2004年3月の日記です

大切なこと
昼間は京都に行ったが、大渋滞だった。天気もとてもよく、桜がちらほらと咲いていた。渋滞中のクルマの中で、ぼわーんと春だった。ほとんど渋滞を体験しただけのような今日の一日だった。夕方は会社でやめる人がいて、サヨナラを言って、そのあと、席替え。会社の席替えというのは、あまりときめきというものがない。小学生くらいの席替えはけっこうどきどきした。小学校3年生のときは、なんか知らないけど、女の子が校庭で男の子を追いかけて、気に入った子を隣の席にするというわけのわかんない席替え方法をしたことがあった。あのときぼくは同じクラスでありなおかつうちのとなりに住んでいた女の子を好きであって、その子にぜひつかまえてもらいたかった。しかし、その子ではない子につかまえられた。いまから思えばつかまえられただけで、ありがたいことであるけど(だれがつかまえてくれたのかさっぱりおぼえていない)、ああいう席替えを発案した担任の先生というのは何を考えていたのだろう。先生というと、ぼくは素直な少年であったので、先生に対して批判的なものの見方はしたこともなく、先生はえらいものだと信じていたが、今から考えると、けっこう理不尽なことをする先生もいたように思う。思い返すと小学校3年生のときは、好きな女の子と同じクラスであって家もとなりであるということはこのうえもない幸福なことであったが、その他の点であまり楽しかったという思い出がない。先生は思い返したらやはり好きではなかったように思う。好きでないのに記憶に残るというのは少し気に入らないけど。しかし、楽しくないからこそ、数少ない幸福なことが輝いて見えるともいえる。ぼくは幸福な思いをしたことがいくつかある。しかし思い出の多い少ないなど、どんなに多い人でもどんなに少ない人でも、大きな視点で見ればどちらもたかが知れている。ひとつひとつの思いをどれだけ大事にできるかというほうが大切なことだと思う。今日は水曜日なので夜また教会に行った。今月はすべて水曜日の夜の祈祷会に出席することができた。聖書をひとりで読んで読んだ気になっていたが、多数の人と読んで、いろいろな意見を聞くと、自分がいかにさらさらと表面だけを見ているだけだったかということを思い知らされる。出会う出来事のひとつひとつの大切さということは、こういう聖書の学び会のようなところにいくと、よくわかるように思う。
2004年03月31日 22時59分21秒

ごめんね、他の言葉
朝は今日はぼくが一番はじめに目覚めた。妻は熱のため眠っていた。シュンタとQが起きてきたので、3人分の朝食を作って食べた。「なんかいおかあさんと離婚しておれたちだけとりのこされたみたいだね」とシュンタはうきうきした顔で朝食を食べた。Qもなにかひとりでぺちゃくちゃ高い声でしゃべっていて楽しそうだった。妻はしばらくして起きてきて、ごめんね、といった。ごめんね、とか、ありがとう、とか、大好きよ、というようなことをぼくに対してほぼまったく言わないので、たまに、ごめんね、といわれるとぼくは非常にうれしかった。これからは毎日100回くらいごめんね、とか、ありがとう、とか、大好きよ、と言ってもらいたいものだと思った。
2004年03月30日 22時31分22秒

今日は夕方ペチカから、お母さんが熱をだしたから早く帰ってきてね、との内容のメールをもらったので早く帰る。38度の熱が出ているとのことで、布団に横たわっていた。妻が横たわっているあいだ春休みのペチカはQの面倒を見てそうじせんたくごみだしをしてじつによく働いたらしい。シュンタはじゃまにならないように外で遊んでいたらしい。夕飯は、コンビニで弁当を買って食べた。不便であるか便利であるかだけで人を判断してはいけないけど寝られると不便でもある。
2004年03月29日 20時42分30秒

思うところをのべるのはむずかしい
今日は教会に大学の神学部の先生がきて説教をした。しかし礼拝がはじまったとき、受付係の人がぼくの肩をぽんぽんとたたく。そして子供室のQがこけてしまい、机の角に口をぶつけて出血してしまって泣いているのでいっしょにきてくださいというので、子供室に行くと、Qがわんわん泣いていた。その横でいっしょになってペチカがポロポロ泣いていた。Qがかわいそうだからポロポロ泣いてしまったのだそうだ。ぼくはQを抱えて落ち着くまで子供室にいた。それから、Qを抱えて、ロビーに行って、礼拝堂の中には入らずに、説教を聞いた。Qはぼくの腕の中で眠ってしまった。マルコによる福音書14章から、ベタニアの女の信仰についての話を聞いた。一字一句、ベタニアの地名にはじまり、丁寧に時代背景、旧約聖書の関連する章節について、温和でわかりやすい言葉で話をしていた。何度も読んだことのある章であるが、学ぶことが多かった。聖書をこれからもまた何度も読もうと思った。お昼ご飯を食べながら(Qはすっかり元気になりたきこみごはんをどんぶり一杯食べた)、先生を囲んで教会員ひとりひとりが自己紹介と今日の説教の感想を述べた。こういうところで、ぼくは、あまりうまく話せないのである。ただ、いろいろな人が話すことを聞くのはとても好きだ。今日はよい日曜日だった。今週も、しっかり生きようと思う。
2004年03月28日 18時29分13秒

