6th TOUR OF JAPAN 奈良ステージ観戦記
 
今年も前年と同じステージで第6回ツアー・オブ・ジャパン(TOJ)が2001年5月20日(日)から開催された。
今回は、来日チーム、メンバー共、ちょっと物足りない感じがしていたし、翌週からジロ観戦も控えていたので思案したが、前日の広橋峠・小南峠と組み合せて、結局行ってきた。

奈良ステージは、例年同様、大会2日めで奈良の東大寺をスタートし約18Km東に位置する布目ダムまでパレード走行後、1周10Kmのダム湖を12周する全長146.20Kmのコース。
 
今年は、初めてスタート風景を見ようと布目ダムに車を置いたまま(レースが始まったら出入りできないので)ロードでパレード走行コースを逆走する形で東大寺に向かう。
東大寺スタートが9時で布目ダムからは20km以上あるので余裕を見て7時過ぎに出る。(前日から布目ダムに車を置き車中泊していた。)

水間峠を含め3つの峠を越え奈良市に入るのだが、特に最後の峠は、下りが多いがドラフト族対策のためか、でこぼこに舗装されており乗り心地も非常に悪い。
東大寺・スタート前東大寺に着いた頃は、丁度、選手たちが集合場所である大仏殿中庭に向かう頃。

ヨーロッパの選手の中には、カメラ持参で居合わせた観光客に頼んで写してもらっている選手も。

スタート時間も近づき選手が門前に並び出す。
大阪ステージを制しグリーンのリーダージャージを着るムロズ・ニエツビエツキ選手を先頭に並ぶ。
 
9時、東大寺をスタート9時ちょうど、女性白バイ警官の先導の元、ゆくっりとしたペースでスタート。居合わせた観光客、修学旅行の生徒達と拍手で送り出す。

そのまま、選手と同じコースで布目ダムに向かおうと思ったが、結構、距離と勾配があるので一筋北側にある国道369号線の柳生経由で戻ることに。

奈良から布目ダムまでは、パレード走行と言う名前からもっと楽なコースと思っていたが、とんでもなく、是非レースのコースとして欲しい所。
迂回した国道369号線も小さなアップダウンの繰り返しで結構疲れる。

柳生で休憩を入れコースの北端に位置する旧製茶工場の辺りに着く頃は、4周回めの頃。
朝からアップダウンを50km近くも走り疲れてしまう。

その頃、レースは、ラバネロの福島選手が集団を抜け、2分ほど差をつけている。集団通過後、コースに入れてもらい、幼稚園の横からダム堰堤を目指す。
グリーンジャージ・ニエツビエツキ7周め、福島選手の逃げも吸収されムロズとオーストラリアの選手の1分半ほどの逃げに変わる。

その後に続く集団に余り変化はなく数人が遅れる程度で周回を重ねる。グリーンジャージのニエツビエツキ選手は、常にアシストの選手と共に集団前方に位置する。

しかし、ラスト1周で逃げていた選手にニュージランド、サンカンタン選手に追いつき、オーストラリアの選手の姿がなくなっている。トラブルがあったのか?
集団が1分15秒ほど遅れ追い上げる。
13時前、周回遅れで失格寸前の選手の通過、僅か15秒後にミラー(ニュージランド)が両手を上げて飛び込んできた。続いてムロズ(ムロズ)、ラルー(サンカンタン)の順で入る。
その30秒後に集団が入ってきた。

ゴール後、さっさとチームバスに引き上げる選手、放心状態の選手と様々。
今年からダム堰堤に仮設のシャワー室が設けられ中から選手のワァー、ワァー言っている声が聞こえて来る。今日は暑かったので設置の介があったのでは?
ミラー、ニエツビエツキ、デイビス表彰式でオーストラリの選手が遅れた理由が判る。
オーストラリアのデイビス選手は、山岳賞を獲得したが、落車したようでその治療のため表彰式が若干遅れる放送があったからだ。ステージ優勝のチャンスもあったのに残念のことだろう。

この日のステージ優勝は、ミラー、そして、総合とポイントは、ニエツビエツキ、山岳は、デイビスとなった。
レース前半、福島選手が逃げを決めている時に余り観戦できず残念。
後半は、ムロズの選手の逃げが決まり、後続の集団もムロズがしっかりコントロール。昨年までのエース、ワデツキは、ベルギーのドモに移ったが、ムロズ強しの感の "6th TOUR OF JAPAN 奈良ステージ" であった。
 
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