩はカノジョのキティちゃん弁当を食べながら、江の川−東北戦を聞いた。ラジオはNHKよりもABCのほうが、実況が面白かったので、そちらをきいた。江の川はがんばったけど、負けてしまった。のり弁当を食べながら、じーんときてしまった。金曜日は、暑くても、気分的にバテずに、一日をすごした。
2003年08月22日 20時21分34秒

ばて気味
今日はひとりで外まわりをした。とてもひさしぶりな感じだ。暑かった。あまり気合がはいらない。ぶりかえしの暑さに、すっかりばてた。今週は長く感じる。じわじわとトラブルも多い。江の川高校がなんとベスト4になった。今朝は第一試合で朝が早かったので応援にいかなかったようだが、あしたはシュンタは応援にいくのだそうだ。あと一日、がんばろう。
2003年08月21日 21時59分36秒

テレビ会議
今週になって暑さがもどってきて、週の半ばでややくたびれ気味になっている。今日はほとんど会社の中にいて、主に会議をしていた。各支店と結んでテレビ会議というのをしている。テレビ会議で誰かが発言すると、発言した人の顔がカメラでグググとアップになる。顔が大きくなるというか、ふだんは画面が支店ごとにコマ割りされているのだけど、誰かが声を出すと、その声を出したコマだけが、画面いっぱいになるのだ。その発言をした人のなにか議論が深まってくると、Aさんの顔が大きくなってなにか意見をいうと、こんどはBさんの顔がぐっとおおきくなって、その意見について見解をのべる。Cさんが関係なくセキばらいをすると、画面は突如Cさんのどアップになる。マンガみたいで面白い。そのように面白がらないと、くたびれるのである。
2003年08月20日 21時17分43秒

連絡網
シュンタが空手の練習に行き、8時半に終るので、妻が迎えに行くと、たいてい、そういうときに限って、シュンタの野球チームの連絡網がまわってくる。今日は甲子園の応援バスの集合時間の連絡だった。シュンタの少年野球チームのOBの少年が、野球留学先の島根代表の江の川高校の一塁手として出場している。今日も勝って準々決勝進出。一回戦のときは、妻の実家にいたけど、今日はシュンタはチームのみんなと応援にいったらしい。そのOBの子のお父さんはさらにいうと、シュンタのチームの監督でもある。しかし僕はその監督の顔もしらないけど、なんとなく知り合いのような気がして一回戦ははじめからおわりまで熱心に見た。今日は、仕事で、ラジオもきかずに働いていたので、帰ってから今日の結果を知った。あさっての準々決勝は、あしたの試合結果によって、何試合めかがきまるとのことで、あした、夕刊等で試合開始時刻確認後、当日は試合開始2時間半前までに少年野球チームの練習場に集合、バスで甲子園に行く、というのが本日の伝言です。これを電話で次の人に伝えるのは、むずかしい。なにかまちがったことをいってしまいそうだ。とおもいつつ次の人に電話をしたら誰もでない・・・。
2003年08月19日 21時15分01秒

月曜日
休み中は勤勉に早起きをしてジョギングしていたが、今朝は、今日から会社だからというわけでもないけど、7時すぎまで寝ていた。昨日はペチカの体調が不良だったので、僕が子供のベッドの1階に寝て、シュンタが2階に寝て、ペチカは妻とQとタタミの部屋で寝た。でも朝にはQは僕の横にぴたりとくっついて寝ていた。暑かった。盆があけたら、とたんに、暑くなった。暑い一日だった。今日もまた中途入社の新入社員が入った。こないだ入った新人とおなじく彼も元野球選手であり、からだも大きい。先日入った新人と本日の新人を連れて、得意先まわりをした。僕もけっこう大きいので、得意先に3人でこんにちは、と行くと、ずいぶん暑苦しく感じられたのではないかと思う。暑苦しく3人でクルマにのって、冷房でいっぱいに車内を冷やして一日をすごす。あんまり冷えたので、凍らせてもってきていたペットボトルの麦茶が夕方までとけなかった。夕飯の時にちょうどほどよく冷えて飲みごろだった。風呂だいすきなQがなぜか、妻の実家に行って以来、風呂に入るのをイヤがるようになった。妻の実家は大きな風呂なので、ひろすぎてこわかったのだろうか。帰ってからもフロといえば、逃げ回っている。今日はいっしょに入ってくれなかった。さっきむりやりペチカがQをつかまえてフロに、入った。入ってしまうと、キャッキャと大喜びをしている。
2003年08月18日 20時25分22秒

