退院してから
「2003年12月の試み」
リハビリ仲間であった、Iさん(私より3ヶ月ほど先にリハ終了)とスカッシュ、ラケットボール、ウォーリーボールをした。
Iさんからラケットボールの手ほどきをうけたのだが、最初はやさしかったIさんも時間が経つごと指導に熱がはいってきて、ラリーの途中に脚を使わないと取れないような緩い球を織り交ぜるようになった。Iさんは緩い球を打つと同時に
「前ぇぇぇ〜!!」
と声を張り上げ、まだ前にダッシュ事に躊躇している小心な私の様子を見るなり、
「前に出るの怖いの?」
なんて聞いてきた。当たり前じゃーん!!怖いよぉぉ!!まだリハビリが終わって1ヶ月弱だよ!!勘弁してよ〜。と心の中で思ったことを今でも覚えている。
もちろん、2人そろって仲良く青いサポーターを装着してスポーツをした。
久しぶりに運動をした喜びに浸っていた。さらに運動した後の一杯がたまらなかった。大人でよかった。
「2004年1月の試み」
12月、バドミントンの練習最中におじ様から試合に誘われていた。
試合に誘われるくらいだから、まぁまぁな動きをしてるのかなと嬉しくなってしまい、安請け合いしてしまったのだった。
実際試合をしてみると、左足を踏み込んだり、加重することに恐怖心があり体重移動がスムーズに出来ないなどの課題が残ったものの復帰戦としては満足いくものだったと思う。
「1月の試み.part2」
フィットネスクラブに入会し、体のデータを測定してもらった。
8ヶ月間筋トレをしてきたので、筋肉量にはちょっと自信があったのだ。ワクワクしながらデータが打ち出されるのを待っていると、なんと予測もしなかった結果がでたのだ!
「上半身の筋肉量”少なめ”下半身の筋肉量”標準”」
私の8ヶ月に及ぶ筋トレはなんだったのか・・・。筋トレしてやっと標準値を得られるような私はACLを切って当然である・・・。
「2月の試み」
2月中旬に大きな試合に出場してしまった。去年はこの試合を松葉杖をつきながら見にきて、<術後2ヶ月半の状態>「私はもうあんな風に出来ない。」とかなり気がめいったある意味思い出の試合だ。
個人の性格にもよるとも思うが、私は松葉杖をつく段階では試合を見ることはあまりお薦めしない。・・・というのは私は自分に発破をかけるつもりで試合を見に行ったのだが、発破をかけるどころか逆に打ちのめされて帰ってきたのだ。動けるようになってから見にいけばよかったと後悔した。
さて、今年の状態といえば去年よりは比べものにならない位いいものの、100%の仕上がりで試合に臨んでいるわけではなかった。。リハビリの先生にも
「試合の感をとり戻すくらいの気持ちで。」
と言われていたくらいだ。
試合の結果は、1回戦で高校生に敗戦、ペアと二人でバドミントンをやめたくなったのだった。
「2月の試み.part2」
2月は下旬にも試合を予定しており、ここ2ヶ月あまり週に2回のペースで練習をしていた。しかし、前回の高校生に敗戦した試合のちょっと前から肘に痛みが出るようになっていた。心なしか肘の下あたりが腫れあがっていた。
この試合の後に病院へいってみると、肘の靭帯を痛めているといわれた。また靭帯ぃぃ?私は先生に
「私は今まで腕を痛めたことないんですが、何が原因なんですか?」
と尋ねた。すると先生は
「君さ、ここ1年運動を休んでいて、上半身の筋トレしてたの??急にやっただろぉ!」
と突っ込まれた。まさにそのとおりだった。下半身に気をとられていて、上半身のことを忘れていた・・・。
また試合に負けた。そんなに甘くなかった・・・。
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