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| 雨の日曜 |
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雨降りの朝だった。今日はペチカはポートボールの練習があり、雨の中でかけた。シュンタは野球が休みであるので、いっしょに教会に行こうといったが、断られたので、キョーカイキョーカイ!とはりきるQとふたりで教会に行った。キョウカイキョウカイとはりきるくせに教会の子供礼拝がはじまると、すぐにQは退屈してしまい、黙って座って先生のお話をきかない。今日は子供礼拝で、教会学校の先生はペテロさんの話をした。ペテロさんが、イエスさまがつかまったとき、おまえもあの男の仲間だなと、いわれて、3回も続けてあんな人知らないといって、知らん顔をして、あとではげしく後悔して泣く話である。神様は心から悔い改めれば必ず許してくださるという趣旨の話だった。ぼくとQは礼拝堂とは別室の子供室でそのお話をスピーカーできいていたが、Qは積木をして遊んでいて、ちっとも話を聴いていないように見えたが、あとで今日は教会でなんの話だったか覚えているかときくと、「ペテロさんが、ごめんなさい!っていうはなし」とQは適切に要約して答えた。
昼から妻とシュンタとQで近所のスーパーに買い物に行った。スーパーの中の100円ショップで、ハムスターのテンちゃんのエサ皿用に、直径5センチくらいの小さなグラタン皿を買った。同じようなかたちの皿は、ペットショップでは500円くらいで売られている。100円ショップは小動物用グッズに向いている。いまテンちゃんが寝ている小屋も、100円ショップの小物入れである。帰ってから雨が上がっていたので、一時間ほど走った。 |
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2004年02月29日 18時07分34秒
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| 土曜の研修 |
| 今日は土曜日であるけど、会社で業務上の研修があった。一日部屋の中で同じ会社の人間とじっと顔を合わせて研修を受けた。くたびれた。4時半に終わったので、家に今から帰るからと電話すると、せっかくだから帰る途中にシュンタの野球の練習を見てくればどうかと言われたので、シュンタの野球のグランドの横を自転車で通った。上級生が紅白戦をしていた。シュンタたち下級生はおそらくすみっこのほうで、集合してなにかしていたのだが、シュンタがどこにいるのかよくわからなかった。家に帰って、一時間ほどジョギングした。一日中ぎゅっとひとつの部屋に閉じ込められて、会議の親戚みたいなことをしていると、ぎゅっぎゅと体の血液の濃度が上がってずいぶんにごった気分になってしまう。日が長くなって、夕方少し薄い夕焼けに染まった空を見ながら、走っているとからだがほぐれ、あたたかくもなり汗もたくさん出た。すっきりした。走り終えるとシュンタも野球から帰っていた。シュンタにはごくろうさまと、ハンバーガーをもらっていた。ぼくにはなかった。ぼくは働いてきたのであるけど、野球をがんばっている子のほうがえらいのだろうか。おなかがすいた。今から夕飯を食べよう。間食しないほうが夕飯はおいしいのである。 |
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2004年02月28日 18時27分17秒
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| 豚キムチ丼 |
| 今日はおにぎりを持っていかなかったので、昼飯を吉野家に食べに行った。牛丼が消えてからはじめての吉野家だった。12時10分くらいに国道沿いの吉野家に入った。平日のその時間帯であれば本来なら吉野家は満員のはずだった。しかし牛丼の消えた吉野屋は駐車場に車が数台ポツリポツリと止まっていて、店内も外から見るとなぜかずいぶん暗く感じた。もしかしたら、吉野家は今日は休みではないかと思ったが、店に入るとやっていた。客は4人ほどいた。店員のパート女性も4人ほどいた。もらい泣きしてしまいそうなくらいさびしい風景だった。マーボー丼と、いくら丼と、豚キムチ丼、カレー丼、一日中やっている朝定食、がメニューだった。牛丼はなかった。ぼくは豚キムチ丼450円を注文した。吉野家の店内で豚キムチ丼を食べるのは、奇妙な感じがした。歯ごたえのある豚肉と、キムチたっぷりの豚キムチ丼はものめずらしくて食べたが、しかしもう一度食べたいとも思わなかった。先週食べたすき家の豚丼のほうが、値段も安く、味もよいように思った。むしろ朝定食の納豆ごはんで370円でも食べればよかったかな、とも思った。豚キムチはおなかにもたれた。午後はずっと膨満感があった。 |
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2004年02月27日 22時21分00秒
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| ネレラレル |
| 夜会社から帰るとき、風がつめたかった。冷たい風が吹いて、空はきれいに澄んでいた。星がいくつかでていた。オリオン座、くらいは知っている。ほかはよくしらない。しかし、星が見える夜はきれいである。つめたい風も気にならない。冷たい風も、すでにそのはじっこのほうは少し春を感じる。帰る時刻は夜だったが、夜になる時間は少しずつ遅くなっている。家に帰って、きょうもまたてんちゃんを部屋の中で散歩させて遊ぶ。10分くらいしてからカゴに戻すと、Qがモットテンチャンとアソブ!と泣いてじたばたする。Qといっしょに風呂に入る。昨日もおとといも、寝るとき、「おとうさんはおしっこに行く」、といって、すぐにQをひとりにさせたら、オトウサンオシッコマダカナーとつぶやきながらひとりで寝てしまった。Qはえらいな、かっこいいな、ひとりで寝れるもんな、と風呂の中でおだてたら、Qはすっかり喜んで、今日もひとりでネレラレル!とはりきっている。はりきっているけど、今はペチカとシュンタといっしょに「エースをねらえ!」を見ている。今夜は無事にひとりでネレラレルだろうか。 |
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2004年02月26日 21時29分34秒
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| てんちゃん |
