5月23日 第二次100キロ・トレール参加隊決起の報告

5月21日金曜日、銅鑼湾の沖縄料理屋Enに於いて、本来の趣旨であるSuper J's決起集会の
議題を余所に、2004年度100キロ・トレールに参加を表明するもの約2名。仮に名前をダブルSと
する。彼らの熱い思いを具現化するためには、先ず参加資格を入手せねばならない、という事で
又もや、筆者が名前貸しする事も了解した。
(此処ら辺から話がおかしくならない様に気をつけねばならない。)

此処に新たな歴史が又始まったことを報告する。
頑張れダブルS!(因みにこのSに省吾は含まれてません。)


(12月29日)
引き続き島川隊員より、先日掲載した手記の解説文が届いたので逐次引用挿入する事と
する。(青色字部分)ま、皆色々考えながら歩いてたんだよ。

ドキュメント 100キロ・トレール Vol.2


年の瀬も迫る12月26日、今日はBoxing day。香港休日。
年内の出張者対応も一段落し、漸くHome pageの手入れに取り掛かる時間が出来た。
等と、更新が遅くなった言い訳を女々しく書くのは止め、とっとと続きを書くことにしよう。
(早く続きをアップしろ、という有り難い催促を幾つも受けているので。すんません。)
しかし、如何せんあれから1月半(*1)も経っちゃったので、記憶が・・・・・・。
先ず前回の執筆分を読み返して・・・・・・。よし、少し思い出したぞ。

(本編 Part 2 開始)
杖を突きつつよたよたと坂を下る筆者。この坂を下りたところにある茶店(*2)で皆が待っている筈。
待ちかねた休憩場所であるのに、気分は晴れない。太腿の付け根が本当に痛くて、前に進まないのだ。

ハル「さっき、ドラゴンボートのチームと会いましたよ。○○さんが調子悪くなってリタイアするそうです。」
悪魔の声! 嗚呼、俺もリタイアしたい。確か俺の認識では1人リタイヤしても後の3人がゴールすれば良い筈。
もう50キロも歩いたけど、さりとて未だ50キロも有る。下り道もろくに前に進めない様なこんな足では、
とてもじゃないけど、茶店の後に続くあの長い石段を歩けるはずが無い。雨降って寒いし・・・。

心の中で悪魔の声(リタイヤ)が益々大きくなっていく中、果たして我々は茶店に到着した。
時、既に丑三つ時を過ぎた3時半。雨振る中、赤いサポーターシャツ(*3)が集まって待機してくれている。
ブルーのビニール・シートを敷いて、皆あれこれ世話を焼いてくれる。
さきちゃんがカップヌードルを作ってくれる。温かかくて旨い。
「ここに座って下さい。」勧めてくれるブルーシートには、しかし降る雨の為、水溜りが・・・。
寒いのでこれ以上脚を冷やしたくなく座るのを躊躇するが、疲労で余裕無し。あえなくべちゃっと腰を下ろす。
隣では矢ケ崎選手、筆者同様同じく死んでいる。
丹羽、島川両選手は未だ未だ元気ありそう、階段に腰掛けおにぎりむしゃむしゃ食っている。凄いね、ちみ達。

サポーター隊長佐野さんがマッサージをしてくれた。
「あちゃ〜。こりゃ、かなり筋肉カチカチになってますね。次のチェック・ポイントできちんと
マッサージした方が良いですよ。こんな状態じゃ、100キロとても歩き切れませんよ。」
佐野氏のそれはかなり強めのマッサージ。筆者陸上選手時代には他選手の足をマッサージをするという経験を
かなり積んできたが、斯様なマッサージとは全く一線を画する痛いマッサージ(*4)。荒っぽいぜ。

「ウッ!アイッ!」艶かしい男の呻(うめ)き声がついついあがる。
雨がシトシト降る暗い山道で聞こえる彼の呻き声、マッサージ姿を見てなければかなり危ないものが・・。
足の裏から、太腿の付け根まで、じっくり10分程であろうか、佐野さんの施術を受け、矢ケ崎氏&筆者は
生き返った。実は未だ喉の口まで「あの、リタイヤします・・・。」という台詞が出掛かってるんだけど
斯様なサポーターの支援を受けてしまってはそれも言い出せない。幸か不幸か佐野氏のお陰で脚が
動き出しちゃったし・・・。
出発前にサポーターズよりコメントを求められる。「取り敢えず、行ける所迄頑張ります。」
嗚呼、この台詞に筆者の悲壮な気持ちを判ってくれた人が何人居ただろうか?
後程サポーター氏に尋ねると「○○さん(筆者)、顔が既に死んでたから、こりゃ絶対100キロ無理だな、って皆で、
話してたんですよ。」 あ、さいでしたか。

   *1:あれから1月半
    すごく昔のような気がするけど。はやくもJAZE
2004の機運も盛り上がってきたようで、
    手始めに
2月に50キロのレースへ出場する方も。で、やがさん、ホントにまた、やるんすか?


   *2:坂をおりたところにある茶店
     その名を恒益商店という。豆腐花と生姜味の豆乳が旨い!食べたことはないが、
   鳥のからあげも旨いらしい。本番でも疲れていたが、我慢できず豆乳を買いに
   走ってしまった。ここでクルマに乗って家に帰っちまう香港人トレイラーも
   ちらほらといる。家でゆっくり寝てから、また歩くらしい。サポーターのクルマが
   側道に鈴なりだが、中で○×△なカップルとかもいて、まったくもって腹立たしい!
   家でやれよ、家で。


   *3:赤いサポーターシャツが
     雨が本当に酷くなってきて、寒くなってきた。とぼとぼと下り坂をおりるJ’s諸氏。
   そのとき見えた赤シャツ集団。なんと嬉しかったことか!わざわざ坂を登って迎えに
   来てくれたメンバーまでいたのだ。我々感謝の言葉もない。涙で啓徳空港跡地の灯もぼやける。


   *4:痛いマッサージ
     この写真、まさに佐野按摩堂。みたことはないが、野戦病院のようである。
   佐野さんがナイチンゲールに見えませんか。まわりのサポーターのみなさんは、
   ただただ見つめるのみ。いつリタイヤ宣言が!?緊迫感が伝わるショットである。


劃して一行は再び歩き始めた。
既に練習で歩いているこのコース、はい、ちゃんと覚えています。直ぐに山道に入り、延々坂道を登って行くんです。
雨は降り止まず気温は益々下がっていく。
筆者「佐野さんのマッサージ凄いですね。何か脚が軽くなりましたよ。」
矢ケ崎氏「有り難い事だよね。」
が、1時間後・・・・・・・・・佐野マジックは儚くとも消えてしまう。又もや、脚はカチコチ山状態に。
筆者「次、佐野さんに会えるのは何時頃なんかなぁ?」
「8時くらいかな。」「げっ!4時間後?」

雨の中、なおも一行は山を登り続ける。
筆者、お腹を冷やしたのか、それとも炭水化物を取り過ぎか、この辺りからお腹がぐるぐる鳴り出す。
CP(チェック・ポイント)に着く度(*5)、トイレに行くが出てくるのはおならと水ばかり。固形物は出ない。
それも水は綺麗な透明色なんですな。確かに水はこの半日で8リットルは飲んでいる。
嗚呼、思い出す義弟と行った浣腸ダイエット。(注:コラム de 香港2002年5月7日付寄稿御参照。)
歩いている最中、放屁する様では後続の矢ケ崎隊員に申し訳無い。劃して、筆者は筋肉疲労に加え、
おならを我慢せねばならぬ(腹筋と御尻の穴の筋肉が疲れる)という二重苦に耐えながら歩かねばならなかったのだ。
トイレを見つけたときのあの喜び。我慢していたものを出すときの爽快感。それはある種の快感にも通ずるものが有るのだった。



山を登っては下り、又もや登る。全くもって無駄である、と、一人でぷんぷんしながら歩き続ける。
リタイヤしようにも山道だから、公道と交差するCPに行かねば、離脱することも出来ない。
矢ケ崎氏、膝の調子かなり悪そう。そうだ、さっきリタイヤしたドラゴン・ボートチーム(のうちの一つ)に
杖を借りよう!と矢ケ崎氏おもむろに連絡取り出す。ドラゴンは数チーム参加しているらしく、リタイヤしたチームは
早くも別チームの応援に回っているらしい。中々、ブツの受け渡しが上手く行きそうに無い。
やはり、準備物の一つとして杖も大事ですね。
丹羽&島川両氏はあんなん使うなんて年寄りだ、俺達は絶対使わないね、と公言していたのだが、
体力に劣る筆者は臆面も無くそれを購入。見てくれ気にするより、辛い目に遭うのは自分だと判っているからと
懸命なおじさんの判断。因みに杖は138ドルを安くしてもらって120ドル。トレール以外に使い道無し。
今度、帰国する時に、親父に土産としてやるか。或いは、来年参加するJ’sチームに50ドル位で買い取って貰おうか。

しかぁし!この杖、馬鹿には出来ないのである。
先ず、登り階段では腕力で身体を持ち上げる事により、太腿への負担を軽減出来る。
下り道、特に階段になっていない道では、そこら中に岩が有るので、踏み誤って足を捻挫しない様
先に杖を突いて足元を確認するのである(座頭市みたいに)。夜の山道を歩くとその有り難さが身に沁みて判るのだ。
その他山道で野牛や野猿に襲われそうになった時、追い払うとか・・・・・。

因みに妻はこれを購入しようとした時、「又、無駄遣いして。そんなん山道に生えてる木を折って杖にしたら良いじゃないの。」
と筆者を叱責したが、「トレーラーは自然を傷つけてはいけない。汚してはいけない。又、現実問題、杖にする様な
木を切る場合、手斧が居る。そんな重いものを腰にぶら下げていく位ならば、端からアルミ製の杖を持っていった方が
軽いだろうが。ん?ん?」と此処まで説明して渋々納得した。妻よ、俺の購買行動には全て深〜い意味が有るのだよ。文句言うな。



中くらいの高さの山の上で(*6)ちょいと休憩の図。

山の峰を歩き続けるコース故、当然の事ながら横風が強い。雨が降り、夜の風迄あると来りゃ、そりゃ当然冷える。レンズも曇る。
因みに右上方で今にも消えそうな位影が薄くなっているのが筆者。今にも死にそうな状態。思考停止状態。
撮影した島川氏も撮影後、暫く筆者がそこに座っていることに気付かなかった程生気無し。
(雨がしとしと降り続けていた為、当然荷物はびしょ濡れに。筆者は途中から携帯電話とデジカメを
 ビニール袋にしまい、デイパックの奥に仕舞い込んだ為、途端に撮影写真の数が減っている。
 疲労困憊で写真写す余裕も無かった事情も有るが・・・。)

   *5:CPに着く度
      訂正します。洗手間の表示が見えるたび(100キロ中都合ゆうに10回以上)に
    必ずイシムラさんの姿は扉の向こうへ消えていました。確かに水は沢山飲んでるし、
    えらく寒いし、タイツは下腹部を圧迫するし。。太腿かちかちで便器にしゃがみこむ
    のはさぞかし辛かったでしょう。来年は老人用オムツを購入しましょうね。

   *6:中くらいの高さの山の上で
      ホントに寒い。で霧がすごい。風はカラダを冷やす。レンズは佳能でも曇ります。
    ますます無口になる
4人。あんまりガスがすごいので、イシムラさんを見失ったが、
    カメラはうなだれ、カゲも薄くなったイシムラさんを捕らえている。
    やがさん発する言葉はもはやドナドナのみ。


夜道は延々と続くが、明けぬ夜もまた無し。5時半位からか、漸く夜が白み始める。
筆者「明るくなると、足元に注意しなくて良くなるから大分楽になるねぇ。」
歩くペースが若干上がり始める。又、6時頃から、我々が下る階段をすれ違う老人達が目立ち始める。
「ジョウサン。」「ジョウサン。」挨拶を交わしながら、彼らは一体こんな朝早くに何をしに山を登っているのだろう?と考察。

考察1:朝の清清しい空気の中で太極拳を練習する為、山を登っている。
考察2:昨晩仕掛けておいたウサギを捕まえる罠に獲物が掛かっていないか点検に行く。
考察3:リング下でリバウンドを取りシュートに行く為のコソ練を、他人で見られないようにする。
考察4:自分をいじめる鬼嫁に恨みを込めて、藁人形を打ち込みに行っている。(丑三つ時は寒いからやめ)

結論、今だ出ず。因みに隊員達がこの頃歩きながらしていた話題。

1.丹羽選手の帰国について。一寸重いねぇ。
2.仮面ライダー1号と2号の見分け方(*7)

