2004年6月の日記

半分終わり
今日もとても暑かった。昼間、道を歩いたらめまいがした。クーラーをつけてクルマにのると、これはこれでますますだるくなる。夕方、クルマの窓を全開にして高速道路を走った。水曜日なので会社の帰りに教会に行き、9時半に帰宅。フロに入って、今日一日が終わる。今年2004年もちょうど半分が終わった。
2004年06月30日 22時28分49秒

夏のよう
きのうきょうと夏のように暑い日中だった。日中はクルマの中にいることが多いので、中は比較的涼しいけど出たり入ったりをくりかえしていると夕方までにはすっかりくたびれてしまう。今日は助手席に同じ会社の人を乗せていて、お弁当のおにぎりは、食べられなかった。ファミリーレストランのランチバイキングを食べた。暑いのでアイスクリームをおごってもらった。帰りは会社に帰りたくないというので家まで送ってあげたら、家にもすぐには帰りたくないみたいで、たこ焼きを食べてこうということになりたこ焼きを食べた。夕飯に食べようと思っていたおにぎりが、これでは食べられないと思っていたが家に帰るとペチカがひとつ食べてくれた。カメの水をきれいに洗った。きれいな水の中で泳ぐカメを見ながら夜のひとときをすごす。すこしすずしい。でもカメは夜行性ではないので、暗いベランダに出してすぐにおやすみなさいといった。
2004年06月29日 21時52分17秒

新選組
先週金曜日仕事の休憩時に立ち寄った古本屋に中公文庫から出ている子母澤寛の「新選組始末記」「新選組異聞」「新選組物語」の三部作が一冊105円税込みで売られていた。さらに司馬遼太郎「燃えよ剣」上下セットで315円で売られていた。状態はいずれも新刊と変わらないくらいよかった。買おうか、と思ったが、最近新選組ばかりだしな、燃えよ剣は昔読んだしな、などとなぜか思いとどまってしまった。その日が給料日で、給与明細を見て、毎月のことながら、やや弱気になっていたせいなのかもしれない。しかし、土曜日の産経新聞朝刊に連載されている「これがマコトの新選組」を読み、日曜の「新選組!」の芹沢鴨暗殺を見て、ああ、やっぱり買おうと、思い直し、今日もまたその古本屋に立ち寄った。しかし、すでに、「燃えよ剣」も「新選組始末記」も、「新選組異聞」も棚から消えていたのだった。「新選組物語」だけが一冊、残っていた。金曜日に買っておけばよかった。残念である。ぱらぱらとめくった「新選組物語」には「壬生義士伝」の主人公吉村貫一郎のエピソードがのっていた。創作の人物だと思ったけど本当にいたんだなあ、と思いうれしくなった。大事に読もう
2004年06月28日 21時11分35秒

日曜日
妻はバレーボール、ペチカはポートボール、シュンタは野球に行ったので、Qとふたりで教会に行った。Qは教会に行くときはいつもごきげんで、必ずなにかおもちゃを持っていって、そこらじゅうのおにいちゃんおねえちゃんと大人に見せてまわって、まあかわいいQちゃんという感じでかわいがられる。今日は、めずらしく、お祈りのときに、きちんと手を組んでじっとしてみんなといっしょにアーメンということができた。Qは本当は主のいのりも、こどもさんびかも、きちんと歌えるのに、礼拝のときはいつもふらふらと好き勝手なことばかりしている。でもみんな教会に来ている小学生ももっと小さいころは、そんなものだったという。Qはまだ、いい子のほうだ、しっかりしているとほめられるとその気になってうれしくなる。昼食のたきこみごはんは大人とおなじだけどんぶりいっぱい食べた。午後はQとふたりで留守番。カメの水を換えて、ポケモンの人形で遊んでいるうちに眠くなったので、2時間も昼寝してしまった。夜はまた寝ないのだろうか。昨夜もなかなかQは寝なかった。そういうQを放っておいて、「世界の中心で、愛を叫ぶ」を読んだ。読み終えた。読んでいるあいだ平井堅の「瞳を閉じて」がずっと流れていた。平井堅の歌はあんまり心引かれたことがなかったけど、この小説の映画版の主題歌はいい曲だと思う。小説も、短すぎるような気もしたけど、やはり内容に見合った長さなのかもしれないとも思った。サクちゃんは理性的な高校生であると思う。恋人が死んでただただ喪失感を抱えたまま終わってしまう話かと思ったけど、最後の章で救われた。それにしてもペチカはこの本読んで、ちゃんと意味わかったのだろうか。
2004年06月27日 18時40分39秒

読書
今日は7時過ぎに目が覚めた。そのまますぐにジョギングをした。いつものコースを半分くらい走ると雨がはげしくなった。家に帰るとシュンタは野球を休んでいた。ぼくは朝食をとったあと、映画館に行って午後3時半上映のハリーポッターとアズカバンの囚人チケットを子供2枚購入して帰宅した。最近出費が多いので、今回はぼくは自粛した。午前中は去年買ったばかりなのにこわれた扇風機をもって電機屋に行った。店の保証書がないのに妻が交渉して、新しいものと交換してくれることになるようだった。昼飯を食べた後、Qが昼寝をして、そのあと、シュンタとペチカをつれて、映画館に行った。ふたりが映画を見ている間、壬生義士伝の続きを読んだ。読み終わった。主人公の吉村貫一郎の子供はうちと同じ3人で順番は違うけど女1、男2である。読みながらペチカとシュンタとQの顔が浮かんでじわっとくるのであった。あ、ここで泣かせようとしてるな、とおもいつつ、じわっと泣けてきてしまう小説なのである。読んでよかった。次は、いよいよ妻、ペチカ、近所の主婦3名にまわし読みにされてようやくぼくの手元に届いた、「世界の中心で、愛を叫ぶ」である。ペチカとシュンタは、楽しそうな顔をして映画館よりでてきた。でも今夜はどちらかが夜中に起きてくるのだろう。
2004年06月26日 20時29分46秒