| 買ってきたばかりのころは、カゴのすきまから出てこられるのではないかと思ったほど小さかったジャンガリアンハムスターのてんちゃんは、着実に大きくなってきている。2月14日にきたのでまもなく2週間になろうとしているが、ハムスターの2週間は人間の数年分に相当するのではないかと思う。今回はぼくよりも、チカが手塩にかけて育てていて、ペチカは毎晩、てんちゃんをカゴの外に出して部屋の中で散歩をさせている。手のひらにもものおじせず乗っかって、とてもよくなれている。先日古本屋で、「ハムスターの研究レポート」というマンガを買ってきた。前持っていたけど、引越しの時に、処分してしまったので、久しぶりに読んだらやっぱりすごく面白い。ハムスターマンガというのは、いろいろあるように思う、「とっとこハム太郎」などが有名であるが、やはり元祖はこの「ハム研」である。ハム太郎というのは、たまにアニメをちらりと見たことがあるが、ハムスターの生態についていうならばいい加減な話である。ただかわいらしいハムスターの見かけによりかかっているだけであるようにも思う。大雪師走の「ハムスターの研究レポート」は、ハムスターへの愛と、愛にもとずく深い観察と、なおかつ、ハムスターによりかからずに、マンガそのものが、とても面白い。ペチカも喜んで読んでいる。動物嫌いなシュンタもよろこんで読んでいる。シュンタはマンガならなんだってよろこんで読むのである。今夜もてんちゃんは、タタミの部屋で散歩をした。 |
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2004年02月25日 21時09分39秒
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| 今日のおにぎり |
| 昼はおにぎりを持っていっているが、今日は昼に会社にいたので、会社の先輩から「昼飯を食いに行こう」といわれた。「でもぼくは、おにぎり持ってきているのです」と答えたが、「お前はそういうやつか」といわれたので、そうまでいわれておにぎりに固執することもないと思い、いっしょに、トンカツ定食を食べた。トンカツ定食でキャベツを2回おかわりした。おなかが重たい午後だった。夜ご飯はおにぎりを食べるから、少なく炊いておくようにと家に電話をした。そして夕方、帰ろうとしたら、今度は別の人に、「飲みにいこう」と誘われて、「いやぼくは夕飯におにぎりを食べるので」、と断ろうとしたら、お前はそういうやつかといわれたので、そうまでいわれておにぎりに固執することもないと思い、いっしょに、居酒屋に行った。この前、酒を飲みにいったとき、翌日高熱を発し3日間寝込んだので、本日は、お湯割をいっぱいだけ慎重に飲んだ。そして、いろいろつまんでいたら、おなかがふくれた。おにぎりはもはや入る余地はなかった。帰りは8時過ぎだったのでちょうどシュンタの空手の練習の終わる時間なので、迎えに行く。そして家に帰って、おみやげに子供たちにおにぎりをプレゼントした。しかし、Qもシュンタも、白いおにぎりは好きであるが、ゴマとかいろいろなものをまぶしたものは嫌いなので食べようとしない。すでに夕飯を終了していたペチカが喜んで、おにぎりを一個まるまる食べようとしたが、ペチカの旺盛な食欲を心配した妻が途中で取り上げた。ぼくは一口ぶんの残ったおにぎりを食べた。 |
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2004年02月24日 21時38分02秒
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| ねるQ |
| 会社から帰ると、みんな忙しくしていた。夕食にはぼくの横にQだけが寄って来た。Qに今日はお昼寝したかとたずねたら、少し考えて、「ちょっとまってて、おかあさんにきいてくる」、とペチカの宿題を見ている妻のところへ走っていった。そして、おとーさん、Qおひるねしたって!と叫んで戻ってきた。自分が昼寝したかどうかよくわからないのだろうか。昼寝をするので、いつも10時くらいまで寝ない。でも朝はみんなとほぼ同じ朝7時におきてしまう。そうすると、昼間眠ってしまう。昼間眠ると、夜は10時すぎまで眠れない。9時半くらいに、布団に転がって、絵本を読んで、ふたりでお祈りをして、横になるけど、なかなか寝ない。でも、目をぎゅっとつぶって寝る努力をする顔はとてもかわいい。そして30分くらいかけてようやく眠る。そうやってむりやりに眠らせないで、寝るまで起こしておいたほうが朝遅くまで寝ていて、結果として昼寝はしないのではないかと、いう意見もあるが、いつまでも起こしておくといつまでも寝ないのではないかという気もする。そして朝ゆっくり起きて昼間は昼寝しなくて、夜は毎晩12時くらいまで起きているような子になっても、よくないと思うので、本来ならもう30分は早く寝てほしいところであるが、10時までに父親の権限でQを眠らせるのである。しかし、いつも必ずおとうさんと寝る!といってくれるのでうれしい。 |
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2004年02月23日 22時19分11秒
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| 雨のにおいのする日曜日 |
| 今朝は多少くもっていた。雨のにおいがして道路が少ししめっていた。ペチカとQをつれて教会にいった。礼拝が終わってごはんを食べて、となりの公園でQとペチカと、何人かの子供といっしょに遊んだ。とても楽しかった。シュンタは野球で、妻は、シュンタの試合を見に行った。教会から帰っても、まだシュンタと妻はもちろん帰っていなかったが、今日は夕方はやめに帰ってきたのでこれからシュンタとキャッチボールに行く。 |
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2004年02月22日 17時40分34秒
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| ほぼ初夏のような土曜日 |
