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| らいねんもはしろう |
| 今日も、朝目が覚めて、実家の近所をジョギングした。休みの日は、ジョギングをすると頭がシャンとする。去年も書いたかもしれないけど、ぼくは小学生のころからよく、この実家の周りをせっせと走っていた。そして二十年以上たってもまだ走っている。そして、少なくとも現在のほうがスピードはともかく、ながく走れる。来年もまた走ろう。歩いてもいいけど、でも少なくとも意意識の上では走っていると思っていよう、なんだかそのほうが、かっこいい。オレは走っている!というのは、いい感じだ。いろいろあるけど、せっせと走ろう。 |
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2003年12月31日 22時02分35秒
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| 昨日今日 |
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昨日はディズニーランドに行った。2年前ディズニーシーに行ったときは、本を持っていこうとしたら、妻より顰蹙を買った。そんなとこまで本を持っていくのはおかしいといわれた。しかし、順番待ちははてしなかった。ばかみたいにボーっとたっている時間はぼくには耐え切れなかった。ポップコーンばかりを食べて、脳みそまでポップコーンみたいになってしまいそうだった。今年は前回の反省を踏まえ、ドストエフスキーの「悪霊」下巻を携えて、ディズニーランドにいった。そして「プーさんのハニーハント」のファストチケットのための1時間半の行列も、シャートフが殺害され、キリーロフが自殺して、ピョートル・ヴェルホーベンスキーがペテルブルグへ逃亡する後半のクライマックスを読みつつ、有意義に過ごすことができた。昼と夜のパレードの場所取りにおいても、読書がはかどった。そして本日無事、読了した。パレードの場所取りの人たちは、パレード行進沿道にすでに朝からシートを敷いて、待ち構えていた。ただパレードを見るためが目的らほぼ一日中そこでごろごろしながらすごしている人もいた。そういう人たちの多くがせっせと年賀状を書いていた。そういうすごし方もなかなか有意義であると思った。並んでいるあいだは、ペチカとシュンタがQの面倒を良く見てくれたが、それ以外はほぼQを肩車していたので、足腰の鍛錬になった。Qははじめてのディズニーランドを気に入って、帰るときは泣き叫んでたいへんだった。 今朝は、起きてから、身体がだるかった。Qがずっと肩にとり憑いているみたいだったので、からだをほぐすために、1時間と少し、近所を走る。去年はすごく走っていて寒かったが、今年はあたたかいので手袋もいらない。それから、悪霊を読み終える。真剣に狂っている人がたくさんでてくる小説である。たぶんほとんど理解していないと思うけど、とても惹きつけられる。引き続き、ドストエフスキーの作品を読もうと思う。昼から買い物に行き、それから夕方本屋にいって立ち読みをした。帰化動物に関するエッセイと東京に住む一般の人の部屋の写真集を立ち読みする。いろんな人の部屋の写真というのは、興味深い。ぼくはともだちが少ないのであまり他人の部屋に足を踏み入れない。この写真集の中には、ごちゃごちゃ本やCDやらを積み上げた汚い部屋なんかがたくさん出ている。そして住んでいる人の簡単な経歴なんかが書いてある。すごく面白かったが、金を持ってなかったので思いとどまる。ドストエフスキーの小説の中にでてくる19世紀ロシアの都市部のごちゃごちゃした雰囲気、ロシアのそのころの具体的な写真や絵なども知らないが、小説を読んでいると、においたってくる。そういう部分でひかれているところも大きい。そういうごちゃごちゃの中からぐつぐつと匂ってくる言葉や思いを身体で理解できるようになりたいものだと思う |
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2003年12月30日 17時52分54秒
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| 口内炎 |
| 今日は日曜日なので教会に行こうと思ったが、昼前に父母のごちそうで、近所のレストランにいき兄一家とともに、食事をすることとなった。本来なら子供が親にごちそうすべきであろう。あまりこういうことは正しいことではない。と思いながらたらふく食べる。食べ過ぎて、口の中をかんでしまう。毎年休みのころはお盆とか正月とか口の中をかんでしまう。胃の調子が悪いと、普段のリズムが狂うと、口の中をかんでしまう。そして、血が出て痛い。朝は今日も走った。去年よりも寒くないように思う。休みの日は普段の体調がくずれてしまうのである。本日の祈りの本の中に、娯楽を節制の機会に、という1節があった。あらゆる機会を善きものにするのである。しかしこちらの教会を紹介されていたので、せっかくなので、やはり今日は夜の礼拝にでも出ようと思ったが、電話をしたところ、年末年始は、夕礼拝は休みだそうだ。1月4日まで心静かにすごそう。夕方は兄の住むマンションに行った。動物飼育禁止のマンションらしいが、ミニチュアダックスフントと、猫とウサギがいた。兄のところの娘がそれはもう泣いて泣いてどうしても動物が飼いたいと行って、ウサギを買い猫を買い犬を買って、家庭内動物園になったそうだ。ぼくの子供もそうやってたとえばイグアナがほしいほしいと泣いてくれたらいいのにとぼくは少しうらやましかった。兄よりウサギをやろうかといわれたのでぼくはうれしかったが、家族全員一致で反対されたので、かわりに礼服を一着とネクタイを数本もらった。今度、1月に会社の後輩が結婚するのでちょうどよかったと思う。来月の日曜日、どこかのホテル付属の教会で式をあげるそうだ。ぼくの結婚式は、教会ではあげなかった。そのときは、もう自分には一生キリストとは関わりがないと思っていたので、なにかそういうときだけ神様にすがるのは正しくないように思ったので、披露宴はやったが、そのときに結婚しますと言っただけで、キリスト教式でも神式でもしなかった。しかし今はおそらくキリスト教徒ではない後輩が教会で結婚式をするのは、それはそれで人ごとながらうれしい。兄の気が変わるといけないので、すぐに礼服およびネクタイを抱えて動物園より立ち去った |
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2003年12月28日 19時46分44秒
