2003年10月の日記です

月末のラジオ
今日は土曜日のような気がした金曜日だったが、でもやはり1週間のうち宿泊出張があると、あっというまに金曜日になってしまう。そして10月が本日で終る。あとほんの少しでもう年末になってしまう。仕事中、MBSラジオのタイガース偏向番組を聞いていたら、野球のアテネ五輪予選のことをしゃべっていて、来年はオリンピックです、と言ってた。この前のオリンピックの時、Qは生まれたのだ。ついこないだのようなのに、あっという間である。高橋尚子選手がマラソンで金メダルを取った。高橋さんはQちゃんであるので、それにちなんで、Qと名づけた・・・というわけではないけど、少なくとも、Qちゃんが有名になり市民権を得たので、勇気を持って市役所にQの名前を届けることができた。おとといは出張、昨日は帰ってもすでに寝ていたQは、今日はちゃんと起きていたので、会社から帰ってから、いっしょに遊んだ。とても楽しい。

シュンタとペチカは、不倫であるとか、遺産相続であるとかいったナマナマしい再現ドラマを見てこれは有罪か無罪かなどということをゲストが討論するテレビ番組を熱心見ていた。テレビを見ながらシュンタはごろごろしている。僕は今日、さきほど触れたMBSのラジオ番組で日本シリーズの総括の話しも聞いたのだ。解説者の一枝修平さんが、現在は右投左打のプロ野球選手が多いので、左投手というのは、今回のシリーズでの吉野、ウイリアムズの活躍を見てもわかるとおり、とても貴重なのである、というようなことを語っていた。シュンタは貴重な左腕であるのである。背だって高いし、少しがんばれば、少年野球の左のエースとはいかないまでも、貴重な中継ぎとかストッパーなんかで活躍できるのではないかという気もする。ということで、タオルを使ってのシャドウピッチングをしてはどうかと提案をして、テレビを見ながら、ピッチング練習をさせる。でもシュンタはすぐに再現ドラマで離婚する夫婦がお金のことでもめている再現ドラマに夢中になって、ぼーっと立ちつくす。僕はデブな子供だったので、シュンタみたいな体型(最近やや、太ってきたような気もしないでもないが)にどんなにあこがれたことであるか。実にもったいない。僕がシュンタだったら、毎日学校から帰ったら自主的に、走ったりすぶりしたりするところである。どうもあんまりやる気がないようでもある。これはやはり親の責任であろうか・・・。僕もでも実のところ熱心な野球好きお父さんみたいに、手取り足取り厳しくコーチする気もないしその能力もないのだ。

熱心な野球好きのお父さんといえば・・・。

昨日広沢選手が41歳にして、阪神タイガースを退団、現役引退をした。広沢選手は41歳まで自分の夢を追って生きてきた。家族を東京に残し、この4年は大阪に単身赴任をしていた。まだ現役を続ける自信はあるが、家族を大切にしたいという気持もあり、現役を引退したのだそうだ。広沢選手には中学生くらいの子供がいて、やっぱり野球をしているけど、あんまりうまくないそうだ。そして、お父さんが野球選手のくせして、ヘタくそやな!というようなことを言われている、ということを広沢選手は人づてに聞いたのだそうだ。人づてにきく、というところがなんだかとても切ないのである。広沢選手は、だからその時、これからは子供ともしっかりキャッチボールをして、家族を大切に生きていきたい、というような話しを朝、これはABCの道上洋三さんのラジオで聞いた。僕は道上洋三さんのおはようパーソナリティーという番組の、スポーツコーナが好きなので、朝飯の時はそのコーナーのある10分ほどはラジオを聞く(これはインターネットでも聞ける)。このラジオを聞いて僕は、家庭を大事にする広沢さんの話しに感動した。しかし横で忙しく朝食関係の仕事をしていた妻は、「広沢選手の息子だってお父さんがキャッチボールをしなくちゃ、ヘタくそなままなのだ、シュンタもアナタがあんまりキャッチボールをしないから、ヘタなのである、とへんなふうに感銘を受けていた。ちょっと感覚が違う・・・。

でもまあ、とにかく、家庭は大事である。
2003年10月31日 22時47分03秒

いたむゆびさき
昨日は出張でとまりだった。ホテルで、本を読んでいるうちにうとうとして、昨日はずいぶん早くに寝た。10時にはもう眠っていた。6時半に目がさめた。日本海側はすっかり秋だった。道端いたるところに柿やみかんを並べて販売していた。のどかな気分だった。でもクルマを運転しすぎてくたびれた。明日は土曜日かと思ったら、金曜日なのだった。仕事中に、何ヶ月か前にもやったが、また、指先を紙ですぱっと切った。左の薬指の先、先を頭から見れば、ツメと平行にスパッと切れている。もう少しずれていたら、ツメと指の間の肉がスパッといっていた。これは、もっと痛い。これでも痛い。
2003年10月30日 22時22分36秒

イモ
基本的に昼飯は家から妻が作ってくれるおにぎりを持っていって食べる。おにぎりふたつと、500MLペットボトルに麦茶を凍らせたものを持っていく。おにぎりふたつだけだとおなかが空くので、コンビニでおやつに、パンを買う。しかし、今日はおにぎりふたつのほかに、妻の実家から送られてきたムラサキ色のさつまいもをふかしたものが1本、追加されていた。ムラサキ色のさつまいもは食べたことがなかったのだけど、おいしかった。味は黄色いのとどうちがうのかよくわからなかったけどおいしかった。イモはたくさんあるようなので、これから毎日1本もっていこう。それほど普段はしょっちゅうたべないが、仕事中におなかが空いて、がぶっと食べたらすごくおいしかった。
2003年10月28日 22時20分51秒

