2004年4月の日記

月末
今日は連休のすきまの平日であるので比較的のんびりした気分で出社したが、それなりに忙しかった。クルマも混んでいて運転してくたびれた。眠いと思った。眠いと思ったが、夕方、仕事上でふたついいことがあった。いいことがあると元気になる。眠気はなくなった。帰宅すると子供たちはいつも3人でがやがやさわいでいる。家に帰るといつもしばらくはあたまのなかがぼわーんとしている。なにかきかれても、うん、としか返事をしないのでしばしば批判される。Qといっしょに布団に入って、部屋を暗くしてようやく、落ち着いてくる。眠る前のわずかな一時間ほどが一番自由なよい時間である。
2004年04月30日 22時22分17秒

フドウのライト
今日はとてもいい天気だった。シュンタの野球の公式戦があったので見に行った。うちのクルマは選手大移動のときにはあまり役に立たない小さなクルマなので、練習場に置いて、シュンタのチームメートのお父さんのクルマに同乗して、淀川河川敷の野球場に行った。ペチカは留守番で、Qと妻と3人で行った。

Qは同じくお兄ちゃんを応援しにきていた小学校2年生の女の子と友達になって、土手を歩き回ってなにかずっとおしゃべりして楽しそうだった。はじめQが石をいくつか拾って遊んでいたら、そのうち女の子のほうが石拾いに夢中になって、袋いっぱいに石をつめこんで持って帰ると主張して譲らず、結局帰りのクルマに積み込んでいた。

シュンタのチームが勝った。シュンタも2打席ともヒットを打ってなによりであった。このところシュンタの少年野球チームには入団希望者殺到であり、シュンタは4年生の中では入った順番は5番目くらいだと思うが、だからといってレギュラーが保証されているわけではないのである。ひとつ上の5年生のチームではチーム内でリーグ戦ができるのではないかというくらい大勢いて、たとえ最初期からのメンバーであっても公式戦に連れて行ってもらえない子もいるくらい過酷なレギュラー獲得競争が激しいのそうだ。シュンタは今日はライトであって、ここのところずっと6番ライトであり、お母さんのひとりが、「シュンタくんは不動のライトやね」と言っていたけど、もしかすると浮動のライトという意味で言ったのかもしれない。

応援のお父さんたちは、こちらのピッチャーがストライクひとつとるたびに、ヨシ!と声を出していた。公式戦はやはりみんな気合が入っていた。

試合が終わって少し、土手で、休憩をしたとき、昼寝のQをおなかにのせて、いっしょにぼくも昼寝した。天気がよくて、土手で昼寝をするのは非常に気持ちがよかった。
2004年04月29日 18時05分07秒

水曜の教会
今日は水曜日なので祈祷会に行った。運良くこのところの水曜日は仕事もはやく終わり、さらに、早く終わっても飲みに誘われることもなく、教会に行くことができる。発題はヨハネによる福音書の10章1節から21節だった。「わたしはよい羊飼いであって、わたしの羊を知り、わたしの羊はまた、私を知っている。(14節)」。

教会にはじめてペチカをつれていったとき、ペチカは絵本をプレゼントしてもらった。「きみのかわりはどこにもいない」(フォレストブックス)。この絵本は、マタイによる福音書18章12−14節をベースにつくられた絵本で100匹の羊を飼っている羊飼いが、いなくなった1匹の羊を真夜中じゅうかけて探し出すお話で、この絵本はペチカよりもむしろQがお気に入りで、毎晩読んであげたらすっかり暗記してしまって今もずっとQが好きな絵本のひとつである。この絵本の主人公の羊飼いは一匹一匹名前をつけて大事に大事に羊を飼っている。今日読んだ聖書の箇所を読んでいたら、この絵本の絵が浮かんでしかたがなかった。ぼくは文字通りの意味では、神様を見たこともないし、声もきいたことはないけど、でもこうして水曜の夜、中年男女が10人ほどあつまってその中で神様の話をしている。実に不思議である。

しかしこうして集まるキリスト教会は、今受難な時代なのだそうだ。基本的にたいていのキリスト教会はだれでもくる人は拒まないため、それがわざわいして、礼拝中や、今日のような祈祷会などにこっそりどろぼうが侵入して金品を奪うどろぼうが増えているのだそうだ。または、夜、窃盗団が押し入ったという事件も先月2件ほど大阪であった。

そんな話をしながら、この日曜日に、Qのジャンパーを教会に忘れていたことを思い出した。Qのジャンバーは、親子礼拝室の赤ちゃんのベッドのてすりに、たたんでかけられていた。とられてはいなかった。
2004年04月28日 23時12分50秒

胃が大きく
今日は午前中、喫茶店でコーヒーだけを飲むはずが、そこは、パンも並べて売っている店であったのでいっしょにいた人がパンを食べたい、もう昼飯にしようというので、いえ、ぼくはおにぎりを持っていますのでと断ったのに、いやおれはパンが食べたいきみのも買ってあげるからぜひ食べよう、カレーパンと、チーズハムパンとアップルパイの3つのパンを午前11時半に食べたのでおなかいっぱいになった。でもおにぎりがあったので、午後2時くらいに食べた。おなかがふくれた。もう夕飯はいらないと思った。しかし8時過ぎに帰ると、おなかがすいていたので夕飯も食べた。胃が拡張している。

Qは、7時過ぎに寝たらしいのに、なぜか帰宅したら元気におきていた。今から寝かさなければならない。
2004年04月27日 21時42分42秒

月曜のゲエ
タイガーバームは鼻のあたまの腫れを固めた。真っ赤なかさぶたになり、痛みがなくなった。しかし、ぽつんと鼻の頭の赤い点は一段と目立って大きくなった。

今日は、中途採用の新人を連れて営業活動をした。営業初心者だそうだ。いろいろ熱心に地図を見たり資料をみたりして、ぼくの横に座っていたが、午後になるとぐったりしてきた。あの、目をつぶっていいですか。と言う。眠いのか、ときくと、いえ、気持ち悪くなりました。と、青い顔をして言うのであった。

自分では自覚症状がないが、ぼくの運転は比較的、大雑把であるというのをきいたことがある。人格はクルマにのったからといって変わることはない。高速道路でも比較的ゆっくり走るので、妻が横に座るといつもいらいらしている。しかし運転は大雑把なので乗っていると気持が悪くなるという。ぼくも妻に横でイライラされると気持ち悪いというか、気分が悪くなり不愉快になるが、そういう種類の悪さとは違う意味での純粋な肉体的な反応としての気持ち悪さであるのだそうだ。シュンタはほぼ必ず、長距離を乗ると、ゲロをする。しかしぼくは自覚症状がない。Qはぼくといっしょにクルマにのるとごきげんである。ペチカもべつになんでもない。シュンタと妻が変わっているのかもしれない。と思っていた。