めいる
金曜日、明日は映画を見に行きたいとペチカとシュンタが言った。近所の全席指定の映画館のハリーポッターのネット予約をしようと思ったがインターネットの調子も悪くこみあってもいるのか、うまくいかない。あほみたいに帰ってから一時間以上パソコンの前に座っていて、すっかり気分が陰気になった。子供たちはテレビでハリーポッターを見ている。お父さん、ちゃんとチケット取っておいてな、と気軽に頼む。もうすこし、父上、かたじけないとかなんとか感謝の気持ちを持ってくれないものだろうか。明日、朝に並んでチケットを買おう。うそでもいいから、わあお父さんありがとう。本当にわたしたちのことをいつも思ってくれてありがとうと、感謝されたいものである。
2004年06月25日 21時38分12秒

壬生
しばしば京都市内を仕事でクルマを走らせていて、今日もまた京都市内を走っていて、信号待ちをしてふと横を見ると壬生寺、と書かれていた。いままであまり意識していないで京都で仕事をしていたが、そうだ、ここは新選組の舞台ではないか、と改めて、新鮮な気持ちに町並が映った。壬生寺の周りの細い道にクルマで入った。修学旅行生がたくさんいた。おみやげ屋さんに、誠、の旗が下がっていた。八木邸はどこだろうかとぐるりと見回したがよくわからなかったけど、たぶん知らずに通りすぎたのかもしれない。テレビドラマでも小説でも壬生は都のはずれの田んぼの中にある村であると書いてあって、そして、そこから二条城が見えたとも書かれていたが、二条城はビルにじゃまされて壬生方面からはまったく見えないし、田んぼもないし、大都会の夕方で道は渋滞していたのだった。みやげもの屋で土方歳三の顔写真入りの大きな紙袋などが売っていた。しかし、せまい道を営業車で走って、とめるところもなかったので、今日は通り過ぎるだけだったけど、少しうれしかった。家に帰るとQはすでに寝ていた。周期的にQははやく寝るのである。読書をしよう。壬生義士伝は下巻に入った。
2004年06月24日 22時00分12秒

水曜日の教会
今日は会社の帰りに教会の祈祷会に行った。今日はぼくが、発題をする番だった。そこで、下記の内容のことを話した。話をするのは、やはりむずかしいと思った。でも何事も訓練である。これから、また順番がめぐってくるかもしれないので、聖書についていろいろ今後も書こうと思う。今日しゃべったのは下の内容である。せっかくなので、日記に貼っておこうと思う。

コリント人第一14章6節から19節

異言というのは、どのようなものか、誰かが異言を語っているというような現場を目撃したこともないので、よくわかりませんが、聖書辞典を見ると、異言というのは、原始キリスト教時代には、よくある現象であったそうです。宗教的な恍惚状態に陥ったときに発する不可解な言葉をさすとあります。とくに有名なのが、使徒行伝の2章2節から4節に「突然、激しい風が吹いてきたような音が天から起こってきて、一同がすわっていた家いっぱいに響きわたった。また、舌のようなものが、炎のように分れて現れ、ひとりびとりの上にとどまった。すると、一同は聖霊に満たされ、御霊が語らせるままに、いろいろの他国の言葉で語りだした。」とあります。この文章を字面だけ読むと、なんとも不気味な感じがします。オカルト映画の一場面のようにも思います。

子供のころ、よくTVなどで怪奇特集などというものをやっていて、怖いものみたさで、よく見たものでした。キツネにつかれた人であるとか、死者の霊がのりうつってしゃべる人とか、スプーンを曲げたり、空中浮揚したりする人が出てくる番組などを見てはおそれおののいたものです。世の中には目に見えない世界というのがあるのだなあ、と素朴に感じました。けれども、少し成長すると、そういう不思議な現象が、けっきょくみんなインチキではないかと思うようになりました。TVの心霊番組というのは、まず第一に、そして、第二第三はなくて、ただただ怪奇現象ばかりどうだすごいだろう、すごいだろう、という感じではじめからおわりまで、前面に押し出します。

たしかに、こんなのみんなインチキだと、考えるようになっても、こわいことはこわい。つくりものとわかっていても、こわいものはいくらでもあります。ホラー映画などもそうですが、遊園地のジェットコースターでもぼくはこわいです。テレビの怪奇特集番組というのはジェットコースターとかそういう物質的というか生理的な意味ではこわいですが、しかしそれが自分の人生になんのかかわりがあるのだろう、と考えると、けっきょくなんの関わりもないのです。

人生に関わりがあり、またおそれなければならない方についてはマタイ 10:28で述べられております。「また、からだを殺しても、魂を殺すことのできない者どもを恐れるな。むしろ、からだも魂も地獄で滅ぼす力のあるかたを恐れなさい」これはまったく真理であると思います。そうはいってもやはりいろいろこわいものはありますが…。