野球
日本シリーズが終った。残念ながら、阪神が負けてしまった。しかし、ダイエーの優勝シーンを見ていたら、それはそれで感動してしまう自分はやはりけっこう軽薄なにわか阪神ファンなのだろう。でもここ2年くらい星野監督にかわってから、阪神が強くなって、仕事の終る頃夕方のラジオはいつもAMだった。以前は夏場は特に野球タイムになるとFMばかりきいていたけど、最近さっぱり聞かなくなって、今どんな曲がはやっているかというのもさっぱりわからなくなってきたけど、夕方のAMラジオ放送では阪神の偏向報道番組しかやらないので、阪神タイガースの選手ひとりひとりには会った事もないのに親近感を抱くようになった。今日は7時過ぎまでクルマに乗っていたが、その時点で5−0であった。家に帰ったら、子供たちは、名探偵コナンを見ていた。ごはんを食べてフロにはいったりなんだかんだしているうちに、阪神は負けてしまった。さっき表彰式を見ていたら、優秀選手賞に選ばれた桧山選手がしょんぼりしていたのでもらい泣きしそうになるほどだった。次はいつ優勝するのだろう・・・。
2003年10月27日 22時01分34秒

応援の日曜
今日は朝、ペチカを教会に送ってから、シュンタ、妻、Qとシュンタの空手の大会に行く。昨日の野球少年シュンタは、今ひとつの成績であったが、本日は違っていた。3、4年生部門では、組手で第3位。型で、優秀賞を受賞した。けっこう人数いたのに、運も味方につけて、よくがんばったと思う。試合の前は午前中で絶対負けるので、お父さんには午前中からきてほしいのだ、と弱気なことを言ってたのだが、午前中には終らなかったのである。昼休みにQとふたりで教会にペチカを迎えに行き、そこで炊き込みごはんを食べて、教会の他の子供と遊んで帰リナイ!と泣くQをむりやり抱えた。(教会ではクリスマスに劇をするそうで、ペチカは天使役、Qは羊役らしい。羊役のQ、は「メエメエきれいな夜空だなあ」、と、いうセリフがあるそうだ)。そしてわれわれはペチカもつれて、ふたたび午後の部の大会会場に行って、それからまだまだシュンタの活躍を見ることができた。シュンタは、ニコニコととてもうれしそうな顔をしていた。かっこよかった。僕も空手を習ってみたくなったけど、よくあんなふうにみんな型を覚えられるものである。僕はとても覚えられなさそうだ。Qは、シュンタの空手にはあまり興味がないようで、同じくお兄ちゃんの応援できていたよその4歳の女の子となかよしになり、しょうこちゃんというその女の子に「しょうこちゅわああん」と呼んでずっとおいかけまわしていた。カマキリをつかまえて、大事そうにふくろにいれて、ふたりでなかよく体育館のまわりを歩いて、溝にはまって濡れていた。夕飯はファミレスに言って、外食。
2003年10月26日 20時17分57秒

午前の小さな悟り
いい天気の土曜日。快調にジョギングをする。ジョギングしながら今週を降りかえり、会社でいくつか気に入らないことがあったことを思い出した。個人的にどうにも気に食わない人がいて、その人を思うと、その人に対する悪意で頭がいっぱいになる。そして、具体例をあげながらいかにソイツが気に食わないかということについて、妻とわかちあいたかったのであるが、まったくとりあってくれない。むしろそういうグチめいたことをつぶやく僕が一方的に悪者であった。いっしょに気持をわけあってくれない妻に対して少し腹がたったが、しかし、その気持をジイっと見つめて、落ち着いて考えることにより、自分の愚かさを悟った。関係のない人にはまったく関係のないことであるのである。そして、その程度の関係のないことに関して、それが確固不動の障害物のごとく、悪意をためこむことはないのである。どうもうまく文章にすることはできないが、今日、午前中、ひとつの小さな悟りを得たのである。僕はそのつまらない悪意をどこかへ飛ばすことに成功した。

シュンタの野球で練習試合があるというので、昼から、妻とQと見に行った。見に行ったら、審判をしてくれといわれたので2塁の塁審をした。シュンタはセンターを守っていたので、すぐそばだったが、お互い他人のふりをした。3年生以下どうしの試合であったので、ぽろぽろぽろぽろボールはこぼれ、両チームとも、塁に出ればすぐに得点に結びつき、7回10対10の引き分けだった。シュンタは元気に声を出していた。すぐ後ろだからよく聞こえたというだけではなく、しっかり声を出していた。フライをひとつ取った。ひとつは頭を越された。バッティングは・・・残念ながら3−0だった。3打席は見逃し三振だった。昼寝のQをかかえてベンチにすわっていた妻は、吉野がリリーフでいきなり四球を出したり、赤星がバントを失敗したときの星野監督みたいに見えた。試合がおわったあと、教会が近所にあるので、妻をつれてはじめて、教会に連れていく。牧師さんと会い、30分ほど話をする。たぶん妻はなんの関心もなかったと思うが、いっしょに行ってくれたことがとてもうれしい。寝起きのタイミングが悪くめずらしく不機嫌であったQだが、教会に行くと、ごきげんになって出されたお茶をごくごく飲んだ。明日は、ペチカがひとりで教会に行って、途中で僕は、昼に迎えに行くのである。
2003年10月25日 19時33分46秒

