1年半前の書き込みです。

●2000/02/05
現時点で阿部選手の獲得に乗り出しているのは僕の知る限り阪神と読売ですね。
(他にあればすいません)
一説によると読売は20億もの(裏)金をつぎ込んでいるそうです。
これは二岡の7億、高橋の10億、上原の12億(と言われる)よりはるかに大きい数字です。
「野球は金やない」と公言する野村監督ですら、
「いいかげん金をもっと出さないと選手の一人もとれんわ」
とお嘆きの様子。
いろんな意味で弊害を生じさせる読売・・・。
もうあとは阿部選手のモラルに期待するほかないんでしょうね。

●2000/02/06
一体なんなんだこの球団は・・・もう言葉が出んわ。
なんでそこまですんの?・・・てゆうかそこまでせんと、
もう読売球団には来てくれない、という事か・・・堕ちたもんじゃのう。
でももっと別の事にカネ使えよ。困ってる人は世の中にいっぱいいるんだぞ。

こんな話題は尽きませんね。
前回江藤の巨人入りについて書きました。
今回はそのすぐあとに巨人入りした
当年の日本一ダイエーホークスのエース・工藤についてです。

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工藤公康・駆け引き
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私は、工藤(当時18歳)が1981年に名古屋電気高から甲子園出場した年
テレビでそのピッチングを見ていました。
とにかくカーブが凄い、という印象でした。
ノーヒットノーランも達成しています。

ほどなく西武にプロ入りしましたが(1982年ドラフト6位) ★注1
プロで長く通用するのかは少々疑問でした。
ただ、どちらにしても、カーブ投手という特徴があり
覚えやすかったので注目はしていました。

しかしちょうどその後、私は個人的に貧乏を極めていましたので
テレビも持っていなかった(情けな…)のと
貧乏暇なしで、ほとんど寝るヒマもなく徹夜で働いていましたので
しばらく野球は見ることはありませんでした。 (T_T)
(まあ、徒弟制度下での労働と考えると分りやすいでしょうか
年収100万円前後でしたから、フロに行くのも躊躇してました。
フロ入り拒否、なんつって。ワダベン級…失礼)

それはともかく
工藤はやはりただ者ではありませんでした。
1985年 西武 防御率
1987年 西武 防御率・勝率
1991年 西武 勝率
1993年 西武 防御率・最優秀選手
1996年 ダイ 奪三振
1999年 ダイ 防御率・奪三振・最優秀選手
のほぼ隔年でタイトルを獲得。
強い西武のエースとして大活躍し、またダイエーの優勝にも大きく貢献しました。

さて、まずは工藤の移籍に関して
何がマズいのかを考えてみます。

最初に結論的なことから言えば、
工藤は「死んでも巨人には行かない」
「自分はお金でどうこう言う人間ではない」
「駆け引きは一番嫌い」
と言いながら
結局は駆け引きの末、金銭勘定で巨人を選んだこと。
それを「男の花道」などという長嶋茂雄の言葉にぐらりときたと
はぐらかしたことにあると思います。
その何が問題なのか、
で、何がそうさせたのかを考えます。

99年は防御率・奪三振・最優秀選手のタイトルを獲った年です。
それに対してダイエー球団の年俸提示額は1億6000万円で
わずかに1000万円アップ。(わずかか…、だなー。うーん (´ヘ`;) 、)
それと、契約期間を2年とする代わりにFA権利を放棄しろというものでした。
工藤は思いがけない低評価に
「お金に執着心はないが、戦力外通告かと一瞬思った」ほど衝撃を受けたそうです。
その後、交渉を重ねる毎に上がり、5度目で2億5000万円になりました。
アップ額が9倍にはね上がったのです。
これが、工藤の嫌いな球団の駆け引きだとして不信感につながり、
退団を決意させたと言います。
当時のインタビュー記事を拾いました。
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●1999/11/1
―球団不信なのか。
  球団には愛着があるし、やっと優勝できたばかり。
  できれば骨を埋めたいと思っていた。
  あくまでもフロントの一部に対してのことだけど…