腰痛
今日も展示会があり、3日間ほとんどたちっぱなしだった。腰の調子が悪いので非常に苦しい。横になっても腰はいたいので、眠るのもあまり深く眠れない。そういうときにささいなことでイライラしてしまう。いっしょに立っていた2名に最近の夫婦喧嘩についてきいた。2名とも実家が近所にある人と結婚したので、夫婦喧嘩をすると、奥さんはすぐに自転車で実家に帰ってしまうことが多かったり、奥さんのお母さんが怒鳴り込んできたりいろいろあるそうだ。そして、しばしばくたびれて、仕事をして帰ってくると、自分より何倍も人生を苦しんでいるような不機嫌な顔をして口もきかずにテレビを見ている奥さんに腹を立てて、ケンカになるケースというのは案外多々あるのであるというのを知った。知ったからといって、どうかというと、そういうはなしをたまにはきくのはいいと思う。僕自身の家庭内の問題も打ち明けると、しかしそれはよくあることであると言われた。そのように言われるのは、ぼくは比較的思いつめる傾向にあるので、多少は救われた。それにしてもくたびれた。
2004年03月27日 20時07分16秒

とうめいにはならない
さきほど長く感情的な日記を書いたが、30分して思い直し、削除する。今日は沈黙の夜としよう。
2004年03月26日 22時38分02秒

途上の腰痛
今日は一日立ち仕事だった。展示会があり、一日中ブースに立って、説明員をしていた。腰が痛い。3月14日の日曜日、教会の礼拝中にずっと重たいQを抱えていたのと、その午後に自転車で転倒して以来、ずっと腰と右ひざが痛い。腰が今日はますます痛い。展示会はおそろしくヒマだった。だから同じ会社の人と、無駄話をする機会が多かった。いろいろ話ているとだんだんいいかげんな気持ちになってきてますますくたびれる。どこか山にでもこもりたくなる。しかし、山にこもってでないと保たれない精神状態というのは、ニセモノであると思う。今日はくたびれてしまった。しかし、あしたもあさってもあるが、あしたはまた新しい一日であるのだ。ぼくは時々とても清らかな思いに満たされるような気がすることもある。しかし、それがちょっとした出来事であっというまにかき乱されて、にごってしまう。しかし、このにごっているのがウソではないのである。清らかな思いになるのもウソではないのである。しかしウソではないからといってそれがよいことであるとは思わないのである。途上、である。なにごとも途上である。あしたはまた新しい一日だ。
2004年03月25日 21時52分23秒

パリパリとした鼻の頭
今日は会社の帰りに教会により、祈祷会に出席したため、帰宅が遅くなる。帰ると、ペチカとシュンタは、トリビアの泉を熱心に、妻はそれほどでもないが、でもやっぱりテレビを見ていて、Qだけがおかえり!ととびついてきた。鼻の頭が、乾いた鼻水でパリパリだった。だいぶ元気になった。ぼくがひとりで夕飯を食べているあいだ、向かい側に座って、ずっとおしゃべりしていた。そして、おかずをいくつかつまみぐいした。いっしょにおふとんに入ってねかしつけた。寝る前には、いつもふたりでお祈りをするのである。主の祈りを唱え、「イエスさまが一番」という子供の賛美歌を歌って、寝かしつけた。
2004年03月24日 23時17分03秒

熱Q
夜中にQはなにかうわごとを言って高熱を発したらしい。そして座薬をおしりから入れて、やっとおちついて、しかし、今日も一日、ソファの上で横になっていたそうだ。会社の帰りにスーパーに寄って、スポーツドリンク2リットルボトルを購入。スーパーでは定価330円のその飲み物が188円で売られていた。スーパーというのは安く購入できるところなのだなあと関心した。会社から帰ると、やはりソファに横たわり、テレビを見ていた。両手をあわせて、その上にほっぺたを押し当てて、「おやすみなさいポーズ(?)」でテレビを見ていた。ただいま、といって、Qに顔を近づけたら、ぽーっとしていた。Q、これがだれかわかるか?と、ぼくは自分を指差してQにたずねた。するとQは、ぽーっとした顔で「パパ」と言った。パパ。パパなどと呼ばれたことがない。大丈夫だろうか。心配したら「もうあっちいって」とQに言われた。セキはなくなって、熱も下がってl、ただただぽーっとおやすみなさいポーズでソファに横たわってテレビの「学校へ行こう!」を見ている。もうすぐ元気になりそうだ。
2004年03月23日 20時28分51秒

雨の寒い月曜
朝から雨降りだったが、出勤時間になったときに、雨がやんだので自転車に乗っていった。しかし、会社についてから一日中雨で、帰りは自転車ではなく電車で帰った。しかし、電車に乗って駅につくと、雨はまたやんでいた。明日はもう雨は降らないらしいので、残念なことをした。小ぶりの雨にひるむとなく自転車で帰ってくればよかった。つめたい風が吹いている。気温があがったりさがったり。Qがダウンしてしまった。顔が赤くなって、目が少女漫画のようにうるんでいる。ほらこんなにうるうるしちゃって、と妻が言うのでQの顔をのぞきこもうとしたら、イヤン!といって、顔をかくした。会社から帰ってからずっとQはソファの上でぐったりごろんとしている。ときどきセキをして泣く。シュンタと二人でフロに入った。Qのモノマネをした。ぼくもシュンタもQのようなカン高い声を出すことができないのでぜんぜん似ていなかった。やはり男チーム3人でフロに入らないとさみしい。
2004年03月22日 22時36分23秒

