四万十川


沈下橋 (四万十大正のちょっと手前)

川沿いを自転車で走るのは景色の変化が楽しめるので好きだ。 インターネット上で、走った人の話を読んだりして、 日本最後の清流と称される四万十川 (しまんとがわ)沿いを走ってみたいと思っていた。 高知に用事があるついでに寄り道して走ることにした。

JR予土線で移動して夕方、窪川に着いた。 翌朝5:51出発。四万十川沿いを走って、土佐くろしお鉄道の中村駅まで行く予定である。 真っ暗な上、霧のため視界がとても悪い。少し北上して、川沿いの県道を走る。 川は見えないが、流れの音が聞こえる。細い県道は街灯も民家もなく真っ暗だ。 早朝は寒い。細い県道は途切れ、川を横切る大きい通りに出た。 GPS の表示と地図を見比べて、別の川沿いに来ていると判断して、 来た道を戻った(これは判断ミスなのだが)。 6:47 窪川駅前に戻って来る。もう日は昇っているが、霧が出ていて寒い。 岩本寺方面から国道381号方面に向かうとさっき引き返したところに出た。 正しいところに来ていたのに、引き返してしまったのだ。せっかく早朝に出発したのに、 1時間ほどロスしてしまった。

国道沿いを走る。薄暗く霧で視界が悪い。 ときどき、大型車が来るので、歩道に入ろうと思い左に寄るが、段差を見逃して乗り上げ、 6:59 落車。自転車から放り出される。レッグウォーマーをめくると、 両ひざを擦りむいている。 幸い自転車は無事で他に怪我はないので、気を取りなおして走り始める (救急用品は忘れてきたので、怪我はそのまま)。走っていると左手首に痛みがある。 転んだときに打ったようだ。

初めての沈下橋を見つけて行ってみる(トップと右の写真)。 沈下橋(ちんかはし)は、低い位置に架かっており、川が増水すると水に沈む橋である。 橋の幅は狭く(1.5車線程度)、水の抵抗を少なくするために欄干がない。 四万十川には、沢山の沈下橋があり、今も地域の人たちに使われている。

通勤時間帯で、途切れ途切れではあるが、自動車が多く、 かなりスピードを出しているのでストレスが大きい。 8:19 道の駅四万十大正で休憩。四万十川は蛇行しており、国道は川に沿っていない個所もあるので、 なるべく川沿いの道を走るようにする。霧が晴れて天気がよくなってくる。 9時を過ぎると自動車も減り、天気もよいので気分よく走る。 十和村の茅吹手沈下橋(今日3つめの沈下橋)を渡りに行く(右の写真)。 日が出ているのに、10時頃から雨が降り出し、40分ほど断続的に降り続いた。

11:05西土佐村に入る(左の写真は西土佐村に入ったあたりの四万十川)。西土佐村では力を入れているせいか、標識やトイレが多く、 わかりやすい。半家橋、中半家橋、長生沈下橋(右の写真)を渡る (渡ると引き返してまた国道に戻って来るのだが)。 看板によるとこれらの沈下橋は昭和30年代から50年代に作られているようだ。 11:58江川崎、中村まで37.5km の標識。ここまでの走行距離80.6km。 中村発 13:15 の南風18号に乗るつもりだったが無理だとあきらめる。朝のロスタイムが痛い。 GREEN MART でパンと牛乳を買って昼食。ばんそうこうを見つけられず、ひざの怪我はそのままである。

国道381号沿いに川の左岸を走る。とてもよい天気になってきた。 岩間沈下橋、 屋内沈下橋、勝内橋を渡る(左の写真は岩間沈下橋から見た四万十川)。 工事のための交通規制で車道は通行できる時間が制限されている。 歩道から先に進んで、勝間沈下橋に行く (14:10、右の写真)。 観光のための屋形船がいる。

