課題

文化講演会を聞いて

今回の講演会ではあげられた日本のグローバル化の11のテーマを通して<世界に進出する日本ーその人、文化>についてよく理解することができた。その11のテーマのなかで私が興味を持ったのは海外に輸出される文化は変わるという事と日本のグローバル化は日本人の国際化を阻止するという事の2つのテーマであった。

一つ目の興味を持った海外に輸出される文化は変わるというテーマは海外におけるカラオケの位置付け例に挙げて説明していた。日本では大衆の娯楽としてあるカラオケは台湾では高級な娯楽になりベトナムでは風俗産業になっている。 また私はテレビなどで台湾の日本ブームについての報道を見て、文化が間違って伝わっている場合もあることを知っていたのでこのテーマをすごい納得することが出来た。

二つ目の興味を持った日本のグローバル化は日本人の国際化を阻止するというテーマは日本のグローバル化の進んだ日本人が10000人以上いる都市を通して説明していた。例えばシアトルを例にとってみると観光または仕事で1ヶ月滞在すると不動産屋からスーパーマーケットまであらゆるところに日本人または日本語の話せる地元の人がいるのでその滞在期間に一度も英語を使わない場合があるのである。したがってこのようなグローバル化の進んだ都市では小さな日本を形成している為、日本人の国際化という面から見るとマイナスである。これらのことより私はこのテーマについてよく理解することが出来た。

最後に今回の講演会は色々なデータや例を挙げて説明して下さったので、私にとって理解しやすいものであった。また今まではグローバル化や国際化という言葉は頭の中でぼんやりとした存在だった。しかし今回の講演によって理解することが出来た。この事が自分にとって一番のプラスであったと私は考える。

経済史の理論の感想

経済史の理論を読んで私が一番印象的に感じたものは、「経済学から発して、他の社会分野、例えば政治学、宗教、科学、工学にまで糸はつながっている。それらの糸はそこから更に伸び、ふたたび経済学に立ち帰ってくる。」という言葉であった。
経済史の理論を読んでいて私は経済史の持つ大きな役割の一つを知ることが出来た。その役割とは経済学者、政治学者、法律学者、社会学者および歴史家、一般史家、思想史家、技術史家などが、一堂に会して互いに話し合える公開討論の場をつくりあげることである。このような役割を果たせたのは、経済史は分化(経済的諸活動内部の分化だけでなく、他の種類の諸活動からの経済的活動の分化も意味する)の過程であると、しばしば示されるということが挙げられる。その理由には三つの事柄がある。第一に、経済史の「数量経済史」の盛行にもかかわらず、経済史家は、経済学者のようには、自己の問題を純粋に数量的に把握しようとないという事。第二に、時代をさかのぼればさかのぼるほど、得られる数値がきわめて断片的になるという事。そして最後に、過去にさかのぼるにしたがって、人間生活の経済的側面が今日ほどには他の諸側面から分化していないということである。このような事柄から、経済史は最初に述べた著者の言葉の中の、「糸」の働きをしているのであると私は考える。

最後に私の意見を述べると、現在の社会的事象・社会的問題で、経済学・政治学等の学問上の領域をはっきり限定できるものは、学問上の分化が「現実の世界」で実際に起こりつつある事柄と一致している場合だけであり、実際に起こりつつある全ての事柄にはあてはまらない。したがって社会的事象・社会的問題を一つの学問領域で限定して解決等をするのではなく、社会的事象・社会的問題を複数の学問領域で分担して解決等をしていく必要があると私は考える。また、私は経済史を単なる学問と捉えるだけでなく、複数の学問を結び合わせる「糸」であると理解したいと思う。

社会科学における人間を読んで

「社会科学における人間」とは社会科学における理論的思考、つまり社会科学的理論を構成して、それによって社会現象を整理・把握していこうとする、理論的思考の中で、人間がどういうふうに位置付けられ、関連づけられ、そしてどのように取り扱われるか、という問題である。それには二つの重要なものがあり、しかも、二つはいずれも現在、世界的な規模で現れてきている問題である。今回はそのうちの一つを考えてみる事にする。