| 今朝は6時に目がさめたので、ひさしぶりの早朝ジョギングをする。走り始めてすぐに夜が明けた。ひさしぶりの光景であり、このところあたたかくもあるので、とても気持ちのよい朝だった。今日は土曜日だけど会社があった。倉庫の整理をした。年間何度も何度も倉庫の整理と研修ばかりして土曜日は出勤することが多いのである。今日の整理はかなりはげしい肉体労働だった。一日中よい運動だった。空は雲ひとつなく青い空がひろがり、季節はもはや夏の始まりではないかと思うような天気だった。不要な荷物の出し入れをしているうちに、汗をかいてきて、Tシャツになってはたらいた。夕方4時までTシャツだった。ようやく倉庫整理が終わり、事務所に帰った。事務所でTシャツを脱いでトレーナーを着た。ふと後ろをふりむくと、休日出勤で経理関係の仕事をしている50歳を少し過ぎた先輩の女性がパソコンの画面を見つめていた。「あ、着替えているとこ見てました?」とぼくはにこやかにたずねた。女の先輩は、「若い女の子が事務所にいたら絶対に、着替えたりなんかしないくせに」と、先輩はぼそっと不機嫌そうな声で言った。「うーん、それはむずかしい問題です、いろいろ状況によると思うんですが、ええと、たとえば・・・」とぼくはぶつぶつひとりごとみたいにつぶやいた。「ぶつぶつうるさい」と怒られた。会社から帰ったら、まだ日は沈んでおらず、よい天気は続いていて、このまま日が暮れるまで、家の中にいるのは悲しかったので、Qをつれて公園に行った。Qは日が暮れても、「Qはカエラナーイ!」といいながら何度も何度も何度もすべり台をしていた。最後にむりやり肩に乗せて帰った。暴れられた。足腰の訓練になった。一日中よく体を動かした。 |
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2004年02月21日 18時20分21秒
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| とんどん |
| ここ最近、すき家の豚丼を食べたいと思っていた。すき家の豚丼は、牛丼が販売中止になって、急遽誕生したメニューである。仕事中よくすき家の横を通ると、豚丼ののぼりがはためいていて、いったいどのような食べ物であろうかと非常に関心を持って見ていたのだ。そこで今日はおにぎりを持っていくのをやめて、昼飯はすき家に行くことにした。豚丼280円。しかし少しぜいたくをして、ハーブチーズ豚丼360円を注文した。みかけは従来の牛丼とほとんどかわらなかった。豚肉はとてもやわらかく、しかし、牛丼のようなブヨブヨギトギトなやわらかさではなく、とてもあっさりとして、牛丼よりも食べやすくておいしいように思った。食べたいものを無事食べ終えて本日はとてもよかった。それにしても今日もまたあたたかい。手袋がいらない。思い切り自転車をこいで家にかえると、背中が軽く汗ばみチクチクしてきた。 |
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2004年02月20日 22時10分13秒
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| 前進について |
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ここ数日暖かい日が続いている。また寒さがぶり返すこともあるだろうけど、毎日少しづつ春が近づいている。こういうふうに、少しずつ前進する感じはよい。四季はくるくるまわっている。だから、つねに春に向かって夏に向かって秋に向かって冬に向かって前進しているといえばそうだけど、春への前進というのが一番、前進らしい前進であるように思う。そして季節の前進にあわせて自分もまた前進していこうと思う。前進の気持ちを持って、今日一日出会う人に接しようと朝考え、正直いって会社には嫌いな人もいっぱいいるけど、でもぼくは前進したのだ。 今読んでいる本は教文館より出ている「内村鑑三聖書注解全集第二巻」で、出エジプト記について内村鑑三がいろいろ述べている文章を集めた巻である。文語的な文章ではじめの数ページ読むまで、頭になかなか言葉が入らなくて10ページくらい読んでいると面白くなってくるのだけど、今度は眠くなってきたりする。でも少しずつ読んでいる。所有しているのは3巻までであるが、たぶん図書館には置いてあると思うので、いつになるかわからないけど、全17巻を読破したいと思う。 で、この本で、 「人は信仰の進むに従い隣人の風説を慎むに至る。キリストの光に照らされたるものは隣人の悪をことごとく自己内心に発見し、したがっていたずらにこれを議するを得なくなるのである。世にはいまだかつて人の悪を口にせざるのみならず、その善をいわんとするにあたりてもことの重大なるをおもんぱかり必ず一たび言を止むる人がある。これ実に信者らしき態度である。信仰の程度は他人の悪を口にするの程度をもって測ることができる。」 ということが書いてあった。別にこれだけ書いているわけではないが。 内村鑑三の伝記を読むとやたらと人の悪をさばきまくっている人ではないかとも思わなくもないけど、この人の矛盾だらけでそこらじゅうにぶつかっているところは深く尊敬する。ということで、また明日も前進しよう。 |
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2004年02月19日 21時33分16秒
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| うろたえる |
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今日は夕方来社するお客さんがあったので、早めに事務所に戻り、その来客もすぐに話が片付き、早く帰ろうと思っていたら、ぼくのところにある女子社員が寄って来た。そしてぼくに、取り扱い商品について問い合わせをしてきた。しかしぼくはその商品について、よく知らなかったので、他の誰それさんに聞いてくれ、と言った。でもちょっとそっけなさすぎるかな、と思って、もう一度その商品についてわかる範囲の回答をしようと思い、その女子社員の席へいくが、彼女はそこにいない。あれ、と思って、少し待っていたら、目を真っ赤にして席にもどってきた。どうしたのか、とたずねると、いいえなんでもありません、といって、目から涙をポロポロこぼした。なんでもないのに泣くものであろうかと、ぼくがなにか、悪いことを言っただろうか、ときくと、いいえ、けっしてそうではありません、でも朝からいろいろなことがつみかさなって、そして誰に聞いてもなんにも教えてくれなくって、なんだか悲しくなってしまったのですと、そういいながらますます涙をとめどもなく流していた。 そのように仕事中に女子社員に泣かれた経験は、今までに一度もなかったので、ややひるんでしまった。そのとき事務所には数名の女子社員だけしかおらず、ぺいぺいの男性社員は外に出ていて、また役職者は別室で会議をしていたので、事務所内には、男はぼくひとりであった。そして、その女子社員の友達の元気のよい別の女子社員がやってきて、男の人たちが外歩き回っているあいだも女子社員はこうやっていろいろ抱えて泣いているんやで、その点わかってや。