しかし今日の新人君は気持ち悪くなってしまった。得意先の会社にたどり着くと、すぐとなりの草原でゲエゲエ吐きはじめた。これはぼくの運転が悪かったのか、ぼくの人格が悪かったのか。今までシュンタ以外にぼくのクルマにのってこんなにゲエゲエする人はいなかった。たぶん、ぼくは、悪くない。たぶん。
2004年04月26日 20時27分54秒

妖怪少女との日曜
今日は午前中教会はQとふたりだけで行った。先週からQは悔い改めて、きちんと子供礼拝のときはおはなしを聞くようになった。まだいっしょに賛美歌を歌ったり、お祈りするのは、あんまり好きではないけど、少なくとも、先週に引き続きおとなしく座れた。小さいころからこういう訓練をしておくというのはいいものである。大人の礼拝はヨハネによる福音書9章の説教を聞く。牧師のお話をきくと聖書は、一行一行無駄ではないなあといつも思うが、ひとりで読んでいるといつも驚くほどすこーんすこーんと読み落としている。しかしもうぼくはこの章の盲目をなおされた男のようにすでにキリストに会っているのである。ぼくはとても教会に行きたくて行くことができたので、礼拝に出ているときはいつもものすごく幸福な気持ちでいっぱいになる。神様の声を物理的にきいたことはないが、でも神様が呼んでくれたからこそこうして礼拝に出席できるのだと思う。こういう気持ちが死ぬまでかわりませんようにといつも祈っている。

そして今日は礼拝を終えるとすぐに家に帰って、シュンタの野球の試合を見に行った。シュンタは2塁打を一本とライトで堅実な守備をしていた。しかし全般的に間延びした練習試合だった。どっちが勝ったのかよくわからないくらいに、点が入っていた。試合を見ていたら、相手チームの見知らぬ女の子がぼくにくっついて離れなくなった。3年生というけど、一度ハイチュウをひとつあげたら、もっとくれと言い出し、もうないと言うと、ぐずぐず言い出して、しまいには、ダッコ!カタグルマ!といって、不機嫌なときのQみたいになった。妖怪みたいな小学生だった。妻といっしょにその子を相手チームの保護者がかたまっているところに返しにいったがそのとき相手チームの保護者のお母さんたちは円陣を組んでミーティングをしていた。保護者は全員出席なのか30人くらいが、真剣な顔でなにか打ち合わせていた。すごい迫力のチームであった。あの、この子のお母さんはしりませんか、というと、あ、この子は今日ははじめてきた・・・さんのとこの子ですね、と円陣の中の一人が言うと、どことなくおどおどしたお母さんがでてきて、ようやく妖怪少女を引き取ってくれた。お母さんははじめてきて、円陣の世界についていくのに精一杯で子供のことどころではないようだった。このチームに比べたらシュンタのチームの保護者はまだそれほどまでに気合が入ってはいないけど苦手なことはやはり苦手であるが、今日はこうしてすごく久しぶりに顔をだしたからまあいいか。試合が終わり、帰ろうとしたら、相手チームの円陣の代表みたいなお母さんとコーチらしき男の人がきて、本日はうちのチームの子供がご迷惑をおかけしまして、とわざわざ謝罪にこられた。べつにぼくはびっくりしたけど、怒ってもいないので、恐縮したが、しかし、ここで実のお母さんではなくチームの人がきてしまうところが、なんだか強烈なチームのような気がするのでこちらのほうが、圧迫感を覚える。妖怪少女のお母さんみたいに、おどおどしてしまう。
2004年04月25日 19時55分44秒

教養の土曜
今朝はよく晴れていたが、風が冷たかった。Tシャツで走ると少し寒かった。午前中はQと図書館に行った。Qはゴリラの本を見つけてすごくよろこんでいた。さいきんは動物ではゴリラが好きなようだ。「ビリーはもうすぐ1ねんせい」(岩波書店)と「アマガエルとくらす」(福音館書店)という絵本と、「新撰組101の謎」という本を借りる。「ビリー・・・」はシュンタが幼稚園のころだいすきだった絵本だ。あしたから1ねんせいになるビリーは少し学校へ行くのが不安なのだけど、庭のケガをした小鳥を助けて、その小鳥がひとりで飛んでいったのを見て、ぼくもひとりで学校に行ってがんばろうという話であるが、こころあたたまるよい話である。ビリーが小鳥好きなところがすごく共感を持てる。シュンタはこういう絵本が好きなやさしい子だったのに最近はマンガしか読まない。やや粗暴である。もう少し、教育しなければならない。Qは今はぼくが絵本を読んでやると、よろこんで聞く。本好きな子に育ってほしいと願う。「アマガエル・・・」のほうは、これは実話なのだろうか。ある日ふらりと台所にやってきたアマガエルを飼うようになった主婦の話である。アマガエルは10数年も生きるのだなあとはじめて知った。ぼくもこんなによく慣れたアマガエルと知り合いたいものだと思った。動物ものの絵本は好きである。

Qとは図書館のあとスーパーに買い物に行った。鶏肉とひき肉とバナナとあと1000円買えば89円になるLたまごを購入するために、ほかにお菓子と干しぶどうを買った。お菓子はきのうシュンタが広告を見てほしいほしいといっていたプッカのいちご味を見つけたQが、「コレ、オニイチャンニカオウヨ!オニイチャンオニイチャン!」とすごくはりきって、買った。そして「コレハQノ!」といってしっかり自分の分のチョコレート味も買っていた。干しぶどうは、おいしかった。ペチカとQと家で3人で食べた。ドライフルーツはめったにかわないけど、たまに買うとおいしい。バナナの干したやつも、マンゴーのほしたやつも、いちじくの干したやつも、パイナップルの干したものもとても好きである。ハワイに行ったときABCストアというコンビニでドライフルーツの袋詰が売られていたのがよく目に付いたので、一袋2ドルくらいだったと思うが、買って夜ホテルでたらふく食べた。ついこないだ行ったハワイがずいぶん昔のことのように思える。ほしぶどうを食べながら突如ハワイを思い出した。

