2003年9月の日記です。

9月の終わり
朝は寒いくらいだった。季節はすぐかわる。もうすっかり秋で今日で9月も終わり。あと3回月末が来たら今年も終わりである。両親が朝、帰って行った。両親にはさまざまな面で大変世話になっているが、時々言動に問題があるように思う。そのことを具体的に指摘してもおそらく激怒するだけで、こちらの問題を一方的に断罪し、悪いのは子供の分際で親にとやかく言う側がすべて悪いといわれるのであるというのがありありと想像されてけっきょくなにかものを言おうとするのがものすごくしんどくなり本質的なことはなにも会話がない。相互理解には決して達しない、対話というものがありそうで結局なにもない親子関係ではないかというような気もする。このように書くととても深刻めいてしまうようだけど、たぶん第3者から見ても、あるいは両親の主観でわれわれの関係を見た場合でもぜんぜん深刻でないように思うのかもしれないけど、深刻な無理解というものは存在するのである。ものすごく明るくて絶望的であるということもよくあるはなしなのである。よくあるはなしであるからといってそれがたいしたことでないということでもないだろうし、もしかしたら、すべて生きるものはよくある話で絶望的なのかもしれないとも思う。そのことに対して無自覚のままに人は破滅していくのではないだろうか。破滅してしまということについて考えるのはたぶん年よりだけが考えるのではないのである。年よりが死ぬことについて若い者はまだそういうことは考えないだろうなどというのは、ゴウマンなことで、わけもわからぬうちに破滅が近づきただやみくもにあたふたしているのが年よりかもしれないのである。そういうことを考えると、非常に困難な気分になるので教会に通おうと思った。あたふたしたりじたばたするのであれば、誠実にじたばたしたりあたふたしたりしたいと思った。しかし、誠実にじたばたあたふたというのは難しい。非常に困難な気分になるので教会に通おうと思った。なんて文章は、かいたとたんにとてもケイハクである。いろいろなものがケイハクに流れすぎていこうとしている。秋の空気も悲しい気分におちいるようにケイハクにひんやりしている。ケイハクのなかで誠実にじたばたすることをこころがけつつ9月を終る。
2003年09月30日 22時22分44秒

キャッキャ
朝は肌寒い。昨日は運動会だったので、子供たちは学校が休みで、ジジババといっしょにどこかにおでかけするというので、朝から元気だった。子供というのはどうしてあんなに単純に元気いっぱいになれるのだろう。ペチカももう11歳だけど、ものすごく子供子供している。怪獣の子供みたいに、キャッキャバタバタと騒ぐ。運動会でも同級生とくらべると、なんだか少し幼く見えるくらいに、いつでもどこでも、キャッキャと笑っている。そのように思うのは親だけで、11歳なりにペチカも内面ではうずまくものがあるのだろうか。ペチカもそのうち大人になるのかと思うと、信じられない。ペチカもシュンタも、なんとQまでも、いつかは大人になるのである。
2003年09月29日 21時23分06秒

運動会
今日はペチカとシュンタの学校の運動会だった。去年は会社の研修かなにかで行けなかった。その前の年は、雨降りで順延になって平日開催だったので日曜日の雨の中チラリとしか見ていない。だから今年の運動会はとても久しぶりな感じがする。5年生のペチカは学年委員というものをやっているので、いろいろスタッフとして立ち働いていた。クラスの席には座らず、一年生のうしろの席に座って一年生の誘導関係の仕事をしていた。入場行進の時に、国旗を何人かで、ひろげて運んだり、大玉転がしの時にゲームのルールを壇上でマイクを持って説明したりして、そういうのが大好きな舞台女優を目指すペチカはとても幸せそうにニコニコしていた。シュンタは、3年生の自分のクラスの席にすわって両隣と斜め後ろの女の子計3名にひっきりなしにおしゃべりしていた。それはそれで幸せそうだった。はじめてのリレー選手でも、はりきって走っていた。走る姿はなかなかかっこよかったので、写真にとって、「はしるてつがく」トップページに貼りつけた。2年ぶりの更新である。Qは退屈していて、オトーサンオトーサンとまとわりつくので、校舎の裏のウサギ小屋を見たり、校舎の中を肩車して1階から3階まで登ったり降りたり、僕もそれなりに運動になった。ペチカは白組、シュンタは赤組で、毎年ふたりは別の組で、いつもペチカの組が勝っている。シュンタはわりとそういう傾向にある。いつもスポーツを見ていると応援するチームが負けたり。しかし、今年はシュンタの応援する阪神は優勝したのである。そしてペチカははじめてリレー選手になれなかったが、シュンタは、はじめて念願のリレー選手になったのである。そして、今年はシュンタの属する赤組が勝った。結果発表のとき、シュンタはもちろん赤組の子供たちがウオーと飛び跳ねて喜んでいた。かわいらしい。

運動会から帰って、今日は礼拝を欠席だったので、教会に行って、本日の礼拝のテープ(90分)をもらってきた。教会では本日バザーをしていた。今日はそのまますぐ、教会から戻って、両親が焼き肉をごちそうしてくれるというので焼き肉屋へ行く。5時半に行ったが1時間半待ちということなので、家に帰って待っている。サザエさんが終わったらでかけよう。
2003年09月28日 18時53分09秒

すうすう
今日は午前中会社に出て出荷業務をした。忙しくて2時近くに帰る。おなかがすいた。帰ると、シュンタがジジババに買ってもらったゲームソフトで遊んでいた。今日はシュンタはあしたの運動会に万全を期すために自主的に野球を休んだのだそうだ。晴れていてもすずしいので、3時過ぎからキャッチボールをした。久しぶりにするように思うけど、シュンタの球は速くて重くなった。母が正月以来の孫のシュンタを見て、太った太ったと驚いていた。驚き方にデリカシーがないように思う。シュンタを肥満児みたいに言ってはいけないのである。からだが大きくなってびっくりしたとか他に言い方があるようにも思う。キャッチボールをしたあと、ひとりでジョギングをした。5時前の日差しがすっかりななめにさしこみ秋になっていて、風がすうすうとからだを通りぬけ、汗はほとんどかかなかった。カメの食欲もじょじょになくなってきた。
2003年09月27日 17時39分49秒

