2003年11月の日記です

くらくてあたたかい日曜
今日は朝から外は暗かったけど、雨は降っていなかった。夜10時ちかくまで人生ゲームをしたけど、シュンタは7時過ぎにきちんと起きて野球に行った。妻は散髪に行き、Qとペチカと3人でクルマで教会に行く。教会は、本日よりクリスマスイブまでの期間をアドベント(待降節)というのだそうだ。教会の中はクリスマスの飾りつけがされてあり、子供礼拝の時、礼拝堂正面の壇上の赤いろうそくに、1本火がともされた。毎週1本づつ増えていくそうだ。曇りで、外から光りがささずにいつもよりややくらくて静かな午前の日曜日の教会堂は、少しヨーロッパ風であった。このヨーロッパ風というのは、日曜7時半に、今「ワンピース」がやっている時間帯でやっていた、「世界名作アニメ劇場」的なヨーロッパ風である。母をたずねて三千里、フランダースの犬、ロミオの青い空、とかそういう感じのくらくてあたたかい日本的でもあるヨーロッパ風である。クリスマスについて過去あまり思い入れというのはないのだが、今年はとてもクリスマスが待ち遠しいような気がする。クリスマスの時、聖誕劇で羊役をするQは、今日は日曜学校の先生に羊の絵本を読んでもらった。イエスさまが一匹一匹の羊を大事に守ってくださるというようなお話だった。「Qちゃんもイエスさまに守られているのよ」、と先生に言われると、Qは、「Qはおとうさんをまもる!」と胸を張っていた。今日は教会でひるごはんがないのでQは少し不満であるようだった。

昼から、くらい空の下、ジョギングをする。それから、冬眠中のカメの水が、いっしょにいれている落ち葉のアクで茶色くなってしまっていたので、水替えをした。これで来春まで、放っておく。
2003年11月30日 16時42分49秒

雨の土曜
目がさめると雨だったが、朝食後、一時的に雨があがっていたので、ジョギングした。走っているうちにまた雨が降ってきた。走っていると、血の巡りがよくなり、1周間働いて、肉体につまって蓄積していた、いろいろな有形無形のストレス、疲労を洗い流してくれるようである。午前中は、Qと野球の休みのシュンタを連れて、おもちゃ屋に行く。「人生ゲーム」を買う。「人生ゲーム」は最近少しはやっているらしい。今日購入したものは、ブラック&ビター版という黒い箱のものであるが、最近、昭和版という企画モノが限定発売されるらしい。新聞で紹介されているのを見て、家族で人生ゲームをするのは、なんか楽しそうな気がしたので買いにいったのだ。でもQがあばれてゲームのジャマをする。ジャマをするので、部屋のそうじをした。外は雨が降っていて、ラジオをききながら、部屋のそうじをした。そうじをして、部屋のすみずみの汚れをふいたり、スナネズミのスーちゃんのカゴをそうじしたり、そういうことをするのはとてもしあわせな気分になる。落ち着いた気分になれていい感じだった。落ち着いた気分でいるのはいいことだ。穏やかな情熱、時間がたつにつれにじみでてくる自制された感情。ということについて、「お金のことにくよくよするな!」(リチャード・カルソン著)に書いてあった。このシリーズは、間を置いてゆっくり読むと、とても効用があるように思う。一気に読むとふうんと関心するだけですぐ忘れてしまうのだけど、たまに振りかえってパラパラページをめくると、おおなるほどと、元気づけられる。走りながら今日僕は、そういう持続する情熱について考えた。なんでも簡単に投げ出してしまってはいけないのである、ということを考えた。休日はこのように英気を養うのである。しかし、英気というのはどんな気なのだろう。気、というのはそもそもどんなものなのだろう。気分、というのは、あてになるものではない。英気もあるだろうし、悪気もあるだろう。英気はあるにこしたことはないが、こればかりを追い求めるのは、やはり気分に左右されることである。元気づけられ、英気を養っても、それにはとらわれずに、持続するものが大事であると思う。
2003年11月29日 16時59分39秒

気が抜けてる金曜
金曜日は気が抜けている。雨が降るということだったが、自宅近辺は雨は降らないので行きかえりは自転車だった。コートを着ていたが、なまあたたかい風が吹いていたので、着ることもなかった。去年よりはあたたかいように思う。でももうすでにカメは冬眠している。僕は冬眠しない。ただ気が抜けたり、元気になったり、そういうふうなかたちで前に進む。あしたは一日雨らしい。雨の日も、晴れの日もその時々に応じて前に進んでいくのだ。
2003年11月28日 21時20分34秒

選択の人生
今日で3日間の新入社員同行研修を終える。今日の昼飯はとあるファミリーレストランのバイキングランチだった。バイキング形式であると、つい、必要以上に食べてしまう。あげものと、サラダ、ごはんはカレー、またはしめじのたきこみご飯。いまだに満腹感が続いているようだ。夜は今日は、今度転勤する人の有志の送別会があり、しかし、会議で行くのが遅くなり、焼酎とつまみ程度しか食べていない、それでもまだ昼食の満腹感が持続している。きのうの昼飯は書き忘れたが、渋滞のため、サービスエリアで、そそくさとカツ丼を食べた。サービスエリアでは、以前草津の方のサービスエリアで、アナゴ丼というのをたべたことがある。あなごのどんぶりからはみだすくらいのおおきな天ぷらがふたつのっているシンプルなものであるが、おいしかったので何度か食べた。それはおいしかった。天丼は平凡だった。食べ物のことばかり書いているが、神田の古本屋などでは、ときどき大正とか明治時代のごくふつうの人の日記が売られていることがあって、そういう日記の中では、深刻な内面の問題について書き綴っているような日記よりも、今日何を食べたかということを克明に淡々と書いてあるもののほうが、資料的価値も高く、値段も高価なのだそうだ。だからどうした、というと、べつにどうでもない。今日は昨日ほどではないが、高速の出入口は込んでいた。高速の出口で、いくつかゲートがあり、車が並んでいて、どこに並ぶかで、運命がわかれる。短い列だと思ったら、料金受け渡しのおじさんが手間取ってなかなかクルマがうごかず、長いと思った横の列は大きなトラックばかりで実際は大した台数ではなくすいすい流れていく場合など、人生は選択であるなあ、とふと思う。そしてこうした小さいことすべてが、僕という人間をあらわしているのではないかと感じる。昼飯の問題ひとつとっても、またそこで、ラーメンを選ぶか天丼を選ぶかで、僕は僕を作り上げているのであるなあとふと思う。だからどうしたというと、べつにどうということもないといえばない。しかし、個人的には興味がある。
2003年11月27日 22時13分15秒

渋滞だらけ
今日は渋滞ばかりだった。本来なら日本海方面を回るばあいは、宿泊出張になるのだが、現在新入社員の研修同行中なので、今日は日帰りでさっさっとまわろうと思った。大阪市内をこまごまと回るより、このほうが景色もいいし、気が楽であると思ったけど、行きは池田から宝塚間事故渋滞で2時間、帰りも西宮北から池田まで工事渋滞で90分ほど、高速道路で固まっていた。なんだか渋滞を体験しに、一日をすごしたみたいだ。9時に出発して9時に会社に帰る。9時半に帰宅。ペチカとシュンタが「トリビアの泉」を熱心にみていた。18782(イヤナヤツ)+18782(イヤナヤツ)=37564(ミナゴロシ)なのだそうだ。へえ。シュンタは、電卓をたたいて、ほんまや、ミナゴロシや!ヘエ。とびっくりしていた。電卓をたたいて確認するところが、無邪気というか、単純明快というか、とってもシュンタくんだった。ごはんを食べて風呂に入って、Qといっしょに布団に転がる。Qのことは毎晩寝かしつけている。今日のQはなにかを歌いながらさっさと寝た。寝るQがくっついてくるととても心地よい季節である。
2003年11月26日 22時44分26秒