昼のテレビのニュースを見ていたら、四天王寺で古書市をやっているというので、Qが昼寝をしてからひとりで電車に乗ってでかけた。電車の中でヒルティの幸福論の続きを読んだ。教養、について書いてあった。「ごく外面的なことであるが、教養のあるなしを見るのに、きわめて便利な、特色ある目印は本を持っているかどうかである・・・・(略)・・・しゃれた家に住みながら、わずか1ダースばかりの本を読みもせずに、きれいな本棚に並べているのを見たら、その家の住人全部を安んじて無教養だと考えてよい」というようなことが書いてあった。四天王寺の境内には、テントがいくつも張られて、古本がずらりと並べられていた。ひじょうにクセのありそうな幾分むさくるしい中高年の男女がテントの間をおおぜいうろうろとさまよっていた。むさくるしくもそこには教養が満ちているのであった。こういうところにくる、むさくるしい人に非常に尊敬と共感を覚えた。ぼくもまたむさくるしい幸福感を覚えていた。キリスト教関係の本を2冊と、戸川幸夫の動物文学全集1巻を買った。帰りに天王寺動物園の横を通って新今宮駅まで歩いた。ブルーシートハウスに住む人がいっぱいいた。動物園のコアラのほうが豪勢な住まいに住んでいるのである。しかし、コアラは本を読まない。ブルーシートハウス通りのホームレスのおじさんの幾人かは路上に椅子を置いて、なにかむずかしい顔をして文庫本を読んでいた。いろいろ深刻な事情はあるのかもしれないけど、コアラの豪勢なオリより美しい風景の断片。
2004年04月24日 18時56分57秒

タイガーバーム
昨夜、鼻の頭がはれているので、タイガーバームを塗った。せまい家の中がタイガーバームのにおいでいっぱいになった。Qがくさいといって近寄らなくなった。近寄らなくなったけど、いっしょにお布団には転がっていてくれといってやっぱりきのうも10時過ぎまで寝なかった。タイガーバームは鼻に塗るとスースーして、気持ちよかった。よく眠れたようにも思う。夢がクリアーになったようにも思う。でも目がさめると曇りだった。曇っているなあと思っているうちに雨になったので電車で通勤した。「幸福論」第二部を読む。遅遅として進まない。しかし長距離走的読書には向いている。

午前中クルマでラジオを聞いていたらFM802で尾崎豊の曲が何曲かまとめて流れていた。「17歳の地図」や「僕が僕であるために」なんかは、今もすべて歌詞をそらんじてしまえるのだった。高校生の時ラジオを聞いていたら、表のベストテン、裏のベストテンという番組をやっていて、それがどういう趣旨の番組だったか忘れたが、ベストテンのオモテ1位は吉川晃司でウラ1位は尾崎豊だった。はじめて尾崎豊の「17歳の地図」をきいたのはその番組だった。世の中にこんな歌があるのかとものすごくびっくりした。ぼくは一度も尾崎豊のコンサートに行ったことはなかったけど、レコードは特にはじめの二枚のアルバムはちょうど自分自身も16、17歳のころのことで変態のように何度も何度もきいた。音楽雑誌を買って尾崎豊が何を言ったかということがつねにものすごく重要問題のように感じていた。ノートにもんもんとオザキふうな言葉を何か書いていた。ほかの歌手が歌う歌が全部うそくさくきこえてしまった。しかし尾崎豊は死んでしまった。そして17歳2人分以上の年齢を重ねたぼくは尾崎の歌をすべて歌詞カードを見ずにラジオといっしょに「17歳の地図」と「I LOVE YOU」と「OH MY LITTLE GIRL」を歌っていたが、「ダンスホール」の途中で、クレームのあった得意先の会社に到着したので、ラジオを切って、クルマを降りた。本当の尾崎ファンであったら、そのまま得意先の会社のまわりを何周かして尾崎豊特集が終わるまでラジオを聞きつづけるのだろうけど、あまり抵抗なく、日常の仕事にいそしんだ。

鼻の頭のはれは引かない。今日もタイガーバームを塗って寝よう。でも今日はQが早く寝たので読書にはげもう。
2004年04月23日 20時40分58秒

うっ
今週で一番早く帰宅した。今日は暑い一日だった。帰宅して家族5人で夕食。気温の変化が大きく体調が不良気味である。鼻水がよく出て、鼻をかんでばかりいって、鼻のアタマをいじってばかりいたら、鼻の頭が赤くはれた。パーマンのコピーロボットみたいになった。よくこうなる。これと同じことを過去の日記に書いたような気がする。コピーロボットは鼻が赤い。赤い鼻先を押すと、はじめは動かない鼻だけ赤い白い人形であるコピーロボットは鼻を押した人とおんなじになる。そしてその人のかわりに行動してくれる。ミツオくんがパーマンになっているかわりにコピーロボットはミツオくんとして、存在しているのだ。しかし、コピーロボットミツオくんは、どこかに鼻の頭をぶつけると、あっというまにもとの白いコピーロボットに戻る。ぼくの鼻の頭は赤い。コピーロボットのように赤い。鼻をかもうとしたり、顔を洗おうとしたりして鼻に手があたったりすると、うっ!・・・とても痛い。そのまましゅるるとコピーロボットになりたいくらい痛い。夕飯のときQが抱きついてきて、Qのおでこが鼻の頭にあたる。うっ。涙がでるほど痛い。・・・・これと同じことを前にも書いたような気がする。ということでやや不調。
2004年04月22日 20時30分16秒

ふう。
今日は水曜日なので会社の帰りに祈祷会に行き、9時半に帰宅。今日はお昼寝をしなかったQが7時過ぎというよい時間に眠りに入ったのだが、ぼくが帰るころにちょうど起きてしまった。そのためまた夕食を食べ、フロに入って、いっしょに布団に転がって11時20分にようやく寝た。ふう。
2004年04月21日 23時38分33秒

ああ
今日は8時過ぎまで会社にいたので、帰りにシュンタの空手の練習の迎えに行った。そして、家に帰ってから夕飯をたべて、シュンタといっしょにフロに入ってフロからあがって、ペチカとQとハムスターの世話をして、カメのそうじをして、それからなかなか寝ないQといっしょに布団に入って横になっていたら11時過ぎてしまった。今日はあと1時間で終わってしまう。ああ。
2004年04月20日 23時02分16秒

雨の月曜
今日は朝は曇っていて、自転車で会社についたときから雨が降り始めて夕方はどしゃぶりだった。雨がたくさんふって営業車はきれいになった。雨ふりであると、今日は月曜日でややばたばたとしていたのに、落ち着いた気持ちでことを処理できた。帰りは電車だったので読書した。カール・ヒルティの「幸福論」を読んでいる。なかなか読み進まないのであるが、こういうストレートな人生論というのは非常に尊敬する。前にも読んだはずだが、ほぼ忘れているというのが問題であるが。
2004年04月19日 22時00分12秒