日曜日
本日は日曜日なので午前中、ふた駅ほど離れたところにあるプロテスタントのキリスト教会の礼拝に出席してきた。ここへいくのは、2回目である。会社の通勤途中いつも前は通っている。今日は雨降りだったので歩いていく。30分ほどかかった。教会の礼拝の静かな、キマジメな雰囲気というのは好きである。行って帰るだけなので、牧師さんにご挨拶したくらいで、まだ出席している人とは、ほぼまったく口をきいたことがないからどういう人たちなのか知らないけど、これからも続けて通おうと思う。でも日曜日といえども会社のヘンな研修とか少年野球の手伝いをしろとかいろいろ「迫害」されるかもしれない。「宗教上の理由で」、と言っても(そんなこと言わないけど)、そういう、繊細な気持というのをなかなかわかってもらえないのである。

3月に35歳の誕生日を迎え、もはや、人生の半分がすぎてしまったということがおそろしくなった。どうにもカラッポな気分であることが多いことにおそろしくなった。人生を浪費しているばかりのような気がした。そして先日、知り合いの人の葬式に出て、葬式前日に、ただそこのイエと同じの宗派であるという理由でつれてこられた坊さんのお経をききながら、なんとも、悲しい気分になった。自分はカラッポのまま、信じてもいない宗教の知らない坊主にお経をあげてもらって死んでいくのだろうかと思った。

妻の実家にいくと、お盆ということもあり、とても熱心にお寺に参ったり、墓に参ったりしていた。お寺のお坊さんとも、親しく付き合いもあるようだ。食事の前には、子供たちは、必ず仏壇の前に挨拶にいくようにいわれていた。いろいろな点で、生活に信仰が密着していてとても尊敬するが、僕の日常にはまったくそのようなものがない。

そういうことが非常にいやになった。ということで、学生時代にしばらく通ったこともあり(途中でやめてしまったが)、心情的に非常に惹かれているキリスト教の教会にもう一回、行こうと思った。少なくとも1週間に一回、午前中だけでも、真面目に人生に向き合おうと思った。だから日曜日にはシュンタの野球の手伝いはしない。午後からなら、手伝ってもいい。土曜日は全身全霊をかけて家事手伝いなんでもしようと思うが、日曜日の午前中だけは、できるかぎり確保したいと思う。
2003年08月17日 19時55分20秒

帰宅
真夜中の2時半に、妻の実家を出発。シュンタは半分寝ぼけて、半分、べそをかいていた。また一年、おじいちゃん、おばあちゃん、いとこのトモゾウに会えないのがとても悲しいのだそうだ。でもまだこうやって、真夜中にばたばたと帰るのは、悲しい気持がいっぱいにならないので、いいのだとシュンタは言っていた。昼間にバイバイしたら、もう悲しくて悲しくて涙がとまらなくなってしまうのだそうだ。僕もトモゾウに会えないのは少しさびしい。来年はもう、あんまりつねらせてはくれないだろう。マカヨもケヨも、だんだん、大きくなったら遊んでくれないかもしれない。昨日の夜は、トモゾウとマカヨとケヨを盆踊りで踊っていたときにバイバイしたけど、すごくさみしくて、本当は僕も涙がでそうだった。妻もいつも泣きそうになっているが、泣いているのかときくとすごく怒るので放っておく。

7時間のクルマの中ではQはごきげんだった。ねぞうの悪いペチカがQのチャイルドシートに足をのせて大股ひろげて眠っていたが、Qは気にしていなかった。あかるくなってからはご機嫌に起きて、「なんでだろう」のCDを10数回繰り返しかけさせられたのは、くたびれた。