と言われた。ぼくも泣きたいような気がすることがしょっちゅうあるのでその点もわかってや、ほんとうに悲しくて悲しい気持ちのときは毎晩ひとりで日記を書いているんだよ、今度ぜひ読んでくれたまえ、とでもいいたかったが、いわずに、うんうんわかったわかったごめんねと返答した。ごめんなんてとんでもありません、そういうことやないんです。しくしくしく。よっぽどストレスがたまっているのである。かわいそうに。その原因のいくつかはぼくであるかもしれないのだと考えると、ぼくも悲しくなってくる。しくしくしく。しかしぼくの目の前でそのように泣いてくれるというのはある面でいうとぼくを信用しているからこそ、泣くのであって、ぼくのことが嫌いであったら、そんなに正面切って泣くことはないであろうと自分をなぐさめ、その信頼に応え(あるいはあるのかないのかわからない信頼を想定しそれに奮い立ち)、明日からも日々努力しようとも思った。でもいたたまれないので、さっさと帰った。早く帰ったので家族みんなで夕食を食べた。 |
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2004年02月18日 20時15分27秒
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| ニボシ |
| 今日は会社を出たのが8時過ぎだったので、帰りに近所の公民館で空手の練習をしているシュンタを迎えに行った。シュンタはニコニコ笑って空手をしていた。野球をしているときよりも空手をしているほうがのびのびしているように思う。そしてぼくの顔を見ると、野球の時とは違い愛想よく、あ、トーチャンや、と言った。あれ、オレのトーチャンやでえ。と周りの友達に紹介してくれた。今日もやや精神的にしんどい一日であったが、シュンタがとってもノウテンキなので、ほっとする。家に帰ると今日はQも起きていた。ペチカはテンちゃんにニボシをやっていた。テンちゃんはニボシをポリポリ食べた。ニボシを食べて丈夫に育ってほしい。Qは、テンちゃんにぼしたべてるねえ、かわいいー、と言っていた。Qも食べるか、と聞くと、Qはいらないの、と首をふった。 |
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2004年02月17日 21時57分45秒
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| テンちゃん |
| 月曜日はいつもより忙しかった。家に帰るとペチカとシュンタは起きていたがQはすでに寝ていた。Qが部屋の中を歩き回っていないと、今日みたいに少しくたびれて帰宅すると、たとえば妻に少し何か言われると、ややイライラして険悪な雰囲気になる。シュンタに買ってきた、ハワイモデルの50ドルしたスウオッチが故障して、秒針が、うまくまわらなくなってしまったらしい。シュンタがその時計をはめて外に遊びにいったら、何時かわからなくなって、帰るのが遅くなったそうだ。この時計に関してこんなおもちゃみたいな時計を日本円で換算して5000円以上も出して買ってくるなんて、などといわれると、飯を食べていて非常にイヤな気持ちになった。Qがとことこ歩いていると、そういうふうにはならない。Qが寝ていると、とてもさびしい。ジャンガリアンハムスターのテンちゃんはまだかなりの子供であるので、あまり活発に動いていない。指先にのるくらい小さい。ペチカがとてもかわいがっている。スナネズミのスーちゃんはちっともなれなかったけど、今回のテンちゃんは、手のひらに載せても、ものおじしない。小さくて小さくて、ちゃんと大きくなるのであろうかと思うくらい心配である。とてもかわいらしいけど、早く大きくなってほしい。 |
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2004年02月16日 22時16分28秒
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| 聖書のいろいろ |
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今日は日曜日なので、朝からQとペチカをつれて教会に行った。ペチカは子供礼拝が終わったあと、今日は昼から妻と劇団四季のミュージカルを見るために、ひとりで先に教会を出た。今日は、教会で、新しい翻訳の聖書の紹介があった。岩波書店で、今まで分冊で出ていた、新約聖書翻訳委員会訳の新約聖書が一冊にまとめられた本である。以前は、何冊かに分冊で出版されていて、一冊につき3000円ぐらいしていたのが、一冊になって、小型聖書と同じくらいの大きさになり、注釈もいいっぱいついて、4700円である。ヴィトンのカバンよりも劇団四季よりもずっと安いし、しかも、ぼくにとっては非常に価値ある本であるため、礼拝後、申し込んだ。 現在教会で使用している聖書は日本聖書協会の口語訳聖書であるが、聖書はほかにもいろいろ翻訳が出ていて、読み比べてみたりすると、よくわからない箇所の意味がわかることもある。聖書をまともにはじめて読んだのは、大学生の時であり、思想史の授業でキリスト教について触れられてよくわからなかったので、岩波文庫の塚本虎二個人訳の「福音書」を購入した。家にはなぜか、口語訳の詩篇付き新約聖書というものが、だれがもらってきたのか、置いてあったが、読んでもいまひとつピンとこなかった。しかし、この塚本訳は、補足文が小さな文字になっていて、注釈なしに、キリスト教初心者の人が読んでも読みやすい本だった。訳者の塚本虎二は内村鑑三の弟子の無教会キリスト教徒である。この本のあとがきにも内村先生云々と書かれていて、それで、内村鑑三の名前を知り、著作を読み、キリスト教に関心を持つことになった。それから注釈がいっぱいの学術文庫の共同訳「新約聖書」を読み、はじめて新約聖書全部を読み通し、そして通った教会では、新改訳聖書を使用した。購入した新改訳聖書は引照付き、というもので、新約聖書のこの言葉は、旧約聖書のどこからの引用であるというのが、数字で示されてわかりやすい。そしてぼくは教会に行くのはやめてしまったけど、この聖書を何度も読んだ。さらに新共同訳という聖書が一般的であると知り、これも購入して読んだ。そして去年、十数年ぶりに再び足を踏み入れた教会では、口語訳を使用していたので、これは今あまり本屋で一般的には売っていないのであるが、たまたま九州の妻の実家の近所の古本屋で300円で売られていたのを購入した。この購入した聖書のカバーはぼろぼろで、はずしてしまったが、30数年くらい前の発行と書いてある。