Diving Point:福浦

1998年11月1日 天気:快晴(ベタナギ)
水中活動:オープンウォータートレーニングダイブ(2本) 透明度:10〜15m    深度MAX:11m

めての海洋実習。いよいよ写真でしか見たことがなかった水中世界に自分で足を踏み入れる事になった。初めてのビーチエントリー。岩の足場をタンクをしょって歩く。それにしてもタンクがとても重い。よろよろとなってしまう。こんなに重かったら水に入った途端、ブクブク.o○と沈んでしなうのではないかと大層不安になったが、海に入ったら簡単に浮かんでむしろその方がラクだった。

降も耳抜きもこなし、初めてのドライスーツも楽勝と思われた。しかし実習に入ったら「私、向いてない・・・?」とちょっと涙目になってしまった。特にマスククリア、ピボット、中性浮力。「30年生きてきてこんな事するのは初めてだよ・・・(当たり前ですが)。しかも生粋のカナヅチで足のつかないところではプールでさえも近寄らなかった私が何でまた水深10mのところに来てしまったのか。」
と私をダイビングスクールに放り込んでいた「なかぴー」をちょっと憎んでみたりした。(今では感謝しているのだが)

ンダカンダと言いつつも水中ツアーに入った途端、トレーニング中の沈んだ気分は嘘のように忘れ(この点は私の長所だったり短所だったりします)カワハギとの戯れを満喫。魚肉ソーセージを手にした途端大量のカワハギに襲われる。マスクとかガンガンつついてくる。か、かわいい・・・。キョウセン・ヒトデ・トラギス・ルリスズメ・タカノハダイが居た。それにしてもガンガゼが多くて、岩に手をつきがちな私は大変恐怖だ。

て、最初のダイブにて思い知ったのが「急浮上の恐怖。」ドライスーツでは浮力がとりにくい、とはいうが一緒にトレーニングを受けている人たちが面白いように(本人は大変面白くないのだが。)上へ上へと消えて行く。勿論私も消えた。
みんなの姿がどんどん下の方に見えるようになって、焦って上を見ると水面がキラキラと揺れている。「ああ、キレイ・・・」と思っているうちにブイのように水面に浮かんでしまうのだ。(そして、この「急浮上」はそれ以降も私を悩ませる事になる。)

 



Diving Point:宇佐美(マンボ根・カサ根)

1998年12月19日 天気:快晴(流れあり)
水中活動:アドバンスオープンウォータートレーニング(2本) 透明度:10〜15m    深度MAX:23m

11月3日にめでたくオープンウオーターのCカードを取得。イキオイでアドバンスも申し込んだ。このダイブから、やはりアドバンスを取得すべく私の「水陸両用バディ」なかぴーが同行してくれることになった。たった5本目のダイブにして「ボートでディープ。」そしてびっくりしたのが漁船でポイントまで出たことだった。気分は鳥羽一郎。BGMはgのお〜まにまに〜いのおちのお♪」といったところか?

ントリーは「ジャイアントストライド」。一瞬勇気がいるけどタンクしょって歩くビーチエントリーよりは楽だったと思う。多少流れもあったのでフロートに向けて泳ぐのを考えるとかなりよかったのかも知れない。潜降を始めた途端ビーチの時とは全然違う風景に出会う。とにかく、青い。世界が深い青だ。座布団みたいに大きなカレイがいた。ハタンポが沢山群れていてなかぴーがそれに突進して行った。魚が彼を中心にぱあっと散った。キレイだった。それkらキビナゴの群れ、オキゴンベ。ソフトコーラルが鮮やか。

して、恐れていたことをやってしまった。ディープダイブだというのに「急浮上」。そんなに深いところまで行っていなかったのでリカバリーが効いたうえ、大事には至らなかったが、周りには心配かけたのではないだろうか。ゴメンナサイ。初めて一緒に潜ったなかぴー談:「ふと気づいたら隣にいなくて、しまった!流されたか?!と思い、慌ててあたりを見回してもいない。蒼くなった。でも、まさか!と思い上を見たら・・・いた。手を振っていた。」
そう、なんだか私もすっかり急浮上を諦める人になってしまって、海底にいる皆さんに「浮上中です。さよーならー」と手を振りつつ消えてみました。
えばこの時から私の海底を這う形の「イザリウオダイビング」が始まったのだった。この日の2本目から海底をべたべたと這いまわるのみ・・・。それでもちょっと深度があがると足が浮き始める。課題はまだまだ多い・・・。

 



Diving Point:大瀬崎(内海)