金曜日
今週の日曜日はシュンタの空手の大会がある。当初予定としては、午前中にシュンタと妻がシュンタの空手の同級生といっしょに、大会に行って、僕とペチカとQは教会に行き、午後から改めてシュンタの大会を見に行く予定にしていた。でも今日夕食後、シュンタが、どうしてもお父さんに午前中から空手を見にきてほしい、というので、あさっては教会に行くことをやめることにした。はじめは、お父さんがこなくても別にいいよ、といっていたけど、シュンタはシュンタでいろいろ思うところがあったのかもしれない。でも僕があまりきっぱりと、シュンタにわかった、と言わなかったから、若干家庭内に波風が立つ。子供はかわいい。大事にするべきだ。だけど子供をあがめたてまつるのはいやだ。家族のために、とか、仕事のために、とか、なんとかのために、とかいろいろのために、いろいろ妥協してしまうことが、おそろしい。しかし、結局空手の試合を見に行くことに決めた。なんで教会に行かずに、年1回の子供の空手を見に行くのに、そんなに悩むのだ、と、ほとんどケイベツされている。教会がそんなに大事か、と言われると、そんなに大事になっている。神様を生活の中心に据えて生きていきたいものだと思っている。歴史上で、有名無名の数え切れないくらいたくさんの人がそのように生きて、希望を抱いて死んでいったのである。僕もそのように生きて死にたいのである。もしかすると、自分だけは死なないのではないかと思ってしまうことがしばしばあるのであるが、本当に、あっというまに時間は流れて人は死んでしまうのである。そのことを忘れずにいたいのに、すぐに風に吹かれる枯葉のように舞ってしまうのである。日々を大事に生きよう。行くと決めたからには、日曜日はシュンタの応援をしっかりしよう。
2003年10月24日 23時37分21秒

冷えた夜空
今日は会社で、賃金の評価態勢が変わるとの説明会があった。いままでは年功序列的に給料が決まっていたが、これからは、能力に応じて同年代でも支給額が変わって、がんばった人は報われるシステムにしていくそうだ。最近の世の中はそんな感じである。少し遅い傾向にある。そういうテキトウなところでテキトウに働いているのも気楽で好きでもある。あまり自分の能力に自信がないのかもしれない。でもそうであるからこそ、しっかり働かないと、家族を路頭に迷わすことになるのである。今日は日が暮れてからものすごく寒くなった。頭の中が冷えて、自転車に乗っていると、シャッキリした気分になった。江国香織の小説にでてくるような冷たい夜空だった。家に帰ると、Qが鼻水をずるずるしていた。オナカイタイノ、といった。カミサマニオイノリスルネー、といって、ごにょごにょごにょいって、ドウカ、ボクノオナカイタイノ、ナオシテクダサイ、アーメンとソファで祈っていた。感動した。また日曜にいっしょに教会に行こう。そしてしっかり働こう。シンプルである。冷えたシンプルな夜空のようである。
2003年10月23日 22時39分13秒

ちまめ
今日仕事中、ポケットの中にあるはずの自転車のカギがなくなっていることに気づいた。会社に電話して落としものにカギはないかと聞いたけど、ないという。ホームセンターに立ち寄って、チェーンのカギ198円を買う。会社に帰って自転車を見るとやはりカギはかけてあって、そのへんを見ても落ちていない。しかたがないのでカギをこわした。ママチャリのふつうの前輪の左脇についている差し込み式のカギであるがなかなか頑丈だった。ペンチでひねっているうちに自分の親指をペンチではさんで血豆を作ってしまった。血豆というのは、イヤラシイ痛さである。けっきょく、カギはむりやりつぶして、でもネジまわしがなかったので、こわれてつぶれたカギがくっついたままだ。なんだかドロボウしてきたみたいだ。家に帰るとQは寝ていた。親指がややひりひり。
2003年10月22日 22時12分12秒

半覚醒
今日は行きも帰りも自転車であったけど、会社にいっているあいだは雨降りだった。日本シリーズも中止になった。会社は今日は会議がたくさんあった。くたびれた。帰ってからQといっしょに横になったら半分眠ってしまった。目がさめてあたまがぼんやりしている。いつもぼんやりしている。帰ってからしばらくイライラしていたけど、このように半分眠っているとイライラしていたことがあまり気にならなくなった。落ち着いて対処すればなんだってイライラするようなことはないのである。このところ僕はイライラしてもそれをストレートには表現しないのである。つまらないことで腹をたてないのである。そのかわり、こころがけようと思うのに、すぐに、会社のほかの人のことを批評してけなしがちである。けなすヒマがあれば、自分がそのような気に食わない人間にならなければいいだけの話であるのだ。すぐに後ろ向きなものの見方というのは伝染する。気をつけよう。
2003年10月21日 22時39分38秒

健康な人
今日久しぶりに訪問したほとんど取引のない得意先の社長はまあとにかくワシのあたまを見ろ、と言った。まあとにかく見ろといわれても、半年前このひとのあたまがどんなだったかよく覚えていないので、どう感想を述べてよいのかわからなかったら、見ろ見ろ、毛エはえとるやろ、半年前とぜんぜんちがうやろ、というのだった。そういえば、はげあたまの社長のあたまにはうっすらと産毛のような黒い髪がちらほら生えているように思った。しかし、半年前にもこれくらいの産毛状の髪はちらほらしていたような気もする。毛エが生えたのは、なにか特殊なアメリカ直輸入の薬のおかげなのだそうだ。日本は医学では数十年アメリカやそして中国からも遅れをとっており、アメリカではガンや糖尿病はもはや病気ではなく、必ず治るのであるが、日本では、医師会と薬の会社が結託して、患者の病気を決してなおさないようになっているのだそうだ。社長は雄弁だった。「シャンプーと歯磨き粉!」と社長は叫んだ。「これがハゲと歯槽膿漏の原因や!発ガン性物質の宝庫なんや!」僕はなんだか口の中と髪の毛のあたりがむずむずしてきた。なんだかものすごく心配になってきた。そして、「あの、ぼく、髪の毛が最近薄くなってきたんです。それから、虫歯も増えてこないだ歯医者で1万円近くかかって・・・・」なんてついふらふらと身の上相談までしてしまった。そうやろそうやろ、と社長は重々しくうなずいた。「歯磨き粉もな、日本のじゃなくてアメリカ直輸入のええヤツがあるねん・・・」いろいろ語り出した。それから、飲んだらガンが一発で治るジュースの話もしてくれた。別にそういうものを僕に売りつけようという意図は感じられなかったが、まさにそれこそが、作戦で、逆に僕が突っ込んでもっとくわしく聞いていたら、そのままそれら健康商品を買わされてしまうのではないかと、社長の話をききながらふと不安になってきたので、失礼させていただいた。帰るまぎわに、いいお話をきかせていただきました、と礼をいうと(半分くらい本心だった)、社長はニコニコして、いろいろ本もあるねん、といいながら、健康に関する本を事務所の書棚からさがしはじめたが、気づかないふりをしてクルマに乗った。