漸く第6 phaseに入る。公道、バス停と交錯する所。お決まりのトイレ休憩。透明の水を排泄。すっきり。
公道を横切るとキャンプ場、BBQ場が多い貯水池沿いに。矢ケ崎氏、ここで先ほど手配していたドラゴンチームの杖を受け取りに
先に進む。元気一杯の丹羽&島川、同じく先に行く。
疲労困憊の筆者、おならは出し切りすっきりしたが足は依然進まず。アスファルトの道を杖でカツンカツンと突きながらよぼよぼと進む。
この辺り野猿が多い(*8)。ざっと見ただけで50匹は居る。こいつらに今襲われたら、イチコロだな、と思いつつ、目を合わさぬ様
やリ過ごす。田舎でヤンキーと目を合わさず前をこそこそ歩くいじめられっ子の様。
この辺りでは既に前後に続く他チームの姿が無くなっている。
狭い山道で前のチームに詰まられると鬱陶しいが、こういう広い道で誰も居なくなるとこれまた寂しいもんだな。
人間、やはり一人では生きていけないもんなんだね。(意味は無し<*9>。)
 ↓早朝、疲労に付き目も虚ろ。


   *7:仮面ライダー1号と2
      1号本郷猛 2号一文字隼人。 体の横のラインがちがうのだ!
      1
号は2本。2号は1本。技の1号、力の2号とも言われる。
   *8:野猿が多い
      本当にすごい数。にらみを利かせるはボス猿。ゆっくりと休む
    トレイラーズのなけなしの食料を盗む猿もいる。ヒトの弱みにつけこむとは。
    それでも走って追いかける香港人トレイラー。あんだよ、元気、あるじゃねえかよ。

   *9:意味はなし
      
トレイルウォーカーにそもそも意味はない。なぜ歩くのか。自問自答の100キロである。


坂を上りきった所でチェックポイントに。前回試歩時に道を間違えた辺りである。
見覚えの無い道を一行4人歩く。矢ケ崎氏、2本の杖を入手し、クロスカントリーさながら(*10)
の様相で歩く、が、かなり膝痛そう。スピードが落ちている。
この山を越えて、次の池まで行けばサポーターズに会える、と思うと少し力が出てくる。
時刻は7時半位であろうか?妻から筆者の携帯電話に掛かってきた。
J's掲示板で、実況中継のレスが立っており、かなり速いペースで歩いているらしいね、と励ましが。
「否、それは第5チェックポイント迄の話であって、そこを過ぎた途端、ペースはガタ落ちだよ。しかも足を引っ張っているのは俺だ。」
と訂正する。何れにせよ、皆、各家でWeb SiteのLive Checkを確認して応援してくれている事知り、嬉しく思う。もちっと頑張るか。

サポーターとの次の待ち合わせ場所、池のほとりのBBQ場。
到着したのは8時頃。が、時間の読み違いか、道の渋滞か、サポーターズは未だ向かってきている途中。姿無し。
このまま、出発しようか?という考えも若干有ったものの、折角少ない睡眠時間で向かって来てくれているし
又、佐野さんの魔法の按摩でこの筋肉痛を誤魔化したい、という思いもあり、待つ。
歩いている時は眠さを感じないものの、腰掛けて待っていると急に眠気が襲う。
ぐらっと揺れて正気に戻る繰り返し。

矢ケ崎氏、おら、もう疲れきったずら、の図(*11)。


  
   *10:クロスカントリーさながら
     やがさん2本のつえ。フードつきレインコートをかぶって、そのいでたちは、
   エンデュアランス号漂流のシャクルトン船長か、はたまたエベレスト制覇のヒラリー卿か?
   もはやその後ろすがたには神々しさまで感じる。

   *11:矢ケ崎氏、おら、もう疲れきったずら、の図
     太腿に挟まれた両の手が、思いのたけを表している?いや、もはや何も語るまい。
   さすがの丹羽氏も目の下に隈が。



待つこと10分程だろうか、サポーターズ登場。雨が降っているので、混雑している屋根つきベンチの中に無理矢理押し入り
シートを敷く。待ちに待った佐野さんの按摩。やはり痛い、痛いけど効きそう。否、効いている。
筋肉を無理矢理柔らかく解している感じ。同氏の握力も強いのだろうが、額から汗をぼとぼと落としながら
50歳前のおじさんが一所懸命こんな若造の足を揉み解してくれるのを思うと、有り難くて涙が出そう。否、痛くて涙が零れる。
来年への引継ぎ事項として、按摩は選手にとって一番有り難い事だから、サポーターズで按摩担当を4人位
任命し、その練習を積んでおくことを語り伝えよう。あの按摩無しでは100キロの完歩は無かった。

飲料、食料共に補給し、筋肉も揉み解し、矢ケ崎氏の顔にも生気が戻った。
筆者タイツの上に、デニムシャツ(*12)という変ちくりんな格好を笑われるがそれを構う余裕も無し。
寒さ対策ばっちりで次の第7Phaseへ向かうのであった。

   *12:タイツの上にデニムシャツ
      韓国カラオケであばれた翌朝の出勤風景だ。股引の上にYシャツ。
    まなぶうさん、ネクタイはどうしますぅ?との声がかかるも、もはや答える気力なし。
    一瞬雨がやんだが、これも一瞬のみ。またもやここから寒さとの戦いが始まるのだ。




やはり佐野マジックは1時間ほどで消えた。しかし残り30キロ余り、全工程の3分の2を終えた、と思うと
ここでリタイヤするのは勿体無い、という欲が出てくる。何とか行けそう、と根拠無い確信も出てくるのであった。
しかしここから矢ケ崎氏は地獄を見る。目に見えて同氏の歩くスピードが落ちる。
傍目にもこりゃやばい、と判る。特に登り階段、2本の杖を使うのだが、痛いのか足が上がっていない。
丹羽&島川コンビは鍛え方が違うのだろう快調に登っていくが、筆者&矢ケ崎コンビは徐々に漫々と進む。
我々に会話も無い。あの時、お互い一体何を考えながら歩いてたのだろう。道中、矢ケ崎氏に何か
話し掛けらた様だが記憶無く、返事もせず。又、その逆も然り。

矢ケ崎氏、ペースが落ちているのは自分が一番良く判っているのだろう、途中のサービスエリアで我々が
温かいスープを補給している際も、一人休憩取らず歩き進む(*13)。悲壮な姿。嗚呼、これが100キロ・トレールである。(涙)

第8 Phase、タイモー山とかいう香港で一番高い、高度1,000メートル位の山に向かい登り坂へ。
若干、前のチームが詰まっており、又もや抜き去るとき、ペースを不定期に上げねばならぬ。
しかも道が粘土質の赤土。靴の裏にべっとり付いてしまい、重いは歩きにくいは。ええ加減にしれくれ!
ほんま雨のお陰で散散や。雨降ってなかったら、道中大分状況違ったやろな。

小高い丘に辿りつき大きな岩がごろごろ転がっている中を通り抜けていく。
ふと横を見ると、若い金髪女性がお尻をこちらに向けて岩陰で用を足している。
嗚呼、究極の状態に追い込まれると、若い女性と言えどもなりふり構わずなんだね(*14)、と感慨。
でもオイラはトイレできちんと用を足しとこう、と密かに誓うのであった。

小高い丘を下り、最後の難関、山のてっ辺にある通信用アンテナ(?)サッカーボールの様な
建築物を目指し心臓破りの坂を上る。何が辛いって、坂のきつさではなく、ここで横殴りに吹き付ける寒風。
半端な冷たさではない。矢ケ崎&筆者、「マジですか?この冷たさ」と泣きそうな顔でひたすら我慢して登る、が、
目標物は遠く中々辿り着かない。デニムシャツの上にビニル・カッパ被るがドライアイスの上に線香程度の役にしか立たず。
筆者「これは必ず風邪ひきますね、絶対です。」身体凍えて疲労困憊で漸くてっ辺に。
(因みに風邪ひきませんでした。丈夫だなぁ、俺の身体って。)
頂上では丹羽&島川、「待ちかねたぞ(*15)武蔵!」状態。この寒い中、お待たせしてすまんこってす。

次は自動車が通れる広い舗装道路をひたすら下りるのみ。この坂を下りきれば第8 Phaseも終了。
サポーターズと佐野さんに会えるのだ。(恋人に会うのを待ち焦がれる中学生の様な気持ち。恋人=佐野氏。あちゃー。)

下りの道、これがクネクネと蛇の様に曲がりくねっている道なのだ。
中にはショートカットで、近道を突っ切る輩も。日本語で会話しながら近道する若い女性も居たぞ。
貴様ら、そんなズルをして100キロ歩いて何か得るもの有るのか?たった50メートルや100メートル
の楽をして、100キロの意味を台無しにする、”浅はか”とは全く彼らの事である。

矢ケ崎氏、坂道を後ろ歩きで進む。
こうすると疲労しきった前太腿の筋肉が使われず、疲労していない別の筋肉を使うことになるのである。
但し、トロイと転ぶことになる。気をつけなされ。
近くを歩いていた若い金髪女性二人組(但し、先ほど筆者が目撃した野糞さんではない。)、笑いながらも
真似をする。彼女達もお気に召した模様で、そのまま一同後ろ向きで歩くのであった。

下り坂長い。歩いても歩いても目的地に着かない。
第4区間の時の様。丹羽&島川、この見晴らしの良い区間で姿も見えない。お〜い、何処まで行ったんだぁ?
雨は又もや激しくなってきた。何故かサポーターと落ち合うときに限って雨が止まない。どういうこった?
漸く漸く、Check Pointに。佐野さんが傘を差し心配そうな顔で待っててくれている。(恋人を待つ中学生?笑)
「お〜い、来たぞぉ!」先にCPに到着している丹羽・島川両名を呼んできて第8CPでの登録終了。
一同、サポーターズが待つ公園へ向かうのであった。おっとその前にトイレでおならを出し切らないと。

公園の雨宿りが出来る建物の中、サポーターズは待機してくれていた。
いよいよ後20キロ、この後彼らと会うのはゴールに着いてからである。
最後の魔法、佐野さんに按摩をしてもらう。同じ屋根の下、別の日本人チームも又、サポーターに送り出されている。
頑張れ!同胞よ。
ここから来年度のJ’s トレーラー隊長就任(*16)予定の鈴木氏が伴走する事となる。
皆、此処まできたらオイラ、リタイヤなんて言わないよ。屯門で会おう!
一同、難易度1という事で一度も試走していない第9、第10区間に向けて出発。
聞くところによると、この2区間20キロは”チョロイ”そうだ。信じていこう。

歩き始めて気付いたのは、此処まで来ると各チーム間は既にばらけているので、前後に他のチームが
居ないのである。其処に来て、一度も歩いていないコース。不安に思ったのは、「この道で果たして合っとんか?」
という事。前後きょろきょろしながら、時折歩行者の姿を象ったマークを彫刻したマイルストーンを見つけ
ほっとしながら一同歩き続ける。此処まで来ると、皆、100キロを歩き通す自信に溢れている。
鈴木氏、我々に気を使ってくれながら一番後ろをトボトボと歩く筆者に付き添ってくれる。
優しいねぇ、あんた。惚れちゃいそうだよ。
此処に来て漸く2日間降り続いた雨が止み、青空が(*17)見え始める。止むのが遅いんだよ・・・・。人生って皮肉なもんだ。

さて第9区間、確かにきつい坂道は無い。ぐだぐだと早くも過去の道のりを振り返りながら、筆者少しづつ音を出さぬ様
おならをしながら歩いているとあっという間に第9CPに。ペース結構速いぞ。
今まで時速4キロ位のイメージだったのが、平坦な道だと言うのもあってか、時速6キロ超のスピードで歩いていたのだ。

さて、CP通過の登録を終え、ゴールに備えて再度揖場社長提供のJ's Traillers ユニフォームに着替える。
やはりGoalの瞬間に着用しとかないと、宣伝効果がね。因みにこのユニフォーム、先日びしょ濡れで預けてから
Supportersが洗濯、乾かしてさっきの第8CP迄持って来てくれたのだ。有り難いこってす。

後15キロ、ラストスパート駆けるぞ!と記念撮影(*18)

 
   *13:一人休憩取らず歩き進む
      止まると動き出すのがホントに辛い。寒くてカラダが動かない。香港へきて1年と少し、
    あんなに寒かったことはなかった。寒さ対策は、本当に重要。雨対策もきちんとするん
    だったというのが反省。この辺、筆者も時間の感覚が全くない。
    朝から午後まで、ずっと薄暗くて、ただただずっと寒かった。

