競馬年代史

自分の競馬に対する意見を年度(競馬年度)ごとに語る。
2002年
2001年
2000年
1999年
1998年
1997年


2002年(年度代表馬:シンボリクリスエス)

2001年(年度代表馬:ジャングルポケット)

2000年(年度代表馬:テイエムオペラオー)

1999年(年度代表馬:エルコンドルパサー)

1998年(年度代表馬:タイキシャトル)
 年明けからはしばらくはイシノサンデーを追いかける。ずっと本命にしていたが結局勝つことなく引退してしまった。そのイシノサンデーを負かし続けたのがサイレンススズカ、本命を打ったのは毎日王冠と天皇賞だったが天皇賞は3コーナーで故障、実況が故障に気づかず一杯とか言い出したのにはびっくり。クラシック路線ではキングヘイローに情熱をすべてを注ぐ、ほかにはボールドエンペラーに注目してた。秋以降はさっぱりだったがきさらぎ賞、毎日杯の内容からも皐月賞は充分勝負できると思っていた。その皐月賞では追い込み届かず6着、ただ脚を余しての6着なんで距離が伸びると届くと思いダービーでは◎キング○ボールド▲スペシャルとして一応的中。牝馬はエアグルーヴが思ったより振るわずエリ女でも3着に敗れてた。JCのために緩めの仕上げが敗因だそうだけど相手をなめてちゃ競馬は勝てないでしょ。エリ女の週のいいともに山田雅人が出演して勝つのはドーベルと言っていたが実際に勝ったんですげぇなと思った記憶あり。ちなみに牡馬中長距離路線はメジロブライトを中心とした予想をしていた。

1997年(年度代表馬:エアグルーヴ)
 この年から競馬を始める。きっかけは友人宅で競馬中継を見たこと、そのあとしばらくしてからダビスタにはまり競馬を見始める。最初に見たレースはバブルガムフェローの勝った鳴尾記念、本格的に見始めたのはメジロドーベルの勝ったオールカマー。ローズステークスでキョウエイマーチに惚れる、そのキョウエイマーチが2着に敗れた秋華賞では友人が馬連一点に7万ぐらいぶち込んで28万ぐらいに増やしていた。天皇賞ではバブルがエアに敗れるが自分の中でエアはフロックだと信じて疑わなかった。確かそのときはバブル−ジェニュインの一点で勝負してた気がする。エリ女では初の馬連を的中させた。JCではバブルを本命にしてやっぱり痛い目にあう。朝日杯ではアグネスワールドを本命にするも惜敗、それからアグネスワールドを嫌いになる。有馬は3世代オークス馬にタイキブリザード、マーベラスサンデーと結構豪華な顔ぶれだったと思う、力関係も宝塚の時と変わってないだろうと判断してマーベラス、ダンパ、タイキのBOXで勝負。ダンパは謎の凡走、燃え尽きていたのだろう・・・。