今回は約30年ほど前の話です。
「湯口事件」を知っている方はほとんどいないと思います。
事件をごくごく簡単にまとめると
1970年ドラフト1位入団の湯口投手は、
その期待の重さからノイローゼのようになり入院。
表向きには風邪をこじらせたとし真実を隠す読売。
一度偽装的に退院させて、キャンプに合流させ報道陣の目をごまかしたが、
精神状態が不安定で、奇行などによりわずか1日で強制的に帰された。
湯口は宮崎から東京に降り立つと、羽田空港で突然奇声を上げて暴れだし、そのまま再入院。
巨人が報道陣に対して箝口令を敷く中、
わずかその1カ月後に精神病院で怪死した。
読売巨人軍の歴史で、唯一わかっている“死者が出た事件”ではないかと思います。
プロ野球史上で、現役選手がこのような死を遂げた事件は他に聞いたことがありません。
この事件すらも、実はヘタをすると闇に葬られていたかもしれないのです。
--------------------
●2000/01/21
事実から目をそむけて史実をねじ曲げる。
まさに、湯口事件がそうです。
私は讀賣の歴史のなかでこれが一番許せません。
●2000/01/08
私がアンチになった理由はドラフト1位投手湯口投手を死に至らしめた事。
(ノイローゼ自殺説あり)
勝利の名のもとにたくさんの若者の犠牲の上V9が達成された。
特に中尾2軍監督(当時)の責任は重大である。
葬儀に参列したのは讀賣から、わずか数人のみ、この事はひた隠しにされて
2軍選手の同僚も葬儀には参列させてもらえなかった。
1軍監督の川上も人が亡くなっているのにえらく冷たいコメント。自分の立場
やV9野球を否定してしまう事になるからであろう。
その他にも江川事件、桑田密約、田淵横取り計画、
巨人偏向報道、ナベツネ、大金補強、王監督解任、などいろいろありますが、
一番の問題はそういう球団を応援している巨人ファンがいる事だと思います。
巨人ファンにはプロ野球全体を視野に入れたものの見方をしてほしい。
「巨人軍は紳士であれ」「巨人軍は常勝でなければならない」
などという言葉が犠牲者を生み出し、
プロ野球の発展を阻害しているのは間違いのない事実です。
●2000/01/08
湯口事件では、監督はおろか直接指導していた二軍監督まで
お通夜、お葬式に行かなかった事と、それを隠そうとした事に腹が立ちました。
恐らく大部分の(昔からの人を除き)巨人ファンがこのことを知らないでしょう。
(僕も本を読んで知ったのですが)
---------------
私も本で知りました。それも去年の秋です。
スポーツライターである織田淳太郎さんが書いた
「巨人軍に葬られた男」(新潮OH!文庫・600円)という本ですが
巨大暗躍組織を相手に、よく調べ上げています。真実を追究する執念の一冊です。
湯口選手が入団した1970年とは巨人にとってどういう年だったのか。
1965年からはじまったドラフト制度。
過去の巨人のドラフトを見てみます。
1965年 堀内恒夫
1966年 江夏の獲得に失敗。阪神がくじで引き当てた。 失敗ドラフト。
1967年 高田繁
1968年 星野を裏切り島野を獲得。結果的に大失敗。田淵も獲得できず。
1969年 小坂敏彦 結果的に失敗。
堀内、高田のV9戦士以外は失敗しています。
湯口獲得の前年・1969年、巨人はあの金田が引退。左腕の400勝投手です。
この「左投手」の穴がかなり大きいのは明瞭で、即戦力の左腕がどうしても必要でした。
金田引退を考慮した前年に、
静岡商業の新浦寿夫選手を「高校を中退させてドラフト外で獲得」しましたが
即戦力にはなりませんでした。 ★注1
金田引退の1969年は、
大学22勝の左腕・小坂敏彦投手をドラフト1位で獲得。
しかし、これも即戦力にはならなかったのです。
このころ湯口投手が注目を浴びる活躍をします。
湯口投手は岐阜短大付属高で、1970年には春夏連続甲子園出場を果たし、
優勝は逃したものの、春夏7試合で61の三振を奪い、その力を見せつけます。
高校通算28勝4敗、ノーヒットノーラン3回、うち完全試合1回、防御率1.35。
金田二世と言われ、文句なしの「即戦力」と思われていました。
この即戦力を求められたところが悲劇の始まりです。
湯口は中日ファンでしたが、