クルマに乗ってしばらくしてから、ふと冷静になって考える。僕はなにしにあそこへいったのだろう。そして、とりあえず、髪の毛はしばらくシャンプーをやめて、塩で歯磨きをしようか、などと考える。しかし、歴史上で健康体の人はいっぱいいたのだ。数限りなくいたのだ。でもみんな死んでしまったではないか。僕はパラマハンサ・ヨガナンダというインドの聖者といわれる人の長い長い自伝を読んだことがある、そこには、死なずに数千年インドの山奥には世界平和のために瞑想しているヨガ行者がたくさん生きているのであるというようなことも書いてあったように思う。しかし、話半分であると思う。高野山にはまだ空海が生きているらしい、これも話半分であると思う。もし仮に生きていたとしても、空海もインドの聖者もアメリカ直輸入のシャンプーや歯磨き粉は使わないだろう。健康が人生の重大事ではないのである。そして自分にかかわる言葉としては、「人はパンのみに生くるにあらず」である。などと考えた。頭がムズムズする。・・・今夜はせっけんで頭を洗ったのである。
2003年10月20日 21時29分28秒

分級、自転車の特訓。
今日は3週間ぶりにQを連れて教会に行く。子供礼拝の時、5日生まれの、Qの誕生日を祝ってくれてノートとポストカードをもらった。Qは、すっかり教会になれて、名前を呼ばれると、にこにこして礼拝堂の正面に歩いていってノートを幼稚科の先生から手渡されてうれしそうだった。分級でも、ひさしぶりに会った先生に、しぇんっしぇ!と小さく叫んで両手をひろげて、かけよったが、先生がそれにもまして、大きな声でQちゃああん!と叫んで抱きついてきたので、Qは少々ビビッてくるりと回れ右したものの、先生につかまった。それでも、泣くこともなく、僕がわざと離れていたけど、おとなしく先生に「カミサマノエホント、ドーブツノエホン」(とQが言っていた)を読んでもらっていた。ひとつ年上の女の子と仲良くお絵描きをして(オネエチャンが絵描いてあげるからQちゃんよく見とき!と、とっても頼りになるおともだちだった)、そのまま大人の礼拝がはじまるときには、その子と2階の子供室に行って、そのままおとなしくテレビを見たり、年上の子供たちに遊んでもらっていたみたいで、礼拝が終るまでおりてこなかった。

今日は牧師出張のため、代わりに小学生の分級の先生をしているお兄さんで神学部大学院生の人が、説教をした。今日が人生最初の、主日礼拝の説教であるそうだ。そういう、ある人にとってとても大事な時にいっしょに立ち会えたことはうれしい。万が一Qが途中でおりてきてはいけないと思い、礼拝堂横の会議室で説教を聴いた。日曜日の朝、教会にいくのだと思うと、とてもうれしい。日曜日の朝、ふととても悲しい気分で目がさめたことがあったが、最近はまったくそういうことがなくなった。休みの朝はとても楽しい。こういう気持を忘れず、一生通うようにしようと思う。御昼ごはんは炊きこみごはんだった。家ではごはんにいろいろ入っていると、Qはいやがるのだけど、教会の食堂で食べると、環境が違うせいか神様のおかげか、Qはどんぶり一杯、大人とほぼ同量食べた。バザーで残った絵本をたくさんもらって家に帰る。

夕方、ペチカいっしょに、Qと自転車のトレーニングをする。ペチカがQくらいの頃に買った自転車でそうとう年季が入っている。Qはでかいので、三輪車だと小さ過ぎるけど、自転車は少し大きい。ペダルをこぐ意味を充分理解していない。自転車を押してやりながら、ペダルをこがせる。ペダルをこぎながら、足下ばかり見ている。前を見ろ!と指導したら、今度はものすごく真剣な顔をして、前を見たまま、足が動かなくなる。なかなか運動神経がのんびりしている。
2003年10月19日 18時20分03秒

走り幅跳び
今日はいい天気の土曜日だった。朝から1時間ジョギングをしたが、空気も冷たく、走るにはちょうどよい気候だった。空の色が青くてひろびろしていて、上を見上げて走ると気持よかった。走ってから、通勤用自転車を洗ってサビも落してピカピカにした。それからほぼ一日Qといっしょに遊んでいた。ペチカもシュンタもいろいろいそがしいので、遊んでくれない。夕方の公園で、みんないなくなってから、ふたりで走り幅跳びをした。楽しかった。
2003年10月18日 22時16分52秒

最近の平安
今日はさっさと会社から帰り、家族といっしょに夕食を食べる。会社から近いと、すぐ帰ろうと思うと本当にすぐ帰れるしとても便利だ。食事のときは子供たちが異様に興奮してうるさい。でもまた明日から休みだと思うと、なんだかとても平和な気分になれる。このところ僕は平和な気分であるのである。夫婦喧嘩もないし、子供を怒鳴りつけることもないのである。日が暮れて、営業車に乗っていて、暗い空にした走っていて、なんだかものすごく悲しい気分になってしまうこともなくなったのだ。このところとてもタマシイが平安なのである。とても幸せな気分でいるのである。
2003年10月17日 21時25分10秒