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| セリーグ向き |
| 午前1時半に自宅を出発、途中、東名阪の峠越えのときに雪が舞い、どうしようかと心配していたが、名古屋に入るとき、ようやく雪がなくなりほっとしたら、東名に乗ったらすぐに、今度は事故渋滞に巻き込まれ、それを抜けてさあ東京と思ったら、御殿場−大井松田間がまた雪で、通行止めになっていた。御殿場で高速をおりて、セブンイレブンの人に道を聞いて東京方面の国道にのり、大井松田の入り口まで地道を走った。雪で白くなった山道の間を走り、風景がきれいだった。Qがマッシロダネエホワイトホワイトと喜んでいた。9時間半くらいかかって実家についた。昼寝をして、昼過ぎにおきて、一晩運転席で固まっていたからだをほぐすために、ジョギングをして、それからシュンタとQと母をつれてバッティングセンターにいく。埼玉のバッティングセンターは左右両方打てるゲージが10列くらい並んでいるのに、屋外のせいか、客はみな屋内のゲームセンターにいて、ひとりもバッティング練習をしていなかった。80キロのコースを6回ほど打った。やさしいおじいちゃんが孫のためにメダル代を出してくれたのだ。しかし、6回120球ではあるが、あまり会心の当たりはなかったように思う。客が少ないから、調子が悪いのだとシュンタは解説していた。やはりシュンタはセリーグ向きなのだそうだ。 |
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2003年12月27日 17時54分49秒
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| ポリマー加工 |
| 今年は今日で仕事が終わり。会社の営業車にガソリンを入れて、洗車をしようと思って、ガソリンスタンドの兄ちゃんに、洗車してくれ、と言った。すると横から店長らしきおじさんが、みがいときますか、というので、深く考えずに、うん、といった。クルマを預けて、スタンドの休憩室で缶コーヒーを飲みスポーツ新聞を読んでいたが、しっかり新聞を読んでいても、なかなか終わらない。どうしたのかなと思って外に出たら、なんと、洗車機でやる洗車ではなくなんか円形のクルクルまわる機械を押し当ててせっせとポリマー加工をしていた。営業車はピカピカの新車のように輝いていた。なにしてるのか、とぼくが言うと、みがけっていったからみがいたんですよお、と店長がニコニコして言った。ポリマー洗車は8500円である。会社のサインでいけるスタンドなので、ささっとサインして、帰社した。管理部長その他にペコペコして、ぼくは洗ってといったのに、勝手に磨かれました、ぼくは悪くないです、許してくださいと弁解してゆるしてもらった。8千円分昼から夕方にかけて、社内清掃の肉体労働を必死にやった。ともかく、新年に向けて、クルマはピカピカでいい感じである。 |
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2003年12月26日 19時56分41秒
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| サンタさん |
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サンタさんに対する思いはシュンタ(本日誕生日で9歳)は、とても真剣だ。あらかじめ、ぼくはシュンタからサンタさんに頼んだプレゼントについては聞いていた。ゲームソフトのナントカとかいうやつだだ。青いバージョンと赤いバージョンがあるということで、赤いバージョンのゲームソフトにしてほしいと、ちょうど2週間ほど前にきいた。でもおととい、シュンタはサンタに手紙を書いた。書きながら、シュンタは、とちゅうで30分くらい悩んでいた。やっぱり青がいいかなあ、なんていいはじめた。でもやっぱり赤かなあ・・・。 サンタさんだって段取りというものがあるので、直前で赤を青に変えられたら困るのではないかとぼくは思った。サンタさんは2週間前にもしかしたら気を利かせて赤バージョンを買っているかもしれないではないか。でもシュンタは急に青がほしくなってきた。ああでも、赤もいいなあ。さんざん迷って、シュンタは手紙に「サンタさんに赤か青かはおまかせします」と書いていた。サンタさんはひと安心だっただろう。そして、シュンタはゆうべ眠る前に、夜中にサンタさんがきたらちょっとこわいので、申し訳ないけどお父さん横で寝てくれないかというので、ぼくはシュンタのベッドの横にふとんを敷いて寝た。 朝の5時にゆすられて起こされた。「お父さん!お父さん!サンタさんからプレゼント届いているよ!」ものすごく大喜びでくらやみの中、シュンタは枕元のゲームソフトを手にとって大喜びだった。よかったね、おやすみ、とぼくは言った。「うん、おれ、すごくうれしいよ!」とシュンタは言って、またベッドにもぐりこんだ。そして7時に目がさめた。シュンタはもう朝から大喜び。2段ベッドの2階のペチカは、枕もとに、好きな服がおいてあって、わあうれしい、と演技派女優のようにクールによろこんだ。まあ、サンタさんありがとう。なんていいながら、単純直情的に大喜びしている、シュンタによかったね、と姉らしく言った。 そして昨夜は遅くまで起きていたQは、ぼくが会社に行く前に、ようやくおきた。そしてQもサンタさんに頼んでいたアンパンマンのおもちゃが届いていて、びっくりしていた。そしていちにちじゅう、そのおもちゃを抱えて喜んでいたそうだ。サンタさんもうれしかったと思う。 |
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2003年12月25日 22時48分12秒
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| クリスマスイブ礼拝 |
| 今日は12月24日のクリスマスイブ礼拝があるため、水曜日であるけど会社の帰りに教会に行った。ぼくは会社の帰りにそのまま寄って、妻と子供たちは自宅から電車で教会に向かった。家族全員そろって教会に行くのははじめてである。これからも全員でいける日がたくさんあればいいなと思う。聖歌隊の人がたくさん賛美歌を歌い、そして、礼拝が終わったあと、ペンライトを持って駅まで賛美歌を歌って行列であるいた。小さな駅のロータリーでがやがやと歌う経験などしたことがないので、非常に新鮮だった。 |
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2003年12月24日 23時48分22秒