―驚くような低評価だったようだが。
  お金への執着心はないけど、自分にとっては実質的に最後のFA権利。
  年明けには五人目の子供も生まれるし、最低限の保障は欲しかった。
  それ以上に悔しかったのは、最初から球団が駆け引きしようとしたことだった

(横から何ですが、ちょっとひとこと。
最低限の保障って金じゃないのか。それこそお金への執着心ではないか。
私生活(子ども)の話を出すのはこの場合筋違いかと思います。
子どもひとりなら、アップ分の1000万円あれば育てられるでしょう。
だいたい1億5000万円で生活できないわけがない。
仮に税金半分としても(もっとうまくやるでしょうが)
一般的には多過ぎるくらいです。
いくら稼いでもいいが、常識的な金銭感覚は身に付けていてほしいし、
こんなことは口にしないでほしい。
庶民がどれだけ苦しんでいるのかわかっているのだろうか。
本線から外れた部分ですが)

―引き留めの言葉はなかったのか。
  残ってほしいとはずっと言われていた。
  でも徐々に条件を上げるなら、最初の提示は何だったんだと思ってしまう。
  最初から“これで精いっぱい”といわれていれば、恐らく二つ返事だったと思う

―ほかには。
  自分なりに頑張ってきた火曜日登板を“客が入っていない”とけなされ、
  “君の家族サービスを考慮に入れたものだ”とも言われた。
  監督から週の頭が大切といわれ、意気に感じて投げていたのに…。
  火曜日に投げるには日曜日に調整のピッチングが必要。
  そんなことも分かってないのかと悲しくなった

―残留の可能性は。
  球団とはもう何度も話をしたし、あらためて話すこともない。
  移籍希望の球団? そんなのは何もない。ただ、今後も野球を続けたいと思っている

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ダイエー球団にも問題はあります。
経営そのものがひどい状態で、その建て直しにやっきになっており
そのツケがまわってきた格好だったこと。
ダイエーグループとして2兆6000億円の負債、福岡ドームも負債600億円、
ダイエーホークス(球団)も累積で60億円という多額の赤字を抱えていました。
プレーに対する評価が最小限に抑えられてしまったのはそのへんが関係ありそうです。
選手からすれば、関係のないことなのです。

マズいことのひとつとして
球団として経営がうまくいっていないことがあります。
個々の企業努力も必要ですが、限界もあります。
年俸の高騰がさらに経営を圧迫するでしょう。
多分、選手の年俸と球団の収入(利益)のバランスが
思いっきり崩れているのだと思います。

巨人を除き、優秀な選手を引き止めることが難しくなっているのです。
巨人は年間の収入が250億円あるという書き込みを見ました。
(いろいろ調べたら1994年頃の数字のようです。利益は70億円だそうです)
セ5球団はトントンくらいで、
パ・リーグはどこも10〜20億円程の赤字のはずです。
パ・リーグの球団は親会社にとって
単に「広告塔」として存在しているというか
そう考えなければやってられない状態です。

全球団が、全国ネットのメディアを持ち、自分のところだけ報道して
知名度も上がり、太鼓持ちタレントのひいき発言で好感度も上がり、
巨人みたいなチームががいっぱいできたなら経営もラクでしょうが、
現実にはあり得ません。
これが企業努力なら、メディアを持たない企業は球団経営などできません。
セ・リーグで巨人戦で言えば、全試合で多分150〜200億円もの放映権料になり
半分が巨人、のこり半分を5等分していると考えられます。
入場料、グッズの売り上げでは、年俸の高騰に追いつけるものではありません。
放映権料の配分を考え直す時です。