   *14:若い女性と言えどもなりふり構わずなんだね
      立松和平ナレーションか?もはや、ものまねする気力もなし。
   *15:丹羽&島川、待ちかねたぞ
      いや、もう寒くて寒くて。歯の根もあわないとはこのこと。
    またこの心臓破りの坂、長さはないが、すごい角度。練習しとく必要あり。
    あまりの寒さからか、脳内回路がショートしたか、この後の下りで突如、丹羽氏走り出す。
    坂道を転げ落ちるように走る丹羽氏。一人もくもくと歩き続ける矢ケ崎氏。
    ウィダ―
inでエネルギー補給に余念のない石村氏。筆者はカイロを腰にあてがう。
    
4人の疲労はピークに達していた!
   *16:J‘sトレイラー隊長就任
      スズキちゃんおめでとう。そして副隊長は三上氏だ!頑張れ、新パパ!
   *17:雨が止み、青空が
      やっと止んだ雨。もう寒くない!そして徐々に陽は沈む。夕焼けまで見えてきた。
    もうちょっとだ。道も平坦だぞ。すずき新隊長のサポートを受け、止まりかけた脚も
    再び動き始めた。

   *18:記念撮影
      そして再び精気みち満ちる4名。そして最後の「1.2.3.J‘s!」の声が出る。
    この声を出す度に何度も何度も立ち上がった。そのたびに、サポートしてもらっている
    皆の顔が目に浮かぶ。


道は再び暗くなっている。誰かが言った。「今、17時半という事は、ペース上げたら28時間台いけるんじゃ?」
誰からとも無く「行ける、行ける(*19)。目指しましょう。」との声が上がり、一同何と走り出したのである。
矢ケ崎さん、膝ぶっ壊れたんじゃなかったの?
29時間を切ると言う事は到着時間は19時よりも早くなる。
お父ちゃんの雄姿、ゴールの姿を見逃させてはならない、筆者は妻に携帯で電話をした・・・・・が、ここは
山奥、電波は届かなかった。こんな事で良いのだろうか?又、朝の二の舞で、サポーターが到着しない中
ゴールって事になるんでは・・・・?筆者は不安を覚えつつ、しかしチームとともに走り続けた。


火事場の馬鹿力、とは良く使われる言葉だが、終わりが見えると人間力が出てくるものだ。
さっきまでかちこちで動かなかった脚、疲れきった身体も、もう少し頑張れば終わりだ、と思うと
早く終わらせて休みたい、という気持ちも相まって疾走する力も湧き出てくる。
嗚呼、トップ集団のグルカ兵達はこんな感じで走ってるんだね。

走りながら何度も携帯電話で妻に連絡を試みるが、余りにも山奥過ぎるのか全く通じない。
他の隊員も同様である。

20分後、矢ケ崎氏の携帯電話が佐野サポーター隊長に通じる。
「ええ、そうなんです。今のペースで行くと19時位にゴール出来そうなんです。今、どの辺りに居られるんですか?
 何?今、ハルんちで皆カレー食べてる?(*20)で、19時にはとても間に合わない?」

ガクッ。一同、途端に走るペースが落ちる。
「折角、皆に助けてもらったのに、サポーター居ないのにゴールするわけにいかんでしょ。」
「確かに第8CPに到着するペースから考えると、19時ってのは想像出来ないよねぇ。」
「じゃぁ、時間調整しながら歩きますか。」


筆者、内心ほっとしていた。実は先ほどから、足の裏の皮がずる剥けていて兎に角痛かったのである。
そこへ来て泥水の水溜りをびしゃびしゃ走り抜けていたので、皮の剥けた傷跡に水が沁み込んでこれ又
痛かったんである。そう告白すると、意外や丹羽氏も同じだという。流石に身体は鍛えることが出来ても
足の裏は鍛えられないんだね。

さて、一行走るのを止め、それでも歩くスピードは先ほどと違って明らかに速い。
早くゴールしたいと気持がはやるのであろう。
逐次、妻に電話連絡取り、サポーターの向かってきている位置を確認する。
「未だ30分は掛かりそうだそうです。」
「じゃぁ、一寸座って時間つぶしでもしようか。」
ゴール近くの道路で、一同座り込み時間を潰す。(*21)
「しかし、長い道のりだったねぇ。」「全くだ。」
一同、未だ終わっても居ないのに何故かまったりした雰囲気。

屯門の町の明かりが見えてきた。もう少しだろう、と言いつつ歩くが中々それらしき所が見えてこない。
試走していない影響がこんな所でも出てきてしまう。
筆者、実は最後の区間を10キロと勘違いしていたのだが、後で見て見ると15キロもある。
道理で歩いても歩いても終点に着かなかった筈だ。
段々といらいらとしてきた丹羽、意味不明の叫び声を上げる。(*22)気持はわかるぞ、うん。

暫くして、妻から電話が。妻「もうゴールに陣取ったから、到着して良いわよ。」
筆者「それが、後ゴールまでどれ位なんか判らんねん。」妻「何それ・・・。」

   *19:行ける、行ける。
      まったくイケてはいなかった。ただ壊れた脳みそが誤った指令をだすのみ。
    アドレナリンはそれでもしかし急に分泌開始。脚も軽いぞ、走る走る。
    前のやつら、邪魔だぜぃ。オレ様たちのおとおりだ。えいほうえいほう、抜かせや抜かせ。
    変にお祭り状態である。

   *20:ハルんちでカレー食べてる!
      何?カレーたべてんの?キレンジャー隊員の脳みそはもはやカレー一色だ。
    くいてえよ、カレー。(後ではる邸で食べさしてもらいました。旨かった!)

   *21:一同座り込み時間を潰す
      すでに今大会二度目の夜をむかえつつある。
    すずき氏「さっきの山道で変な親子連れ
いましたよね。あんなとこで何してんでしょう?」
    筆者「ああ髪の長いお母さんと小さい子供2人でしょ?」
    やが氏、いしむら氏「え゛?そんなのみてないよ?」
    し〜ん。ぞぞおぉぉ〜。うぇん、こ、こ、怖いよぅ。

   *22:丹羽、意味不明の叫び声
     「わああ!」「OHHHHH!」「うほっ!」山道にこだまする奇声。一体彼になにがあったのか!?



歩くこと15分、漸く終点間近を示すテントが・・・。「Oh! やっと見えてきた!終わりだ」一同、ほっとする。
山の上から、下の地まで最後の階段を下りると其処にはビクトリーロードが。

前に1チーム歩いているので、先にやり過ごさせる。

彼らがゴールしたのを確認し、満を持して我がチーム登場。
サポーターの皆、判ってるのかな?と一寸心配しながら勿体ぶってとことこ歩いている。
ゴールには黄金色のライトが当たっており眩しい。すると、その光の門から
「パパー!パパー!」と叫びながら3人の子供達が駆け寄ってくる。(*23)後ろのライトがさながら後光の様。
二人の男の子は丹羽家のご子息。一寸遅れて走ってくるのは、嗚呼、我が愛娘ではないか!
田舎臭い演出やりやがって・・・・と思いながらも、こういう場面に涙もろい父は瞼を熱くしながら
駆け寄ってくる娘を抱え上げようと痛む太腿でしゃがみ、大きく手を広げ・・・・・・た横をうちの娘は
すり抜け、丹羽ちんに向かって走って行きやがった。お父ちゃん、硬直状態。
どないしてくれるねん、このポーズ。

我が娘、丹羽氏の近くまで行って初めて自分の父で無いことに気付く。
きょろきょろし初めて所在なさそうに硬直している父を見つける。こんなに大きな父をどうして君は間違えるの?
父ちゃんには理解出来んよ。
Anyway,父、気を取り直して娘を抱きかかえ、何とかゴールを果たしたのであった。

   *23:3人の子供たちが駆け寄ってくる
      まり、ひゆう、あやき。最後の最後に、そんな演出が用意されてようとは。
      娘に素通りされたイシムラさんの、横顔があまりにせつない。きっちりオチまでついた。



サポーターの皆さん、有難う。
駆けつけた家族・友人達に囲まれ、缶ビールを渡される。
ゴール後に振舞ってあげたい、とこのビールもサポーターの方が用意してくれていたもの。
気が利くねぇ。有難う。
疲れきった身体に流し込むビール。。。。これ、効きます。たった缶ビール一本で一気に酔いが回りました。


一同、写真撮影等を終え、ゴールの登録をしていないことに気付く。
ブレスレットのバーコードを読み取り、正式な記録が言い渡された。29時間42分。
一口に30時間弱というが、本当に長い道程だった、というのが実感。

コンディション調整等、もう少し判ればこの時間はもっと縮める余地有るだろうけど
十分満足感はある。願わくば、来年以降もJ's teamとして参加を続け、この記録を
更に縮め、感動を分かち合って欲しいものだ。(*24)



   *24:参加を続け〜感動を分かち合って欲しい
      同感。J’sのチームワークをさらに深める為にも、ぜひ参加して欲しい。
    目標はタイムだけではないが、できればタイムも縮めて欲しい。
    そして、ぜひ、いい笑顔でゴールして欲しい。

      春〜夏は15キロくらいからはじめて、じっくりと基礎づくりをする。
    本番コースを使って歩きこみを始めるのは9月からでいいでしょう。
    夜間練習は
2回くらいやっておきたい。サポート隊との協力体制作りも重要である。



この後、完走チームとして証明書が授与された。To○hiba Machineのロゴはここでも非常に目立ち、揖場社長に於かれては
十分広告宣伝費の元を取って頂いた事と思う。ユニフォーム代金協賛、有難うございました。

サポーターの皆さん、雨降る中、夜遅く、朝早く、辺鄙な場所迄、我々4人の為に駆けつけてくれて有難う御座いました。
魔法の按摩を施してくれた佐野隊長、お陰で完走する事が出来ました。スキー場で若い女性が、インストラターに
惚れる、その気持ちが判った様な気がします。

ゴールの瞬間こそご一緒出来なかったものの、土曜日の練習終了後、屯門迄わざわざ駆けつけてくれたJ'sの皆さん、
有難う御座いました。

遅くまで、我々のことを気にかけてくれ、Web Siteで進行状況をチェック、報告してくれた皆さん、ご支援有難う御座いました。

土曜日はバスケの練習、日曜はトレールの練習と家族サービスもろくに出来なかったお父さんを許し、当日は応援して
くれた家族の皆、有難う。もう二度と100キロ・トレールには出ないからね。安心してくれ。

そして練習から本番まで、挫けて脱落しそうになった自分を励まし、助けてくれた矢ケ崎さん、丹羽さん、島川さん。
有難う御座いました。
もうこの4人で100キロ・歩くなんて事は、自衛隊に無理矢理徴兵でもされない限り二度と有りませんが、
あの30時間は一生忘れられない思い出です。きっかけはどうであれ、今回のチームに声をかけてくれて有難う。
感謝しています。

   矢ケ崎さん、丹羽さん、そして石村さん、感謝です。
  まるまる一日以上も一睡もせずに共に過ごすなんて、今後も経験することはないでしょう。
  4名のキャラクタ、役割分担、本当にいいチームでした。僕はこのチームを誇りに思います。

   関接、直接にサポートしてくれた皆様、繰り返しになりますが、我々の我儘に最後まで
  お付き合い頂き、ありがとうございました。ビデオを後で見させてもらいましたが、
  改めてサポート隊の大変さがわかりました。歩いている間に、
HPの書き込みも沢山ありましたね。
  みなみな様、感謝です。

   そして、Jaze2004、来年の健闘を祈る!