大阪もすずしい。留守番のカメの水槽もほとんど水が汚れていない。カネノナルキという鉢植えの木はたいがい1週間放っておくと、あらかじめたくさん水をやってでかけてもすっかり乾いて弱ってくるのだが、今年は鉢の皿いっぱいにひたしていた水もかわいていなくて、ピンピンしている。スナネズミのスーちゃんも、今年は高齢のため移動のほうがつかれるのではないかと、一番すずしい玄関にカゴを置いて留守番させたが、無事生きていた。
2003年08月16日 18時02分02秒

日記8月15日
今年の夏休みはとても涼しい。昨日はバーベキューをしたけど、火の前にいるのががあたたかく感じるぐらいだった。うちの子供3人と妻の妹の子3人は大人よりもたくさん肉を食べた。年々どんどん大きくなる。甥のトモゾーは5年生になって、1年ぶりに会うとなぜか体がころころしてきたので腕やほっぺやおなかをつまませてもらった。来年は6年生になるので、もうあんまりさわらせてくれないかもしれないので、たくさんつねってやった。おととい義父に山登りに連れて行ってもらったが、山の上もとても涼しかった。ペチカは山登りをしたことがなく、歩いているうちにおなかがいたい、あしがいたい、と、とても不機嫌になっていた。そういうわがままなペチカはとてもめずらしかった。ペチカといっしょに歩きながら、水戸黄門の歌を教えた、いやがられた。シュンタは、ぺちゃくちゃおしゃべりをしていて、そのうちバテるかと思ったら、最後まで元気がよかった。でも67歳のおじいちゃんが一番元気がよかった。昨日は雨降りだったので、トモゾーのお父さんに山奥の屋内プールに連れて行ってもらった。寒かった。Qはカチカチカチと歯を打ち鳴らして震えていた。今日はすずしいけど、よく晴れた。朝食を食べてから走っても暑くなかった。この一週間は朝に晩によく走れた。今日は一日ゆっくりして真夜中に大阪に帰る。
2003年08月16日 17時44分38秒

8月9日−11日
8月9日
朝5時半、台風に向かって九州に出発。近畿道から中国道吹田近辺までは、強風豪雨のため、出発してしまったことを後悔したが、大阪を抜けると、天気はとてもよくなった。Qも目がさめてもだいたいご機嫌だった。ポッキーをかじったら、奥歯が欠けたので妻の実家について、すぐに歯医者に行く。
8月10日
近所公営のプールに行く。どこの社会主義国であろうかと思われるほど、売店のサービスは非常に悪い、要領が悪いというか、サービスとはなにかというのを理解していない。投書しておこう。と考える人もきっと何人もいるのではないかと思う。子供たちは朝から夕方までプールでおよいでいた。
8月11日
近所の山奥のアフリカンサファリへ行く。檻のバスに乗って、ライオン、クマ、キリン、などにエサをやる。Qが予想外に非常にびびっていた。ゾウの人形を買ってやったら、とてもでよろこんで、風呂にも布団にもごはんのテーブルにもいつもゾウさんといっしょだった。
2003年08月12日 09時43分37秒

夏休み
ちょうど台風が近畿に迫っているので、今夜は、九州の妻の実家に帰るのは、見合わせ、状況を見て、明日夜明け以降出発しようと思う。
2003年08月08日 21時31分01秒

ぷかぷか浮かぶおもちゃ
今朝は5時半に目がさめた。このところ5時ごろ、日が昇ってあかるくなと目がさめる。クーラーをつけず、閉めきって、扇風機だけをまわしているから、あまり深く眠れていないのかもしれない。昨日はビールを飲んだので、汗を流そうと思い、走った。快調だった。今日もそして7月入社の新人の歓迎会のため、ビールを飲んだ。でもあまりのまずに、途中からウーロン茶にした。帰ったら、Qは寝ていた。風呂に入ると、Qのおもちゃがいっぱい浮かんでいた。キリンの人形や、プラスチックの鍋や、ナルトのフィギュア人形。Qはお風呂におもちゃを持って入るのがだいすきで、いつもなにかひとりでおはなししながら、お風呂に入って遊んでいる。プカプカ浮かんだオモチャを見ると、とても心がやすらいだ。あしたは、会社から帰って、眠ってから夜中に九州に行こうと思うが、台風がこっちにむかってきている。
2003年08月07日 22時33分20秒