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| 読書の年末 |
| 朝、シュンタは野球、ペチカはポートボールの練習にいき、ぼくはゆっくり起きてからジョギングをして、それから午前中は、そうじをした。洗面台と風呂場を念入りにそうじした。去年もそうやって、そうじをした。ぼくはそうじをするのがすきなのだ。一時間かけて風呂場をきれいにした。そして、Qをつれてケーキ屋にいき、クリスマス生まれのシュンタの誕生日ケーキを受け取りに行って、それからクルマのガソリン補給と洗車をした。洗車は自動洗車機に、クルマに乗ったまま、入った。ぐわーっと、回転ブラシとシャワーで包まれると、Qはチャイルドシートにしがみついてこわがっていた。そして洗車が終わると、ジェラエシックパークミタイダッタネエ!と感想をもらした。昼飯を食べたら午前中労働したため、眠くなった。一時間ほど、眠ってしまった。Qは2時間ほど眠っていた。一時間だけ、「悪霊」の続きを読む。だんだんはじめのころ出てきた人物が誰だったのか記憶があやふやになってきた。登場人物表が必要である。フルマラソンでいうと30キロ超えくらいの地点にきて、ややくたびれてきた。Qがなかなか起きない。昼飯をたくさん食べていたので、膨満感があるので、近所の本屋まで散歩した。本屋にいくといろいろな本がある。とっても誘惑するのである。しかしぼくは「悪霊」を読んでいるのである。ぼくの本棚にはほかにも、まだまだ読んでない世界文学全集のいくつかがあるので、このごろ新刊は買わないのである。いろんな出版社の世界文学全集の、箱入りの本はだいたいBOOK OFFで100円で売っているので、ついついそのうち読もうと買ってしまうのであるが、買っても正直なところあんまり読まないのである。しかし、来年は、在庫読書にはげもうと思うので、新刊購入はしないのである。「悪霊」を読んだら、「アンナ・カレーニナ」を読もう。「白鯨」もあるし、「赤と黒」もある。「古典落語集」もあるし、「ギリシア悲劇全集」第一巻のみ、というのも持っている。妻の実家から何冊も中央公論社の「世界の名著」シリーズも勝手に持ち出している。それに今まで読んだ本だって、振り返ったらさっぱり内容を忘れているものもある。内村鑑三の聖書注解全集とかもぜひ読み直したいのである。がんばろう。と本棚を見ながら決心する休日であった。なんかこうやってがんばって読書をしようとする決心はとても好きだ。決心というのは、いいものだ。決心だけで終わってはいけないのであろうけど往々にしてぼくはそういう傾向がある。 |
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2003年12月23日 17時22分09秒
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| 冬至 |
| 休みの谷間の月曜日。月曜休みの3連休よりも、こうやって、月曜でて、また明日休みのほうが、味わいがあるように思う。車はとても混んでいた。混んでいたけど、天気もよくて、よい気分の一日だった。帰るのが遅くなって、暗い空の下高速道路を走っていたけど、ぼくは毎年毎年こういう時期に暗い空の下クルマに乗っていると、すぎた時間について考えたりして、なんともいえないむなしく悲しい気持に襲われることが多かったのであるが、このところそういう感情があまりよってくることはない。とても楽しい。きょうは冬至で、暗やみのピークであるが、明日からはどんどん光りが盛り返すのである。 |
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2003年12月22日 22時48分37秒
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| クリスマス祝会 |
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今日は教会でクリスマス礼拝があった。シュンタは本日も野球だったが、ペチカとQ、それから妻もいっしょに教会に行った。はじめて妻も教会に足を運んだ。クリスマス祝会で、ペチカとQが、劇をするのを見るためにいっしょにきてくれたのである。しかし祝会の前に、もうひとつ妻がぜひ見てみたいと望むものがあった。本日礼拝時間内に信仰告白式およびバプテスマ(洗礼)式が執り行われるのである。ぼくは、8月に教会に通いはじめたときから覚悟を決めていたので、本日そのバプテスマ式で洗礼を受けクリスチャンとなったのだ。 いっしょに洗礼を受けたのは、小学校2年生の女の子だった。いつもにこにこわらっている、小さなかわいらしい子である。その子と順番に、壇上で信仰告白の文章を読んだ。90人くらいの人の前で(それから子供たちもきょうはビデオを見ないで、礼拝堂うしろの親子室に勢ぞろいしていた)、ヨハネによる福音書4章14節と15章4節を引用して、自分自身の信仰について述べた。そして教会に受け入れられるかいなかの決を教会員出席者の挙手により採り、賛成多数で、2年生の女の子ともども無事受け入れてもらえた。その後、白いガウンに着替えて、礼拝堂後ろの洗礼槽に入り、牧師に祈っていただいたあと、ジャブンと全身、水につけられた。洗礼というのは、なにかそのとき、神秘的な天啓のようなものを受けるのであろうかと、すこしどきどきしていたが、ジャブンは一瞬の出来事だった。一瞬の出来事ではあったが、今日からぼくは新しく生まれ変わるのである。そう決めたのである。2年生の女の子とぼくは、今日からキリストにあって、同級生なのである。教会員の人たちに、たくさんおめでとうといわれた。握手もしていただいた。そして、絵本や、小型の聖書辞典のプレゼントまでいただいた。聖書辞典は、以前から買おうと思っていたので、ちょうどいただけて、とてもうれしい。一生活用しよう。絵本は毎晩Qと読もう。 礼拝が終ると、子供たちの聖誕劇があった。ペチカは天使と、それから欠席の子がいたので臨時にヘロデ王付き(?)の博士の役までやっていた。女優ペチカは、舞台(礼拝堂正面の説教壇の前)演劇は慣れたなれたものなのである。Qはぐずぐずいって、ちっとも舞台に上がろうとしないので、ぼくがQの代わりに羊のお面をかぶってQをかかえて、いっしょにメエメエとしたが、Qはまったくずっとぐずぐずだった。だけどQもペチカも絵本をもらった。そして、お昼から、クリスマス祝会があり、ケーキやピザや、サンドイッチを食べた。Qは食べるときだけとてもごきげんだった。いろいろな人が、楽器の演奏をしたり、歌をうたったりして、そのあと自己紹介をした。みんなスピーチがとてもうまいのである。妻はさほど深い感銘は受けなかったようであるが、ぼくにとっては、人生が終るときに振り返ったとき、かなり上位ランキング走馬灯記憶としてあらわれてくる一日であると思う。しかし、そうだからといって、このことを日記に書いても、なんか読み返して見て、まったく、うまく書けないのである。うまく書けないけど、いい一日でした。 |