36
妻はシュンタの初公式戦を見に行き、Qの調子が若干悪かったので、ペチカに留守番をしてもらい、今日はひとりで教会に行く。いつもは9時前に行っているが、今日は10時過ぎに行った。Qのともだちの女の子に挨拶をした。Qは微熱を出したので休みです教会学校の先生がとても心配してくれた。実の親よりも心配してくれた。説教はヨハネによる福音書8章後半で、イエスさまを信じた、と書かれているユダヤ人たちが、そのすぐあとで、イエスさまと口論してさらには石まで投げつけようとした。しかしイエスさまは身を隠し、宮から出て行かれた。暴力。ぼくは暴力亭主であったり、暴力親父ではないけど、ひじょうに短気なところがあり、日々たびたび夫婦での口論が絶えない。子供が夜遅くまで騒ぐと不機嫌になることも多々ある。バプテスマをうけてクリスチャンになったのに、何度も何度も同じことを繰り返して、心より妻からバカにされている。ぼくは根が頭が悪いので頭が悪い人間のことを頭が悪いと事実ありのままに指摘されるというのは耐えられないくらい腹が立つのである。ぼくだけが一方的に悪いのだろうか、お前だって悪い、なんだお前のその態度はその顔つきはその口のききかたは、と抑えようとすればするほど、悪念がとめどもなく湧き出てくる。ぼくはそのような人生を送りたくないのである。苦しい苦しいと思いながら今日は説教をきいた。苦しいからぜったいにもうイエスさまと無縁の人生は送りたくないのである。今はレント、という期間なのだそうだ。レントというのは、イースター(復活祭、イエスさまの復活を祝う日、今年は4月11日)に備えて、イースターの前までの40日間(日曜日は除く)のことで、イエスさまの十字架への道の苦しみと死を思い、また主の復活を待ち望む期間、だそうである。そういうことはなんにも知らなかった。十字架のイエスさまのことを思おう。どうしてぼくは日々のどうでもいい軽いさざなみに大きく反応しすぎるのだろう。十字架のイエスさまのことを思おう。そして毎週日曜の礼拝で新たにされ、また、日々の生活に戻っていくのである。

来週は特別伝道礼拝というものがあり、ゲストに大学の聖書学者の先生が来て講演をする。それにあたり、案内のプリントを友人やご近所に配ってくださいと牧師に言われた。帰りに受付の女性教会員の人に、にっこりほほえまれ、プリントを持って帰ってください、といわれたので、素直なぼくは、100枚単位で重ねてある、教会案内のプリントをごそっと手にとった。手にとってから他の人を見たら、100枚単位ではなく10枚くらいしか持っていってない人もいた。100枚ももらって帰って誰に渡したらいいんだろう、と思ったが、いまさらあとに引くのは性格上イヤなので、全部カバンにつめてもって帰った。そして帰りながらうちのマンションの戸数がちょうど100くらいだったな、と思い、帰ってから、ペチカ手伝ってもらって、マンションロビーにならんでいるポストに片っ端からプリントを入れた。誰かこれを見て教会にくる人はいるだろうか。ぼくはそういう案内を目にしたことがなかったので、かなりの勇気をもって飛び込みで教会に行ったのである。もし、キリスト教に関心があって勇気がない人が、このプリントによってポンと背中を押されて、教会にやってくるとしたら、とてもうれしい。

シュンタは公式戦で活躍をしたそうだ。無事一回戦を突破したとのことだ。妻もとてもよろこんでいた。シュンタがもし活躍しなかったらそれはそれは陰気な日曜の午後になるはずだったかもしれないが、みんなよろこんでいた。昼からはQの具合もよくなったので、家族5人でレストランに食事に行った。シュンタの活躍および、ぼくの誕生日であったのである。
2004年03月21日 17時28分22秒

大切
朝ジョギングをする。1時間ほど走る。天気はくもりで少し寒かった。走ってからQと先週買ったスーツを引き取りにいった。スーツを買ったあと、ペットショップと古本屋に行った。雨がふってきた。ペットショップで、Qはリスザルとオウムとおしゃべりをしていた。昼からQが寝たので床屋に行った。待ち時間にずらりと並んでいるマンガ本のうち、「人間交差点」を読むのが好きであるが、今日はすぐに順番がきた。髪を切られているとすぐに眠くなる。よく眠った。床屋の帰りに牛乳2パックと食パン2斤と特売の卵を買ってきてくれといわれたので、スーパーに寄ってきちんと買った。シュークリームも買った。帰宅して、古本屋の100円コーナーで買ったグレイス・ペイリー著、村上春樹訳、「最後の瞬間のすごく大きな変化」(文芸春秋)という短編小説集を読む。使用されている言葉はむずかしくはないけど、よく理解できない文章の流れが多々あるのであるが、村上春樹氏があとがきで「なんだこれは?」と感じてじっくり読むと、グレイス・ペイリーがすばらしい文章家であることがよくわかる、というようなことが書いてあったので、そういわれると、そうかなと思いながらじっくり読む。本は愛情をもってじっくり読ものなのである。100円で買ったりしては本当はいけないのかもしれないといつも思う。100円で売られてしまう悲しい本を拾い上げて、愛情込めてじっくり読んで大切にしようと思う。大切にしようと思ったのは、うちのミドリガメにしてもそうだ。95年4月29日のみどりの日、うちのミドリガメは、ミドリ電化という家電を中心としたホームセンターの片隅でなぜかおまけみたいに、なにかの間違えのように売られていたのである。おまけみたいなカメであったが、大事に育てようと思った。そして今日の夕方、雨があがって太陽が出たとき、ベランダに出てこのカメにエサを与えると、パクリと食べた。よかった、ひと安心である。クサガメのほうは、まだ食べない。でもまだまだ、あたたかい日はこない。
2004年03月20日 18時28分05秒