満室
日曜日に子供の運動会があるので、それを見に今日から実家より両親がうちに泊まりにきた。部屋は満室状態で、パソコン置いてある部屋も埋まってしまう。今日はいい天気だった。日曜日もいい天気らしいので、シュンタもリレーの選手として健闘してほしい。
2003年09月26日 21時36分06秒

雨上がり
今日も一日大雨だった。会社の帰りに歯医者に寄った。これでようやく虫歯3本の治療が終了した。けずって空洞だった歯にツメモノをして、ここ2週間近く不安定だった口内が、やっと落ち着いた。歯医者を出ると雨はあがっていた。明日は晴れるらしい。こうやってたくさん雨がふると、ため池の水があふれそうだ。うちの近所ではないが、すぐとなりの市のため池では、体長1mを超えるアリゲーターガーという顔がワニそっくりな魚がつかまったとテレビのニュースでやっていた。だれかが捨てたらしい。アリゲーターガーは大きくなると3mくらいにもなるらしい。それぐらい大きくなって、ため池の中を跳ねまわっている光景というのも不謹慎ながら、見てみたいような気もする。うちの近所もため池だらけなので、なにかそういう、すごい生き物が隠れているかもしれない。うちの近所のため池では、ミドリガメが捨てられて繁殖している。雨あがりなど、たまにため池から這い出して道路を歩いていることがある。ペチカのともだちは、そんな徘徊しているミドリガメの子供を拾って、育てているらしい。うちのカメは、2匹とも、お店で買って来た。捨てずに大事に育てよう。
2003年09月25日 22時06分09秒

チャイロくして
朝から雨が降っていた。夕方にはものすごい雨になって道路が川になっていた。夜になると雨があがり風が吹いてすずしい。家に帰ってからも、凍らせて持っていっているペットボトルのお茶はまだ少し氷のかたまりが残っていた。妻がバレーボールに行ったので、子供たちといっしょに横になって寝ようとしたが、Qがなかなか寝ない。部屋を「チャイロくして」といって蛍光灯の豆球にして、それのなにが面白いのかキャッキャとごきげんになりみんなの嫌われ者だった。妻が帰ってきてもまださわいでいて、静かにしなさい、と少し怒ったら、泣き出してしまった。さんざん泣いてようやく寝た。部屋をチャイロくして寝た。チャイロくすると僕まで眠くなる。でも寝るともったいないと思う。
2003年09月24日 22時40分28秒

ピーちゃん
朝6時半に目がさめ、朝食後、すぐに大阪に戻る。昼すぎには自宅に戻った。新幹線の中で先週から読んでいる「旧約聖書物語−歴史に働きたもう神」北森 嘉蔵著・講談社学術文庫刊、全800ページの分厚い本であるが、半分くらい(サムエル記のはじまり)まで読みすすむ。今年は正月から気合を入れて旧約聖書を創世記からマラキ書まで読みとおした。この本の著者は「神の痛みの神学」(これも講談社学術文庫から出ている)という本で世界的に有名な神学者(らしい。僕は神学者のことはほとんどまったくしらない)。出エジプトから歴王紀の信仰的に注解をしている本で、平易な文章であるので、厚みほど、読むのに困難ではなく、聖書を読んだあとに読むと、参考になるように思う。旧約聖書のおおまかなはなしのスジはわかるけど、では、それをどう読み取るのかというのは、むずかしいけど、興味深い。この参考書を読んでも、本当のところわかってるのかどうか、ものすごくあやしい。あやしい脳みそで、読書をする。読書は楽しい。そして、聖書を読むことに関していうと、あやしい脳みそとあやしいこころもとないタマシイをぶつけるだけの価値はあると思うのである。

大阪はいくらかあたたかい、というより、ここちよくすずしい。昼から、近所に買い物にいった。スーパーのペットショップに、九官鳥がいた。コンニチハー、とか、ハイハイ、とかよくおしゃべりをしていた。かわいらしい。かわいらしいけど、九官鳥は神経質そうで、飼育をしてみたいとは思わない。やはりおしゃべりができて、値段も手ごろで、飼育もしやすい鳥といえば、セキセイインコである。セキセイインコといえば、18年前に飼っていたセキセイインコのピーちゃんを思い出す。何代目かのピーちゃんである。うちで飼うインコもジュウシマツもみんな名前はピーちゃんだった。その第何代目かのピーちゃんは産まれて数ヶ月の若いオスであったがおばあちゃんみたいなシワガレ声でピーシャンピーシャンと、ひとりごとのように自分の名前をつぶやいていた。そんなふうにしゃべるインコははじめてだったので、いろいろ言葉を覚えさせようと思ったら、ある日、カゴから出して遊んでいるとき、窓のすきまから外に出てしまい、近所のノラネコに食べられてしまった。おしゃべりな鳥をみると、時々、僕はピーちゃんを思い出すのである。いつかもう一度かしこいセキセイインコを飼いたいなと思う。
2003年09月23日 19時49分21秒

寒い朝
夜中はとても冷えていたので、夜中に何度もトイレにたった。多少寒かったが半そでで出勤した。電車の中では、みんな上着を着てあったかそうだった。大阪はあったかいのだろうか。あしたは朝起きたらすぐに帰ろう。
2003年09月22日 20時33分04秒

本日の礼拝(7回目)
最近の日曜日は早起きだ。シュンタの野球の練習場所が変わったので、7時過ぎに起きてクルマで送った。いつもの練習場について、そこで用具をつんで、それから、シュンタのとシュンタのチームメイト3人を乗せて、別の練習場に運んだ。クルマの中でシュンタのチームメイトにいろいろ冗談を言ったら、シュンタが不機嫌になった。お父さんは黙って重々しくしてほしいみたいだ。つまらないクイズとか言ってお父さんがはしゃぐのはイヤみたいなのである。また今度、なにかクイズを考えよう。

シュンタたちをグランドに下ろして、さっさと帰宅して、今度はQとペチカをつれて教会に行った。子供礼拝と幼児学級に参加。子供礼拝の説教は、先週いっしょに食事をしたAさんだった。賛美歌をとても大きな声で歌う人だ。説教の声もよく通って、印象に残る。Qとふたり親子室でガラス越しに聞く。Qはガラスにベタリと顔をつけて、幼児学級の先生をみつけると、手を振っていた。幼児教室では牛乳パックでパウロさん人形を作る。Qはパウロさん人形で遊んでご機嫌だった。パウロさんの髪の毛をどうしても緑に塗りたくて、茶色にしたかった先生と意見の対立があった。しかし今日はしまいまでいいこで、お祈りの時も手を組んで、神妙にアーメンと言っていた。だいぶなれてきた。迫力のある女の先生が大好きみたいだ。