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2003年12月21日 18時43分19秒
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| 留守番 |
| 今朝も寒さは進行中だった。冷たい風の中朝のジョギングをすると身が引き締まった感じがする。感じがするだけで実際はそんなに引き締まってはいない。昼からは、妻とペチカがどこかへでかけてしまった。夜遅くまで帰ってこないらしい。シュンタとQをつれて、外にキャッチボールをしにいったが、寒くて雪が舞っていたのですぐにやめた。シュンタは英語教室のクリスマス会があるということで今日は野球を休んでいるので、そのあとすぐに、そのクリスマス会に行った。英語教室が役に立っているとは思えない。NHKの英会話でも聞いてるほうがよっぽど身につくのではないかと思うので、近日中にやめさせようと思う。野球と空手だけでじゅうぶんではないかと思う。そして、Qとまたふたりで留守番をした。冬眠中のカメのチェックをした。今年は冬眠に到るまでに、落ち葉の入った水を何度か交換したため、落ち葉のアクがぬけて、水そうの水が澄んでいる。水底の落ち葉のすきまにもぐったカメの甲羅がよく見える。水を少し足しておいた。ベランダの日陰でカメは静かに寝ている。ぼくはゆっくり読書でもしたかったが、Qがなんだかんだと寄ってくるので、あまり読書ははかどらない。しかしついに悪霊は第3部に入った。シュンタが帰ってきておみやげのお菓子を食べた。Qはキャンディの包みをあけてくれと、ぼくに持ってきたので受け取った。受け取ったら、急に心配そうな顔をして「オトーサン、食ベチャダメヨ」というのである。ぼくは信用されていないのである。ぼくが子供の食べ物を横取りすることがあったでもいうのだろうか。Qはときたま、食事をしているとちゅうにおしっこをしたくなることがあって、オシッコ!と叫んで、トイレに走っていく。その時も、「オトウサン、キューノタベナイデネエエ!!」と叫びながらトイレに行くのである。ぼくがQの食べ物を横取りしたことがあるだろうか。Qが食べ過ぎだと思ったときは、ぼくがかわりに食べてしまうことはあるが、それは横取りではないのだ。キャンディの包みをあけて、パクリと口に入れるフリをしたQは、うわーっと泣き出した。そんなことオトウサンがするわけはないではないかと思う。キャンディをわたすと、Qはあっというまにケロリとして、受け取って口に入れた。 |
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2003年12月20日 17時23分45秒
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| pyuupyuu |
| 今日はこの冬一番の寒波が来た日なのだった。朝からピュウピュウ寒かった。電車に乗って会社に行った。朝の電車で「悪霊」を読んだ。ロシアも寒そうだった。ぼくは寒さは嫌いではない。まだ本当に寒さのおそろしさを知らないからかもしれない。「北の国から」の再放送がやっているけど、今回はあまり見ていないけど、ちらりと見ると、それだけでも、すごくいい。ぼくは知床にもいったことがある。夕日で真っ赤に染まった流氷を見たことがある。寒い寒いあたたかな思い出である。風はぴゅうぴゅう吹いていた。忘年会があった。8時半で終った。ビンゴゲームは今年は電動ハブラシだった。外へ出ると、まだ9時にもならないのに、堺東の商店街は、人通りがさっぱりなかった。なにもかも終った真夜中のように静かなとおりを風にふかれて帰った。窓の外ではまだまだぴゅうぴゅう風が吹いている。すごくいい感じだ。 |
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2003年12月19日 22時40分59秒
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| 穴倉の秀才 |
| 今日は朝会議があって、夜会議があって、会議ばっかりあった。明日も会議があって、そのあと忘年会がある。会議ばかりしている会社はろくな会社ではないといいながら会議をしている。ろくな会社ではないのかもしれない。しかしそこで働かなければ生活をしていけないのである。今会社がつぶれたら、ぼくはどうなるだろう。妻はさっさと子供を連れて実家に帰るような気がする。そしてあまり社会的に適応能力がないので、また一からなにか仕事をさがすというのはものすごくおそろしく感じる。生きていくのはしんどいと思う。どこか穴倉に隠れてしまいたいような気もしないでもないけど、でもそうしても、誰も助けてくれないので、がんばるしかないのである。ぼくは東大とか昼寝してでも入れるくらいの天才だったらよかったなあと思うのである。そして、勉強がものすごくできて、でも社会に適応できなくて、周囲に心配されて、東大出てもああなっちゃおしまいよ、とかうしろ指さされて、うじうじひきこもるような生活に少しあこがれる。東大を出て官僚になってバリバリ働くというようなことはまったく今だかつてあこがれたことはないが、堕落した秀才のような人生はあこがれる。しかし、ぼくは、とても偏差値も低いし、だらくしなくても存在自体がすでに日々さからいようもなく堕落していて、しかしなおかつ妻も子供もいるのである。ひいひい言いながら生きているのである。そしてひいひいいってても誰もやさしくしてくれないし、気にもとめてくれないのであるから、ときどき、ああもしぼくの人生が穴倉の堕落した秀才の人生であって、世間様からやっかみ半分のうしろ指をグサグサさされるようなものであったらなあなんて慨嘆するのである。しかし、そういう人生ではなかったので明日も会社に行って、会議に出て、知らない会社に訪問して、そのときまではぼくの人生になんのかかわりもなかった人と会い、せっせと商売をして、そして忘年会でビンゴゲームをするのである。あしたもまた元気に起きよう。 |
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2003年12月18日 22時06分48秒