(備考)
今回の完走を追え、我がJaze Traillersは主催者のOxfamにHK$7,201.20のDonationを寄付した。
こうして集められた寄付金は香港&アジアの恵まれない子供達を支援する活動に使用される。
                                              (以上)


(11月30日)
島川隊員より、先日掲載した手記の解説が届きましたので、引用追記しました。(青色字部分)
これで、より手記内容の理解が深まるに違いない。
手記の続きは近日中にアップされる・・・かも知れない。

ドキュメント 100キロ・トレール

アップが遅れましたが、今回の100キロ・トレール参加に際し、皆さんにはご支援、並びに応援頂き
本当に有難うございました。Team4人を代表して心からお礼申し上げます。
各人の思いは、既にJ's掲示板、並びに個別E-mailにも述べられていますが、この感謝の念を語り尽くすには
未だ未だ至りません。
生憎その場に居合わす事が適わなかった方々にもその雰囲気を味わっていただく一助になれば、
又、来年以降続く我がJ's(*1)に幾らかでも参考になる事を祈念しつつ、あの2日間を振り返りたく思います。

      *1.なんとか歩き終えた100km。イシムラ手記を読んだ若者諸君!是非続いてほしい。
    我々
4人は引退だが。。。この手記が続く皆のモチベーションに水を差さないことを
    祈りたい。。。


(反省1)「本番に備え、体調は十分整えましょう。」

本番を間近に控えた11月2日(日)。我々は最後の調整と称し、太古より陽明山荘経由Stanley(*2)という
お馴染みのWilson Trail course = 10Kmに臨んだ。距離的には20キロ超の歩きこみをこなして来た我々に
取って10kmという距離は大した物ではない。しかし何故か筆者にとっては初めてのコースであった。
(何時も筆者は陽明山荘から参加してたんですな。)これが太古から陽明山荘の道程もきついんですわ。
何できついのか考えて見るに、前日のバスケの練習が多分にきつかったんでしょうな。
肉離れ練習離脱明けの久しぶりの練習だったし。この疲れが残っているまま、階段中心のWilson君を
初めて歩き・・・・・筆者、こんなんでバテテ居るようでは本番100キロも歩けるんじゃろか?とマジで不安になる。
Stanleyに付いた頃には、土踏まずが攣り気味に成るほど、バテているの図であった。

     2.もはや我々の定番トレーニングコースである。太古スタートの便利さ、
    途中の景色、そして陽明山荘では、豪華なトイレにもいける!
    で赤柱ビーチでビールを飲んで、シャワーまで浴びて帰れるのだ。
    途中の果てしなく続く階段は、キミの大腿四頭筋を心行くまで刺激して
    くれることだろう。。その他、夏の強烈な日差しがお肌にちょっと心配な
    あなたには、ピークスタート香港トレイルもお勧めだ。
    木々が日差しをさえぎってくれる。

    また、もっとハード・コアなあなたは、ランタオ・トレイルを、ムイユーから
    大仏目指して歩こう。激しい上り坂、果てしなく続く下り坂、筆者は
8月に
    単独練習中、途中で水がなくなり、餓鬼のように彷徨った経験あり。
    お気をつけあれ。

翌3日(月)出張者の相手で泡盛を5人で4本空けた後、最近ストレスが溜まっているらしい部長に付き合わされ
韓国カラオケ「ラルゴ」へ。無駄な時間と金を浪費する。帰宅時間午前3時半。
当然翌日は二日酔い&寝不足。これはまずい、と、ワトソンでリポビタンDを購入。体力回復に努める。
妻、NHKの「あるある大百科」とやらで放送していたという山芋がスタミナ付けるのに良い、という説明を
元に晩御飯はご飯に山芋、スパゲッティ。(*3)見事に炭水化物ばかり。こんなんで本当に良いのだろうか?

    *3.大正解。本番二週間前くらいからは炭水化物中心の食事にして、
   (所謂カーボンローディング)からだのエネルギー燃焼効率を高めると
    良いらしい。おならが沢山出て困るけどね。


翌5日(水)。CS Hoopsの試合に参加。試合20時からだったので取りあえずエネルギー補給に、と
ワトソンズに行って”Weider”を購入しようとした所、恐らくトレールに備えて誰かが買占めしたのだろう、
全品綺麗に売り切れている。(因みにWeider Vitaminはかなり売れ残っていた。)
仕方ないのでビスケットを齧りつつ、試合に臨む。
試合は兎に角捻挫等怪我しない様に、人ごみの中では余りリバウンドを一生懸命にせず、無理な攻めも
行わず、無事終える。因みに試合は負けた。
試合後のミーティングをしてると、次の試合で一人頭数足りないから誰かリバウンドするだけで良いので
入ってくれないか?と試合のオーガナイザーがやって来た。誰も手を挙げない。彼の口ぶりからすると
明らかに俺に入ってくれ,と言ってる様にも聞こえるんだが怪我したら大変、と心を鬼にして無視する。
5分経っても追加要員見つからないらしく右往左往している。日本人としては困っている人を
見捨てるわけには行かない、と余計な正義心が出てしまい、つい「俺、出ようか?」と言ってしまう。
助っ人のチームは実はDevision 1(*4)だった。適当にリバウンドだけしてたら良いのかと思ってたら
大間違い。皆、走る走る。「お前、相手8番な。」何とディフェンスはマン・ツー・マン。マジですか?
案の定、10分で左足が攣る。しかし交代要員居ないので、脹脛を叩き誤魔化しながらPlayする。
頭の中を後悔のテーマ・ソング「ドナドナ」が流れている。
「俺は馬鹿だった。俺はお人よしだった。俺は馬鹿だ。俺はお人よしだ。」
20分後、右足脹脛も攣り始める。マジ、やばい。
後半戦は見るも無残な姿を晒す羽目に。完全に足を引っ張っている。いや、そりゃDevision 1ですけどね。
兎に角、これで怪我だけは出来ない、とプライドは傷つくも安全且つ筋肉に負担の掛からないPlayで何とか
40分を終える。後悔の40分であった。
その晩、余りもの疲労か、食欲無し。家に買い込んでいたWeiderを3つ(*5)飲み込むだけで精一杯。
アホやっとるなぁ・・・。
100キロ・本番が切羽詰っているのにこんなに疲れて膝も痛いけど大丈夫だろうか?
考えていたら眠れなくなった。又もや寝不足。

    *4:ミーシャが会社のチームで参加しているリーグのトップリーグ。
      6
フィート2インチ以上のヒトはこちらでしかプレイできない。
    筆者(=島川隊員)今季こちらでもプレイしているが
    (もちろん
5フィート6インチくらいだけどね)、元NCAAの
    ダンクガード(スキンヘッドのやつ)他、そうそうたるメンバーだ!
    イシムラさんはやつら相手に
9リバもぎとったらしい。
    さすがノウィツキー。


    *5:食いすぎ。カロリー過多。太ります。みなさんは真似をしないように。

6日。いよいよ本番前日。明日は会社を休むので仕事を全部片付けねばならない。
その他、トレールグッズも買い込んでかねばならない。
昼休み、会社近くのSport Gigaで長いストロー・チューブ付き(*6)の袋形水筒を購入。HK$175.-也。
汗っかきの筆者はしょっちゅう水を飲むので、これは重宝だ。どうせ1回しか使わないのにこんなん買って!、と
怒る妻の顔が浮かぶが敢えて無視。階段を長く上り下りしていると土踏まずの部分が何時も痛くなるので
衝撃吸収ゲルが入った靴の中敷も購入する。HK$80.-。
ついでに三上さんからお借りした頭に装着する懐中電灯用のリチウム電池2つ、10ドルショップで購入した
携帯用懐中電灯用に電池8本。ポカリスウェット粉末をあちこち探すが、意外と何処にも売っていない。
SEIBU下のGreatに行った所、Gataradeの粉末が有ったのでこれを購入する。アメリカらしく毒々しい真っ赤な色。
如何にも人工着色料一杯入ってまっせ、という風情。同じくGraetにてWeiderが有るのを発見。
10個全部めて購入。当然売り切れた。
帰宅後、明日に備えて山芋と又もやスパゲッティを食し、明日に備える。
足の筋肉痛、右膝の痛み今だ取れず。珍しくお風呂に湯を張り、30分ほど浸かり疲労回復を図る。
昨晩、良く寝られなかったせいか、ぐっすりと眠りに入る。

     *6:やがさんは、よりかっちょいい、リュック水筒一体型をご購入。
     さすが富も名誉も手に入れた方々は金遣いも一味違うのだ。
     
J’sの備品に寄付してもらい、来年どなたかお使いください。
     もちろん間接きっすが嫌でなければだが。。


11月7日(金)いよいよ本番である!

当日は快晴。週間天気予報でもこの1週間は雨も無く大丈夫、との事。
(因みに香港気象台にて使用されている気象予報機は我が社機械部が香港政庁に納入した
 ○○電機製だとか。)
荷物を詰める。2日前から凍らせておいたポカリスウェット1.5リットルを一本。
昨日購入したばかりのチューブ付き袋にゲータレードを入れる。何と3リットルも入った。
これにおにぎり、Weider、アミノバイタル何たらとか、交換用の電池等をデイパックに入れると
重い・・・・・。水だけで4.5キロだからな・・・。
総重量6キロ近い荷物を背負い、他の荷物はサポーター・省吾カーに積み込むべく別鞄に詰め
妻に渡す。「では、行って参る!」「頑張ってね、あんた!」
待ち合わせ場所は11時半に彩虹駅(*7)。ちょいと早く11時に到着。
見ていると如何にもトレールに参加するって感じの人達が通り過ぎてゆく。
皆、軽装だ。デイパックを背負わず、ウエストポーチだけしか身に付けていない人も居る。
ひょっとして俺って凄い田舎から上京してきた御のぼりさん状態じゃなかろうか・・・?

     *7:彩虹駅にはよく通った。西貢近辺のマクリホーストレイルへの
     玄関なのだ。当日ワコールの黒タイツ姿を沢山見かける。
     香港では市販されていないので、日本人だと思われる。
     これ、冗談でなく優れもんなんで、来年の参加者は出張者に
     頼んで購入されたし。


やがてゴマキ登場。因みに我々とは別チームだが、彼女も参加する。既に5回も参加している兵。
偶然、同じ場所だったらしい。ワコールの黒タイツを早くも履いている。やはり自分と比べると
かなり軽装だ。むぅ、自分は初体験なのだからしょうがない。
続いて揖場社長登場(*8)。何と有給休暇を取得して下さったとか。前夜3時まで飲んでいたという事で
かなり眠いらしい。有り難いこってす。社長はユニフォームのスポンサーとして我々の雄姿を
撮影しないといけない、という事情も有ったのですが。
さてさて時間には全員集合。やはり筆者の荷物が一番重いらしく皆の笑いを買う。
まぁ、飲めば軽くなるし・・・。
さて、ここで一昨日、多忙な中矢ケ崎氏が引き取りに行ってくれたユニフォームが配布される。
か、格好良い!パッション・レッドに白色で一際目立つTO○○○BA MACHINEのロゴ。
生地もすべすべ、これは目立つぜ!一同、選手&サポーターユニフォームを着込み会場に向かう。
待ち行く人の視線が熱い!

      *8:わざわざのご登場&スポンサーシップ、ありがとうございました。
     もうお昼近いのにかなり酒臭かったすけどね。。


タクシーで乗り付けた会場(*9)。既に第一出発組は9時に出ており、我々が到着した頃は第3陣が
到着する頃。老いも若いも一緒くたで、かなり大規模な行事であること、今更ながら理解。
4人揃って登録に行くが、記名するだけで折角用意していたIDカードをチェックする事も無い。
これって予め登録していた人でなくても、いざとなれば替え玉出せるんじゃ?一同苦笑。

     *9:スタート地点は、いろんなヒトがいろんなことをしていて、お祭り騒ぎ。
     登録をするとバーコードが印刷された腕輪をつけられる。
     バトル・ロワイヤルのよう。「もう逃げられないな。。」という気分に。
     スタートラインまで少し歩くのだが、そこでイシムラさんへ奥様より
     激励のお電話。嬉しそうだぞ!よ、ミスターメキシコ音頭。

さて、スタート前緊張した面持ちで準備運動していると鈴木氏登場。昼休みを利用してわざわざ
駆けつけてくれたとの事。感謝。
周りには結構日本人チームらしき人たちも集まっている。結構年配の人達が多い。ベテランっぽい
感じだな。その中に再びゴマキ発見。皆、ワコールの黒タイツを履いている。なんでもメンバーの
中にワコールの人が居るのだとか。それを早く知ってたらもう少し我々の買ったタイツ(1万5千円)も
安く入手できたかも知れないのに・・・。(当然のことながら、妻にはそんなん買っても一度しか履かない
のに!って説教を受けています。考えて見ると、このトレールには参加料から初め、相当お金
使いましたな。)

あかん、話が中々進みませんな。
場面はスタート地点に移ります。本日最後の第4陣。約250チーム=1,000人がスタート地点に
並びます。J's member達から激励のShort messageや電話が携帯に掛かってきます。感謝。
前の法方で大会役員達のスピーチ等が為されていますが広東語なのでよく判りません。
14時ジャスト、いよいよ100キロ・トレールが始まりました。
途端に駆け出すもの、写真撮影しながら歩くもの。1,000人も居るので中々進みません。
後ろを振り返るに、長く列が続いています。

矢ケ崎&島川両氏はゴマキと話ながら(*10)歩き、筆者は丹羽氏と人間観察しながら歩く。
第1&2区は難易度*。緩やかな坂なので気持ちよく歩ける。因みにここは試行していない。
距離は2区間で24.1キロ。途中、別の日本人チームにこのペースだと34−35時間位だよ、と言われ、
こりゃあかんわ、と4人歩行を若干早める。ゴマキに別れを。

     *10:ゴマキチームには、名著「香港バトル100キロハイキング」の著者、
     森Q女史がいた!次回出るかた、私がこの本お貸しします。
     ゴマキこれから始まる
38時間の死闘を前に、実に楽しそう。余裕である。


途中で水や林檎を配布してくれている場所がある。筆者も一つ貰ったが
先ずは荷物を重くしているポカリを飲み干そうと林檎をデイパックに仕舞いこむ。
(結局このまま食べずじまい。後で林檎がぽろっと出てきたとき、この1個が入ってなかったら
 デイパックがどれだけ軽かったか、と悔やむも後の祭りである。)