巨人戦しかやらないのは視聴率がとれないからと言いますが
視聴率だけを基準に考えるのは、スポーツ組織として
あまりも考え方が稚拙という気がします。
いろんなチームをメディアにのせていき、
人気を徐々にあげていけばいいのです。
今年などは、ヤクルトを中心に放送しても良いような状況です。

機構がまず巨人的なやり方を否定しなければプロ野球に発展はないでしょう。
(巨人一極集中では今後球団を持とうとする企業などそうそう現れないし
企業のみならず、自治体や地域の参加もあり得ない。
何より野球機構が明確なビジョンを持っていないことが、
今の閉塞感につながっている)

経営を難しくしてしまった原因に
戦力の均等化と契約金高騰を防ぐドラフト制度が
逆指名の導入によって崩れてしまったことがあります。
FAも逆指名も一応ルールの上では、契約金の上限は設けられていますが
事実上、自由競争がウラで展開されています。
金で選手を獲得するのも企業努力だと、イケシャーシャーとナベツネは吠えますが
これが巨人以外のチームを苦しめているように思います。
(逆指名の導入は、採用しなければ新リーグを結成するという
読売ナベツネオーナーの恫喝によって成立したものです)

今後は、完全ウエーバー制のみのドラフトの導入と
放映権を中心に、その利益を全体が受けられるような改善が必要です。
それとウラ交渉(ワイロ)の禁止と厳しい罰則。
工藤の「悲劇」を繰り返さないためにはこれが大前提になります。
「悲劇」というのはあとで触れます。

結局、経営の苦しさが、やや歪んだ交渉を生んだと思えるのです。
さすがに工藤の1000万円アップというのは、工藤も怒って当然な気もしました。
これはダイエーに限ったことではないと思います。

マズいところはまだあります。
工藤との交渉を最低限のところからはじめた
ダイエーの事情もわからなくもないですが
これは他球団にも言えますが、「野球人」が経営側にいないところに
大きな落とし穴があったと思われます。
工藤投手との交渉にあたったのは
『ホテル再建のプロ』と呼ばれる人物であったといいます。
野球に対しての知識が不十分な人が、交渉に当たれば誤解も生みやすい。
上記“火曜日登板に客が入っていない”発言は典型的です。
「球団」経営なのですから、経営側に「野球人」を配する必要はあると思います。

ただ工藤にも甘さを感じます。
交渉によって条件を良くすることは、言ってみれば普通のことです。
1回でOKと言ってしまえばそれは交渉が下手なだけ。
何度か交渉して、自分を認めさせることも必要なことです。
ダイエーにも倒産の危機があったわけで
プレーの評価に関係なくとも、それは経営側の言い分としてあるでしょう。
だいたい1億5000万円ももらっていて、そのくらいの苦労はしろと言いたい。
(私自身、交渉は大の苦手で、自分から折れてしまうことが多いですし
私が工藤の立場なら同じように怒り、脱力したと思いますが…)

ただ、もともと交渉事を野球選手本人がやっていること自体が問題で
今、選手会が代理人制度などを確立させるためにいろいろやっていますが
代理人が交渉するのは必要だと思っています。
ナベツネは大反対だと吠えまくっていましたが…。野獣は置いといて…。
経営側と、選手側との摺り合わせで、感情がぶつからないようなシステムとして
はやく確立すべきです。

さて、上のインタビューにもありましたが
工藤は「できれば(ダイエーホークスに)骨を埋めたいと思っていた。」
と言っています。
FAは本来「行きたい球団へいく手段」です。
ダイエー側も、当時の記事によれば
  中内功オーナーが東京で直接工藤投手と会い、
  これまでの対応の不手際を謝罪、残留を要請しており、
  ファンたちは「私たちの熱い思いもぜひ、工藤投手に届けたい」と話していた。★注1
とあり、意固地になる必要もないのです。全面的に謝罪しているのですから。
むしろ折れてあげるくらいできないのかと思いました。
「骨を埋めたい」思いとはその程度のものなのでしょうか。