王将の昼飯
今日はまた新しい人が入社したので、その人を乗せて得意先回りをする。明日もあさってもそのようにする。昼飯はいつもおにぎりだが、僕だけおにぎりを食べるのもなんなので、今日は王将に行く。王将で、担々麺と天津飯と唐揚のセット、ラッキーセットというものを食べた。なんでラッキーセットかというと、消費税込で777円であるからラッキーなのだそうだ。ふだんおにぎりしか食べないので、おなかがパンパンになった。しかしパンパンでもなれると胃はパンパン膨らむのである。

ところで777、はなんでラッキーなのだろう。ラッキー7と中華料理というのは関係があるのだろうか。それともやっぱり野球の7回なのだろうか。それで7が3つならんで777でラッキーというのはたぶんパチンコ関係であると思う。パチンコ関係というと、昨日シュンタがしみじみと、「おとうさんって、ふつうのおとなの人のやることをなんでぜんぜんしないの?」なんてきいていた。パチンコいったりさあ、ごはんの時ビール飲んだりなんでせえへんのか、ときくのである。ふつうの大人とはそういうことをするのである、とシュンタが考えるのが面白かった。

僕はビールはたまに飲むが、家では飲んだことがないし、パチンコ屋には今だかつて足を踏み入れたこともない。それで何か不自由を感じたかというとまったくない。しかし、僕はふつうの大人である。そう思う。そうでありたいと思う。しかし、息子は僕になにかふつうでないもの感じているのだろうか。そして尊敬しているのであろうか。それとも、失望しているのだろうか。そういうことを考えながら、今日は、妻と子供たちは、土曜参観の振り替え休日のためUSJに遊びに行っているということをあらかじめ知っていたので、帰りに焼酎のお湯割り2杯他、つまみ程度の食事をして帰る。家に帰っておみやげのキャラメルポップコーンをふたつかみほど食べる。中途半端な胃袋の空隙である。いけない。胃袋が膨らんできた。明日も昼飯は外食である。何を食べよう。
2003年11月25日 21時42分43秒

小金がちゃらちゃらちゃらと
寒くなってきたので、クシャミとハナミズの季節になった。朝から止まらない。午前中くもりの中、ジョギング、昼からは雨。シュンタの野球の練習は午前で終了。今日はバッティング練習もなかったのだそうだ。次の土曜日まで、素振り素振りである。読書をする。三浦綾子の「続氷点」を読み始める。この小説は北海道が舞台であって、読んでいると、冷たい冷たい北海道の風がびゅうびゅう顔にあたってくるような感じがする。主人公の陽子は、今度ドラマ化されたら、石原さとみがやるべきではないかと思う。そういえば、前回ドラマ化の際はいじわるな、母親役に浅野ゆう子がやっていたらしい。てるてる家族である。氷点を読んだのは今年にはいってはじめてだったので、数年前ドラマでやっていたときは、まったく関心がなかったので、見ていなかった。おしいことをした。最近は、三浦綾子作品を読んでいるのである。三浦綾子さんはつい数年前まで、生きていたのに、現在はこの世にいないのである。そのことが、別に知り合いでもないのにものすごく残念である。

妻とペチカはペチカの新大阪時代のおともだちのバレエの発表会があるので、僕が吹田まで車で送り、またまたシュンタとQと男3人で留守番である。夕飯に牛丼屋の「すき家」い行く。吉野家と違い、牛丼以外にもいろいろメニューがあり、シュンタは感動していた。やたらと大きな声で、吉野家とちがうね、きれいだね、すごいね!と大きな声でしゃべっていた。しかし休日の夜のすき家は、びっくりするくらいガラガラだった。シュンタはチーズカレー&牛丼相盛りの大盛り660円を食べた。シュンタの顔よりでかいどんぶりであるが、シュンタはしっかり食べた。僕は、前から興味があった、ハーブチーズ牛丼並盛り360円を食べた。まあ、こんなもんかという感じであった。Qはお子様カレーセットをたべた。カレーとアイスとオレンジジュースとおまけのミニカーつきで350円だった。小金がちゃらちゃらちゃらと、フトコロから出ていくのである。
2003年11月24日 20時48分36秒

男チームの日曜
今日はシュンタの野球が休みだった。ペチカはポートボールの大会、妻はバレーボールの大会、そこで今日は、Qとシュンタを連れて教会に行った。教会というところに行くのはシュンタにとっては生まれてはじめての経験だった。シュンタはテレビでよく見かけるヨーロッパ風のとても豪勢な教会を想像していたみたいだ。窓はステンドグラスで、外人がたくさんいて、いっつも結婚式をしているところだと思っていたみたいだけど、ステンドグラスもないし、外人もいないし、結婚式もしてないし、おじちゃんおばちゃんがいっぱいの、非常に地味なところなので、びっくりしたみたいだった。子供礼拝ではQが元気いっぱいに讃美歌を歌い主の祈りを唱えているので、ぎょっとしていた。それから説教の時間はあくびばかりしていた。シュンタのあくびは昨日の参観日は見れなかったが、今日はじめて確認できた。あんまり正々堂々とあくびをするのは失礼であると思う。注意しようと思ったが、説教の時間はQがふらふらと歩き回るので、Qとふたりでガラスごしの親子室で座ってシュンタのあくびを見たのだった。そして大人の礼拝では今日はQをシュンタにまかせて、礼拝堂に入って礼拝した。今日の奏楽を担当した人は90歳近い年齢の女性だった。非常に、僕がとやかくいうのはおそれおおい気もするが、品のある人である。そういう人がオルガンでしゃっきっと讃美歌を弾く姿を見ると、ただそれだけで感動する。今週もしっかり生きていこうという気持になれた。教会で昼食を食べる。Qはどんぶりいっぱいのたきこみごはんを食べた。いろいろ入っているまぜごはんが苦手のシュンタも、いっしょに食事をした人たちに大きいね、とほめられて、気分をよくしたのか、しっかり食べた。来週から、クリスマスに向けて、子供たちは、聖誕劇の練習がじはじまるのだそうだ。羊役のQの役作りのために、明日でもまた公園の羊に会いにいかせようと思う。

帰る途中、バッティングセンターに寄った。昨日のバッティングセンターとは違う場所だった。ここでは、元阪神の亀山努氏が、バッティングコーチにくるのだそうだ。そういうのははやっているのだろうか。今日はシュンタは110キロのコースに挑戦。3回に一回くらいは、カキンと当てていた。しかし、途中でカキンと打ったボールが顔に当たって、シュンタは泣いてしまった。泣くシュンタもたまにはかわいい。泣いたけど、ボールがもったいないと、泣きながら最後まで振っていた。なかなか根性がある。もともと目が小さいので、ボールがあたって、やや目がはれてしまったが、あまり変わらない。昨日今日と、シュンタのためにかなり投資をしたので、あしたの練習ではぜひとも結果を出してもらいたいものである。

Qが昼寝をしているあいだジョギングをした。夕方、もう日が暮れるけど、ペチカも妻もまだ帰らない。休日にまともに全員そろったことがないのである。
2003年11月23日 16時56分43秒

バッティングセンター
昨日は実質的にジョッキ2杯のビールを飲んだだけであるのだが、目がさめると頭痛がした。冷たい風の吹くとてもよく冷えた朝7時半から1時間ほど走る。走り終わってから、ペチカとシュンタの授業参観に行ったが、Qが抱っこ抱っことさわがしく、あまりしっかり授業を参観できなかった。ペチカは将来の夢で、劇団四季に入りたいというようなことを話していたようだ。シュンタは算数の授業をあくびをしながら聞いていたらしくて、妻があの態度はなんだとカッカカッカと怒っていたが、Qを抱える僕はシュンタのあくびも見れなかった。そしてペチカの音楽発表も見ないで、家に帰った。頭痛がしたので、もしかして熱でもあるのではないかと思って体温計で測ってみると36.3度だった。