大人の礼拝でも、今日はQは途中で2階のビデオ室(今日はアンパンマン・・・バラエティに富んでいる)おりてきたりせず、でも念のため礼拝堂には入らず、僕は集会室で礼拝に出席した。礼拝が終わって、日曜学校の小学生の紹介コーナーがあった。ペチカたち数人の小学生は礼拝堂の説教段の前に立った。なぜかQもいっしょにくっついてきて、ペチカといっしょに、約80名ばかりの礼拝出席者の前で紹介された。賛美歌のあと、子供たちはそれぞれお祈りをささげた。ペチカは人前にたって、なにか発表をするのが、とても好きな子なので、今日は、朝からとてもこのことを楽しみにしていた。でも事前に何をお祈りするかは、教えてくれなかった。ペチカははりきって大きな声で祈っていた。「世界に戦争や飢餓がなくなりますように、イエスさまの御名において云々・・・」わが子ながら、なかなか立派な祈祷をしていた。出席者全員がともに祈りアーメンを唱和した。Qもいい子でぽーっとした顔でたっていた。ペチカの教室の先生からペチカの名前とQの名前を紹介された。ペチカの本名は、なかなかいい名前なので(僕が考えた)、みんながほーっと感心してくれた。Qの名前は、研究の究であるので、牧師さんから「キリスト教を究めてください」といわれて、みんなが笑うと、Qはとてもむずかしい顔をしていた。なにを思っていたのだろう。

教会の昼飯は今日は、なしであったので、礼拝終了後すぐに帰宅。くもり空だったが、行きも帰りも雨に降られなかった。帰ったらすぐに大雨になった。大雨になったのでシュンタの野球の練習も今日は休みになったようだけど、僕は昼飯を食べるとすぐに、家を出た。明日東京で仕事があるので、朝から行くのもたいへんなので、埼玉の実家に前泊することにした。新幹線のビジネス切符がのぞみもOKになったので東京までははやくついた。東京から実家まではやはり遠かった。
2003年09月21日 21時52分35秒

虫歯を治療しながら、何事も大事にしなければと思った。
シュンタはきょうも野球の練習にでかけるためにひとり早い朝食を食べていた。僕も目がさめたけど、朝食を食べる前に、走ってきた。くもり空の朝で、短パンであると、風が冷たいくらいだった。走っているうちにポツポツと雨が降ってきた。ポツポツきても空気は冷えているので、走るのは快調だった。頭もすっきり。よい休日のはじまり。午前中は歯医者に行った。右の上の歯の治療。それから、まだもう1本、左上にも虫歯がある。歯磨きに注意しよう。なにごとも大事にしなくてはいけない、とおもいつつ、家に帰ってクツミガキを念入りにした。雨でシュンタが帰ってきた。カメとスナネズミの掃除をした。すずしくなってカメはうごきがにぶくなり、スナネズミはカサコソよく動くようになった。ものしずかな土曜日。
2003年09月20日 16時31分38秒

涼しい夜
阪神タイガースの優勝を祝う会は、阪神の熱心なファンのFさんが、会社の近所の小さな飲み屋さんを借り切り、出席者ひとりあたり1000円の会費、残りの金額はすべてFさんが支払うという、やせてはいるのに太っ腹なFさんだった。食べ物がたくさんでたので少々食べ過ぎた。酒類は、ビールを何杯か飲んだ程度であったが、すっかり腹がふくれた。阪神の優勝を祝う会であっても、店で阪神巨人戦のTVが流れている程度で、ただ飲み会であった。藤川球児投手がやっと一勝をあげた。飲み会では会社の人間ばかり集まると、あるカタマリでは、仕事の話ばかりしていた。それは僕の所属する営業部署の先輩だった。おそろしいので、別の部署のカタマリでコソコソしていた。別部署のカタマリでコソコソしていたら、みんなからきょうは元気がないね、といわれた。元気にしていると僕の部署の先輩につかまってからまれたらイヤなのでひたすら知らん顔していた。僕は先輩たちは立派であると思う。よく2時間も会社やら上司やら他部門やらの批判をしゃべりつづけられるものだと思う。そこまで仕事熱心なのは誠に立派だ。あんまり立派な先輩たちなので、僕より年下の連中は、みんな上手に欠席してしまった。そして若いヤツラは、とか、なんとか、飲みながら怒っている。こわい。声をかけられたらどうしよう。僕は別の部署人と阪神タイガースの来シーズンの展望について語っていた。先輩たちは今後の会社の展望について文句ばかりいっていた。「うちには星野監督みたいにこの人についていこう!と思う、上の人間がおらんから、アカンのや。夢も希望もない会社や。」なんて言ってる。そんなこという先輩たちにもボクはゼンゼンついていきたくナイデス。ボクは誰にもツイテイキタクナイデス。誰かをアガメタテマツルのは、誰かを憎むのとおなじくらいむなしいのです。仕事に対して僕はとくに、飲みながらむくむくとわきあがるような、不平不満というものはない。もし問題点があれば、シラフの時に、言うようにしている。たとえば、ハタチすぎの女性社員の事務処理になにか問題があって、そのときはなにも言えないのに、酒飲んで本人のいないところで40過ぎた人たちがああだこうだ、文句いうのはつくづく情けないと思う(こういうことを書いていると、僕もクダを巻いているみたいなのでやめよう。サバクコトナカレである。)。3時間ほど阪神タイガースの優勝を祝う会は続き、もう一軒いきそうな雰囲気であったが、自転車に乗ってさっさと帰った。涼しい夜で、とても気持がよい。
2003年09月19日 23時01分00秒