休み
ひさしぶりにあしたは休みの土曜日である。とてもうれしい。
2004年03月19日 21時31分05秒

健康診断
今日は健康診断だった。バリウムを飲むため昨夜からなにも食べていない。地下鉄に乗って健康保険組合の病院に行く。地下鉄に乗ったのは久しぶりだった。健康保険センターのある駅は、地下街がにぎやかだった。食べ物やさんがたくさんあっておなかがすいた。健康診断で、胃レントゲン他の検査の結果はまだわからないが、視力は左右とも1.5だった。ときどきどちらかが1.2になることがあるが、今年は1.5だった。身長は昨年より7mm低くなって180センチちょうど、体重は昨年より2キロ減って77キロだった。昨年よりも、あまり運動をしていないけど、2キロ減った。体重は今まで最高は87キロくらいまでなったことがある。普段乗るのがこわくて家にも体重計は置いていないので、健康診断のときで87キロであったのだからほんとうは下手すると90キロくらいまでいったことがあるかもしれない。人は100キロなんて、わりとカンタンになれるものなのだなきっと、とそのころ思い、思いながらおそろしくなったことを覚えている。しかし、ここ数年は走るようになってからずっと70キロ代後半を維持している。もうちょっと努力すれば、70キロ代前半くらいにはなれるのではないかと思う。しかしこのもうちょっとの努力のための節制というのがむずかしい。中学生のころ、平井和正のアダルトウルフガイシリーズというSF小説が非常に好きだった。犬神明という狼人間の30半ばのおじさんがでてくるのだけど、このおじさんは、たしか身長170センチちょっとで体重50キロであった。中学生のぼくはそのおじさんにあこがれていて、しかもそのころちょうど170センチちょっとくらいだったのでがんばって体重も50キロぐらいまで落としておれは犬神明だ。そうだもしかしたらおれは、狼男なのかもしれない、満月の夜には不死身の男になるのではないかと考え、ためしに安全ピンで指先をつついてみたりした。犬神明は満月の夜にはCIAの人に、マシンガンで撃たれても、体にめりこんだ弾丸がめりめりと、おしかえされてしまうくらい不死身であったのだった。しかし、ぼくは、安全ピンでちょっと指先をつついただけで、痛くてしかたがなかった。痛さとはやや違うが、今日は心電図の検査でも先生の触診でも、人にからだをさわられるのがキライでおそろしいので、心電図を測る吸盤を胸に吸い付けられたり、指でおなかのしこりぐあいを確認されていじりまわられたときなどには、しばしば失神しそうになった。しかし13、4歳のころは真面目に節制していたものである。そして、今書いていて思うけどもはや犬神明よりもぼくは年上になってしまったのかもしれない。だからどうなのかというととくになにもないけど。
2004年03月18日 20時47分20秒

仮払い金
得意先のひとつが、事務所を移転したのでお祝いを持っていこうと思った。会社に仮払い申請をして、お祝い分と、ついでに月末までのもろもろ使いそうなので2万円を受け取る。自分のサイフに入れると自分の金であるのか会社の金であるのかわからなくなってしまうので、2万円は封筒に入れてスーツの内ポケットに入れた。なんばの高島屋に行って、お祝いのお菓子を買った。なんばの高島屋はどこに駐車場があるのかわからなかったので、近隣の立体駐車場にクルマを止めて、お菓子を買いに行った。地下売り場でいろいろつまみぐいをした。明日成人病検診があり、バリウムを飲むので、午後八時以降はなにも食べてはいけないので、それにそなえていろいろお菓子をつまんだ。贈り物によいお菓子があった。仮払い金から払おうと内ポケットの封筒を取り出そうとしたが・・・ない。あれ?しかたがないので自分のサイフから金を出した。でもおかしい。持っていたカバンもさぐる。ない。どこにも封筒がない。お菓子の袋を抱えて、立体駐車場にもどる。立体駐車場はグルングルンとまわり、クルマが出てくる。クルマを出して道に出てから、クルマの中を捜す。どこにもない。ぼくは駐車場事務所にもどって、事務所脇のゴミバコをのぞいた。ない。駐車場事務所の無愛想な男の人が不審な顔でぼくを見ている。あのすいません、封筒みかけませんでした?とぼくがきくと、おじさんは、立体駐車場の扉をあけた。扉のすみっこに、封筒が落ちていた。「これですか?」とおじさん。そして、封筒を確認する。この封筒は、窓付き封筒なのであった。窓から福沢諭吉が笑っているのであった。福沢諭吉に気づいたおじさんは、わ!と軽く驚き微笑んだ。よかったねえ。ぼくはすーっと力が抜けてしまった、よかったあああ。おじさんに軽くだきついてしまった。無愛想に見えたおじさんと心が通じ合った。日常の風景に新しい生命が吹き込まれた。2万円は無事だった。