子供のころ、目に見えない世界があるのだなあ、などと感じていたTVの怪奇番組が、けっきょく目に見え、身体で感じる部分では、ああこわい、鳥肌がたつ、というようには感じても、肝心の目に見えない世界については、ますますなにも見えなくなり、魂にとっても有害なものであることを知りましたので、今ではさっぱり興味がなくなりました。

そして、聖書の異言の箇所も、そういう昔見たテレビの心霊番組を思い起こすところがあります。今日読んだ箇所でパウロは、異言、というものは当然あるものとして認めています。しかし、それを、必要以上には持ち上げません。あくまでも、教会全体の徳を高めるためにもちいられる時のみ価値があるとしています。その点からいうと、異言は教会全体のためというよりも、とても個人的な神様との関係のためのものであり、この14章では、3節に述べているように「人に語ってその徳を高め、彼を励まし、慰める」預言を語ることを熱心に勧めています。預言、というのは、これもまた定義するのに難しいことばでありますが、文字どおりの意味では、神様の言葉を預かり、それを人に語ることであると思います。自分ひとりでとめてしまうのではなく、わかちあうことばであるのだと思います。

しかし、パウロはここで、異言を否定していません。「わたしは、あなたがたのうちだれよりも多く異言を語れることを神に感謝する」(18節)と自ら語っています。そして預言も異言もみな大切な神様から与えられた霊の賜物であると述べてもいます。「霊の賜物はみな種種あるが、御霊は同じである」と、12章4節にのべられています。また、主日礼拝で牧師先生がいつもイエスさまの奇跡は愛のメッセージであると述べられていますが、そのことも連想します。愛なければ、奇跡なんてジェットコースターと変わらないのです。そして、神は愛なのです。「愛がなければ、やかましい鐘や、ニョウ鉢と同じである」(13章1節)のです。

異言、とは少し違うかもしれませんが、聖書を読む中で、また、生活の中のさまざまな事態に遭遇して、ああ、神様はいてくださるのだ、と感じ、信仰を与えられたことを感謝する、この思いは、聖書辞書に書いてあったように、「宗教的な恍惚状態に陥ったときに発する不可解な言葉」と定義された異言を語る人の魂の状態と表現方法は違うかもしれませんが、根は同じものではないかと思います。どちらも同じく、自分自身の魂の渇きを満たしていただける、神様の賜物であると思います。そして、神様を信じるとはそれだけで終わってはいけないのだと思います。

マタイによる福音書18章20節にあります。「ふたりまたは三人が、わたしの名によって集まっているところには私もその中にいるのである」。また、コリント人12章27節。「あなたがたはキリストのからだであり、ひとりびとりはその肢体である」と述べてあります。

もし神様がそばにいてくれたことを感じ、そのことによって魂が満たされたら、それをひとりじめにすることはよいことではないのではないかと思います。また、そういう人はけっきょく満たされないのではないかと思います。また心が満たされたとして、そのことを言葉にして、自分以外の人にむかって解き明かすことは大事ではないかと思います。(13〜15節)そうでないと、けっきょくそれは一時的な感覚的な充足感で終わってしまうのではないか・・・と感じながらひとりで聖書を読んでいたら、なんともいたたまらない気持ちになって教会にいくことに決めました。

教会に足を踏み入れ礼拝に出席すると、礼拝の司会者の**さんも牧師の**先生も異言を語りませんでした。僕自身も知性というのは乏しいですが乏しいなりに、精一杯自分自身の信仰はあかししていくことが大事であると思います。19節の言葉、「しかし教会では、一万の言葉を異言で語るよりも、ほかの人たちをも教えるために、むしろ五つの言葉を知性によって語る方が願わしい」(私はなしたい)と書かれているのは非常に元気付けられる言葉です。もしパウロがこれを逆に語っていたら、1万もの異言を語りもしないし、聞いて理解もしない自分を悲しみなげき、とてもクリスチャンにはなれなかったように思います。
2004年06月23日 22時23分23秒

ゼニガメ
今日はきのうと反対によく晴れた一日だった。夜自転車で帰るときは、どことなく熱帯のにおいがした。日本はやや熱帯になっているのかもしれない。Qは今日のガチャポンでゼニガメのフィギュアを手に入れた。ゼニガメというのはニホンイシガメの子供のことである。子供のころから図鑑にそう書いてあったが、子供のころからペット屋でゼニガメとして売っているのはクサガメの子供だった。本当のニホンイシガメの子供のゼニガメはもはや希少品種になりつつあるのだ。少し前なら大人になったニホンイシガメはクサガメとおなじくらいの値段で売られていたが、いまは大人のものもあまり見かけない、たまにとても高価格で販売されている。ニホンイシガメというのは枯葉色をして、とても物静かで、繊細でいかにも日本的なカメである。飼いたいとは思わない。ニホンイシガメが幸せに生きられるきれいな川がいっぱいあればいいのにとは思う。フィギュアのゼニガメはとてもかわいらしい。
2004年06月22日 21時26分48秒