工藤の交渉決裂が「悲劇」的だと思ったのは、
本人に残りたいという気持ちもあり、その上で
ファンによる一生懸命の引き止めがあったからです。
一番割を食ったのはダイエーファンであったと思います。
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1999/11/04
●『工藤投手残留要請署名』がスタートする。

福岡ダイエーホークスの工藤公康投手のFA宣言を受け、
ホークスの後援会やファングループは3日、
福岡市と北九州市の繁華街で残留を求める署名を募り、
一日だけで4万人を超す署名を集めた。

●1999/11/04
これだけ地元のファンに愛される選手はなかなかいないと思います。
(中日ファンとしては)ドラゴンズに来て欲しいのはヤマヤマですが、
やはり彼はダイエーに残るべきでしょう。

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最終的に署名は15万人に及んだようです。凄い数です。
ある記事では

 工藤投手は会見でまず、
 「福岡のファンから『残ってくれ』という15万を超える署名や手紙をもらい、
 悩みに悩んだ。巨人、中日、米大リーグと交渉しても
 福岡のファンのメッセージが頭に残って、決めかねてしまった」と、
 FA宣言してから1カ月以上、移籍先が決定しなかったことへの心情を語った。

と工藤は本当に悩んでいたと思います。ここにはウソはないでしょう。
(あとでこの15万人におわびのハガキを出すと言って、
実際に送ったようです。その点は有言実行で立派なことだと思います。
でもこの話はどうであれ)
そのあとがどうにも納得できないのです。
それまで、中日が有力と言われていました。
それは工藤の地元でもあり、
「カネの問題じゃない」と公言していたことから
あえて巨人ではないと思われたのです。

またひとつのマズい事件が起きました。
読売との入団交渉の際には、工藤の代理人が同席していたことが
長嶋茂雄の軽はずみな一言で世間に知られることになり、
コミッショナーに呼び出されるなど、問題化しました。
これが工藤を怒らせ、巨人入団の線は消えたかに思えました。
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●1999/11/30 サンケイ
日本テレビの氏家斉一郎社長は29日、
工藤公康投手とのFA交渉の席に認められていない
代理人交渉を思わせる顧問弁護士が同席していた問題で、
氏家社長がこの朝、山室寛之球団代表に電話して、
対応のまずさをしかったことを明らかにした。

●1999/11/29
どうやら工藤の方がかなり怒ってるようですね。
これで工藤の移籍先がまたわからなくなりました。
中日の方はチームのバランスを考えて
移籍金の限度を決めてるみたいですけど
ここで手を打ってくるかもしれませんね。

●1999/11/29
なんというか…バカだね〜ヨミウリは。
代理人制度が非常にデリケートな問題って事を
長嶋は知らないんですねぇ(爆笑)
無知というかなんというか…
工藤には長嶋のオーラが通用するわけもなし…

●1999/12/02
工藤が入院したとか……。どうでもいいけど、早く決めたら?
「駆け引きが嫌い」なはずじゃなかったのかな〜。
今さら「代理人じゃない」っていったって通用しないっしょ。
長嶋は監督であるだけじゃなく、たしか球団の常務かなんかのはず。
ホントに、自分の立場が理解できてない、お目出度い人ですね。

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そしてFA当初は工藤本人も中日に行くつもりで、
星野監督にもその旨を話していたらしいことがわかっています。
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●1999/12/15
昨日の、中京スポーツ1面に、星野監督激怒のコメントが載ってました。
何でも、工藤が、中日との交渉の席で、「死んでも巨人には行かない」と
断言したそうです。そこまで言い切って、巨人に行ったのですから、
嘘つき・二枚舌といった活字がたくさんありました。
そういえば、ダイエー時代の同僚であった武田投手も怒ってましたね。

●1999/12/15
工藤が巨人入りを決めた日。
星野監督曰く、
「児玉代表と話した時に工藤君が
「中日に御世話になります」と言ってたんだって。
だからてっきりウチに来るものだと思ってたよ」
これはテレビではっきり言ってました。