百卒長
今日はシュンタは午前中だけ野球の練習が休みだったが、同じ野球チームのともだちが遊ぼうということで、いつもと同じように8時前にはりきって野球の練習場に行った。そうやって遊びにいったシュンタはもしかして、ひとりだけですっぽかされるのではないかと、心配性のぼくはふと思った。妻もなぜかシュンタは間の悪いところがあるから、本当はみんな遊ぶ約束などしていなくて、シュンタだけが勘違いしているのではないかと、同じように思っていた。そこで念のため妻がシュンタのチームメイトのお母さんに確認したところ、ちゃんと遊ぶ約束をしていたみたいなのでひと安心した。しかし土日朝から野球ばかりしているのにせっかくの休みでもやっぱりしっかり遊ぶというのは、元気いっぱいでいいことであると思う。午前中しっかり遊んだあと、一度帰って、お母さんとマクドナルドで昼飯を食べ、シュンタは午後からまた今日も野球の練習をしている。

そしてぼくとペチカとQは3人で今日も教会に行った。Qは教会に行くまでははりきっているが、教会に行くとぼくにくっついてはなれなかったり、ふえんふえんと涙も出ないのに泣く真似をしたり情けないところがある。今朝は教会には行かない妻ではあるが、自分の息子がそういう情けない態度であることにがまんがならないと、Qを正座させて、「教会に行ったらちゃんと先生の話をききなさい、えりちゃんのおとなりでちゃんとおすわりして、おうたもうたって、お父さんにだっこだっこといって泣いたりしたらもうぜったい教会には行ってはいけません!」ときびしくQに指導した。Qはぴんと背筋を伸ばして、「はいわかりました」と泣きそうな顔でうなずいた。そして今日は教会ではいまだかつてないほど、いい子であった。おかあさんにおこられちゃうねえ!といいながら、ペチカとならんで子供礼拝の席にきちんとついていた。おこられちゃうから、いい子にするというのはやや律法的ではあるが、しかし、母親の影響力というのは非常に強いものである。

自分が教会にいかないのに、そうやって、子供に指導するというのは、あまり関係ないかもしれないけど、百卒長の話(マタイ8章5節8から13節)を連想する。百卒長は下男の病気を治してもらうためにイエスさまの下を訪れた。しかし百卒長はユダヤ人からみれば異邦人であるローマ軍人であるので、イエスさまを自分の家にお招きする資格のないものだという。そして、私は軍人であり、指揮権の下にあり、私にも部下がいる、私が行けといえば部下は行く、こいといえば、くるし、下男にああせえといえばこうする、そのように、あなたがのお言葉をいただけるなら、わざわざうちにきていただくこともなく、私の下男の病気も治るでしょう。そしてイエスさまはこの百卒長の言葉に深い感銘を受けるのである。「よくききなさい。イスラエル人の中にも、これほどの信仰を見たことがない。」そして百卒長に「行け、あなたの信じたとおりになるように」と告げると、下男は、その同じ時間にいやされるのである。今日、Qがとてもいい子で礼拝に出ることができたことを、妻が、Qに指導したことについても、神様はよろこんでくれているとぼくは信じる(というように、妻に対して福音書について講義をしようかな)。
2004年04月18日 18時03分00秒

動物の土曜
今朝もよく晴れた土曜日の朝でシュンタは元気に野球に行った。朝食後にジョギングをしてQとふたりで図書館に本を返しに行き、それからペット屋でカメのエサとジャンガリアンのてんちゃんのトイレ砂を買った。なんだか土曜日の行動はいつも同じである。ペット屋の子犬売り場にチワワ何頭か売られていた。「あ、アイフル!おとうさんアイフルだよ!」とQは消費者金融会社の名前を連呼しておおよろこびだった。Qは、消費者金融会社が好きみたいで、あ、プロミス!とかレイク!とか、クルマに乗ってそういう看板をみつけるたびに喜んで叫んでいる。ペット屋には小型の猛禽類が販売されていた。誰がこういう鳥を飼育するのだろう。中学生のころ国語の教科書で、戸川幸夫の鷹匠を主人公にした、小説が載っていて、これを担任の国語の先生の方針で、毎日5行づつ書き写すことを義務付けられていた。鷹匠が鷹を自分に従わせるために、腕をつきだして、鷹に噛み付かせて、噛み付かせてもびくともしないで、ああこの人はすごいと鷹があきらめて、鷹匠に従うような話であったと思う。ふとその小説のことを思い出した。そして売り場には、その小型猛禽類をうでに乗せるときのための皮の腕カバーと、狩りの訓練をさせるための擬似餌までが売っていた。鷹匠セットみたいだった。

うちに猛禽類がいたらジャンガリアンのてんちゃんはあっというまに食べられてしまうだろうなと思う。ジャンガリアンのてんちゃんはものしずかなハムスターである。毎晩ペチカが、カゴから出して部屋に放して遊んでいるが、あまりそれをうれしそうにはしていない。部屋の隅っこで、困った顔をして毛づくろいしている。電気がついているあいだはいつも、カゴの中の巣(陶器の小物入れ)に閉じこもっている。そして夜中、トイレに立ったときなどふと見ると、巣から出て、カゴのまんなかでポツンと立っている。いつも困った顔をしたおとなしいハムスターである。でもきょうは昼間起きて来てカゴのまん中で毛づくろいをしていた。キャベツのかけらを食べていた。かわいらしい。

そして午後から妻とQで買い物に行った。ここのスーパーのペット売り場には九官鳥がいる。Qといっしょに、九官鳥とおしゃべりをして楽しかった。そして、夕方、Qとふたりで、近所の公園に行った。Qは何度も何度も何度もすべり台をすべっていた。あんなになんどもすべり台ばかりして飽きないのだろうか。なんども階段をかけのぼり、足腰は筋肉痛にはならないのだろうか。さんざん滑らせたら、今日は、帰ろうといっても泣き叫ぶことなく、家に帰った。
2004年04月17日 18時20分45秒

金曜日
なまあたたかい一日。午後は会社で会議があった。ずっとなにか議論をしていた。くたびれた。シュンタの部屋で読書。妻とペチカとQが居間でテレビを見ていた。おとうさんはどこ!とQがさがしている声がしたが、妻がお父さんはジョギングしていることにしてくれたようで、ソファで妻のひざの上で寝ていた。
2004年04月16日 22時33分36秒

クサガメのすいそうそうじ
今日は日帰りで、少し長距離をクルマで走ったので帰ってから少しめまいがする。8時過ぎに会社に帰り、事務所に電気がついていたのだが、めんどくさいのでそのまま帰った。そうしたら8時半に会社から電話がかかってきた。でなかったら上司からだった。いつ帰ってくるんだというからもう帰りましたといった。いつ帰ったかときくから、え、気づきませんでしたか、とうやむやにごまかした。なにかしてほしい仕事があったみたいだけど、夜の8時半になにか仕事を命ずるのは正当ではないのである。そして別に明日でも一向にかまわない内容のことなのだ。Qを寝かしつける。今日は10分で寝た。カメの水を洗う。クサガメの食欲が旺盛になり、すぐに水槽(衣装ケース)はウンコだらけになる。
2004年04月15日 22時55分09秒