台風
今日は台風がやってきた。朝起きたら、町内放送がかかって、いた。町内放送は、やぐらのようなところからピンポンパンポンと音楽が鳴って、連絡事項を町内会の役員の人がスピーカーでしゃべるのだ。でもいつも音が反響してなにを言っているのかわからない。そしてやぐらがいくつかあって、それぞれで放送するのでますますわからない。それにしても今時やぐらの上からスピーカーで町内連絡をするというのは、けっこう珍しいかもしれない。反響の中でなんとか聞き取ったところによると、子供たちの学校は今日はお休みだということだった。しかしぼくは会社に行った。朝は風はあっても雨は降っていなかったので、自転車で通勤した。そして今日もクルマに乗って営業活動をした。お昼過ぎには兵庫県明石市付近を横切るでしょうと、ラジオのニュースで言っていた。そしてお昼過ぎには、ちょうどぼくはその、明石市にいるのだった。台風に向かって立ち向かうのだった。しかし、いざそのど真ん中に行ってみると、風もそれほどふいていないし、雨も降っていなかった。それからしばらくそのあたりをまわって、帰宅したのは午後7時だった。雨はやんで、雲の向こうに晴れ間が覗いていて、薄くオレンジ色にきれいな夕焼けになっていた。そして東側の空には虹が出ていた。帰りも自転車で無事帰宅した。今日は本当に台風だったのだろうか。
2004年06月21日 20時28分26秒

蒸し暑い
朝、シュンタと妻はとても早起きをして野球の大会に行ってしまった。朝食をつくりペチカとQを起こして教会に行った。教会でペチカは誕生日プレゼントにノートをもらった。もらえなかったQはジタバタと泣いた。あまりにQが泣いたので、なぜか近所の居酒屋のキャラクターのイラストのついたメモ帖をもらった。きょうは礼拝中ずっとぼくにくっついていた。ペチカが礼拝後、勉強を見てもらうので、一時過ぎまで、Qとパンを食べながら教会にいた。妻がクルマでシュンタの野球に行ったので行き帰りは自転車で、空は鉛色で強烈に蒸し暑かった。こういう蒸し暑いときには、正面から蒸し暑さに立ち向かうほうがいいと思い、昼から1時間ジョギングをすると汗をしっかりかくことができた。ジョギングをしいて家にもどると妻も帰ってきていたので、買い物に行く。父の日であるのでネクタイを二本買った。それからソフトクリームを買って食べた。それから、父の日だから許してください実はぼくはおととい酒を飲んだ帰りに本屋さんによって浅田次郎の「壬生義士伝」を買いました。といったら、別に文句をいわれなかった。でも壬生義士伝がいかにおもしろいかと、語ろうとするとすごくうるさそうな顔をされた。うちでは子供の話以外をするとすべてイヤな顔をされるのである。
2004年06月20日 17時15分39秒

ガチャポン
今日は午前中は出勤。事務所で出荷業務の電話応対等する。いっしょに出ていた女子社員がぼくの顔がさいきんやつれて見えると言う。今週3日間立ちっぱなしで展示会の接客応対をしたときも、展示会来場者のひさしぶりに会った取引先の人数名にも、やせましたね、と言われた。うちには体重計というものが置いていないので真相はわからないが、たぶんやせてはいないと思う。もしかしたら頭髪を非常に短くしたのでその影響でそのように錯覚を与えているのかもしれない。しかし女子社員は、いえ、絶対最近やせたと思います。と言い張った。言い張られると、ぼくは、そんなことはない、と反論したくなる。とくにおなかまわりはもちろん、背中とわきの下のあたりもさいきん非常に脂肪がついているような気がしてならないのだ、ほらみてごらん、と、服を脱いで見せてあげたくなったが、なんとか思いとどまった。午前中は外はとても暑かった。事務所と倉庫を言ったり来たりするとくたびれた。やつれてしまいそうだった。比較的ヒマでこれは大局的に見るとあまりいい事態ではないが、ヒマであるときにはそれはそれでありがたいので机の周りをきれいにした。ぼくは整理整頓が好きである。きれい好きである。きれい好きであるけど、大雑把とみなされやすい。どうも思いと現実とのギャップがはげしい。

昼から、Qとスーパーでガチャポンをしに行き、今日はワニガメとウミガメだった。しかしそのあと、図書館に本を返しに行って、ぼくが新選組コーナーで立ち読みしていたら、Qがおとーさん、ガチャポンがない、というのだった。図書館のどこかにガチャポンカプセルにはいったままのカメ2匹を失ってしまった。図書館の司書さんに電話番号を言って、カプセルの絵を描いてこんなカプセルの中にカメのおもちゃが入っているんです、と説明して、またスーパーに言って、ガチャポンをした。ヒラリーカエルガメ、これも二匹目だ。マタマタとミドリガメとトゲヤマガメが出てこない。ガチャポンの中身のカプセルもだいぶ減ってきた。でもこのカメガチャポンをしているのはほぼうちの家族だけではないかという気もする。もうすぐ別の中身になってしまうかもしれない。

