何のこたぁ無い。
そう度々更新する内容も無いので、この欄ではBasketに限らないコラムなんざぁ書いてみようと
思う次第。
更新不定期、theme無し。下手すりゃ個人的な公開日記になりかねん。
かくして、一抹の不安を抱きながら本コーナーは始まった。

(私のコラムも載せたい、という奇特な方は当方まで、ご連絡下さい。一応内容を拝見した後、
 本欄に掲載させて頂きます。)

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本コラムを読んだ感想等有りましたら、こちら迄お送り下さい。

8月10日 皆さんお元気で。

春は曙。段々明るくなる朝方の独特の雰囲気が懐かしい。
思えば大学時代深夜までアルバイトをし、その後朝まで飲みに行き、
新聞配達の人たちとすれ違いながら自転車で帰宅・・・・夜中に目が覚め、そのまま
寝付かれず段々白んでいく外を見ていたら、そんな事を思いだした。

香港で迎える朝ももう10日程を残すだけとなった。白酒や韓国式ウイスキー一気飲みを
する送別会等を経て、体調は余り芳しくない。夜帰宅するとそのままベッドに倒れこむ日が
続いているため、果たして中〆のコラム投稿が出来るか懸念していたが今朝はすごぶる
体調が良い。日曜に10時間睡眠を取ったからだろう。睡眠って大事だなぁ。

8月7日、J'sの皆に送別会をしてもらった。試合の終わった夜9時にRepulse Bayという
辺鄙な所にお越し頂き、お酒様をたんまり戴いた。途中、記憶が所々抜けているが
ビーチかけっこのスタートで転び擦りむいた膝が痛む。小学校の頃、よく転んで赤チン塗った
よなぁ、とこれ又昔の事を思い出すとは筆者も少々センチメンタルになっているのだろうか。

香港駐在は約7年になるが、J'sに参加したのは6年間程である。
独身で着任し、遮二無二働いた1年を過ぎ、漸く生活が落ち着きだした頃に参加した。
当時主将は橋場氏が務めており、体育会仕込みの練習に付いていけず体力の衰えを痛感した
ものだった。そんなもんだから当初、練習の参加率は決して多く無かったが、何時頃からだろう?
毎週土曜日の練習に参加するのを楽しみにし出したのは。
練習を終えて皆で夕食を食べに行ってるのも知らなかった程、J'sには溶け込んでなかった筆者を、
何度も誘ってくれたのは梅ちゃんだったと思う。お陰で少しづつ仲間に入る事が出来た。彼には感謝している。
基礎体力だけで勝負しようとしている素人の筆者に色々バスケットを教えてくれたのも梅ちゃんと
後に30時間不眠の時を共に過ごすこととなる矢ケ崎氏だった。覚えの悪い生徒に根気強く
指導してくれた。今の筆者の自転車漕ぎショットを初めとするSuper Playの数々は両氏の指導の
賜物である。(嘘)感謝している。

5年前に結婚し、慣れない異国の地に妻が来た。(当時)締め付けの厳しい我社の婦人会でストレスを
溜め、さめざめと泣く妻に「社外の友人を作って、気晴らしをしなさい。」とアドバイスをした。
こちらから頼むまでも無く妻を飲茶に誘ってくれたのは児玉さんだっただろうか。タケさんだったかな。
当日は”根掘り葉掘り”J-ladiesに質問をされ、「嗚呼、これが所謂ご婦人方のあけすけな井戸端会議
なのね。」と思いながらも、大変な気晴らしになったと、その晩喜んでいた事を思い出す。
因みに席上「ところでじゃいあんさんって何の仕事をしてるの?」と尋ねられ商社勤めだと話した所、
大変驚かれたそうな。「体育教師かと思ってた・・・。」
自身、同僚との付き合いよりも社外の友人と努めて付き合う機会を多くしてきた。
会社の同僚との話は、同じ会社の文化の中で生きているので価値観や習慣が共通して会話は楽なの
だけれども、一つの限られた世界観に収まってしまう。ともすれば愚痴話になる機会も多く、家族のこと、
自分のPrivateな弱みを曝け出すのも色々な意味で躊躇せざるを得ない。
駐在員たるもの平日は24時間体制で働かざる得ない立場。Off timeはrelaxして楽しく過ごしたい、
週末は同僚とは距離を置きたい、とのたまわっていると2歳年下の妻に「そんなこっちゃ、あんた出世
出来ないわよ!」と尻を叩かれた。未だに俺が会社で出世すると信じている哀れな妻、大事にせねば。
J'sの皆と共に過ごすことにより、色々な意味で世界観を広げる事が出来た。会社関係だけの世界では
得られない多くの事を得させて頂いた。仮に日本で同様の草バスケット・チームに入っていたとして
同じ様な経験が出来たかと想像すると甚だ疑問だ。やはり老若男女問わず異国の地で共に苦労している
同胞に対する互いの畏敬の念というものが、素直に他人を受け入れる素地になっている様に思う。

J'sの運営は一種のボランティアである。お金を貰えるわけでもないし、名誉を得られるわけでもない。
そんな草バスケの運営に皆、頭を悩ませ、心を砕いている。若い世代からSeniorの世代迄、皆
善意の心で考え、行動している。愛すべきクラブだ。
筆者は当サイトの管理人より引退するが、後任の○○女史(ハンドル・ネームは後日、本人より
開陳有ると思うが、今のハンドル・ネームは替えた方が良いと思う。清少納言なんてどうすか?)が
今後盛り立ててくれると思う。筆者は日本より時折それを覗かせてもらう事を楽しみとしよう。

凡百の言葉しか浮かばないが、このチームと共に香港生活を過ごせたこの6年、感謝している。
J'sに入って本当に良かった・・・。
                                          じゃいあん拝

7月4日 Viva、中国!!

「じゃいあんさん、4時に出かけられるんですよね、一寸相談があるんですが。3時45分位から
時間頂けませんか?」Staffから声を掛けられた。
嫌な予感がしたので「良い相談か?」と聞くと彼女はにっこり微笑む。
別室に行くと彼女が紙を持ち出した。悪い予感は当たった。辞表である。
筆者「辞めんのか?何で?」
Staff「実は私の母の妹さんの友人の娘さんが、中国出張中に行方不明になってしまって・・・。
    その事件があったので、うちの母が中国出張が必要な仕事は辞めろ、と言うんです。」
筆者「と言うと、中国出張へ行かなければ仕事辞める必要無いの?」
Staff「はい、中国へ出張行く必要無ければ仕事は辞めません。」
彼女にはハイテク部材や、新規開発案件を重点的に担当させていたので、今辞められると
困る。しかし中国出張に行かずして開拓できる商売でも無いし・・・・。
筆者は今、悩んでいるのである。

さて香港駐在員と言いながら、営業活動の舞台は今やどんどん中国大陸に、これが殆どの
営業の方の実情であろう。我が社海外駐在員にはhardship制度というのが有り、
危険地域・生活に不便のある環境で働く者にはそのhardshipに応じて一定の割り増し手当てが
貰える。当然のことながら香港の様な「英語は通じる、医療制度ばっちり、治安の良い」国で働く
我々のhardship評価は世界で最低。手当ては殆んど無い。しかし上述の通り、週の半分を大陸、
特に世界に冠たる治安の悪いシンセン・東莞地区をうろうろする我々、大陸並みhardshipの
半分位考慮してくれい!と先日来港した組合委員長に訴えた所、「正しくおっしゃる通りですね。」と
納得して帰国した筈なのだが、その後何の音沙汰も無い。嗚呼、会社の御用組合に何言っても
無駄だったか・・・。

しかし、この問題見過ごしてはならない。何せ、広東語を母国語とする香港人の女性Staffが
「私、あんな治安の悪い国へ出張行きたくないから仕事辞める。」と言い出す環境下で、大した語学力も
無い日本人が現金持って一人うろうろするのだ。筆者は日本人女性(独身)の部下も持つが、彼女には
どんどん飛び込み営業で中国に出張を命じており、これって相当危ないことさせてるんじゃ・・・?
その彼女、台湾で中国語を習得し、既に10年以上中国語圏で働いている人間だが、未だに独身で
居るのはその強気な性格故か、と正直思っていたのだが、筆者最近見方を変えた。

例えば二人で出張時、シンセン福永港経由入っていくケース。
港でタクシーに乗る時から疲れる。先ず、ぼったくりの相場提示から始まるのだ。
50元でいける距離に300元と強気で主張する奴ら。港が繁華街より離れた所に位置することも有り
流しのタクシーが中々捕まらない。加えて最近福永港の敷地に入る際に入場料が徴収され始めたので
尚更流しのタクシーが入ってこない環境に。残るは談合相場を維持し外国人相手にぼったくりを
する悪質な運転手ども。
さりとてタクシー利用せねば移動できない為、我々は極めて現実的な指示をする。
「メーター倒せ。その表示通りに支払うから。」これで話は解決と行く筈なのだが、
「OK,OK,」と走り始めてもメーターは倒さず、(運転手)「で、何処まで行くの?」Staff「厚街。」
(運転手)「じゃぁ450元。」Staff「メーター倒しなさいって言ってるでしょう!」
運転手「あそこまで行くには高速料金も払わないといけないし450元必要なんだ。」
Staff「メーター倒さないなら私達降りるわ。停めて。」
運転手「じゃぁ、430元にするよ。」タクシー停まろうとしない。
筆者、だんだんむかっ腹が立ってきた。後部座席から運転手の肩を思い切り握り潰し
「手前!停めろって言ってんだろうが!ええ加減にせい!(日本語)」
運転手、びくっとして慌ててメーターを倒す。
Staff「じゃいあんさん、運転手真っ青になってますよ。最初からガツンと言ってくださいよ。」
筆者「俺だって朝っぱらから怒鳴りたくないんだよ。穏やかな気持ちで客に向かわせてくれよ。」
Staff「いや、彼ら此れくらい言わないと効かないですよ。性質(タチ)が悪いですからね。」

同じく二人で西安に出張中、初めて行く土地だったので商談終えて空港に向かう際交渉相手先の
担当者がTAXI捕まえて運転手に行きかたを説明してくれた。
で、走り始めて二人気付く。何で高速道路の入り口を通り過ぎて、下道走ってんの?
筆者「俺の方向感覚間違って無いとしたら、これ空港より離れてないか?」
Staff運転手に「あんた、高速道路走ってって言ったのに、何で別方向に走ってんのよ!」
運転手、ルーム・ミラーで我々の顔を一瞥して「おたくら、何人?」日本語で会話していたので
土地勘なしと明らかに値踏みしている。
Staff「兎に角、高速道路走って早く行きなさい!」
運転手「何時の飛行機?」
staff無視して返答しない。可哀想だから筆者「6時40分だけど。」と返答する。
Staff「じゃいあんさん!Flight時間行ったら、未だ時間有ると思って余計遠回りしますよ!
    だから私、返事しなかったのに。もう!」
筆者「ああ、そうか、御免御免。」筆者、口出しして良い時と悪い時、Staffの判断を仰がずに
発言しては駄目らしい。どっちが上司やら。
Staff「6時40分だけど、私達は国際線だから17時20分には到着しないと行けないの!
    兎に角高速道路走りなさい!」
タクシーの運ちゃん、馬耳東風といった感じで口笛吹きながらちんたら走っている。
Staff「ちょっと!高速道路走らなくて貴方のせいで17時20分迄に空港へ着かなかったら
お金払わないわよ!」オバタリアン、顔負けの強引な論法である。でも運転手漸く高速道路
走り出した。こんな理屈通るのか・・・。信じられん。しかしこんな環境で働いてたら、そりゃ普段の
言動もきつくなるわな・・・。もっと温かい目で彼女を見てあげなければ・・・。
筆者の使命としては帰国までに誰か独身男性を彼女に紹介せねばならぬ。

そんな話を東莞工場で働く取引先の日本駐在員N部長に話したところ、
N部長「タクシーの運ちゃん、あんまり怒らさない方が良いですよ。私、以前酔ったお客さんと
     帰るとき、このお客さんが運ちゃんに喧嘩売って、運転手と後部座席を隔てている
     金属の檻をガンガン叩いてたんですよ。そしたら、運ちゃんが仲間のタクシーに連絡取って
     連れて行かれた空き地に仲間がどんどん集合して取り囲まれた経験有るんです。
     怖かったですよ。」
筆者「そうですかぁ。判りました、次からはやはり彼女に交渉を全権委譲しましょう。」
Staff「え〜、結局私が交渉やるんですかぁ?」

東莞は特に治安が悪いと有名だ。殺人事件件数はアメリカの某都市に次いで世界で二番目に
多いとか。日本を代表するヤクザ、山口組も事務所を構え縄張りを増やそうとしている。
工場をクビになり、さりとて郷里に戻ることも出来ない失業者が追い剥ぎ・山賊になり出没する街。
会社の使命で彼の地に働く駐在員には全く頭が下がる。先日も上述駐在員の同僚が残業して
10時くらいに工場の前でタクシー待ってたら、男に囲まれ身ぐるみ剥がされたとか。
命取られなかっただけ良かったと。アイヤー。

筆者大陸へ出張に行くとき、気をつけている事が幾つかがある。
金目のものを持たない。時計・ボールペンは安物を敢えて身につける。
ネクタイはしない。上着も着ない。タクシーは出来るだけ何度か使ったことのある白タクを使う。
人民元は幾つかのポケットに分けて持つ。紙幣の束の外側は一元札で高額紙幣である100元札は
必ず束の内側。治安が悪いからと行って、大陸出張行かずに済む立場でもないので、先ず自分で
出来る危機管理を行い、やり過ごすしかない。

妻がしょっちゅうシンセンに買い物に行っており、その友人である駐在員夫人達も頻繁に訪れている
様だが、今一度決して治安は良くない街である事を再認識してもらおう。
イラクで捕まり日本に多大な迷惑をかけた3バカ・トリオが図らずとも提起した「自己責任」という概念、
我々は身近で要求されているのである。

6月12日 熱き血の民

上司が帰国することになり、日々送別会が続いている。
筆者の取引先に挨拶に行った折、「○○部長、晩御飯でも食べる時間ないのか?」
Kim社長に尋ねられたが、上司「生憎5日後に帰国を控え全て埋まっていますが、今晩は
身内の送別会で謝斐道のE○isode辺りに居ますよ。」Kim社長「OK, Give me call.」

食事は上司のRequestで韓国料理だった。エリザベス・ハウスのKoreana。
元Seoul駐在員の同僚が薬草臭い酒を頼み、焼肉とプテ・チゲをつまむ。
一しきり食べ終わった後で、さぁ次は何処へ行こうか?
筆者「私の友人がお店をやっているのでそこを紹介したいんですが如何でしょう?」
部長「Kim社長がもうE○isodeで待ってるかも知れないから、一応店に確認しよう。」
筆者確認の電話を入れる。「もしもしママさん?じゃいあんですけど、Kimさんはもう店に来てますか?」
ママ「ええ、来てますよ。」
時は9時半。もう来てらっしゃるのか。流石儒教の国、韓国の人は義理堅いなぁ、等と
話ながら同店へ移動。
このお店は10時過ぎ辺りから混んで来るので、客の姿はまばらだ。
隅の席に年配の韓国人らしい客が数名陣取っている。Kim社長もあの中に居るらしい。

4人で飲み始めるがKim社長は来ない。
筆者「ママ、あの人達Kim社長のお客さん?」
ママ「あの人達は○○会社の人達よ。」
筆者「Kimさん、あの中に居るんじゃないの?」
ママ「Kimさんってさっき迄貴方の隣に座ってたじゃない。」
筆者「・・・・・・ママ、俺Kim社長は居るかって電話で確認した積もりなんだけど。」
ママ「あら、まぁ。Kimって名前の韓国人一杯居るからねぇ。あの娘、以前何度か
    じゃいあんさんに付いたでしょ。だからお目当ての彼女が居るか確認して来たのか、
    と思っちゃった。」
筆者&部長「やられたな・・・。こりゃ、確信犯だ。」
大体俺、彼女の名前今までKimって知らなかったよ。」

部長「じゃいあん、Kim社長から電話くれと言われてたから一応連絡しといてくれ。」
筆者携帯電話に連絡する「Kim社長、我々今、E○isodeに居ますけど、こちらへいらっしゃいますか。」
Kim社長「直ぐには出られないけど、必ず行くから待っててくれ。」

それから、グラスの上にティッシュを被せてコインを載せた状態から、煙草の火を付けて
順番に穴を空け、コインを落とした者が罰Game等という韓国風の飲み方やりながらボトルが1本空いた頃、
漸くKim社長到着。時既に12時。あちゃ〜。(後日談:Kim社長、その日他のお客さんとの約束を
終えて駆けつけてくれたんだそうな。義理堅いねぇ。)

では、という事でボトルをもう一本入れる。Johny Walker Blue Label。良い酒入れるなぁ、流石社長。
Kim社長とはかなり懇意に付き合っており、実は昨年筆者が100 km trailに参加するんだと話した所、
「100キロか、でも大丈夫だ、心配すんな。俺は軍隊時代、米軍との合同演習で重装備の状態で
 300キロ歩いたことが有る。3日掛かったがな。」と励まされた事が有る。
更には翌日Trailの練習が9時半集合で有る、と言っているのに
「極限状態での練習が本番で、ここ一番の力を発揮させるんだ。敢えて極限状態を作るんだ!」と
朝3時半までE○isodeから開放してくれなかったり、とちょいと歪んだ愛のSupportをしてくれているのだ。
今年、社長には「おい、今年は是非俺と一緒に100 km trail出よう!」と強く誘われているのだが
「いや、今年も昨年の仲間と出ようという話をしているので、一緒は無理かなぁ。」と断っている所。
案の定、その晩も「一緒に出ようぜ。」と誘われた。
「もう申し込みは〆切になったんじゃないですか?」「えっ?未だ申し込んで無いぞ。」
何とか、時間切れで逃げ仰せそうだ。セーフ。