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| ニモ |
| 会社から帰ると、Qがニモニモといって大喜びしている。今日は子供が午前授業だったので、昼から、ぼくをのぞいてみんなで「ファインディングニモ」を見に行ったのだそうだ。ぼくはもちろん働いていた。8時過ぎに帰り、夕食を食べていたら、Qがニモのパンフレットを持ってきて、ニモがどーしたこーしたといろいろしゃべっていた。映画館では3歳から入場料金はとられるそうだが、大きなQは、年齢をごまかすこともできず、きちんと子供料金を払って見てきたようだ。でもよろこんで見たようでよかった。ぼくも見たかったけど。映画なんかめったに見ない。去年、ハリーポッターを見たきりで、今年はとうとう1本も見ないで終りそうだ。ぼくは毎日家族のために働いているのである。能力がないし、日々、苦しいのである。同じことをしても苦しくなくてラクチンな人もいっぱいいるのかも知れないけど、ぼくはいろいろなことが苦しいのである。しかし、だからといって、そのまま負けないのである。 |
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2003年12月17日 22時36分38秒
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| 冷えている火曜日 |
| よく冷えている。トイレが近い。トイレのある公園わきに車をとめて昼休みの読書をした。ドストエフスキーの「悪霊」、下巻に入った。長距離マラソンをしているような読書である。マラソンは、いろいろ考え事ができるので有益である。年内読み終わるだろうか。冷えている。しかし仕事は間延びしている。あと少し。 |
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2003年12月16日 20時52分10秒
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| 祈る月曜 |
| 今週で、だいたいほぼ仕事は終わりではないかと思う。おおむね平穏にすぎる。ぼくは最近日曜日はとても平穏で、教会の礼拝に出席してよし、月曜日からこの気持を忘れずに生きていこうと思う。しかし、月曜日がくると、ささいなことで、心に波風が立つ。三浦綾子のエッセイで「天の梯子」(集英社文庫)という祈りについてのエッセイがあって、そこで、J・ベイリーという人の「朝の祈り 夜の祈り」(日本キリスト教団出版局)という本が紹介されていた。教会に行くと、なにかとみんな声を出して、でお祈りをしている。神様を賛美し、感謝して、そして自分のことだけではなく、人のこともたくさん祈ってイエス様のお名前においてアーメンという。そして、日々祈りつつ聖書を読む生活をしましょう、といわれる。礼拝の終ったあと、ぼくはまだ2回しか出席したことないが、聖書の勉強会のようなものがあると、勉強会の前に、では司会進行役の人が何々さん祈ってください、と言い、言われた人が祈ってアーメンという。そして勉強会が終るとまた、司会進行役の人が、では何々さん祈ってください、と言い、言われた人がアーメンと言う。ぼくはそのように人前で祈ったことはないし、自分でひとりでいるときもどのように祈ったらいいのかよくわからない。よくわからないので、もういいやではなく、きちんと祈れる生活をしたいと思うので(ぼくはそのために教会に行っているのである)、参考書として、このベイリーさんの祈りの本を読んでいる。この本は、1日、1章、朝のページと夜のページがあって、それぞれの祈りの言葉が書かれていて、31日分ある。これを今読んでいる。ここでは、引用はしないけど、なるほどなあ、そうだそうだ、よしきょうはこの言葉を胸にとどめて生きよう、と思うことが書いてある。それから、新約聖書と旧約聖書をどちらも一章づつは読む。そしてこれも、なるほどなあ、今日はこのことばを忘れずに生きよう、と思う。そして、会社に行く、会社にいけば、あっというまに波風である。そして、今はっと気がつくと、すでに朝、何を読んだかきれいさっぱり忘れているのである。そして波風は、ぼくの人生を左右するような、とてつもない波風でもないのである。さらっさらっと波立って、さささあっと、朝の祈りは流れて消えるのである。こういう自分の浅墓さに一日を降りかえるとあきれる。あきれて、これは、あかんということで、そういう祈る生活をやめにしようとは思わない。まったく祈る生活では、ないし、そういう才能(?)もあるかどうか疑問であるが、しつこく、目指すのである。フルマラソンを5時間半近くかけて、しつこく走った(歩いた)経験というのは、すごく生きる上で糧になっているなあと最近思う。今日も日々の生活で、祈りのことばはさらさら流れた。だけどなお、今夜も祈ろう、明日も祈ろう、しつこくしつこく、神様に祈ろう。と考える今日この頃である。 |
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2003年12月15日 21時15分20秒
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| 羊の日曜日 |
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今日はペチカとQを連れて教会に行った。朝の子どもの礼拝が終ると、来週のクリスマスの劇のリハーサルをした。未来の劇団四季団員の女優ペチカはマリアに受胎告知をする天使役で、Qはメエメエ子羊役である。メエメエ子羊は4人ほどいて、みんなメエメエと羊になりきってかわいい。来週はみんなお面をつけて劇をするそうだ。今日は、リハーサルのため、先生に絵本を読んでもらう日曜学校の分級がなく、Qはブンキュー!ブンキュー!と少し不満そうに文句を言っていた。ペチカはこのあとすぐに、大人の礼拝の時間には教会を出て、地元の子供会のクリスマス会に行った。 妻も子供会の役員なので、クリスマス会に行っていて、シュンタも野球のため、昼過ぎにQとふたりで家に帰ると誰もいなかった。昼飯をたべ、Qとふたりで、近所の公園に行った。泉くんと緑くんと大地くんという3頭のオスの羊がいる公園である。Qは役づくりのため、しっかり羊とコミュニケーションをとっていた。ひつじしゃああん!と首に抱きついたりして羊がめいわくそうだった。どれが緑くんで泉くんで大地くんなのかわからないけど、3頭とも愛想のよい羊だった。寒い日だけど、羊はふかふかとあったかそうだった。それからQを抱えて大きなすべり台をいやになるくらい滑ってから家に帰った。 |