夕方ジョギング、雲がだいぶ多くなって風が強くなってきた。明日は台風がまた近づいてくるらしい。
2004年06月19日 18時19分28秒

特になし。
金曜日、本日は帰りにビールを飲んで帰宅する。今週も終わった、と思ったら、明日も出勤だ。
2004年06月18日 22時37分47秒

パキスタンカレー
今日も一日展示会で立ち仕事だった。昼飯の時、展示会場のそばにあった、パキスタンカレーの店に行った。同じく展示会の接客業務についていた、後輩の男子女子各1名を連れて行った。パキスタンカレーには大きなナンがついていた。黄色い小さなお子様ランチふうに盛ったライスもついていた。それとサラダとコーヒーで、Aランチ888円だった。ぼくはカレーは好きで、特にインド風のシャバシャバして辛くてナンをつけて食べるカレーがめったに食べない分好きである。いつもは孤独な営業マンなのでたいていの昼飯は公園の脇にクルマを止めてひとりでおにぎりを食べているが、今日は、行きがかり上、後輩ふたりをつれてカレー屋に行ったのだ。ぼくはAランチを頼んだ、後輩男子もAランチを頼んだ、後輩女子は、倍の価格のCランチを頼んだ。それはタンドリーチキンかなにか余分についているのであった。Cランチはちょっと高いんだけど、大丈夫?とぼくは彼女に言った。え?ああホントだ、値段見てなかったです、ま、いいです。と後輩女子は微笑んだ。その微笑は、ぼくをひどく不安にさせるのであった。ええー!当然センパイが払ってくれるんじゃないんすかー!冗談やめてくださいよ!って感じの感情をあまり隠そうともしないけど一応かくしといてやるよという感じの微笑みであった。なんだか値段のことを言ったぼくは自分がこの世で一番せこい男に思えてきた。事実それはかなり確実な認識であった。そういう自分がとてつもなくなさけなく思い、結局後輩女子とついでに後輩男子の昼飯代は、ぼくが支払った。たかがこれしきのことで、どうして、けちくさい気持ちになってしまうのだろう。そして家に帰って、まず第一に今日は会社でこれこれの事情で後輩二人と昼飯を食べることになり、そういうことになったという報告をした。すると妻はそういう機会というのは年間ほとんどないことなので、たまにはいいのではないかと言ってくれた。ああよかった、そんなお金があったらQの水泳教室を一回余計にいけるのにとか言われたらどうしようと思った、よかったよかったと胸をなでおろす、自分の小ささが情けない。反省する。家に帰ると昼寝をしていないQはすぐに眠ってしまった。
2004年06月17日 21時02分12秒

留守番
昨夜カメの水を替えるとき、カメを入れている水槽代わりのプラスチックの衣装ケースが割れてしまった。何年も使用していたのでプラスチックが劣化していたようだ。そして、割れていてもなんとかカメの背中が隠れる程度の水は張ることができたが、たぶんそのうち、われ目がひろがって、水槽の水は今週中にはもれてしまうように思ったので、会社の帰りにホームセンターによって新しい衣装ケースを買った。昨日も今日も明日も仕事は一日中立ち仕事で展示会の接客応対をしている。終わる時間は早いが、終わるとどっとくたびれた。今日の教会の祈祷会はお休みすることにした。そして家に帰る、妻はバレーボールで夜10時くらいまで帰ってこない。子供3人と留守番。これもけっこうしんどい。しかし、留守番を子供3人だけにさせておくのは少し心配であるので、留守番任務を遂行するのである。
2004年06月16日 19時58分51秒

新選組
昨夜は読書にはげみ、「幕末新選組」を読み終えた。これは新選組副長助勤、永倉新八を主人公にした歴史小説である。大河ドラマを毎週見ているので、土方や近藤や山南や沖田やらが大河ドラマの俳優を思い浮かべながら読んでしまった。テレビの描かれ方とこの小説の描かれ方は少し違う。テレビの香取慎吾の演ずる近藤勇はすごくいい人すぎるので、これからどうなってしまうのだろう。そのことでテレビの方も楽しみだ。永倉さんのこともとても気になる。そういうことをずっと家で話しているのだけど、うるさがられた。シュンタは子供向けの新選組の本を読んだので、少し話しをきいてくれた。永倉新八は大正4年まで生きたそうだ。大正4年なんて、つい昨日のようである。大河ドラマも最終回の最後の10分のエピローグのところで、大正4年の永倉新八がおじいさんになって回想するシーンとかあったら面白いのにな。他にも新選組の本は山のように出ているので、また探して読もう。

朝起きて、朝飯を食べながら、この幕末新選組がいかに面白かったのかを誰もきいてくれなかったのでひとりごとのようにしゃべっていたら、きょうはペチカの誕生日であり、それを知っていたのに、おめでとうというのをしばらく忘れた。しかし今日は早く帰宅したので、帰宅後ペチカとQと3人でケーキを買いにいった。お昼寝をしていないQはケーキを食べたらすぐに寝てしまった。また静かな夜である。また読書の夜なのである。
2004年06月15日 20時35分36秒

静かな月曜
今日は多忙のため9時過ぎに帰宅。Qは寝ていた。ペチカとシュンタもぼくが腹筋をしてフロに入って夕食を食べてそのあとカメの水を洗っているうちに眠ってしまった。静かな夜である。今週は多忙なのである。夜は静かに「幕末新選組」を読もう。
2004年06月14日 22時17分11秒

ピッピッピ
朝は、Qとふたりで教会に行く。子供の礼拝が終わると大人の礼拝までの1時間弱の間、近所の公園に子供たち全員でミニ遠足に行った。ぼくもQのつきそいでついていった。池のたくさんある適度に広いよい公園だった。教会のすぐ横住宅地を越えたところにそういう公園のあるのをしらなかった。今度改めてQと自転車に乗って遊びに行こうと思う。今日はペチカがポートに行ったので、大人の礼拝中、Qが子供室で退屈して、礼拝堂に入ってきたので、礼拝の半分はQを抱えてロビーにいた。

午後、ペチカの誕生日が近いので、妻、ペチカ、Qと買い物に行く。池波正太郎の「幕末新選組」(文春文庫)を買う。古本マンガ店でシュンタがほしがっていたドカベン全巻セットがないかと思ったがなかった。そのかわり、「キャプテン」全15巻を見つけたので買った。野球少年のための古典的教養マンガである。

夕方、ジョギングをした。髪の毛を限りなくスポーツ刈に近い短さにしたので、とてもすっきり気持ちよい。頭を洗ってもピッピッピと水をはじいてすぐきれいになる。
2004年06月13日 18時54分31秒