-----ここで筆者、一晩休憩。さて昨日の続きを書きます。-----------

間を置いたらあきませんねぇ。だんだん記憶が薄れてきました。
早く矢ケ崎邸でビデオ上映会をしてもらわないと。

さて、第一区間の途中より小雨が降り始める。
香港の天気予報当てにならない。
(因みに香港気象台にて使用されている気象予報機は我が社機械部が香港政庁に納入した
 ○○電機製です、くどいけど。この後、雨は翌日夕刻まで降り続けました。見事に外れましたな。)

第一区間のチェックを終え(*11)、ちょいと腹ごしらえをする。

       *11:第一区間のチェックポイントには、トイレがあったのだが、
      チェックポイントから奥にはいること
200mはあった気がする。
      往復
400mあることを、最初に言ってくれ。そしたらその辺で
      やっちまったのに。
      でこの寒いのに、クルーザーで乗り付けて海水浴に興ずる西洋人
      一家を近くで発見。確かにいいビーチだけど、こんな日にやらなく
      てもいいのではないだろうか。兄妹がぺろぺろ食ってるアイスが
      妙に心に残る。チミたち、どこで買えるんだ?それ。


海岸沿いの砂浜を歩く。歩きにくい。

しかも段々暗くなってきた。足の取られる砂浜を終えると、次は岩肌の山道を登る。
結構きつい。細い道なので渋滞している。邪魔臭い。
元気有り余る丹羽&島川は間隙を縫ってすいすい登っていく。
矢ケ崎&筆者、早くも疲労してきたので遅々として登らない。
しかも海風が雨にぬれた身体を冷やし、寒い。
雨対策の服装を用意してなかったからなぁ・・・・。

(反省2 香港気象台の週間天気予報は鵜呑みせず雨対策の服装を用意すべし)

かなり暗くなってきたので、懐中電灯スイッチ・オン!
先日の夜間練習で10ドルショップの電灯は長持ちしない事を学習している筆者、
三上氏が貸してくれた頭に装着する電灯を付ける。リチウム電池なので長持ち。
光は余り強くないが、右手が自由に使え楽チン。
(因みに、歩行中話題に事欠いた我々は(*12)何故三上氏が斯様な電灯を持っているのか?
 推理を行った。結論:お医者さんごっこに使用する為購入した。 三上さん、正解でしょうか?)

     *12:三上さんすみません。でも、図星だったりして(笑)。
     なんせ、思考能力が麻痺してるんで、こんな馬鹿話でないと、
     会話にならんのです。ちなみに夜間練習は絶対必要。
     昼間歩くのと全然違うんで。


湖のほとりを歩いていると何と、蛍がふわふわ飛んでいる。11月でっせ!
今時日本でも久しく目にしていない蛍を、ここ香港で目にしようとは・・・。
西貢のその又奥のこんな山の中だからこそ、自然も破壊されていないのだね。
嗚呼、これで日本みたいに携帯電話にカメラが付いてたら、この風景を妻と子供達に
送ってやれるのに・・・。

横を欧米系婦人方の4人組が追い抜いていく。
如何にも駐在員夫人で、日中スポーツ・ジム辺りで身体を鍛えてますって感じの
体系と服装。女性チームに抜かれるとは日本男児の沽券に関わる、と付いていこうと
思うが程なく断念。未だ未だ先は長いのだ、と自らを慰める。

第二チェックポイント。
温かいスープとWeiderを摂取。漸くポカリ1.5リットルも無くなった。
これで1.5キロ軽くなったぞ。ここから先日佐野さん&タカ達と連れ立って
予行演習した第3区間を登る。難易度***。つまり第4区間と併せて最難区間の
始まりである。いきなり延々と続く石段。ひたすら渋滞した登りの石段を歩く。
自分のペースで歩けないもどかしさと、山の峰を渡る為に横から受ける山風が
雨に濡れた身体を冷やす。寒い・・・・。

頂上に向かう山道に延々と続く懐中電灯の列。否応無く目に入る遥か彼方迄続く光の筋。
何故かその昔世界史で習った「十字軍遠征(*13)」という文字が頭に浮かぶ。
矢ケ崎氏「何か俺達って宗教の団体みたい・・・・。」
金払って好き好んで辛い思いをしながら、夜間行軍に参加している様は正しく新興宗教の
集団か、はたまた二百三高地を目指して進む日本軍かの様。

       *13:十字軍遠征だか、人民解放軍の長征だか、八甲田山だかって
      カンジは確かにする。きっと意味のない
100キロに何かドラマを
      見つけたい、主人公になりたいという心理があったのではなかろうか。


筆者段々披露が激しくなり、行軍ペースも落ちてくる。土踏まずと右膝が痛み出す。
登って下って又登って・・・・・何でこんな道なんや!と誰にとも無く腹立てながら歩いていると
「Excuse me!」と先ほどの金髪女性4人組が追い抜いていく。あら、あんたらどっかで休憩
しとったんな?しかし狭い下り道で無理矢理追い抜いていくもんだから、危なっかしい。
顰蹙を買い、香港人にはわざと道を通さない輩も(*14)。気持ちは判るぞ。

      *14:この時間帯になると、いつも騒々しい香港人も疲労からか、
      俄然無口に。そして、彼らは隊列が乱れ始める。なぜか単独で
      歩いてる奴が多い。概ね
4名固まっていたJ’sのようなチームは
      無かった。
100キロ成功の鍵はチームワークなのだ!


22時?(不確か)第3チェック・ポイントにて(*15)J's supportersと合流。
佐野さん、アンディを初め出迎え、その後Supportersが陣取るキャンプへ。
丹羽家一家総出(夜更かしだよ、お子ちゃま達。)ハル家、ナナちん、鈴木氏他
(名前書き忘れた人、ごめんちゃい。)駆けつけてくれている。有難う。
運転手を買って出てくれた省吾&タカは車を止める場所無く道路にて待機中。感謝。

     *15:知った顔を見るのが妙に嬉しい。そしていろいろ世話を焼いてもらうのだが、
     申し訳なさで一杯になる。我々写真を見る限り、確かにこの時点では、
     まだまだ元気そうである。しかし既にこの時点で、ヤガサキ、イシムラ両氏の
     膝には異変が。。。



温かい豚汁が旨い。お握りも頂くが、鶏のから揚げは疲労濃すぎて余り食べる気がせず。

(教訓1)冷えて疲労した身体には温かい豚汁がとても旨かった。

ここでワコールのタイツCW−Xを装着。汗と雨で濡れた身体ではあるが、ユニフォームを
脱ぎ、長袖服に着替える。「はいはい、洗濯物出して。洗って持ってくるからね。」
各人青色のごみ袋に濡れた服を入れる。洗濯後乾かして持ってきてくれるんだとか。
其処までやってくれるか。皆さん、有り難くて申し訳無い。

40分ほども休憩し、残る最難関第4区間12.7キロに向かう。
「皆さん、4時間後位に、再見。」「夜2時半くらいですね。待ってます。」

35キロを終え、近くの矢ケ崎氏に「もう3分の一ですよ。何か100キロ行けるぞ、って
いう感じして来ましたよ。」と話しかけるが反応悪し。
後から聞くとその時、矢ケ崎氏は「何を根拠にこいつはそんな事言ってんのか?」と
思っていたそうな。はい、甘かったです。私。

第4区間、ひたすら山を登る。道の中にごつごつした岩がそこここに有るので歩きにくい。
唯でさえ暗くて歩き難い上に、Check point後の定めか、又もや渋滞が・・・。
ゆっくり過ぎるのも疲れるということで、少し隙間が有れば追い抜くのだが、抜くときは一気に
行かねばならない。4人が一緒に抜かねばならないので。その時、速度を上げて石段を登るのが
お父さんには辛いのだよ。段々と矢ケ崎&石村組遅れ出す。
身体が冷えてしまい(矢ケ崎氏曰く、筋肉に弾力が無くなる為らしい)衝撃吸収が上手く出来ず
膝への負担が蓄積、痛みが益々増える。
石段の登り途中で休憩を取らぬ様意識をしていたものの(休憩後歩き出すのが余計疲れるので
なるだけ一気に登り切る)終にGive up。「すんません。休憩させて下さい。」
石段途中で5分ほど休憩、太腿を揉み解すも、余り効果なし。
嗚呼、この4時間、思い返すに忌まわしい。登れども登れども山頂は見えず。
丹羽さんが「もう直ぐ頂上ですよ。頑張りましょう!」
「だと良いけど、俺の記憶では未だ未だ頂上は先だった気がする。あ、あの向こうに光の列が有る。
少なくとも後200メートルは登らないといかんな・・・。嗚呼・・・。」
島川氏「ま、兎に角頑張りましょう(*16)。頑張れ頑張れ。」
矢ケ崎氏、何故か「ドナドナ、ドーナ、ドーナ♪」と口ずさんでいる。彼もオイラ同様かなりやばいぞ。

    *16:気の利いた励ましが思いつかずすみませんでした。もっとも3分ごとに、
    幸せが逃げていきそうなため息をつくヒトと、無意識下で「市場へ続く道〜」
    と呟くヒトにかける言葉が今でもおもいつかない。
    せいぜいハモってあげるくらいだろうか。。


登っても登っても、又、何度も何度も腕時計を見ても、さっきから2時間しか経っていない。
筆者「ひょっとして俺達さっきから凄い速さで歩いて、実はもうすぐ第5チェックポイント何て事ないかな?」
丹羽氏「後、2時間は歩かないと着きませんね。」
筆者「え?やっぱし・・・・・。」
それからの2時間、正直記憶が途切れている。ひたすら島川氏に「頑張れ、頑張れ。」と励まされながら
山道を登っていた様な気がする。斯く言う島川氏も登りの山道で前の集団を抜き去ろうとする際、
道を踏み外し大きく石ごと倒れてた(*17)けど・・・。寝ぼけてたのかな?

     *17:半分寝ていた。気がついたら、草叢の中に沈んでいた。
     もちょっと転がってたら、崖から落ちてたかもしれん。。恥ずかしくて
     すぐに何事も無かったかのように起き上がったけどホントは、すごく痛かった。。
     集中集中。


雨も降り止まぬ午前2時半過ぎ、漸く山道から抜け、Supportersの待つ第5区間入り口に向かう舗装道路に
我々は出たのであった。待ち合わせ場所の売店より、Supportersが道を登って迎えに来てくれた。
おお、シマ君久し振り。元気だったかい?
しかし、下り坂だというのに疲労困憊の太腿はろくに動かない。本当に足が前に出ない。
筋肉がカチカチ山の狸さんなのだ。彼らが色々話しかけてくれるのだが、疲れてろくに答えることも出来ない。
頭の中を駆け巡る言葉「リタイヤ・・・・・・・・。」「御免、ここで俺は脱落する。皆、済まぬ。」という言葉が
喉迄出掛かっている。

-------と、此処まで書いて一旦筆をおく。もう12時半だし。明日も仕事が有るんで。
     今晩は此処までアップしておいて、以下は後日へと続く・・・。(ん?話が長い?)--------



11月5日 皆様
 
いよいよ本番が迫って参りました。いろいろとご協力ありがとうございます。
威勢良く始めた割には、そして十分な時間あったにもかかわらず
結構直前になって不安も増し、ばたばたするモノですね。すでに反省材料盛りだくさんです。
 
さて、トレールウォーカーの説明会で手渡された、"手引き”から以下抜粋します。
 
"手引き”では、イベントに向けての心構えや、サポート隊、応援団、選手と
大会を運営する大勢の裏方さん達との相互理解の重要性なんかが
説かれています。
 
大切だなと感じる部分が多く、手伝ってくださる皆様とも情報をシェアできれば幸いです。
 
1.トレールウォーカーへの挑戦とはチームとしてゴールラインを超えることです。
2.チームとは選手・サポートチーム・応援団そして大会の裏方さんすべてのことである。
3.サポートチームと応援団はチームスピリットをより強固なものにする
4.ペストチームでさえ、サポートメンバーや応援団に会うことによって助けられ、
  さらに頑張ることが出来る。
  疲れて真夜中にとぼとぼ歩いているときに仲間に会ったことを想像してください。
5.トレールウォーカーはチームイベントであり、どのチームも最もスピードの遅い
  メンバーのペースでしか
進めない。だれでも調子の悪くなるときがあり、その時は
  その人を真ん中に挟み、我慢強く励ましあいながら
ゴールに向かう。
6.大勢のひとがこのイベントのために集まり、時間を割いています。
  いつも笑顔でお礼を言いましょう。
7.エンジョイ!
 