例によって、韓国式のチェリーグラス一気飲みを替わりバンコで3〜4回(まわ)り済ませた後、
上司よりKim社長にお礼の言葉が述べられる。「Kim社長、色々Support頂き有難うございました。今後も
新部長とじゃいあんの事を宜しくお願いします。」
Kim社長「こちらこそ。○○部長、今後も香港に出張に来たら是非連絡をくれ。そうだ、韓国式に
      ○○部長とは兄弟の誓いをしたいなぁ。如何ですか?」
部長「(げ、又たらふく酒を飲ませるのか?やばいなぁ、どんな飲み方させられるんだ?と内心思いながら)
    OK! どうすれば良いんですか?」
Kim社長「やりかたは簡単です。お互いの手首を切りそこから出てくる血をお互いの傷口を
      通して、流し込みあうのです。」
部長「!!!!!!!!!!! NO!!!! 嫌だぁーーーーーーーー!絶対いや!」
筆者&その場に同席した同僚「・・・・・(無言)・・・・・・・・・・・(嵌ったな・・・・)・・・・」
部長「じゃいあん!お前何とか言ってくれ。俺、やだよ!そんなの。」
やれやれ、と思いながら上司の為に社長を翻意させるべく説得をする。
筆者「Kimさん、日本ではどちらかというとヤクザの世界ではそういう習慣もあるのですが
    普通の人たちはそういう事をしないんですよ。他の方法で、別れを惜しむというのは
    如何でしょうか?」
店のホステスたちも一生懸命説得してくれる。
Kim社長「そうか、しかし俺は○○部長と一緒に過ごした時間の証拠を残したいんだ。
      じゃぁ、こうしよう。手首ではなく指を切ってそこから出てくる血で此処に居る我々の
      署名をしようじゃないか。」
筆者「それもKorean styleなんですか?」
Kim社長「ああ、そうだ。」
周りのホステス、必死に首を振っている。「嘘嘘、そんなの聞いたこと無いわよ!」
Kim社長「女は知らん。これは男の世界だからな。」社長、ウェイターにナイフを持って来させ
おもむろに指の腹を切ろうとする、が、「やめてーーー!」慌ててホステスが包丁を取り上げる。
Kim社長「皆、騒ぐんじゃない。」おもむろに目の前のチェリーグラスをテーブルに「パリン!」と殴り付けると
グラスのネックの所だけ残った。先は当然尖っている。
社長、これで小指の腹を切る。もう誰も止められない。
やがて血が出始め、紙に自分の名前らしい文字を書き上げる。ハングル文字だから意味判らないけど。
Kim社長「○○部長、あんたも書いてくれ。」
部長「No----! 俺嫌だよ。じゃいあん!何とか言ってくれ。」
筆者「仕方無いですねぇ。じゃあ、僕が書きますよ。」
場の引っ込みが付かなくなりつつあるので、筆者グラスを受け取り薬指の腹を切る、が、
指の皮って中々厚くて切れない。(ヤクザが指を詰める時って、辛いだろうなぁ)等と
思いながらかなり力を入れて押し付けるのだが、痛いばっかりで血が出ない。
気が付くと切り傷だけが3本、4本と増えていく。
(嗚呼、ためらい傷ってこういう風に出来るんだな。今日は良い勉強をした。)
さて、かなり力を入れて漸く血が噴出してきた。
筆者の名前を書く。
次に新部長になる元Seoul駐在員が「じゃぁ、俺も書こう。」同じく苦労しながら指を切り、
名前を書く。その場に同席していた残り二人は、自分の関係する取引先では無いので、巻き込まれない様、
そっと席を立ち、モニターの所に唄を歌いに行っている。「俺達を巻き込むなよ!」向こうから日本語で言っている。
Kim社長「○○部長、さぁ貴方の番です。」
加藤部長「嫌だよ、俺。痛いじゃん!」
新部長&筆者「○○さん、往生際が悪いですよ。○○さんの為に3人が血判状書いているんですよ。」
終いには無理矢理3人に手を押さえられて指の腹を切られる始末。
3日後にはもう筆者の上司ではなくなるので、まぁ大丈夫だろ、と筆者。自分で切ったら良いのに、他人に切られる
方が余っ程痛いんですよね。
部長「痛いーー。何でーーー?!やめてー!」
さて、目出度く部長の指からも血が出てきたので署名してもらう。これで完成だ。
Kim社長「よし、これでこの4人は今日から兄弟だ。○○部長、一番年長の貴方が長兄だ。」
部長「Thank you.......とほほほほ。」

さて、唯でさえ6時間以上酒を飲んでいる酔っ払い。血行が良すぎるのか、血が止まりません。
その後、皆は指の根元を押さえながら、不自然な格好で飲み続けた。酔っ払ったぜよ。

で、斯様に苦労して作り上げた血判状、事も有ろうに部長は持ち帰るのを忘れてそのままお店に
置いたまま帰国してしまった。後日社内便で送りましょうか?と聞いたところ、返答は
「どこかに供養してくれ。」というものだった。

○○部長、もとい、お兄さん、どうぞお達者で。

3月29日 鮮蜂王漿

皆様お待たせしました、J's健康コーナーです・・・・・という一人ボケはそこそこに
前回のカメハメ波パワーに引き続き、今回も健康ネタ。
筆者、最近こいつの噂を良く耳にするのである。

(証言1)同僚Aは語る。
俺、最近こいつを毎日一匙舐めるねん。もう3ヶ月くらい続けてるけど風邪ひかん様になった。

(証言2)取引先某氏大いに語る。
いやぁ、凄い人気ですよ。私の得意先に中国に出張に行くという度、必ず買ってきてくれ、と
頼まれるんですよ。何に使うかって?聞いてくださいよ。あの人、犬飼ってるんですけどね、
もうよぼよぼの年寄りなわけですよ。何時も犬を引っ張って坂を上がるというか。
ところが、こいつを舐めさせ始めた途端、若返りまして、今や○○さんを引っ張って坂を上って
行くんです。これは絶対身体に良い筈だってね。
日本で買うと一瓶○万円もするでしょ?ところが中国で買うと何十分の一の値段だ。
買って来てくれ、とね。あ、自分も飲んでますよ。身体の調子は?う〜ん、判りませんね。

(証言3)取引先B某氏薀蓄を語る。
中国製は確かに安い。しかしな、知っとるか?あれはな、純粋な奴じゃない。謂わばB級品だ。
どこが違うかって?そうやな、例えば上海蟹の季節になったら、シンセンで5杯60元とかいうてえらい
安く蟹売ってるやろ。狭い池で大量に促成育成する為に、抗生物質たんまり入れた餌を与えて
育てた蟹や。あれと一緒や。健康食品や思うて、抗生物質たんまり取ってたら世話あれへんな。

(日経新聞3月29日付 25面記事抜粋)
女王蜂は働き蜂と比べて寿命が約10倍、大きさが約2倍だが、卵の段階ではどちらかになるか
決まっていない。幼虫期のある時点で分かれると言う。 (こういう記事の引用って著作権取る必要
有るのかな?もしそうなら、取ってません。御免ちゃい。)
-----> この話は良く引き合いに出されるもの。生まれた時点では何ら違いが無いが
     ローヤルゼリーを舐め続けると女王蜂になり、舐めない働き蜂よりも身体は大きく長生き。
     しかも女王蜂は毎日体重と同じくらいの卵を産み続けて大丈夫って、ほんまかいな?

だから、ローヤルゼリーが身体に良いのは当たり前だのクラッカー、と言う理屈なのだ。(古い)

好奇心旺盛な筆者、まるで周りの人間が自分を洗脳しようとしているのではないか?と
勘ぐりたくなるほど異口同音に、しかも同時期にローヤルゼリー賛歌を口にするもんだから、
先ずGoogleでローヤル・ゼリーを検索した。(意外と準備周到)

この中に「これでもか、これでもか!」とローヤル・ゼリーの効能を挙げており、その素晴らしさを
知るのに非常に役に立つWeb siteを見つけたので、此処に勝手にリンクする。参照され度。(ここをクリック!)
(抜粋)
生のローヤル・ゼリーは
1.髪の毛が生える。
2.痔が治る
3.虫歯がストップ!
等の凡人には思いつかない効能まで挙げられている。
幸いこのWeb site, 筆者が187人目の訪問者であった。良かった、誤解してしまった人の数が未だ多くなくて。(笑)
でも皮肉な事にこのSiteがこの誤解を広めちゃったりして・・・。

さて、玉石混合の俄か知識を仕入れた筆者、早速香港人の取引客、並びにシンセンに住む日本人駐在員
に披露した。「どっかで安く売ってたら見つけといて欲しいんですよ。日本じゃ高いらしいからお土産にも
喜ばれるか、と思って。」
ああ、有り難や取引先の某氏から早速の連絡が。「うちの事務所の近くで見つけたから今度、おたくの事務所に
行くとき持って行きますよ。」筆者有り難く某氏の好意に甘えることとした。
さて一週間後、待ちに待ったローヤルゼリーとの初対面である。
大きさはヤクルト・ジョアを一回り大きくした位のプラスチック容器。色は黄色い。固まった蜂蜜の様な色。
ま、出所は一緒の様なもんか。
産地 :せっ(さんずいに折)江省
重さ :250グラム
一日5−8グラム、そのままか同量の蜂蜜と混ぜて飲むべし
生鮮品だがマイナス18度の条件で2年間持つ。
値段 :122.5元(日本円で1,600円弱) − 中国人にとっちゃ大金だな、こりゃ。

2瓶買ったが、生物だし一瓶1ヶ月位保ちそうだからもう一瓶は件のカメハメ波を信奉しているスタッフに
売りつける。(因みに彼女は4回のカメハメ波施術を受けて、一寸身体が軽くなった・・・・と信じようと
している。気持ちは判る、HK$2,000.-も注ぎ込んだんだもんね。でも結局、親御さんを香港に連れてくる
事は止めたらしい。やはり、信じてないんだな。)

その晩、筆者は意気揚々と帰宅した。妻に見せる。
「手に入れたよ〜ん。ロイヤル・ゼリー。先ず我々が試して見て調子良くなったら、帰国の時にお前の実家と
俺実家へのお土産にしよう。」
妻「あんた、優しいんだね。あたいは惚れ直したよ。」
早速二人して、一匙づつ舐めた。

妻「・・・・・・・・効くかどうかは、貴方が確かめて。私一抜けた。」
筆者「貴様!ずるいぞ。折角お前の美容と健康の為に買ってきたのに!」
妻「だって不味いんだもん。」
普段は娘に「好き嫌いしないの!」って叱っている癖に。口ほどにも無い奴だ。ぷんぷん!

劃して、冷蔵庫の中に保管されたローヤル・ゼリー。悲しいかな、箸が進まない、というか
匙が進まない、というか、中々減りません。未だ半分残ってます。
しかも、筆者別段何処にも悪いところ無いので、何を持って効き目がある、と判断したら良いのだろうか?
ほんまに髪の毛がわんさか生えだしてきたら儲けもんだけど・・・。

本日、取引先の香港人より荷物が事務所に届いた。
空けてみると、瓶詰めキムチ位の大きさの容器が二つ。中身は高級ローヤル・ゼリーであった・・・・。
筆者、思わず目頭が熱くなった。
「どないしてくれるねん、こんなに大きいの二つも・・・。」

筆者借りを作りたくないので明日お金を払いに行く。
あの高級包装からすると、一瓶300元位かな。とほほ。

2月3日 カメハメ波パワーについて

 

健康とは有り難いものである。無くして初めて気付く有り難さ、とは

よく言うが、つい最近までお元気で食事をご一緒していた方が突然

倒れられて入院・手術などという事を目の当たりにすると、自分を健康に

産んでくれた両親に感謝せざるを得ない。

さて、先日取引先のオフィスにお邪魔して話をしていた時のこと、

取引先の氏の母上が脳梗塞で倒れられて、現在日本に入院している、という

話になった。話はここから途端にうそ臭くなるのだが、氏の友人に

非常に気孔の「気」が強い人が居て(注:強気の人じゃないよ。)この人に

日本に来てもらって「気」を与えて貰っているんだ、と。

「気」を送り込むと、癌を患っていた患者さんが治ったり、足の不自由あった

人が歩けるようになったり、と兎に角凄いんだ、と。

これを隣で聞いていたアシスタント・スタッフ、

「末期癌の患者にも効くんですか?」

彼女の父上は久しく癌を患っており、何時発症するか判らないのである。

取引先の某氏、自信満々で「治りますよ、彼の気はスペシャルだから。」

怪しい・・・。しかし肉親の末期癌が本当に治るのであれば藁にもすがって見たい。

彼女は話を聞き続ける。(多分、こういう風にして怪しげな新興宗教の患者は

騙されていくんだな、筆者は冷静にその様子を見ていた。取引先だから、

「そんなん絶対嘘!嘘に決まってるじゃん!」なんて、例え仮に思っていても

口に出してはいけない。)

 

その気孔師はアラブの生まれで、祖父は140歳まで生きたらしい。(もしほんまなら

ギネスブックもんである。)幼少の頃より不思議な力を持ち、更にそれを鍛えるべく

特殊な呼吸法を基に鍛錬を続けた、らしい。

その訓練により、通常の人間は脳みその25%しか使えない所を、限りなく100%近く

使うことにより、凡人には出来ないような事が可能になった!!、らしい。

はてさて、彼はその後医学を学び、Drとして医術を施していたらしいのだが、現在は

某香港上場企業の役員を務める傍ら、本当に困っているシリアスな患者のみを特別に

気、で施術してあげている、というもの。今や香港中の政財界の著名人たちに頼りにされても居るのだ、と。

何か、本当の様に聞こえてきた。

 

彼女は氏に相談する。「もし私が両親を香港に連れてきたら診てもらえるんでしょうか?」

氏「父上はシリアスな状況のようだから、やってくれると思うよ。でも、貴方の父上が

その施術を何か嘘ん臭い、とか信じなかったら効果ないよ。貴方が自信を持って両親に

説明出来ないと駄目と思うよ。試しにやってみる?どこか身体の悪いところ無い?」

彼女「実は私、過去に首に物が落ちてきた事が有って、湿度が高い時期になるとあちこち

痛くなるんです。

氏「よし、それを治してもらおう。父上を早く説得するんなら急いだほうが良い。彼を

  呼ぼう。」

取引先某氏は早速この後のアポイントメントを後にずらし、この気孔師に連絡を取り

事務所に来てもらう様手配をしてくれた。果たして某香港上場企業のDirectorである

気孔師は20分後にそのオフィスに駆けつけてくれたのである。〔暇なんかなぁ?〕

 

場所は取引先社会議室の中である。

彼女は椅子に座り、先生は後ろから首の辺りをコツコツ叩いている。

首の右、左をコツコツ叩いて、「ここは痛くないか?足は痺れないか?」と質問する。

先生「煙草を結構吸いますね。」

彼女「No, I don’t smoke.

先生「お酒の量、結構多いんじゃないの?」

彼女「余りお酒は飲まないんですけど・・・。」

何か横で見てて会話がかみ合わない。触診するのにあんな服の上からで判るんだろうか?

等と余計な心配をしたりする筆者で有った。

 

先生「う〜ん、彼女の症状は一寸シリアスだ。これは3,4回施術が必要だなぁ。」

取引先某氏「へぇ、そうなのかい?」

先生「ああ、例えば首の側面を叩いても彼女は痛みを感じないんだ。普通だと・・・。」

ここで先生、おもむろに筆者に歩み寄り、昔懐かしアブドーラ・ザ・ブッチャーの地獄突きを首の横に。

筆者「ハウッ!」途端に左足にビリビリッと痺れが!

先生「ほらね、これが正常なんだ。」

・・・・・・・こいつ、なめとんか?

 

じゃぁ、次のアポもあるし時間無いから取り敢えずここでは簡単な施術をしよう。

本格的な施術は後日という事で。

先生、両手を擦り合わせて、摩擦熱で手を温めているのか、はたまた気を両手に集めて

いるのか、なんせ温かくなったみたい。

そして片手を彼女の頭に乗せ気を込め・・・・てるんだろうと思う。

暫くして次は肩甲骨の所に手を当て、同じように。

3分ほどして簡単な施術は終わった。

先生「後で一寸痛むかも知れないけど、数回やらないといけないね。」

彼女、同日夜に某所で続きをしてもらう約束をして彼らと別れた。

 

筆者「さっきの先生何してたの?

彼女「頭の上と、肩甲骨の所に手を当ててただけです。でも、あの人の手、凄く熱かったです。」

筆者「そんな熱有って、あの人明日シンセンに行けるのかな?イミグレーションで乖離されるんじゃない?〔笑〕」

(注:SARS患者の兆候として高熱が出ることに着目した入国管理に於ける簡易な検査方法。歩く人の体温が離れ た所からモニター出来、熱の有る人は「済みません、一寸こっちに。」と捕まってしまうのだ。)

 

2時間後、我々は別の客先に向かっていた。

彼女「○○さん〔筆者〕、頭と肩甲骨が凄く熱くなってきました。頭痛もしてきました。」

筆者「え?ひょっとして、さっきの効果が?」

彼女「きっとそうです。血が循環し出したんでしょうか?」

やっぱり効果があるのだろうか?

 

この日、早々に帰宅した彼女は、改めて先生に施術を行ってもらった。〔気を入れてもらった。〕今日、状況を聞いたところ、痛みが未だ引かないらしい。按摩の揉み起こしの様に

最初は痛くなるものらしい。溜まった悪いものを押し出したりするみたい。

それで、与えられた気が身体の抵抗値、自然治癒力を高めるのだとか。

その自然治癒力を活かすため、ゆっくり睡眠を取る事も重要だ、とのアドバイス有り。

 

果たしてこの「気」という奴、本物であろうか?

後3回施術を行い彼女に効果が現れるか?

或いは、後ほど新興宗教にお誘いの言葉が掛けられるか?

 

その結末を楽しみにしたい。

 

10月2日 チュイ・シンセン

1日間隔で更新されることもあれば、更新に2ヶ月要する時も有る。
いい加減な本コーナー。吹く風も早、秋の気配を感じさせる今日この頃、皆様如何お過ごしでしょうか?
既にご存知な方は多々居られますが、2週間前の練習で右太腿に肉離れを起こしました。
折りしも当日はバレーボール部との親善試合当日。日頃コソ練で鍛えた鯛焼きレシーブを披露するぜ、と
意気込んで居たにも関わらず、ゲームでランニングシュートに行こうとした瞬間、太腿の裏側がピシッ!
敢え無く沈没である。「確かサッカーの試合の時もそうでしたな。」鳶君のコメント。はい、そうです。
はしゃぎ過ぎなんでしょうか?
劃して、バレーの試合時、筆者はカメラマンとして「ああ、俺ならあそこで鯛焼き鉄板アタックなのにぃ。」
なぞと、臍(ほぞ)を噛みつつ、写真撮影していたのであった。(そういや、その画像、皆に還元して
無いなぁ。)因みにその後の懇親会ではJ'sの面子が酒で潰され沈没者続出だったとか。お疲れさんです。

3日経っても痛みが引かないのでカノッサ病院に診てもらった。(某スタッフが、あそこは物理治療とかの
設備が揃っているし保険が利きますよ、と薦めてくれたので。)
事情を説明して、触診をしてもらう。
太腿の後ろを押さえられる。「痛いですか?」「いいえ。」
医者「多分、肉離れですね。」筆者(そんなん判ってるから、なんか治療して欲しいんだけど・・・。)
医者「2週間ほど安静にして、後はこのクリームを塗りこんで下さい。」
筆者「それだけで良いんですか?」
医者「それだけですけど何か?」
筆者「あの温めちゃいけないとか、マッサージをしちゃいけないとか・・・。」
医者「温めても良いし、冷やしても良いし、マッサージをしても良いし、日本の湿布を張っても良いですよ。」
筆者(何か凄いいい加減なんですけど、この人・・・。)

一応、筆者も肉離れ初心者では無いから治療の経験もあるし、インターネットで色々調べてはいたのよ。
筆者の調べたWeb Sight - その1その2その3その4
まぁ、出血とかしてないから重症ではないとは思うのだけど。早く治さないと11月7日が・・・・。

で、毎週土曜日はバスケにうつつを抜かして、ろくな家族サービスも出来ていない父は
筆者「今度の土曜日は練習行かないから、一日中付き合えるぞ。」
妻「まぁ、嬉しい。じゃぁ念願のシンセンに行きましょう。」というリクエストを叶えてあげるのであった。
我が家が済むアパート、既に契約後3年目に入っている。この3年で香港の不動産事情は大きく変わり
家賃も下落の一途を辿っているのは万人の知る所。ましてや筆者が済む前に、暫く借り手が無かった為
3ヶ月以上も空き家だったアパートのローン返済に四苦八苦していた大家からすれば、(会社が払うので)
家賃の支払いはPunctual 且つ、取りっぱぐれが無い。巷の家賃相場は下がっているものの、未だに結構な
家賃を払ってくれている。(2年経過の契約更新時にHK$2,000.-下げてもらったけど。)
妻は美人で子供は可愛い(笑)。こんな美味しい店子を逃してたまるものか、とばかりサービスが良いのである。

中秋月には行灯と月餅をくれるし、土曜日には自分の家で雇っているアマさんを我が家に派遣してくれる
至れり尽くせりのサービスである。(時々妻には「このアパート出て行かないよね?」と哀れな目付きで
尋ねる時があるそうな。)

そんなもんだから、土曜日可愛い子供を派遣アマさんに預けて来港以来3年になるというのに未だ
一回も行ったことの無いシンセンに行こうというものである。(当初、子供連れで行くと言ってたのだが、
羅湖の入国管理で幾度か1時間、2時間待ちを経験している筆者が、強硬に反対した。上の娘がじっと出来や
せんのだって。)

皆さんご存知の通り、本年9月1日より日本人は此れまで取得せねばならなかった中国ビザを持っていなくても
入国できる様になったのである。従来ビザ取得にHK$300.-程も掛かる割にはそうそう行くチャンスも無いだろう、と
妻もビザ取得を申請しなかったのだが、ビザ無しでOKとなった途端、興味シンシンなのである。
まぁ、良い機会だ。二人で行くか、と。

自分の興味有ることに対しては、妻の行動は早い。(俺の膝が膨らんだスーツにアイロンの折り目付けてくれ、と
頼んでも、中々仕事は進まんが。)早速、坂元婦人にシンセンで服を作るには何処が良いか聴取し、
VeryかOggiか知らないが愛読雑誌(年齢がばれるな)の中でどれを作ろうかしら、と思案を始めた。
加えて金鐘よりホンハム迄どのバスで行けば良いのか調べ、スリに狙われないように、何時も着ているシャネルの
服を脱ぎ(嘘)、ユニクロの服に着替える。準備万端だ。

果てさて土曜日11時半、お待ちかね大家のアマさんがやって来た。
「ツイさん(=アマさんの名)、宜しくぅ!」すたこらさっさと妻の足取りは軽い。
嗚呼、こんなに楽しみにしているのであればもっと早くシンセンに連れて行ってやれば良かった、と筆者は後悔。(嘘)

土曜日の昼前後、国境は混むよ、と散々皆に脅かされていたのだが、意外とすんなり。
我が家を出て1時間半後には既に目的の地、羅湖商場に二人は立っていたのである。
先ずは腹ごしらえだ、取り急ぎウエスタン・フード屋で何故か海南鶏飯を食べる。味が薄くて不味い。失敗だ。
片や妻は鶏肉の胡椒焼き。チキンステーキみたいなもんか。まぁまぁの味。二人でRMB136.-。高い。
まぁ、良い。二人で今日の目的を確認する。与えられた時間は2時間しかない。(=3時半にはここを出るぞ!)