クサガメ
今日は朝から雨だった。天気予報では昨日のうちに雨が上がるといっていたのに、朝からしとしとしとという感じで降っていた。シュンタはそれでも野球に行った。午前中は小雨の中Qと近所の100円ショップまで歩いていった。Qは黄色い小さなカサをさして、ずっとなにかおしゃべりをしていた。

100円ショップのカメのガチャポンを2回した。ワニガメとクサガメが出た。クサガメは、シークレットのタイプで通常のクサガメとは違い、オスの成熟個体タイプのやつで、真っ黒けのクサガメだった。うちで飼っているクサガメのゴジラ、も飼育して10年、当初は甲羅に金色の線が入り、顔の横にも金色の模様もあり、ひとみも、黒目と(人間でいえば白目の部分である)黄目になっていたが、いまはもうなにもかもまっくろである。当初飼っていたカメとは別の種類のカメではないかというくらい真っ黒である。このうちのクサガメと同じフィギュアが手に入って、とてもうれしい。あとは、ミドリガメがあたればいいなあ。

昼から床屋に行った。スポーツ刈に近いくらい短くすっきりした。少し雨がこやみになったのでジョギングをした。ペチカはポートの練習に行った。走り終わるとまた雨が降ってきた。びしょぬれになってシュンタが帰ってきた。ペチカもかさをもたないで練習にいったので、びしょぬれで帰ってきた。カメの水を換える。クサガメのゴジラの鼻先にクサガメフィギュアをぶらぶらさせるが、知らん顔をされた。
2004年06月12日 16時37分51秒

台風
今日は、会社から帰ったら、Qは寝ていた。昨日は11時くらいまで起きていたが、今日は周囲の協力もあって、昼寝をさせなかったそうだ。昼寝さえしなければ、Qは寝る。でも、家に帰って、Qが寝ていると、ぼくが帰ってもよろこんでくれるものが他にいないので、すこしさびしい。Qはいつもお父さんに絵本を読んでもらって、そのあと、いっそにころがって寝るのが大好きなのだ。あまり寝ないでずっと起きていられると少しイライラしてしまうこともあるが、もうすぐ、なにもいわなくても一人でさっさと寝てしまう日がくるのである。シュンタもペチカもさっさと寝てしまう。ときどきシュンタは真夜中起きてくるけど。風が吹いている。台風4号が近づいて空はよく動いていた。でも台風は消えてしまうのだそうだ。
2004年06月11日 20時25分59秒

ふんだりけったり
今日は仕事中、所用のためクルマを路肩に寄せようとしたら、ガードレールに、少しぶつけてしまい、左のフォグランプのカバーを割ってしまった。その他本日は踏んだり蹴ったりのような一日であった。新しいカロリーオフのコカコーラも自動販売機で買った。はじめ通りがかりの自動販売機3台連続くらいで、このコーラは売り切れランプがついていた。そうすると、とてもほしくなったので、4台目の自動販売機でようやく購入することができた。去年はバニラコーラというのがあった。こちらのほうが、珍奇な味であったが、最近みかけないけどもうなくなったのか。
2004年06月10日 22時33分38秒

話しかたの訓練
今日は教会に寄って祈祷会に出た。水曜日の夜はすっかり習慣になっているのである。毎週交代で聖書の任意の箇所を選んで、発題者が20分くらい話をして意見を述べ合う。今日は神学部の学生をしている人なので、大学の礼拝の時に話した説教の内容について意見交換をした。いつもぼくはそういう話をきくのがとても好きであるが、自分でなにかをはなすときはあまり何もいえない。そういうことに別に情けない思いはしないけど、せっかくの機会なので、毎週水曜日に話し方の練習というのもひちつのテーマにしてもいいなと思う。自分が一番関心のあることなのだから、そのことについて、きちんと話せるようになりたいものである。コリント人第一の手紙14章で、パウロは異言と預言について話している。異言というのは、宗教的な恍惚状態になったときに口にする意味不明な言葉をさすらしいが、そんな不気味な現象を目撃したことはないが、パウロはこれを神の賜物と当然のごとく認めている。かといってその現象そのものをあがめたてまつったりはしないのである。それは個人的なめぐみの問題であり、むしろ教会全体の徳をたかめるため、「人に語ってその徳を高め、彼を励まし、慰める」ための預言のたまものを求めよと描いてある。預言というのもまた定義するのにむずかしい言葉であるが、だいたいの意味はたぶん、神様の言葉を預かり、それを人に語ること、であると思う。神様から何かを得たら自分自身で受け取ったままにしているのではなく、人に語りわかちあうというのはとても大事なことではないかと思う。ということで、毎週水曜日は話し方のトレーニング、祈り方のトレーニングとしてよい機会であると思う。こんどぼくの番がまわってきたらコリント人14章について語ろう。
2004年06月09日 23時27分35秒

ふんばった
今日は会社の帰りにビールを飲んできた。帰ってからQがなかなか寝なかった。いっしょに寝て、そのまま寝てしまいそうだったけど、ふんばった。酔いも覚めた。今夜は比較的すずしい。
2004年06月08日 23時12分03秒

梅雨入り
梅雨入りになったとたんに、むわっと蒸し暑い。雨は時々降った。時々さああっと降ってあがると、ますますむわっとする。カメは朝からとても元気に水槽の中をすいすいと泳いでいた。むしむし暑くなると、カメはとても元気になる。飼い主の姿をみかけると水槽にはりついて、エサを求めてくる。カメのエサを水面にばらまくが、それでもまだこちらに向かってバシャバシャあばれるのである。飼い主とエサとの区別はあまりついていないみたいだ。カメは元気だと思いながら出勤した。