Qを放っておいて、部屋の中をそうじした。何年か前にペチカとシュンタが書いてくれた手紙がいっぱいでてきた。ペチカは3年生くらいまで、よくお手紙をくれたように思う。「いよいよあしたシュンタとふたりでなかつにいきますおとうさんおかあさんかぜひかないでいてね、だいすきよ、ペチカ」。これは1年生くらいのときはじめて兄弟で九州のジジババのところへいったときの手紙だ。ペチカは最後には必ず、「だいすきよ、ペチカ」と書いてくれたのだ。とってもかわいい。授業参観から帰ってきた妻にペチカの手紙を見せたらオイオイ泣いていた。シュンタの手紙もかわいらしい。「おとうさんげんきにながいきしてくださいおとうさんがいきているかぎりぼくもいきます」とかいう手紙もあった。僕は妻とは違ってべつにオイオイとは泣かない。抱きぐせのついた息子やあくびをする息子にそれほどカッカもしない。だからといって僕のほうが感情が乏しいとも思わない。むしろ僕のほうがこまやかではないかと感じている。

昼からは、シュンタとふたりで近所のバッティングセンターに行った。全部で11打席ある大きなバッティングセンターで、ここでは、週に1回、元阪神と近鉄にいた、萩原誠選手が無料バッティング指導してくれるのだそうだ。そのほか、なぜかこれも元阪神と近鉄で投手だった湯舟からと思われる花束が置いてあった。湯舟、とだけ書いてあったのだが、湯舟といえば、たぶんあの湯舟ではないかと思う。11打席あるケージのうち左打席は、左右の端っこの2打席だけだった。そして右側の方は左右兼用で、さらに軟式とソフトボール用兼用でもあって、左右問わず小学生低学年の子で混み合っていて、そこの球速60キロのソフトボールを打っていたので、しかたなしに、左端の球速95キロー105キロの左打者専門ケージで、打つことになった。こっちは左利きの大人の人が他に何人かいて、23球ごとに、その人たちと交代で打つことができた。95キロはけっこう速いが、全部で2000円分、230球を打たせると、途中から、半分くらいはきちんと当てるようになった。毎日こうやってバッティングセンターにかよわせたらすぐに上達するのではないかと思うが、毎日通うとあっというまに財政的に苦しくなると思う。イチローのお父さんはバッティングセンター代に、かなりの出費をしたと、イチローの伝記で読んだことがある。230球打ったということは、230回すぶりしたのと同じである。毎日バッティングセンターにいかなくたって、毎日地道にすぶりをすれば、少年野球の4番くらいにはなれるのではないかと思う。最近の選手はともかくとして、過去の名選手は子供の頃、毎日バッティングセンター通いなどしていないはずである。やるのはきっと毎日のすぶりであったはずである。でもシュンタはすぶりはほとんどしないのである。けっしてまったくへたクソというわけではないのに、もったいないと思う。そして明日は、がんばって練習いくよ、とはりきっていたシュンタだったが、ついさっき電話があり、明日は、3年生以下は練習中止なのだそうだ。
2003年11月22日 18時18分20秒

腹筋
今週2回目、飲酒をして帰る。今日はお客様といっしょだったので、食事もいくらかたくさん食べた。でもそれは1次会なのである。昼飯も今日はおにぎりを持っていったのに、どうしてもいっしょにそばを食いに行こうという人がいたので、そば屋に行った。そばではなく、山菜うどん単品を食べた。おにぎりセットとかにしないのか、といわれたけど、おにぎりは持ってきているのだ。品のよいそば屋であって、吉野屋の3倍くらいした山菜うどんだった。そしておにぎりもふたつしっかり食べて、おなかが苦しい。さらに夕方、寿司ビール他いろいろ食べた。

そして家に帰ろうとしたら、ケイタイに留守電が3件も入っていて、3件ともべつべつの人から同一内容で、みんなで飲んでいるから来い、と命令伝言があった。僕はお客様とは、上司といっしょにいたのだ。お客様はクルマだし、また帰って仕事だというので、1時間ほどしかいなかったのだ。そしてそのまま僕は家に帰ろうと思ったけど、そういうことをすると3件の留守電の人たちからものすごく嫌われる。村八分にされる。そして、オマエはあの上司(すごく嫌われている)の命令を聞くのにオレたちの誘いは断るんかいと、脅迫的なものの言い方をされる。80%くらいそういうことをいわれるのがいやなので、20%くらいのさっさと帰ろうという気持を振り切って、2次会にいったのだ。そしてそこで十人ばかりの人たちとだらだらと吉野屋7倍くらいの料金分を飲んだり食べたりした。よくきた偉いとほめられた。

僕の勤める会社はとても小さな会社で、いろいろいがみあっている。なにかというと、すぐに、あ、オマエ、あんなやつと口きいているのか、そんだったら、おれらはオマエとは遊んでやらへん、とかそういう小学生みたいなことを言う人が多いのである。そしてしばしば、ストレスで倒れたり、出社拒否になったりする人もいる。全社員の人数に対してそういう感じで倒れる人の割合はけっこう高いのではないかとも思う。でもこれは僕が勤める会社だけではなく、たぶんこういう大人の人は世の中にはわんさかいるのである。だから小学生とかが、そういう大人の影響をうけてイジメとかするのである。できるだけあまり関わりたくないように思う。それで、実際つねに、さっさと家に帰るようこころがけている。でも、つねに完璧に名誉ある孤立を保つほど僕も強くはないのである。たまにそういう世界に足を踏み入れるのである。そして9時半くらいに、店を出て、カラオケ行こう!とかいってたけど、僕は忍者のように自転車に乗って帰った。日和見的でつまらないやつである。でもそういうことにたいしては僕は正々堂々つまらないやつなのである。そのように正々堂々つまらないとあまりストレスもたまらないのである。

家に帰ると、ペチカとシュンタがちょうど寝る時間だった。ベッドの中からおとうさんおかえりなさーい、といわれた。昼間はナマイキなペチカとシュンタであるが、寝る前はふたりともなかよく、子供っぽくなって、かわいい声でおかえりなさーいといってくれた。とてもうれしい。すごく平和な気分になって、腹筋と屈伸と腕立てをした。あしたは早く起きて走ってから子供たちの授業参観に行こう。
2003年11月21日 22時39分23秒

かじるスーちゃん
今日は一日おおむね雨だった。雨降りの日は車も混んでいて、今日は20日でさらに混んでいた。でも8時過ぎに会社を出るとき、ちょうど雨があがったので自転車で帰った。自転車通勤は寒くなってきたので、手袋を使うようになった。手袋は結婚していない十数年前に妻からプレゼントしてもらった手袋である。スーツは6年間に2回くらいやぶるけど、手袋は大事にしているのである。でも昨日の朝、手袋をして、それを自転車のカゴにいれておいて、今夜は雨上がりで寒くなかったので、そのまま手袋をしないで帰ったし、カゴの中に手袋があっただろうか、と今思い返してみるとあまり記憶がないのである。もしかすると手袋はなくなってしまったのかもしれない。少し心配になってきた。