水曜日
今日は水曜日なので教会の祈祷会に行った。帰ると、9時半で家族はトリビアの泉を見ていた。夕食をありがたくいただき、フロに入り、Qを寝かしつけるため、といっしょに布団に入った。布団に入るとQがオイノリシナクッチャ!といったのでいっしょにお祈りをした。Qは「テンノカミサマ、キョウモイチニチアリガトウゴザイマシタ、イエスサマノオナマエデ、アーメン」とかわいい声でお祈りをした。でもそのあと一時間くらい布団の中でごろごろしてなかなか寝なかった。ぼくは横にいっしょにころがっていた。本日の祈祷会の発題の聖書箇所について考えていた。

本日はコリント人第一の手紙13章だった。

「愛は寛容であり、愛は情深い、また、ねたむことをしない。愛は高ぶらない、誇らない、不作法をしない、自分の利益を求めない、いらだたない、恨みをいだかない。不義を喜ばないで真理を喜ぶ。そしてすべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐える」(4節ー7節)。

いらだたない、いらだたない、Qちゃんはやくねようね、とつぶやきながら一時間いっしょに転がっていた。愛。ということばはそこらじゅうに転がっていて、あまり愛、愛、愛、と考えるとわけわからなくなる。すくなくとも、愛は自分ではない。ぼくはとっても冷たいところがある。無情なところがたくさんある。よくいわれることだが、4節ー7節の「愛」の言葉に「私」をあてはめてみると、そのことがますますよくわかる。愛はどこからくるのだろう。「愛を追い求めなさい」、とコリント人第一の手紙14章1節ではかかれている。追い求めるものであるということは自分ではない。

ヨハネの第一の手紙4章7節ー9節。「愛するものたち よ。わたしたちは互いに愛し合おうではないか。愛は神から出たものなのである。すべて愛するものは神から生まれたものであって、神を知っている。愛さないものは神を知らない。神は愛である。神はそのひとり子をつかわし、彼によってわたしたちを生きるようにしてくださった。それによってわたしたちにたいする神の愛があきらかにされたのである」。

神様がまず愛してくれることに気づくこと。気づきながら、ああわかっているよ、と思いながら、それでもやっぱり、遠く隔たっている。隔たっているけど、隔てているのは自分であり、神様は愛してくれている。この世界は一部分でしかない。すべては明らかではない。しかし、神様は愛している。愛されて、信仰は与えられ、希望は与えられる。「このように、いつまでも存続するものは信仰と希望と愛とこの三つである。このうちで最も大いなるものは、愛である」。(コリント人第一の手紙13章13節)。こういったことをいろいろと頭の中で断片的に、めぐっていた。しかし、ぼくはその思うところをのべようとすると、なんだかわけのわからないことを言っていたように思う。たぶんなんだかわかっていないのだろう。わかっていないけど、神様は見ていてくれるのだと信じているので、また祈祷会には行こう。今夜は出席者のひとがいつもより多かった。終わりのころには、はじめての女性がふらりとやってきた。ひとりひとりのおはなしと祈りは、すべてとても素直に自分自身の糧になった。
2004年04月14日 23時52分53秒

昨夜はQは昼寝をしないでとても早く寝て静かな夜だったが、今朝は5時過ぎにオシッコといって起きた。それから6時半まで元気にひとりでひとりごとをいいながらごろごろしてぼくにくっついていた。ぼくは起きているのか寝ているのか、よくわからない状態だった。だからQが何をいっていたのかわからないけど、とても楽しそうにお話をしているのだ。でもそれは夢かもしれない。夢の中で、ぼくは一人ぐらしだった。そして、夜12時に酒を飲んで一人でワンルームマンションに帰った。そして、暗い部屋に足を踏み入れる。おしゃべりの声。とても楽しそうなおしゃべりの小さな声。ん?と思い、足元を見ると、なにか紙細工の人形が2体、おしゃべりをしていた。ひゃ。ぼくが電気をつけると、紙細工の人形はぱたりと動きを止めて、ひらりと床に倒れた。文章で書くとぜんぜんこわくないけど、ぼくの中ではちょっとオバケ話っぽくてこわい夢だった。しかし今書いてみるとちっともこわくない。そういう夢でひやりと目をさましたら6時半でQはすやすやと眠っていた。窓のない和室のフスマをあけると、6時半はすっかり朝でよい天気だった。こわい夢はどこかにいってしまった。しかしこのこわい夢であるとか、ときどきとても切ない夢、というのを見たとき、それをそのとき感じた気持ちそのままに記録にとどめたいものだと思う。
2004年04月13日 20時56分56秒

最近の辛気くさい朝
だんだん朝もはっきり明るい朝になってきた。いつのまにかすっかり朝のジョギングはやめてしまったが、朝は6時半には起きて、聖書を読む。そういうことをすると、なんでそんな辛気くさいことをするのだと、妻にとてもいやがられるが、そういわれると毎朝かならず聖書を読もうと思う。そして朝、読んで、そこでうけとめたことばを一日のかてにして生きていこうと思う。思うのだが、そのまま、読みながら朝からぼーっと字づらだけを追ってしまってなにも残らないことも多々ある。正月から創世記からはじめた旧約聖書は現在詩篇第89章まで読んだが、詩篇というのは有名な詩のいくつかのほかは、なにかどれもおなじように感じてしまって、その詩を今読んでいるのか昨日読んだのか、いつ読んでいたのかわからなくなってしまうこともある。過去何度か読んでいるのであるが、まだまだ自分のものになっていない。しかし、腹筋と同じで繰り返す習慣が聖書のことばを自分の血肉にするのである。ということを考えながら、毎朝読む。そうやって考え事をすると、ついつい、意識が余計なほうこうへいってしまう。これは聖書が悪いのだろうか。聖書が退屈な書物であるから、このように朝っぱらから集中力にかけてしまうのだろうか。退屈であったとしてもだ、歴代志上巻のはじめの10章のえんえんと続くイスラエルの部族の系図などはどうしていいかわからないほど退屈を感じてしまわなくもないが、退屈と感じるからそれは価値がないものであるというわけではないのである。偉大なものは退屈を含むのであると、なにかそんな言葉があったようにも思う。退屈に耐える力をある程度持っていることは幸福な人生にとって不可欠である、とかなんとか。あるいは「誘惑に陥らないように目を覚まして祈っていなさい。心は熱しているが、肉体が弱いのである」(マルコによる福音書14章38節)という言葉もある。ほら、このこの言葉はきちんとぼくの体にしみつきはじめている。少し前「世界ふしぎ発見!」というテレビ番組でマザーテレサのことをやっていて、マザーテレサも朝の祈りの時間じっとしていて、祈りに集中していると思ったら、実は熟睡していたというエピソードを紹介されていた。とにかく、なにはともあれ、眠ってしまったり、ぼーっとしてしまうことはあっても、一日のはじまりは、神様の方向を向いてはじめようと考える今日このごろである。
2004年04月12日 21時24分39秒