しかし、中身は若干紙が黄ばんでいるもののあまりまともに読まれた形跡がない。きれいである。しっかり、ボロボロになるまで読むようにしようと思っている。そして読むからには、よりよく理解をしたいのである。ということで、本日岩波訳新約聖書を申し込んだのである。 昼からはQとふたりきりだった。冷たい風の吹く中、Qはキャッキャと笑って、公園の滑り台を何度も何度も滑っていた。そして図書館に行って、動物の絵本を借りた。Qはひらがなを読めるのがうれしくて、図書館の本棚の、本のひらがなでタイトルのかかれた絵本の背表紙を声に出して読んでいた。自転車に乗せて、外を走ると、ひらがなの看板をみては、声に出して読み上げていた。Qにとってまたさらに世界は新鮮であろうと思う。見習おう。 ところで、昨夜、文芸春秋掲載の「蹴りたい背中」と「蛇にピアス」を読めるかなと思って読み始めたら、一晩で2作とも読んでしまった。蛇にピアスはとても読んでいて、唇やら舌やらまぶたやらが、チクチク痛くなってくるような作品だった。しかし、あまり感情移入できなかった。「蹴りたい背中」というのは高校生が主人公の作品だった。理科の実験で先生が、適当に5人に分かれて、というときの適当の苦しさ、とか、夏休みのスケジュールが埋まらない不安であるとか、ちまちましたと地味なんだけど、こっちのほうが好きな小説だった。今度「インストール」も読もうかなあ、と思う。けど、ちょっと恥ずかしい。二人ともこのあとどんな作家になるんだろう。わざわざ文芸春秋まで買って読んでしまったので、知り合いみたいな気がしてきた。 |
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2004年02月15日 17時55分33秒
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| 本の話 |
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午前中は、1時間ジョギングをしたあと、灯油を買いに行き、そのあと、ビデオ屋でQの借りたポケモンとライオンキング2のビデオを返しにいった。ポケモンのビデオは、再生しても、青い画面ばかりで、まったく映らなかったらしいので文句を言っておいてくれと妻に言われたので、その旨を店員に伝えた。料金が戻ってくるのではないかと期待したが、問題ない同じビデオをもう一週間貸しましょうと言われた。もう一回返しにくるのが面倒なので、今回のビデオはうちのせいで映らなくなったのではなく、すでに借りた時点で故障していたのだということを確認してそのまま帰った。しかしひとりで出かけたので、本屋で立ち読みをした。今月号の「文芸春秋」は、史上最年少芥川賞作品が2作とも全文掲載されているというので、100万部売れたそうだ。金原ひとみや綿矢りさの本を買おうと思ってもちょっと恥ずかしいけど、でもどんな小説なんだろうとこっそり買う中高年を中心に、今月号の文芸春秋は売れているのだそうだ。世の中はミーハーな人が多いのである。そしてぼくもまた文芸春秋を手にとりレジに持っていった。文芸春秋なんて生まれて初めて買った。今月号が100万部売れるはずである。しかし、この2作家はおもしろいのだろうか。 もしかすると芥川賞は面白くなくてもいいのかもしれなくて、おもしろいと直木賞になってしまうのかもしれない。芥川賞で読んだことのある作家は誰だろう。ぱっと思い浮かぶのは「超芸術トマソン」とか「老人力」の赤瀬川原平の別名の尾辻克彦の「父が消えた」とか、村上龍の「限りなく透明に近いブルー」。尾辻克彦のなんだかだらだらしているようでいつのまにかどこかしらない世界につれていかれてしまうような文章と、村上龍のカギカッコのない会話文になぜか非常に感動した記憶がある。あと、元史上最年少受賞者の丸山健二のエッセイは、とても不機嫌で、女子供が嫌いで、犬を自分勝手に愛して、ヘンクツなところが魅力的に感じて読んでいたこともあった。受賞作はものすごく地味な死刑囚のいる刑務所の看守の話だったように思う。華々しくないけど、高校生のころ夏休み前のヒマなときこの作品を図書館で読んだ記憶がなぜかしっかり残っている。一番よく読んだ芥川賞作家というと、遠藤周作であると思う。高校生の時、夏休みの宿題で、「沈黙」を無理やり読まされて、そのため敬遠していたが、20代の半ばころ、とても熱心に読んだ。「侍」とか「死海のほとり」とか「銃と十字架(これは隠れた名作であると思う)」などまた読み返したい作家である。あとはあんまり読んだことはない。大江健三郎も、よくわからない。MTと森のフシギのなんとかというのは、なんとか読んだが、新しい人よなんとか、とか、実のところぼくの脳みそではさっぱりわからないのである。石原慎太郎は、産経新聞のエッセイしか読んだことはない。いや、義理の父の書棚に「スパルタ教育」という石原慎太郎の大昔のエッセイがあったのを勝手にナナメ読みした。これは、笑えるところが多々ある。あまりマジメに読むとこわい。ほかにも芥川賞作品は何冊か読んだとは思うけど、覚えていない。 直木賞というとさらに読んでいないように思うが、今回の直木賞を受賞した江國香織は、ぼくは何冊か読んだことがある。あんまり自分と関係ない世界のように感じるが、この作家は文章と言葉の選択がとてもいいと思う。ぼくもできることなら江國香織の小説に出てくる品がよくて透明な女の子になりたいとか、そういう気持ち悪いことをふと思ったりしてしまうくらいである。テレビでこの人がヨーロッパの好きな画家に会いに行って、30半ばをすぎてもとっても、なんというか、ブリブリしていた印象があった。そういう感じの人は、でも、ぼくはちょっと好きである。だから今回、江國香織が直木賞を受賞したことは、ミーハー的にうれしい。しかしそういいながら、受賞作は読んでいないけど。そして今日購入した文芸春秋も年内に無事読み終えるかどうかというところかもしれない。しかし、本はつねに適当にいろいろ読んでいる。わりとうじうじとした国産純文学や、フルマラソン的にじわじわ読む世界文学や、単純な神経を刺激される泣ける歴史ものや、ガンコで古めかしい宗教書が好きである。本を読むことのすばらしさについて、芥川賞とも直木賞とも無縁の村上春樹の小説やエッセイから多大に教えられることが多かったと思う。教えられていながら、その作品を充分に理解しているかというとそれはまたむずかしいのである。でも10代のころからずっと好きな作家がいるというのは幸福なことである。 昼から、やはりどうしてもハムスターを飼育したい、真夜中ひとりでいる時のお供にはハムスターは必要であるという旨を妻に申し立て、理解を得たので、ペチカとQと妻と4人で、ハムスターを買いに行った。ジャンガリアンハムスターのブルーサファイアという種類の生まれたばかりの小さなオスである。長生きしてほしいものである。まだ子供なので、臆することなく、ペチカの手のひらに乗っかってきょうからあたらしく住む家を不思議そうにながめていた。 |