以上です。よろしくお願いいたします。
選手一同



11月4日 100キロ・トレール応援について by Nana

毎度お騒がせしております、100q Trailへの道を驀進中のチーム”Jaze TW 2003”です。
本番も迫りようやく行程スケジュールおよびサポート・応援団プランが出来上がりつつあるので
皆さんに報告です。
よろしくお願いします。
 
日時     :     11月7日(金)14:00 スタート
チーム名  :   Jaze TW 2003
チーム番号 : 913
選手     : やがさき・いしむら・にわ・しまかわ
 
サポート隊  : さの(隊長)・すずき・はる・しょうご(ドライバーA)・たか(ドライバーB)
 
応援団    :   いしむら、にわ、やがさき、おきなかファミリー+応援していただける方
            どなたでもお願いいたします。
 
サポート隊・応援団本部 : 沖中キャプテン邸
 
サポート予定日時      :(あくまで予定。かなりの誤差も有り得るので常に選手と連絡を取り合い調整する。)
 1回目- 7日(金)午後10時
 2回目- 8日(土)午前3時
 3回目- 8日(土)午前8時
 4回目- 8日(土)正午 
サポート隊は本部沖中邸にて選手と連絡を取り合い、サポート予定地点へ物資補給のため
ピンポイント出動します。
 
応援団:       
沖中邸をイベント中解放していただきました。そちらへ行って待機していると交代でサポートポイントに
応援に行くことが可能です。
ただし応援団用の自家用車は1台なので多人数が一度に現地へ行くのが難しいと予想されます(ごめんちゃい)。
現地へのピストン輸送なども検討していますが、基本的にはそーゆー場合は皆で沖中家でくつろぎながら
順番待ちをするか
飲みながら選手の検討をいのります。
 
個人的にタクシーなどで随意、サポートポイントや大会規定のチェックポイントに直接応援に行かれる場合、
選手の進行状況や場所の詳細などは事前に沖中家に問い合わせていただければ適宜情報提供
出来るよう準備する予定です。
 
お願い:
基本的に、応援に参加される方はご自分でお食事を済ませるか、もしくはご自身での持参をお願いいたします。
 
山の中でBBQさながら火をたいてとん汁なんか作っているところを想像している方もいるのでは、
と思いますが、状況によっては選手があっとゆーまに走り去る、
なんてことも有り得ます。
基本は炭水化物・おにぎりです。初めて参加するチームの場合、豪華な食事を用意、
選手もそれに目が眩み食べに食べたら歩けなかった、なんて話もあるよーで…。
お手伝いしてくださる応援団の方々は沖中家で、携帯もできる一口サイズおにぎりを
つくり続ける週末になるかもしれません…。ヨロシクね。
 
4回目のサポート地点ではBBQピットを囲んで真昼の焼肉パーティーが可能です。
もしご興味のある方が多ければ焼いてみますか?
レク部長は歩きで忙しいので、どなたかアレンジしていただけますか(場所取りやら買出しやら)?
 
ご質問等はとりあえずこのメールアドレスへ返信おねがいいたします。
 
ナナ
 
24時間以上働くサポート隊・応援団への差し入れも大歓迎で〜す!
どしどし参加してください!!!


佐野サポート隊隊長よりのアドバイス(ご自身、過去5度完走経験有り)

一番避けたいのは、チームがポイントに到着しているにも
かかわらず、サポート隊が来ていないというケースで、こう
なるとチームの士気も下がります。
 
携帯が万一通じない場合も考慮して、早め早めの準備にこ
したことはありません。
 
最初のサポート地点予想到着時間は午後10-11時です。
サポートは午後9時着でもよいかと思いますが、現地が込む
ので、8時前にははる家を出たいところです。当然、チーム
のペースが落ちれば、それだけ待ちも長くなりますが、それが
サポート隊員の勤めだと思ってください。寒くなることも予想さ
れるので防寒もしっかりね。
 
各自の持ち物以外で、ポイントにあるとありがたいものは、
ビニールシート(選手が寝転がったり、座ったりできる、はる家
になければ、佐野自宅から持参します。)
お湯(コーヒー、インスタント味噌汁用、ホットポットで持参)
 
各自デポする荷物には、名前とポイント地点(全部で4箇所)
を明記のこと。
 
ドライバーは、省吾サポート隊、たか応援隊で専属にした
ほうが良いかと思います。佐野は、サポートで動きますか
ら、サポートに出向く時2、3名の方のヘルプをお願いします。
 
ゴール地点の打ち合わせをしていませんが、希望者は
ゴールまでサポート隊、応援隊の車で行ってお出迎え。祝杯用に
ビールなど用意しましょう。で、そのまま省吾が4人の隊員
を各自宅まで届けて、最後に島川さん宅まで行ってそのま
ま車も返却でいかがですか?帰りの車に乗れない人は各自
で帰宅とします。
 
補足ですが、選手は本番で、肉体が極限までしいたげられる
ため、錯乱状態に陥ることもあります(経験から)。色んなことを
口ばしったり、思わぬ行動に出たりすることがありますが、
暖かい目で見てあげましょう。
 
本番前パスタ系の食事お勧めです。スパゲティなど食べておくと
いいそうです。
 
最後に本番では何が起こるかわかりません。長い戦いになる
かもしれないので、サポートをしていただく方々も心得のほどお願い
します。
 
by 佐野



10月26日 本番いよいよ2週間後に迫る!

11月7日の本番までいよいよ2週間を切った。
100キロ・トレーラーズ
の練習も本格活動に入っていちゃったりする。
一時期は女性トレーラーズの合流練習も行われたりしてたのだが、(J's gelleryご参照)
今や本コースに於いて石ころ転がる荒れ道を時速4キロ超の速さで黙々と
日曜に20キロ位歩いてたりするのだ。
10月といえども未だ日中は暑い。汗だくになり、デイパックに背負い込んだ
1.5リットル入りのポカリスウェット2本はあっという間に無くなってしまう。
筆者は汗っかきなのだ。
他方、矢ケ崎氏等、1リットルも飲まずに歩けるのだから、
さしずめ同氏は日本が世界に誇る自動車メーカー・トヨタのプリウスで
筆者はシボレー・コルベットみたいなもんか。(一寸例えが格好よすぎたか。)
つまり、世の中水不足になったとき、一番最初に飢え死にするのが筆者で
最後まで生き残るのは矢ケ崎氏、とも言える。

20キロ超一気に歩くと、疲れよりも体中のあちこちに異変が現れてくる。
階段をひたすら下りる時、急いでいると爪先から降りる。
これが続くと土踏まずが痛くなるんすよ。それと親指の付け根。
次が膝である。膝の両側面が痛くなってくる。大分、衝撃受けてるんだろうなぁ。

肉離れからの病み上がりで、太腿を再度痛めないか心配したが、筋肉のほうは
走らない限り痛みも無く、心配なのはむしろこういう関節部分だ。
本番も疲れるとか筋肉疲労とかいうより、恐らくこういうどこかかしかの部分に
異常が出るんでは?と4名は心配しているのであった。

全10区間ある内の3〜8区間の計6区間は試歩(?)を終えた。
一番難関の第3、4区間の歩行時間等を鑑みるに、3〜4.5キロ/時間位の
スピードであろうか?(坂道を登る時で2.5キロ/時位か?)
当日のシミュレーションに余念が無い矢ケ崎氏の工程表を
(途中休憩時間を勘案し)勝手に借用し時速3.5キロで試算した。
以下が当日の予定表である。(矢ケ崎さん、勝手に借用しました。すんません)

(マクル・ホース・トレール)
Stage Route Km Hr 難易度 start 時 finish
1 北潭桶 Pak Tam Chung 浪茄 Long Ke 10.6 3.0 + 14:00 17:00
2 浪茄 Long Ke 北潭凹 Pak Tam Au 13.5 3.9 ++ 17:00 21:00
3 北潭凹 Pak Tam Au 企嶺下 Kei Ling Ha 10.2 2.9 +++ 21:00 0:00
4 企嶺下 Kei Ling Ha 大老山 Tate's Cairn 12.7 3.6 +++ 0:00 3:40
5 大老山 Tate's Cairn 大埔公路 Tai Po Road 10.6 3.0 ++ 3:40 6:40
6 大埔公路 Tai Po Road 城門 Shing Mun 4.6 1.3 + 6:40 8:00
7 城門 Shing Mun 鉛鑛公路 Lead Mine Pass 6.2 1.8 ++ 8:00 9:50
8 鉛鑛公路 Lead Mine Pass ?錦公路 Route Twisk 9.7 2.8 ++ 9:50 13:50
9 ?錦公路 Route Twisk 田夫仔 Tin Fu Tsai 6.3 1.8 + 13:50 15:40
10 田夫仔 Tin Fu Tsai 屯門 Tuen Mun 15.6 4.5 + 15:40 20:00
28.6
ブルーの部分は夜間

因みに当日はTrail WalkerのHome Pageで、現在我がTeam(Team NBR : 913がどのCheck Pintを
通過したかLiveで確認できる。皆さん、陰ながら我がチームの進行状況をCheckして見てください。

さて異常なく順調に行けば土曜日の20時迄にゴールである。
打ち上げでビールを飲みに行くことが出来そうだ。(果たして体がアルコールを
受け付けるかが疑問ではあるが・・・。)

一つの肝となるのは夜間行程であろう。その点もぬかりは無い。
我々トレーラーズは昨晩10月26日、バスケットの練習を終えた後、夜間練習をきちんと
実習済みである。20時半MTR彩虹駅に集合した我々は、(因みにこの夜間練習には
物好きな(失礼)事に、当日のサポーター隊長、佐野氏と、この夏大卒ピカピカのタカも参加。)
当日夜歩くことになる第3区間に向かったのである。

10月、秋の気配も深まりつつある香港の夜道。天気も良く月明かりの元、歩く夜道も又
乙なもの、と思っていたがそれは甘かった。
先ず月が出ていない。星は綺麗に見えたが(考えて見たら香港でこんなに綺麗な星空を
見たのは過去6年間で初めてだったかもしれない。)夜道は真っ暗である。
本日、Price Liteで購入した懐中電灯。矢ケ崎、島川両氏が10ドルショップで購入していた、というのを
聞いていただけに同店(Price Lite)でHK$8.9.-特価!とあるのを見つけたときには思わずガッツ!
であったのだが、単1電池2本なので重い。
しかぁも!1時間もしないうちに電源の接触不良らしく、明かりが消えやがった。
懐中電灯の明かり無し、本当に何も見えません。これ6人一緒だったから良かったけど
1人でテクテク歩いてたら、身動き出来ませんぜ。安物買いの銭失い、という言葉が
頭の中をぐるぐる回りましたよ。
しかぁし!10ドルショップの懐中電灯も50歩100歩、否、彼らの電灯は単3電池の為か、
2時間程灯した後、先ず矢ケ崎氏の電灯が消え、佐野さんの電灯が消え、丹羽さんの
電灯が風前の灯。結局第3区間10キロ程を歩き終わる頃迄、光を保ったのは
島川号、タカ号の二本のみだけであった。
(教訓)予備の電池と電灯、準備しておくべし。

夜の山道は寒かった。歩いている間は良いのだが、階段で疲れて立ち止まると
途端に汗が冷え込んでしまう。風が冷たいのである。ああ、もう秋だ。
これは長袖シャツにウインドブレーカーも必要である。
下はタイツも必要だ。因みに筆者は先日東京出張していた島川氏に進められて
ワコールのスポーツ用タイツを購入、持参帰国してもらった。
ワコールのタイツといっても花柄やフリルは付いていない。
その代わり、キネシオテープみたいなんが、筋繊維の方向に沿って織り込まれており
島川氏曰く、「何か足が勝手に前に進むみたいな感じ。」なんだそうである。
因みに筆者は当該タイツを昨晩含めて2度履いて歩いて見たが、足が勝手に前に
進むという事はやはり無かった。有ったら怖いですわ。
タイツの話を引っ張ってしつこいが、色は赤、白、黒である。
前々回の練習時に始めて履き、自宅から彩虹迄MTRで向かった。
MTRの中で、筆者は衆目の痛い視線を感じながら30分という時を過ごした。
その格好は例えるならばウルトラマン・ショーの出番を終えて、休憩時間に
着ぐるみの上のみを脱いで煙草を一服している所を、ファンの小学生に見られてしまった
気まずさ、とでも言おうか。
街の風景に溶け込む様なものでは無いことだけは確かだった・・・。

それでも昨晩の夜間演習を終え、腹減ったから一杯だけビールを飲みにいこう(何と夜1時)
と西貢に行く際、着替えるのが面倒くさいので又もやそのままの格好で行きましたよ。
やはり西貢でも若者の視線を痛い程、お尻に感じたがその視線は
「あの人、危ない・・・・・・・・。」と言ったそれであった。
俺、広東語良く判らないけど、彼らの目で大体何言われてるか判るよ・・・・・。