1.丸めているが、お湯を注ぐとふわぁっと開くお茶の葉を購入する。
2.出来れば透明なお茶セット(RMB28.-/setのがあるらしい、妻の調査に拠ると。)を購入する。
3.エルメスのトート・バッグもどきを視察する。
4.試しにオーダーの服を作って見る。

あたふたと行動開始。1つ目の御茶屋さんは直ぐ見つかった。
やたらお茶を薦められるが、茶飲み話をしている暇は無い。イメージに近いお茶の玉を見つけ、早速
値段交渉に入る。何故か店の姉ちゃんたちは直ぐに交渉に入ろうとせず、色々なお茶を作って薦めてくれる。
睡眠薬でも入ってるんちゃうか?(其処まで疑ったら可哀想か。)
2人民元/玉との事。30円か、紅茶のティーパックより大分高い、しかし日本では人気有るらしいから
お土産に持って帰ると喜ばれるだろうし・・・・・纏め買い交渉。
「一袋で幾らやねん?」店員秤で計量し「150人民元です。」筆者「100元、ムゴイ。」
「不行不行」「ダッ!ダッ!(何故か広東語)」「不行不行」「ダッ。ダッ!」
暫く、分けのわからない押し問答が続き、最後のカードを切る。「○子(妻の名前)、他の店探しに行こか。」
店員「OK. 一百塊!」やはり交渉成立。合わせてガラス製のお茶セットが無いか、尋ねるが生憎入手出来ず。

次に各ブランド(の偽の)バッグ・ショップを覗く。
妻「ケリーバッグが有るわよ。」(*知らない方のために説明しておくと、100万円近くするエルメスか
どっかの手作り革バッグである。この鞄を2つも3つも色違いで持っている駐在員婦人が居るそうな。どんな
家庭なんでしょう?)
筆者「我が家には本物のケリーバッグなんか買えない事、皆知ってるんだから、やめとけ。すぐ偽者だって
   ばれるぞ。それよりもトート・バッグだったら本物と思われるかも知れんぞ。」
表示価格は380人民元・・・・。高い。偽物の癖に生意気じゃ!ぷんぷん!
値切り交渉する気も失せて退散。

妻の本日のメインの目的、オーダー・メードの店に行く。英語が通じる店員がいるとか。
店は見つかった、確かにお嬢さんは英語が話せた、片言だけど。でもこれだけ話せたら、取り敢えず妻とも
コミュニケーションは出来る。しかも英語は(はっきり言って)下手だけど、お嬢さんベリー・アグレッシブっすよ。
妻が恥ずかしそうに取り出した婦人雑誌のページを見て、「OK,OK,大丈夫。生地を一緒に選びに行きましょう。」
妻「えっ!今から?今は良いや。一寸考える。」正統派日本人らしく優柔不断さを発揮する。
値段を聞くと、仕立て代は50人民元!安い! 紳士物だと70人民元とか。この20元の差は一体何?

二人してこそこそとお店を退散し、同じ5階の生地売り場に行く。広い、売り場。安い、多分。多い、種類。
目が移る。妻の意図するワンピースに使う生地を見て回る。タイ・シルク等で20元/Yard(?)程。多分安い。
色々見てると、さっきの仕立て屋のお嬢さんがやって来た。「一緒に選んであげる。心配しなくても良いわよ。
無理に買わなくても良いから。」むむぅ、この商売のうまさ、熱心さ。うちのスタッフにスカウトしたい位だ。
結局、このお嬢さんのお見立てと価格交渉で、妻は二種類の生地を購入、それにて上下柄違いのワンピースを
仕立てることとした。
生地代80元+仕立て代50元。締めて130元。果たしてどんな物が出来上がるやら。
因みに、採寸スペースが空くまで待っていると、妻の友人たちの団体がぞろぞろやって来た。
先日、妻が坂元夫人より仕入れたこの店の情報を頼ってやって来たんだそうな。彼女達はもっと派手に
5着も6着も仕立てたというから、坂元夫人、このお店の売り上げに大貢献ですな。
出来上がった服の配送費50元とか。5人の婦人方だと250元。服が1.6着位仕立てられるね、と
話していたら、うちのかみさん「うちの主人、よくシンセンに来ますので、皆さんの分、ピックアップ出来
ますよ。」と。筆者「馬鹿モン。」うちのかみさんは外面(そとづら)が良いので困ったもんだ。

さて、来週5日以降に出来上がる服の仕上がりを見て、オイラも作ってみようか、と思っている所。
しかし、このオーダーメイド。なまじっか安いから怖いですよ。生地から選んで、好みの服を作る楽しさ
覚えちゃったら、癖になるんでは?かなりやばいです。

事実、うちのかみさんは余程楽しかったらしく、又シンセン行きたいって毎日せがんでいるのです。



7月29日 夏バテ

どうした事か、と思われるかもしれない。又もやの寄稿である。3ヶ月更新無いときも有れば、2日後に
Updateされる事もある。電球が消え行く前に最後の輝きを放つ様に、すわ彼も最後の時を
迎えようとしているのか、と想像なさるのは少々勘ぐり過ぎである。
実情は仕事一段落付いて偶に早く帰って来た所、する事無いんです。かみさんも子供も早く寝ちゃって。
定年後、趣味も無くすることも無く一気に老けてしまうサラリーマンOBの姿が目に浮かびます。
頑張れ、Japanese Businessman!

さて、この所バテ気味なのである。汗っかきという事も有り、夏は冷たいものばかり飲み
何時も夏痩せをしていたものであった、若い頃は。高校の時なぞは、5−6キロは痩せただろうか?
紅顔の美少年は、夏になると修行僧の様にやせ細っていたものであった。
やはり新陳代謝の活発さも関係し消費カロリーが全然異なっていたのだろう。当時は陸上競技部員として
1日10キロ以上走っていたし・・・。今は痩せたいけど全然痩せられへん。困ったもんだ。

香港の夏も早6回目、今年は殊更熱い様な気がするのは気のせいだろうか?
特にSARS明けで中国出張が激増している最近は辛い。中国のお客さんの会議室って、未だにエアコンが
付いてない所が結構あるんですね。それでもって、何故かJapanese Business manはネクタイをし、
ある者は上着をきちんと羽織り汗をかきかき商談をするのである。(因みに筆者は中国行くとき
殆どネクタイをしません。非日系客先担当ということも有り相手はポロシャツか開襟シャツなんですね。
何でこっちがネクタイせなあかんの?と。それにネクタイしてると出張者と思われ、スリに狙われたり
するから。でも出張者が偉い人だとそうも行きません。)こういう日が続いているせいか、
最近身体のだるさが取れません。心当たりがあります。

1.家族が香港に帰ってきて以来、子供の夜泣きもあり熟睡出来ない。
2.かみさんが帰ってきて以来、家中エアコンを付ける為、クーラー病気味である。
  特に我が家のダブルベッドはかみさん+二人の子供が陣取って世帯主の筆者は寂しく一人
  ベッド脇の床に布団を敷いて寝ている。これが夜中にベッドから赤子爆弾は落ちてくる。
  エアコン消して寝たはずなのに、夜中寒気を感じて起きるとかみさんがエアコンを知らぬ間に
  付けている。床に布団を敷けるSpaceの都合上エアコンの冷風は筆者直撃。しかも冷気は低きに
  下がるという自然界の摂理通り、筆者の所に低温の空気が先ず溜まっていくのである。
  そら身体も冷えるわな。
3.SARS明けの出張者がどっと押し寄せて来ており、夜な夜な接待で痛飲が続いている。

そして今、正にこの状況こそ「夏バテ」なのだと筆者は胸を張ってここに宣言するのである。(何のこっちゃ。)
今晩は筆者同様「夏ばて」に悩む全世界30人位の読者の為に「夏ばてを乗り切る」という
テーマで考察してみたい。

先ず、基本的に食生活の観点でStudyして見る。一般的にスタミナを付けるという意図で
食べるとすれば、思い浮かぶのが「鰻」であろう。
関西は腹から裂き一回蒸してから焼き、関東は背中から裂き蒸さずに焼く。
因みに朝の連続テレビドラマ小説「こころ」の主人公はスッチーを辞めて
家業の鰻屋を継いで働いている。この主人公はちょいと可愛いのである。(本題には関係無い。)
しかし、香港で果たして旨い鰻を食べれるお店が有るのであろうか?言うなれば炭焼きで
じっくり時間を掛けて焼き上げた鰻を食べれるお店は?答えは否・・・だと思う。
(因みに、浅田次郎も小説の中で登場人物のである江戸っ子のおばあちゃんに「鰻屋では決して
 急かしちゃ駄目なんだ。反対に蕎麦屋ではのんびりしちゃ駄目なんだ。」と江戸っ子の
 生活の面倒臭さを説いている。昔、蕎麦の食べ方を表現するのが上手い落語家が蕎麦やに
 入った際、周りのお客さんがどんな風に食べるんだろ?と見られている視線を感じて、
 ろくに蕎麦汁もつけずに食べてたけど、死に際に”嗚呼、蕎麦汁一杯付けて食べたかった・・・
 と愚痴ったと言うが、江戸っ子って大変ですな。)
手打ち蕎麦屋「和三郎」が出来た今、次のニッチな日本人相手商売はもんじゃ焼き・・・・ではなくて
本格鰻の蒲焼屋!で決まりだ。(誰か、このアイデア買ってくれませんか?)

次に挙げられるのはは昨年のWorld Cupでもそのスタミナを思う存分見せつけたキムチ・パワー。
韓国料理であろう。事実、この10日間位で筆者は3回も韓国焼肉食べに行ったぞ。
(香港に来た出張者を韓国料理に連れて行くな、という声が聞こえてきそうだが。)
目下、贔屓にしているのはそごう向かいの金羅寶だ。肉が旨い。つまみが旨い。料理の品数が多い。
ここでにんにくの醤油漬けをばりばり齧りながら、豚ベーコンと骨無しカルビを食べれば
スタミナもりもりだ!という算段なのだが、ついつい進んでしまうオイ・ソジュ(キュウリ入り真露)。
これが祟って、結局翌日は気分不爽快と相成り、体調は益々悪くなっていく。
特に真露は人造アルコールなので悪酔いするのだ。

熱い国でも、何時も朗らか、元気なのは辛いものを食べているから、という嘘ん臭い薀蓄を
カレーのBeeかどっかで読んだことがある。唐辛子はたるんだ身体に喝!!を入れて、元気を
与えてくれるらしい。先々週、広州に泊りがけで出張に行った時、広州駐在員に晩ご飯の希望を
聞かれて四川料理、と即答したのはそういう意図が有ってのことだった。
果たして、広州のそれはは四川省の人による四川省の人の為の四川料理であった。
香港のマイルドなLocalizedされた四川料理とは異なり、山椒と唐辛子の棘を感じさせるような
然しコクの有る辛さ。最辛度の鍋をつつく。汗が額から、胸から滴り落ち、身体が燃えている!
気合が入るぜ!と手ごたえばっちりリポビタンDなのである。これと朗らか、というのが
どう繋がるのか理解出来ないが、何か元気が出てきそうな気はする。
しかぁし!話はそれでは終わらない。翌日も身体は燃えている、否、正確に言うなれば
「胃」が燃えている。有る程度、辛いもの好きを自認する筆者であるが、翌日は
胃潰瘍(なったことは無いけど多分こんなんだろうな)か、或いは出産前の陣痛(経験は無いけど
多分こんなんだろうな。しくしくと来るのである。)の様な胃痛が翌日の午前中一杯苦しめ、
更には早くこんな劇薬は体外に放出して、とばかりに執拗に遅い来る便意と、60キロ先にある
客先に向かう車の中で、ましてやそこら辺で公衆便所を容易に見つけることも出来ぬ中国。
(有ったとしても、ドアは無く、溝があるだけというトイレで果たして、隣人の中国人と尻触れ合うも
 人の縁と開き直れるか?お坊っちゃま育ちの筆者には自信無し。)
劃して、一時の美味快楽と好奇心で最辛スープを頼んだ己の行動の浅はかさを後悔しながら
苦悶の車移動は続く・・・・。(疲労困憊)

喉元過ぎれば暑さ忘るる。
今も筆者は夏ばてを克服する料理を勉強中。
(世界30人の)読者の中で何か良い知恵をお持ちの方は是非ご教示頂き度い。
目下、筆者が興味あるのは、先日中国に於いて晴れて解禁になった栄養満点と
言われるハクビシン。この哀れな動物の中国語名、或いは英語名をご存知の方、
本件もご教示頂き度い。先日広州で「ハクビシン・ムゴイ」と試しに言ってみたのだが
案の定通じなかった・・・・・。

(Part 2に続く・・・・かも知れない。)


7月27日 憧れのノビ太君。

 

食事のときに話した事は有るのだが、ちょくちょく質問を受けるので

当コラムをして説明させていただく。筆者は香港に来て以来、町の

散髪屋で髪を切っている。何処といって贔屓にしている店は無い。

適当に街を歩いていて、安い晩飯を探すのと同じ様なノリであちこち

試しているのである。今は、家の近くということで、セントラルの階段

近くが多い。しかしSOHO辺りだとお洒落で高そうなので、ワンタン麺で

有名な「麦ガン」辺りのクルクル回るあの、昔は動脈と静脈を表していたと

いう例の看板を探して入る。(あれって、しかし万国共通なんかね?)

安そうな、と言っても普通は入り口のところに値段を書いているので

大外れは無い、値段は。後は、コミュニケーションだ。

英語が話せない場合が多い。筆者は待たされたり、時間潰し用に大抵

文庫本を持参するのだが、この本が「俺は日本人だぜ。」という無言の

意思表示になる。(否、向こうは韓国人と思ってるかも知れんが。)

あの椅子に案内されて、筆者の持つ文庫本に目を留めて、カットマン(と、

一寸格好つけて呼んでみました。実際は冴えない風貌でランニングを着た

中年親父が多い。)の表情にちょいと緊張が走る。

「フンガー・フンガー・フランケン。」親父は何か広東語で言っているが、こちとら

よく判らん。“どんな髪型にしたいんや?”と尋ねているものと想像して

話を進める。実際は「Hey! Coolな髪型しているね。俺は昔、Japanに行った事が

あるんだ。フジヤマ、ハラキリ、ゲイシャ。」と言っているのかも知れないけれど。

こちとら、大してリクエストは無い。耳の上と、後ろ髪を短くしてくれ、と言うもの。

頭の横と後ろを指差し、出鱈目な広東語を駆使してそれを伝える。

「ニゴ、ダンヤッティン。ゴゴ、ダンヤッティン。ムゴイ。」

親父、嗚呼この日本人広東語判るのか、と若干安心した表情でシャンプー&カットは

始まる。凡そ30分位で事は終わる。一度、極端なShort Cutになり、鏡を見たら

小太りのシュワルツネッガーになっていた事が有った。その後暫く、うちのスタッフが

怖がって話しかけてくる回数減った事が有り、同僚にも「○○さん、その顔反則ですよ。」

と馬鹿にされたことが有ったが、それ以外はちょいと剃刀で首を切られて血が中々

止まらなかった事が有った位で大きな失敗は無い。過去5年の経験をして断言しよう。

香港の散髪代金相場はHK$70 〜 HK$100である。(これ又幅が広いでんな。)

因みに先週恵州に行った際、散髪屋の入り口に書かれていた代金は・・・・5元でした。

 

さて、話は本題に入っていく。NBAで金髪の貴公子と言われるドイツ人が居る。

その名をDirk Nowitzki。(彼の風貌については左をクリック!)

俺の知っている彼はスポーツマンっていう感じの髪型でガッツのある野郎っていう風貌

だったのだが、昨年、何の気なしに
Hoopsという雑誌を買った所、髪を伸ばしてついでに

髭まで伸ばしちゃってんのだ。それで、悔しいことにこれが格好良いのだ。

調べて見ると彼は25歳、214センチでポジションはPF(ぺナルティー・ファール?)。

オールラウンドな能力を持つ凄いシューターらしい。何故か筆者の頭の中から彼の風貌が

離れず、最近その影像が日増しに大きくなってしまっちゃったのである。

そして!・・・・・家族がSARSを逃れて帰国していた6月、筆者はスタッフの女性に

モジモジと尋ねたのである。「あ、あのう・・・・俺、パーマ当ててみようかな、と思うん

だけど変かな?こう長くてふわふわっとしたの。」「あら!○○さん、それ良いですよ。

やっぱり偶にはイメージ・チェンジしないと。大体、最近の男性はですね・・(中略)・・

私の使っているパーマ屋さん紹介します。パーマ当てるんだったら、やっぱり日本人ですよ!」

「そうか、パーマは日本人にかけてもらわないといけないのか・・・。」

 

此処まで読んで誤解した読者が居るかもしれない。田舎者の筆者はパーマすら掛けた経験も

無いのか?と。否!それは違う。筆者にだってパーマを掛けた経験は有る。そうあれは

高校3年の秋。運動会を目前にして、中の良かった友人宅に行き、我々は有るものを見つめていた。

スーパーで買った家庭用パーマ・セットである。確か金額にして2,000円位したと思う。

少ない小遣いを叩いて購入したこのセット、失敗は許されない!