寒くなると、スナネズミのスーちゃんはカゴの底の新聞紙を上手に噛みちぎって、ティッシュペーパーとあわせてふんわりした巣をつくる。スーちゃんは普段から噛むのは大好きだ。Qはお母さんからいつも、アンパンマン人形が入ったおかしを買ってもらうけど、その空き箱はいつもスーチャンドーゾといって、スナネズミのカゴに押し込む。そうするとまたたく間にスーちゃんは空き箱をビリビリに噛み千切る。コアラのマーチの箱ぐらいならほんの15分くらいで跡形もなくなる。あと好きなのは、トイレットペーパーの空芯。トイレットペーパーが芯だけになると、妻はいつもスーちゃんのカゴの横に置いておいてくれる。

今日も、芯がおいてあったので、スーちゃんドーゾ、といってカゴにいれた。スーちゃんは丸まって眠っていたが、ヌーっと体をおこしてトイレットペーパーの芯に近づいて、空芯の穴の中に体を入れた。半分くらいヌーっといれた。そうしたら途中でつまってしまった。じたばたして、そのまま、体半分、トイレットペーパーの空芯につっこんだまま、あおむけにひっくりかえってしまった。そして死んだように動かない。僕はあわてて、芯をつかんで、振ってみたがスーちゃんが抜けない。ブンブンブンと振って、ようやくずぼっと抜けた。びっくりした。びっくりしたなあ、もうと、もう一度、芯をカゴの底に置くと、またまたスーちゃんは空芯の穴につっこんだ。そしてジタバタ。あおむけ。学習していなかった。きけんであるので、芯をつぶして、与えた。スーちゃんは幸福そうに空芯をかじってあっというまに巣の材料にした。
今もカジカジカジカジ、なにかをかじっている。
2003年11月20日 22時34分01秒

びりっと。
会社でいそがしく動いていたらついうっかりスーツの背中をひっかけて、びりっとやぶってしまった。会社の事務所は非常に粗雑な建物で引っ掛けてしまうような出っ張りがそこここにあるのだ。以前はズボンをびりっとやったことがある。これで2回目だ。でもズボンをビリっとやると、上着だけ残ることになって、上着だけ残ったスーツというのはあまり利用価値がなくなるのであるが、上着だけがビリっといった場合は、ズボンは夏の間は使えるさとなぐさめた。それに、ここ6年で2回ビリっというのは、決して多いことではないと思う。千日以上会社の中でばたばたと動いて、たった2回である。立派である。でも、ビリっとやってしまったので、すぐにごめんなさいと家に電話した。でもそんなに大きな裂け目ではないのだ。黙っていたらもしかしたら、誰も気づかないかもしれない。でもこういうことが朝一番にあるとその日一日、今日の天気のように曇っていた。そして午後から雨が降ってきた。5時をまわるとまっくらだ。雨降りで真っ暗で渋滞の道で、ラジオを聞く。太田裕美とか、野口五郎の昔の歌が流れていた。とってもじめじめしていた。けっこうそういうジメジメは好きでもある。
2003年11月19日 22時07分16秒

人助け
今日は仕事で細い細い山道を走っていた。対向車が来ると、慎重に慎重にゆっくりすれ違わなければならない道だった。山道の奥の得意先を訪問して帰り道、車が2台ほどつまっていた。前のクルマの運転手が外に出ていて、手でバツマークをつくる。外に出てみると、対向車のタクシーが溝にはまってうごけなくなっていた。そのため、クルマの通行が不可能になっていた。そこで、前後につまったそれぞれ知らないクルマの運転手5名でそのタクシーを溝から持ち上げた。15分くらいウンウンしていた。ようやく終ってタクシーの運転手はすんませんすんませんと手伝ったわれわれに千円札をくばろうとした。でもはじめの人が断ったので、みんな断ってさわやかにそれじゃ、と去っていったのだった。千円ほしいような気もしたけど、さわやかに人助けをして去っていくのはなかなか気分がよかった。

今日は久々に帰りにさそわれたので、お湯割りを飲み。ばってらを食べて帰る。目が回る。気持悪くなった。
2003年11月18日 22時12分23秒

生命のカタマリ
子供というのは回復力がはやい。昨日すべり台でこけて、おでこにたんこぶをつくったQだったが、今日はもうたんこぶがひっこんでいた。たんこぶ表面に擦り傷もあったのだけど、これも、ほとんど消えている。これが大人であるとおでこが青黒いアザになって、そのアザになった血のカタマリが日数のたつうちに、どんどん顔面部に下がってきて、顔じゅうムラサキ色になったりするのだ。シュンタもこのまえ、おでこをすりむいて、傷をつくって帰ってきた。転んでできたらしい傷なんだけど、このごろの学校はとても親切で先生がわざわざ電話してすみませんすみませんと謝ってきたそうだ。そんなふうに謝られると、もしかすると、真相は別にあるのではないかと心配になってくるので、シュンタに問いただすと、「実はな、お母さんに包丁で切りつけられたんやで」とケラケラ笑いながらそういうことばかり言うのである。ますます心配してしまうのである。しかしそのシュンタの切り傷も、いつのまにかきれいにかさぶたがとれてあとかたもなくつるんとしている。すごいなあと思う。生命のカタマリである。昨日も今日もQは昼寝をしなかった。帰って、いっしょにフロに入って、おふとんに転がったらあっというまにすやすや眠った。お昼寝をしないときのQは、眠りの世界に勢いよくダイビングするみたいに、ストーン、ぼちゃん、すー、と眠る。これもまた生命のカタマリである。
2003年11月17日 21時55分30秒

子供祝福式
シュンタのチームのほとんどの子どもが通う小学校が日曜参観日であったので、シュンタの野球は休みであるかと思ったら、やはり今日も練習はあった。シュンタは、なんだかつまらないことで悩んでいた。いつも学年でキャプテンをやっている子が休むと年功序列式に、入部の早い順に代理キャプテンをするそうなのだが、今日はシュンタより先に入った4人のうち3人の子が日曜参観、あとのひとりが、秋祭りのため、欠席とのことで、シュンタが学年キャプテンをしなければいけないからすごくいやだったのだそうだ。朝目がさめると、まず第一声が「雨降ってない?」なんていうのだった。そういうひ弱な態度を容赦なく打ち砕くお母さんに朝から怒られつつ、シュンタは練習に行った。ペチカも朝ご飯の手伝いをせずにボーっとしていたら、お母さんに怒られて、ああペチカは悪い子!悪い子!とキイキイさわぎながら、朝食を食べて、こちらは、ポートボールチームの練習に行った。そして妻もカッカしながらああ忙しい忙しいといって、バレーボールの試合に行ってしまった。そしてQと僕だけが残されて、ポケモンを見てから、教会に行った。

教会では、Qは大好きな幼稚科の先生のところに飛んで行って、抱きしめてもらっていた。それからひとつ年上の女の子にも抱きしめてもらっていた。ひとつ年上の女の子は、Qよりもひとまわり小さいけど、すごくしっかり者なのだ。Qは3歳にしてお母さんの知らない年上のガールフレンドがいるのである。今日は、礼拝後、「子供祝福式」というものが執り行われた。キリスト教式の七五三のようなものなのだろうか。小学生以下の子供が十数人並んで、牧師さんに祈ってもらって、それから、讃美歌を歌って、手作りクッキーをもらった。残念ながらその時Qは少し不機嫌で、ずっと、僕が抱いていた。でも牧師さんから、クッキーをもらった瞬間、それまで半泣きでイヤンダイヤンダとぐずぐず言っていたのに、ピタリと泣きやみ、ケロっとした顔で「アリガト」といってクッキーを受け取った。お名前は、ときかれると、誰よりも大きな声で、Qです!と叫んでいた。ペチカとシュンタのクッキーももらって、家に帰った。