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2003年12月14日 17時45分47秒
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| 朝の詩の土曜 |
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朝、目がさめるとちょうどペチカが、新聞を手に何か叫んでいた。ペチカはいつもそんな感じであるので別におどろかないが、でも今日はなにをさわいでいるのかと思ったら、今朝の産経新聞1面の「朝の詩」コーナーに、ぼくの書いた詩が載っていたのである。びっくりした。ひと月ほど前に送ったのであるが、その後なんの連絡もないので、ボツだろうと思い、そのまま忘れていたので、うれしかった。春先に一度、採用されて、その後なんどか出したけどボツばかりで、今回は半年ぶりくらいに送ったものだった。年2回も(失礼ながら朝日でも読売でも毎日でもなく)産経新聞とはいえ(失礼ながら朝日でも読売でも毎日でもないけど)一応全国紙の1面に自分の書いたものが載せていただけるというのは、ありがたいことである。しかも図書カードまでもらえる。今回の詩は、新聞の社会面で、よく、犯人は普段周囲の人からはマジメな人であるとみなされていたというようなことが、書いてあって、そのマジメとはいったいなんなのだろう、なんていかがわしいことばではないかと感じたことから書いた詩である。 「まじめ」 まっすぐに生きよう まじめに生きよう あの人はまじめだ なんて軽はずみに 口にする人たちが 想像したことも ないくらい まっすぐに まじめに 誠実に 軽はずみな人たちで いっぱいの世の中から ずれていこう 今週はやや低調であったのだが、こういう出来事があったので、とたんに元気になった。単純である。また今度、書いて投稿しようと思う。昼からは妻、ペチカ、Qと買い物にでかけ、食品売り場でいろいろ試食をした。そうやってたらふく試食をしているあいだ、寒い空の下でシュンタは野球をしているのである。今日もまだ帰ってこない。まじめである。 |
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2003年12月13日 17時45分41秒
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| こくこく |
| 今日もさっさと帰ってくる。もう10日も過ぎたので、だんだん仕事もヒマになっている。ヒマになっていては、本当はいけないのであるけど、ヒマである。いけないのかもしれないけど、年末のだんだんヒマになっていく感じは好きである。ヒマというのは、いいものである。そういうヒマを楽しむ余裕がなくなりながらなおかつヒマであるという恐ろしい事態がこくこくと近づいているのかもしれないけど、しかしものごとはなるようにしかならないのである。こくこくと近づく。刻々と、と漢字でかくと深刻であるが、「こくこく」とひらがなで書くと、のどかな感じがする。家に帰って家族5人でそろって夕飯を食べた。6時半に食べたので、あとでおなかがすきそうだ。夜が長いので読書をする。こくこくと読書をする。 |
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2003年12月12日 19時27分54秒
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| 否定を否定する |
| 家で妻にはいろいろああしてくれこうしてくれといわれる。そんなにいってないと本人は思っているかもしれないけど、けっこう言っている思う。そしてそれに対してぼくはすぐに否定から入ってしまう。どこそこにあれをそうしてくれ、といわれると、すぐにめんどくさい、という思いが先にたつ。いや、そうしてくれ、とはいわない。そうしたいんだけど、どうか、とそれなりに尊重したききかたをするにはするけど、でも実質的にそうせえ、である。そおせえ、と感じるから、やじゃ、となる。ぼくは新しいことにとりくもうという姿勢に欠けるところがあるのかもしれない。いけないところはたくさんあるのだろう。否定から入るというのはいけない。「もしだれかがあなたをしいて1マイル行かせようとするのなら、その人とともに2マイル行きなさい」とイエスさまは言うのである。「求めるものには与え、借りようとするものを断るな」。でもすぐにぼくは、反撃をしてしまう。もしなにかを求めてきたら、倍にして与えよう。きょうはまたすぐに、否定にまわった。しかし、負けても負けても、あしたは少しでも変わろう。 |
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2003年12月11日 21時44分53秒
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| カネなんて |
| 今日は会社でボーナスが出た。いまどき世の中ではもらえるほうが、めずらしいのかもしれない。しかし驚愕するほど今回は少ない。各社員にメールにて独自にアンケート調査を行ったが、みな同様である。しかしみな同様であるからといって、額が増えるわけではない。今回の支給額については、いろいろ理由があって、会社からは、事前に説明を受けていたが、なにかだまされているような気がしてならない。元気がなくなる。質素に生活しようと思う。生活はたいへんだ。ラジオでは、ファイナンシャルプランナーの人が、いろいろ老後の生活設計について語っていた。金のことばかり考えて守銭奴にならなければ生きていけないのであろうか。同じ会社の人でも、乏しい給料をやりくりしてとても立派に生活設計をしている人がいてそういう人の金の運用の話を聞いていると頭痛がする。しゃべる人は、目を輝かして金のことばかり言うのである。でもそういう人はまちがってはいないのかもしれない。いろいろなことに頭痛がする。ぼくは現実逃避の才能がある。生活に立ち向かうのをてきとうにごまかしているところがある。しかし生きるのはたいへんだ。めまいがする。めまいをしながら、めまいの中のゆらゆらゆれる世界がああぼやけてきれいだな、と思いながらなにもしないで時間を流しているところがある。ああでも・・・元気がないのでさっさと帰宅する。家に帰ってごはんをたべる。ごはんを食べたらなんとかなるだろうと、無根拠に安心する。そうやって時間は流れていく。いつかツケがまわってくるのだろうか。 |
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2003年12月10日 21時17分41秒