阪神タイガースの優勝を祝う会
今日は一日だいたいにおいて事務所にいた。こまかな書類づくりと確認の電話のやりとりで、脳みそが疲労した。明日も引き続き、そのような仕事をする。そして夜は阪神タイガース優勝を祝う会を会社の有志で行うのだそうだ。僕は誘われれば素直なのでたいてい、ついていく。けっしてつきあいは悪くはないと思う。先月妻の実家に行った時に、僕はビールをすすめられたけどぜんぜんまったく飲みたくなかったのでいらない、というと、義理の母より、つきあいが悪い、といわれたけど、そういう観点でつきあいがよいとか悪いとか判断されるのは、なにかが根本的にまちがっているように思った。僕はけっしてつきあいが悪いわけではない。別に酒を飲まなくても人は誠実にお付き合いはできるのである。僕の誠実が通じない人もいるかもしれないけど、それはそれで断固として僕の責任ではないのである。酒が入ると人格が変わる人がいるので、おそろしい。おそろしく変わるのである。楽しくかわったり、美しくかわったり、そういうことができないものか。阪神タイガース優勝を祝う、紅茶とケーキの会とか、コーヒーとシナモンロールの会とかあったら、いいのになあ。そしてみんなでしみじみと阪神タイガースが優勝してよかったと、話し合うのである。・・・阪神タイガースが優勝したことにからめることもないか。そしてあしたは誘われたので、阪神タイガース優勝を祝う酒とつまみの会、なんと会費1000円くらい、らしい。
2003年09月18日 21時02分50秒

かき氷
だんだん涼しくなってくる夜。日が暮れるのもはやくなってきた。今日は妻はバレーボールの練習に行った。8時前に帰宅したらすでにでかけていた。ペチカが夕食を並べてくれた。夕食を食べた後、かき氷をつくった。かき氷にヨーグルトとイチゴシロップをかけて食べた。ヘンな味だった。Qがかき氷が水になってしまってもスプーンでいたずらして最後の一口をなかなか食べてしまわないので、取り上げて流しに流してしまったら、目を潤ませて泣くのを必死にこらえていた。とけてしまったかき氷の最後の一口がそんなに惜しかったのだろうか。Qは忍耐強い、あるいはガンコな子供なのでめったなことでは泣かないのであるが、かき氷はとても惜しかったようだ。いずれにしてもかき氷のヨーグルト(無糖)といちごシロップかけは不思議な味だった。
2003年09月17日 22時26分33秒

月曜のような火曜
昨日阪神が優勝したので今日は会社を休む人がたくさんいるのかと思ったら、みんな元気に出社していた。熱心な巨人ファンの後輩は昨日から今日の2時半まで甲子園近所の店で飲んで騒いで阪神ファンになっていやー楽しかったですといっていた。道頓堀川に飛びこむのはこういうタイプのヤツかもしれないなーと思った。真面目な阪神ファンひとすじ数十年の人がふたりほどいて、そういう人たちは、いつもはわりと陰気なのにとても静かに、しかしにこにこと幸福そうな顔をして出勤してきた。そういう姿を見ると、僕はおもわず、おはようございます、のかわりにおめでとうございます、と言ってしまった。僕は去年から今年にかけてのにわかなファンなので、そういう筋金入りの人にはただただおめでとうございますと、おじぎするしかない。19日は祝勝会をするそうだ。

会社の帰りに教会に立ち寄る。僕がキリスト教徒になるとしたら、なにか問題があるだろうか。なぜなろうと思うのだろう。人生に特別な苦しみがあるわけでもない。苦しみなんてそんなゴウマンなことをいうほど僕はなにも苦労もしていない。内面の問題は、書こうと思うといろいろ出てくるかもしれないが、ここではおいておくにしても、外面的に何か問題があるだろうか。別に今は江戸時代でもないし、イエの特定の宗教があるわけでもない。イエでいうのなら、僕の父方の祖母は宗教がキライなのかどうかしらないけど、葬式というものは行わず、なくなったらすぐに遺体を病院に献体してしまった。それから、おじがなくなったとき、はじめて父方のイエの宗教が神道であることを知ったが、葬儀を取りしきる神主がいなくてどこかからようやく神主をみつけてきていた。パンパンと柏手を打って、それはシンプルな葬式ではあったが、僕はそういう葬式では死にたくはないと思った。結婚式でも非常に神式というのは抵抗があった(かといってキリスト教式というのもそのときだけ利用するのは神様に申し訳ないと思ったので、人前結婚式だった)。母方のイエの宗教は仏教であるが、僕はひどくヘンケンを持ってキライである。基本的に、生きている上でなんの世話にもなりたくないし、死ぬときにはそれにもましてなんとしてでも坊さんの世話になりたくないとは14歳の時から思っている。まったく惹かれない宗教に義理をつくすこともないし、信仰の自由は現代では保障されているのである。人生は短いので、へんな義理だてなどすることはなく、せいいっぱい誠実を持って生きなければならないのである。その点で宗教というものは、大事であると僕は思う。そして僕がまともに読んだことのある宗教書といえば、聖書であり、キリスト教の信仰者の著作のいくつかに、人格形勢上で大きな影響を受けている。疑問点というものは多分にあるが、疑問点を誠実にぶつけさせてくれるのは、自分にとっては、キリスト教であるように思う。そんなむずかしいことでもないのかもしれないけど、どうも、この心境を妻などに理解をしてもらうのは、むずかしい。むずかしいといいながら、いろいろ会話をするのは夫婦円満にはとてもいいという利点もある。

神は「万事を益となすようにしてくださる」のである。
2003年09月16日 23時07分54秒

動物園
今日はペチカQを連れて天王寺動物園に行った。シュンタは野球、妻はいろいろ忙しいらいけど、弁当はつくってくれた。Qは動物がだいすきなので動物園には連れていく甲斐がある。天気はよかったがそれほど暑くはなかった。そして、動物園の中で一番好きな爬虫類館の中は、クーラーがきいてとても涼しかった。今日はじめて知ったが、爬虫類館の水槽の底でじっとしている巨大なワニガメは昭和45年からずっと天王寺動物園で飼育されている長寿動物なのだそうだ。それから、コブラと戦うので有名だけど見かけはとても地味なマングースの「サッチャン」というメスは、これも今日はじめて知ったけど、今年で31歳になるのだそうだ。そうやって、説明ボードに紙が貼ってあった。マングースなんてスナネズミをちょっと大きくしたくらいの動物なのに、イヌネコよりも長生きをするのだなあ、と感動した。ヘビを食うのが長生きの秘訣なのであろうか。そのほか、いくつかの動物のオリの説明ボードに、その動物がいかに長寿であるかということを記した貼り紙をいくつか見た。なんでだろうと、思って今ふと気づいたけど、今日は敬老の日だからか。それにしてもマングースの31歳には感動した。うちのスナネズミも10年くらい生きてもらうよう、大事に飼おう。涼しくなってだいぶ元気になってきたまもなく2才のスーチャンである。