イースター
今日は教会は、イースター礼拝、午後は食事会があった。イースターとはキリスト復活記念日のことである。今朝は、ペチカとQに加えて、ペチカのともだちのミキちゃんもいっしょに、教会に行った。ペチカがこどもっぽいので、気づいていなかったが、いやもしかするとミキちゃんがとくべつかもしれないけど、小学校6年生の女の子は、けっこうクールでオトナである。小学校低学年くらいまでの小さい子と遊ぶのはけっこう得意ではないかと思うが、12さいくらいになるとどうはなしかけてよいかわからないので、なんだかはなしかけては悪いような気もする。ミキちゃんとペチカは仲良く自転車にのって、Qをのせた自転車をこぐぼくのうしろ5メートルくらいをついてきた。今日は妻がクルマに乗ってシュンタの野球の応援に行っているので、自転車で教会に行ったのだ。

子供礼拝はいつもは、教会員のおじさんかおばさんが話すけど今朝は牧師の説教だった。はじめてのミキちゃんには、イエスさまのおはなしをきいてどんな印象を受けたのだろう。子供礼拝後、教会の横の小さな公園で、イースターのたまごさがしをした。たまごはいろんな色のセロハンにつつまれて、公園の植え込みやらいろいろなところに、隠してあるゆでたまごをこどもたちがさがした。本日の礼拝説教はルカによる福音書24章。復活したイエス様の話。また詩篇23編を朗読、召天者(今まで教会で葬儀を執り行われた人たち)記念式を行った。仏教でいうと法事、のようなものなのだろうか。しかし、長いお経をあげるわけではなく、まことにシンプルな式だった。そして死は終わりではなく、「わたしたちの国籍は天にある」(ピリピ書3章20節)であるのだ。

午後の食事会ではシュンタのために、ケーキやサンドイッチをもらって帰った。家に帰ってジョギング、雨が少しぱらついていた。シュンタは今日は野球の試合が負けてしまったのだそうだ。シュンタとQと3人でフロに入った。今日、教会で、ぜひ読んでくださいと、教会員の中学の先生が思春期の子供の教育についてどこかで講演した内容が書かれた10枚ほどのプリントをいただいた。この人はみかけもとても独特な人で、いったい学校ではどんな先生なのだろうと、興味深く読んだ。熱血な先生で、読んでいて、最後のところは泣けてくるようないい話であったが(語り口がすごくいい)、これはぼくとは直接ぶちあたっている問題ではないので、その先生が困難を感動に変えたすごさを他人ごとのように感動してしまうところがあった。しかし、この講演録をこれからの家庭の問題と引き合わせて読んでみると、現状のとくにうちの近辺の中学の荒れ方というのはなかなかおそろしいものがある。これから子供たちは、そういう世界にどんどん足を踏み込んでいくようになる。親として、心配であるが、心配であっても、せいいっぱい愛して育てていこうと固く決意して、シュンタとフロに入った。
2004年04月11日 19時50分26秒

ぼくの背は縮まない
今日は、会社の人で、山を所有している人がいて、その人の山にたけのこほりに出かけた。これはたいてい毎年の社内行事のようなものであり、2年前には30人くらい集まって盛大にたけのこほりがとりおこなわれたが、今年は男性ぼくを含めて4名、女性4名、子供はペチカとQで、計10名だった。そしてみんな酒飲みだった。営業部からの出席はぼくひとりだった。今週2日休んでいたときに、メールで出欠の確認があったので、行きます、と返事をしておいて、あとで会社に出た後確認したら同じ部署の人間はことごとく用事をつくって欠席だった。いまさらみんながいかないからやっぱりやめるというのは卑怯なことであると思うので、やや不安を感じつつ、今日は子供ふたりをつれて出席をした。妻とシュンタは野球関係で行かなかった。

最近このパターンで家族が別れてしまうことが多い。だけど決して家族の絆が途絶えてしまっているわけではないと思う。そう思ってこの前妻に、おれのことを好きだよな、と確認したら、別に嫌いではない、といわれたので安心した。ああよかった、おれのどこが好きか、とたずねると、びっくりするくらい考え込んで、・・・背が高いところ・・だけ・・・かな?といわれた。たぶん背は縮まないと思うのでぼくたちの愛は死がふたりを分かつまでは続くであろう。そしてそのうちにまたどこかぼくのよいところもみつけてもらえるかもしれない。ぼくはきみのすべてを愛してるよ、と妻にはいつもいっているがそういうことをいうといつも「けっ!」って感じであるがそういうことにもぼくは忍耐強い。「そして愛というのは、お互い見つめあうというのが愛ではなく、ええと、ひとつの方向を見つめてだな・・・」といろいろ愛について解説しようとすると心底イヤそうな顔をする。でもイヤそうな顔をされてももぼくの背は縮まないからOKだ。

今日たけのこほりにきた残りのひとたちは、営業部ではなくて、どうも営業部がきにいらなかったりするので、その点で意見が一致して会社の諸問題についてたけのこほり後のバーベキューの際盛り上がっていた。Qは昼寝をしてしまい、ペチカは興味深げに酔っ払いのおじさんの話を聞いていたが、ぼくがそこに足を踏み入れると、もしかするといじめられるのではないかと不安を感じたので、すみっこのほうで、またたけのこをほった。あまり肉体労働をしないので、手のひらにマメができた。議論というのはとてもむずかしい。なにかを主張するというのは非常に難しい。ぼくは誰にでもいい顔をしようとしすぎて結局ひどく不誠実なのではないかと、思う部分がある。しかしこの酒を飲んでの意見交換というのはなんともいえず苦手である。ペチカが夕方ピアノの練習があるので、3時過ぎに途中で抜けてたけのこ数本をもらって帰った。
2004年04月10日 18時07分49秒

関係
今週はあっという間に金曜日が来た。今日もあたたかい一日だった。桜の花は、咲いたまま天候が穏やかなため散らずに残っている。今年は長持ちの桜である。会社から帰ると、テーブルの上に教会からペチカとシュンタあてに届いたハガキが2枚置いてあった。今週末はイースターであって、教会学校ではたまごさがしをします、と書いてあった。たまごさがしとはなんなのだろう。イースターについて、ぼくは今まで一度も考えたことはなかった。イースターというとイースター島のモアイ像が思い浮かぶ程度であった。いろいろ知らないことがたくさんある。今年はイースターについて思いをめぐらすことにしようと思う。理不尽な世界について、イエスさまが十字架にかけられたことについて、そして復活をされたことについて。それは自分とは関係のないはなしではないのである。関係のあることはよいことである。
2004年04月09日 23時15分59秒