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2004年02月14日 18時07分32秒
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| あいうえお表効果 |
| Qのために描いたあいうえお表により、Qはようやくひらがなを読むことができるようになった。役立ってとてもうれしい。今度はカタカナ版を作ろうかな。うちに遊びに来たQのともだちのお母さんがあいうえお表のイラストがうまいとほめていたそうだ。きっと、Qちゃんのおとうさんは、子供のためにあいうえお表まで描いてあげて、とてもいいおとうさんだ、と夕飯を食べながら、ダンナさんに話しているにちがいない。ぼくはとてもいいおとうさんであり、よき夫である。近くにいるとよくわからないのだろう。ナスカの地上絵みたいなもんで、空高くから離れてみないと、わけわかんないのである。近くにいても、つねに、大きな愛で、見つめられたいものである。せめてぼくはそのような観点で家族を愛そうと思う。 |
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2004年02月13日 21時42分05秒
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| チョコ |
| 今日ラジオをきいていたら、バレンタインデーの話をしていた。バレンタオンデーは今年は土曜日だから、あまり盛り上がらないのかと思いきや、デパートのチョコ売り場は大盛況なのだそうだ。ぼくはチョコレートはとても好きであるけど、バレンタインデーにはあまりもらったことがない。過去二年の日記を振り返ってみたが、このバレンタインデーに関してとくべつの言及がない。たしか会社でも義理チョコの風習はなかったように思う。しかしぼくの知らないところで義理チョコは行き交っているのかもしれない。ぼくだけがもらえないのかもしれない。もらえないかもしれないけど、ハワイでマカダミアナッツ入りのチョコレートとワサビ味とニンニク味のマカダミアナッツの缶詰をそれぞれ5箱ほど買ってきている。そして近所の人にいるかときくと、チョコよりナッツの方が好評であったので、チョコは丸々残っている。だからバレンタインデーでもらえなくても別に気にしない。ペチカは毎年この時期せっせとクッキーなどを作ったりしていたが、ことしはずぼらをかましてなにもしていないようだ。それはなにも内緒で作成しているというのではなく、裏表なく、なんにもしていないようだ。そういえば昨日シュンタ含め4名の小学三年生をクルマに乗せたが、みんなバレンタインデーのチョコレートの話ばかりしていた。ぼくも小学校の時はちょっと気になった。でももらったことはなかった。高校生の時に一回もらったくらいだった。そのチョコレートをくれた女の子はカリメロみたいな丸くて小さな女の子であったが、シャキシャキしていて、賢い感じの子であった。ああいう賢くてシャキシャキした子と、もっと親しく友達になれたらよかったのだけど、ぼくは陰気な高校生であったので、そういうせっかくのチャンスを有効に生かすことができなかった。ぼくの高校はそのまま大学までつながっていたので、その子とも同じ大学に行ったのだけど、大学に入るとその子はすぐに、付属からあがってきたのではない同級生と同棲して妊娠して妊娠したけど、子供は生まれなくて、でもそのまま結婚して学校をやめてしまった。そうやって、いろいろな人がぼくの前を通り過ぎていくのである。でもぼくの前には通り過ぎる人じたいあんまりいなかったようにも思う。けっこう人通りの少ない通りを歩きつづけているような木がしないでもない。だからチョコレートももらえないので、夜、社員旅行で買ってきたマカダミアナッツチョコレートをひとりでつまむのである。 |
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2004年02月12日 21時59分25秒
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| 休日 |
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朝起きて一時間ほど走る。久しぶりに走る。帰ってからQとふたりで近所のペット屋に行く。ペット屋にぼくはハムスターを見に行こうと思った。近日中に購入しようと考えている。ゴールデンにするか、ジャンガリアンにするか、検討中である。Qはカメレオンを見るの!と、喜んでついてきたが、カメレオンなんて売ってるだろうかと思っていたけど、しっかり売っていた。2万円弱くらいで、30センチくらいの大きなカメレオンが売っていた。Qは大喜びでカメレオンを見つめていた。カメレオンというのは、一種類のえさではすぐに飽きてしまい、いろいろな種類の虫を食べないと、あっというまに拒食症になって死んでしまうと、飼育雑誌で読んだことがある。かなりデリケートな動物らしい。ぼくはこういう難解な動物を無理して飼育しようという気持ちにはならない。野生で元気に生きていればいいと思う。Qはあまり哺乳動物には関心を寄せず、カメレオンやいろいろな種類のトカゲの水槽にべたりと顔をくっつけていた。そして、海水魚のコーナーで、イソギンチャクの隙間をスイスイ泳ぐとクマノミを見つけ、「ニモニモ!」と大騒ぎをしていた。クマノミは750円で売られていた。ハムスターより安かった。しかし、飼育設備はかなりむずかしいだろうと思う。こういう魚も、野生で元気に生きていればいいと思う。750円で販売しないで、75000円くらいで販売したほうがよいのではないかと思う。海水の入った水槽は塩味がするのか、Qがポケーっとした顔をしてニモを見ながら、ガラスをペロンとなめていたので、コラ、としかって、家に帰った。今回もまたハムスター購入を思いとどまった。250円でハツカネズミも売っていた。これもかわいらしかった。でもたぶんこのハツカネズミは、コオロギなんかといっしょに並んで販売されていたので、おそらくペット用というよりも、爬虫類のエサ用なのではないかと思う。でもハツカネズミはかしこそうな顔をして、水槽のガラス越しに、ぼくの指先に寄ってくるのだった。 昼からは、シュンタの野球の手伝いで、試合の遠征先まで、クルマ出しをした。