まさか巨人から1位で声がかかるとは思っていなかったらしく、
人気球団の巨人を断る理由はなく、あっさり入団します。
ここからは「巨人軍に葬られた男」の内容をもとに
まずは、死に至る経過を簡単に書きます。
実際の本は、もちろんこんなに薄っぺらではないです。(^_^;)
ちょっと言葉を失うような、凄まじい取材のもとでかかれた原作に失礼なんですが
みなさんには原作を読むことをお勧めということで…。
で、湯口ですが
1年めは制救難、練習過多と肘の故障、プロの厚い壁にぶち当たった。
つまり結局は戦力にならなかったわけです。
2年め、精神修行のような特別メニューの異様な練習まで課せられながらも
湯口投手は、必死に頑張ります。
そしてシーズンの終盤になってやっと期待通りの
完璧なピッチングができるようになります。
ここまで丸2年、湯口の精神状態はかなり追い詰められていましたが
2軍とは言え、いい投球ができたことで気持ちも楽になったところでした。
その1972年の11月23日、運命の日といってもいいでしょう。
「巨人軍ファン感謝デー」という多くの観客の前で登板の機会を得ます。
しかし、1軍相手の紅白戦で容赦のないメッタ打ちを食らいました。
客からもう勘弁してやれと言われるくらいひどかったそうです。
実は前日、首脳陣公認、無礼講の飲み会があり、
湯口は終盤の完璧な投球ができた嬉しさで、
仲間と朝まで浴びるほど飲みまくった、その直後だったのです。
マウンドを降りてベンチの中で、川上監督からとどめの一言。
「お前は、2年間もムダメシを食っていたのか!」
これで湯口は急変。視線が虚ろになり、抜け殻のようになったそうです。
打たれたショックより、神様的存在の川上に言われたショックははかり知れなかった。
この夜、同僚と朝まで彷徨い、門限10時の規則を堂々と破り、
2軍の中尾監督はこれを「ふてくされ」と解釈し、鉄拳制裁を加えた。
湯口は完全に様子がおかしくなり、6日後の11月29日うつ病で入院。
マスコミには風邪をこじらせたと言い、巨人は一切の情報を伏せました。
翌年2月19日、精神安定剤持参でキャンプに参加。
ただの風邪という、つじつまをあわせる意味もあった湯口の参加でしたが、
様子はおかしく、無反応状態。
まずいと思った首脳陣は、報道関係者を近寄せませんでした。
部屋にいる時の湯口は、物音に過剰に反応したり、急に何かに怯えたりしたといい、
そして夜は一睡もせず朝まで宿舎内をうろついたという。
なんとも哀れなのはここから先。
結局わずか1日でキャンプから外すことを伝えると
湯口は「俺に野球をやらせてくれ」と叫んだというのです。
強制的に帰された湯口は、羽田空港で突然奇声を上げて暴れだし、そのまま再入院。
巨人が報道陣に対して箝口令を敷く中、わずか1カ月後の3月22日に精神病院で怪死。
という話です。
突然死のようですが、医療ミス・自殺説も拭えません。これは謎のままです。
湯口は「川上監督に申し訳ないことをした」といううわ言を繰り返していたといいます。
それでも、その1973年まで、巨人は勝ち続け9連覇を達成しているのです。
ドラフト1位選手の育成に失敗し、精神病での入院を「風邪」と偽って発表した巨人。
そして偽装工作的にキャンプに参加させた巨人。
球界の盟主のやることでしょうか。(盟主じゃないけど)
この事件で感じるのは、湯口投手の気持ちや精神状態への配慮のない
とにかく勝つためにのみやっているような環境が、
このような悲劇を生むのではないかということです。
どのチームも勝つためにやっているのですが
それだけではないように思います。
負けても恥ずかしくない試合をすること、勝ち負けは全力でプレーをした結果です。
勝っても負けても嬉しさや悔しさを共有できるファンを持ち
そのチームが存在することに意味があるんだと思いますが
特に、巨人に関してはとにかく「なりふり構わず勝つ」「勝てば何をしてもいい」
というような気風があり、湯口投手のような悲劇はまだ裏に隠れているような気がします。
「巨人は常勝でなければならない」というバカげたお題目がすべてを象徴しているように思います。
勝つためにはルールを曲げる、自分だけ有利な条件を作り出すことを
恥とも何とも思わないような読売のトップにはただあきれるばかりです。