先ず、何か液を掛けたと思う。おしっこみたいな匂いがした。その後、友人がぎこちない

手つきで髪にカールを巻きつけ、輪ゴムで留める。髪が引っ張られて痛い。10本位巻いた

だろうか、もうカールを巻く場所が無い。しかし手元には6〜7本のカールが未だ残っている。

手際よく巻かなかったために、隙間が一杯出来てしまったのだ。しかしもう時間は大分経っている。

今更やり直すことも出来ない。頭皮もひりひりしてきた。

「なぁ、ほんまに大丈夫なん?」「心配せんでもええきん。出来上がってのお楽しみやきん。」

友人は自分の事じゃないので気楽なもんだ。

果たして何度かパーマ液を掛けながら、いよいよ時間が経った。カールを外す。

何も感動が無い。湿っているからくにゃくにゃした雰囲気が出ないのだ。

「こんなんかなぁ?」「ドライヤー当てたら変わるんでない?」「ほんまな?」

劃して洗髪をして、ドライヤーを掛けると・・・・・ドッカーン、芸術は爆発でした。

人よりも髪が細い筆者は、時間を掛けすぎたのでしょうか、それはエマニエル坊やか、

パンチパーマが伸びた後。筆者は肩を落として帰宅したのでした。

翌朝、筆者は念入りにドライヤーを掛け、一寸は見える様にして登校しました。

「起立、例!」当時、クラス委員長であった筆者は教壇前の最前列で

「着席」と号令を掛けると同時に担任教師に「お前何な、その頭は?今日、パーマ屋

行って直して来い!」「先生、これ散髪屋で無くて自分で掛けたんじゃぁ。」(クラス一同笑)

「そしたら何処でもええきん、パーマ伸ばしてつかぁ、って散髪屋言うて来い!」

かくして筆者のパーマ体験は1日で終わったのである。

その日の休み時間、女子同級生が言った。「○○君、舘ひろしみたいで格好ええ・・。」

その台詞がぐさっと胸に刺さったのを覚えている。た、舘ひろしかぁ・・・。

 

話が反れた。ある日曜日、筆者はその女性に紹介された美容室に行った。予約無しで。

その名をD’ note(Te l : 2882-3662)という。アパートの様な建物で、入り口のインターフォンで

ロックを開けてもらって入る。「予約無いんですけど・・・。」「あ、予約無いんですか。」

日曜日なのに予約をせずに来るというのは余り宜しくないらしい。SARSで日本人が居なくなっても

そこそこ繁盛しているらしい。暫くして、「大丈夫です。一寸お待ち下さい。」とソファーに通される。

筆者はここで雑誌に目を通した。ノビちゃんに似ている髪形は載っていないか?(流石に35歳にも

なってノビツキーの雑誌の写真を切り抜いて持参するのは恥ずかしかったのだ。)無い、今時の若い

アイドルの髪形は一杯載っているのに・・。
筆者は焦った。どうやって伝えよう?

やがてこざっぱりしたイケメン風のカットマンがやって来た。恐らくこの甘いマスクで何人もの女性客を

騙くらかしてきたのだろう、悔しいと中年男らしいひねた目で見る。

カットマン「どんな髪型になさいますか?」

筆者「髪を長めにして大きなカールを掛けたいんです。こう、ふわふわっと。」

カットマン、一考して何やら雑誌を取りに行く。ぱらぱらめくって「こんな感じでしょうか?」

それはかなりイメージに近いもので、さすがこやつはプロだ、と感心させられたのである。

さて、それから思い出されたあの20年ほど前の記憶。アンモニア臭に包まれながら、

しかしこちらはプロなので、カールを丁寧に緻密に巻いていく。アシスタントは数居れど

カットマンは二人しか居ないので何人ものお客さんを掛け持ちでチョキチョキしている。

そして1時間後、ノビツキー程ではないけれどノビ太君がパーマを掛けた位にはなっていた。

まぁ、こんなもんか、と思いながらお勘定。「
HK$970.-です。」「(えっ!)!!!!!!!!」

(そりゃ、日本人のカットマンだからHK$300位は取るだろうさ。パーマを掛けてHK$300位は

余分に掛かるだろうさ。丸めてHK$500位か。)と思ってた筆者は、思わず財布の中を確かめた。

良かった!
500ドル札が2枚有った!恥かかずに済んだよぉ、お母ちゃん!

 

翌日、同僚の先輩に言われた。「何か疲れた顔してるな、髪型も寝癖付いてるぞ。」

(あの、これHK$970.-もしたパーマ・・・。)

D’ noteを紹介してくれた女性。「あれ、結局パーマ掛けなかったんですか?」

(いえ、ちゃんと掛けました。HK$970.-もしたんですけど・・・。)

 

1週間後、家族を迎えに帰国した。かみさん、全然気づかない。

晩御飯頂いた後で義母さん、「あら、○さん、癖っ毛だったんですね。」

(小声で)「あの実はこれパーマを掛けまして・・・。」

(かみさん)「ええっ!!パーマ!何、人の留守中にやってんの?」

(筆者)「いや、ちょっと木村拓哉を意識して・・・。」

 

あれから1ヶ月、大分髪も伸びてきて、ちょいと後ろ髪がうっとうしくなってきた。

しかしここで妥協するとノビツキーの髪型にはなれない。さらに言えば、髪を染めねば

あの雰囲気は醸し出すことは出来ぬ。来週は一週間夏休みをとる事だし、

ビゲン・ヘアカラーでも買いに行くとするか。



5月22日 SARS その2

2ヶ月ぶりの更新、又又サボってましたね。
さてあれから2ヶ月、SARSはいまや全世界に影響を与えています。一説には人民解放軍が
開発した生物兵器が何らかの拍子に外部へ出たとか出ないとか。
いやいや、中国では昔からこういう奇病が有ったんだが、そもそも猫だか犬だか
何でも食べるんで猫神様の呪いなんじゃよ、とか。
前回、飛行機に乗るリスク云々を偉そうにのたまわっていたくせに、我が家も4月6日に家族を
日本に返しました。何時帰港できるかも判らないので、1年オープンの航空券を購入したところ
何とHK$7,400もしました。1枚で10万円を超えます。航空券って高いのね・・・。

さて久々の独身生活・・・・じゃなかった寂しい一人暮らしも1月半が過ぎました。
この間に、我が家では自作パソコンが立ち上がり(ミーシャに手伝ってもらったんだけど)、
ミーシャのSouth China LeagueでCS Hoopsは単独2位に浮上し、レスリーチャンは自殺し
2歳の娘は4つの単語を繋げて文章を話すようになり、泣くだけだった7ヶ月の息子は這い這いが
出来るようになり、海外からのVisitorが途絶えて2ヶ月が経ち、中国への出張自粛が進んだ為
香港から1歩も出ない日々が1月半になり・・・・・・色々な事が起きつつも平々凡々な」生活が
過ぎていきました。
香港での発症者数も低下傾向になり、日本人学校も開校した事より、我が家も来月には家族を
引き取りに神戸の実家に向かうつもりです。
そこで、若干早くはありますが今回のSARS騒動について、考察してみたいと思います。

1.SARS騒動を追い風にした商売・会社は?
    まず誰もが思い浮かべるのはマスク会社。関連銘柄では「日本バイリーン」という会社が
     株価を上げたようです。
    うがい薬を作る会社。何と有名なイソジンを作っているのは明治製菓。お菓子の会社ですがな。
    身体に良いということでヤクルトが無茶苦茶売れたそうです。因みに「まずーい、もう一杯!」で
    有名なキューサイ(の青汁)、株価は余りぱっと動いてません。
     鈴木さん曰く、清掃業者。1時間おきにエレベーターのボタン消毒してますからね。人手も必要。
    こうして見ると、結構今回の騒ぎを神風宜しく受け取っている人も居るんでしょうな。
2.何故、日本人に発症者が出ていないのか?
    緑茶パワーだと言う人が居ます。でもこれは正しくありません。香港に来て日本茶飲んでいる人、
    果たしてどれだけ居るでしょうか?恐らく%以下でしょう。実家でお茶の木を栽培している筆者でさえ
    当地では中国茶かコーヒー。お茶の売り上げ増加、起死回生の一発を狙った静岡県の流した噂・・・
    じゃありませんわな。ま、皆、綺麗好きだからでしょか?皆さんの考えお聞かせ下さい。
3.何時になったら安全宣言が出るか?
    38度以上になるとウイルスは死滅するんだそうですが、香港ってそんなに暑くなったっけ?
    理屈で言うとシンガポールとかフィリッピン何かはウイルス死んじゃってる筈なんだろうな。
    巷の話で、香港政庁は6月末の渡航禁止韓国解除を目指してWHOに働きかけて居るらしいこと、
    聞きますが、アンディの帰国は延期か?
4.今後どんな変化が現れるか?
    他人との身体的接触を避けようとする動きが広まる。握手、チュー、そしてバスケットボール。何!?
    これは一大事だ!!  
    カラオケ等の接待が益々減り、家族団欒の時間がより増える。一人暮らしの寂しいシングルは
    近くのリングでコソ練を行うようになる。 ------> J'sのレベルアップが!
    家にこもってレンタルビデオ等を見るようになる。 ----> 丸山君のバイト先大繁盛に!給料上がって
    お世話になった先輩たちに晩飯でもご馳走しようか?という気が当然湧いてくる。
    退社時間が早くなった筆者が、帰っても家族居ず暇になる為、ホームページ更新がもう少し頻繁になる?

イラク戦争にSARS、してレスリーチャンの自殺、とおかげで仕事もさっぱり。中々明るい気持ちには
なれませんが、こういう時、バスケットというストレス発散の方法を持つ筆者は幸せです。
この機会に更なる技術のレベルアップを図り、来るリーグで大暴れしたいものです。(退場にならない程度に)



3月30日 SARS(重症急性呼吸器症候群)

何と3ヶ月ぶりの更新、このコラム。さぼってましたね。
さていきなり本題ですが、大騒ぎになっていますね、肺炎。(SARS = 重症急性呼吸器症候群
1週間前とはえらい状況の変化です。
筆者は水・木と中国厦門に出張していたのですが、当地では肺炎の事は殆ど気にされていません
でした。ところが香港に帰って来て見たら、火曜日とは様変わり。街行く香港人はマスクをしているし
凄いのになると、地下鉄サリン事件の時に消防隊員が着用していた様な防毒マスクの様な
ものをして歩いている奴も居るし・・・。
MTR湾仔駅が封鎖されたとか、ホンコン・セブンの参加を見合わせた国があるとか、
ローリングストーンズの公演も中止になり、挙句の果てには飛行機を使用する出張は極力見合わせ
空港にも出来るだけ近づかず、中国出張も極力控えよ、という注意が会社からは出る始末。
小学校から高校まで香港中の学校は4月6日まで休校、と。
(故に4月1日より初出勤の筈であったヤ○コちゃんは、あと1週間朝6時半にバスに乗らずに済む。
 尚且つ給料も貰える。良かったですな。)
果たして治療するための抗生物質・ワクチンは何時開発されるのか?
そして、そのワクチンはどの会社によって製造されるのでしょう?
街角で販売されているマスクは果たして本物でしょうか?一説には人口700万人しかいない
香港から日本にマスク500万枚の引き合いが来ているとか。
マスク屋さん、特需です。(3M以外で、どういった会社がマスクを製造しているのでしょうか?
ご存知の方教えて下さい。いや、その会社の株を購入しようと思っている訳では決して・・・。
<−−−Internetで調べたら載ってました。一杯有るんですね。)
(因みに筆者のかみさんは土曜日金鐘のバス停で一つ4ドルX5枚購入しました。
「これ本物か?」筆者が疑問を呈した所、「今している風邪用マスクよりは充分まし」、と言い切って
いました。どこからあの自信はやってくるのでしょう?)

周りでは早々に香港を脱出し、帰国する駐在員夫人が出始めました。
飛行機の使用を避ける人たちが多い中、恐らく航空券の価格も急激に下落しています。
さぞかし安く帰国は出来るのでしょうが、そもそも彼女達は”空港に行き、密室の飛行機に4時間乗る”という
リスクに果たして気付いているのでしょうか?

「そんな事言ってたらこちとらおまんまの食い上げよ!」と某キャ○イ航空に勤めるJ’s女性部員達より
クレームが来るかも知れませんな。すんません、お仕事、命がけで頑張ってください。

中国出張も控える様に、って我々1週間くらいは良いですが、果たして広州等に駐在している
同僚を思うに、不憫でなりません。筆者は先週月曜日広州に居ましたが、現地の社員達は
丸きり今回の病気に対して、政府等より充分な説明を受けていません。
丸きり深刻に考えていません。誰もマスクしていません。
ところが、(これまた噂ですが)病気の感染源である広州・仏山(あ、これ先週月曜日に俺が行ってた所だ。)
では病院に患者がごろごろ居り、中山市では200人死んでいる、とか。(これは流石にデマだと思うけど)
「情報が統制されているので、入ってこないんです。」と語る現地社員の話を聞き、共産主義国家中国の
怖さ、を今更ながら感じたものである。

でも、本当、広州駐在員の同僚大丈夫かなぁ?

皆さん、精精手洗い・うがいを励行しましょう。
今回落ちは有りません。

12月15日 Volunteer

話は端から重くなるんだが、標題を強く意識したのは1994年1月17日に起こった阪神大震災。
当時大阪の吹田に住んでいた筆者の独身寮もその朝大きく揺れはしたが、大きな実害は無かった。
あれ程の大惨事とも思いもしなかったし、電車が止まって会社が休み、さぁもう一眠り、といった
受け止め方であった程。ところがテレビから中継される悲惨な光景は皆さんご承知の通り。

電話も水も電気もガスも通じなくなった被災地に、皆がバイクで、自転車で、或るものは歩いて
水を届けた。(因みに当時会社の先輩後輩という間柄であった筆者の妻の家も全壊した。その時
筆者が彼女の家に持参したミネラル・ウォーターが二人を結びつけた、という様な話は全く無い。)
筆者の勤める会社も神戸支店に物資を運ぶため、急遽若手社員有志が駆り出されて、大阪港から
舟をチャーターして神戸港に向かった。因みに船主は我々の足元を見て100万円近いチャーター代金を
吹っかけた。30人以上の有志と多くの物資を既に手配している副社長は已む無くその条件を呑み
運搬を決行した。(この船主は全く見下げ果てた奴である。日本人の恥である。)
我々の到着を待ちわびていた神戸支店の社員は届いた水とオニギリを、焦燥した顔で「有り難い、
有り難い、」と涙を流しながら頬張っていた。被災地の方の大変さが我々にも痛いほど感じられた。

週末、臨時(独身)寮会を開き、我々で何が出来るのか?という事を話し合った。
当時独身寮に住んでいた人間は60人余り。各々違った考え方を持っており、寮生皆が参加するという
考え方には至らず、結局一部有志が出来る事を考え、寮という枠組みとは関係無く行動する事になった。
早速YMCA等の団体に連絡を取り、神戸市東灘地区等で人手が欲しいと言う要望が有ったので、
翌週末から合流した。その団体も東灘地区にbase基地を作る事から始めなければならない。
(場所を提供してくれる歯医者さんが居る、という情報のみしか無かったのである。)テントの設営、
東灘地区の被害状況調査、活動内容の考察、から始めなければならなかったのである。
YMCAのリーダー格のおばちゃんとて、素人だからこんな経験は無く皆が手探りである。僭越ながら我々が
様々な段取りを考え、手配する局面が多くなった。しかし人間関係は難しいもので、始めに基地設営場所を
探す所から携わっていた若者達にとっては、途中から合流して来た、しかも週末だけしかやって来ない
我々が色々取り仕切っているのが気に食わない。(それも当然、学生の彼等はほぼ毎日参加している
のだから。)リーダーのおばちゃんに文句を言う者が出てきた。
困ったおばちゃんが我々に相談する。「貴方達には本当に感謝してるんだけど、毎日やって来てくれてる
あの子達も大事にせんとあかんしねぇ。毎日、おばあちゃんの所に水を運んでくれてるのは彼等だしねぇ。」
無論、我々も大人だしその団体を仕切りたい、とかいう願望なぞないので、ちょっと一歩下がって協力する事と
した。朝10時頃に集合して、夕方6時過ぎに解散した後行われていたリーダー達のミーティングにも参加せず
帰るようにした。そうすると、今度は「○○(←うちの会社名)は、面倒くさくなって止めたがっているんでしょ?」
と非難し始める。「全く若者はひねくれてるなぁ・・・。」と思いながら、ミーティングには又、参加する。遠慮して
なるだけ意見を言わない様にしているのだが、話が余り前に進まないので我慢出来なくなって、つい我々が
口を出す・・・、と。まぁ、彼等も学生の考えと社会人の考えで、視点が違うという事も徐々に分かってきて
不満も余り出なくなってきたんだが、反対に我々の不満は毎回鬱積、作業が終った後居酒屋で晩飯食べながら
行う(身内の)反省会は毎回激論で、昼間の水運びよりこっちの方がよっぽど疲れた。
不満はこう。
1.何故、俺達はこんなに低姿勢で奉仕させてもらわねばならんのだ?
2.俺達が完全に仕切った方が、2倍位効率良く出来るが、若者の意志尊重と本来の目的である
  被災者に対する奉仕の達成とどちらを優先するのだ?
3.そもそも会社を動かせば、もっと出来る範囲が増えるのに、我が社は社会奉仕が云々と言っているくせに
  こういう時には、動きが遅い!(あ、これオフレコ。)
等など・・・。

やがて水道が復旧し、電気が復旧し、ガスが復旧し、活動の内容は変貌していく。
水運びから屋外無料銭湯の設営へ、全国から送られてくる物資の配送から、余剰物資の
チャリティバザール、その売上金の還元、活動地域の拡大等。
(余談だが、途中から被災者の立場であるはずのかみさんも活動に参加し始めた。
彼女の家に物資は届けなかったが、被災地で鋸を挽いて木を切っていた逞しい姿に胸が
キュン、と来たのは本当らしい。)
その中で、我々の身の引き方も頭を悩ませた。結局、又最後は後味悪い別れ方になったけど・・・。
こういった善意の活動っていうのは、皆それぞれの思い込みがあり、その思い込みが自分を
動かすEnergyに他ならないから、纏めるのはしんどいですよ。特にこちらは大人として振舞わねば
ならないしねぇ。
でもそうした活動の中で、出合った多くの学生・若者・同年輩の人たち。普段なら知り合いに
なる事も無い様な、ちょっと危ない世界の人達も多かった。皆、善意でのみ動いていた方達だ。
肉体的・精神的ストレスは溜まったが、あの事態の中で若い世代の高い意識を目の当たりにしたのは
大きな収穫だ。日本の将来は暗くない。まだまだ行ける。そう確信した。

人間一人では生きて行けない、等と大上段に構える積もりは無いが、他人の善意に支えられている事を
少なくとも自覚するべきであろうし、又、自分に出来る事は何か、と考える事も大事と思う。
(多くの人は)香港の社会に”活かして”もらっているのであり、その貢献についても考えるべきと思う。
香港人との交流を深めるのも、ボランティア活動に参加するのも、街角の基金に参加するのも一考。
寒くなり、ともすれば家の中に籠もりがちなこんな季節、ある事をきっかけにふとこんな事を思い出した。
説教臭い話になり、申し訳ない。
次回はもっと軽い話を選びましょ。

11月6日 公僕

日本領事館は中環の交易中心にある。このビルは香港で一番家賃が高い、と
昨年聞いたが、本当のところはどうなのか?良く知らない。
建物自体は結構古い筈だが、空港直通列車やHotel Four Seasonなんかが
出来たら更に便利になって家賃は更に上がるのだろう。
昨日その日本領事館に行った。長男の出生届を出す為である。
予め妻から営業時間を聞かされており(16時まで)、又、出生届が遅れるとそれだけ
パスポート申請が遅くなるから早く行ってよ、と口うるさく言われていた為、仕事がちょいと
一息ついた15時半に慌ててタクシーに乗って向かった。
申請が16時までなら大丈夫のはずだ。

タクシーに乗り込んで3分後、後ろからやって来たパトカーに停止を命じられた。
一瞬、「ハッ!シートベルトは?」と焦ったが、何時もの習慣でちゃんとやっていた。
良かった・・・。えらい。5000ドル損せずに済んだ
さてはてシートベルトをしていなかったのは何とタクシーの運転手だった。
警察はどこかで見てたんだね、えらい剣幕で捲くし立てている。
運ちゃん、平謝りで、「いやぁ、勘弁してくれ、旦那。免許を取り上げられたら、
こちとらおまんまの食い上げなんでぃ。」と言ったかどうか、何か応酬しているが、
所詮一般庶民おかみには逆らえねぇ。切符を切られちまった。
運ちゃん、ポリスマン立ち去った後、あっかんべぇをやっている。悲しすぎるぞ、親爺。
(しかし香港でもアッカンベェの習慣ってあるんだねぇ、初めて知ったよ。)
時間10分のロス。ちょっとやばい・・・。
気を取り直して3分後、車は交易中心に到着した。
目指す領事館はTower 1 の43階、残り15分だ。走れ!
43階に降り立ったのは3時50分。しかし直ぐには入れてくれない。
老いた余り頼りになりそうにも無いガードマン「IDカード。」と提示を求める。
ドアの隙間から若かりし頃の筆者が微笑むIDカードを嬉し恥ずかし渡す。
老爺はカードと筆者を見比べて「あんたも香港で苦労したんやな。」という哀れんだ目(か
どうかは知らんが)を浮かべながら、カードを返してくれる。15時51分。

慌てて室内に入り、予め準備してあった用紙を差し出すが、幾つか間違い点を指摘され
訂正印を何度も押して漸く16時10分、漸く出生届は受理された。
因みにこの後書類は日本に送られ、本邦で手続きが終了するのは約2ヵ月後。
それから戸籍を取り寄せパスポートをここで発行申請せなばならないんだとさ。
これで自動的に我が家は本年末を香港で過ごさねばならない事が確定した。パスポートが間に合わない。
(しかしもし筆者が銀行なんかで勤めてて、行員さんみたいに3週間後帰国なんていう辞令が出たら
 どうすんでしょうね?まさか香港パスポートを発行してもらえる訳でもないでしょうし。)

懸命な読者は今回の標題に連想して、ああ、多分領事館の職人の態度が余程酷かったんだな、
と想像されるかも知れないが、実際は非常に懇切丁寧で下手な日本のお役所の担当者よりは
余程レヴェルは高かったりする。(吹田市役所で働いている親友が居るので余り悪口は言えないけど。)
瀋陽の亡命事件とか、宗男スキャンダルとかで外務省も大分叩かれたから、かなり気をつけて
いるのだろう。良い傾向だ。

さて、日付変わって今日。筆者は朝から東莞に出張していた。
東莞ーー>南沙に移動してその後シンセンに向かって虎門大橋を渡っていた時のことである、
対向車線を走っていたオンボロ・トラックの運転席天井部分と思われる枠付き鉄板が外れ、
ふわ〜っと舞い上がったかと思うと、一番内側車線を走っていた我々の車の前に落ちてきたのである。
人は事故に会う前、時間の流れるスピードが遅くなる、と言われるが、正にそれを体感。
心の声「あ、落ちてきた。このまま走るとこの車に当たるな。」
有声「あ、あぶな〜い!
心の声「ハンドル右切らないと。おい、お前右や!右詰まってる。ブレーキや!」
筆者、後部座席に座っているにも拘わらず、何故か左足を踏ん張る。(未だ、車の運転忘れてないな。)

心の声「シートベルトしてたっけ?あ、してない!しまった!このまま行くとこの看板、運転手に
     当たるかな?いや、多分大丈夫・・・。」

ガツーーーーン!