今日はまた、動物園の園長が語る天王寺動物園の歴史という、お話の会があり、動物園職員事務所の会議室のようなところで、1時間半ばかりのスライドショーを見た。ちょうどQが昼寝の時間だったので、クーラーのきいた部屋で、スライドショーを見るのは僕にはよかった。でも多くの家族連れは思った以上に園長の話とスライドショーが長いので、みんな暗闇にまぎれてコソコソと会議室を抜け出していた。僕たちも残念ながら、途中でQが起きて暴れ始めたので、やっぱりこそこそ抜け出した。おじいさんおばあさんばかりが残っていた。戦争中の動物園の話など、みんなうんうんうなずきながら見ていた。ペチカもそれなりに面白く見ていたようだ。戦後に、雑種作りがブームになって、阪神パークのライオンとヒョウのかけあわせの「レオポン」に対抗して、トラとライオンの雑種「ライガー」をつくったという話に感動していた。僕はその時Qを抱えてライガーのスライドを見なかった。見てみたかったライガー。動物園というのは昔は見世物小屋的な場所であったのに、最近はずいぶん、方針がかわってきたのだということがよくわかるスライドショーだった。見世物小屋的な戦前の動物園には、リタ嬢というかしこい芸をするチンパンジーがいて、このリタ嬢がいた時代には動物園には最大年間250万人も来園者がいたそうだ。芸をする動物もいなくなり動物の生態系に配慮し現在の点王子動物園、去年の来園者は49万人だったそうである。衰退傾向の動物園である。別に動物が芸しなくても、水の底でじっとしているワニガメを見たり、地味に長生きしているマングースのサッチャンを見たり、今日は言ってくれなかったけど、いつもはオハヨウっていうカラスのいる動物園は好きである。

家に帰って、カメの水を洗って、ジョギングをして、阪神はマジック1になっていた。今夜優勝するのだろうか。・・・とここまで書いてマングースの31歳はすごかったとペチカに言ったら、「ちがう」といわれた。マングースのところにあった貼り紙は、マングースがとなりのコーナーのサイさんを紹介して、そのサイが、31歳なのだ、ということだそうだ。サッチャンはマングースではなく、サイの名前だそうだ。そうだっただろうか。サイが31歳だったら、まあ考えられなくもない。マングースが31歳であったほうが、全国のお年よりに力と勇気を与える感動的な話なのになあ。そしてマングースは何歳で、名前はなんというのだろう・・・。
2003年09月15日 18時36分18秒

本日の礼拝(6回目)
今週もペチカとQを連れて教会に行った。9時からの子供礼拝では、Qは前回よりも少しだけ、長く席につくことができた。パウロがいかに宣教にあたり、ムチで打たれたり、難破しかけたり、いろいろ困難に遭遇したか、その中でいかに信仰を強く持ち、希望を失うことがなかったかという内容の話だった。先週教えてもらった「イエスさまが一番」という讃美歌をみんなで歌うときは、「歌わないの」と椅子の下で寝転がっていた。礼拝が終ったあとの、幼児科分級では、ほかの2名の幼児の子たちとお絵描きをして、歌を歌ったけど、先生がとっても迫力のある愛想のいい女の人で、Qはやや圧倒されながら、いえすしゃまがいちばあーん、とささやき声で歌っていた。大人の礼拝では2階ではじめ「トムとジェリー」ビデオをペチカと見ていたが、やはり途中で飽きてしまい、ペチカと降りてきた。僕は礼拝堂の中ではなく、あらかじめ事態を想定して集会室で放送をききながら礼拝に出席していたので、結局説教のときには、Qを抱えることになった。今日は帰る帰るとうるさかったので、あまりよく説教も聴けなかった。カナの婚礼の話のところである。今夜もう一度読みなおして、復習しよう。もうQを連れていかないほうがいいのだろうか。でも朝、いっしょにキョーカイいく!とくっついてくるQをひきはなして教会に行くというのは、正しいことではないようにも思う。礼拝が終って今日のお昼はたきこみごはんだった。ごはんのときは、Qはだれよりもいい子だった。「ええ!2才!おおきいわねえ」と、何人かの人にいわれた。そしてQちゃんQちゃんと頭をなぜられたり、ほっぺすべすべ!とほっぺたをさわられたりしながらも、Qはまったく気にせず小学生並にもくもくとたきこみごはんどんぶり一杯を食べた。途中、幼児科の先生が、Qちゃんおはしよりスプーンのほうが食べやすいでしょ、と親切にスプーンを持ってきてくれたけど、ガンコなQは、「いらーん!」といってかたくなに箸を使って食べた。ペチカは保護者のように、Qのこぼれたごはんを拾ってやっていた。ペチカは牧師の先生から「こどもさんびか」をもらった。食事のとき、となりにすわっている人と、話をすることができた。讃美歌をいつも大音量で歌う男の人と、その奥さんと子供。奥さんは、信者ではないのだけど、もう7年も、だんなさんにつきあって、通っているのだそうだ。夫婦そろって、とってもサバサバした感じのよい人だった。説教は残念ながら、あまりきけなかったが、得るものはあった。
2003年09月14日 16時37分06秒

歯科
今朝は雨かと思ったら、すごくいい天気だった。7時前に横のベッドで寝ているシュンタが目を覚まし、雨かな!といって、窓の外を見たら晴れていたので、ゲ、最悪、と言った。そういいながら今日も元気に野球に行った。台風は通り過ぎてしまったのだろうか。風の強い一日だ。朝は、1時間ゆっくり走る。風は強いけど、汗はたくさん出た。それからQと図書館に行って本を返しにいって、その帰り、公園でブランコをした。ブランコをするとき、Qは「♪ブーラブーラ、キューちゃん、おとうさんとブーララ♪」という、オリジナル曲を歌うのだが、今日は、きちんとひとりでブランコに乗ったので、「♪ブーラブーラキューちゃん、ひーとりーでブーララ♪」と歌詞をきちんと替えて歌っていた。ひとりでブランコに乗ってくれるようになって、非常にラクになった。いっしょに乗ると、とても目がまわって気持悪くなる。あんな気持悪いものどうして子供は好きなのだろう。