クサガメの食欲
あたたかくなってきて、ようやくうちのクサガメは、エサを食べるようになった。ミドリガメは、3月中からすでにエサを与えると、固形飼料であっても、肉片であっても、それほど活発ではないにしても少しずつ食べていたが、クサガメは、3月中はほとんどじっとして目をつぶって何も食べない。こうやって2匹を飼育していると、ミドリガメというのは気温の変化に強いカメであるというのがよくわかる。捨てられたミドリガメが日本中のため池を占領していくのはよくわかる。しかし、今週の月曜日に妻にスーパーで1パック200円くらいする高級シラス干しを買ってきてもらって与えたところ、ようやくクサガメはエサを食べ始めた。食べ始めたといっても現場を見たわけではなく、ぼくが会社に行っているあいだに妻が与えていたはずのシラスが朝見ると水槽の中であとかたもなくなっていたということから、推測されるだけである。そこで今夜は会社から帰って、カメの水槽をベランダから部屋に入れて、シラス干しを与えて、ちゃんとカメはシラスを食べているのかどうか確認した。顔の先に落としたシラス干しを見たクサガメは、手足をだらりと伸ばしてリラックスした格好で、クサガメはパクパクパクパクシラス干しを食べていた。ミドリガメは少し小さいので少ししか食べなかった。ミドリガメが食べ残したので、ミドリガメの水槽にクサガメを入れると、ミドリガメの残したシラスもきれいに平らげた。とてもうれしい。これからどんどん食べて丸まると太ってほしいものである。
2004年04月08日 21時07分33秒

休み
昨日と今日、有給休暇をとって、出かける。昨日は、子供のころ近所に住んでいて、現在は中部地方に住んでいるおじさんおばさんの家に行く。3階建ての大きなお屋敷に住んでいた。昨日は、昼も夜も、たくさんごはんをご馳走になり、子供たちはおじさんと好きなだけテレビゲームをして、おばさんはぼくが子供のころいかにピチピチの半ズボンをはいていたかということを妻に繰り返し話していた。そして一晩泊めていただいたあと、今日は、一日、長島スパーランドというところに行った。おそろしいジェットコースターばかりがある遊園地だった。中部地方は昨日から学校がはじまったらしいので(大阪は明日から)、子供の姿はほとんど見かけず、空いていた。一日乗り放題のチケットを買って、ペチカとシュンタは、何度も何度もいろんなジェットコースターに乗っていた。ぼくはブランコに乗るだけで気分が悪くなるくらい、乗り物というのは基本的には好きではない。仕事でしかたなくクルマに乗っているが、歩いて一日働けと言われればもしかするとそのほうが好きなのかもしれない。2度ほど一番こわくなさそうなジェットコースターに乗ったがやはり気持ち悪かった。Qといっしょに幼児向けのコーナーで遊んでいた。しかし、ここもけっこうしんどい。幼児向けコーナーは基本的にはメリーゴーランドである。それが馬であったり、バイクであったり、飛行機であったりするけど、すべてクルクル回るのだ。それからティーカップ。Qは何度も何度もティーカップに乗りたがる。Qは小さいので、つきそって乗らなければならない。次はキイロ、次はミドリ、とカップの色を変えてQはニコニコしてくりかえし乗るのだった。幼児コーナーは特にガラガラだったので、Qはとても幸せそうだった。ペチカもシュンタも小さいころはよく遊園地には連れて行ったが、Qはめったに遊園地をはじめほとんどどこにも行かないので、世の中にこんなたのしいところがあったのかというばかりに、目をきらきらさせて何度も何度もくるくるまわる乗り物に乗って一向に飽きる様子はなかった。帰りにスパーランド、というくらいなので、温泉施設があり、そこに、1時間半ほどつかった。Qとシュンタと男3人で、いろいろな露天風呂に入った。そのままそこに宿泊したいような気もしたが、そのあとクルマに乗って帰宅。クルマの中ではみんなぐっすり眠っていた。
2004年04月07日 22時11分57秒

笑うQ
会社から帰ると、Qが自分の映っているビデオを見ていた。きゃっきゃ笑いながらみていた。上の二人に比べてQの写真やビデオは非常に少ないと思う。だからたまに写真をとったりすると、とられなれていないQは、すごく新鮮な喜びを覚える。今日もまた自分の映ったビデオを見ながら、キャッキャッキャッキャと感激している。そして途中で、自分が出てこないシーンになると、トバシテ!トバシテ!などという。人間とはこのように幼いころから自己中心的なのである。しかしそれにしてもなにがそんなに楽しいのかものすごく楽しそうに笑っている。Qがなんで笑っているのかわからないけど、笑っているQを見るのは楽しい。
2004年04月05日 21時42分14秒

雨の日曜日
今朝は雨降りで、シュンタの野球もお休みだったので、シュンタに教会に行こうと誘うといやだと言われた。お兄ちゃんが大好きなQはお兄ちゃんが家にいるので教会にはいかないと言い出し、結局何をいってもイカナーイというので、とても悲しかったがペチカと二人で行くことにした。ペチカは今日も元気に子供礼拝で献金のお祈りをしていた。今日の説教の箇所は受難週、ということでマルコによる福音書15章16節から41節だった。キリスト者としての信仰は、どんなに疑っても、不満があっても、どんな状態であっても、とにかく神の方向を向いていること、神の方向を向いていればやがて必ず答えが与えられる、という内容の話を聞いた。以前椎名鱗三という小説家の聖書に関するエッセイ(「私の聖書物語」中公文庫)でも同じ様なことを書いてあった記憶がある。椎名鱗三は、洗礼を受け、これで死ぬときにじたばたできるということを書いてあった。ずいぶん以前に読んだときは、そのことがよく理解できなかった。また、イエス様は神の子であり、また同時に完全な人の子であるということも、よく理解できなかった。超人のように思っていた。超人であるゆえに、自分とはまったく関係のない存在であるように思えた。しかし、今では、そのことが理解できるように思う。イエス様は自分とは大いに関わりがあるのである。自分の問題として聖書を読むことができるようになりつつある。まだまだ浅い理解なのかもしれないけど、浅くても深くても、神様の方向を向いてじたばたするのである。とうことを考えていたら、祈祷会の発題の順番に自分の名前があった。2ヶ月ほど先であるが、任意の聖書箇所を選んで、それについてなにか話さなければならない。聖書を読み、キリスト教に関する参考書のようなものを読むと、とてもわかったような気がするが、いざそれを自分で語るとなると、ひるんでしまうのはなんなのだろう。しかし、ひるむのもまた現在の自分であるが、だからといって投げ出さない。話したり、書いたりというのはすごく難しい。このようにただ出来事をつらつら書くのは楽であるが、ぼくが学んだことを学んだつもりになっていないで、きちんと自分の言葉で再構成しなおすというのは、とてもむずかしい。そしてそれを生きるのは、さらにむずかしい。むずかしいむずかしいと、神様の前でうんうんするのは、さいわいなることであるとも思う。Qがいなくて教会のお昼ご飯は少しさびしかった。Qのおともだちの子供とおしゃべりをした。Qよりひとつ年上の女の子なのに、小さくてかわいらしい。かたぐるまをしてあげたら喜んだ。午後は子供の会で来週のイースターのリコーダー演奏の練習があるとのことで、ペチカは2時くらいまで、教会に残ってリコーダーを吹いていた。ぼくも、今まで出たことのない、男性教会員の会合に出席した。そして来週のイースターで発表する合唱の練習をした。家に帰ってから、買い物に行く。Qと駐車場で昼寝をして待つ。夕方雨が上がり、ジョギングをして、シュンタとキャッチボールをした。
2004年04月04日 18時40分25秒