シュンタを含め4人の子を乗せて試合会場まで運んだ。12時に出発して夕方5時まで拘束された。しかもシュンタは、試合にはほとんど出なかった。補欠チームのリーダーとして、元気にグランドのすみで練習していた。なんで補欠チームのリーダーかというと、シュンタのほかの同級生は、みんな上級生の試合に参加して少なくともベンチ入りはしていたのだ。しかしシュンタは元気に補欠チームのリーダーであった。そして、一試合だけちらりと出た。それはそれで元気にがんばっているので、まあいいけど、でも、待っている時間が長く、ハワイ帰りのぼくとしては、2月のグランドの隅っこはとても寒かった。シュンタが練習している間、グランドから離れたベンチに腰をおろし、読書にはげんだ。ミッションバラバ、という、元ヤクザでクリスチャンとして生まれ変わって、伝道に励んでいる人たちの書いた本「刺青クリスチャン 親分はイエス様」(講談社α文庫)を一冊読んだ。徹底的にヤクザで悪いことしてきた人は、変わるときは徹底的に変わるのだなあ、と彼らのヤクザ時代の写真と伝道者になってからの平和に満ちてニコニコした写真を見比べて感銘を受けた。自分を振り返りなんて生ぬるい日々を送っているのだろうと思う。しかし、こういう、休日の午後にこの本を読めたことはそれはそれで、心が満たされたのでよかった。でもおなかがすいたのでハワイみやげのマカダミアナッツワサビ味をつまんで食べて食べ過ぎてややおなかがもたれる。シュンタの練習(およびわずかな試合)時間中は、ぼくは孤独であったが、行き帰りのクルマの中では子供たちといろいろ話すことができて楽しかった。小学生の3年生は、まだまだかわいらしかった。 |
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2004年02月11日 19時53分48秒
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| 小さな積み重ね |
| 会社の事務所の中は今もまだウイルスが居座っている。多数の人が風邪をひいている。風邪にはあたためたコーラが効くときいたことがあるが本当だろうか。風邪にはハワイ旅行もなかなかいいと思っていたが、ハワイから帰ってきた人もけっこうズルズル鼻水を流している。ぼくはとても元気だ。明日は、休みであるが、シュンタの野球でクルマ出しを頼まれたので、行くこととなった。基本的には日曜日は教会に行くので、野球の手伝いはしたくはないので、こういうときに、顔を出して手伝っておこうと思う。しかし、もっと正々堂々となにも手伝わないおとうさんおかあさんだっていると思う。ぼくはなんだかんだいったって、とってもよく協力しているように思う。それなのに、ぼくがあまりシュンタに協力しないから、シュンタの野球が下手なのだとかいわれる。へんないいがかりであると思う。ぼくは正当に評価されていないと思う。決して子供や妻に対して無関心ではないと思う。ハワイに行っても、言われたおみやげを一生懸命さがした。おみやげを指定して頼むなんていうのはぼくの考えからいうとあまり品のよい態度ではないと思うので、ぼくはぜったいに逆の立場では、そういう要求をしないが、それでも、頼まれれば、きちんと約束を守って分不相応な高級バッグでも買ってくる。よそのおとうさんはどうだこうだ、とほめたたえるくせに、どうして自分の夫を正当に評価できないのだろう。ぼくは今まで、なにか家族に迷惑をかけただろうか。日曜日の午前中に教会の礼拝に出席する以外になにかほかに要求することがあるだろうか。信仰上のことについて侵害されない限り、ぼくは喜んで、家族のために尽くして行こうと思うのである。小さな積み重ねが大事である。 |
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2004年02月10日 21時31分24秒
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| さむい |
| 昨日は飛行機の中で9時間半、時差ぼけ対策のためにひたすら起きていた。ハワイ発2月7日12時で、こちらにもどったのは2月8日4時半、時差19時間で飛行時間9時間半である。本を読んで、一冊まるまる読んで、ずっと眠らずにいた。だから昨日はよく眠れた。時差ぼけもなく、すっきりしている。そして、先週の今ごろは、そういえばセキが出てしょうがないのに、いつのまにかセキがでなくなった。南国は、病原菌も殺すのだろうか。それにしてもさむい。 |
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2004年02月09日 22時07分04秒
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| ハワイ |
| 19時間ほど時間をさかのぼりハワイに行った。ハワイには2月4日の夜出発したのに、2月4日の朝10時についた。長い長い2月4日だった。ハワイは日本人がたくさんいた。繁華街はどこでも日本語が通じて、店の看板も日本語で書かれているものが多かった。妻に頼まれたので、ルイヴィトンのバッグを買った。そこの店員もとても愛想のよい人で、日本語でテキパキと応じてくれ、無事に買い物ができた。シュンタには、「ハワイらしい男ものの腕時計がほしい、ハワイって書いてあって、ヤシの木の絵とか描いている腕時計」とかいうのを頼まれたのでそんなものは日本の100円ショップで売っているのではないかと思ったが、ちょうどそんな柄の腕時計があったので買った。100円では変えなかった。ペチカはハワイの巻きタオルがほしいというけど、巻きタオルというのは日本の小学生がプールに入るときに、着替えの際使用するボタンつきの腰に巻くタオルであるが、そういうものは今日本のスーパーにはたくさん売っているらしい。ぼくが子供のころはタオルにゴムを通してそのようなものを家で作ってもらったように思う。ハワイには残念ながら、そういうものはうってなかったので、ハワイという文字とフラダンスをしている女の人のイラストが描かれたバスタオルをABCストアで買った。それから、ペチカとシュンタとQにアラモアナショッピングセンターでアロハシャツ一枚ずつと、10ドルのおもちゃのウクレレを買った。ワイキキビーチで泳ぎ、ダイアモンドヘッドのてっぺんまで登った。JTBの巡回バスに乗り、石原裕次郎と美空ひばりのBGMがかかるバスに乗って、夜景を見に行った。ふらふらとあまり目的もなく街中を歩いた。夜は社員旅行らしく酒乱のバカな人が数名いるので、そういう人の部屋へ行くのは適切に避けた。これはよかった。自分自身よくやったと思う。ハワイまできてどうして仕事の愚痴と人の悪口を言うのだろう。そういうことを言わない人を選んで、多少は付き合う。おおむね静かな夜だった。帰りは土曜日の昼に飛行機に乗ったが、一度も日が暮れずに9時間かけて帰ってくると、日曜の夕方だった。あしたからまた仕事である。ハワイに行った人たちとまた仕事である。ハワイはあたたかくて、海に浮かぶのはいい感じだった。観光地をぶらぶら歩くのは、ここちよくもあった。でも社員旅行で、なにかとめんどくさい部分もあった。帰ってからウクレレは子供たちに人気があった。 |