1999年2月6日 天気:快晴
水中活動:アドバンスオープンウォータートレーニング(2本) 透明度:12m    深度MAX:21m

回のトレーニングは「ドライスーツ」と「PPB(ピーク・パフォーマンス・ボイヤンシー)」。浮力トレーニングばかりだ。これで私も「急浮上」から逃れられるだろうか・・・。と期待して臨む。しかしやはり浮上が怖くて思い切ってスーツに空気を入れる事ができない。ホバーリングも「何となく沈みがち」だ。ドライでの空気調整に気を配る余りにBCの存在を忘れてしまう。ドライの空気を抜ききっても浮上しそうになり、最後の最後に「あ!BC!」と思い出す始末。浮力との戦いはまだまだ続く。

ころで今回ドライスーツトレーニングにふさわしい(?)トラブルが発生した。なかぴーのドライスーツの故障で、エアの注入が止まらなくなったのだ。(エア注入のボタンが押されたきり戻らなくなった。)そうとは気づかず浮上してゆくなかぴーを見て、「ふっふっふ。前回私の急浮上を笑っていた癖に自分でもやってやんの。もうこれで私のことは笑えまい」と不謹慎にも思い、あとはインストラクターにまかせよー、と事の成り行きを見守っていた。心では手を振ってあげていた。バディ失格か?だってきっと押さえてあげたら私も一緒に浮いちゃうもんね。ケケケ。<水中の悪魔。
しかし浮上半ばでヤツは戻ってきた。どうやらホースを外したらしい。そしてインストラクターと一緒に海底でごそごそやっていて、最終的にOKの合図を出し合っていた。後に陸上で話を聞き、そのようなトラブルがあったのを知った。そしてなかぴーがインストラクターに「冷静でしたねー。ナイスリカバリーでした」と誉められていて思わすジェラシーの炎が。さらになかぴーに「貴方とは違うのよ!一緒にしないでちょうだい!」とオネエ言葉で得意げにされてしょんぼりする私なのだった。

の事も記載。大瀬崎は人気スポットと言うが、本当にキレイで沢山の魚がいた。今まで潜った中で一番沢山の魚を見た。本当にダイビングの楽しさを知ったのはここからかも知れない。中層にいたスズメダイの群れがキレイだった。イカの卵が沢山あるなーと思ったら近くを巨大なイカがゆったりと通り過ぎていった。岩場に小さな魚がいっぱいいたのでかわいい、と思って手を伸ばしたらなかぴーが慌てて止めた。よく見たら目の前にウツボがいて威嚇(?)していた。そして私は当然、陸上にあがったあと叱られた。

 



Diving Point:大瀬崎(外・棚下)

2001年4月22日 天気:快晴(横波あり)
水中活動:アドバンスオープンウォータートレーニング(1本) 透明度:10m    深度MAX:13m

と前回のダイブから2年が経過。いや、その間に1999年8月に八幡野でナビゲーションダイブにチャレンジしたのだが、雨の後で透明度が30センチ!!の上、うねりがすごく、バディが見えないわ流れに持っていかれそうになるわ波に酔うわで、潜降後10分で全員浮上という憂き目にあってしまった。それが余りにも辛い経験すぎて、何となくダイビングから遠ざかってしまった。しかしこの2年の間忙しかった仕事が一段落したのでふと「そうだ、沖縄に行こう」と思い、その前にアドバンスを終了させよう!と情熱を再燃させた。というわけでナビゲーションダイブ。

回気に入った大瀬崎で再び潜れると言うことになったので気合も入った。しかしブランクが大きいので1本目はファンダイブにした。しかし思ったよりも身体が覚えていて、ドライのエア抜きはほぼOK。急浮上もなかった。そのかわりかなり海底を這っていたけれど。イザリウオ化。久々の海の中はやっぱり美しく、楽しかった。潜ってすぐにネンブツダイの群れがいた。それから岩場でミノカサゴが擬態していた。が、皆が嬉しくてミノカサゴの回りに集まっていたらひらひらと消えていってしまった。あとハゼ。ハゼ好きな私としてはハゼがいると何故か嬉しくてずーっと見入ってしまう。水中での「可愛い」の合図に、と思って両手でハートを作ってみたが(ニュースステーションの真中瞳の”ドキドキ”風に)誰にも判ってもらえず、残念。こういうとき手話ができたらいいと真剣に思う。

ビゲーションダイブは完璧だった。30mずつ直角に移動して四角を描き、元の位置に戻るコンパスナビゲーション。□(しかく)の3辺目を終了して最後の1辺を書くときにメジャーの30mの字が見えてきっちり30mずつ移動して戻ってきた事を知り、すばらしい!と自我自賛。そして晴れて足掛け3年のAOWダイバーになれたのであった。さあ、このカードを持って世界の海を渡ろうか!!いや、とりあえずは沖縄ですけど。