ぼくが出勤している間に妻は、QをQのおともだちのゆめちゃんちに預けて、主婦3名で映画を見に行ったのだそうだ。「世界の中心で、愛を叫ぶ」を見に行ったのだそうだ。ゆめちゃんのお母さんは、すでにこの映画を見ていたので、妻はペチカの図書館で買った原作小説をゆめちゃんのお母さんに貸すことで、Qを預かってもらったのだ。ぼくはまだその小説を読んでいない。そして主婦3名で映画を見て感動の涙を流して帰ってきて、Qをひきとりにゆめちゃんちにいくと、ゆめちゃんのおかあさんが本も返してくれた。その本は今度はいっしょに映画を見た主婦のひとりの手に渡った。

本を貸すとたいていは戻ってこないのである。ゆめちゃんのおかあさんは律儀であった。称賛に値する。ぼくは数年前これもベストセラーであったが、「神々の指紋」、という本を読んだ。これを誰かに貸したのであるが、誰に貸したか忘れたが、確実にぼくのもとには戻っていないのである。そういう運命になった本はいくつかあるような気がする。「世界の中心で、愛を叫ぶ」はぼくはまだ読んでいない。いつか読む日がくるだろうか。
2004年06月07日 21時12分50秒

家族で教会に行く
今日は、シュンタの野球が休みだったので、シュンタとペチカとQの3人を連れて教会に行った。シュンタはクリスマスのときと、あと一度、教会には行ったことがあり、今回で3回目である。行く前は、ぜったいペチカもこいよな、と若干不安な様子を見せていたが、教会についたら、すぐになじんで、女の子ともなかよくなって、急に態度がでかくなった。礼拝が終わってカレーを食べても、今日は月初めで、いろいろ午後からも会合があるのだが、ペチカがポートボールのため、すぐに家に帰る予定だった。しかし、シュンタが帰りたがらず、そのまま子供たちの会に居残ってしまったので、シュンタを置いてひとまず家に帰った。一時間後にペチカをポートの練習に送り出し、妻とQをつれて、また迎えに行った。子供の会というのは、聖書の勉強のほかに、学校の勉強を教えてもらったりできるところで、勉強嫌いのシュンタであるのに、教会の先生に出してもらった割り算の問題をせっせと解いて幸せそうだった。ひさびさに本日は家族全員で教会に足を踏み入れたのである。個人的にとてもうれしい。
2004年06月06日 18時00分46秒

ガチャポン2
土曜日がようやく来たので、朝起きてジョギングをしてから、Qをつれて近所の100円ショップのカメガチャポンに行った。思い切って3回300円ガチャポンをした。ゾウガメと、インドホシガメと、ミナミイシガメが出た。ミナミイシガメはクサガメに似ているが、もうすこしまるみがあって、色も薄い。本物を何度かペットショップで見かけたことがある。ゾウガメはふたつになった。インドホシガメはとてもきれいな模様のあるリクガメで飼育するのは大変であるときいたことがあるが、これはフィギュアなので大変ではないのである。カメフィギュアをずらりと六つ並べた。それから、前に海遊館に行ったとき、500円で手づかみで、ゴム製のカメを何個か取ったのがある。このカメを取ったときはそれはうれしかったが、現在のカメフィギュアに比べると、やはり少しちゃちである。おなかにMADE IN CHINAとか書いてある。それでもそのカメさんたちを並べると、だんだんコレクター的よろこびが内心より湧き出てくるような感じがしてくるのである。ぼくは特に今まで趣味というものがなかったのでこれからチビチビとカメ関係のグッズを集めようかと思う。

今まで集めたものはなんだろう。子供のころ、ジュースやビールの王冠を集めたことはある。そのころソフトボールチームに入っていて、練習が終わるといつもビン入りぺプシコーラ300ミリリットルをもらえた。そして、そのペプシ、あるいはミリンダの王冠というのを毎週すべてなぜかぼくがもらっていた。家の中にはペプシとミリンダの王冠がたくさん増えた。時々練習以外ではコカコーラを飲んで、コカコーラの王冠も集めた。ペプシでもコカコーラでもそうだったと思うが、コーラの王冠のウラには、グレーのプラスチックの中ブタ(?)のようなものがついていて、それをめくると、あたりとかはずれとかスーパーカーのイラストなどが印刷されていたような記憶がある。それはぼくにはとても魅力であった。ひとつひとつの王冠に愛着があった。それからどこか法事にいったときなどはキリンビールやアサヒビールの王冠を集めた。昔のビールの王冠はたしか後ろがコルクだった。そしてコルクにはマジックで名前が書きやすかった。そして、王冠で世界を作って遊ぶのが好きだった。ペプシ王国やミリンダ王国やキリン軍団やらいろいろつくって遊んだ。ときどき月桂冠一族という日本酒のでべそみたいなフタもあつめて、月桂冠一族はペプシ王国と交戦したのである。そういうふうに集めるのは好きなことがあった。何年か前、親戚のおじさんが死んだとき、葬儀場でやはりたくさんのビンビールが出され、王冠がいくつかぼくの前に転がったときふとその少年時代のころを思い出し、王冠のいくつかを喪服のポケットに入れて持ち帰ったが、持ち帰ってみたものの以前のような情熱はよみがえらなかった。
2004年06月05日 16時59分36秒