浜省
先日ラジオでちらりと浜田省吾の新曲である「君に捧げるlove song」を聞き、その曲が入ったアルバムが欲しくなったので、今日会社に行く前に、妻に買い物のついでに買っておいてくださいと頼むでいたら、ちゃんとアルバム「初秋」を買っておいてくれた。とてもうれしい。CDなんて年間1枚買うか買わないかである。たぶん今年ははじめて買ったのではないかと思う。いや、シングルのCD「なんでだろう」を買ったか・・・。改めて「君に捧げるlove song」を聞いたのであるが、これは、なんだか、奥さんに先立たれたダンナさんの歌のようである。そのほか、別れのテーマを中心とした、すでに発表されているバラードばかりを集めたアルバムである。浜田省吾のアルバムは高校生大学生の頃たくさん聞いていたけど、CDではなくレコードばかりで今は大部分が実家に眠っている。こうしてゆっくり聞くのは久しぶりである。それにしても「君に捧げるlove song」は、いい歌であるけど、悲しい歌である。もう3回続けて聞いたけど、もし今妻に先立たれたらどうしようと、すごく悲しい気持になった。生きている今を大事にしなければいけないなあと、浜田省吾の歌をききながらしみじみ思う。やっぱり大好きな人には、やさしくしなければいけないのである。いい歌だなあ。高校生の時も歌詞暗記するほどいっぱい聞いてたけど、今きいてもすごくいいなあ。そして、高校生くらいの頃のこととか、いろんなことを思い出す。しかも、それがとってもよい思い出として修正されちゃってたりして。秋ダネエ、って感じである。今日は、そういえば、夕方営業車できいていたナイターオフ期間恒例の懐メロ番組のラジオでも、「路地裏の少年」(一番はじめのものすごく浜田省吾が若い声のバージョン)が流れていた。ちょうど会社の駐車場につく頃にはじまっちゃったので、曲が終るまでずっとエンジンかけたままクルマの中にいた。今日はそんな日なのだ。
2003年10月16日 21時12分06秒

ひんやり
昨日は雨降りで、朝は雨降っていなかったため、会社の上司はカサを持っていなくて、帰りに僕にカサを貸してくれと言った。貸してくれといわれても僕はどうすればいいのか。たぶん僕のことなどどうでもいいというふうに思っているのだと、素直にそう感じてしまうくらい時々おそろしく無神経な人に思える。でもたまたまクルマの中にひじょうにくたびれた100円ショップで売っている緊急用のビニール傘があったので、貸した。今朝は晴れたので、朝、、傘を返してくださいと上司の机につめよったが、にっこり笑って家に忘れたという。たぶんあの傘は二度と帰ってこないだろう。貸したと思うから、あまりいい気分になれないのだ。あげたと思ったらいいのである。よくよく考えればあの傘は、僕も誰かからもらったものなのだ。それに買ったら100円である、たぶん。しかし、当然のように傘を貸せと寄ってきて、今日、しっかり家に忘れてきて、そのことを僕が言うまで先にひとこと詫びてこない態度が無礼であってやや気に食わないというところもある。しかし気に食わないのは自分のこのみみっちい性格でもある。夜、自転車に乗って家に帰る。ひろびろとした夜空は澄んでひんやりしていた。こういうひんやりしはじめの空というのは、みみっちさを解放し、透き通らせてくれるのである。
2003年10月15日 21時44分23秒

モウダイジョウブ!
昨夜、寝ようとおもって布団に入ると、横で眠っているQが寝言をいっていた。これ食べる!食べる!食べる!と叫んでいた。そして僕の腕をつかんで離さない。すごく真剣な顔をして眠っている。どんな夢を見ているのだろう。何を食べようとしているのだろう。朝起きたとき、Qになんの夢を見たのか、と聞くと、シラン、と言った。起きたばかりのQはめずらしくなぜかひどく不機嫌だった。フエンフエンフエンと泣いていた。15分くらい不機嫌にグズグズ泣いていた。ところが、15分たつと、突然、「モウダイジョウブ!」と宣言して、スックと立ちあがりおしっこに行った。そしておしっこからもどると、とてもごきげんになっていて、「オトーサンカイシャイッタラ?」とケロリとした顔で言われた。・・・変わっている。しかしこのような切り換えの早さは見習わなければならないと思った。わりと僕はいろいろひきずるほうなのである。今日は一日雨だった。会社から帰ると、妻からシュンタの空手の練習のお迎えに行ってくれというので、クルマに乗って迎えに行った。マンションの地下駐車場は、昨日の混乱から回復していた。家にもどると中途半端な時間にQが眠ってしまっていた。へんな時間に起きるられると少ししんどい。でも寝てるとさびしくもある。
2003年10月14日 21時39分18秒

休み三日め。
朝目がさめるとものすごい雷の音がした。雷は何度も何度もゴロゴロ鳴った。窓の外は大雨で、さらに強風だった。シュンタの野球の練習は休みになった。妻はバレーボールの大会があったが屋外の開会式が中止になった。集合場所まで歩いて5分くらいだが、大嵐のためそこまでクルマで送る。

大嵐のせいかどうか不明だがベランダのミドリガメのほうをいれているガラス水槽が割れてしまった。午前中嵐がおさまってから、ホームセンターに水槽を買いに行くが、水槽はガラスであると高いし、すぐこわれてしまうし、プラスチックのものもけっこう高いので、500円くらいの45×36センチの収納ボックスを買う。カメには収納ボックスが一番いいのである。クサガメはもう少し大きな収納ボックスで飼っている。以前はいっしょにミドリガメと同居させていたが、クサガメがミドリガメの甲羅をかじっておしりのあたりの甲羅を欠損させいてしまったので、別々に飼っている。そしてミドリガメには少々小さい、以前金魚を飼っていた30センチの小さなガラス水槽に応急処置的にいれていたのだが、そのままずっと1年間飼っていた。今回水槽が割れることによって、多少ミドリガメの住宅事情がよくなった。住宅事情のせいと思われるが、うちのミドリガメはとてもサイズが小さい(甲長12センチくらい)。8年もたつけど、いっこうに大きくならない。