その一つとは先進国と後進諸国の間に生じているいわいる南北問題である。第二次世界大戦後、先進国の植民地であった国々がどんどん政治的には独立していった。しかし政治的には独立した国も、経済的には先進国に従属的である。また同じことに、従来から政治的に独立していたものの、経済的には先進国に対して従属の関係にある国々にもついても言えるのである。したがって、発展途上国は、一方では政治的に独立しつつも、他方では経済的にはどうしても先進国と従来どうりの関係を続けざるをえないのである。
逆に先進国側にしても発展途上国と従来の関係を続ける必要がある。その理由は発展途上国は先進国に対して、投資先・商品の市場・資源の供給地として期待されており、離れるわけにいかないのである。だから、先進国は発展途上国に対して、いろいろと援助の手を差し伸べたのである。
しかし、うまく行きそうに見えていて思わぬ障害に逢い、うまく行かないのである。それはすなわち、先進国の真剣な努力にもかかわらず、そうした意図に反した結果が出てきているということである。そういった結果になったのは、次のような問題があったからである。
今までの社会科学の諸理論(経済学等)は、ヨーロッパやアメリカの先進国の経験に基づいて、作られたものであるので、発展途上国にはうまく当てはめる事が出来ない。したがって、そういう従来の理論では、発展途上国の問題は割り切る事が出来ないのである。
この事が「社会科学における人間」という問題の重要なものの一つである。 

近代経済学の歴史を読んで

今回、この近代経済学の歴史という文庫本を読んで一番関心を持ったのは、題4章のケンブリッチ学派の景気変動論であった。その理由は、私自身が景気が悪いとか良いとかの実感が無く景気の変化について全く知識が無いという事と、景気は私達の生活に密接に関係した存在であるので、景気という事柄の内容を把握しておく必要があると思ったからである。

まず始めに述べていたのは、「景気変動の問題」であった。資本主義経済はおのずから恒常的な成長を遂げるものではなく、産業活動は、国際的なつながりにおいて半ばリズミカルに、一定の波長をともなって波をうちつづける(この事実は、第一時大戦までの十九世紀の競争的資本主義について、典型的時系列から確認されている)。ここであげられてた一つの例を引用してみる。ケンブリッジのマシューズは、イギリスにおける景気循環の周期性に関して、「観察された変動のタイミングは、十九世紀初期から第二次世界大戦に至るまで、約七ー十ヵ年型に驚くほどよく一致している。この意味で、七ー十ヵ年循環「発見者にちなんでジュグラーの波と呼ぶ)は現実性を持つ。」としている。
しかしながら、ジュグラーの波が純粋に検証されるのは、先に述べた期間の初めの方だけで、後になると、たとえ七−十年サイクルがあらわれたとしても、それは各種の長期波動の複合的な結果であったり、とりわけ両大戦間の多くの部分において「構造的動揺が繁栄の水準に決定的な影響を及ぼした」という保留が付かされる。
このことより、景気というものは国際情勢に左右されるものであると、言えると思う。したがって、景気の変動を考える上で、一人一人がグローバルな広い視野を持つ必要があると私は考える。

吉備高原都市の取材課題

まずはじめに吉備高原都市の基本構想のあらましを述べる。基本構想では、賀陽町東部と加茂川町西部の約1800ヘクタールを計画区域とし、これを取り囲む岡山市を含む賀陽・加茂川の三市町の地区六万二千二百ヘクタールが関連地区とされた。
計画地区には、保険福祉区・自然教育レクリエーション区・研究学園区・センター区・産業区・住区・農用区が設定されていて、各区にふさわしい諸施設を整備して、それぞれの機能が相互により連携し合って総合性が確保できるような計画となっていた。
そしてこの基本構想の策定を受けて、昭和五十年四月、吉備高原都市という新都市の建設が始まった。
今回は私が見てきた施設を中心に吉備高原都市の現状と未来像を考えていきたい。

吉備高原の基盤整備状況

<道路>
                            吉備高原都市には「吉備新線」「吉備環状線」の二つの主要な道路がある。「吉備新線」とは、岡山市街地と吉備高原都市を結ぶ新しい道路として計画された、総延長二十五キロの県道である。吉備環状線とは、吉備高原都市内の幹線道路として整備が進められている、中央分離帯と両側に歩道を備えた幅二十六メートルの四車線道路である。またこの道路は将来、新都市内を一周する予定であり、吉備高原都市の交通の中心である。他にも、北部住区の幹線として岡山県が建設した「住区一号幹線」や、新都市内の十字橋の東北にある歩道者専用の道路である「吉備北歩行者専用道」などがある。
これら吉備高原都市内の道路の特徴は、碁盤目状や放射線状ではなく、各ゾーンを結ぶ幹線道も環状線他の道路も同一区域内では環状とするのを基本として、車の通り抜けを抑え、車椅子でも安心して目的地へ行けるように工夫をこらすなど、全体として新都市づくりの基本理念が反映された設計となっている点である。
<鳴滝ダム>
このダムは、新都市とその周辺地域の水源確保と洪水調節のために造られた多目的ダムであり、吉備高原都市づくりのトップを切って岡山県が建設した。新都市の水がめである。
また水道事業は、加茂川町と賀陽町とで設立した「吉備高原水道企業団」が管理運営を行っている。