ところで、話はがらっと変わる。本番までもう寄稿する時間無いかも知れないので
話の種は全部出し切っておく。
当日着用するユニフォームも遅ればせながら発注した。
これは某社 揖場社長がスポンサーとして社名をプリントするという条件にて
ユニフォーム代をご負担頂くというご好意に甘えさせて頂いたものだ。
発注先は何故かSuper X。しかもデイパック等背負うからランニングは好ましくないね、と
いう事でバスケットのシャツ。当初、トレールを終えたら某社の社名が入った方を
裏にして着れるように、とリバーシブルのシャツを作ろうとしたが、生憎
Super X社のオーダー・ユニフォームはリバーシブル不可。使えない。

出張中の島川氏を覗き、他3名で選んだ。
男の情熱を表したパッション・レッドに大きく(          )の社名が!
当日900超ものチームが参加するトレール大会の中でも一際目立つことは
間違いなくその広告効果や抜群!揖場社長は非常に効果の有る宣伝投資を
したと言えよう。
更に!揖場社長の了解も得ぬままサポーター・チーム用のユニフォーム迄発注した。
色・デザインは供に同じとし、背中のロゴがJ's supportersと冠されている。
これ又、サポーター達が集合して待機するチェックポイントでは目立つこと間違いなく
又もや宣伝効果抜群! 周りの香港人より「Hey, イカシてるね。どこに行けばそんなに
格好よいシャツが手に入るんだい?」と頻繁に尋ねられる事だろう。
その時は皆、こう答えてくれ。
「揖場社長に電話掛けて、機械1台買ってくれ。ノベルティで貰えるよ。」

揖場さん、これで今年は最高売上高更新ですね。
チームへの支援、有難うございます。



9月28日練習手記 by Yagasaki


おとといの日曜日は、太古発午前9時で
スタンレービーチを目指すおなじみのコースを
練習しました。(距離10キロ)

前回のマクルホース本番コースの最難関セクションを
経験したあと、難度では高いと思われるスタンレーコースで
アップダウンに慣れることを課題とした次第です。

当日参加者は丹羽さんと私プラスミーシャ、ごまき、須山さんでした。
確か最高気温は32度、湿度67%、晴天は、暑いけどまあ我慢すればOKという
天候でした。

丹羽さんは例の950段の登り階段を、体調不良のミーシャのレスキューをかねて
約2往復、私は前回5月の熱中症のリベンジを心に誓い、ノンストップでクリアを
果たしました。

須山さんは絶好調。バレー部女性と飲んだ後、心が軽いらしいです。

ごまきチャンは後半の陽明山荘出発直後に足がつってしまい、
残念ながらリタイアでした。が、さすがに4回100キロ走破だけあり、マイペース、
足取り安定、とまりそうでとまらない粘り強さなど拝見させていただきました。

ミーシャは2週間の旅行明け、前日の久々バスケ明け、マーシャ不在による栄養失
調と心のさみしさという四重苦を克服できず、いつもの半分のスピードで悶絶してました。

途中かなり休みながら、約10キロの行程を9時発14時着の5時間ペースでし
た。時速2キロ強は本番の各チェックポイントの登録デッドラインと同様です。


「そして、4人は再び歩く。。。。」 by Shimakawa


HP新コーナー「100kmトレイルへの道」の立上げにより、J’sの皆様も我々4人が無謀
な挑戦を企てていることについては、先刻ご承知ですね?SARS騒動中に突如として
トレイル参加の機運が盛上がり、調子に乗って数回の合同練習まで行ったのでした。
が、しかし!

ある者は足首の剥離骨折!
ある者は手首の亀裂骨折!
ある者はハムストリングスにくばなれ!
ある者は再度の肩関節骨折(息子の肩だけど)!

アマチュアリーグ期間中の幾多の試練を乗り越えて、4人はトレイルウォーカーのス
タートライン目指して再び歩き始めます(ハムストリングス故障者はトレーニング
再開初日、不参加だったけど)。社会的地位も名声も富も得た平均年齢35歳のオト
コ達は、一体何の為に歩くのか!?年寄りの冷や水、勝手にしろ!との向きもあろ
うかと思いますが、まま、そう言わないでね。
勝手ながら4人のメンバー紹介です。筆者の独断と偏見ですんで、あしからず。


先鋒 丹羽 剛之 にわ たかゆき
家族第一主義。J’sナンバーワン強気オトコ。J’sには他にも多々強気人間がいるの
で、筆者のようにいつもニコニコお人よしなお坊ちゃまには、少々厳しいこともあ
るんですけど。体のカタいのが自慢で、本人曰く「体がカタいと、シュートの時ブ
レようがない」んだそうです。にわかに信じがたいのですが、シューティングマ
シーンともなると、そんなもんなんでしょうか?不明です。因みに血液型はやっぱ
り!?AB型。ちなみに中学時代、東京で氏は「双子のシューティングマシーンズ」
の一人として有名でした。

なぜトレイルに?  痩せられるし、ビールが旨い
トレイル公約は?  28時間以内化完歩
好きなプレイヤーは?   マイケル-ジョーダン   (ex‐Wizards)レジ―‐ミラー(Pacers)
座右の銘は?  始めることに遅きはなし

どうやらトレイル本番後、ホンキでおいしくビールを頂くつもりでいる模様。
さすが強気オトコです。私は自分が家にたどり着けるかを、心配してるってのに。
なお、先日、筆者は氏の息子達とランタオのビーチへ行ったのですが、いつもすぐに
「おちっこ。」と言うあ○きがその日に限って全然モヨオさない為、極めて不信に
思った筆者が、確認したところ、筆者が海中で彼を肩車中に気持ちよく放出された
そうです。オレ様の肩でオコナうなんて、息子も強気です。

次鋒 島川 真也 しまかわ しんや
B型ステロタイプ人間。最近感ずるところがあってZINC(亜鉛です。恥ずかしなが
ら。クスリにたよんなよ。)を飲んでたんですが、アメリカでこの程、亜鉛のとりすぎは
発ガン確率を高めるとの報道があり、ビビっています。

なぜトレイルに?  負けず嫌いだからでしょうね。。
トレイル公約は?  ホントは土曜日にゴールして、そのままJ’sの練習へ行きたいんだけど。
好きなプレイヤーは?  アイザイア-トーマス (ex-Pistons)
座右の銘は?    何も足さない。何も引かない。

座右の銘とか言うと、なんだかこう、構えちゃいますね。構えたわりにはたいした
言葉が浮かばないですけど。最初、「行く川の流れは絶えずして、しかももとの水
にあらず。」とか書いてみたんですが、自分でも意味わからなかったんで、やめま
した。30過ぎたらピリッとした言葉を懐に忍ばせておき、ここぞと言うときにガツ
ンと披露して、人徳ってヤツを見せ付けたいもんですよね、イシムラさん。

副将 石村 学 いしむら まなぶ
ミスターメキシコ音頭。熱血商社マン。副業はコラムニストとデイトレーディング
なのですが、あんまり儲かりません。ひょっとするとイバ社長のマークシックスの
ほうが稼ぎがいいかも。筆者は、J’s加入以来、ユニークなヒトだなあと思っていま
したが、案の定、血液型はAB型。因みにバスケでの得意技は、「自分でシュートし
て自分でリバウンド、名づけて<アシストキラー with イシムラリバウンド倍増
計画!>」です。長くてすんません。でも!!筆者は、某ゲームで、イシムラさん
が一試合26リバウンドを記録したのを見ました!!私も長年バスケやってますが、
あんなスゴイの初めてです。。。

なぜトレイルに?  気が付いたら引っ込みがつかなくなっていた
トレイル公約は?   土曜日中に完走(スタートは金曜14時です)なぜなら、日曜
             の日本人チャリティバザー中に、子守をせにゃならんので
好きなプレイヤーは?  ダーク-ノウィツキ (Mavs)
座右の銘は?       立たぬなら、立たせてみよう、ホッチキス

相変らず、おやぢギャグが、冴え渡っています。ただし、のぶや、たかには意味わ
からんでせう。
でも、筆者は知っています、練習後、試合後のご飯の選択に、参加者の予算や好
み、ロケーションを考慮、イシムラさんは毎週ココロを砕いているのですよ。さう
でなければ毎週メキシコ音頭、でしょう?

大将 矢ケ崎 成人 やがさき なるひと
永遠の青年。若大将。肩にセーター、石田純一スタイルの最も似合うオトコ。因み
に省吾がやると首にナニかが巻きついていて苦しそうなヒトに見えちゃいます。ト
レイルチームのリーダーにして頭脳!A型特有の緻密さでプロジェクトを進めるので
すが、合同練習にて道を間違え、皆を遭難させてしまいそうになったこともありま
したね。。。

なぜトレイルに?  酔っ払って気づいたら手を挙げてしまっていた
トレイル公約は?  やるからには何があっても完走
好きなプレイヤーは?  はる(J’s)
座右の銘は?  おごるな、あせるな、いばるな、くさるな、あきらめるな、負け
           るな、考えよ、努力せよ、理解せよ、胸をはれ、、、

こう言っては何ですが、座右の銘が長すぎだと思います。さすがA型です。口うるさ
い爺様にならないことを皆で祈りましょう。でも、筆者は、この春、リーダーが香
港トレイル単独行50kmを成功させたことを知っています。単独ですよ!?皆さん。
さうです。ヤガさんは、有言実行のヒトなのです。そしてトレイル本番は、足首に
ボルトを埋め込んだまま、歩きます!


こんな我々ですが、応援する気になっていただけましたか?皆様、よろしゅうたの
んます。
                                  (by 島川隊員)



*ここで紙面をお借りして、読者の皆さんにお願い申し上げます。
    今回、我々4人が100キロ・トレールを完遂する為にはSupporterの方のご支援を賜らねばなりません。
    (私は途中で脱落するかも知れませんが・・。)
    Supporterの方にご支援頂きたい事は、これから色々調べた上で相談させて頂き度いのですが

    例えば、1) 途中幾つかの(恐らく2か3箇所をお願いしたく思っています。)チェック・ポイントで待ちうけ、
            飲料水、食料品を渡して頂く。
         2) 苦悶の表情をした我々と記念撮影。
         3) スタート地点に脱ぎ置く衣服、身の回り品を撤収頂く。
         4) 100キロ歩き終えて、ぼろぼろのチーム・メンバーを優しく労わってくれる。
    等が挙げられると思います。 

    スタート時刻は11月7日(金)14時 但し、平日のこの時間に会社休んでまで
    サポートして頂き度いということでは有りません。
    (と、言うことは我々はその日会社を欠勤して出発するという事ですね。)
    目標所要時間は時速4キロで歩けたとして25時間。単純に計算するとゴールは翌8日(土)の午後3時。
    現実的なところで夜8〜9時頃でしょうか?
    今後、実際のコースを試歩して各区間の到着予定時刻等を推測。待機頂き度いCheck pointと
    時間帯を予め相談できるとは思います。(金曜日の夜から土曜日に掛けてでしょうか?)

    斯様なSupporter teamにご参加頂ける方、ご連絡をお待ちしております。
    宜しくご支援お願い致します。

(Vol.3)
一回こっきりの練習で挫折しては、日本男児の沽券に関わる、という事で2回目の練習にも
参加した。元気有り余る矢ケ崎、丹羽、島川の3名は日曜の朝8時に太古駅に集合し、
そこから皆の集合場所である又もやの陽明山荘に10時半に集まると云う。
一体何が貴方隊を其処まで駆り立てるのか? お父さんは聞きたいよ。
端から頭数合わせ補欠要員と思っていた筆者は当然の様に陽明山荘集合である。
噂では省吾が太古から一緒に歩いてくるとか、本当だろうか?
だとすれば体重90キロのお父さん、弱音を吐くわけには行かない。
待つ事10分、先頭に来たのは元KGB職員のミーシャ。流石、軍隊出身者は違う。
(あ、そういえばコーンもシンガポールで懲役済ませてきたんだっけ。)
続々と汗だくの男供が到着する。案の定、省吾の姿は無かった。
良かった、プレッシャー感じずに済んで。

さて、本日のコースも、同じく階段コースである。前回の経験を踏まえて飲料水はたっぷり
持ってきた。しかも自分は途中合流組、皆の後塵を拝してとことこ歩いてはいくまい、
さっそうと歩き始めるのであった。
しかし・・・・・やはりあの階段は2回目と言えど、厳しかった。横を若い女性が肌も露な格好で
追い抜いていく。兎に角、先が見えない。自分が何合目を歩いているのか判らない。
数度の休憩を経て、漸く辿り着いたてっぺん。後ほどやって来る面々を待っていると、
驚くべきことに小さい子供迄上がってくる。恐るべし、香港の家族。
欧米人のカップル・家族も多い。ハイキングって結構人気有るんですな。何で好き好んで
こんなしんどい思いするんだろうか?(昔、同じ陸上部の長距離選手に同様の質問したら、
「好きだからしよんじゃ、ほっとけ!」と言われた。さいでっか・・・。)

最終到着者が来るのを見届け、再度歩き始める。ほぼ頂上から見渡すスタンレー方面の
景色は中々のもの。香港にもこういう所があるんですな。
後はほぼ下りの為、快調である。途中より三上氏も合流。彼は別のコースを出発し、
独自のトレーニングを行っていたらしい。むむ、年配に成るほど気合が入っている様な気がする
のは気のせいか?或いは歳が離れた若くて美人のかみさんが日本に帰っちゃって
体力を持て余しているのか?