夜、教会の祈祷会に行く。去年の今ごろは、ぼくは一生教会に行くことはないのではないかと思って、ひとりで聖書を読みつつ悲しかったのであるが、今はとてもうれしい。うれしいが、空腹。あしたは健康診断。
2004年03月17日 23時05分21秒

シュンタを迎えに行く
今日は会社の帰りに誘われたので、焼酎のお湯割一杯だけ飲んで帰ってきた。8時をすぎていたので、ちょうどシュンタの空手の練習の終わりの時間と重なるので、帰りに迎えに行った。練習を終えたシュンタはにこにこ笑っていた。シュンタの単純明快な笑い方はとても平和で見ていて楽しい。でも単純明快な感じがするけど時には、学校でケンカして負けて泣いてしまうこともあるみたいだ。子供の世界でもいろいろ苦労があるのだなあと思う。
2004年03月16日 22時13分28秒

困難
せめて休日は走ろうと思っていたので、昨日は、やはり走ることにした。夜8時前に妻とペチカが帰ってきたので、走りに行った。自転車で転んだヒザがいたかったが、走っているうちに、なんともなくなってきた。やはり走るのはいい、と思って、熟睡して今朝目がさめたら、目がさめたけど、左足は動かないし、腰も痛くてななめにおれまがったとてもへんなかたちですっかりからだじゅうがかたまっていた。ぎくしゃくしながら、起きる。しかし、ぎくしゃくであっても起きるのである。体を旋回させて、ふたたび活動をはじめる。朝の小さな克服である。困難は迎え撃つのである。しかしこの困難は勝手に自分で引き寄せたようではあるが。

困難といえば、先日シュンタが寝る前になにか読んでくれというので、本棚に置いてある、カール・ヒルティ「眠られぬ夜のために」(岩波文庫)を取り出して、読んできかせた。シュンタはタイトルが面白い面白いとなぜか深い感銘を受けていた。シュンタはときどき眠れなくてベソをかくのである。この本は、眠れない夜に読むために1月1日から12月31日までの一日ごとに、人生についての短い文章が書いてある本である。その3月13日を読んだ。

「どんな幸福な生活にも数多く起こる試練や心労を、堪え難い重荷だと考えるか、それとも自分の生活原則を実行し修練するために、神から授けられた授けられた機会だと見るかは、ものごとの感じ方として大きな相違である。そして結局この感じ方次第ですべてが決まるのである」

シュンタはちんぷんかんぷんな顔をしていた。要するに、ものごといかに立ち向かうか、心のもちようであると、ぼくはシュンタに重々しく告げた。やなことをやだやだと思っていてもなんの解決にもならないので、やなこともすべて自分をきたえるためにやってきてくれたと思えばいいのであるということをこの本は書いているのだ、と教えた。するとシュンタは、少し考えて、「そういえば、オレも野球をやりはじめたばかりのころは、まわりは知らないやつばっかりで、つらかったなあ。でも今は楽しいけどね」といった。「うむそういうことだ」とぼくは重々しく言った。シュンタもシュンタなりに困難な気持ちになることもあるのだなあ、と新鮮な気持ちで親子で人生を語る夜であった。そのように親子で語ったのであるから、ぼくは自分がまねきよせた困難であっても立ち向かうのである。
2004年03月15日 21時35分39秒

Qと日曜
今日はシュンタは野球、ペチカと妻は町内会(?)の児童部の送別会、ぼくとQはふたりで教会に行った。天気がよかったので今日は自転車に乗っていった。寒い時期は車で行っていたが、自転車は気持ちがいい。Qと坂道をのぼりくだりしながら、教会に行った。礼拝中、2階の部屋でテレビを見ていたQだったが、ペチカがいなくて退屈したせいで、とちゅうでおりてきて、説教中に礼拝堂に入ってきておとうさんおしっこ、といったのでつれてでた。教会のロビーでQを抱えながら説教をきくこととなった。教会の説教で、愛、という言葉や、苦しみ、という言葉はよくでてくる。それをきいていたQはぼくに抱きかかえられながら、「わたーしのーあいもー、わたーしのくるしみもー、だれーもわかあってくれえええなあああいいい♪」と「エースをねらえ!」の主題歌歌い始めた。泣きはしなかったがぼくからくっついてはなれなかった。教会では、今日、予約していた岩波書店刊、新約聖書翻訳委員会訳、「新約聖書」が届いていた。さっそく今日から読んで見ようと思う。

昼過ぎに帰宅するが、だれもおらず、Qとふたりでごはんを食べてから、おおきな公園に行った。自転車で行ったが、あたたかいため、自動車で来て駐車場待ちのクルマは渋滞していた。そうしたクルマの横をすーっと通り抜けようとしたら、「Qちゃーあん!」という数名の女の子の叫ぶ声がきこえた。渋滞のクルマの中の一台に、教会でいっしょの子供たちが一人のお父さんにつれられて、ぎっしりつまっていた。いっしょに遊びたかったが、広い公園なので、先に入ってしまったあと出会うことがなかった。Qは黙々と滑り台などをして遊んでいた。そしてふと見失ったかと思うと、見知らぬお母さんと話込んでいた。どうしたのかと思って近づくと、「あのね、おとうーさんどこですかってきいてたの」とQは言った。公園の帰りにブックオフに寄ると、100円コーナーでジョン・バンヤンの「天路歴程・正編」(新教出版社)を見つけた。しばらく前に「天路歴程・続編」別のブックオフで同じく100円で買っていたので、これで正・続揃った。いつ読むのだろう・・・。この本は聖書についで世界中に読まれている本、らしい。

