半世紀も前の少年時代に西鉄ライオンズに出会えた事は、私にとって非常に幸運でした。FDHの来福によって、九州の地に再びプロ野球チームが復活した事により、私が少年時代をすごした福博の町の雰囲気がよみがえった気がします。史上最強の軍団との称号はV9巨人にも譲れませんが、FDHをそう信じる人たちがどんどん増えてくる事を望んでいます。西鉄,南海とパ・リーグの人気を二分した両チームをはじめ、大阪近鉄以外、元チーム名やフランチャイズを維持しているチームが無いパ.リーグにあって、その時々に自分達のチームとして応援した全国のパシフィックリーグのファンに対し尊敬と感謝の意を表します。

西鉄ライオンズの思い出

  1953年(昭和28)始まりは銭湯だった


  私に西鉄ライオンズの存在を教えてくれたのは、転居して間もなく銭湯(現リバレーン近く)で時々会う年下の少年だった。「西鉄の選手で誰が好いとうと?」と聞かれ「大下」と答えた。他の選手は誰も知らなかった。平和台にも行った事が無かった。小生11才の頃。話題について行くために、ラジオや新聞で猛勉強。(テレビ放送は無い時代)ルールさえ良く知らない新参者に皆親切に教えてくれた。ありがとう生粋の博多っ子達。
 この年南海ホークス優勝。西鉄4位。豊田泰光(新人王)河村英文デビュー。

  1954年(昭和29)初めての平和台*初めてのナイター


今でも覚えているのは父と行った夏のナイターです。たぶんこの時が始めての平和台だった気がします。満員電車に揺られ「上の橋」の電停で降りると、すごい人波にまず驚き、お堀にかかる坂道を登って行くと、先発メンバーのアナウンスが聞こえてくる。走り出したいのをこらえて、球場正面から左に行き夕日が残る球場内に入ると超満員だった。目の前に南海ホークスのユニフォームがありました。私のプロ野球観戦はビジター側から始まりました.この年ナイター設備が出来て、Wヘッダー(一日2試合)の時など、途中で点灯されると、場内が歓声でどよめきました。試合内容や結果は忘れましたが、目の前に中西、豊田の三遊間を見て大満足。天才と呼ばれた大スター大下のプレーも真剣に見入った気がします。 当時は常勝南海ホークスに立ち向かう西鉄ですから、南海の強さも印象に残りました。この年新人王になる宅和投手(門司出身)の豪速球は打てなかった気がします
   *リーグ初優勝そして日本シリーズ

南海とのデッドヒートの末、厘差で初優勝。始めてペナントレースを1年間追いかけて、好きなチームが優勝してくれたと言う事に、何か幸運と同時に誇りを感じていたと思います。中日との日本選手権はラジオと新聞ながらかなり覚えています。杉下投手の魔球(フォークボール)対西鉄の強力打線の勝負と言われたシリーズでした。ターン・タ・タンタタンタで始まるNHKのオープニングテーマの後、場内のざわめきがあって、おもむろに「雲一つない秋空・・・」風で始まる志村正順アナの渋い声の実況放送にかじりつきました。試合に先立つラジオ対談で大下選手のあだ名が「ポンちゃん」と言う事を知りました。結果は4勝3敗で負けましたが、杉下と互角に投げ合った河村投手の好投や、始めて見るフォークボールに必死で立ち向かった選手達に感動しました。当時を良く知る専門家に聞きましたが、杉下のフォークの切れ味は、後のフォークの名手、村山(阪神)、村田(ロッテ)をしのぐ威力があったそうです。  この年、セカンド仰木彬(東筑高)デビュー
  *1999年 名古屋ドーム始球式
西鉄対中日の日本選手権から45年、奇しくもFDHとして初優勝の年、福岡対名古屋の対決の再現となった。始球式のマウンドには杉下茂、右バッターボックスにはあの中西太が立った。それも久しぶりに見る懐かしのユニフォームを着て・・。現役時代を彷彿させる鋭いスイングを見た時、思わずテレビに向かって拍手を送っていました。南海ホークスからのファンにとっては複雑な思いもあったかもしれませんが、空白の10年を経て10年間、熱く応援してきた地元福岡のオールドファンにとって、忘れられない素晴らしい始球式だったと思います。
  1955年(昭和30年)南海ホークス優勝 西鉄2位
洗練された隙を見せないプレー、わずかの隙を突いてくる熟練度の点で、この年はまだ南海に一日の長があった気がします。試合運び、特に継投のうまさと攻撃のしぶとさ、多彩さと言う点で、記憶に強く残っています。もちろん自分で理解できるほどの知識はありませんでしたが、日々の西日本新聞の記事や解説、後に有名になる三原、山本(鶴岡)談話等のおかげで、かなり理解出来ていたと思います。まだテレビはありませんし、ラジオもNHKだけで、解説者もいなかったと思います。百万ドルの内野陣と言われた選手の内、蔭山,木塚は、はっきり覚えて無いのですが、飯田、岡本のシャープな打撃とうまい守備、走塁は印象に残っています。記録を見ると、打撃10傑の4位に飯田徳治、最多勝10傑に中村大成のみという個人成績で、西鉄を13勝7敗2分で下し、勝率7割の驚異的な勝率で優勝しています。その強い南海を日本シリーズでねじ伏せた、別所、大友、川上、与那嶺等を擁する常勝巨人軍を、はっきり強敵として認識した年でもあったと思います。 この年、中西太首位打者、本塁打王の2冠、打点王は1点差届かず山内(毎日)。 西鉄の新入団選手は和田博美(臼杵高),田中久寿男(佐賀工)、玉造陽二(水戸一高)
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