展望台で先発隊が待っていてくれたので、これで全員集合。海辺が綺麗に見渡せる。
景色はJ's Galleryご参照。

さて、当日のスタンレーでは折りしもドラゴンボートの大会が開催されていた。
道理で人が多いと思った。海沿いのパブでランチを取る。ビールを頂く。
J's食べ歩きのBack numberを調べたところ、Sea Trustというお店でHK$70.-の
Lunchを取ったと書いてある。そういやベルギーかどっかのビールを飲んだ記憶があるなぁ。

そんなこんなで三度程、合同練習を行ったような気がする。
やがてアマチュアリーグが始まり、土曜の晩試合を行い、その後遅くまで酒を飲むという
パターンが行けなかったのか、合同練習は行われなくなった。やる気満々の3人は
その後も自主練習を続けていたのは言うまでも無い。

さて、100キロ・トレールの応募申し込みが始まった。
知らなかったのだが、このトレール参加申し込みは結構な競争率であり、実は抽選で
当たらないと参加も出来ないらしい。ここに大きなハードルが有ったのである。
そこで矢ケ崎主将の作戦はこうだ。先ずメンバー4人(補欠筆頭候補の筆者が一応4人目の
メンバーとなる)の名前で各々申し込む。つまり合計4チーム分申し込む。
名付けて「下手な鉄砲数打ちゃ当たるだろう」作戦。
やる気満々の矢ケ崎主将が全て代筆し、16人分のID番号を集め申し込み金と供に
手続きを行ってくれた。後は、天命を待つだけである。
因みに抽選発表日は6月23日(月)。くしくも筆者の誕生日であった。(関係無いけど)

申し込み終了後筆者はそれなりに忙しい日を過ごしていた。
先ずノヴィツキーを意識して髪にはパーマを当て、実家に帰っていた妻と子供達を迎えに
帰国し、アマチュア・リーグは順調に勝ち星を重ねる一方、ミーシャの会社の同僚達と
結成しているCS Hoopsは黒星が嵩みもがいている、そんな日々であったのである。(何のこっちゃ。)
そんな忙しい日々を過ごしていた朝、妻が言った。「貴方、今日は残業早く切り上げて早く帰って
来てよ。家族皆で誕生日のおご馳走を食べましょう。」「あぁ、そうだったな。判った判った。」
何か今日、他にも用事が有った様な気がするけど忘れたなぁ・・・・。
SARS解除宣言が為される前の香港は相変わらず暇。仕事も順調に片付いていく午後6:21、一通の
E-mailが届いた。差出人名Trailwalker Information。
題名見ると「Inform Trailwalker 2003 Lottery Result - Congratulation!]
はい、オメデトウござんす。当選であります。
嬉しいような、(参加が決まって)悲しい様な、複雑な気持ちで取り合えず、他の3名に
当選したことを報告する。
「今日は私の誕生日。その特別な日の運をこの為に使い果たしたのかと思うと複雑な気分であります・・・・。」

翌日、各人より喜びのメッセージが届く。他の3氏はWaiting Listにも載らなかったとの事。
皆、筆者が当選するのを予測していたかの様で、本当は俺の分しか申し込んでなかったんじゃ
無かろうか?とちょいと疑う。何れにせよ、やる気満々の3氏の期待に応えられたことは喜ばしい。
これで私は十分責任を果たした。後は若い力にこのポストを禅譲するのみ。

と・こ・ろ・が、私は知らなかったのである、この場に及んでまでも。自分の置かれている状況が。
(実はそれを知ったのは、ほんの2週間前。8月最終週。)
申し込むに当たって私は代表者。チームのうち3人を入れ替えても良いけれど、基本的に代表者は変更不可。
どうしても代表者が都合悪くなる場合有るとしても、4人総入れ替えは駄目。
となると、私は筆頭補欠要員どころか、
チーム参加の為の必須要員であったのである!
嗚呼、神よ。(わたしゃ無宗教だけど。)己の悪運の強さを呪います。何故にもっと他の方面に
この運を使わせてくれなかったのですか?例えば、今含み損○百万円抱えて塩漬けになっているあの会社
あの会社あの会社と・・・・・・(延々)の会社に李嘉誠が食指を働かせて買収、途端に株価が暴騰、
含み損一転して含み益○千万円、とか。
矢ケ崎氏、にべなく一言「申し込む前から言ってたじゃん。」
は、さいですか。聞いてませんでした・・・。今頃、騒いでいる私が馬鹿ですね。
(Vol.4に続く・・・。)


(Vol.2)

3月の終わりで有ったろうか。その話は降って沸いた様に出てきた。そもそもの発端は知らない。
唯、湾仔の蜀家菜でJ’sの面々と四川料理を摘んでいる時、筆者はその話を初めて耳にしたのである。
曰く、輝かしき30代(でもその実、来年は大台)、永遠の青年矢ケ崎氏。
毎日、太古を走ってますよぉ。マラソンでもやりまっせ、の丹羽氏。
美しき6分割の腹筋、コートを縦横無尽に走る俊足島川氏。
この3人が11月に開催される香港の大イベント、100キロトレールに参加するというのだ。
しかし、チームの構成人数は4人。あと1人を手当てせねばならない。
心ある若者よ!是非我こそは、という者、手を挙げよ!! ・・・・・・・・シーーーン。
若者A「いやぁ、凄いですねぇ。100キロですか。頑張って下さい。僕は出ようとも思いませんが。」
若者B「冗談じゃないっす。僕の体系見て下さい。膝がぶっ壊れますよ。」
若者C「サポーターならやりましょうか?」
筆者 「僕は出る自信有りませんが、人数が最後まで揃わない時用の補欠で登録なら良いですよ。」
丹羽 「あ、決まり。第4の男」
筆者 「えっ? 最後まで誰も揃わない時用って今言ったじゃない!」

劃して、交渉の末、第4の男候補者を少なくとも数名用意し、その中の筆頭順位に筆者は位置するが、
練習をする中で、君になら(喜んで)このポジションを譲ろう、という男が出たならば、熨斗を付けて
その枠を譲る、という合意の下、練習は始まったのである。

「では、早速第一回合同練習を行う!」やる気満々の矢ケ崎氏より集合のmailが配信される。
折りしも香港はSARS騒動の最中。筆者の家族は日本に帰国。病気を恐れて出張者は来ない。
3月末より来港者はゼロ!加えて、香港駐在員にも中国大陸出張を控えるべし、という通達が
出された日にゃ、はっきり言って仕事暇。
必然、余ったエネルギーは終末のエキササイズに向かうのであった。

初めての合同練習コース、それは陽明山荘であった。
ブルジョア世界の事をやたら知りたがる妻から良く聞かされていた陽明山荘。
某○○○銀行の勘違い駐在員婦人が、「私、下界のことは判りませんのよ。」とTVにのたまわった事からも
判るように、自分が雲上人になったかの様な錯覚を与えてしまう標高の高い所。
筆者は到着早々、その陽明山荘で催してウ○チをしてきたが、何のことは無い、普通の所である。
別に便器の中をシャンパンが流れているわけでもない。(飲んだ訳じゃないけど。)
さて、トイレでもたもたしていた為、いきなりスタートに遅れた筆者。元陸上部で大学駅伝にも3回出た身と
しては、10分程度の遅れは直ぐに取り戻すぜ、と勇んで山に入ったは良いが・・・・・・
いきなり坂、坂、階段、階段。歩き始めて5分で今の俺は10+○年前の俺ではないのだ、と痛感させられる
のであった。しかも、一度あることは二度有る。もし二度目の催し物が、拙者のデリケートなお腹ちゃんに
襲ってきたらどうなるのか?日頃、会社より危機管理意識の保持を戒められている小職としては、
駆け込む場面を想定して辺りを見渡すのだが・・・・・・・・・・無ぁいのである、そんな所。どこも丸見えなのである。

歩くこと40分・・・・ほうほうの体で漸く先発隊に追いつく。筆者には既に馬鹿話をする余力も無い。
漸く一休み、かと思いきや、筆者が追いつくのを待ってたかのように一行又、歩き始める。
お父さん、泣きたい・・・。
この後、Stanleyの向かい側のビーチ迄歩きやっと休憩、ジュースを飲んだら、もう人頑張り、タイタム迄
行くぞ、と矢ケ崎隊長の掛け声。お父さん、気軽に参加しますと言った自分の調子良さをつくづく後悔しながら
とぼとぼと付いていく。心境としては市場に引かれていくドナドナの子牛。
しかしユミ&マドカと言った女性陣も頑張りを見せている中、幾ら歳とっている、と言い訳したくとも
40歳目前の矢ケ崎隊長が先頭歩いているので、それも口に出せず、ひたすら頭の中で
「俺は馬鹿だ。俺はお調子者だ。俺は馬鹿だった。俺はお調子者だった。」というフレーズの音楽が
頭の中を延々駆け巡るのであった。

試練は未だ終わらない。入った道がどんどん細くなっていく。両脇の壁がどんどん押し迫り、
頭上の蔦(つた)も下がってくる。前行く者が跳ねた枝がピシッとおいらの売りものお顔に一撃を与える。
本当に合っているのだろうか?この道。皆の不安が絶頂に達した時を見計らい、矢ケ崎隊長が宣言した。
「道、間違えたみたい。御免。」
皆の疲れがどっと増してへたり込んだは良いが、ここで我々は一つの決断をせねばならない。
前進を続けるか、それとも来た山道を30分かけて又、元に戻るか、である。因みに左側下方向よりバスの
エンジン音が聞こえて来るが、そちら方面に進む道は有りそうに無い。

隊は前進の決断を下した。山道は益々険しくなる。今やその様相は獣道。角度20度有りそうな斜面を
ずるずる滑る泥道に踏ん張りながら辺りの木を掴んでゆっくりゆっくり降りていく。まさか本番の100キロ
トレールもこんなんじゃないだろな?だったら田舎育ちの俺だけども、辞退させて頂き度い。
今日中に我が家に帰りつくことが出来るのだろうか?と心配になりだした15分後、下のほうから
人の話し声が聞こえ出した。やった、やったよ、お母ちゃん。おいら、今日は無事門限迄に帰るからね。

結局、大きく(大〜きく)回り道をして我々はShek'o Beachに辿り着いた。
ビーチには我々の苦労など露知らず、楽しそうにいちゃついている若いカップルが溢れていた。
一行、疲れのあまり口数も少ない。
高いけど12ドルもするアイスクリームを食べる。アイスクリームを食べると当然喉が渇き、ジュースを飲む。
一同は、海の家のような店に陣取り、ビールと湯麺を啜るのであった。

所要時間4時間余り。暑い中、予定時時間大きくオーバーして終えた道程に、各人が馳せる想いや如何に?
こうして第一回の合同練習は、終わったのである。


(Vol.1)

誰が言い出したか知らないが、J's memberで100キロ・トレールに出ることになった。
どんなにシンドイか想像も付かないけれど、2日間寝ずに歩くんだ。
誰が歩くのか、と思ってたら、お父さんがどうしても出なければならなくなった。

これは30歳を超えた男達が(中年と書かない所がミソ。)己の体力も省みず、
その限界に対峙し、100キロの道のりを歩くトレールに挑戦する汗と涙のストーリーである。
号砲は11月7日(金)14時。もはや準備期間は2ヶ月しかない。

彼らの行く手の待ち受ける数々の困難。

(彼らの行く道を邪魔するハプニング)
# 言い出しっぺ選手、痛恨の骨折負傷!どうなる?今後の展開!
# 競争率の高い出場枠を獲得できるのか?出場チーム枠950組ONLY!
# トレール参加するぞ!と盛り上がり4月に始まった週末のトレーニング、4回やって敢無く尻すぼみ!
# 土曜日はバスケやって、日曜もハイキングって、あんた何時になったら家の事すんのよ!という妻の不満遂に爆発!

さて、その展開や如何に?

物語は今、始まる!
でも続きが何時寄稿されるか、知らない。
(明日もシグナル8が出てたら、多分更新されると思う。)

続く。

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