カバリエル・セルバンテはルネッサンス時代にイタリアの海の都「ヴェネツィア」に実在した騎士です。ヴェネツィアは5世紀の頃、ローマ帝国の衰退に乗じローマ帝国周辺のフン族の侵入から守るため、アドリア海の潟に移動し、そこに移住するための都市を建設したのが始まりです。海の要塞で外敵から攻められることもなく安全ですが、自給できるのは「塩と魚」だけで食品やその他の日用品を買うために、東地中海貿易でコンスタンチノープル(現在のイスタンブール)まで行き、インドからの香料を買いつけ、ヨーロッパ諸国に売る商業を主産業としていました。
男達はそのため国を長期留守にする事が多く、そのためヴェネツィアで留守を守る女性のため雑用をする少年達…ガバリエル・セルバンテ「奉仕する騎士」がいました。
このクラブは女性は、テニスの実力もあり、クラブの趣旨の融和と親睦の中心になる存在で、男性会員は敬愛の念で接し、勇気と正義感を持つガバリエル・セルバンテ、略して「セルバンテ」と名づけたわけです。
なぜルネッサンスかといえば、中世の価値観が壊され古代ローマ帝国の人間中心主義に回帰したその精神と、わがクラブもオレンジテニスクラブが壊れ拠って立つところがなくなり、真鍋会長の提案した「テニスを愛する人の融合・親睦」という精神に回帰し新しいクラブを創設したという点で、まさにルネッサンスそのものだからなのです。
また遠藤秀雄企画部長が調べたように「SERVENTE」は英語の「サービス」です。テニスはサービスから始まり、まさにわがクラブのスタートにふさわしい名前でしょう。
セルバンテに似た言葉があります。それは 『セルバンテス』 という単語でセルバンテに『ス』が付いただけでまぎらわしいものですが、これはスペインの作家の名前で「ドンキホーテ」の作者です。ドンキホーテも一人の騎士
と家来の旅道中の風車に向い戦いを挑んだと言う話で有名ですが、当時のスペインの社会を風刺した作品です。セルバンテもセルバンテスも騎士に関係がすることでは共通するところがありますが、間違わないで下さいね。
(3/3 芳賀先生 談)
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