午後からは雨がやんだので、シュンタとキャッチボールをして、そのあと、ひとりで走る。ペチカとシュンタは家の中でケンカばかりしていたので、ふたりを置いて、Qと夕方にペットショップに行った。2軒はしごした。Qといっしょに出歩くのはとても楽しかった。アカハライモリとか、アメリカザリガニとか、オカヤドカリとか、アフリカツメガエルとか、そういう、感じの水槽で机の上で飼えそうな生き物を飼ってみたいなあという気が少しした。

帰ると、マンションの駐車場で、車高オーバーのクルマを立体駐車場に入れた人がいて、そのせいで、立体駐車場の一台のクルマが下から押されて、半分ひっくり返って陥没しかかっていた。駐車場ないが大渋滞になった。僕は交通整理をして、そこらじゅうの人に、まあ見てくださいと、案内した。なんかこういう事態になると、自分のクルマに害がなかったこともあるかもしれないけど、妙にうきうきして、困った顔した人たちと、お友達にもなれた。
2003年10月13日 21時07分49秒

休み二日め。
昨日の夜、ケネディ大統領の暗殺の真相について検証するテレビ番組を見ていたシュンタは、悪夢を見たのか夜中に目を覚まして眠れないというので、子供の部屋に布団を敷いていっしょに眠る。朝目をさまし、今朝は、野球チームはいつものグランドが使えないので、別のグランドで練習をするため、クルマを提供する。でもシュンタは僕の運転するクルマには乗らないのだった。そして6年生の知らないお母さん2名と選手ではない子供ひとりを乗せて、別の練習場に運んだ。知らないお母さんは、感じのよい人だった。野球チームには感じのよい人でない人がいるというわけではないけど、でも強そうなお母さんはいる。

そしてすぐに家に帰って教会に行った。今日は子供会の村祭りがあり、妻は子供会の委員なので、朝からだんじり関係の事務局で忙しい。ペチカは体調不良のため家で留守番、Qを教会につれていきたかったのだけど、キョーカイイカンノ!ポンチャラリ(?・・・だんじりのお祭りのことらしい)イキタイ!というので、僕は一人で教会に行くことになった。教会学校の幼稚科の先生からはこの前Qの誕生日カードをもらっていたのに、もうこれで3週間も教会にいかないのはなんか悪いような気もした。さらにだんじりで、教会にいかないというのは、信仰上あまりよくないことではないかという気もしないでもない。と思っていたら、「Qはちっとも歩かないでさっさと家に帰った」と妻からメールがあったので、けっきょく教会に連れていけばよかったと思う。

礼拝を終えると今日は午後から全員清掃という行事があり、主日礼拝出席の教会員全員で教会の大掃除をした。僕は教会員ではないが、近日中になる予定であるので、お手伝いをした。大掃除をしたあと食事会があって、そこで改めて牧師先生より僕のことをみなさんに紹介していただく。幼児科のQちゃんのお父さんです、と先生がいうと、「ああ」とうなずく声がきこえた。Qは教会内で少しばかり有名な子供であるみたいだ。それからそこにいる数十人の人たちが、それぞれ自己紹介をしてくれた。顔はだいたい2ヶ月も通っていると覚えるけど、名前はなかなか覚えられない。これからずっと通うので、ゆっくり覚えよう。バザーの売れ残りの本を5冊100円で買った。福音館書店の、豪華な児童書の「海底2万海里」「2年間の休暇」「ピノッキオのぼうけん」他。それから、ペチカちゃんとQちゃんと、まだ見たことないけどお兄ちゃんにと、チョコのお菓子をもらった。家に帰ってQにお菓子をやり、また教会にいこうな、というと、ムシャムシャとチョコを口にいれたまま、ウンイクイクと、シュンタ兄ちゃんそっくりの単純さで、うなずいていた。

教会の人には無名なシュンタくんは元気に家に帰ってきた。はじめての先発出場の試合で3ベースヒットを打ったのだそうだ。妻はまだだんじり委員会から帰らない。
2003年10月12日 17時54分02秒

休み一日目。
今朝は久しぶりに6時きっちりに目がさめたので、ジョギングをした。すっかり肌寒い朝だった。朝食を食べて近所の映画館に席取りに行く。全館指定席のシネコンなので、前売りを買ったスパイキッズ3−Dの1時からの部の指定席を取りに行った。朝の8時過ぎについたら、開館は9時半だったので駐車場で読書する。ハリーポッターの時は朝7時前から開館していたけど、今やっているのは、あんまりおもしろそうなものもないみたいだ。早く行き過ぎたけど、ゆっくりひとりで本を読めた。涼しいのでクルマのエンジンを切っても暑くない。9時半に開館、午後1時のいちばんいい席を取って帰宅。僕はいつも必ず一番早く並ぶのでたいていいい席を取るのだ。

帰ってからカメの水を洗う。涼しくなったので、あまり水が汚れない。もうすぐ冬眠の季節になりつつある。

昼飯後、ペチカとシュンタを連れて、また映画館に行き、駐車場で読書をして待つ。上映時間が終って、出口で、待っていたら、ペチカと、特にシュンタがものすごくニコニコして出てきた。家に帰ってスイートポテトのおやつを食べて、Qの自転車のトレーニングをしようと思い、シュンタの古い自転車に補助輪をつける。しかしタイヤがパンクしていた。さらに、雨がふってきた。Qのともだちの間では、補助つきの自転車のカゴにおもちゃをいれて走るのがはやっているらしい。Qは、アンパンマンの指人形コレクションをビーズのキティちゃんバックにいれて、コレモッテクノ!といってうれしそうに自転車のカゴに入れた。でも、Qはまだ自転車をこげない。三輪車も乗らないうちに大きくなってしまった。

雨が降ってしかたがないので、ひとりで床屋に行った。髪の毛をかなり短くした。短くしたら、染めていた部分がなくなって、髪の毛が真っ白けになった。こういうナチュラルな色合いがいいのである。家族の要望で染めたが、もうやめておこうと思う。
2003年10月11日 18時23分09秒