昼からはペチカはピアノの試験があって、妻とまたでかけてしまった。そこでまたQときのうと同じ大きな公園に行って、何度も何度も大きな石のすべり台をすべった。はじめは、Qを抱っこしてすべっていたけど、ひとりで滑らせてみようと、1度僕の横に座らせ一人で滑らせたところ、とても急なすべり台のため途中で、どうしてそんなかっこうになったか非常にナゾなのであるけど、Qはマンガみたいなうつむけバンザイポーズになって、すべり落ちてしまった。そして大泣きしているQの顔をみると、ピンポン玉大のタンコブができてしまった。わあわあQは泣いて、ヒトリハスベリナイ!ダッコガイイといって、タンコブつくってもそのあと何度も抱っこですべり台を繰り返した。

夕方、妻とペチカが帰り、少しひとりで走り、暗くなってから、シュンタは帰ってきた。シュンタに、キャプテンどうだったか、ときくと、シュンタは、キャプテンではなく副キャプテンだった、と言った。全学年で6年生がひとりいて、その子がキャプテン、次がシュンタで副キャプテン、計7人で、午前中、野球の大会の開会式があり、行進をしたそうだ。今日は日曜参観が多くて、さびしい開会式だったそうだ。午後からは日曜参観組が戻ってきて、ふたたび平シュンタは、暗くなるまで練習に励んだのだった。
2003年11月16日 18時41分19秒

正しい笑顔
土曜日の出勤があり、ペチカはポートボールの試合、シュンタも野球のため、いつもどおり7時過ぎに起きて朝食。このところ毎日、土曜も日曜も7時過ぎには起きる。特に興味を持ってみているわけではないが、子供たちがNHKの朝の連続ドラマ好きなので、朝飯を食べて一息をつくと7時半からはじまる衛星テレビの「てるてる家族」をついつられて横目で見てしまう。

「ちゅらさん」は、けっこうマジメに見ていたが、そのあと何作かのドラマはあまりおもしろいとは思わなかった。ヒロインも、ぱっとしないように思えた。しかも、ドラマが終るか終らないかのうちに、みんななんか知らないけど、男性週刊誌のグラビアに水着で登場したりして、似合わないセクシーポーズをとったりするのである。それは、正しいことではない、と僕は思うのである。

この前、仕事中、コンビニにトイレに立ち寄った際、混んでいたので、雑誌コーナーで「週刊現代」を立ち読みしたのだ。そうしたらグラビアで「こころ」のヒロインがやっぱり水着姿で寝そべっていたのである。これは正しくない正しくないとつぶやきながら、僕は「週刊現代」を立ち読みしたのだった。この雑誌ではないが、「まんてん」のヒロインも、「ほんまもん」のヒロインもみんな水着姿でねそべっているのをチラリと立ち読みしたことがある。正しくない。そういう雑誌を立ち読みする僕も正しくない。正しい、というのは、たとえば、「てるてる家族」のお母さん役の浅野ゆう子が水着姿で寝そべっている、これは正しいことであると思う。ずっと昔、そういう写真を「プレイボーイ」などで見たことがあるが、それについてまったく文句はない。実のところあんまり興味はないけど、正しくないとは思わない。りっぱに仕事をしてるんだなあと尊敬の念さえ覚えるのである。

今回の石原さとみちゃんは、まだ16歳くらいだったと思う。昨日から子役の子から交代して登場している。テレビの中でニコニコとてもさわやかに笑っていた。朝から、その笑顔を見ただけで、なんだかとってもしあわせな気分になった。さわやかな笑顔なんて、とってもうそくさい感じもしないでもないけど、テレビなんて、うそのかたまりみたいなものなのである。せめてうそであるなら、さわやかにだまされたいのである。まだしばらくは、へんな顔して水着姿でねそべったりしてほしくないのである。とっても正しい笑顔だ、と、うなずきながら僕は「てるてる家族」を見ていた。そして朝から冬子ちゃんの笑顔を見て、きよらかな気分になり、もう僕は死ぬまで、低俗な週刊誌のグラビア写真の立ち読みなどしないのだ、と固く誓ったのである。

午前中会社に行って、昼からQとふたりで先週に引き続き、大きな公園に行った。大きなすべりだいを何度もすべった。とても高いすべりだいで、階段をあがるだけでも、けっこうくたびれるのである。雨がぱらついて、家に帰った。
2003年11月15日 18時21分25秒

ふやける
今日は早く帰宅した。夕飯を家族全員で食べた。それから食べ終えた後、ごく自然にテレビのスイッチが入り、テレビでは、はじめに「あたしンち」をやっていて、それからチャンネルがかわって女子バレーボールのキューバ対日本戦をやっている。いまもやっている。あたしンちでは、Qがちゃんと意味をわかってみているのかどうか知らないけど、アハハアハハとものすごく受けていた。それほどおもしろくもないように思うけど、Qにはとてつもなく面白いようだった。そして僕はそのアニメの登場人物の少年のものまねをしてバタバタしてまたQに受けた。バレーボールに関しては、ほとんどまったく関心はないのだが、みんな真剣に見て応援している。僕も大山選手は、かわいらしい顔だなあ、と思ってついついつられてみていた。それから、そのついついだらだらとなり、あの選手はかわいいとか、あの選手は女にしておくのはもったいないくらい男前だ、とか、キューバのユニフォームは、ハイレグ水着みたいで、パンツとシャツは分離していないから、トイレにいくときはたいへんだろうな、とか、だらだらしゃべっていて、家族からはけむたがられ、自分でもくたびれていやになったので、テレビのない部屋にひとりこもっている。テレビというのは精神が堕落するのである。気晴らしは、われわれに自分のことを考えないようにさせ、われわれを知らず知らずのうちに滅びに到らせるのである、とパスカルは言ったそうだ。中公文庫のパスカルの「パンセ」は本だなに置いてあるが、読んでいないのである。パンセは読んでいなくても、あたしンちは見てしまうのである。あたまがぼーっとしたふやけた金曜日である。バレーボールも終ったみたいなので、これからQを寝かす。部屋を豆電球だけにして、「チャイロく」するのである。Qはオヘヤヲチャイロクシテネマショ!というのだ。豆電球だけにして静かな部屋でQをねかしつつふやけたココロを沈めるのである。そのまま寝ないように気をつけよう。
2003年11月14日 21時28分31秒

牛丼
今日も助手席には、昨日とは違う人であるけど、また誰かが乗っていた。今日は、ひとりではないということがあらかじめわかっていたので、おにぎりは持っていかなかった。そして昼飯は、節約のため、すき家の牛丼を食べた。普通の牛丼であると、280円であるが、すき家の牛丼はバラエティに富んでいる。チーズがかけてあったり、キムチがのっていたり、ニンニクがのっていたり、カレーと相盛りになっていたり。僕は激辛牛丼並盛300円を食べた。ハーブチーズ牛丼も捨てがたかったけど、少ししつこすぎるかもしれない。でも僕はチーズが好きだ。ああ食べておけばよかったかもしれないと今になって少し後悔している。おなかがすいてきた。でもその時は辛いのを食べて、きゅっとひきしめた感じになりたかったのだ。チーズ牛丼なんていう体が膨張しそうになる牛丼を食べたら、午後の仕事がやるきがなくなるような気もしたのだ。通常の牛丼並盛の上にコチジャンのようなものがのせられた赤い牛丼に、七味をたっぷりかけて食べた。汗をかいた。汗をかいたけど、今日は風が吹いてくもりがち寒い一日だったのだ。だからクルマを走らせているうちに、おしっこにいきたくなった。辛い牛丼を食べていたので、水をたくさん飲んだのも原因だと思う。途中で、ジャスコにたちよりトイレを借りる。ジャスコではすでにクリスマスの装飾をしていた。クリスマスといえば、先日シュンタは、「教会ではクリスマスにクリスマス会があって、ケーキをもらえる」という話しをペチカからきいて、へえ!教会でもクリスマスがあるんや!と驚いていた。そういう古典的な素朴なボケをかます12月25日生まれのシュンタくんであった。もうすぐ年末だなあと感じながらおしっこをし終えて、午後の仕事にはげんだ。
2003年11月13日 22時56分20秒