帰り道、Qをのせたまま、自転車でこけた。Qは無傷であったが、ぼくは左ひざをすりむいて血が出た。そのようにヒザをけがするのはひさしぶりなきがする。履いていたジーパンのヒザが擦り切れてしまってもうちょっとで穴があきそうだ。すごく気が重い。べつにヒザが擦り切れようがどうしようが、そのことじたいはどうということはないが、そのことが引き起こす家庭内の波紋がものすごく憂鬱なのだ。夜はペチカと妻は引き続き宴会なのだそうなので、シュンタが帰ってから外食に行く。Qとふたり切りなのでQを置いていくわけにもいかず、ヒザもいたいので、今日のジョギングはおやすみ。
2004年03月14日 17時24分29秒

のどか
午前中は会社で、それほど忙しくなく、昼過ぎには仕事を終えた。帰りにシュンタの野球の練習場に行く。野球場には妻がQを連れて練習を見ていた。Qだけ拾い、自転車を置いて、クルマに乗って帰宅。あたたかい日であるので、ベランダの冬眠中のカメを起こす。今年も無事、冬眠から目覚めた。しかし、まだエサは食べない。もう少しあたたかくなってエサを食べるようになれば安心である。クサガメのゴジラはこれで10年目である。ミドリガメのミズクサは9年目である。ほとんど家族の一員のように長い間飼育しているが、あまり家族の一員という感じはしないで、勝手に生きている。カメの愛好家の人は家の中に放し飼いにしていたりしてカメがより家族の一員としての高い地位を占めるようであるが、うちではとてもそれは望めない。でもベランダの日のあたる場所に水槽を移動し、落ち葉を取り払った水の中をちゃぷちゃぷ泳ぎ、また石の上で日光浴をするカメの姿は、とても心がなごむ。ぼくはそのようになごむのが好きである妻が、野球見学帰ってきて、買い物に行く。夕方、ジョギングしたが、ゆっくり一時間ほど走って、あたたかいので、体の調子もよく、とても気持ちがよかった。
2004年03月13日 18時17分23秒

波紋
明日は久しぶりの丸一日休みの土曜日かと思ったら、明日出勤する人が、今日、熱を出して会社を休んだ。明日はどうするのだろう、と思って携帯に電話しても出ない。メールを送っても返事がない。自宅の電話はFAX兼用なので、お休みのところ誠に申し訳ありません、あしたの土曜出勤は出れますか、無理なら代わりますのでメールで返事くださいというのに、音沙汰がない。だからもう一回、あしたは私がでるので、どうぞゆっくりお休みください、とFAXを送った。昼過ぎに、携帯に電話がかかってきた。「悪い悪い、メールもらってたな、どうも熱がひどいので、明日もなんともいえないので、代わってくれたらありがたい。」と言う。「はい、じゅうぶん休んでください、FAXを2度もおくってすみませんお休み中のところ」とぼくがいうと、「え?FAX?自宅送ったの?・・・見てないなごにょごにょ・・・・」自宅にいないのだろうか。ぼくはあえてそのごにょごにょは追及しなかったが、もしかして、奥さんに内緒で、愛人の家か自分の両親の家にでも寝ているのだろうか。ぼくの送ったFAXが家庭不和の原因になるのではないか、とふと思った。

以前別の人に対してそのようなことがあった。その人は東京の事務所に勤務していた。ぼくはやはりそのときも土曜日に会社に出勤していた。仕事上で不明な点があり、そのことにくわしい東京の某氏に電話をした。東京の事務所は休みで誰もでなかった。某氏の携帯も切られていた。しかしぼくはどうしても、某氏に用事があったので、自宅に電話した。奥さんがでた。「あの、・・・・さんは、ご在宅でしょうか?」「え?今日は大阪のそちらの事務所に出張っていってましたよ」と奥さん。「大阪にはこられる予定にはなってませんよ、今日は休みのはずです」とバカ正直なぼくは言った。「ええッ!」と奥さんは雄たけびをあげた。数時間後、涙声で東京の某氏から電話がかかってきた。奥さんに半殺しにされたのだそうだ。某氏によれば学生時代の友人(男)数名と奥さんに内緒で遊びに行ってたのだそうだが真相は知らない。

そういうことが過去にあったので、今回もまたぼくの軽率なFAXが家庭内に大きな亀裂ももたらすのではないかとやや心配している。

しかし、奥さんというのは、子供のころマンガなどで気弱なお父さんとこわいおかあさんいう構図がよくあった。カミさんがこわい、というはなしをおとなの人がよくテレビなどではなしていた。うそだろうと思った。そんなわけがない。こわいもんかと思った。しかし大人になって結婚すると、精神的においつめられるような心理サスペンス的な恐怖感というのはおぼろげながら理解できるような気もしないでもない。
2004年03月12日 21時08分59秒