幸い、鉄板が車のフロントガラスを突き破って来る事はなく、丁度バンパーの所で当たって
左ドアーミラーを吹っ飛ばして、左側に吹っ飛んでいった。
後続車との間隔が開いていた為、変な衝突事故も避けられた。

路側帯に車を寄せ、車を点検する。シャーシまで影響が出てるようでもない。
広州事務所のスタッフが総務に電話して、先ず警察に現場検証する様指示を受ける。
運ちゃんも自分の会社の老板に電話して指示を仰ぐ。
筆者は、ぶつかった鉄板を拾いに元、来た方に戻る。鉄枠は幾つかに砕けているが
3センチ角程の鉄パイプ、鉄板は0.7 X 1.5メートル位の大きさか。
もう、ほんの0.1〜2秒落下してくる時間が遅れて運転席に当たった事を想像すると背筋が
寒くなる。

10分後、パトカーがやって来た。立ち尽くす我ら3人に敬礼をして近寄り、何事か事情を聞く。
運ちゃん「いやぁ、おまわりさん。ひでえ話なんだ、聞いとくれ。実は斯く斯く然然・・・・。」
公安「ふむふむ、成る程成る程。で、鉄板が当たったのはどの辺?」
運ちゃん「あの、鉄屑が未だ残ってるところでさぁ、親分。」
公安「・・・・・・・・・・・・・ラァ〜。」
親身そうでは有ったが、然し彼らは去っていった。

筆者「あれ?どうしたの?」
スタッフ「今、我々が居るこの橋はあの大きな柱が丁度真ん中なんですよ。それで向こう側は
     番ユウ市の管轄。こっち側は東莞市の管轄。ぶつかったのはあの辺という事で、これは
     東莞市の公安に処理して貰わないといけないんだそうです。これで後30分位かかりそう
     ですね。」
筆者「え・・・・。実は俺、さっきからトイレ行きたいんだけど。体冷えちゃったよ。」
スタッフ「大きい方ですか?」
筆者「小さい方。」
スタッフ「じゃぁ、ここで下の海に向かってしたらどうですか?」
筆者「こんな橋の上で風も強いし、全部自分の身体に帰ってきちゃうよ。第一警察来た時に
    怒られないの。」
スタッフ「いや、怒られます。」
筆者「お前、あのなぁ・・・・」

30分もは掛からなかったが、20分後に今度は東莞のパトカーがやって来た。
いきなり怒鳴られる。何言ってんのかさっぱり分からない。
運ちゃん、しどろもどろになりながら説明するが、言葉を遮られて又怒鳴られる。
運ちゃん「そう言わずに現場検証してくだせぇ、旦那。保険求償もせなあかんし・・・。」
若い公安は一頻り何事か運ちゃんを叱った後、漸く現場検証を始めた。
(因みにこの時、筆者の膀胱は結構満杯で辛うじて日本男児のプライドが立ちシ○ンの行為を
 思いとどまらせていた。)
何枚か写真を撮影し、距離を測って、事情を聴取し、書類を作成した。
公安「保険を求償するならば、正式の報告書を作成せねばならず、これからこの車を
    警察署迄レッカー移動する。2,000元掛かる。そこで詳細点検するので2週間
    車を預かる。保管賃を徴収する。しかし、今回は貴様らに鉄板をぶつけた車が特定できず
    保険会社は交渉する相手が居ない。よって保険料が払われる可能性は低い。」という
    説明が有った、らしい。
我々「へ?」

運ちゃん、老板に慌てて電話する。「親分、どないしますか?」
親分、苦渋の決断なるが、事情を理解した上での合理的な判断を下す。
「泣き寝入りします・・・。」
公安「そうか、分かった。」即座に書いたばかりの調書を海に投げる。ひらひらと舞い上がり、そして
海に落ちていく白い紙。
運ちゃん、がっくしだ・・。俺も漏れそうだ・・・。

パトカーが立ち去り、橋の上に残された我々。
スタッフが憤る。
番ユウの警察官は紳士でしたが、東莞の警察官は最低です!我々は被害者なのに
 ずっと怒鳴られっぱなしでした!僕は彼の公務員番号を控えました!」

東莞は税関職員を初め公務員の質が悪いとは聞いていたけど、公安だと余計それが極端なのかも
知れない。
まぁ、今日は誰も怪我をしなかったのが幸いとして、許してやろう。

因みにこの後、シンセンの客先へと向かうに際し、我々はタクシーに乗り換えた。
15時半の約束時間だというのに、16時半現在未だ虎門。気を利かせたタクシーの運ちゃんは
快調にスピードを上げて走ってくれた。さっきの経験もあり、我々は若干不安を感じながら、
その学習効果によりシートベルトを締めようとし、そして気付いた。
そう、中国のタクシー後部座席にはシートベルトが無いのである・・・・。

自分の身は自分で守るしかない。明日から腕立て伏せをして、いざという時に身体を支えられるように
鍛えておこう。

(上の後日談;11月25日掲示板に掲載)
そう実は、先日コラムにて紹介した事故の運転手と
修理したての車に乗って先週木曜日は広州を走っていました。
その晩は大事なお客さん(広州人)との面談を終え、市内の
レストランに会食に出かけました。
お客さんとお店に入りましたが、運転手が中々やって来ません。
どうしたんだろ?と見に行ったスタッフが帰ってきました。
「・・・バスに後ろから突っ込まれてます・・・。」
憐れ、運転手は修理したての車に2週間も経たない内に
又、ぶつけられてアコードの後ろはひしゃげてます。
こりゃ、相当老板(社長)に怒られるでしょう。
感心したのは、前回の経験より直ぐ様然るべく人間への連絡が
為されていた事。「危機管理の行動が身に付いたな」、という
私の褒め言葉は彼にとって強烈な皮肉でしか無かったとさ。

故に、私並びにお客さんはお陰で何の怪我もありませんでした。
唯、その後、その広州人に酒で潰されましたけど・・・。
(翌朝、スーツで靴を履いたままホテルのベッドの上に居る自分に
 気付く。何故か、頭頂部には切り傷とかさぶたが・・・。)

皆さん、しつこい様ですが中国に行く時はシートベルトを
しましょう。自分が幾ら気を付けていても危険は向こうより
こんにちは!とやって来ます。
明日も南海に行きますがひょっとして同じ運転手かな?と
ドキドキしています。



9月15日 僕の好きなもの

うちのかみさんは海老が好物である。
聞くところによると、昔から誕生日にはエビフライが食卓に並んで、
その度に毎度涙を流して喜んでぱくついていたんだそうである。
そんな彼女が筆者と結婚して、やって来たのは中華料理の都、香港。
足取り軽くスキップして来ましたがな。

ご存知の通り、海老は香港の中華料理でも重宝される食材。その理由は・・

理由その1:先ず色が紅い。赤は中華思想では縁起が良いのです。何故、紅色が
  中華思想では好まれるか?それは知りまへん。これを中途半端な知識と言う。

  我が家では専らこの中途半端な知識という奴が某婦人によって幅を利かせており、
  筆者が純粋な好奇心で疑問点を投げると、途端にかみさんのこいつがぼろを出し、
  結局釈然としないまま眠れぬ夜を迎えることが多いのである。
  これから子供が育ってくると、彼らから「何で?」攻撃が始まるであろうに、こんな事で
  良いのだろうか?否、良いはずが無い。
  今や、分からないことが有ってもInternetで直ぐに検索できる時代。
  便利になったものだ。母さん、早速上の疑問点を調べておいてくれ。
理由その2:腰が曲がっていることより、長寿に掛けてそれを好む。成る程。

今時、海老が香港沿岸で捕獲されている訳でもあるまいに、何故か海老の消費量世界一
誇る名古屋での市中価格より、恐らく香港で食べる海老の値段は安い。しかも旨い(・・・・んだと思う。)
日本からお客さんが来た時、海鮮料理屋で先ず最初に出てくるのは、山盛りになった茹で海老。
手で皮を剥き、中華醤油に浸けてかぶり付く。皆、感動の面持ちだ。
シュウマイ・餃子を始め、点心にも海老は欠かせない食材だ。
而して中華料理 = 海老、という日本人の一般的な思考パターンが完成した!(本当かよ。)

と、すると来客の多い駐在員としては、当然海老を食べる機会が多くなる。
更には日本人の常として、又、この蒸し暑い気候の中、ビールは晩酌には欠かせない。
コレステロールは着々と毛細血管に蓄積されるのである。

幸い筆者は然程、日本からの来客が多くないから良いが、人に依れば週5日位外食せねばならぬ
人も居て、多くの人が愕然とするのは、痛風の症状が出てきた時。
そう、風が吹いても激痛を感じるあおの恐ろしい贅沢病である。
おりゃぁ未だ30代だぞ?何で・・・・・アタタタタタ。(北斗の拳じゃないよ。)ある日、途端に関節に
激痛が走るのである。適度な運動と食事内容を留意しないと、我々はこの不治の病に犯されて
しまう危険に囲まれているのである。
筆者はバスケットを週に一度やっているので多分大丈夫と思うが、これからやって来る
上海蟹の季節、用心が必要だ。

さて、ところで皆さんよく知る所であるが、私は海老が嫌いである。
だからJ'sの皆と食事に行っても滅多に海老料理は頼まない。
又もや古い話になって恐縮だが、幼少の頃山の麓に位置する我が家にとって海鮮物は貴重品であった。
否、蛋白質そのものが貴重品であった。貴重な栄養源として、我が家ではを飼っており
そこで産まれる鶏卵が、男兄弟の生育を支えるその重責を担っていた。
狭い鶏小屋に〈未だ身)体の小さい筆者が身体を丸めて取りに行く。
母鶏は卵を取られまい、と羽をばたばたさせて美少年の頬を叩く。嗚呼、食べ物を得るという事は
痛い事なんだね、と身をもって知らされる辛いお仕事であった。
因みに、鶏は卵を毎日産むためカルシウムを取得せねばならない。このカルシウムが親鳥に
不足すると彼らは防衛本能が働いて、折角産んだ自分の卵を突付いてその殻を食べちまう。
そういう癖を付けさせない為にも蜆とかあさりと云った貝殻を金槌で細かく叩き砕き、餌に混ぜる。
それもか弱き少年の大事な仕事であった。

さて母鶏が天命を全うして死んだ日の晩御飯はカレーライスである。
父か兄が鶏を器用に解体し、臓物をカレーで召し上がる。チキン・カレーはご馳走であった。
因みに余談で有るが、筆者の誕生日は何時もカレーライスであった。
喜んでぱくぱくお代わりしていたらしい。かみさんの実家とでは、先ずここに食べ物の差が顕著に表れている。

話が反れたが、今から20年程前のある日、兄が安売りの海老を大量に買い込んできた。
バケツ一杯位有ったと思う。
よく兄は海老とか蝦蛄だとか、道端売りであろう食材を大量に買い込んで来た。かなり安かったのだろう。
久し振りの蛋白質、しかも高級食材である美味しい海老だ!とエビフライを沢山作った。
筆者は当時海老ふりゃぁ(一寸名古屋弁で書いてみました)が大好きだったので、
兄達に負けぬようたらふく食った。子沢山の家庭では食べれる時に素早く大量に食べておく。
これ常識である。故に沢山食った。1年分位食った。
・・・・・・・・・・・・翌日、食べ慣れぬ海老を大量に摂取したためか、筆者は酷い食中りを経験した。
それは思い出すのも恐ろしい・・・・と言っても20年以上前の話なのですっかり忘れてるんだが、
兎に角のた打ち回って苦しんだらしい。

それ以来、何一つ好き嫌い無く食べていた健康優良児に唯一の弱点が出来上がってしまった。
海老ちくわはもとより、カップヌードルの干し海老を食べても気分が悪くなる有様。
焼き飯・天津飯を食べる時も、わざわざ子海老をより分けるお行儀の悪い男一丁上がり!ってなもんである。

やがて筆者は就職し、かみさんの毒牙に掛かりデートなるものを重ねる様になる。
ある日、とある事が原因が元で二人の仲は急速に冷え込み三行半をお互い突きつける寸前までになった。
其のときのかみさんの捨て台詞、気が利いている。
かみさん「私なんかね、ほんとは海老が大好きで大好きで食べたかったのに、何時も貴方が{俺は海老が大嫌いじゃ}って
      云うから悲しい思いして我慢してたのよ!」
筆者「それがどうしたの?」
丸きり会話が噛みあってなかった。

さて、やがて会社から目出度く海外転勤の内示が出た。赴任先は・・・・・・・中華料理の本場、香港であった。
中華料理=毎日海老が一杯、という上述思考パターンが直ぐに頭に浮かんだ。
・・・・・・大丈夫だろうか・・・・。

香港赴任前に所属部の方々が開いてくれた壮行会で筆者は高らかに宣言した。
筆者「今までの僕には唯一弱点がありました。それは海老が食べれない、という事です。
    然しこの弱点をこれからの香港駐在期間中に必ずや克服し、数年後完璧なNew○○となって帰って来ます!」
部長「そんな事どうでも良いから仕事しろよ。」
筆者「・・・・・・はい・・。」

着任してからの半年間は聞くも涙、語るも涙の苦闘の毎日であった。
飲茶に行けば海老餃子海鮮(料理屋)に行けば茹で海老の山。
為せばなる為さねばならぬ何事も!と我慢して口に入れるが5分後にはトイレで全て戻し、真っ青な顔で
テーブルに付き、回りの方から心配されるという日々が続いた。
中でも辛いのは中国出張でお客さんと食事をした時。先ずテーブルに現れるたのは舟盛りの伊勢海老刺身!
当然、当地では高級料理でそれ一品のみが誇らしげにテーブルを占拠しているのだ。
しかも来客の我々が箸を付けねば、彼らは食べようとしない。嗚呼、何でこういう時だけ中国人ってお行儀が良いの?
第一、中国で伊勢海老居るわけ無いじゃないか!しかもお皿とか箸との衛生状態に自信が無いから
わざわざ(中国人も含めて)皆が熱いお茶で、器とか箸を熱湯消毒しているのに、どうして刺身なの?
(それを切り分ける包丁とか、まな板とか熱湯消毒しているんだろうか?否、やっている筈が無い。)
他に箸を伸ばす料理も無く窮地に追い込まれた筆者はせめてもの抵抗と、付け醤油の中に殺菌剤としてワサビを
大量に溶き、それに付けて食べる。強烈なつ〜んという刺激が鼻に来る。海老の匂いは最早感じられない。
涙が零れる。「日本人はワサビが好きですよねぇ。」と中国人は真似をしてワサビを溶いている。
嗚呼多分、こうして日本文化の誤解が生じていくのであろう。日本国民の同胞よ、かたじけない。
話あ未だ続く。漸く舟盛りの伊勢海老も終わり漸く別の食材だ、と思ってたら、もう一艘来ましたがな。伊勢海老活け造り。
目の前が暗くなりました。(向こうも気付けよ、俺達の箸が進んでないのを。)
再び試練の時だ。さり気なくビール等で間を取りながら、周りの人が平らげるのをひたすら待つ。
漸く終了、今度こそ終了だ!漸く火の通った料理を食べられると思ってたら、次にやって来たのは
象の鼻にも似たあのミール貝の刺身舟盛り・・・・・。
思わず隣りの日本人と目が合った。「貝の食中毒って酷いんですよね。」

しかし、人間の体ってやっぱり凄い。そうこうしているうちに海老を食べても吐かなくなっちゃった。
相変わらず美味しいとは思わないけど、これで弱点は一応克服した事になる。公約は果たした事になる。
(予算達成はどうなってるんや!と部長の声が聞こえてくる様な気がするが、気のせい気のせい。)
まぁ人間、殻を一つ破るって大変な事だ、うん。(勝手に納得)

6月18日 初めての入院

自慢ではないが、私は病院が嫌いである。何故なら雰囲気暗いから。
注射が嫌いである。言うまでも無い、痛いから。

飲み薬による治療も出来るだけ避けたく思っている。
昔読んだ雑誌に、アフリカの原住民に市販の薬を服用させたらば、重病でも
けろっと治ってしまう。

彼らは普段薬を服用する機会が無いので、効果覿面であるが、薬をしょっちゅう
服用している現代人は、薬の効き目が薄れる一方で
より強い薬を飲まねば
効能が現れない、という段が有ったからである。

薬を飲み過ぎる故に、効果が薄れては肝心の時に薬が効かないではないか、
非常に馬鹿らしく思ったのである。

かくて、香港に来て5年弱、之まで殆ど医者の世話にならずに過ごして来た。
無論、その間人並みに風邪もひいた。〔一言念押しすれば夏風邪ではない。〕
しかし、仕事の忙しさにかまけたのと、上述考え気持ちよりお医者さんに
見てもらったことが無い。
何のことは無い。Weekdayはひたすら気力で頑張り、又、気持ちが張っている
事もあり熱も大して上がらずに済むのだが、週末にひたすら眠ることで
自然治癒力を存分に発揮し、月曜日には完全に回復している、という具合に
乗り切って来たのである。
自然治癒力は使わなければ、更に衰えてしまう、という根拠の無い考えで
此処まで来たのである。 

香港の医療費、特に我々が普段利用する日本語或いは英語が通じる病院のそれは
信じられない程高い。上述の通り、捻挫した時に行った事以外は健康診断でしか
お世話になった事が無いので、詳しくは無いがアドベンティスト
カノッサ・ホスピタルはその治療費の高さでは双璧を
なすんだそうな。
〔知らなかった。〕


筆者の勤める会社では、駐在員並びにその家族に対して、遍く海外駐在員健康保険を
付保しているので、余程の高額な治療費(例えば1回の支払いが4万ドルを超える様な
手術・入院費等)や付保外の治療以外は全て保険で賄える。
因みに、筆者のおぼろげな記憶では一人当たり年間5,000ドル(?)程もの保険料を
生命保険会社に支払っており、言うなれば年間当たりの治療費が5,000ドル(?)
以下の場合は、ある意味、費用対効果という観点で“負けた”という算段になる。

と、すると筆者のように病院には意地でも行かないぞ、という輩はこの観点から行くと
“負け”なのである。会社にとって見れば、社員〔家族〕に等しく付保しているものだから、
「社長!自分は昨年1ドルも医療費使いませんでした!給料上げて下さい。」と

アピールしても、一笑に付されるのが落ちである。
(じゃあ、保険に入らなければ良いんじゃ?という考えも有るが、事故に有ったり
 するかも知れないのでそれは出来ない。)

さて、では保険会社側から見てこの個人保険というビジネスはどういった
位置付けであろうか?