今日も遅い
いつもは早く帰れるのに、今日もまた帰りに飲みにさそわれたので、遅くなった。今日は妻がバレーボールをする日なので、早く帰ってQの面倒をみてほしいといわれていたのだけど、けっきょく、僕が自転車置き場にたどりついたのと、バレーの練習を終えて妻がQを自転車にのせて、自転車置き場にたどりついたのが、ピタリと同じ時刻だった。今日はノンアルコールビールではなくて、本物のビールばかり飲んだので(ビール以外ほとんど何も口にしていない)、強烈にくらくらしているので寝る。あしたも新人の歓迎会なので遅い。別に、ペチカとシュンタがいないから、わざと遅く帰っているわけではないけど、なぜか遅い。遅いといっても10時をまわることはないので、品行方正ではあると思う。今日はゴーヤを使用した夕飯だったのだ。残念だ。あしたの朝食べます。
2003年08月06日 22時22分46秒

暑い
朝からとても暑い。昼過ぎには頂点になって、クルマを出たり入ったりすると、くらくらした。昼過ぎから、空がくもってきた。どこかで激しい雨が降っている気配があった。空気がもわっとしめっぽく流れてきたけど、僕のまわりでは雨は降らなかった。稲光りがしている夜であるけど、雨はやってこない。帰るとQが寝ていて、静かな夜。ペチカとシュンタがいない日に限って、早く帰れない。帰りに食事に誘われた。餃子をおみやげに帰った。クルマだったのでノンアルコールビールを飲んだけど、ノンアルコールビールでも、飲んだ味は本物のビールと区別がつかない。ビールが好きな人にはぜんぜんちがうかもしれないけど、僕にはわからなかった。だからこれはビールだといわれて飲んだら、コップいっぱいでも酔っ払ってしまいそうだ。自転車にのって帰宅する、空気は熱いカタマリのように、むかってきた。カメのすいそうを念入りに掃除した。水道の水もなまあたたかい。
2003年08月05日 21時47分20秒

オソイネー
朝は家族全員で家を出た。僕はそのまま自転車に乗って会社にいったが、僕以外は電車に乗って新大阪に向かった。ペチカとシュンタが、今日から九州の妻の実家に行ったのだ。Qは新大阪でじぶんも新幹線に乗りたいと、おお泣きをしたのだそうだ。Qがうまれてからは、ほとんど里帰りはクルマなので、Qは赤ちゃんのときに1度くらい新幹線に乗っただけと思う。今日は月曜から気合が入っていたので、帰りはいつもより遅かった。キョウ、ボク、ナイタノ、と、Qが夕食を食べる横で今日の出来事を教えてくれた。シュンタとペチカに電話をした時変わったら、お兄ちゃんお姉ちゃんの声をむずかしい顔をして、ウンウンうなずきながらきいていた。電話をきってから、オニイチャントオネエチャン、オソイネーと、言っていた。帰ってくると思っているみたいだ。Qが寝て蒸し暑いけど静かな夜。
2003年08月04日 22時24分10秒

平べったい日曜日
本日も朝から暑い一日だった。あまり冷房するのは好きではない。暑いときは、暑さを感じて、ひらべったくなっているのがいい。ベランダのカメも幸福そうだ。カメも平べったくなっている。平べったい気分で早朝ジョギングをした。今日は虫探検はしなかった。そのかわり、Qとふたりで、おもちゃ屋に行った。爬虫類のゴム人形がパック詰めになっているおもちゃがあったように思ったので、Qにプレゼントしようと思った。でも、パック売りはなく、バラ売りしかなかった。バラ売りのカエルやヘビやトカゲのゴム人形を見て、Qはちょっとこわがってしまった。こわがって、後ずさりして、その上の棚には、手のひらサイズのキリンとライオンとシマウマなどがセットになった動物の人形が売っていた。コレニスル!とQは動物セットの箱を抱きしめた。とてもうれしそうだった。帰ってからもガオーガオーと遊んでいる。帰るとペチカは、髪を切って少年のようになっていた。シュンタは今日も野球に行った。練習から帰った野球少年のシュンタの帽子の匂いをかぐと、卒倒しそうになるほどクサイ。あしたからペチカとシュンタは九州の妻の実家に遊びに行くので、3人家族になる。平和にすごそうと思う。
2003年08月03日 17時15分05秒