ねないQ
Qが全開でちっとも寝ようとしない。きくところによると今日は3時間昼寝をしたそうだ。まだ寝ない。
2004年06月04日 23時39分20秒

ガチャポン
100円のガチャガチャ(ガチャポン)の景品で、ユージンというメーカーの「原色爬虫類図鑑改訂版カメ目」というのがある。カプセルの中にとても精巧なカメのフィギュアが入っている。この前の日曜、少し離れたところのスーパーに買い物に行ったとき、おもちゃ売り場でそのガチャポンをみつけ、一回やったら、ニホンスッポンのフィギュアが出てきた。今まで、そういうおもちゃに関してまったく関心がなかったが、そのスッポンがとてもリアルにしっとりのっぺりした感じがとてもかわいらしくてとても気に入った。動物好きのQもおおよろこびだった。でもどちらかといえば、ぼくのほうが喜んでいる。親孝行なQは、妻とその後買い物に行ったとき、同じ種類のガチャポンを、すぐ近所の100円ショップで発見した。カメさんのガチャポン!と横にならびうアンパンマンのガチャポンには見向きもせず、カメガチャポンにしがみついて大喜びしたのだそうだ。そして、それを発見した火曜日に、ヒラリーカエルアタマガメを(腹甲の模様まできめこまかくうつくしい)、そして、今日もう一度そのショップに立ち寄りまたガチャポンをして、アブラダルゾウガメを手に入れてくれた。そして仕事中のぼくのところに電話をしてきて、オトーサン、ゾーガメさんあったよ!と報告してくれた。とてもうれしかった。ぼくは会社の帰りに、その100円ショップに行って自分でもガチャポンして帰ろうかと思った。でも、見栄っ張りなので、スーツ姿の大人がひとりでカメさんのガチポンをするというのは、少しはずかしかったので、ガチャポンを確認しただけで、前をとおりすぎるだけにした。土曜日にでもQといっしょにガチャポンしよう。クサガメとミドリガメのフィギュアがほしいなあと思う。
2004年06月03日 22時15分20秒

スイミング
きょうは水曜日なので会社の帰りに教会の祈祷会に行く。きょうはぼくは体について考えた。身体というのは大切である。霊も大切であるが、からだは大切である。ということを考えた。時事問題について話が長くなり遅く帰る。Qが元気だ。きょうはスイミング教室に行ったそうだ。ビデオを見せてもらった。教会でもそうだが、つねに団体行動を乱す傾向にあるQとしてはめずらしく、ものすごくたのしそうにコーチに手をもってもらってバタバタ泳いでいた。スイミングスイミングと寝る前まで元気に言っていた。その昔幼稚園のころ、このスイミングスクールにはシュンタもしばらく通っていた。スイミングセンターのコーチのひとりが、Qの帽子にはりつけた名札を見て、もしかしたら、シュンタくんの弟さんですか、と妻にきいたそうだ。そうですけど、なんで知っているのですか、ときくと、その昔シュンタが生徒であったころ、ちょうどQが生まれて、弟ができたんだよ、名前はQっていうんだよ、とそのコーチにおしゃべりシュンタが話していて、Qなどというけったいな名前なのでコーチの記憶にこびりついていたらしい。だからすぐにシュンタくんの弟と気がついたとのことだ。その話をきいて、ちゃんと教え子のことを忘れないえらいコーチだなあと思った。
2004年06月02日 22時57分18秒

修学旅行
6月はじめの日。天気はとてもよい。明日は本当はペチカの修学旅行だったが、5年生が宿泊訓練というお泊り遠足に行ったとき、多数が食中毒になって新聞にまで載ったので、その余波で修学旅行が9月まで延期になった。少しかわいそうに思う。きょうは特に天気がよかったので、仕事をしながらペチカはかわいそうだと思った。9月に延期された修学旅行は、伊勢神宮と、志摩スペイン村に行くのだそうだ。ぼくは小学校のときはどこいっただろうか。5年生の時は日光へ行った。日光のホテルに泊まったとき、いっしょの部屋の怪談好きの同級生が、行きのバスの中で「ホテルの人からきいたんだけど、この部屋は、昔首をつった人がいて、夜中になると、天井からポタポタ血がしたたり落ちてくるんだって」、なんてウソばっかりの話をしたけど、これが夜中になるとなんだか本当の話のように思えてきて、上向いたら血が顔にかかってしまいそうな気がして、横を向いたけど、横を向いたら壁に首つった人の影が浮いているような気がしてそれはそれはこわくてこわくて眠れなかった。6年生のときは、会津方面だっただろうか、野口英世の記念館とか、白虎隊の切腹したとことかを見学したような気がするが、もしかするとこれは別の機会に行った記憶とごっちゃまぜになっているかもしれない。夜のことは覚えている。長方形の大きな部屋に同じクラスの男子20人ぐらいがずらっと並んで寝たのだと思う。誰が一番最後まで起きているか競争をした。寝そうになったらぜったい起こしてくれととなりに寝た男に頼まれてぼくは律儀にそいつが寝そうになるたびに揺り動かしていたらしまいには、いいかげんに寝かせろ、とそいつは怒り出した、という理不尽な思い出がある。ぼくは最後の最後まで起きていた。最後まで起きていると、そんなにうれしくない。だんだんだんだんこわくなってきた。修学旅行はそうやって夜寝るときの記憶ばかりが鮮明である。
2004年06月01日 21時23分32秒

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