某生命保険会社にお勤めの読者も居る事を考えると、知ったかぶりで言うのは
いささか
躊躇してしまうが、先ず以下の通り分析する。

香港人口700万人中、日本人人口は公称2万人強。〔実質3万人弱か?〕
この内、会社が負担して上述の様な内容で付保している被保険者の割合を25%と仮定。
5,000人。

5,000人 X HK$5,000/人・年 = HK$25,000,000.- = JPN \18/HK$ = 450百万円
のビジネス。仮に10%のシェアを持っていたとして約5千万円の売上。
いきなり結論に行くと、決してwelcomeな商売では無いんだそうです。
曰く、筆者の様に“負け”の被保険者は本当に稀で、殆どが“勝ち”なんだそう。
今回、分かりました。
先日、お医者さんに3分ほど見てもらって、看護婦さんに注射で脚の膿を取り出してもらい
後は薬をもらっただけ。
HK$1,088.-でした。確かにHK$5,000.-なんてあっと言う間です。 
でも保険で全額カバーされていると思えば、何とも思いませんよね。

しかも診療終わった後に、きょうび「先生、すんませんけど今月ピンチなんで、
一寸まけてくれませんやろか?」と頼むような患者さんは、如何な大阪・香港と言えども

そうはおらんでしょう。(それでも多分大阪には何人か居ると思うけど。) 

病院って良い商売ですね。俺も医者になれば良かった・・・。(すんません、なりたくても
なれませんって。言ってみたかっただけ。)

先週中国出張中、思いもかけず左足が酷い痛みを伴ってぱんぱんに腫れ上がってしまった。
漸く、左足付け根の肉離れが治った矢先の原因不明のこの症状。

同僚には「そうだよ、未だに中国には原因不明の風土病という物があるんだよ。」と、
したり顔で説明され、妻には「先週日曜、魚屋○丁で食べた寿司ランチの貝にビブリオ菌
居たんだわ、きっと!」と脅される。

 *ビブリオ菌は人喰いバクテリアと呼ばれる恐ろしいばい菌。詳しくは太字をクリック。
    因みに魚屋○丁の嫌疑は丸きり練れ衣でした。ご免ちゃい。

家の近くにあると言う唯それだけの理由で、上述双璧の内の一つで診断してもらったら
蜂巣炎です。直ぐ入院してください。」

かくして、筆者は生まれて初めての入院〔3日間〕を体験した。
又、保険会社に対しては“勝ち組み”の仲間入りをした。
〔恐らく過去4年分の累積保険料と比べても勝ちだと思う。〕


初めての入院生活に対する感想。
〔とは言っても上半身は健康だから、明るい入院生活。〕


1.病院食は、想像していた程まずくは無い。
2.若い看護婦さんは殆ど居ない。
3.兎に角、しょっちゅう色んな看護婦さんが入れ替わり立ち代り病室に来る。
  まさか、こんなおじさんに色目を使いに来ている訳でもあるまいが。
  ゆっくり放屁する暇も無い。

4.案の定、沢山注射を打たれた。朝、体温測って注射を打つのに始まり、
  夜12時、寝ているのに「楽しい注射の時間です。」と起こされて又打たれ、
  注射に始まり注射終わる生活。5年分は打ったと思う。もう要らん。

5.血液検査の為に注射で看護婦さんに採血された後、10分後
 「済みません、採血量不足してました。もう一度取ります。」と30歳前の
  看護士(男)が来た時には流石に「なにぃ?」と悪態をついてしまった。反省。

丸二日も有ると、読みたかった本もたらふく読めた。
神様が「お前、ちっと休めや。」とくれた休息なのかも知らん。

発症から1週間経ち、大分治癒してきた。
ここんとこ、J‘sの試合は4試合続けて負傷のため欠場、応援の側に回ったので
大分フラストレーションが溜まってきている。

今週末は、健康の有り難さを感じながら、このマグマを吐き出そう。

それにしても、W杯。韓国恐るべし。
アジアのレベルが斯くも上がったことを更にアピールして欲しいものだ。



5月7日 敗北感

酷い敗北感を覚えました。
途方も無い疲労、正しく体力の全てを使い切り、そして敗北感を覚えました。
お父さんは負けちゃったよ・・・。

先週末、義弟が香港に初めてやって来た。
妻と結婚式を挙げ、新婚旅行先より直接帰港した筆者は、彼女の家族と
接した時間は殆ど無く、そういう意味で義弟とは初めて近しく話の出来た
貴重な3日間であった。
彼にとっては香港には物心ついて初めての訪問と言うこともあり、何処に案内
するべ、と考えた結果、Shoppingというんでもなかろう、筆者がかねがね
興味を持っていながら過去4年半ついぞ行ったことの無いアソコならば、彼も
きっと満足するのでは、と勝手に思い、5月4日(土)朝10時、二人の男は
銅鑼湾邊寧道に降り立ったのである。
小さな雑居ビルの7Fで降り、到着したその場所は「香港浣腸水療中心」。
そう、お尻からちゅ〜っと液体を入れるあの浣腸である。
この時、体格の良い大人二人の足は心なしか震えていたのであった・・・・。
「何か、ドキドキするね・・・。」「はい・・・。」男達は言葉少なだ。
意を決して中に入る。かみさんが大阪で働いていた職場同期の女の子(川瀬)に
ちょいと良く似た、香港人にしては珍しく優しげな顔つきの、可愛らしい女性が
受付に居た。
「よ、よ、予約した○○ですけど・・・。」自分の声は心なしか、震えている。

差し出されたアンケート用紙5枚(!)に、義弟とソファに並んで腰掛け、めいめい
記入していく。
「・・・・うんちの長さだって・・・。」「・・・はい・・・。」二人はやはり言葉少なに記入する。

問診表への記入が終わり、いよいよ川瀬(仮名)が我々を個室に案内する。
この時筆者は不安に思っていた。(二人並んで、浣腸されるんだろうか・・・?)

一抹の不安を感じながら開かれた扉の向こうには、産婦人科に置かれている
様な治療台(見た事有りませんが。)が。
 ←便座付きベッドとでも言おうか。
ほっと溜息が漏れる。(・・・・・・・良かった、一人一部屋で・・・。)

ここで、川瀬(仮名)がホースの入っている袋を目の前で裂き、中から取り出す。
「このホースは使い捨てです。」
(ああ、そうか、そりゃやっぱり使い捨てだよね。良かった・・・。
 え?あれをアソコに突き刺すの?)
「水は蒸留水ですが、酸素を含ませたものもあります。こちらはHK$50 upです。
 腸の中の細菌等もやっつけます。」
「ワセリンの塗ったこれを○○○に差込んでください。
 準備OKになったらこのブザーを押してください。」
5分ほどの説明が終わり、義弟は別の部屋へと川瀬(仮名)に連れられて行った。
それは、さながら市場に売られていく子牛の様・・・。ドナドナのMelodyが頭を駆け巡る。


さて、これからはいよいよ自分で為さねばならぬ。
鳴かぬなら、殺してしまえホトトギスなのだ。(何のこっちゃ。)
先ず、下着を脱いで後ろで留める前掛けのような治療服を着用。
そしていよいよ、自分の手でホースをあすこに差し込むのだ!

 凹みより「こんにちは!」と出ているホース。
                   たっぷり塗られたワセリンが誇らしげにキラキラ光っている。

之まで生きてきた30数年、かかる経験も無く、作業は捗らない。
ホースはこちらに向かってこないので、自分のお尻をホース君に押し付けていかねば
ならない。方向を間違えば傷つけてしまいそうな不安を抱えで、へっぴり腰とは正にこの事。
延々格闘の後、異物感を感じながらも更にお尻が便座部分に密着するまで
勇気を振り絞り押し付ける。
遂にひんやりとした便座の感触をお尻に感じた。
付いた!これで5センチ挿入されたんだ!I got it!!
しかぁし!身体を動かすことは少し怖いので、相変わらず身体は緊張しているのであった。

さて、早速ブザーを押すと、川瀬(仮名)がやってきた。
下半身にタオルを掛け、お恵比寿さんの様な筆者のお腹を出すと、そこにクリームを優しく
ノの字を書く様に塗り広げてくれる。気持ちがよい。

「じゃぁ、今から水を送り込みます。これを読みながら、お腹に水を貯めて下さい。
 5秒〜1分間位我慢してください。」
何やらスイッチを入れて、川瀬(仮名)は出て行った。

ウイ〜ン
何やら肛○がこそばゆくなってきた。
おならを必死で我慢している様な感じだ。
あ、水が入ってきてるんだ。気が付かなかった。

5分ほどした頃、コンコン、と川瀬(仮名)がノックして入ってきた。
「どうですか?」「Yes, No problem.」
「Ok. では水を強めます。1分位我慢して下さい。1 minute.」

彼女が出て行った後、程なくして受け入れきれなくなった水を排出する。
鏡に映る水はまだ綺麗な透明である。何度か清流を排出しているうちに
段々、水が腸の奥まで浸食して行っているのであろう、受け入れ時間も徐々に長くなってきた。
しかし、この貯め具合がどうにも分からない。
早く出しても駄目なんだろう、と長く我慢しているとどんどん水が中に入ってしまい
お腹はアマガエルの如く膨れ上がってきている。
内臓の圧迫感も酷くなってきた。妊婦の気持ちが一寸分かるような気がする。
(母ちゃん、大変な思いをしているんだね。有難う。)
いよいよ苦しくなってきた。
苦しさの余り、涙が滲んできた。
もうあかん、と力を緩め、中のものを出す。
うひゃぁ、未だ水しか出ない。僕の腸は綺麗なのかしらん?

そうこうしていると又、川瀬がやって来た。
「No problem? Painful?」と聞いてくる。
真っ青な顔をして頷く筆者。
「あら、苦しかったら左のレバーを押して、水を止めなさいって(上部写真参照)
 言ったじゃない。」
(え?そんな事言ってたっけ?流暢な英語だから聞き逃したかな?)
レバーで水を止めて、腹のマッサージを始めてくれる川瀬(仮名)
(げ!このお腹張っている所を押す?あんた、何ばすっとですか?)
(筆者肉声)「No problem, no problem! I can manage by myself!」
(筆者の心の声)(漏れそうなんぢゃ!早くこの部屋から出ていってくれ!)
(川瀬)「じゃぁ、暫くしたら又来るから、用が有ったらブザーを押して呼んでね。」
顔を青くしつつ必死で頷く筆者。
(筆者心の声)(どうでもええから川瀬、早よ出て行ってくれ〜。)

川瀬が部屋の扉を閉めた途端、筆者は終に緊張し続けた緒を解いた。

うひゃ〜。嗚呼、その何たる快感!

今まで頑として出てこなかった腸の奥の奥でひっそりと隠れていた
深窓の令嬢が「ヤッホ〜!」と顔を出し始めたのだ。
鏡に写るパイプの中を箱入り娘たちは次々と流れていく。
嗚呼、人間の腸にはこんなにも多くの水が入るのか。
出しても出しても出てくる出てくる。
押せば命の泉湧く、ってな如く止め処なく出てくるのである。

一頻り出し切った後、今度はレバーを引いて、又もや注入。
ふむふむ、漸く感じが掴めてきた。
水を入れては出し、入れては出し、繰り返していると又もや川瀬がやってくる。
お腹マッサージをしてくれようとするんだが、彼女の前であれを垂れ流すのは
日本男児としては気恥ずかしいので(後で、日本の雑誌の記事の切り抜きコピーを
貰ったので読んでみたら、常連の女性達はこの治療に慣れているので、水と一緒に
ピューっと出しているらしいんですと。)その度に「問題無いんでOK,OK。」と追い返す。

そうこうする内、あっという間に45分は経ち、川瀬が機械を止めに来る。
23リットルの水が私の腸を通り抜けたんだそうな。
宿便君達も居心地の良かった我が腸内を水と共に追い出された訳だ。

「じゃあ、着替えて下さい。」
さて着替るために、ホースを○門より引き抜くと途端に便意が。
水なので、ぴゅ〜っと漏れてきそう。
必死でお尻に力を入れ、下着とズボンを履き、慌てて個室の前にあるトイレに
駆け込み事なきを得る。しかし、これ迄腸の奥に入った酸素入り水の量は
尋常ではなく、排泄は中々止まらない。
涙を流しながら用を足していると、突然前の扉が開き、義弟と目が合った。
「あ!」「あ・・・!」
筆者は急いで駆け込んだ為、個室のカギがきちんと掛かっていなかったらしい。
義弟も筆者同様、火急を要していたのだろう、ノックをせずに扉を開けたのだ。
「すみません!」義弟は慌てて隣りの個室へ入っっていった。
束の間の沈黙・・・。
(筆者)「・・・・しかし、何だね。これは疲れたねぇ。」
(義弟)「・・・・いやぁ、全くです。・・・」
隣同士の個室に入り、二人はシャーッと水を出しているのであった。

川瀬(仮名)曰く、「貴方は背が高いので、腸も長いのです。今回の1回だけでは
十分では有りません。又来て、綺麗に洗浄した方が良いのです。」
と薦められる。次回の予約まで入れてくれようとする。親切な川瀬。

確かに爽快感も感じられ、腸の奥に溜まった宿便・毒素も抜けたであろう。
又、来ようかいな、と考えさせるものがある。、これは癖になりそうである。
体重もちっとは軽くなっただろう。(うんち分位は。)

古ぼけたビルを出る頃、義弟と筆者は、焦燥しきった身体で、何故か敗北感を
感じながら、妻と娘の待つ「そごう」へと足取り重く向かったのであった。
義弟の香港旅行もさぞかし思い出深いものになったことであろう。
彼と俺は戦友となったのだ。

読者の皆さんにも、是非とも一度トライする事をお勧めしたい。
Let's 浣腸! すっきりするぜ。

4月15日 Rolling stones gathers no moss. (これでスペル間違ってたら格好悪いやろな。)

Staffの一人が辞表を持ってきた。
97年の9月から働いてくれてたのでもう4年半。
香港では長く続いた方か。
とは言え、彼に辞められたら新しく人雇って、仕事を一から教えないとならないんで
唯でさえ忙しいこの時に頼むから辞めないでくれ、給料が少ないんならも一度検討する、
他の諸条件も見直しても良い、と慰留説得をしたんだが、決心固く結局今月末に
去ることとなった。
元々、実家が家業をやっている良いとこのご長男。
故に、金銭にはあまり煩くなく、だが仕事にHungryさが足りないのが少々不満という所は
有ったのだが、「○○さん(筆者の事)が香港に居る間は辞めませんよ。」と言ってた癖に
嘘つきめ。
多分、彼にとっては家業を継ぐ迄の修行の様なもんで、我が社で4年半、次は別の業種で
又3,4年、幾つか業種を経験してから、という考えなんだろう。有り触れた話ではある。

筆者が香港に赴任して4年半。この間に退社した人間は7人。
営業マンが3人、Shipping clerkが4人。
しかもShipping Clerkの一人は、筆者の着任日に「Nice to meet you.」と握手して、
その後、前任者と引き継ぎに出かけている内に、2日後辞表が、別のstaff経由届いた、
という悲しい思い出。
前任者と打って変わって、やたらと身体のでかい新上司が余程怖く見えたのか、
はたまた、運悪く自分の着任日近辺に重なったのか、(自分は後者だと信じたいが)
何せ、着任早々始まった仕事は、新しいStaffの採用面接と引継ぎの歓送迎会参加、
そして売掛金回収、と何とも想像とかけ離れたものであった。

さて、自分の人望がないのでは?と思われたくないが為の言い訳と勘違いしないで
頂きたいのだが、香港人は良く職を変える。終身雇用、年功序列という考えがな〜い。
2年位でどんどん職を変える。
手前で言うのもなんだが、我々がやっている仕事は、昨日今日入った人間がすぐに
売り買い出来る様な簡単なものではない。
故に、商品の一から教えて、出来る範囲の仕事を与えて、Capacityに応じて担当先も
増やしていって、という風に育てているのに、1年後何とか一人で客の前に出しても良い
levelになったか、と思った途端、或いはその1年後、「色々教えて頂いて有難う御座いました。
勉強になりました。」と言われた日にゃあ、仕事もやる気無くなりますぜ。
(2回程有りました。ほんま仕事やる気なくなりました。)

俺は高校野球の監督か? (報徳、優勝おめでとう!)

と、ふてくされてましたが、流石に何人もの香港人が私の上を通り過ぎて行く内に
私も慣れました。彼らのこういった行動に。
さてここで、今後の仕事の進め方に幾つかの選択肢が出てきます。

1.結局、効率・速さも鑑みてかなりの仕事の部分を自分でやってしまう。他人を頼らない。
2.即戦力の人間引っこ抜き。
3.お前の成長なんか待ってられん。兎に角言われた事を100%こなす事に集中しろ、と
  自分の下請け業務に徹させる。時間が経って業界の事とか判ってきたら、少しづつ担当を
  持たせる。
4.高校野球の監督でも良い。相変わらず丁寧に育てて、仕事をさせる。
5.絶対、辞めそうも無い人間を採用する。

さて、皆さんだとどれを選ぶでしょうか?

皆さん、ご存知の通り、当地で転職は全然悪いIMAGEが有りません。
どころか、同じ職場で3年以上働いている人間は、能力が無いからより良い条件の所に
移ることが出来ないんだと、思われる風潮が有るとか。

日本人の考え方とは、もうぜ〜〜んぜん違いますね。
冒頭出てきた私のStaffも、彼のかみさんがしょっちゅうJob Hoppingしてきた経験も有り、
転職を奥さんより勧められたという位。
(うちのかみさんなんか、典型的な日本人タイプで、よく残業終えて疲れ果てて帰宅した際なんぞ、
 筆者の無愛想な顔を見て、「会社で何か有ったの?」と聞くので、「今日はどうしても腹に
 据えかねたから、部長をぶん殴った。もう会社やめるぞ!」と、冗談言うと泣きそうな顔で
 「明日、謝ってきなさいよ、ねっ、ねっ?」と慌てる。ん?当たり前か。一寸話がずれたな。)

今、習っている中国語の先生も(台湾人女性 30歳)も、Software会社で働いてるが
この3年で2回職場を変わったとか。
前の会社辞める時も待遇改善するからと引きとめられたけど、今の会社の方が
待遇良かったからさっさと辞めた、とアッケラカンとしたもの。義理だ、人情だ、なんて考え
無いみたい。又、職場を変えることに対する不安とか、将来の安定を求めるとか、そういう物
が感じられんのですな。
こりゃ、やっぱり”将来もずっと今の生活が続くか分からない。”という状況(香港・台湾)で
育ってきた、環境に因るものなんだろうか?