昼に歯医者の予約をしていたので、昼飯を食べずに歯医者に行く。虫歯ではないかと疑っていた右下の一番奥歯ところは虫歯ではなく、レントゲン検査の結果、右上の奥歯2本にまたがったところのすきまと、左上の奥歯1本に虫歯が発見された。これを治療するのに本日の費用もレントゲン代で、けっこうかかって、本日分含め先生に確認したところ最終的に計約一万円くらいかかるらしい。気が重い。最近は金がどんどんなくなっていく。今日は右の上2本分をシェリリリと削られて、型を取られて、仮のツメモノをされた。歯茎もだいぶ痛んでいますなんていわれて、ゴリゴリ掃除された。また来週である。それからその次の土曜日は歯医者の休業日とのことなので、10月になってから左のほうを直そうといわれたけど、さっさと直したいので、平日に行こうと思う。本日削ったところもそうだが、左の上の歯ところにある虫歯もまったく気づかなかった。左のほうの虫歯も早く削りとらなければ増殖してしまうのではないか。歯磨きは食後には必ずしているのにな。

歯医者といえば、ペチカの歯並びがあまりよくないので、先日妻が矯正歯科に見せに行った。話にはきいていたが、矯正費用はかなりのものだった。僕の歯すべてが虫歯になった場合の治療費用のほうがまだまだ安いくらいの金額だった。歯並びが悪いと頭痛やら肩こりの問題で年齢を重ねるほど苦労するらしい。僕も、右の前歯の横3番目が若干へんな角度から生えていて、この1本がときどきものすごくうっとおしくなる場合がある。シェリリリと削ってもらおうかとも少し思うが、運命だと思ってあきらめている。妻はとても美しい歯並びをしているのに、虫歯で奥歯をたくさんシェリリリと削ってしまった。もったいないことをしている。ペチカくらいだと、歯を抜いたり削ったりとかおそろしいことをせずに、器具を使用して、矯正できるそうだ。将来は劇団四季か宝塚に入るらしいし、矯正させようかと考えている。節約をしようと思う。

子供の頃、お金のことなど考えたことなどなかった。お金のことばかり考えるなんて、すごくイヤシイことであると思った。今でも基本的にはそうである。けど、そう思っても自然発生的にお金がお金がお金がということばかり考えている。そのくせ、お金が気になるのならそれを得るための努力をすればいいのであるが、なにもしないのである。なんとなく事実を見ようとしないで、ああお金がお金がとお金のボーレイにとりつかれそうになる。とりつかれそうになるのをさけるにそれに立ち向かうことしかないのである。しっかり生活しよう。
2003年09月13日 16時54分19秒

久しぶりの雨降り
昨日はよく眠れた。子供のベッドで一人で寝たらよく眠れた。窓を全開にして、寒くもなく暑くもなく心地よい朝だった。雨が降っていた。でも出勤のときは雨がちょうどやんで自転車で行けた。昼間はとても天気がよかったのに、午後から事務所にこもっていて、7時過ぎに外に出ると、道路は濡れていた。自転車にのると、しとしとしとと雨が降ってきた。しとしとふってもそんなにすずしくはない。でも雨の中、秋の虫がじじじじとかころころころとか静かに鳴いていた。雨降りに自転車に乗る際には、コンビニで買った透明のビニール傘がとても便利だ。傘を前にかざしても前方が透けて見えるので、運転も困難ではない。
2003年09月12日 22時35分41秒

金曜的木曜
今日は新人の歓迎会があった。酒を飲むのは久しぶりな感じがする。帰りは自転車で帰ったが、むしあついので汗がたくさんでて、すっきりした。帰ったら、子供たちはみんなタタミの部屋で寝ていた。今夜は僕は子供の部屋でひとりで寝る。窓をあけてボイラーの音をききながら寝よう。今日は金曜日のような気がするけど木曜日なのだ。
2003年09月11日 22時44分06秒

水曜日の連絡網
水曜日の夜はいつもシュンタの少年野球の連絡網がまわってくる。そして、たいてい妻はバレーボールに行っているから僕が電話を受けることになる。でも今日は、妻はバレーボールの練習を休んだので、ひと安心していたら、妻がフロに入っている間に電話がなった。電話がなったけど、それはFAXだった。内容は、今度の土曜日曜はどこそこに移動して試合をおこなうので、つきましては保護者の方運転手としてクルマの提供をお願いします、というものである。日曜日は僕は教会に行きたいので、クルマの運転手にはなりたくない。土曜日祝日ならできる限り協力しようと心に決めている。でも今週は虫歯ができたため、土曜日も歯医者に行くので運転手になれない。本当に申し訳ない。妻がかわりに行ってくれることになった。そして土曜日に行ってくれるから、日曜日はいかなくてすむようになった。とてもうれしい。妻より子供のことよりも、自分の好き勝手ばかりするのは気に食わないというようなことを言われる。けっしてそういうわけではないのである。好き勝手というけど、むしろ好きなことを追求するべきではないかと思うのである。好きでないことを子供にあわせて行うほうが、本人も子供も不幸である。それぞれがそれぞれの道を真剣に取り組むべきなのである。ぜんぜん理解してもらえないのが少し悲しい今日この頃であるが。でも半面、日々は充実しているのである。
2003年09月10日 22時32分08秒

ジャガイモくん
今日は大阪市内をコマゴマとクルマでまわった。市内をクルマで走るとくたびれる。5時半をまわったら、もうどこにもいきたくなくなった。根性のある人は6時からが営業である、というけど、そういう根性はないので帰る。でも本日は集中してまわった。新規先に飛びこみもした。集中してまわったからといって、それがそのまま結果につながるかどうかはわからない。でも今日は、自分の中では充実していた。帰ってからもいつものだるさではなく心地よい疲れ。だんだん涼しくなってきている。

シュンタが運動会のリレー選手に選ばれたそうだ。すごくうれしい。僕はリレー選手に選ばれたことなど今だかつて1度もない。シュンタは去年もおととしもあと一歩のところで選ばれなくて、すごくくやしがっていた。今年は、ゴボウくんからジャガイモくんに変身して、なんだか重たそうになってきたので、ああやっぱりオレの息子かと、思っていたら、リレー選手に選ばれた。とてもうれしい。かっこいいなあ。
2003年09月09日 20時30分59秒