優秀な選手の事件はもみ消し、不祥事ももみ消し、
倫理的な問題のあるマスコミを最大限に利用した「私的な放送」や
特にドラフトやFAでのイカサマ行為(江川・桑田など)、犯罪行為(収賄など)も
感覚が麻痺しているとしか思えません。
湯口事件で思うのは
結果だけ求められるのがプロという言い方もあるでしょうが、
それ以前の「人間」を人間扱いしない冷たさを感じてしまいます。
厳しさではない冷たさです。
厳しさということなら広島カープの右に出るチームはないでしょう。多分。
また、暖かさという点でもです。
この対照的な2チームの違いは何なのか、そこに答えがあるように思います。
それはさておき、
巨人の場合、ちょっとの失敗に辛抱できない。
育成は簡単ではないのに、育たないからと他所から持ってくるのもそうですが
物事を長い目で見ることが出来ない。現在も同じですね。
湯口が病院で怪死したあとの読売の対応には
これまた背筋が寒くなるようなものがあります。
---------------
●1999/12/19
湯口投手の葬儀には読売関係者は数人しかこなかったそうです。
川上監督も中尾2軍監督も葬儀に参列してないらしい。
川上のコメントがこれまたひどく冷たい。
「巨人こそ大被害を被った。大金を投じ年月をかけて愛情を注いだ選手。
せめてもの救いは、女を乗せての交通事故でなかった事だ」
などといっています。
人間が1人亡くなっているのに最低なコメント、
---------------
これも凄い話ですね。死者に対し、しかも自分のやり方で引き起こした死に対してです。
「巨人こそ大被害を被った」
ご両親、親戚関係者がどういう思いでこの言葉を聞いたことでしょう。
湯口敏彦、この時まだ20才という若さです。
読売という巨大組織、巨人と言う大人気球団の人間が
この若者に「育たなかったのはお前が悪い」と言っているのです。
自分たちに非があるとは考えないのでしょうか。
「大金を投じ年月をかけて愛情を注いだ選手」
大金を勝手に投じた自分のところの責任もあるでしょう。
大金を与えればみんな育つとでも思っているなら間違いですし、
愛情があるなら精神病になるまでなぜ気がつかなかったのでしょうか。
いつでも巨人は「自分は悪くない」と言い訳をしますね。
(今の長嶋茂雄などは典型的です)
「せめてもの救いは、女を乗せての交通事故でなかった事だ」
皮肉なことに去年の7月、同じ背番号19の上原が
「女を乗せての交通事故」を起こしてます。 ┐('〜`;)┌アチャー
実に情けない話ではないですか。
詳細はマスコミがほとんど取り上げなかったため
「たいしたことのない事故」と思われているようです。(業務上過失傷害罪で有罪)
いつの時代も前代未聞の問題を起こしては隠し通そうとする態度だけは同じです。
臭いものにフタをする、もみ消しをいとも簡単に実行する読売はマスコミ企業なんです。
報道という立場から、明らかな犯罪を隠す行為などは
どう考えても許されることではありません。
元木選手の「淫行事件」には時効がありません。はっきりさせてもらいたいですね。
江藤選手の「レイプした本人がなぜか被害者の立場にすり替わり事件」というのもありました。
うやむやに終わっていますね。
ごく最近では岡島の「飲酒運転」がありましたが、決して軽い罪ではないはず。
どれも格好のワイドショーネタだと思うんですが、ほとんどやりませんね。
特に巨人の選手には申し合わせたように、追究の手を緩めるのです。
とにかく湯口事件の真相がひとりのスポーツライターによって
闇に葬られずに暴かれたことは
巨人の隠ぺい体質を知る上で貴重なことですし
結果として、今も変わらず巨人ファンはいろんな面で
騙され続けているということを知るべきでしょう。
★注1
新浦投手は在日韓国人ということもあり、外国人として獲得したのかも知れません。
ただ相変わらずその獲得の仕方が「高校を中退させて」というところには引っ掛かりがあります。
(そんな獲得ってできるのか?)
時間が足りず、事の経緯を調べるまでには至りませんでした。(言い訳です…)
新浦が開花したのは、1977年と78年の最優秀防御率(2.32、2.81)、
79年は最多奪三振232というように約10年後でした。