やすみ
昨日飲んだ焼酎がまだ残っているみたいにだるい一日だった。ようやく明日は休みだ。よくよく考えて見るとやはり昨日はそれほど楽しくもなかったように思う。しかし、そういうことを思い返して改めてつまらながるのもよくないのであるが、ちょっぴり悪口をいいたくもなる。このようにすぐに人をの悪口を言いたがる傾向にある性格というのは非常に問題であると思う。あいつがどうであってこうであってなどということはどうでもいいのであるが、注意深く一日を振り返ると、一日に何回他人の批評をしていることであろうか。会社というところはそういう他人のカゲグチで成立している社会のようなところではないかとも思う。こういう性格をもったまま年をとると、テレビに向かってありとあらゆるものの不平不満文句皮肉闇雲な恐怖非生産的な批評をブツブツつぶやくだけがとりえの孤独な老人になるのである。あしたから3日間の休みである。休みは必要である。先週は土日は研修であったのでお休みはずいぶん久しぶりな感じでうれしい。うれしい、という気持は大切である。
2003年10月10日 20時13分15秒

お湯割り
今日は、以前上司であった人で、今は関連の会社で偉くなっている人に誘われて、飲みに行った。焼酎のお湯割りばかり飲んで、あまり食べなかったのでおなかがすいている。数年ぶりに会った。以前と同じようなものの言い方をした。ひさしぶりなので、ありがたく拝聴した。これが何度も続くとそのエラソウなモノノ言い方はどの口が言うとるねん、といいたくなるところだが、今日はひさびさなので、それなりに楽しく飲む。今週は長いなあ。でもあと一日だ。
2003年10月09日 23時02分05秒

ロッピー。
今日は、2週間ぶりに新婚旅行から帰ってきた取引先の某氏をクルマに乗せて、営業活動をした。とてもしあわせそうだった。こちらまでとてもしあわせな気分になった。某氏は、学生の頃から10年くらい一人暮らしをしてから結婚したので、ふたりで過ごす生活がとても新鮮で幸福ででも大変なようだ。僕は、就職してからすぐ結婚して、ひとり暮らしの経験がなく、妻と12年くらいいっしょにいると、いっしょにいるのが当然というような気もする。当然という気でいるけど、結婚する前というと、そうとうな遠距離でのお付き合いであったので、実はあんまり会っていないのである(僕はとても妻のことが好今でも昔もとても大好きなので、毎日毎日せっせと手紙を書いた)。よく結婚できて今まで続いているものだと、今日新婚でハッピーな某氏の話をききながら、あらためて思う。今日は妻はまたまたバレーボールへ行って、僕は子供の番をした。それから、子供のために映画の券を買ってきてくれといわれたので、ローソンのロッピーというチケット予約マシンで映画のチケットを2枚買った。ロッピーはじめ行ったローソンでは途中で故障してしまったので、今日はローソンを2軒はしごしたのである。僕は家庭的に問題はないのである。問題があるとしたら自分自身の問題なのである。
2003年10月08日 23時49分17秒

途方には暮れない
今日はほぼ一日会社の中にいた。朝8時すぎから夜7時半までびっちりいた。土曜も日曜もほぼ同じメンバーといっしょだったので非常にしんどくなってきた。しんどくなってくるのは、しかし、本人の受け止め方が問題であるのである。飽きもせずに、リチャード・カールソンの「小さいことにくよくよするな!」3冊目の「仕事篇」を読了。あと、「愛情篇」と、「お金のことでくよくよするな」、と「楽天主義セラピー」と、「あくせくするなゆっくり生きよう」という本が古本で売られていたのでついつい全部買い揃えてしまった。過去のベストセラー本は、すぐ100円になる。けっこう同じネタのくり返しも多いようにも思うが、短くシンプルに、心の持ち方について書いてある。僕はそうとう小さいことにくよくよする傾向にあるのであるのかもしれない。

100円の本でも、買ってしっかり読んだら、その本に対して100円以上の愛情を持つことができる。紙が黄色く変色した「知的生き方文庫」とかでも、僕は大事に読む。世界文学全集は、たいてい100円である。僕が現在日々読んでいる聖書は、300円で買った1969年発行の「口語訳」聖書である。黄ばんでいるがしっかりしている。他に15年ほど前に新刊で買った新共同訳と、新改訳を持っているが(2冊とも真面目に全部読んでいるし、特にはじめて買った聖書である新改訳の方はいっしょにインドで半年をすごしたりして繰り返し読んで古本以上にかなり年季が入っている)、通っている教会が、口語訳使用なので、どうしようかと思っていたら、数節にアンダーラインが引いてあるだけの、口語訳聖書300円を古本屋で見つけたのはうれしかった。現在はこれをおもに読んでいる。誰が売ったのか知らないけど、大事に読もう。いかに愛するかというのはとても大事なことである。出会ったものに対してできる限り愛することができればいいなあと思う。思うけど時々すごく心がせまい。せまいのであるが、せまいことに途方にくれない。
2003年10月07日 21時26分25秒

はずかしい
今日は社内にいて5時半に仕事が終ったので、昨日もおとといも働いていたので、さっさと帰ろうと思ったらお誘いを受けたので、2時間ほどビールと焼酎のお湯割りを飲んで帰る。朝は雨であったので、行きも帰りも電車だった。帰りの電車では酔っ払っていたので、少々大きな声でしゃべっていたのであると思う。今家に帰って、冷静になってみてものすごく恥ずかしくなった。ああ恥ずかしい恥ずかしい。酔っ払いはいけない。いや、そんなにバカみたいな大声ではなかったぞ、とも思うが、たぶん、酔っ払っていると、感覚は変わっているので、たいして大声でないように思っても、ものすごく大声だったかもしれない。気をつけよう。家に帰ってフロに入って、長袖のTシャツをねまき代わりに着ると、Qもなぜか似たような長袖のねまきをきていた。ア、オトーサン、ニテイルネエ!とすごく喜んでいた。そんなによろこんでくれると僕もうれしい。明日も元気に働こう。
2003年10月06日 20時50分57秒