中途半端な満腹感
いつもはひとりで営業にまわるけど、今日は別の部署の人を乗せて一日まわる。その人は普段は事務所の中にいるので、クルマででかけるのがうれしいそうで、とちゅうで、おかきとお茶のペットボトルを買い、また、家へのおみやげも買っていた。そしておかきを食べながらクルマでまわった。それからいつもは昼おにぎりとサツマイモをふかしたものを持ってきていて、今日もそうなんだけど、せっかくだから、外食をしようと、ラーメンチャーハンセットを食べた。今日は食べてばかりいた。仕上げに帰りにビールも飲んできた。ビールを飲んでいたら、客のおっちゃんの一人がバナナをくれた。2本も食べた。8時すぎに家に帰ると、Qは今日はすでに眠っていて、家の中がものすごく静かだった。静かだけど、ペチカとシュンタはやっぱりおとなしくテレビを見ている。Qがいるから勉強ができない、といったりするくせに、Qが寝ててもやっぱり勉強はしないのである。お弁当のおにぎり、食べてないんだけど、というと、ペチカとシュンタは夕飯を食べたはずなのに、よろこんでムシャムシャとおにぎりを食べてしまった。あとでサツマイモを食べようと思う。中途半端に満腹である。こういう満腹感というのは胃がじわじわとひろがるのである。肥満の原因である。
2003年11月12日 21時10分49秒

オランウータン
今朝も霧雨だった。霧雨の中、自転車通勤をする。一日雨で、道も込んでいた。夕方になって、ようやく雨があがった、久しぶりに月を見た。高速道路は大渋滞だった。ラジオの懐メロ番組をゆっくり聞いた。9時くらいに帰ったので、もうQは寝ているかと思ったら、ペチカとシュンタと3人、元気いっぱいに起きていた。近所のおともだちの家からライオンキングのビデオを借りてごきげんだった。ライオンキングのビデオの箱を抱きしめて離さない。ライオンキングのイラストを指差して、「コレハライオンキング」。そして、イノブタのイラストを指差して「コレハブタサンキング」背表紙の子供時代のたてがみのないライオンキングを指差して「コレハトラサンキング」と教えてくれた。なんでもキングだった。それはちょうど「ボクは水がめ座だけど、キミは何がめ座?」と聞く人と似ている。そういう人がいるらしい。でもQは、子供のライオンキングを空に高く掲げる年老いたヒヒのイラストは、コレハオランウータン、とキングをつけずに言っていた。だけどそれはヒヒであって、オランウータンではない。Qはオランウータンが好きである。天王寺動物園のオリの天井をブランブランと、ウンテイをしていたオランウータンのことを手をたたいて喜んでみていた。ペチカが、こないだじょうずにジャングルジムで、ウンテイをしていたら、オネーチャンスゴイ!オランウータンミタイネエ!と、とてもマジメに感動していた。Qにとってオランウータンはとってもかっこいい動物の一つなのだ。ということで、家に帰ってQと遊んだので、渋滞疲れもなくなった。
2003年11月11日 22時55分39秒

カメの月曜
雨降りだったが、会社の行きかえりは雨の隙間を縫って自転車通勤をした。今日はずいぶん冷え込んだ一日だった。今日の気温は例年の12月初旬ほどの寒さなのだそうだ。落ち葉も拾ってきたし、そろそろカメも冬眠させなければ。カメといえば、きのう新聞で、東京の多摩川沿いの保育園の庭に甲長10センチのワニガメの子供がわさわさと出没したという記事を読んだ。野生下で繁殖したワニガメと見られ、近所に潜んでいると思われる親亀を探索中とのことだった。ワニガメは、80センチにもなる巨大な水性亀である。天王寺動物園の爬虫類館にも、昭和45年から飼育しているという巨大なワニガメが一匹いる。いつも水の底でじっとしている。

見かけは岩のようにゴツゴツして、古代の海にいたみたいな恐竜のようで、魅力的ではあるが、あまり動かない。「どうぶつ奇想天外」で見たが、大きな口を開けて、舌の上にミミズのような形状の赤いノドチンコみたいなのをヒラヒラさせて、ミミズとまちがえて寄ってくる魚をバクリと食べる。のどかな動物である。しかし、つかまえて、水から出したときに、パカっと口をあけ抵抗する姿はとても迫力がある。扱い次第ではとてもキケンな動物であるのだそうだ。僕はひそかにワニガメはあこがれる。以前ペット屋で手のひらサイズのワニガメベビーが3000円くらいで売っていた。真剣に買おうかどうか悩んだが、家族でもめることは確実であるので、なんとか思いとどまった。

だから保育園の庭に出現したワニガメベビーの話を読むと、わくわくした。でも、やっぱり飼うのは大変なのだと思う。大変だからみんな捨てちゃったりするのだ。捨てちゃってはいけないと思う。川で遊ぶ子供にかみついたら大事件である。僕は、ものすごくあこがれるが、やはり最後まで飼う自信がないので(たぶん今から飼ったら僕より長生きする可能性は充分ある)、あこがれでとどめておこうと思う。すでにうちには、クサガメとミドリガメがいるのである。この2匹はあんまり大きくならないし、適度に活発で寄ってきてエサねだったり、それはそれでかわいいのである。かみつかれても指がちぎれることもない。そして今朝は寒かったので、じっとしている。そろそろ冬眠させてやらなければいけないのである。ついでに近所の文化住宅の玄関先のプラケースにいれて飼っている2匹のクサガメもものすごく気になる。クサガメの甲羅の大きさとあまりかわらないぜまいケースにいれられて、冬もテキトウに玄関先に置いてあるそのカメは、うちのカメよりも大きく育っているように思う。何をくわせているのだろう。毎朝、通り過ぎるとき、そのプラケースをちらりとのぞいてから、出勤する。今朝は少し寒そうだった。もうすぐ冬眠の季節なのである。
2003年11月10日 22時11分54秒

今日の教会
朝から霧雨だった。教会にはクルマで行った。きょうは、シュンタの野球が休みだったので。、シュンタも連れていこうと思ったが、シュンタはどうしても行きたくないというので、ペチカとQと3人で行く。Qはすっかり教会になれて、もしかすると僕よりもなじんでいる。子供礼拝もペチカと並んでおとなしくおはなしを聞いたり、「主の祈り」を唱えていた。てんにましますわれらのちちよ、ねがわくはみなをあがめさせたまえ・・・、と文語文の祈りをきまじめに唱えるのである。分級の幼稚科にはいつもいっしょについていたが、今日は、ひとりで、だいすきなエリちゃんのおしりにくっついていってしまったので、ひとりで、早めに礼拝堂にすわることとなった。聖歌隊の練習をきき、礼拝がはじまるまでおとなしく座っていた。ガラスばりの向こうの親子室でQ今日はがしんみょうな顔をして先生が絵本を読むのを聞いていた。エリちゃんと、もうひとり女の子と並んで幸せそうだった。ペチカがいるので、安心して礼拝堂の中で、礼拝をすることができた。

礼拝の中で、聖書交読というのがあり、これもまた、主の祈りと同じく、讃美歌の本に抜粋されている、文語文の聖書の一節を声を出して司会者と交互に一節づつ読む。文語文の文章を声を出して読むことはふだんはないので、とてもいい体験である。こういう体験ができるだけでも、教会に行く価値があると思うのである。本日はマタイ伝6章を読んだ。「何を食らい何を飲まんと命のことを思いわずらい、何を着んと体のことを思いわずらうな。命は糧にまさり、体は衣にまさるならずや。空の鳥を見よ、播かず刈らず倉に収めず、しかるに汝らの天の父は、これを養いたもう。汝らはこれより遥かにすぐるる者ならずや」・・・以下略。