中村 15:07 発の南風22号に乗らないとまずいのだが、段々時間に余裕が無くなってきた。 14:25 国道441号が川沿いから離れる分岐で、川沿いの県道340号を通って中村に向かうことにする。 標識ではあと13kmだ(国道441号を行けば12kmだが、四万十川沿いを走ることに執着したのである)。 分岐のところで一瞬県道50号に行きかけてしまう。 四万十川は随分川幅が広がっている。 時間に余裕がないので、沈下橋があっても仕方なく素通りする。

中村まであと2kmの地点で、交通規制のため自動車が止められている。 山肌を削る工事中で15:10まで通れないと言われる。 中村で列車の時間がもうすぐだと言うと、 誘導の人が、パワーショベルが動いていないタイミングで 「今だ。行け!」と通してくれた。 感謝。中村市街に入るが、駅の位置がわからない。人に駅はどちらかと尋ねてそちらの方向に行くが、 なかなか辿り着かない。そのうち、あと 0.9km の標識がある。ちょっと間に合いそうにない。 15:02中村駅前に到着。窪川から中村までの走行距離124km(走行時間6:19、うちロス走行8km)。

折り畳み自転車の利点を生かして、2分程で袋詰め完了(ハンドルを抜いていないので、袋からハンドルがはみ出しているが)。 高知までの乗車券を販売機で買っていると、ホームに列車が入ってくる。 急いで改札を通ろうとすると、声をかけられ、驚いて見ると、 O 君だ。中村駅で研修しているとのことだが、彼は鉄道の仕事に就いている訳ではないので、驚くべき偶然だ。 四万十川沿いを走りながら、高知出身の知人たちのことを思い起こしていたのだが、 彼は中でも印象的な1人である。 列車に乗り込み、発車までの短い時間、ホームに立つ O 君と話す(右写真)。

車内で傷を改めて見ると、右ひざはもうかさぶたが張っており大丈夫だが、 左ひざは深くて出血しており痛々しい。 結局治療をするチャンスを逃したが、放っておいても大丈夫だろう。 16:12須崎で降りて、海岸沿いを30kmほど走って目的地に向かうことにする。 車内で特急券を買って、約1時間の休憩だ。

須崎駅で準備をして 16:24 出発。この日の日没は 17:06 である。 4km ほど走って、県道 23 号に入ると、目的地まで43km の標識がある。 思ったより距離が長いので、 日没後の走行時間が長くなりそうだ。日没の頃、中の浦のトンネルに向かう登りで、 自転車を押して歩いている女子中学生が2人いる。1人が私を見つけて、2人で何か話している。 抜くときに、1人から「さようなら」と声をかけられて驚く。トンネルは歩道がない。 こんなトンネルが通学路とはなかなか大変だ。トンネルを過ぎてゆるやかに下り、 分岐で右へ行こうとしていると、さっきの中学生の1人が結構スピードを出して私を抜き去り、 左側の道に入ったところで、息を切らしてもう1人を待つために止まっている。 どうやら私を抜くことに情熱を燃やしていたようだ。

日没から30分ほど過ぎると、 自動車がいないと道は真っ暗なので、道の真ん中寄りを走り、 自動車が来たときはそのライトの明かりを頼りに走る。勿論、自転車にライトをつけているが、 あまりに心細い明かりである。18:07 ヤマザキデイリーでパンとトマトジュースを補給して休憩。 ここまでで 157km、あと 10km ほどだろう。 18:34 目的地である桂浜の宿に到着した。須崎から桂浜までの走行距離 42km、 1日の総走行距離 166km、走行時間 8:06。

翌朝、海岸を散歩した(下写真)。

桂浜 坂本竜馬像

岩がごろごろしていた窪川の近くから、河口の中村付近の広く雄大な流れまで、 四万十川を見ることができ、沈下橋も沢山渡って満足である。 よく景色を知っている川と比べると、異様に蛇行していること、 人の手があまり入っておらず、 自然の姿を残しているところが印象的である。 自爆ではあるが、落車は後で恐しくなった。もっと深刻な怪我、 マシントラブルを招いても不思議ではなく、 走り続けることができたのはラッキーだった。 距離の見積もりは2割ほど狂っており、 思いの他長距離を走ってしまった。四万十川はいつかまた訪れたいと思う。

(2001年11月
戻る