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| 朝のハイジ |
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最近は朝、Qはテレビ大阪でやっている「アルプスの少女ハイジ」を見ている。ペーターとハイジがおどる主題歌のところでQと妻がくるくるまわって踊るのである。なつかしの世界名作アニメ劇場である。ぼくはこのシリーズはとても好きだ。ハイジもよく見ていた記憶がある。世界名作アニメ劇場のようなアニメは最近とても少ないように思う。シュンタの好きなアニメを見ていると、ヒマさえあれば、戦っているような粗暴なアニメばかり見ている。ぼくは戦うアニメというのはそんなにすきではなかった。7時からのマジンガーゼットよりも7時半からの世界名作アニメ劇場だった。母をたずねて三千里、アルプスの少女ハイジ、フランダースの犬、の世界名作アニメ劇場だった。 ぼくは、「あらいぐまラスカル」も好きだった。ほんとは毎週でも見たかった。なのに、ラスカルの当時なぜかうちでは、その時間NHKの「減点パパ」とかいうくだらない番組をぼく以外の家族が好んで見ていたのでラスカルが見れなかった。南伸介司会で南伸介がどこかの芸能人が親子でてきて子供が芸能人の親を採点して笑う非常に低俗な番組だった。ぼくはそういう番組を見ているととてもうら哀しい気持になるのだ。ラスカルはだからあまり見ていない。再放送で断片的に見たくらいだ。だからあんまり、よく知らない。麦の穂でラスカルにスターリングがミルクをあげるシーンなど、今から思い出しても胸がときめく。なのに、父も母も兄も低俗な減点パパを見ていた。うちの家族は父も母も兄もそういう低俗なところがあった。そして、くだらないくだらないといいながら、くだらないテレビを見るのだ。心底面白がって減点パパをみればいいのに、くだらないくだらないといいながら見るのである。そしてじぶんたちは決してくだらなくないのだと固く信じているのである。ぼくはものごとは、深い愛情を持って接するべきであると思うのだ。くだらないと思うものは見なければいいのであって、本当に見たいものを偏愛するべきなのだと思うのだ。愛情というのは比較するものではなく、一方的な偏愛なのである。偏愛というのは大切な感情である。 それはともかく、世界名作アニメ劇場である。ラスカル以降は、ぼくも中学生くらいになったので、アニメそのものにも関心が薄れ、見ていなかったが、このシリーズはペチカが生まれた頃まで、しばらくやっていたのだ。このシリーズ最後の3作、「ロミオの青い空」「名犬ラッシー」「家なき子レミ」を幼いペチカをひざに乗せてみたものである。このうち特にロミオはかつて子供の頃に見た、シリーズ初期の作品に劣らないくらいの名作であると思った。でも、それほど人気がなかったようだ。そして、最後の家なき子レミは、途中で中途半端な状態で打ち切りになってしまい、世界名作アニメ劇場は終了したのだった。こういう、昔ながらの、時間がゆっくり流れていくタイプの大河ドラマアニメというのは、最近あんまりないように思うので、少し残念である。ハイジの再放送を見ると、朝からほっとする。全部見ると遅刻するので、はじめの10分くらいしか見ないけど、いい作品である。 |
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2003年12月09日 22時50分27秒
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| 悪霊の昼 |
| 今日も寒い一日だった。寒いといっても霜柱とか、水溜りに氷がはるということはなかったけど、通勤時の自転車運転中には、耳が少しヒリヒリした。天気はとてもよくて、こういう冬のいい天気の日は、もうすっかり年末気分で、年末気分というのは、一般にはどうなのかわからないけど、ぼくは、平穏な気分になる。今日はクルマで大阪市内を走った。大阪市内はいつもとても込んでいて、そして最近寒くておしっこをする場所がないので、苦労する。昼飯のおにぎりをゆっくり食べる場所もない。しかし今日は、トイレつきの小公園脇にクルマを止めてお昼にすることができた。大阪市内の小公園には、トイレがついていないところが多いのである。そしてなかなか、うまいぐあいに公園わきに路上駐車できない。とてもしあわせである。しあわせを感じつつ、読書をする。しあわせを感じつつなんであるが、「悪霊」の続きを読んだ。上巻の半分くらいまで行った。なかなかいいペースである。しかしまだドラマはまったくもって発端部分である。登場人物がひっきりなしに、怒鳴りたててなにか議論をしている。本はさらっと読んでいてはいけないなあと思う。偏愛しなければいけないなあと思う。ぼくはなんて軽い人間なのだろうと最近つくづく思う。そう思うことがまずなによりも発端なのである。しかし、この発端のまんまなんの進歩もない。ああ、とおもいつつ、またすぐにそんなことを忘れてのうのうと生きている。いけないいけないと、反省して、よし、と公園のトイレでおしっこし、顔を洗って午後の労働に励む。 |
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2003年12月08日 21時07分09秒
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| 冷たい風 |
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「Qちゃん、きょうは、お姉ちゃんこないの?」「ん?ポートいってるの」「お兄ちゃんは?」「ん?やきゅう」「お母さんは?」「ん?バレーボールいってるの」・・・ということで、今日もQとふたりで教会に行った。21日のクリスマス会のために、お星がひかるピカピカ♪という讃美歌を練習した。今日はQはとちゅうで不機嫌になって、礼拝中に、2階の子供の部屋からぼくのところにきて、くっついて離れなかったので、Qを抱えて教会の中をぶらぶらしながら礼拝を受けた。Qはだいたいにおいて、礼拝中は不機嫌だ。子供礼拝の時は、今日は、みんなが讃美歌を歌っているとき、ひとりで、礼拝堂の中を、うろうろしていた。昼飯が出た。カレーだった。Qは大人とかわらないくらい食べた。とてもしあわせそうな顔をしていた。Qは昼飯を食べるのだけが楽しみで、教会にきているようなところがある。でも毎週いっしょにつきあってくれるのは、とても助かっている。ぼくは非常に、溶け込むのがヘタなのであるが、Qのおかげで、教会に来る人たちと多少であるが、話すきっかけができる。 今日は天気はいいけど、冷たい風がぴゅうぴゅうふいている。夕方走ると、しゃっきっと引き締まった。シュンタは、くらくなるのにまだ帰らない。迎えに行ってこよう。 |