保健福祉区

<福祉のむら(吉備の里)>
福祉のむらは、単なる福祉施設の寄せ集めではなく、身体障害者や精神薄弱者が自然の中で生産に従事しながら、生きがいをもって生活し、自立を目指すことを目的につくられたものである。
施設内には授産施設と福祉農園が設けられていて、そこで生産・加工された品は、「ふれあいプラザきびのさと」で展示即されている。
また福祉農園は、入所者の授産の場というだけでなく、地域交流の一環として農園を一般開放するなど、農林公園的に整備されているという特色をもっている。
<吉備高原総合リハビリテーションセンター>
主として労働災害を被った人などを対象に、初期治療から機能の回復訓練・職業訓練・社会復帰までを一貫して行う中国四国地域の中核的な施設である。
<岡山年金ホーム>
この年金ホームは、吉備高原総合リハビリテーションセンターの北東にあり、全国で初めての高齢者向けのリハビリペンションである。また吉備高原総合リハビリテーションセンターへ通院しながら長期滞在できるのが特色である。

中小企業研究研修センター区

<吉備高原ニューサイエンス館>
この施設は、岡山県民の科学技術に関する知識の高揚と中小企業の技術力の向上を目的につくられた。
ここには、先端技術や未来技術を分かりやすく展示する部門をメインに、中小企業の技術力の向上を図るためのコンピュータ研修施設や、バイオテクノロジーに関する研究開発を支援する開放実験室が備えられていて、新しいタイプの多機能複合型施設となっている。また正面のステンレス製の高さ十八メートルのモニュメントが印象的であった。

センター区

<業務商業ビル>
建物の内部には公共スペースが多く確保されており、人間尊重・福祉優先の吉備高原都市の理念からスロープや車椅子用リフトなども完備されている
一階には銀行・農協・スーパーマーケット・理容店などがある。二階には飲食店と多目的ホール、三階には大研修室(体育館)とリゾートホテル、四階にも同ホテルが入っている。
またこのビルは、都市内居住者や施設利用者のほか、周辺地域の人たちのための都市的利便施設となるように設けられたもので、隣接のコリドール(回廊)や円形の広場などと一体になって、潤いと憩いの場を提供している。

研究学園区

<吉備学園高等学校>
この高校は、岡山県が学校施設を整備し、県や民間などで構成する学校法人が運営するという、独自の公私協力方式で設置された共学の全寮制の普通科高校である。学科は体育・福祉・国際情報ビジネス・工芸・陶芸・緑地造園・建築技能・ファッション・クッキングという特色ある八コースがあり、単位制が取られている。
ここでは、これまでの高校では学び難しい技能の習得を望む人や既存の高校になじめず進学していない人、高校を中退した人で勉学意欲がある人などを受け入れて、恵まれた自然の中で、教職員と生徒とが生活を共にしながら、人間的なふれあいをを深めるという、「全人教育」が実践されている。

最後に私が見てきた吉備高原都市の印象を述べると、都市内全体の設計がゆとりがあったと思う。例えば店や施設の廊下などの空間がゆったりしたものであったり、建物と建物の間のスペースが広く開けてあり町全体がギスギスしていなかった。また自然と近代的な新都市の景観が非常に合っていたと思う。私は二度の取材で吉備高原都市の魅力がわかった気がした。
将来像について考察してみると、交通の便が今以上に発達すると推測される点や居住区にまだまだ空きがあるという点、これからの社会は高齢化社会という点から、吉備高原都市はこれからより発展すると私は考える。

世界銀行は地球を救えるかを読んで

私がこの本を読んで関心を持ったことは、世界銀行とは、世界銀行の設立を決めたブレトンウッズ憲章には純粋な経済機関であるとうたわれているが、何十兆ドルにも達する貸出は、その「おはなし」の一部分でしかなく、それどころか、世界銀行はとてつもなく大きい政治的権力をも行使するにいたっている。ますますグローバル化しつつある世界における超国家機関として、世界銀行はいまや、アフリカから旧ソ連にいたるまで、国家の政策について、当事国よりも強大な発言権をもつにいたっている、ということである。
なぜ、世界銀行は権力をもっているのか?ということについて、著者は本書の中でフランスの社会学者ピエール・ブルデューの言葉を借りてこう述べている。世界銀行が権力をもつのは、あいもかわらず経済資本を象徴資本に変える能力、およびその逆をやれる能力のためである。そしてその経済活動は、おカネ、つまり年十億ドル以上の利潤だけでなく、巨大な権威を生み出す。
最後に、今回この課題をやって私が感じたことは、世界銀行は銀行としての経済的側面よりも、世界経済のバランス取り・世界中の市場をつなげる統合化の道具・道案内的な役割など、その存在自体がもたらす役割の方が重要であるということである。