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2004年02月08日 21時53分45秒
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| ハワイ |
| 明日からハワイである。仕事を終えてそのまま夜の便で関空から出発。なにも準備をしていないので今からしなければ。ハワイってどんなところか知らないので、野田貢次著「超絶ハワイ術」(光文社知恵の森文庫)という本を買ってきた。字ばっかりの旅行記風ガイドブックである。旅行記とかガイドブックというのは、ふだん旅行に行かないので、けっこうねたみ深い性格なので、くやしくて他人が語るそういう本などは読みたくないのであるが、あしたからハワイだと思うと、非常に興味深く読める。文章も面白い。飛行機の中でゆっくり読もう。ハワイはきっとあたたかいだろう。 |
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2004年02月03日 20時39分26秒
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| 本日の潜水訓練 |
| 雨降りの朝。雨の隙間を縫って会社に行く。行きも帰りも雨に降られなかった。雨の午前はねっとりしている。ぼくの会社の人間関係もねっとりしている。しかし人間関係というのはくたびれるところがある。いらいらしたので、今日は、後輩2名におれはいらいらしているのであるということをブツブツ営業中に電話をして語った。ぼくもまたねっとりした先輩なのだろうか。反省する。うっぷんを晴らすというのはむなしいのである。ぼくはそうとうにムカッ腹を立てやすい。この人間性を変えたい。変える。決めた。いつも心にキリストを思うのである。毎朝、どうか人と接するにあたり、つねに神様が間にいてくださいますようにと祈る。朝の祈りを一日中忘れないようにと、いいながら、会社に行ってまずねっとり言われると、それだけでイライラしてくる。イヤミな姑的な愚痴ばかりこぼしている自分より目上の人間を見てぶん殴りたくなる。しかし今帰宅して、静かに一人でいると、さっぱりした気持ちになる。渦中に入ると冷静さをすぐに見失う。潜水訓練。ざぶんと日常に飛び込む。あたふたすれば、窒息してしまう。ざぶん。そして潜水訓練は数をこなせば上達するのだ。あしたも元気に働こう。 |
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2004年02月02日 21時19分08秒
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| 2月はじめの日曜 |
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2月はじめの日曜日、ペチカとQをつれて教会に行く。シュンタは野球、妻は忙しい。先週はインフルエンザで、先々週は、会社の後輩の結婚式であったため、教会に行くのはひさしぶりな感じだった。今日は会場係りを担当した。いつもよりきちんとした服装をして、礼拝の間中、受付のそばに立って、子供の監督や、電話番や、はじめての訪問者のご案内をする係りであるが、とくに何事も起こらず、受付の横に立っていた。何人かの人が、風邪はもう大丈夫ですかとぼくの体を心配してくれた。そのように、やさしい言葉をかけてもらうことは家でも会社でもないので、ぼくは素直にうれしいので、ぼくもそのように出会う人ひとりひとりにやさしい言葉をかけられる人になりたい。教会に来ている人たちは年齢を問わずとてもきらきらとしたよい顔をしている人が多い。きらきらというのはへんなたとえであるかもしれないけど、自分がひどくくすんでいるように感じてしまうくらい、とても明るい顔をした人が多いように思う。ぼくは軽薄でなおかつ無愛想である。よいとおもうことは、見習おうと思う。「すべて、真実なこと、尊ぶべきこと、すべて正しいこと、すべて純真なこと、すべて愛すべきこと、すべてほまれあること、また、徳といわれるもの、称賛に値するものがあれば、それらのものを心にとめなさい(ピリピ人への手紙4章8節)である。そしてそれを実行して生きるのである。バザーに出したQのベビーカーは無事に必要とされる人のところに渡り、さっそく使ってもらっていた。昼飯はカレーが出たので、3人で食べて帰った。Qは教会でカレーを食べる時間が一番幸せみたいだ。子供礼拝の時はすぐに飽きてしまい、うにゃうにゃうにゃと赤ん坊になる。でかいので、そんな赤ん坊のフリをするQを抱えるのがこのところ少し恥ずかしい。しかし幼稚課の分級がはじまると、ごきげんでおないどしの女の子と仲良く座って工作をする。食事後、教会の横の公園でペチカとQは元気にかけまわっていた。かぜはすっかりよくなったみたいだ。 昼からはペチカは家で留守番、妻とQとで買い物に行く。ぼくはペットショップが好きなので、無理やり妻を連れてペットショップに行く。妻は動物が好きではないので、あまりいい顔をしない。ぼくたちは、なにも共通に好むものはないんだなあ、と思うと少し悲しい。妻は本も読まないし、動物も嫌いだし、ジョギングも腹筋も腕立て伏せも嫌いだし、もしかするとぼくのことも大嫌いだし、教会にも行かない。ああ悲しい。でも、神様は、そういうふたりを結びつけたのである。だから悲しくないのである。ペット屋では、ヨーロッパヌマガメを見た。ヨーロッパでは日本のクサガメと同じくらいありふれたカメなんだろうけど、写真でしかみたことなくて、はじめて実物を見れて感動した。かわいかった。カメもいろいろあるけど、クサガメとか、今日見たヨーロッパヌマガメといった、オーソドックスなカメらしいカメというのは、地味ではあるがとても魅力的だ。 |
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2004年02月01日 18時35分31秒
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