春先のにおい
朝からくもり空で、朝はなまあたたかい。しかし雨が降り夜になると少し肌寒くなる。朝、ベランダの片隅の水槽を見ると、ミシシッピアカミミガメの「ミズクサ」は、ごそごそ落ち葉の上を動き回っていた。もう冬眠から起きている。先週もよく動いていた。クサガメの「ゴジラ」ほうはあまり動いていない。生きているはずである。ミシシッピアカミミガメのほうが低温には強いようだ。うちの近所の池では見かけないが、真冬でも日光浴するものもいるらしい。たくましい生命力で帰化動物として、環境に影響を与えているのである。カメは捨ててはいけないのである。土曜日に、冬眠水槽から出そう。今朝はくもっていたけど、なまあたたかい朝の空気はとても春を感じた。いくつかの春先の記憶がよみがえる。3月生まれで今年36才になるから、これで37回目の春先なのである。37年間という時間は、宇宙的規模で考えると一瞬にもならないくらいの時間であるが、電化製品や衣類などの規模で考えるとなかなかの時間なのである。よくも36年間も同じからだで持続しているものであるとも思う。
2004年03月11日 21時32分54秒

なまあたたかい
朝目がさめると、Qが横にぴったりくっついていた。先に起きようと思ってQを横にずらそうとしたら、Qの腰のあたりがなまあたたかかった。昨日ははやくに寝て、事前に充分なおしっこをしなかったせいか、もらしていた。Qは目をパッチリ開けてぼくを見て「ゴメーン、もらしちゃった」といった。Qのゴメーンの言い方は、少し女の子っぽい。Qは比較的おっさんな顔をしているが、しぐさと言葉遣いがとても女の子っぽい。シュンタは、生まれたときから、顔も声もおっさんだった。言葉遣いも、お姉ちゃんがいるのに、ぜんぜんやさしくなかった。お姉ちゃんとは呼ばずに、ペチカペチカと呼び捨てにする。

しかし、Qは、みょうに、女の子っぽい。「おとーさん、これ、きょう、おかあさんにかってもらったのよ、このおかし、みてみてー」みたいな話かたをする。心配なので、QにQは男の子か女の子かどっちかわかるか、ときいてみた。すると、Qは、「Qは男の子ナノヨ」と答えるのである。少し心配である。しかし現代は多少、女性的な男性であっても社会的に迫害されるどころかむしろ、好意的に受け入れられるのではないかとも考える。

すこしはたくましくなったほうがいいと思うので、シュンタ兄ちゃんに鍛えてもらわなくてはならないと思う。しかしシュンタ兄ちゃんも、声が低いだけで、実は案外幼いのである。Qといっしょに、アンパンマンの指人形で遊んだりすると、Qよりも楽しそうに遊んでいる。Qとあまり年齢差を感じさせない。あ、お兄ちゃん、それとっちゃだめよ、なんてQにおこられたりするのである。

ゴメーンのQは、おしっこまみれのパンツと服を脱いで朝からすっぽんぽんになった。キャアキャアいってよろこんでいた。今夜も早く寝たみたいなので、もらさないかどうか心配である。

それにしても今夜は異様になまあたたかい夜である。Qのおもらしみたいになまあたたかい。
2004年03月10日 22時29分24秒

読書火曜
今日は比較的あたたかい日だった。昼間は仕事でせっせと外を歩き回った。夕方から会議があった。会議をすると、ものすごく精神的にくたびれる。読書をしよう。キミはストレス解消に、本を読むのはいいと思う。ストレスとはなにかと考えるのによいと思う。ものすごく根本的なことを考えよう。今日一日のうわっつらな疲労をはぎとってしまおう。
2004年03月09日 22時18分44秒

ずっと小さい子がいる
今日も寒かった。今日は仕事中、以前住んでいたところを通りかかった。ペチカをつれてよく遊んだ公園の脇にクルマをとめておにぎりを食べた。小さいころのペチカとシュンタのことをいろいろ思い出した。そのころは車を持っていなかったので、休日はよく自転車の前にシュンタ後ろにペチカをのせていろいろ近所をまわった。今現在もまだその自転車は現役である。シュンタは、トンネルの坂道を下っていくときは、わあジェットコースター!といって喜んでいた。最近は、Qが、自転車に乗せたり、クルマに乗っせたりした時、下り坂になるたびに、シュプラッシュマウンテン!と喜ぶ。なんかうちにはずっと小さい子がいるように思う。
2004年03月08日 21時40分20秒

雪の日曜
今日は寒かった。午前中は、ペチカとQをつれて教会に行った。今日は会場係だったので、礼拝堂には入らず、礼拝中は受付の椅子にすわっていた。教会の窓の外はとてもいい天気で、教会の内部は暖房がよく効いていてあたたかかったので、すっかり春だなあという気分だったが、実は、ものすごく寒かったのだ。午後家に戻りペチカは学校の音楽会に行って、シュンタと妻は、野球でいなかったので、Qとふたりで、車に乗って出かけた。そうしたら雪がどんどん降ってきた。真冬のように雪が降ってきた。真冬だってこのへんはほぼ雪などふらないのだけど、すごい雪で、午前中はよく晴れて明るかったのに、あたりはすっかり薄暗く、なまり色だった。Qとペットショップで、てんちゃんのエサを買い、それから、マクドナルドでハッピーセットを買った。ハッピーセットのおまけがほしいQなので、ハンバーガーが好きなわけでもない。ハンバーガーは野球から帰ってきたシュンタが食べてしまうのだ。ハッピーセットではおまけのぬいぐるみが1番2番3番から選ぶことができた。Qは2、という数字が大好きなのでこういうときは、必ず、2番を選ぶ。2番のワシのぬいぐるみをもらって、とてもうれしそうだった。夕方、雪はやんで、晴れ間が見えたので、ジョギングをした。しかし走っているうちにまたずんずん寒くなって、雪がまた降ってきた。
2004年03月07日 18時27分17秒