最近の悪い習慣
ここ最近寝る前に例年になくクーラーをつけてしまう。クーラーはせまい子供の部屋にあるのが、居間においてあるやつよりよくきくので、ここ最近ずっと子供の2段ベッドの横に布団を敷いて寝ている。ペチカ、シュンタ、僕のチームと、Qと妻のチームに分かれて眠っている。だからといって決して家庭内別居とかそういうのではない。と思う。クーラーのタイマーを2時間セットして扇風機をつけて寝る。朝、つけっぱなしの扇風機から送られてくるなまあたたかい風を足のあたりに感じて目を覚ます。とてもだるい。よくない習慣だ。昨日の夜は、居間の窓をあけていたら、秋の虫の鳴き声がいっぱいだったので、子供の部屋の窓もあけて寝た。でも子供の部屋の窓の外からは、虫の声はきこえなかった。マンションのボイラー室のごーーーーという音だけがきこえた。風の通りはあまりよくなくて、目がさめたら、やはりだるかった。一日働く、クルマはクーラーをつけっぱなし。午後はゆらゆらと蒸し暑い。一日を終え、帰宅すると、ぐったりだった。もう少しの辛抱で、すっきりしてくる。今夜もクーラーをつけずに寝よう。
2003年09月08日 20時01分49秒

本日の礼拝
今日は、ペチカとQを連れて教会に行く。子供礼拝は9時からなので、8時半に家を出る。子供はぱらぱらとしかやってこないので、とても静かな礼拝である。Qははじめおとなしく座っていたが、やはりすぐに飽きてしまい、朝から親子室でガラスごしできいていた。司会の人に、新しくきたお友達、ということで、紹介されて、ひとり礼拝堂に残ったペチカは、ひとりでしっかり挨拶をして、Qはガラスごしに手をふって挨拶をした。なんだか皇族ふうだった(あとで大人の礼拝を終えたときも、幼児クラスの紹介があって、そのときも、礼拝堂内に並んで讃美歌を歌うのを拒否したQは、あっちにいるのがQちゃんです、と紹介されるとやっぱり親子室のガラスごしに、鷹揚に手を振った)。

それから、小学生たちは日曜学校トランプなどをして遊んだらしい。それからもののけ姫のビデオを見たらしい。キリスト教会で「もののけ姫」というとりあわせは、なかなか面白い。Qは、幼児教室でほぼべったり僕にくっついていた。Qちゃん絵を描きましょう、と、先生にいわれていやいやをしたので、しかたなく僕が描いた。キリンやゾウやコブタやクマの絵を描いた。お父さんおじょうずです、とほめられた。僕の絵はうまいのである。Qも動物がだいすきなのでウオーきりんしゃん!と喜んだ。少しなじんだ。

大人の礼拝中、ペチカは読書をして待っていた。Qはずっとくっついていたので、僕は教会の中をQとうろうろしながら、館内放送でヨハネによる福音書の説教を聴いた。ときどきQを肩車したり、おんぶしたりだっこしたりしながら、きいた。僕は日曜日に説教をきくのが好きだ。ひとりで聖書を読んでも、ぴんとこないことが、きくことによりよくわかる。そしてキリストは、子供が寄っていってもじゃまもの扱いせず、受け入れた。子供がせっかくお父さんといたいというので、つれてきて、それでも多少あきてきてぐずっても、そこで、僕がいやな気分になってしまっては、結局聖書を読んでもわかったことにはならないような気がする。たとえ、まともに礼拝堂内に座れなくても、こどもがまとわりついていても、それでも、日曜の礼拝に出席できるのは、とてもうれしいことだと思った。

僕は濃い霧にかこまれた中を歩んでいるようなこころもとない人生を歩んでいるのである。でも、そういうこころもとないときに、立ち寄ることのできる場所に出会えたことは、さいわいなことである。しかも時代は古代ローマ時代でも江戸時代でもないのである。だれも僕が教会へ行ったからといってライオンのエサにしたり火あぶりにしようとすることはない。そういう意味では幸せな時代である。カレーを食べてから帰宅した。ペチカはどのような感想を持ったのだろう。牧師さんから絵本をもらっていた。Qはカレーを食べたときだけはすごくごきげんだった。
2003年09月07日 18時34分04秒

夏が終りつつある土曜日
朝7時半から1時間弱、走る、まだまだ暑い。暑いけど、休耕田の雑草がたくさん生えたところでは、虫の鳴き声が変わった。コロロロロロとコオロギの鳴き声でいっぱいだった。カエルの鳴き声はもうどこからもきこえない。セミの声はもうどこからもきこえない。コオロギの鳴き声はもの悲しい。朝からとても暑かったけど、夏は終わりなのだ。

今日はとくにどこにもでかけなかった。外に遊びに行ったペチカがともだちをふたりうちに呼んできた。子供のともだちなどあまり見る機会がなかったけど、小学校5年生の女の子というのは、自分の子供でないと、とても大きく感じる。部屋にこもってなにかごそごそしていた。ときどき、Qが行ったり来たりして、かわいがられていた。

夕方、取引先の社長のお父さんが亡くなったので通夜に行く。

帰るとシュンタががにまたで歩いていた。練習をしていたら、パンツとユニフォームのズボンがどういうぐあいか相性が悪く、股のつけねが股ズレになってしまったのだそうだ。太っているからではないのか??股の風通しをよくするため、僕のトランクスのパンツをはかせて、野球のユニフォームのベルトを巻いて眠っている。本当はフルチンで寝かせてもよかったけど、シュンタはそういうところはデリケートなのである。今日はQも比較的早く寝た。夜は風が通ると涼しい。
2003年09月06日 22時44分36秒

Qが寝ない
1週間がまたたく間に終る。今週はとても早く感じた。9月に入っても暑さはねばっている。もわああっと粘って暑い。明日はゆっくりしようと思ったら、得意先の関係の葬式にいかなければならなくなった。葬式にはよくいくけど、最近結婚式には行ってないなあ、と思う。とくに行きたいとも思わないけど。Qがなかなか寝なかった。9時半くらいから11時20分までいっしょに布団に横になってごろごろしていた。一人で寝てろといっても、イヤイヤというので、いっしょに転がる。さっさと寝ないかとややイライラしてしまう。Qを甘やかすからいけないのだ、とテレビを見ながら妻はいう。どうしてテレビばかり見るのだろう。頭が腐らないのだろうか。とても心配だ。Qはようやく寝て、寝ると寝顔はとてもかわいい。妻はまだテレビを見ている。よくドラマなどで、つかれて帰ってきて、ぼーっと、テレビ見て、ごろごろしているお父さんに対して奥さんがとても虚しい気分になるという話がある。新聞の人生相談でもよく似たような話をきく。僕はそういうお父さんではない。そしてだからといって、悩みを新聞に投書したりしない。虚しくなったりしない。乏しい脳みそを大事にする。人生は短い。脳みそは有限だ。
2003年09月05日 23時36分26秒