虫探検
今日はペチカの習い事の発表会で妻は朝からペチカとでかけ、シュンタも野球に行って、ほぼ一日Qといた。そういう事態になると走れないので、6時半に起きて走った。6時半でもギラギラ暑かった。ギラギラ暑い午前中、Qと公園で虫さがしをした。虫かごを首からさげたQはかわいらしかった。カブトムシさんいるかな、カマキリさんいるかな、と、すごく楽しみにして草むらをかきわけて、近所の公園や神社の境内を探検した。

カブトムシやカマキリは残念ながらいなかったけど、セミはたくさんつかまえた。首から下げたおなかの上の虫かごの中で6匹くらいのセミがばたばたジイジイ暴れたので、Qは少しびっくりしていたが、上のふたりと違い(ペチカもシュンタも虫や動物に対して非常に関心が薄く、特にシュンタはものすごく嫌っている)、あまりこわがらない。セミを手渡すと、イラナイ、といいながらもしっかりにぎっていた。バッタも平気でつかんでいた。ダンゴムシも手のひらでコロコロ転がして、不思議そうに見ていた。神社の裏手の用水路にはザリガニとカエルがいて、あ、ミテミテオトウサン!ザリガニさん!カエルさん!と、興奮していた。でもあまり執着心がないのか、つかまえたセミも逃がしたし、ザリガニも持って帰るか?ときいてもいらないとあっさりしていた。道ですれ違うおじいちゃんおばあちゃん(おじいちゃんおばあちゃんがたくさん歩いていた)が、「ボク、たくさんとれたか?」と、虫かごをぶらさげたQに声をかけてくれた。Qはそんなときいつもむずかしい顔をする。なにを考えているんだろう。

昼飯は、節約のため冷蔵庫のタマネギとニンジンとハムをきざんでタマゴもいっしょにごはんと炒めて、チャーハンを作った。オイシクナイといわれた。・・・少し傷ついた。昼飯を節約した分、夕方は野球から帰ってきたシュンタと3人で、近所の回転寿司に行く。Qはうどんしか食べないが、シュンタは10皿以上食べていた。9時過ぎにペチカが帰ってきた。
2003年08月02日 21時07分49秒

8月になった。8月らしい暑い一日だった。7月は涼しい日が多く空模様も中途半端だったので、そういう天候は微妙に(・・・ペチカが好きないいまわしビミョービミョーといつも言っている)精神にも影響を及ぼす。くっきりと暑い夏になれば、逃れることができないほどなにごともくっきりいくだろう。けさはくっきりした気分で6時前に目がさめ、走った。このところ早起きである。

影が小さくなって、炎天下に自分が点のようになってしまう気分になる夏であるけど、その点は、くっきりした点なのだ。そして8月の僕はひとつの点となり、夕食をひとりで食べた。僕が帰ってきたら、じゃあいってくると、家族は、外に出て、となりの市で盛大に行われている某宗教団体の大花火大会をみにいってしまった。近所の人はおそらくほとんどが信者ではないと思われるが、みんなとても楽しそうに表を出歩いて、花火大会を見ている。僕の住むマンションの上の階のほうでも、住民でない人たちがたくさん、見物してさわがしい。ここの宗教団体の経営する学校は、本日めでたく甲子園にも出場が決定した。そして僕は窓の外にドンドンドンという花火の音をききながら風呂上りにぽつんとした点である。
2003年08月01日 20時46分13秒

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