それに加えて、自分が仮に転職する、という事を想像したら、これは自分にとってかなり
勇気が居ることです。
言わば、自分の勝手な都合で会社を去るに当たっては、之までの人間関係を有る意味
捨てなければならないのでは?と迄考えてしまうわけです。(深く考えすぎ?)

自分の周りには、社内外を含めてその一線をJumpして踏み越えた人が多く居ますが、
ある意味ではそういった勇気をもつ人を尊敬しもします。

香港・台湾が置かれて来た程、天地がひっくり返るほどの(クーデターの様な)変化が日本にも
起こる様には思えませんが、状況が目まぐるしく変わって行っている現代で、我々のような
滅私奉公型(?)の人間(と彼らを抱える日本企業)と、転石の様な香港人達。(環境が変わること、
変えることを恐れぬ人達。)
どちらが(どちらの企業が)今後、生き残るのだろう?

難しいなぁ・・・。

あかん、そんな事考えてる間有ったら、はよ新しい人間見つけな。



2月10日 株式投資について。Vol.2

23時20分。今、筆者はゆ〜らり、ゆ〜らり揺れている。
酔っ払って良い気分なのではない。
憧れの豪華客船
Star Cruise Leoの船内に居るのである。

「早く寝ないと、明日早いわよ。」と妻は寝ながら言うが、
筆者は昼寝しちゃったので
余り眠くない。(又かよ・・・。)
実は、乗船早々昼寝をしてて火曜日の夕食予約開始時間に遅れた為、彼女は
一寸ご機嫌斜め。
良いのだ。折角の数少ない休暇。眠いときに寝て、読書したい時に読み、
興が乗っている時にコラムを書く。何と幸せな時間の過ごし方ではないか。

明日は、海南島の湛江とやらに行くTourに妻が申し込んだ。
鹿が700頭位居るらしい。そう言えば、漢方では鹿の色んな部位を利用して
様々な薬がある。漢方薬の名所なのだろうか?

さて、前回のコラム「株式投資について」に関してお二方(だけ)から
反響が有った。以下、内容を紹介する。

1.楽して金儲けしたいので、早く続きを書いてください。
2.香港でInsider規制が無いというのは誤りです。皆さんに謝りなさい。
   (詳細な説明を頂いたので、勝手ながら「Column de 投稿」に掲載させて
    頂きました。ご教示有難う御座いました。)

つまり、前回筆者は香港で株式取引のInsider規制は無い、と書いたが、
某専門家に
言わせると、「規制は有る。」という事ですので、
今回あの内容を訂正させて頂きます。
ごめんちゃい。

という状況で、コラムの続編を書くのは、一寸気が引けたりするけど、
四方山話として
読み流してください。

筆者は、某上海出身の女性教師に中国語を朝方習っていたが
(過去形なのは、彼女が
結婚して渡米しちゃったから)、彼女の本業は
某香港株式上場企業役員の秘書であった。

この会社は不動産開発等を主とし、彼女の担当役員は深○市の元副市長だったか、
或いは
その人物と親密な関係に在ったか何かで、まぁ色々な情報を持っていたらしい。

Lessonの際に、彼女に自分が株式投資をして1197(銘柄)で得した、損した
なぞと話をしていると彼女が言った。
「○○さん、株やるんですか・・・・。」
その後の話は以下の通り。

彼女のボスに知り合いから電話が掛かる。彼女は秘書だから、当然それを取り継ぐ。
暫くするとボスから指示がくる。
「○○番の価格、今幾らか調べて。」「HK$○○です。」
「そうか。」それで株の売買注文は自分でやるらしい。
数日経つと、指示が入る。
「(先日調べた)○○の価格幾らだ?」「HK$○○です。」
「ほう。(笑)そうか。」それで、自分で又、株の売買注文をするらしい。

「これが必ずといって良い程騰がるのよ。」
「何で、君は自分でその銘柄買わないの?」
「私、お金無いし・・・。でも○○さん(筆者の事)、株やるなら
 ボスが私に調べさせた銘柄教えてあげても良いわよ。もし儲かったら
 晩ご飯位奢ってね。」

斯かる悪魔の囁きに私が乗ったのは、言うまでも無い。
(*株式投資は飽くまで自己責任です。)
こうして購入した株のうちの一つが香港H株の308。
確かに、その後騰がりました・・・というか騰がったらしい。
(何故なら売り損ねて購入から2年以上経って未だに持っているんですな。)
でも何というか、こちらも本業が有るので中々価格を確認できない訳です。
今でこそInternetで簡単に売買、価格確認できますが、其れまでは
一々HSBCの自動応答serviceに電話して、次の日の指値をして・・・と、
手間が掛かったのです。
今は本当に簡単です。(日本・香港証券会社、双方共に)

例えば、日本の株式投資について、私は日○ビーンズ証券という会社を
利用しているのですが、株の売買指値だとか最長1ヶ月間出来て、
しかも特定銘柄の株価がある一定の株価になったら、e-mailで案内も
してくれるご丁寧なサービス。
圧巻なのは株価ボードプロという画面で、銘柄の何円に何株の売買指値が
入ったかon timeに色違いで表示される画面。
香港の休日とかに、日本の場をこの画面で見てたら面白いですよ。
今は、株価手数料も安くなったから、1−2円位価格が動いたら利益が出る
様な株が一杯あるわけです。
時間がふんだんにある人間なんかがこういった画面でday tradeしてる
んですね。もうfacilityだけで言えば、プロと素人の境は大分小さくなって
行ってるんでしょうね。(無論、機関投資家は運用できる金額が違うので、
市場に与えるimpactも拡大に違うし、色々な市場操作も可能。又、Indexの
上げ下げの幅に比較して勝った負けた、と戦う人たちとは土俵が違うのでは
ありますが。)

これに比べると香港の株式投資、指値は次営業日の指値しか出来ないらしく、
筆者の様に、こまめに価格をCheckし次の手を考えるという時間の無い
一(いち)サラリーマンには、不便極まりない。場の時間も短い。
しかし他方、何と言っても魅力的なのは、日本と違って「ストップ高」という
ものが無い事です。(当然ストップ安も有りませんけど)
筆者はかつて、119Xという銘柄にかなりお金を注ぎ込んだ事がありました。
HK$0.2/unit位で2,000株単位だったと思いますが、HK$400.-位で一単位
購入出来るわけです。これが通常、日本だと1日10%でも動いたら途端に
株式売買停止されるところ、当地ではお構いなしにどんどん騰がっていくのです。
(これは、香港の法規制の甘さなのでしょうか?)
筆者が経験した中で一番激しいのは、1日で2倍強になった事がありました。
小心な筆者は、15%騰がったら持分の半分を売却して、下がったら又
買い戻して、10%騰がったら又同じことして・・・と繰り返してましたが、
それで結構な利益が出ていた為、折角2倍以上騰がってHK$0.8/unitになった時は
売り損ねてしまいました。
HK$1.0になったら売ろうと思ってたのです。

余談ですが、当該銘柄の株を購入し3ヶ月も経たない内に、何と筆者は
30万ドル以上の利益を得ていたのです!
今の為替だと500万円以上の利益を唯、同じ銘柄の売り買いを繰り返して
いただけで得ているのですから、そりゃ真面目に働くのが馬鹿らしく思えた程でした。
当たり前ですわな。

こうなると、馬鹿は馬鹿也に頭を使いまして、資金を同じ所に注ぎ込むのは
何だから、もう少し分散投資しよう、なぞと次の手を打ちます。

この時購入したのが、
119Xと同系列の60X.
上述、中国語教師に教えてもらった308(中国旅行)
取引先香港人社長に進められた8.(さて、何でしょう?香港人なら
誰でも知っている企業、PCCW!李嘉誠のお坊ちゃまが社長だ。)
前回登場のN氏が働く企業の株式。

ハイテク、不動産、観光業、食品、通信、物流等と幅広い分野を抑えた
陣容が出来上がった。

さて、ここら辺で「こいつは一体何時頃の話をしてるんだろう?」と
お思いになった方は偉い!
はい、2000年2月の話です。正に2年前の話。
そして、そう同年3月。ついにITバブルが弾けるのです・・・・。

119Xと60Xは段々下がり始める。
しかし、之までの成功パターンに思考回路が染まってしまっていた
素人は、こりゃ又買い増し出来てLucky、とばかりに買い支えに入る。
どんどん下がる。こりゃ、やばい!と気付いた時には、何と購入価格の
20分の1.はい、1 Centです。こりゃ売るに売れない・・。
今迄稼いだ利益、全部すっ飛びました。
否、利益が無くなるどころか・・・・。

しかも、こやつら仕手筋を利用して株価を吊り上げてた事迄発覚して、
銀行団からは債権回収訴訟を起こされるは、株式売買停止になって
1年以上このままだし・・・・・。一体どうなっちゃうの?(もう紙屑だな。)
李嘉誠のお坊っちゃまの会社PCCWも筆者が購入したHK$20.-から、HK$25.-迄
上がったあと、この頃、欧米fundに売り浴びせられて今やHK$1.92-。
李親父、何とかしたってくれぃ!


結果、筆者の手元には2年間売られることなく、大事に温めて来たクズ株他
数銘柄が残されました。大事に大事に株価と見比べながら育ててきましたが
最近は本業が特に忙しく、特にここ3ヶ月以上以上、株価をCheckすら
していませんでしたが、本コラム執筆していて思い出した様に
先程Internetで見てみました。

N社長の会社は購入価格より一寸上がっていました。明後日、早速売って
現金化しておこう。
PCCW,相変わらずさっぱりだ。リチャード、頑張って借金返せ。
中国旅行、北京オリンピック向けて頑張れ!もうすこしで水面浮上だ!
119X,60X、かっての親孝行二人息子、今や糠みそ漬け状態でもう2年になるぞ。
たまには外の空気も吸いに出てきてくれ。
その他の不良債権も皆、頑張れ!頑張れ!頑張ってくれー!

(結論)香港の株はスリリングだ。

1月21日 株式投資について

今まで書くべきか、書くまいべきか逡巡していたが、遂に書く決心がついた。(そんな大袈裟な・・。)
筆者のもう一つの趣味?株式投資について今日は書こうと思う。
J'sにそれを生業として生活している方も居られるので、一寸Touchyかも知れぬが
ま、良いか。
(と、言いながらこの時点でどんな内容書こうか、Conceptが決まっていない。
 相変わらずの出たとこ勝負。 こんなんで2002年は乗り切れるのだろうか?)

筆者が株式投資に手を染めたのは入社後3年経った頃である。
最初は飲み会に散々給料を遣い、万年マイナスだった預金残高も
入社3年後、給料が上がってからは預金残高もプラスを覗く様になった。
とまれ、サラリーマンの給料、余程の切りつめ生活をしない限り、大金を
貯めることは出来ない。かといって、バイクにダイビングスーツ、欲しい物を
挙げると枚挙に暇がない。人間の欲望にはキリがないのである。
(とは言っても、田舎育ちの欲望なんぞ知れたもんだが。)

さて筆者、酒は好きだが博打は嫌い。
同じ独身寮の先輩や同輩はよく阪神競馬に出かけたり、麻雀で大金が
駆けめぐってたもんだが、大事な虎の子のお金を、単なる偶然性に賭けて
増やそう、と思うほどの勇気もなかったのである。
しかし、株式投資に対する印象は悪くなかった。
筆者が学生の頃、バブル期は証券マンが給料袋の封筒が縦に置いても机の上に
立つ、と言われてた頃で、今働いている業種の会社に入社できなければ(勿論、
第一希望はパイロットだったのだけれど)証券マンも良いな、と考えていた程である。

何か、現代の錬金術、知的な実利のあるgameって印象で、何冊もその類の本を
読んだものである。その時に学んだ罫線の読み方とか、PERとかEPSとか、結局
使ってないけど。

初めて某○興証券に口座を開いたときは、都会人の仲間入りをした様な気がした物だ。
うちの会社によく通って来てた松下さんっていうお姉さんと仲良くなり、株の買い方を
教えて貰った。買う銘柄は、確か「月刊  株式投資」とかいう雑誌に推薦されてた会社の
記事を信じて買ったと思う。銘柄は忘れたけど、確か一度も購入株価を上がることなく
損失を確定したのを記憶している。

その次に買った銘柄は、同期の営業がつき合っていた会社で新○電機とかいう会社。
同期のそいつが「今、取引先の新○電気、材料がどんどん売れとる。」とかいう話を
しているのを聞いて、すかざず松下さんに注文かけた。これが1週間もしないうちに
どんどん上がり初めて、結局1月で20%位儲けた。
これで味を占めてしまったのだ。
(考えてみると、これは1種のインサーダー?ま、もう大分前の話なので気にしない。)
以降、大きく負けもせず、適度にお金を張りつつ、日本を去る時が来た。

1997年10月。

アジア通貨危機が始まり、香港もその影響を受けずには居られなかった。
前述したかも知れないが、筆者の取引先は、香港人の多くがそうである様に、
本業で得た利益の幾つかを、株式投資・土地投資に振り分け、より大きなreturnを
得ようとする中国語で言うところの「炒股票」。短い期間に何回も売り買いを繰り返し
元手を大きくするという発想ですな。(現在はDay traderみたいなもんですか。)

ところが、通貨危機で、先ず株式相場が暴落、外国人投資家が香港株式市場より
資金引き上げて、ジョージ・ソロ○だか何だか率いるHedge Fund達がが空売り浴びせて
益々下がる一方。取引先の社長は含み損抱えててんやわんや。
当然というか、不動産価格も下がった。
これを受けて、自分とこの事務所や倉庫を担保に入れて銀行にお金借りてたのが
担保の価値が下がることになり、彼らの取引銀行が貸付金回収に走った。
一番、資金引き上げが厳しかったのが邦銀だったのは有名な話。
これで資金short引き起こし、潰れる会社が続出した。
運良くそんな時期に着任した筆者は、その恵まれた体格と無愛想な表情で
滞債権回収交渉に走り回り、取引先から疎んじられたのは記憶に新しいところ。(涙)
独身で有り余る時間と体力に物言わせ、朝から深夜までひたすら滞債権回収と
その途中経過のreport作成に専念できたお陰で、(他方、若い女の子と酒を飲みに
行く機会には恵まれず、今その青春を謳歌している某シ○君なんか見てると、
羨ましくて涙が出ちゃう。)これまた、小金がどんどん溜まった。(飽くまで小金だけど。)

さて、この溜まった香港ドル預金、何に遣おう?
結婚の予定も遠のき、公私ともに不調だった筆者は、このお金を香港株に投資する事に
した。折り悪く、日本の公定歩合は下落の一途。東京三○銀行の口座に置いていた貯金も
1年置いたところで金利は、吉野屋の牛丼に卵を付ける事が出来る位。納豆注文するのは
一寸きつか、と。
当然というか、日本の口座預金も香港にhand carryで毎回持参。
未だ外為法が改正されていなかった頃で、一回の持ち出しにも限度額があったが
幸いにも筆者は、どこから見ても金持ちには見えなかったので、一度たりとて鞄を開けられた
事がない。(わざわざ雑誌の間に挟んだりして工夫して運んでたのに・・・。見られないなら
見られないで一寸残念。)
所が、今は香港に帰ってきたりしたとき、呼び止められて鞄開けさせたりするのはどういう事だ。
漸く、金持ちの貫禄が付いてきたかと思いきや、「給看護照云々。」って言ってるので、
怪しげな香港人と間違えられてんじゃねえか!とほほのほ。

さて、そうして持ち運んだ日本円。先ずはHSBCに預ける。
一寸手数料取られるけど、この銀行のserviceは、電話一本で外為変換できるから非常に
便利。(今はInternetでも出来る。)
しかも為替手数料が、日本と違ってえらく安いから、1,2円動いたらすぐ手数料なんか
取り戻しちゃう。
これ知った時、真面目に日本の箪笥預金なんか、その内、皆海外に流出しちゃうんじゃないか?と
心配になった程だ。
外為法改正された後の統計、知らないけど、実際相当出てると思う。
Private Bankで働いている友人に今度聞いてみよう。

さて、無事香港ドルに変換した日本の貯金と、貴重な青春時代を合コンもせず貯めた香港預金。
何を買うか?
ここにもう一つ人生の落とし穴(?)が待っていた。
当時、Member shipを頂いてたシンセン・ゴルフクラブで、よく一緒にplayした某香港上場企業で
社長として働く日本人N氏のadviceである。
「○○君、うちの会社の株、もうすぐ上がるで。買うてみいや。」
半信半疑で有りながらも、そもそも少額でも投資できるのが香港株の良いところ。
HSBCで株式投資口座を開設し、Push Phoneで購入する方法も調べて早速購入した。

2ヶ月後・・・・・・・・・・。2倍ですがな。
もろインサイダー。これが聞くところによると、香港にはInsider規制というものが無いとか?
だから金持ちはお互い、自分の会社の株価を「いつ頃上げる」とか、その時に「一緒に上げるよう
買い支えてや」とか打ち合わせているというのだが、こりゃ本当か?
そんなん、ずるい!
でも本当にインサイダー規制無いんだったら・・・・・・・。誰か本当のとこ知ってたら教えて頂戴。

さて、株式投資はやはり情報が決め手。如何に内密な情報を持っているか?
そういう考えから行くと、「月刊 投資情報」に掲載されている銘柄をそのまま買って損したのは
当然か。(一概に、そうとも言えないんだけど。)
見知らぬ土地、香港でそんな金持ち倶楽部の知り合いも居ない。どうやったら良いんだ?
意外にも、そんな内密の情報提供者は身近に居たのである!