土曜
天気はよかったが風の強い一日だった。
午前中は会社に行って、肉体労働およびその合間に机の中を整理した。机にはすぐに余分な書類等がたまる。いらないものはさっさと捨てる。捨てすぎたかもしれないけど、きれいになった。また月曜から、きちっとはじめよう。昼から家に帰り、ペチカとQと妻とで、図書館と買い物に行った。図書館で「カメちゃんおいで、手の鳴るほうへ」(中村陽吉著、講談社)という子供向けの本を借りる。カメを孫のようにベタベタにかわいがっている心理学者の書いた本である。自分の飼っているカメをカメちゃんやら、ガマちゃんやら、シンちゃんやらと呼んで、かわいいかわいいうちのカメは本当にかわいいと行間からにじみでてくるような本である。帰宅してから1時間ほど走る。風は強かったが、おだやかな一日だった。
2004年03月06日 18時26分06秒

ぶたどん
昨日は泊りがけで京都北部に出張に行った。このところあたたかくなってきたので、久しぶりに行ったのだが、少しもあったかくなかった。福知山までは青空であったが、そこから丹後方面に向かって山道に入ると、吹雪になった。それでも山の向こうの得意先に行って、商談をしていたら、窓の外の雪がボタボタボタと大きなかたまりになってふりはじめた。外に出るとどんどん雪が積もっていた。クルマにはチェーンも積んでないし、チェーンがあっても、巻き方を知らないのである。雪がボタボタ積もる道路をシュリシュリシュリと、タイヤを空回りさせながら、クルマを慎重に走らせた。山をもうひとつ越えて、日本海に面した道路まで出ると、やっと雪がおさまった。死ぬかと思ったが無事遭難せずにすんだ。

夕飯は吉野家に行った。吉野屋には先週の金曜日にはなかった、豚丼があった。すき家では、これを「とんどん」と読むが、吉野家では「ぶたどん」と読む。遭難しかかっておなかがすいたので、大盛を食べる。豚丼はあっさりしているように思う。おいしかったので、今朝も豚丼並を食べたので、3週続けて、金曜日に豚関係の丼を食べたことになる。ホテルでは読書をした。スマイルズの「探究心」(知的生き方文庫)という本を読む。偉人がいかにして、節制し、努力し、仕事をしたか、ということのかかれた本である。ぼくは、こういう、節制して努力する人について書かれた本は好きである。スマイルズ自身も90過ぎまで長生きをして、死ぬまで節制して仕事をなしたのだと解説に書いてあった。腕立て伏せをしながら読んだ。それから、聖書も読んだ。新約聖書は使徒行伝17章まで読む。正月から、新約聖書はひとまわり読めた。旧約聖書は列王記下15章まで読んだ。今年は何回読めるだろう。死ぬまで何回読めるだろう。神様はしつこく求めるものなのであるというようなことが聖書にはたくさん書いてある、と思う。わからないことが多々あるのでしつこく聖書を読むのである。なにはともあれ、読書がはかどる宿泊出張の夜である。

そして安いビジネスホテルで暖房を消して眠ると、寒くて寒くて凍りつきそうだった。なにかロシア文学風な感じの寒い寒いホテルの夜なのである。宿泊したホテルのすぐそばにはロシア語の看板がちらほらあるのである。ここはロシア人がやっくる港があるのである。そして、朝は晴れていたが、クルマは雪が積もって、凍っていた。凍っていたが、道路は安全で、天気もどんどんよくあたたかくなった。こんなに天候が変わると、体を悪くしそうだ。明日はゆっくり休もうと思ったら、また土曜出勤である。
2004年03月05日 20時11分14秒

祈祷会
今日は会社の帰りに教会に立ち寄った。水曜日の夜は教会では祈祷会というものがある。今まで行く機会がなかったのだが、今日は都合がつき、行くことができた。10人ほどの人が出席していて、代表の人が聖書の一節を読み、それについて思うところを述べ合い、そして、ひとりひとりが祈って、アーメンと言って、一時間半ほどの時間をすごした。これから時間の都合がつくときには、出席しようと思った。いろいろな人の思いを聞くのはいい体験だった。自分で話したり、また声に出してお祈りをするのは、あまり経験がないので、少し緊張した。まだまだである。
2004年03月03日 23時25分44秒

新幹線
今日は東京に行った。行きの新幹線で、内村鑑三聖書注解全集第3巻を読み終えた。読書がはかどる新幹線である。帰りは同じ会社の人がいっしょであったので、お弁当のお寿司とビールを買って飲み食いをしつつ帰宅する。朝早かったので、途中でぐっすり眠った。今日はいつもより早く帰れたので、9時前には帰宅した。テンちゃんを部屋の中ではなして、ペチカとQと遊んだ。
2004年03月02日 21時52分45秒

3月
今日は夜8時半くらいまで会社に残って事務的な仕事をしていた。こういうのが毎日続くとしんどいのであるが、たぶん都会のサラリーマンは毎晩これくらいまでは働いて、さらに2時間くらいかけて家に帰る人も多いのではないかと思う。ぼくの場合は仕事が終わっても自転車で20分で家に帰れるので、この点においては非常に恵まれているのである。20分自転車をこいでいると、こわばった肉体もほぐれてくる。帰宅して腹筋と腕立てと屈伸をした。今週は若干忙しいかもしれない。
2004年03月01日 22時02分47秒

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