諸国民の富を読んで

諸国民の富を読んで私が一番関心を持ったことは、第2編・第5章の資本のさまざまの用途についてである。
資本というものは、4つの異なる方法で使用しうるのであって、すなわち第1に、社会の使用および消費のために年々に必要とされる粗生産物を調達するためか、または第2に、直接の使用および消費のためにこの粗生産物を製造したり調製したりするためか、あるいは第3に、粗生産物かまたは製造品かのいずれかを、それらの物が潤沢な地方から欠乏している地方へ運送するためか、さらに最後に、この両者の特定部分をそれを必要とする人々の随時的な需要に適するような小口に分割するためか、のいずれかに使用しうるのである。第1の方法に使用されるのは、土地・鉱山または漁場の改良または耕作を企てるすべての人々の資本であり、第2の方法でそうされるのはすべての親方製造業者のそれであり、第3の方法でそうされるのはすべての卸売商人のそれであり、そして第4の方法でそうされるのはすべての小売業者のそれである。
このようにすべての資本はこの4つに分類され、このほかに資本を説明することは非常に困難である。私は今まで、一口に資本=お金のように認識していた。しかし、この本を読んでみて資本の本当の意味を知ることができたと思う。

資本論を読んで

資本論を読んで自分が最も興味深かったのは、『資本主義的生産様式の支配的である社会の富は、「巨大なる商品集積」として現われ、個々の商品はこの富の成素形態として現われる。したがって、われわれの研究は商品の分析をもって始まる。』という本文の、「われわれの研究は商品の分析をもって始まる」ということであった。
その理由は、商品はその時代時代により特徴をもち、商品により時代の背景が解かると考えられるからである。例えば、資本主義的生産様式の支配的である社会である日本の現在を例に挙げてみると、ここ数年、癒しを目的にした音楽が流行している。そこから推測される社会状況は、ストレス・疲れというようなことである。このように商品はその時代背景に合ったものを開発されている。したがって商品を分析することにより、社会状況・人々の生活状況などが解かるのである。
最後に、この資本論を読んでみて、商品についての考え方・見方が大きく変わったと思う。

雇用・利子および貨幣の一般理論を読んで

雇用・利子および貨幣の一般理論を読んで一番関心を持ったことは、第6編の第24章である。私たちの生活している経済社会の顕著な欠陥は、完全雇用を提供できないということと、富および所得の恣意的で不公平な分配である。
十九世紀末以来、とくにイギリスにおいては、直接課税―所得税、不課税、および相続税―の方法によって富および所得のきわめて大きな格差を除去するに向かって、著しい前進が成し遂げられた。多くの人々はこの過程がさらに一段と押し進められる事をおそらく希望している。しかし、二つのことを考えて思いとどまっている。一つは、巧妙な脱税がきわめて有利になり、さらに危険負担への動機が過度に減退するという懸念である。もう一つは、著者の考えではこれが主たる点であるが、資本の成長は個人の貯蓄動機の強さに依存し、私たちはこの成長の大部分を富者の余剰からの貯蓄に仰いでいるという信念である。
最後に、一つ目に述べた脱税がやりやすくなったということについて、私の意見を述べたいとおもう。今もニュースで、芸能人の脱税が話題になっている。一人一人の心のもちようで無くなっていくと私は思う。

経済発展の理論を読んで

経済発展の理論を読んで私が一番関心を持ったことは、第三章・第二節の資本についてである。
今やすでに長い間規定されることを待っていた観念に表現を与えるべきときである。それはすべての実業家の熟知するところである。すなわち、新しい生産に必要な財貨が購買力の介入によって、すなわち市場における購買によって循環における特定の用途から引き抜かれるような経済形態が資本主義的経済であり、他方なんらかの命令力あるいは全員一致によってこれがおこなわれるような経済形態が資本なき生産を示す。資本とは、企業者が彼の必要とする具体的財貨を自分の支配下におくことができるようにする挺子にほかならず、また新しい目的のために財貨を処分する手段、あるいは生産に新しい方向を指令する手段にほかならない。これは資本の唯一の機能であって、これによって経済の有機体におけるその地位が特徴づけられるのである。われわれは資本現象の本質に肉迫するために、資本の機能から出発するのであって、たとえばその言葉の慣例やわれわれの術語上の必要から出発するのではないことに注目すべきである。