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2003年12月07日 17時34分20秒
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| ハッピセット |
| 今日はシュンタの野球の練習を別のグランドでするので、選手運送用にクルマを提供した。8時からシュンタは練習だった。9時半まではそこのグランドを使用できたのだ。ぼくは7時半に起きてジョギングをして、それからクルマに野ってシュンタのいつものグランドに行き、そこで、他人のフリをするシュンタと他の2名の子供を乗せて、近所の高校のグランドに運んだ。帰ってから、ペチカとパソコンで年賀状を作った。ペチカは自分の思うようにいかないと、キイキイ怒る。キイキイおこりながらパソコンで作製。昼はくもり時々雨で、読書をした。続氷点は読み終わった。続、なんてついていると、つまらないようなヘンケンがあったが、非常によかった。そして年末年始までに読み終えようと、ドストエフスキーの「悪霊」にとりかかっている。読み終えることができるだろうか。遅読王であっても忍耐強く読書はしようと思う。悪霊を読もう!とこうやって日記に書いたら、最後まで読むぞという強い決意がわくのである。簡単に読める本では、簡単な満足しか得られないのである。Qが昼寝をしたのではかどる。目がさめて、かQとハッピーセットを買いに近所のマクドナルドに行く。しかし、そこでは、ニモのおまけが売りきれていた。Qはそこのマクドまでの約1キロ弱、ハッピセットハッピセットと目を輝かせて歩いていたのだが、帰りはすっかりいじけて、ぼくの肩の上でハッピセットハッピセットと泣いていた。そこで少しはなれたところのマクドにクルマでいって、無事ニモのハッピーセットを手に入れた。 |
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2003年12月06日 18時24分31秒
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| 眠りに集中 |
| 日本海側は昨日は雨で、日が暮れるとよく冷えた。ホテルの暖房を切って眠ったら、部屋もとってもよく冷え、布団の中で集中して眠ることができた。今朝はいい天気で、昼間もずっと晴れ渡っていた。晴れ渡った空はお正月みたいな空だった。中国道は工事で混んでいるので、回り道をして早めに帰宅した。 |
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2003年12月05日 22時19分33秒
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| そうじの昼休み |
| 今日は青空のひろがる一日だった。ひさしぶりで、気分がいい。そんなに寒くもなくて、昼に、テキトウに営業車を公園脇に止めて、クルマのそうじをした。1時間かけて車内をきれいに整理整頓した。そしてすっきりと午後は新規開拓にはげんだ。あしたは、雪がふるまえにもう一度、日本海方面に宿泊出張する。なんか歌の歌詞みたいだ。冬が来る前に、もう一度あの人に、めーぐりあーいたーい♪という歌があった。でも僕は特にめぐりあいたい人はいない。今夜は妻がバレーボールの練習があるというので、調整して早めに帰宅した。日曜日にまたバレーの大会があるのだそうだ。僕は家庭のことをいつもたいてい大事にする。Qを寝かしつけた。いつもいっしょに寝る。寝かしつけて甘やかしているといわれるが、ペチカもシュンタもそうやって、たいてい僕は寝かしつけたけど、ふたりは今はそんなに甘えてこない。甘えてくれるうちは、精一杯かわいがろうと思う。でもペチカとシュンタの時は、比較的帰りが遅かったが最近はほぼ毎日欠かさずQを寝かしつけているように思う。明日は、宿泊出張なので、少しさみしいような気もするけど、読書に励めるからいいか。 |
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2003年12月03日 22時16分03秒
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| 宇宙人 |
| 今日はいくらか寒い一日だった。晴れるときいていたけど、今日もくもりだった。夕方、一瞬、雲の向こうから太陽が見えた。ひさしぶりに太陽を見ることができた気がする。久しぶりだととてもうれしい。光りに照らされた町並みはどこかちがう世界のように見えた。なれてしまうと、見ているのに見ていない、ということになりがちである。僕は、たまに、今自分はようやく、見知らぬ惑星にたどりついた宇宙人なのだ、と考えたりする。おお、この不思議な空の色、変わった植物!とジョギングをしているときなど、空想宇宙人になって、目に映る風景に衝撃を受けるのである。カメの姿を見て、なんて不思議なカタチをした生き物なのだろう、と、感動に打ち震えるのである。今日は夕方ちらりと太陽を見て少し宇宙人気分になれた。 |
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2003年12月02日 22時37分28秒
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| 12月のはじまり |
| 今日から12月。昨日に引き続き、くもり空の一日。そういう天気は落ち着くので嫌いではないけど、洗濯物はかわかない。洗濯物で思い出したが、結婚してすでに12年たつが、洗濯機、テレビ、冷蔵庫はまだ1度も買い換えていない。けっこう引越しも多かったのに、頑丈な家電製品である。本日よりテレビは、デジタル放送がはじまったそうだ。今度買うテレビはそういう放送を見れるテレビにしよう。でも今のテレビは今だとても元気だ。8年後にはデジタル放送以外は見れなくなるらしい。でもそもそも、デジタル放送とはいかなるものなのか。世の中の動きはとても速い。目が回る。12月もきっとあっというまに過ぎるのだろう。 |
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2003年12月01日 22時08分57秒
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