貴重な土曜
最近は土曜日が休みであるというのはとても貴重である。貴重であるからといってなにか特別なことをするわけではないが、窓の外から春の光が差し込んでいるのを感じながら、とても幸福な思いで目を覚ました。カーテンの隙間の光に幸福は隠れているのである。ヘルマン・ヘッセの「幸福論」(新潮文庫)というエッセイの中にも、朝の目覚めの瞬間の幸福感について書かれていた。「 ある朝、たぶん10歳の少年だった私は、まったくいつもと違った恵まれた深い、快い気持ちで目をさました。それが私の内部を太陽のようにくまなく照らした。今し、少年の安眠から目覚めたその瞬間に、何かあたらしいもの、すばらしいものが生じでもしたかのように。私の小さくて大きい少年の世界が新しいより高い状態に、新しい光と風土の中にはいりでもしたかのように。美しい生活全体が今はじめて、この早朝、値打ちと意味をあますことなく獲得しでもしたかのように。私は昨日のことも、明日のことも忘れていた。幸福な今日に包まれ、なごやかに洗われていた。それは快く、感覚と魂によって、好奇心も弁明もなく味わわれた。私のからだじゅうにしみとおって、すばらしい味がした(高橋健二訳)・・・・・これからなおしばらく延々といろいろ書いてある」。とにかく朝の幸福というのはいいものである。しかしながら朝は子供の部屋の2段ベッドの一階で8時半まで寝ていた。知らないうちにシュンタは野球に行っていた。Qがいっしょに寝ていたので幸福な思いではあるが、ベッドはきゅうくつだった。寝起きになぜかしらないけど、Qはフエンフエンと泣いていた。どうして子供は寝起きに泣いたりするのだろう。そしてしばらくフェンフェンいっていうと、モウダイジョブ、と立ち直っておしゃべりをした。それからお姉ちゃんたちがまだごろごろしているタタミの部屋に遊びに行って楽しそうだった。朝のジョギングをしてすっきりしたあと、ペチカとペチカの友達とQは公園に遊びに行き、妻はシュンタの弁当を届けに野球に言ったので、午前中は少し読書をした。昼はペチカとQをつれて、すき家で安上がりな昼飯を食べ、ペット屋でてんちゃんのまわし車を買い、図書館で本を借りた。
2004年04月03日 16時47分54秒

歩いて帰宅
今日は、以前おなじマンションに住んでいたペチカとシュンタの同級生の子供ふたりとそのお母さんが遊びにくるので、夜8時以前には帰ってこないでほしいといわれたが、仕事は6時半に終わった。いつもそれくらいの時間に会社にいると飲みに誘われることも多いが、今日はセリーグの開幕戦で阪神巨人戦を見るためにいつも飲みに行く人たちはみんなさっさと帰ってしまった。自転車に乗ってどこかより道して帰ろうかと思ったら、朝は雨が降っていたので、電車できえいたのだった。このまままっすぐ電車に乗ったら、15分で家に帰ってしまう。会社に残っているのも精神衛生上よくないので、そうだ、歩いて帰ろうと、家までの4駅ぶん、ゆっくり歩いた。ぼくは歩くのはすきなのだ。そしてとちゅうで、3軒の本屋に立ち寄った。一軒目は、ひとつめの駅の構内にある中古本もいっしょに売っている本屋でだった。ハードカバー本680円均一であった。たまに、内村鑑三全集、のような本をこの系列の古本屋で発見したりするが、本日は特に新たな発見はなかった。2軒目の本屋はビデオ屋と併用の国道沿いの本屋であった。ここでは1400円でハムスターの飼育本が興味深かった。アニファという小動物専門の雑誌が編集した、ハムスター飼育本であるが、半分がハムスターの病気について実際症例の写真を多用して詳しい解説がしてあった。非常に良心的な本であると思ったけど、買うのを思いとどまった。3軒目は、3つめの駅の構内にあって、ここが一番小さな本屋だった。文庫本がちょぼちょぼと置いてあって、いろいろ立ち読みをしていたら、妻より電話がかかってきて、もう友達は帰ったので、食パン買って帰ってきてくれといわれた。そこでスーパーに寄って食パンを買ってっゆっくり歩いて帰った。1時間半の帰路であった。ここちよく疲れたので今夜はよく眠れそうだ。これからたまに歩いて帰ろう。今夜は昼間からずっといっしょにいるらしい、ペチカの同級生の女の子とその妹がお泊りにきているので、部屋のすみでQとシュンタと3人で寝ることになる。
2004年04月02日 22時56分12秒

焼肉
今日も天気がよかった。夜は雨ときいていたが、無事に雨は降らなかった。今日は会社の元社員の人に焼肉をごちそうになった。ぼくのつとめる会社は、やめてしまう人が多いように思う。そして、周辺で独立して同じような仕事をしている。今日はそのやめた人に焼肉をごちそうになり、さらに、仕事をいかにするかということについていろいろとおはなしをきいた。まあがんばれといわれた。そのようにさいきんよくいわれる。ぼくはがんばらなければいけないのだろうなとおもう。でもそんなにいろいろな人にがんばれといわれると、ぼくはよっぽどがんばっていないように思われているのだなと思ってしまう。事実そうかもしれないと思えるのである。しかし、仕方がないではないかとも思う。人には人それぞれの、器量というものがあるのである。ああでもしかし、このようによくいろいろな人にがんばれだのなんだのといわれるのは、いいようなよくなくないような、だいたいもうそういうことをいわれるトシではないのではないか、やはりぼくは人間的に問題があるのだろうか。そんなことをいろいろ考えたりするときに食事をするとあまり食欲がわかなくなりそうな感じがするけどおなかがすいていたので、よく食べた。おいしかった。
2004年04月01日 23時05分31秒

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