8th TOUR OF JAPAN 奈良ステージ観戦記
 
 
2003年は、SARRSの影響で中止となり2年ぶりの開催となるツアー・オブ・ジャパン(TOJ)が2004年5月22日(日)から開催された。
今年の海外トレードチームは、一昨年のディビジョン 2(TT2)より更に下がり国内の3チームよりと同格のTT 3となってしまった。当然、ビッグネームもない少し寂しいレースとなってしまった。

今回もすっかり恒例となった奈良ステージを観戦してきた。
コースは、東大寺をスタートし約18Km東に位置する布目ダムまでパレード走行後、1周10Kmのダム湖を12周する全長146.20Kmのコース。
前日に奈良県と三重県の県境にある高見峠を目指すが、生憎の雨天で頂上で引き返すはめに。その後、天理市内のホテルに泊まり、布目ダムで観戦することに。ダム堰堤下の駐車場に入るが、以前に比べ草が生い茂り余り活用されていないことがうかがえる。
天気は、快晴、微風の絶好のレース日和に。
それと冒頭でも書いたようにTT3のみチームと言うこともあり、車も非常に少なく、ほぼ手前の2列で駐車可能な状態。以前は奥まで車が列を成していたが・・・。

1周目は布目ダムの駐車場入り口辺りで観戦しようと待ち構えるが、予定時刻になっても選手や先導車が現れない。
おかしいな?と思っていると『先導車がコースミスしたんや』と話しかけてくる人が。その人の話によると定刻通り南大門とスタートしたが、左折し県道80号線に入るべきところをそのまま直進南下してしまったらしい。『選手100名近くにサポートカーも入るのでそう簡単にUターンできない』と話しを続ける先ほどの人の顔を見て気づきました。そう、フレームビルダーの長沢氏である。少し間が開いてしまったが、『長沢さんですか?』と聞いてみると、やはりそうであった。それにしてもとんだハプニングであったが、パレード区間であったのが救いか?しかし、交通規制をしていない街中を突然、現れたロードレーサの集団にドライバーの反応はどうだったのだろうか?
結局、集団は、約30分遅れの10時10分頃に布目ダムに現れた。それに続くサポートカーは昨年、フルモデルチェンジされたスバルレガシー。ボディカラーは全車、鮮やかなメタリックブルー。そして何故か全車、札幌、旭川などの北海道ナンバー。
4周目の山岳賞ポイント通過直後山岳賞のかかった4周目、山岳賞は、シマノの鈴木が取る。後方はペースが上がったせいか、集団がばらけ出す。
6周目に入ると30人くらいの先頭集団とその後方で2分以上の差がつき出す。
例年になくBS、シマノ等の日本のチームのコントロールが目につく。また、少人数での飛び出しでなく、30人くらいの集団のため勝者は、この中からに確定の感が。
7周目の山岳賞は再びシマノの鈴木が取る。
奈良ステージ優勝、別府選手10周目の山岳賞はエチュオンドのセバスティアンが取るが、鈴木も2位に。
先頭集団は20名ほどに。第2集団は2分遅れで前日の大阪ステージで優勝し総合首位を示すグリーンジャージを着た大柄なマリウスを先頭に13名に。
11周目、ニッポの広瀬が飛び出す。40秒遅れで19名が続く。
30名ほどの集団が周回遅れで降ろされる。その直後、先頭が来る気配が。
ジャンが入り、いよいよ最終回。先頭は先ほど飛び出した広瀬に加わったBSの福島晋一、愛三の別府の3名に。そして30秒遅れで16名が続く。

先頭は先ほどから飛び出した3名によるスプリントで愛三の別府が制した。ゴール直後、『ヤッター』と叫びスタッフと喜んでいたのが印象に残っている。それとは対照的に3位になったニッポの広瀬は精魂使い果たした感じでゴール後の坂をスタッフに押されていった。
奈良ステージの結果、別府がTOJ初の日本人個人総合リーダとなり、リーダの証、グリーンジャージに袖を通すことになった。

その後、総合リーダは、宇都宮の結果、BSの福島晋一に移り、東京でも僅差を守り、初の日本人優勝を生み出すことにとなった。
日本人の活躍は、当然うれしいが、同格とかじゃなくて格上の相手との戦いを観たいのが本音。

未確認情報であるが、今年で奈良ステージは最後との情報も。のびんり観戦できる良いコースであったが、来年以降、より良いコース、それも公道での開催を望む。残念な気もするが、ロードレースの普及のため多くの場所での開催し、多くの人に見てもらうことが大事だと思う。クローズされたコースではそれは叶えれることは無いと思うが、来年は、果たしてどこで・・・?。
また、前日の大阪ステージは、中止の可能性もあったとか。同時期に大阪市内で国際会議があり大阪府警の協力が困難になったのが理由だったらしいが、新日鉄堺製鉄所の構内道路の提供と舗装費を地元シマノの負担で開催になったそうである。数年前、オリンピック誘致していた都市にしては、何とも情けない話である。
 
おまけ情報:帰りしな、コース上にある桐山トンネルを出た所で左側の前・後輪を側溝に落としたホンコンチームのレガシーを発見。
ロードレースは監督の運転テクも不可欠と実感した次第でした。
 
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