Q3歳
朝目がさめて、Qは今日でちょううど3歳になった。Qが起きたとき僕はトイレに入っていた。ドアを開けると足踏みしているQがいた。困った顔で「モレチャッタ」と言った。3歳のQはおもらしからはじまった。でもちょびっとおもらししただけだった。昔飼っていたイヌのロンも子犬の頃、うれしくてはしゃいでいるときなど、よくこのようにちびっていた。しかしたぶんQは今日でおもらしは最後になるのである。今日も朝から研修に行く。夕方まで、カンヅメになる。あたまがきゅうくつになって帰宅した。夕方少し走った。すっきりした。今の季節は走るのにはすごくいい。
2003年10月05日 19時19分28秒

ぶっそう
今日はなんば付近のホテルで会社の研修があった。9時から7時まで、部屋にこもって提案書の書き方というものを習い、提案書作製の資料をいろいろ作っていた。そしてそれに基づいて明日は、提案のロールプレイングというのをする。想定したお客さんの前で提案書片手にプレゼンを行いそれをビデオに撮って、問題点を論じるという恐ろしい研修である。しかし今日はずっと10時間もカンヅメにされていろいろ作業をしていたらもうなにも考えたくないようがした。いまは頭がものすごくボワッとしている。こういう状態の時に第三者から繰り返し繰り返し呪文のようなものを唱えられたなら、人は簡単に洗脳されてしまうのではないかと思う。研修が終ってだれよりもさっさと会議室を出て帰った。帰りに飲みに行こうと誘われるのはものすごくイヤなので、さっさと帰った。土曜日のなんばの繁華街は人でいっぱいだった。道頓堀川のほとりには「飛びこむな!」という看板がたくさん立っていた。とても臭そうな川だった。けっこう橋から川面まで、高さがあった。あんなとこによく飛びこむ気になれるものだ。人ごみに慣れないので、たくさんの人たちがおそろしかった。キャバクラなどの客引きの人にたくさん声をかけられてますますおそろしくなった。どうして繁華街などというところに人は集まるのだろうか。しかし繁華街に人が集まらなかったら、そこは繁華街ではなくなるのである。都会というのはおそろしい。もっと静かな場所がいい。電車に乗って我が家のあるさびしい駅い下りる。ほっとする。しかし、家に帰って、やはりこういうものしずかなところに住んでいるのが一番平和でいいと妻に言ったところ、夕刊を見てみなさいといわれた。すると、近所のQとよくいっしょに遊びに行く公園の前にあるコンビニに、今朝早く包丁強盗が入ったのだ、ということが報じられていた。そのあたりは、夜になると、コンビニの明かりだけが煌煌と光っていて、あとはさみしく暗いとおりになるのだ。最近の朝の4時半はおそらく真っ暗だったし、人通りもほぼなかっただろう。犯人は2万円を持って逃走、まだつかまっていないのだそうだ。けっこううちの近所も物騒なのである。
2003年10月04日 21時06分28秒

難しい問題
今週の仕事は終った。終ったが、あしたとあさっては研修である。研修ではタイムカードを押してはいけないのだそうだ。タイムカードを押すと、労働とみなされ、公共機関から助成金がでなくなるのだそうだ。だからまちがっても4日、5日はタイムカードをおさないように、と通達があった。そういわれると、なんとなくかたっぱしから押してみたくなるが、押したくても明日は会社に行くわけではないので、残念ながら押せない。昼飯はつく。労働でないので、休日出勤手当てはつかない。助成金も個人にはもらえない。悲しい。大阪は、この土日が研修だが、東京の人は来週の土日が研修になる。今週土日出ると休みがなくなるが、来週土日でると月曜日は体育の日で休みだ。だけど、3連休はなくなる、どちらがいいだろうか。むずかしい問題である。
2003年10月03日 22時06分04秒

オカエリー
日が暮れるのが早くなった。ラジオのナイター中継が終って、ナイターオフの歌番組がはじまった。だいたいこういう番組は今から30年から40年くらい前の曲がよく流れる。その時代の曲はリアルタイムに聞いていたわけではないけど、けっこうくわしくなる。しんみりとした気持で静かに仕事を終える。さっさと帰る。今日は鍵を忘れて家を出たので、家にいれてくれなかったらどうしようと心配していたけど、ちゃんとピンポンと押したらドアをあけてくれた。Qがオカエリーときてくれた。家庭内に小さな子がいると、非常に空気がなごむ。僕と妻とペチカとシュンタの険悪なケンカもどれだけQのおかげで、大惨事に到らずに最後に笑って終えることができただろうか。しかも今日はQは早く寝そうだ。とてもいい子である。今週はまだまだ終らない。長い。土日も研修などがあるため来週の土曜日まで終らない。今週の日曜日も教会に行けない。残念だ。
2003年10月02日 21時26分53秒

さわがしい
朝に目がさめると冷えてきたので、鼻水とくしゃみがでる。鼻をかみすぎて、額のあたりがとても痛い。帰宅すると、今日は妻がバレーボールの日だった。ペチカとシュンタが壮絶な口喧嘩をしていた。どうして喧嘩をするのだろう。Qがいっしょになって喜んで、ペチカのそばに寄っていったら、ペチカが誤ってQをつきとばして、Qはめったに泣かない子なので、ただただ目を大きく見開き、くちびるをかみしめ、泣くのをぐっとこらえて、オネエチャンダイキライ!とつぶやいた。ペチカはすぐ泣くので、ごめんごめんQごめんぜんぶおねえちゃんがわるいのようぎゃああああ、と泣き叫んだ。とてもうるさい。いろいろさわいで10時前に妻が帰ってきて、ようやくみんな寝た。Qはしばらく起きていたが、やっと寝た。僕もあやうく眠たかった。でも寝ない。
2003年10月01日 22時43分17秒

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