金本父さん
このごろは、さっぱり早朝ジョギングは途絶えているが、いつも会社から帰ってごはんを食べて、風呂に入る前には、屈伸20回、腹筋30回から50回くらい、腕立て20回から25回くらいは必ずやるようにしている。おなかの肉はもはやどうにもならないが、肩のあたりは、なかなかひきしまっているように一人で思っている。平日はごろごろしているシュンタは妻に怒られて、いっしょに腹筋をしたが、頭を後ろにやって、腹筋することができない。僕はまったく思いつかなかったけど、いつもこうやって運動するときは、シュンタもやらせたらいいのだ。本当は自発的にやってもらいたいところだけど、平日はごろごろごろごろして、飯ばっかりたくさん食って、すらりとゴボウみたいにカッコよかったシュンタ少年は、最近なんだか、太っている、とはいわないけど、なんだかジャガイモみたいに、どてっと大きくなっている。FAで広島から阪神に来た金本選手は、毎日試合が終ってその日にすべて凡退だったとしてもホームランを打ったとしても、とにかく、試合が終ってから、必ず素振りをするのだそうだ。そういう真面目な姿を見た阪神の選手たちは、お、金本さんすげえ、と、自分たちも一生懸命素振りをはじめて、阪神は快進撃をしているのだそうだ。僕も金本のように、毎日シュンタの前で腹筋して、お、お父さんすげえ、おれもガンバロウと、シュンタのやる気を引き出したいものだ。金本はすごいと思う。あと、山田と伊達と坪井と交換で日ハムからやってきた選手の一人である下柳投手もとても魅力を感じる。本日は負けたけど、残暑にも負けず、調子は非常によいのである。この人は、暑くなればなるほど、頑丈になるのだそうだ。昼間にこのクソ暑い中ウインドブレーカーを着て練習をして調子を整えるらしい。なにか見習うところがあるのである。
2003年09月04日 22時17分06秒

説教クサイ夫をめざす
今朝のQは昨日までの自分の態度を反省したのか、泣くこともなく、むしろほとんど僕に対して無関心で、僕が行ってくるよ、と叫んでも、テレビを見ていて、気のない声で、イッテラッシャアーイ。と言った。そういうのも少しものたりなくもある。しかし朝そっけない分、夜はなかなか寝なかった。妻がバレーボールに行って、10時近くまで帰らなかったので、調子が若干狂ったのかもしれない。そして妻がバレーボールにいくと、シュンタの野球の連絡網がかならずまわってくるのである。ふとんの横で、歌をうたって、動物の図鑑を見ていた。Qは動物の図鑑がだいすきだ。さっきようやく眠った。

昨日は会社の帰り、教会に立ち寄った。牧師さんが、いつでも、話がしたければ電話をください、と言っていたので、昼飯を食べているときにふと思いついて、電話をしたら、夜に会っていただけることになった。1時間半ほど、いろいろ話をした。牧師さんの部屋というのは生まれてはじめて入った。山積みにされたキリスト教関係を中心とした書籍の中で、いくつか僕も読んで感銘を受けたアウグスティヌス、内村鑑三、矢内原忠雄といった人の本についての話と、聖書の話と、以前通っていた教会でどうも理解しがたかった信仰上のいくつかの点について質問をして、ただそういう問題について話すだけで、蒸し暑い夜ではあったけど、気分が晴れ晴れとした。すごく楽しい時間だった。最後にお祈りしてもらった。帰りは少し遅くなったので、妻に若干ヒンシュクを買った。それでもとてもいい気分だった。どうして僕がそういう気分になっているのか、妻はまったく理解できないらしい。それを僕もうまく説明することができない。説明の努力をすることは夫婦間にとってとても有益であると思うので、これからは僕はしばしばとっても説教クサイ夫になろうかと思う。
2003年09月03日 23時39分29秒

朝Q
昨日も今日も、朝、会社に行くときにQがオトーサンイカナイデエエエエ!と大泣きをした。困った。自転車置き場に出ても、部屋の中からQのオタケビがきこえた。ドンドンドンと玄関の扉に体当たりをしている音がきこえた。少しQを甘やかしすぎてしまっているのだろうか。扱いが下手であると、妻より非難された。会社から帰ると、Qはすでに寝ていた。寝顔はかわいい。
2003年09月02日 22時46分01秒

9月のはじまり
今日から9月だけど、むしむしと暑い。2学期のはじまりは、いつもこんな感じだった。体育館の始業式は、暑くて暑くて苦しいくらいだった。小学校の頃は、よく朝礼や、始業式などで、立っているうちにバタンと倒れる子がいた。僕はそのようにして倒れたことは1度もなかった。4年生まで東京にいたが、東京の少年少女は朝礼で倒れる子は、一年に一人か二人いるかいないかで、バタンととある女の子が倒れたときはそれだけで、事件だった。5年生から埼玉県の小学校になったが、この小学校ではみんなわざと倒れているのではないかと思うほど、バタンバタン日常的に朝礼その他の行事の校長先生のはなしのときは必ず何人か倒れていた。あれはなんでだろう。最近はどうなのかと、ペチカに聞いたら、校長先生のお話のときはみんなすわって話をきくので、倒れる子などいない、とのことだった。校長先生の話は、立って聞くものである。今日は9月1日だけど、別に会社では始業式はなかった。校長先生の話もなかった。だれもバタンと倒れる人もいなかった。いつもと同じような月曜日のはじまりだった。月曜日というと何年か前までは会社ではかならず全体でラジオ体操をもって仕事がはじまったのだが、いつのまにかそういうことをするのをやめてしまった。だんだんのどかでなくなる今日この頃なのである。携帯がこわれたので、ドコモショップに行った。受付のお姉さんは感じの良い人だった。感じのよい人だな、と思って話をしていたら、僕つとめる会社のことを知っているという。話をきいてみたら、数年前に病気で亡くなった某課長の娘さんだった。僕は葬式にもいったのだ。不思議な偶然もあるものだと思った。
2003年09月01日 21時00分24秒

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