Qは大人の礼拝中、ウンチにいったそうだが、ペチカがちゃんと世話してくれた。家に帰ると、シュンタが、お母さんにおこられてシュンとしていた。シュンタはすぐにいいわけをするのである。なにかをしなさい、といってもかならず、いいわけをして、素直にハイといわない。子供は親の鏡というので、もしかしたら、僕自身にもその傾向があるのかもしれない。家に帰って、Qが主の祈りをささげましょお〜♪という子供讃美歌を歌いつづけていたら、シュンタもいっしょになって歌っていた。もしかしたらシュンタも教会行きたい?ときいたら、いやだいやだという。新しいことが苦手なシュンタなのである。でも来週、子供祝福式というのがあって、小学生以下の子供には、クッキーをもらえるかもしれない、という話しをしたら、非常に興味を覚えたようだ。来週、練習はまた休みであるらしいので、もしそうであると、来週は、シュンタも教会に行くことになった。
2003年11月09日 17時01分51秒

公園
午前中、Qを自転車に乗せて、ふたりで近所の大きな公園に行った。ジョギングコースのある大きな公園であるが、最近はここで走っていなくて、久しぶりだった。公園はすっかり秋だった。シーズンのため、走っている人がたくさんいた。雑木林でははらはらはらと枯葉が舞い落ちていた。地面にはどんぐりがいっぱいだった。保育園児の集団が、どんぐりひろいをしていた。カメの冬眠用に枯葉を拾い集めた。スナネズミのスーちゃん用に、ドングリをいくつか拾った。スーちゃんにドングリを与えても食べないけどかじるのは好きみたいだ。

公園には3頭の羊がいて、Qは大喜びで、草をむしっては羊にやった。柵から首を出した羊をほとんど抱きしめていた。なかなか羊のそばからはなれようとしなかった。それから大きなすべりだいや、カタツムリやタコや船のカタチをしたアスレチックで遊んだ。Qは小さい頃毎週のようにいろいろ出かけていたペチカやシュンタと比べて、あまりいろんなとこに出かけることもなく、大きな公園にもほとんど連れていくことがないので、たまに連れていくと、ものすごく喜んでくれて、連れて行き甲斐がある。おとうしゃーん!と叫んで、すべり台のてっぺんから手を振るQは、とてもしあわせそうだった。でもとても高くて急な、幅広の石のすべり台だったので、てっぺんに立って、手を振った瞬間、下を見てやっぱりやめる、と言ってひき返したので、僕とふたりで10回くらいすべることになった。いい運動だった。

昼過ぎになっても帰ろうとしないけど、おなかがすいたので、テキトウにごまかして、帰る。お昼寝させてから、ひとりで自転車に乗って図書館に本を返しに行き、いろいろつまみ読みをして、午後をすごす。今日はよく自転車に乗った。
2003年11月08日 18時09分18秒

ふわっ、と、ぴたっ、とのゆくえ
体調はよくなったと思われる。ゾクゾクもしない。会社から帰ると、Qが元気に家の中であばれていた。放っておいたらどこかに頭をぶつけたらしい。泣きながら、となりの部屋にいる僕のところまでわざわざ歩いてきて、抱きついてきたので抱き上げた。家の中には他に妻とペチカとシュンタもいるのに、その時点で一番遠い地点にいる僕のところにわざわざきて泣きついてきた。とてもうれしい。小さな子が、ピタっとくるのはすごくうれしい。以前結婚する前は、妻は、Qのように、突進して抱きつくようなことはしなかったものの、いっしょに歩くと、いつも必ずふわっと、ぴたっとよりそってくれたものである。そして首も若干僕のほうに向けて傾けてくれたものである。そういうのもすごくうれしかった。そういう、ふわっとした感じや、ぴたっとした感じがどうも最近さっぱりなくなった。すごくなにかかたくななものを感じるのである。びゃあびゃあ泣くQを抱き上げて、ぎゅっと抱きしめて、うれしいうれしいとゆれて、ひとりさびしく幸福を感じる。いやべつにちっともさびしくもないのであるところが、問題なのだろうか。ふわっ、や、ぴたっ、は姿を変えて、生まれ変わって生活の中で生きているのだろうか。ティラノザウルスは滅びてもハチドリに姿を変えて現代に生きているのである、というようなことをTVの恐竜番組で見たことがある。それとおなじようなものなのである。なにがおなじかよくわからないけど・・・、とにかく姿は変わるけど、かわらないものがあるのである。だから僕は別にさびしくもないのである。たとえ妻がハチドリからティラノザウルスにかわったとしても、愛は変わらないのである。
2003年11月07日 22時07分58秒

やや不良
昨日は、実のところ、妻の風邪が伝染したのか、少し寒気がして、頭が痛かったのだ。寝るときはもうゾクゾクゾクゾクしてもしかしたら、明日は高熱で起きられないかもしれないなどと思った。何度も遅刻をする夢を見た。たまにこういう夢を見る。しかし現実には僕は非常に時間は厳守するほうである。そして何度目かに目がさめると、高熱は発していなかった。雨もふっていなかった。昨日の帰りも今朝も雨が降っていなかった。自転車で帰ってくればよかった。電車に乗って会社に行った。でもまだ少しからだの奥のほうがかわいていて、熱がでるときの前触れのような感覚がある。そういうことを考えているとそうでもないこちとも多い。
2003年11月06日 22時27分30秒

みぎれい
夜から明日の午前中にかけて、大雨が降るといっていたが、帰る頃はまだ持ちこたえていた。でも電車で帰ってきた。帰ると妻はバレーボールに行っていて、ペチカとシュンタとQが留守番していた。バレーボールは市の大きな大会に出るのだそうだ。病み上がりなのにとても熱心である。ゆっくりごはんを食べて、洗物をして、フロに入る。フロの排水溝が汚れていたので、念入りに掃除する。僕がなかなかフロからあがらなくてもしかしたら、フロ場で倒れて死んでいるのではないかという心配などまってくせずに子供たちはテレビを見ていた。そうじというのは好きである。つねにうちの中は子供が暴れているので散らかっている。散らかっているので片付けることが多い。片付けて部屋がきれいになるのはとてもうれしい。この喜びをなぜ子供というのはわからないのだろう。僕は会社でだって、営業車や、机をとてもきれいにしている。でももしかしいたらこうやってきれいに整理整頓していたら、ただでさえ難解な仕事ではないのに、さらに輪をかけていつでも、誰にでも僕に変って仕事が引き継ぎてしまうのではないかという心配がふとする。しかし、身ぎれいにするということはいいことだ。僕はそのように思うのであるが、でも、どうも、自分自身の評価と他人の評価というのは食い違っているようにも思う。なんか雑なヤツであるというように思われているようにも思う。そんなことはないのであるが、大雑把な人間に思われがちである。他人は人のことなんてたいていどうでもいいと思っているのである。2、3日前、少年が恋人の少女といっしょに自分の親を殺す事件があったが、彼らのことを新聞によれば、彼らは「まじめな少年少女」であったといい、その家族は、とても仲がよく円満である、というようなことが書いてあった。人は他人のことなんてわかりゃあしないのである。まじめ、という言葉は、軽はずみに使用しすぎるのではないかと思う。自分に危害を加えないだけの他人をまじめというのではないのである。僕は世の中の人にあざ笑われてしまうようなカチコチなまじめの人をものすごく尊敬する。まじめな人は誠実に世の中からずれていくのである。ある面ではキケンである。マジメにキケンである。そういう人になら私はなりたい。そして、僕がそう思っていることなど他人は誰も知らない。知りたいとも思わない。だけどそれにもマケズにマジメに生きるのである。
2003年11月05日 21時20分44秒