と、ここで突然話は終わる。
何故なら、明日出張で早いから。

この続編はその内アップされる・・・予定。
(次回いきなり題目が変わってたりして・・・。読者の反応次第としよう。)


12月31日 大晦日

折角の5連休である。昨日、娘と昼寝三昧した為か、どうも眠れない。
布団の中でもぞもぞと考え事をしていると、余計頭が冴えてきたので
今晩は久しぶりにコラムでも書くことにする。
こうしてコラムのfileを開いてみると、なんと1ヶ月以上ものブランクが空いている。
何とも情けない事だ。

さて、折角2001年も最後の日、月並みではあるがこの1年を振り返ってみよう。
決して良い年ではなかった本年、1番の大きな出来事は第一子に恵まれた事だ。
予想された事ではあるが、子供中心の生活に様変わりした。又、母は強し、というが
妻のその我慢強さ、我が子への無制限な優しさに感心させられた。
(可愛がり過ぎて、甘やかしにならなければ良いが。)

Home pageも初めて開設した。6月のことである。
しかもこのJ's Home pageと、娘のHome pageを二つ立ち上げた。
自分でhome pageを作ることには前から興味を持っていて、3年以上前から
その類の本や雑誌を読んでいた。しかし、適当な題材が見つからない。
やはり手間掛けて作成するなら見てほしい。
しかし見てもらうためには興味を引く様な内容を見つけねば、幾らデザインを
綺麗に凝っても、仏作って魂入れず、でrepeaterは作ることが出来ない。
当時、超人気サイトを作って、企業の方から、「貴人気サイトに是非とも当社の
宣伝広告を載せて頂き度い。」という広告掲載依頼を受けて、毎月20万円位の
副収入を得たい、と真剣に考えていた能天気な筆者は、広く万人の興味を
引くthemeは何か?という事を日夜考えた。(その思考力を仕事に使えってぇの!
という突っ込みが会社から入るのを恐れて、当Home pageの存在は会社の人間には
教えていない。)

ここに2000年7月発行された別冊宝島515号 「ホームページ繁盛の鉄則」という
本がある。この本によると、バナー広告の収入"1クリックに付き10〜30円"とある。
(1クリック = 誰かがこのサイトを訪問してくれること)
但し、1日100クリック以上有る様なサイトに限る、という条件が。
1年以上前の話なので、今の相場はもっと安くなっているかと思うが、この数字を
基に計算すると月20万円の収入を得るには、単純に1クリック20円で
10,000クリック/月 = 333クリック/日、となる。

1日333人以上が絶えず訪れるような、興味深いサイトを作ること、これは難しいですぜ。
しかし世にはこのサイト広告収入だけで月収100万円以上を誇る輩が
結構居るらしいんですわ、本当に。
(本業にしているか、筆者の様に片手間でやっているかどうかは知らんが。)

さて、ここで当時筆者が考えたhome page作成の題材を惜しげもなく披露しよう。
筆者にはこれ以上、home pageを立ち上げて維持する時間も無いので、誰か
この題材でhome page立ち上げて、筆者が果たす事のできなかった夢を果たしても
恨みはしない。分け前よこせ、とおねだりに行くかも知れんが。

1.香港駐在員日記;
  出た!誰もが思いつくテーマ。検索ソフトGoogleで「香港」という文字検索したら
  多分、有象無象のサイトが出てきそう。しかしどれ一つとして「これだ!」というものが
  無い。じゃあ、自分で一般的な香港紹介ものと一線画すものを作れるか?というと
  相当の取材を必要としそうだし、競争率高そうなので、止めた。
2.香港食べ歩き:
  又もや出た!誰でも考え付くテーマその第二段!
  おらぁ、香港駐在員だ。2年も居れば(当時:今は4年以上経ったけど。)そりゃぁ、色んな
  所で食べたべさ。それをデジカメ画像付で香港ミシュラン宜しく、お勧めmenuと共に
  掲載すると、日本の香港フリーク、香港在住駐在員並びにご家族御用達サイトとなること
  請け合いだ!と思ったんだが、その類のサイトってもう結構有るんですよね。
  それにテーマが何か変哲なさそうで、何より自分が定期的に更新するモチベーション保つ
  自信無かったんで却下。
3.香港グッズ・インターネット通販ショップ:
  これも男なら誰もが考える構想。日本、何と四国にもそのお店を展開している「大中」宜しく
  中国tasteのグッズは日本で受ける筈!これを安値で仕入れ、高く売りつける!
  大儲けだ!と思ったんだが、商品仕入れするための源資金を香港株暴落で失っちゃったので
  断念。今考えるとやらなくて良かった。
4.じゃいあん・ファンクラブ公式サイト
  発想の転換。筆者に関する私的サイトを立ち上げ、友人に毎日1回サイト訪問してもらう。
  100クリックに不足する分は、筆者自ら仕事中に何度もサイトを訪れてクリック数を稼ぐ。
  香港では電話回線月額使用料が国内通話に限り固定されている事に着目、月額固定料金
  のプロバイダー契約をしているかみさんに1日50クリック位さしめ、これでばっちり!
  でも筆者はそのクリックを頼む友人すら居なかった為、断念。(笑)
  (かみさんにお前は一日外出せず、パソコンの前でこのサイトをクリックし続けろ、という事は
   流石に男のプライドが許さなかった。涙)
  *そもそもバナー広告を出す広告主も手前が金を払うサイトをcheckするだろうから
    その時点で却下されるだろうけどな。

かかる時期を経て、筆者はこのJ'sのホームページという題材に出会ったわけである。
(きっかけは、練習後の二次会、テキーラ飲みながらサイコロ振ってた時だったが。)
断っておくが、これは筆者の月20万円副収入獲得計画の一環ではない。
まぁ、仕事で疲れた頭を切り替えてリフレッシュする趣味ですな。
(実は将来、作家デビューをする為の練習ではないか、と嫁は疑っている。)
幸いレクリエーション部長という重要なポジション(笑)も拝命し、自らこのサイトに掲載する
行事もアレンジすることが出来、その題材には事欠かない。
良い題材に出会ったと思っている。

ゆくゆくはこのサイトを一冊の本にまとめ出版し、その印税で左団扇の生活、と夢は
広がるばかりである。

11月26日  価格

先だってシンセンに仕事で出かけた帰り、羅湖城の前を通った。
ご存知、海賊版グッズで名を馳せた5階建て(?)の羅湖駅と繋がったshopping Centreである。
ふと、カメラの三脚を買うんだったと思い出し、覗いてみたのだ。
そこには三脚も有るのだが、人民解放軍の横流しだろうか、Army Knifeだとか、双眼鏡だとか、
モーター付きKick Board(あの流行った、片足で蹴って進むハンドル付きスケートボード)なんかがある。
因みにこのモーター付きキックボード、提示価格は1,500人民元であった。2万2千円一寸といった
所か。一緒にいた日本より出張中の某makerさんの部長(53歳)が興味を示している。
「ここが日本だったら買うんだけどなぁ。日本まで持って帰るのは面倒くさいなぁ。」
それ以前に、日本の道路でこんなん乗ったら捕まりまっせ、と思わず突っ込み入れそうになりましたわ。
ま、中国だと免許なんか要らんのでしょうな。

さて、三脚。
「多少銭?」
「520蚊。(7千円強)」
ん・・・確か先日ミーシャと話してた時、HK$300.-一寸って言ってなかったっけ?こら高い。
「不要。」
お店を出る。
途端に背中で「400蚊!」
又、簡単に100元も下がりますか。
一寸、俺が金持ちそうに見えるからって。俺の顔が気品に満ちているのは、生まれつきなんぢゃ。

余り良い気がしないので、別のお店に入る。よく似たのがある。
「多少銭?」
指差す脚の箇所を見ると「200」と書かれている。
うん、Reasonableだ、と思いつつ、一応値切る。
「算便宜一点π?150蚊!」
「180蚊」
「170蚊、行不行!」
「OKラ〜。(何故か、広東語)」
かくして、方や520人民元で販売しているお店の10メートルで、170元で
買えちゃったりするわけである。(俺がもっと中国語上手ければ、更に値切れた
かも知れん。精進せねば!)

日を改めて同じく羅湖Taxi乗り場、取引先工場の車と待ち合わせているのだが、
約束の時間より40分も経つのに、相手が現れない。一緒に待つ東京から来ている
出張者(取引先部長)もいらいらしている。
時間潰しがてら、回りの店を除く。

携帯電話機のAccessaryが売られている。
前回紛失し、罰金払って購入したNokiaの電話機用、Eea-phone MICを購入しよう。
(あのHands freeになるので、肩こりも無く便利なのだが、傍目には無気味に見える奴で
 ある。長身の筆者はよくBody Guardに間違えられたものだ。失礼な、プンプン!)
HK$40.-(¥600.−)と言うので、「もう少し安くしてくれ。」と交渉する。
「あんた、こんなに十分安いのに未だ安くしろと言うか?これが最安値よ!」
売り子の女の子が目を丸くしてなじる。
「じゃぁ、いいや。」
立ち去ろうとすると、「OK!HK$35.-!]
う〜ん、売れてないんやろな、可哀想に。舌の根も乾かん内に値段下げてきた。
「HK$33.-!」と俺。
「HK$2.-値切ってどないやねん!あんた、金持ってるやろ。」と彼女。
それもそうなんだけど、あんた、それが交渉というもんやないですか、と思いながら
HK$35.-で手を打つ。
まぁ、香港で買ったらHK$100.-はするだろうから、良い買い物だ、と満足しながら
金を払い、商品受け取ろうとすると、何と中味だけ渡して外のBlister pack(透明の
樹脂Cover)を取り戻す。

さて、これは何を意味するのでしょう?

答え : Nokiaと書かれたPackagingのみが本物で、(つまり純正品を購入してきて)
     中身は海賊品。包装品までCopy品作るのは費用もかかるから、陳列用に
     このPackaging品に入れて飾り、販売するときは中味だけよ、という事。

もっと値切れたな・・・・。

香港にきて、物事に関する価値について深く考えさせられる様になった。
物の価値判断って、付いている値札に惑わされがちなんだけど、ここではその値札が
いい加減なもんだから、自分である程度考えないと駄目である。
ところが、雰囲気や他人の言うことに左右されて、自分の価値判断がぐらついちゃうんで、
これ結構大変なんである。
旅行者が観光客相手のお店に、ぼったくられるのもこりゃ仕方無い。
(大阪の人間を除いて、値切るという事は余り格好良しとしない文化だし。)

物の価値判断は(特にHollywood Road辺りに立ち並ぶ骨董品なんて、何が良くて
何が値打ちあるのか、さっぱり判らなくてお手上げで、以前、日本からの来客に
同行して回った時、「これ、良いねぇ。」と言われて返事に窮した事がある。)
その分野に通じてないと分からないから、単にその金額払っても欲しいか、欲しくないか、
という至極単純な判断基準で良いのでしょう。
故に、上海蟹は美味しいけど、HK$300.-も出してレストランで食べたくはない、という
うちの嫁さんの意見は全く正しい。俺のお財布も助かる。

なぞと考えながら、精精我々現地駐在日本人くらいは「そう簡単にこの国には騙されないぞ。」
と虚勢を張り、(まるで、自分が日本国民の全てを代表しているかの如く)今日も又、
肩に力を入れて中国に行くのである。



10月30日  上海蟹(別名;ダーハッザイ = 借金で身動き出来なくなった者も指す。
        藁で縛られて身動き出来ない蟹の姿に掛けて。)

今年も、もうそんな季節ですか。
昨晩、1日早い結婚記念日を祝い、今晩は上海料理屋の老正興にお客さんと行った。
目的は言わずと知れた上海蟹、世界3美味蟹に挙げられる蟹料理である。
藁で身動き出来ぬ様に縛られた活きた毛蟹を茹でる(或いは蒸す)だけ、なのに何でこんなに
美味しいの?今年は食べるの初めてだ。
9月から始まるシーズンももう10月終りという事で、雌から雄の旬の時期に。
景気が悪いから今年の市況価格は決して安い筈が無いと思うんだが、今日の蟹は
結構高かったらしい。(5,000円位か?)ま、部長が選んだ奴だから仕方ない。
俺がお金払うわけでもなし。
でも流石旨かったなぁ。

J’sで上海蟹Partyをやろうと言いつつ、もう11月になろうとしている。
早くしないと旬の時期が終ってしまうので、レクリエーション部長(=宴会部長)としては
早く企画をせねばならない。
幸い、独身男性○山氏が場所を提供してくれるらしいので、後は調理道具を準備するだけである。

2年以上前になるか、独身時代の頃、会社のスタッフを我が家に招待し、上海蟹Partyを
した事が有る。女性陣3人が蟹を購入してきて、早めに我が家に行き準備。残る男性陣5人は
酒とか買い込んで2時間遅れ位で帰宅したら、未だ彼女達は蟹を針金で出来た歯ブラシの様な
ものでゴシゴシ擦って泥を落としていた様な段階で、
「へぇ、唯、茹でたら良いだけかと思ってたら手間が掛かるんやなぁ。」
と感心していたら、
「○○さん、貴方の部屋が余りにも汚いから、私達3人で部屋を掃除してたんです。」
との事。確かに、片付いているなぁ、と気付くと同時に、スタッフの前で面目を失ったものである。

街角で売られている活きた蟹自体はHK$40 - 80/ハイ(漢字どう書くんだろ?誰か教えて。)位で
売られているので、一人当たり2ハイづつ分購入する。
これを片っ端から蒸していく。(あん時は、雄1パイ、メス1パイづつだったな、そういや。)
最初の1パイ目こそ、足の中まで丁寧に食べていたが、2ハイ目なんかええ加減で、
甲羅を剥がして二つ折りに割り、徐に蟹味噌を頂く。う〜ん、幸せ。
11月の早い段階(第2週目辺りか?)にアレンジして、一人3ハイ位は頂き度いものだ。

さて、昨年かみさんの両親が香港に遊びに来た。何しろ結婚式が終ってハネムーン旅行先から
帰国する際、かみさんはSingaporeから日本へ、筆者はそこから直接香港に戻り、殆ど会って居ない
位だから、こりゃ親孝行(義理の親でも親孝行っていうんだろか?)せなあかん、という事で、
季節も季節、やはり上海蟹もご馳走せなあかん。
取引先の上海出身香港人社長に「斯く斯く云々なのだが、香港で一番美味しい上海蟹を食べれる
所はどこだろうか?」と相談した。
彼曰くは、「街の上海料理屋ならば”香港老飯店”、だが一番美味しい蟹食べれるのは
江蘇省出身の人間で組織する香港蘇浙同郷会とかいう一種の上海人倶楽部(会員制)との事。
会員制なので、非会員は利用できないのだが、筆者の取引先社長はその会の理事をしてるので
紹介状を書いてくれる、お金も払っといてやる、との有り難い申し出を受けたのだが、
こんな所で数千ドルでも彼に借りを作ったら、今後仕事がやり難くなる、と紹介状だけお願いした。

当日、向こうの両親を案内して、セントラルの同倶楽部に行き、「Mr.Wuから紹介受けた○○だけど。」
と伝えるが、どうも要領が得ない。予約にも自分の名前が載っていない。挙句の果てに、お手洗いに
一番近い席に座らされて、扱いも御粗末君。
再度「Mr.○○ Wuに紹介受けたんだけど、倶楽部のmanagerと話がしたい。」と伝えるが、良く
伝わらない。
流石に「何だ、こりゃ?」と不快に感じ、件の社長の携帯電話に掛ける。居ない。そうか、上海に出張に
行くって言ってたな。仕方ない、社長の奥さんの携帯電話に掛ける。(何故か社長夫人の携帯電話番号を
知っているのだが、深く追求しないで欲しい。相手は60過ぎのおばさんだ。やましい事は無い。)
繋がった。彼女に事情を説明する。そしてWaiterに電話を代わり、Waiterはmanagerの所に携帯電話を
持っていく。(おい、それ俺のやで。何処持っていくんや?返してや。)しかもManager居ったんかいな。
電話が終って、Managerが恭しく携帯電話を持って来て「Mr.○○、部屋にご案内します。」と
手のひら返すとは、正にこの事也、の態度で接してくる。
我々は4人だけだったが、上の階の個室に通され、Waitressが一人略専属で付いてくれる。
蟹は確かに、身が詰まってうちの娘みたいに丸まると肥った上物。
持ってくる紹興酒は10年物。(こんな部屋に通されては、何時も飲んでいる3年ものの加飯で良い、とも
言えやしない。
やはり、華人社会でものを言うのはコネだぜ、と痛感しながら、美味しい上海料理を頂く。確かに旨かった。

さて、気になるお値段・・・・・・・・確かに最上級の上海料理でした。
(余談だが、上海料理程安くつく料理は無い、というのが経験上の知識で、接待等で予算厳しい時、
 強い味方になるのが、上海料理である。一寸コツがあり上海料理でも蟹と清炒蝦仁を頼まなければ
 驚くほど安く上げれるのだ。同じ様な事が潮州料理でも言える。)

さて、この上海蟹の蟹味噌だけを取りだした蟹味噌バターなるものがあることをご存知だろうか?
(蟹黄油だったかな?)ご飯と炒めると蟹味噌チャーハン(蟹粉炒飯)、豆苗と混ぜれば蟹粉豆苗、
ラーメンに入れると蟹粉湯麺、とスプーン一杯落とすだけで料理のgradeが三階級特進してしまうという
幻の調味料、冷凍保存可。今しか買えません。

老正興帰りしなに、入り口の冷蔵庫に有ったので値段を見た。さて、幾らでしょう?
スーパーで良く売っている拳大のガラス瓶に入ったキムチ漬けが有りますね。
あれ位の容量をImageしてください。HK$1,280/unitでした。
12月になって服みたいにバーゲンセールしないかな?等と考えながら家路に
着いたのでした・・・・。(無いやろね。)
蟹味噌はコレステロール高いんや!という事を、本日、蟹黄油欲しくても買えなかった事を諦める
口実として寝よう。判ったかい?妻よ。
(話は関係無いが、「四川省」3分18秒と自己記録を本日愛でたく更新した。
 ついでにコンピューターのランキング10傑より、かみさんの記録を排除する事にも
 成功。更に2分台を目指して精進するぞ。)

10月29日 Wedding Anniversary

女性は兎に角、記念日が好きだ。女は過去を振り返り、男は未来を見て生きて行く、という
言葉を引用して、いきなり女性読者には挑戦的なフレーズで始まったりするが、うちのかみさんが
良い例で1年以上前に、Pacific PlaceのThailand food restaurantでwaiterにナンパされ、
「もう結婚してるの。」と告げたところ、又そいつが大袈裟に「Unbelievable! Oh my god!」と嘆いた
とかで、その時の話を、わたしゃ耳に鮑月餅が出来る位聞かされてきたものだ。
良かったね、その数少ない思い出を胸に10年間幸せに暮らすんだよ、と妻には何時も言っている。

さて明日10月30日は我々の2回目の結婚記念日である。
生憎、明晩は接待なので、今晩6時半(!!!!!早い!)に待ち合わせして
Dinnerを取った。娘は今晩だけ人に預かってもらった。許せ、Jasmine。
昨年の結婚記念日は、嫁さんが勝手にHappy Valleyの"Amigo"というFrench restaurantを
予約していたので、行ってみたらびっくり。一軒屋の建物に豪華な家具。表には高級車がずらり。
1階のwaiting roomでカクテルを頂き、2回に上がると、生バンドが演奏。
おいおい、お母さん、君は何でこんな店を知ってるの?完全に場違いやぜ。
駐在員として、あちこちで外食をしてきた父さんもこんな所知らんかったぞ。
恐るべし、駐在員妻。一体昼はどういう所で食べているのやら。そら恐ろしい。

料理は確かに旨かった。店の内装も凄く素敵だった。
生ギターと歌手がテーブルに来て,request songに応え、歌うのもそれなりに雰囲気が有って
良かった。確かに素晴らしいお店だった。
そしてやはり勘定も一流の値段だった・・・・・・・・。

そして今年、昨日より彼女は勝手に候補先をlist upしていた。
Conrad HotelのNicolitti, Island Shnagri-laの何たらかんたら。ルネッサンスホテルの・・・・良く
知ってますね。あかん、彼女に任せておいたら昨年の二の舞だ。如何な彼女に財布の紐を
握らせていないとは言え、俺にだって予算と言うものが有るのだ。オムツ代だって馬鹿に
ならんのだ。

さて、そこで今晩選んだのが、SOHOのOrange Tree。
お店の名前が安っぽい為、かみさんは最初、Family restaurantかなんかと勘違いしていたらしく
そんな所いや!と駄々を捏ねていたが、「そうか、お前と言う奴は物の価値とか、人の良し悪しを
価格とか、肩書きでのみ判断する奴なんだな。」と殺し文句を言うと、渋々納得した。
(大体どんなお店か知りもしないで反対するとはけしからん。しかし安っぽい名前という事で
 こう反対する人を見ると、名前って大事なんですな。)

さて件のOrange treeだが、SOHOのエスカレーター際に有るので、我が家から近い。
ホテルとかに有るお店と違って、料理に載っているお店の家賃は恐らく安い。
料理は美味しく、値段そこそこ。それで子供連れの妻は恐らく入った事が無い。
掛かる狙いどおりで中々満足な評価を得た模様。

ご存知の通り、SOHOには色々美味しくてお洒落なお店が一杯有り、偶に社外の若い友達と
飲みに行くと、隙間通りの目立たない所にお洒落なClubやBarに連れていかれたりして
新しい発見が有る。

香港に来て丸4年が過ぎた。色んな所に行って、色んなものを食べたけど、まだまだ香港の
事は上っ面しか判っていない。
最近、身の回りで多くの人が帰国を間近にしているが、意外と行ってない所が多いのに
気付いて後悔するとか。
美術館、歴史博物館、動物園、タイガーパーム公園云々。。。。
1,2年後に同じような後悔をしないように、これからそういう所にも足を伸ばしてみよう。
そして、良かったところにかみさんも連れて行ってあげよう。(でないと後々文句を言われそう)

結婚記念日と言う事で今日は一寸、かみさん思いの気分。

御免なさい、落ちは有りません。


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