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FAのルール上は、契約金は年俸の1.5倍という縛りがあります。
また年俸そのものは原則、据え置きです。
FAしなければ年俸はそれ以上のアップが望めます。
実際、表面上は、ダイエーに残るのが一番お金がもらえるところまで
工藤は交渉したわけです。
しかし移籍を選んだのですから
表面上「カネじゃない」というのは成立しています。
結局はダイエーの提示した年俸の方が高かったのですから。
これを蹴った形なのです。

しかしだからと言って中日が袖にされる理由が見付からないのです。
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●1999/12/10
昨日の某ニュース番組でゲスト出演していた星野監督。
「そりゃあ、金では読売に負けます。中日も工藤獲得資金を出せないことは
ないのですが、工藤・江藤を獲るために莫大な金を払うと
これまで頑張ってきた生え抜き選手達の間に不満が出て、
チームワークが乱れます。中日はチームワークで戦ってきたのだから、
それでは困るんです。だから、工藤達には、
彼らのプライドを尊重する程度の金しか出せない。」

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これから推察すれば、契約金は巨人よりは少ないのかも知れませんが
ルール上、年俸は据え置きですから、変わらないわけです。
「野球をするところはお金で決めちゃいけないんだよ」
と言った工藤には、何の問題もないはずです。
しかし、なぜか巨人を選びます。
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1999/12/15
◆1年契約は工藤の要求

工藤の契約年数は1年だった。
巨人側は3年契約で、その間の成績に応じて1年延長もあるという
複数年契約を提示したが、工藤が断り、1年になった。
FA宣言選手の年俸は原則、据え置きなので1億5000万円。
しかし、今季、パ・リーグの最優秀選手、防御率1位、最多奪三振の
タイトルを獲得したことを考慮し、
6000万円を一時金として支払うこととなった。
 (↑この6000万円って反則のような金は何なんでしょうか、私にはわかりません)
また、工藤がこれまでつけていた専属トレーナーの扱いについては、
ダイエー時代と同じく、工藤が個人的に雇うことで合意し、
巨人の球団職員とすることにはならなかった。(金額は推定)

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しかも巨人を選択した理由がおそまつです。これも当時の記事。

 そして、巨人への決め手について、
 「長嶋監督が福岡の自宅まで来てくれたことが、
 ぼくの気持ちを大きく揺さぶった。
 『巨人で男の花道を飾って欲しい』と言われ、感動した」と話した。

15万人の署名より、ダイエーの必死の引き止めより
長嶋茂雄の訪問が決め手になったってことです。
こんなの小学生でも疑います。何だそりゃって。
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●1999/12/09
読売、工藤に4年20億ってマジ?完全に頭イカれてるね。
年5億ってイチロー並だよ。4年後っていくつなんだよ。
なんか最近こういう記事多いから、
一応中日ファンだけど仮にこっち来るってなっても複雑な気分です。
しかも、工藤ってフロントとのイザコザで出たんでしょ?
なのに、もっと腐ったフロントのいる所に行くわけ?

●2000/04/20
読売が彼の獲得に10億円以上もの金をかけたのは周知の事実であり、
しかも彼はいわれなき中日の悪口まで平気にいっています
(2週間前のPBNで)。

●1999/12/07
結局、巨人出身ということだけで引退後の
評論家、タレントなどの仕事が約束されているからでしょう。

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ある書籍によれば
  工藤は「金」ではないとの主張があるが、
  一説によると巨人が工藤獲得に費やした金額は
  31億円と推定されている。
とも書かれています。
推測の域を超えてはいませんが
10億円なのか20御円なのか30億円なのか、という
そういうレベルであることは、間違いないでしょう。