平日のばたばた
連休明けで、月はじめのために、朝からずっと忙しかった。一日終ってもまだ片付かない。目が回る一日。天気はきのうとはうってかわってとてもよかった。休みの日とは、うってかわって書くことが特に思い浮かばない平日のはじまり。しかし、なにかひとことでも書きつづけるというのは、とても楽しい。これがときどき書かずにはいられないほど、いろいろ書ける日があって、それはもっとうれしい。うれしいことはいろいろある。でもきょうはおわり。
2003年11月04日 22時07分27秒

朝目がさめると、雨が降ったあとがあった。外は鉛色でしめっていた。でもそのときは雨はやんでいたので、今朝もシュンタは野球にいった。僕はまだ布団の中にいたが、朝のシュンタは台所でピーチクパーチクとても楽しそうにお母さんとおしゃべりをする。まあ僕から見ればかわいいヨメさんではあるが、シュンタにとってはけっこう過酷なお母さんなのに、こりずに、いっつもお母さんお母さんである。そして元気に野球に行った。僕は朝食を食べてから3日連続のジョギングをした。ジョギングから帰ると、雨がふってきた。雨がふってきたので、シュンタは野球が中止になって、午前中に帰ってきた。

ペチカは昼からポートボールの練習に小学校の体育館へ行った。かぜ気味の妻は昼食後、横になった。Qはそのお母さんの横にペタ、とくっついて昼寝をした。僕一人がたいてい元気である。妻にはなしかけてもあんまり相手にしてもらえなくて、それよりも、なんだか僕がけむたいのであるという空気をありありと感じたので、シュンタをつれて、マンガの立ち読みにでもでかけることにした。今日は雨降りのせいで道路が込んでいたので、いつもと反対方向の空いている道を走り、違う古本屋に行く。

シュンタはしあわせいっぱいにマンガをたくさん読んだ。僕もあまりマンガは読まないのだけど、一般書籍があまり充実していない書店であったので、マンガを読んだ。「寄生獣」というマンガを読んだ。ある日空から、ヘビみたいな形をした生物が降ってきて、人間の耳の穴からそのヘビみたいなのが入りこんで、脳みそを食ってしまって乗っ取ってしまう。そして、なんとも気持悪い生き物になって人間を食べ始めるのである。主人公にとりつこうとしたヘビみたいなのは、脳に入りこむのを失敗して彼の右手に入りこみ、右手だけを乗っ取ってしまう。そして、主人公の高校生と、その右手を乗っ取った寄生獣「ミギー」の共生がはじまるのである。そうとうにグロテスクなシーン満載で、気分が悪くなる話しであるが、でも、途中でやめる気にならず、10巻分、とばしとばしながらではあるが立ち読みした。しかし気持悪いだけの本ではなかった。中学生の頃、平井和正の「死霊狩り(ソンビハンター)」というSF小説を読んだときとおなじような、気持悪いんだけど、拒絶しきれない魅力を感じた本だった。いろいろな意味で(?)買って帰る勇気がなかっので、またじっくり立ち読みしようと思った。こわい夢を見なければいいなと思う。
2003年11月03日 17時04分49秒

11月はじめの日曜日
今日は、ペチカとシュンタは子供会の遠足のようなものがあり、朝からバスに乗ってとなりの市のスケート場に行った。妻も付き添いで行った。僕とQは教会に行った。今日はQの先生がふたりとも、お休みだった。別の人に、聖書物語の絵本を読んでもらっていた。Qのほかには、もうひとり、ひとつ年上の女の子がいるだけで、Qはその子になついて、からだはQのほうがでっかいのに、その子は、オネエチャンのいうことをききなさい、みたいにQに言って、Qはそれによろこんで従っている。シッポをブルンブルンふって喜んでいる子犬のようだった。そして大人の礼拝の間は、もう少し上級生の子たちといっしょに2階の子供室でおとなしくまっていた。僕はまた今日も礼拝堂横の会議室で礼拝をした。日曜日の午前中に教会に行き、聖書を読み、賛美歌を歌い、祈り、説教をきくことがすごくうれしい。礼拝後、カレーを食べた。Qはニンジンだけ残した。僕はゾウもウサギもイグアナだってみんなみんなニンジンがだいすきなのだ、ということを話したが、Qは嫌いなのだそうだ。家に帰って、Qを昼寝させて、それから、買い物に行き、公園で遊んでいたら、公園にバスが2台入ってきて、子供会御一行様が帰宅した。夕方走る。走り終わると暗かった。暗いのでシュンタのキャッチボールができないことで、自分のことばっかりやって、というような内容で妻がなにかぶつぶつ言う。そういうことをシュンタの前で言うので、シュンタも調子に乗って、お父さんが走っているから、キャッチボールができない、というようにすぐ人のせいにする。少し腹がたつが、気持を押さえる。暗かったら素振りをすればいいのだ。でも文句ばかり言ってなにもしない。そういう態度はよくないと思う。なんとかそういうことをわからせたい。こっちが腹のたつまま、シュンタをどなりつけても、これはまったく効果がない。むずかしい。むずかしいと、いってるだけでなにもしないのでは、シュンタと同じである。
2003年11月02日 18時29分01秒

ダンゴムシ
朝早く手のひらが湿っぽいので目を覚ます。手のひらは布団の上にあった。布団はQのオネショで濡れていた。こういうことはめったにない。妻を起す。誠に申し訳ないが僕は横で眠っていた。妻がQのパジャマをぬがそうとすると「イヤ!ヤメテ」と半分眠りながらのQが抵抗しているのが聞こえた。そしてそのあと、「サブイ・・」とつぶやいてた。オネショしていたら寒いと思う。朝は7時半に起きた。1時間走った。調子がよい。今年は、ぜんぜん走っていないので、カカトがいたくなることもない。週2−3回のジョギングは非常に調子がいい。シュンタは今日も元気に野球にいった。

午前中、車屋に行って、日産のリコール対象になっているうちの車を点検してもらう。1時間ほど読書とスポーツ新聞とタダでコーヒーを飲むことができた。昼からは、読書をした。昼からQの自転車特訓をした。自転車の補助輪のつけかたが、少しおかしかったので、それを修正したところ特訓しなくても、うまく運転できるようになった。子供はすぐに上達する。

自転車の練習を終えたあと、Qとふたりで図書館に行く。ダンゴムシとカマキリとゾウの絵本を借りた。ダンゴムシの本は、ダンゴムシに対する愛情いっぱいの本だ。写真がすごくいい。今森光彦写真・文「やあ、出会えたねダンゴムシ」(アリス館・刊)という本で、ダンゴムシとはこんなに美しい生き物であったのかと、はじめて知った。僕はダンゴムシに会いたくなった。だから夕方、Qとふたりで、マンションのまわりの植えこみを探検した。ダンゴムシオランネー!とQは葉っぱを木の枝でゴソゴソやりながら、いっしょにダンゴムシをさがしてくれた。でも季節が秋も深まり、ダンゴムシはもう冬眠してしまったのか、ぜんぜん見当たらなかった。落ち葉をひっくり返して、穴をほったりすると、コガネムシの幼虫や、ゴミムシ、ハサミムシは、ちょろちょろと見つけたが、なぜかダンゴムシはみつからなかった。でも植えこみのすきまにしゃがんで土を掘り返して、虫をさがすのは、久々なことで楽しかった。じっと近くに土を見て、そこに展開される小さな世界が、ぐっと迫ってきて、いつもと違う風景が目の前に広がったのだ。毎日なにげなく見ている風景だけが真実ではないのである。ダンゴムシはみつからなかったけど、なにかとても新鮮な気持になった。
2003年11月01日 17時47分40秒

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