なお、2001年の工藤の年俸は、昨年の優勝に貢献したとして
一気に3億円にはね上がっています。
これがいわゆる誠意というものなんでしょうが
その誠意に応えていない今年、どういう駆け引きを行うのでしょう。
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●1999/12/11
確かに出そうと思えば中日にだって20億円くらい出すことは出来るだろう。
でも星野さんの言うとおり。チーム内での度を超えた不公平はいけない。
本来のFAの目的から外れているからね。
巨人はおいといてどこの球団でも予算の限界はあるし
球界のことを考えれば自分さえよければといったお金の使い方は
出来ないはずだ。実力がある者には高額なサラリーがもらえるのは
当然だがそこにはある程度の上限、モラルに乗っ取った上げ幅が必要である。
1億2億でも十分夢の金額なんだから。
お金のある球団こそ慎重な使い方をしなければならない。

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まったくその通りだと思います。
この書き込みに集約されるように思います。
最後に、このFAは江藤のすぐ後に続いたこともあり
野球ファンへのショックはより大きいものでした。
喜んだのは巨人ファンだけだったでしょう。
その巨人ファンでさえ、嫌気が差した人もいたはずです。
まだこれで終わりではありませんでした。
さらにこのあと、メイが続くのです。

2000年は、この3人は大活躍し、他を圧倒して優勝しました。
そんな茶番劇がお茶の間を直撃し、
イカサマのような勝利にひとつの答えは出ました。
視聴率の低下です。
何かが終了した感じがしました。
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●1999/12/09
「プロ野球は子どもに夢を与える」なんて昔から言いますが,
うそっぱちもいいところ! 
お金のあるところに人が集まり,貧乏球団からは人が抜けていくなんて,
「夢」とは正反対の「今の社会の現実」じゃないんですか? 

●2000/01/25
工藤さんも星野監督に「死んでも巨人には行かない」と言っていたそうですが
やはりいざとなると巨人にいってしまうものなんですね。
引退後の事を考えれば[巨人OB]と言う肩書きが欲しいのもわかりますが、
もうすこし「プロ野球ファン」の事考えて欲しいです。

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来週は、夏休みということで
休ませていただきます。
ご了承ください。
まだまだ頑張りますよー。

★注1 工藤ドラフト6位
今回調べるまで知らなかったのですが、
あの工藤がドラフト6位なんてはずがない選手なんです。そーいやぁ。
工藤は当初「サラリーマン」になりたかったらしく、
プロ入りを拒否していたというのです。
ところが、西武から6位の指名を受け、
あっさり西武に入団したという経緯のようです。
何か腑に落ちない話です。駆け引きの匂いが…

★注2 より詳しい記事です
「工藤さんのお力を得たい」―。
他球団への移籍を前提にフリーエージェント(FA)宣言した
ダイエー工藤公康投手(36)に対し、
ダイエー中内功オーナー(77)が三日、強い慰留の姿勢を打ち出した。
三日午前、中内オーナーの意を受けた長男の中内潤ダイエー取締役(44)が、
東京都内で工藤投手を訪ね、王監督も交えて会談を持った。
この席で前日に発表された球団文書を撤回する旨を伝え、
午後にはオーナー名で「おわび文」をマスコミに発表した。
文中で「一連の交渉の不始末」を工藤選手とファンにわびた上で、
ダイエーを日本一に導いた貢献度を高く評価。
「球団の人心を刷新した上で、新たにチームの強化を行いたい」と
球団フロントの更迭も示唆。
さらに「その際には工藤さんのお力を得て」と、慰留の意思を表明した。
球団に対する不信感を募らせていた工藤投手は、
「(球団文書の)撤回を謝罪と受け取っています。わだかまりも解けたし、
誠意を見せていただいた。
一野球人として球団とボクの間を取り持ってくれた王監督にも感謝しています」と語った。
さらに中内オーナーは出身地別東西対抗戦が行われた東京ドームを訪れ、
工藤投手と直接会談を行い、「(残留について)それは強くお願いしておきました」
と語り、自ら慰留に努めたことを明らかにした。
(西日本新聞11月4日)