自己紹介
『・・・このとき、どんな思い出の断片を取り出し、
どんな要領で組み合わせるかによって、さまざまな種類の「自伝」ができてくる。
できあがったものは、すべて真実なのだから「実」であるが、
編集のときの取捨選択の操作次第で、極端に言えばどんな人間像だって作り出せる。
そういう意味では、「自伝」なんてものはどれもこれも「虚」つまりフィクションにすぎない。』
“芸術家Mのできるまで” 森村泰昌 筑摩書房 より
年号無き年表−弱小誕生−
QUEENの『News of the world』
RENAISSANCEの『Novella』
が発表された年、仙台に生まれる。
物心つく前から西武ファンに。ユニフォームが好きだったらしい。
小学3年、野球を始める。
その年にAチーム・デビュー。
ポジションはセカンド。以後内野手一筋。
デビュー戦でM.V.P。メダルを授与されテングに・・・。
「僕は練習しなくても出来るのに、どうしてみんなは練習しても出来ないんだろう」
と純粋な疑問を抱く。
小3以降中2まで毎年、右足首を捻挫。
小5の終わりに硬式野球チームに移籍。
「シティーハンター」に憧れエアガン、ガスガンを入手。
「街のスイーパー(掃除屋)」を自称。
3名の友人と隣町の不良中学生(T中)グループの溜まり場
(T地区某貯水池)をエアガン、ロケット花火等で襲撃。
作戦統括司令官を務める。
「N中生徒の襲撃」と勘違いした不良たちのせいでT中とN中の抗争が勃発。
直ぐに沈静化するも恐怖の為エアガン自粛。
「スイーパー」は逆効果だったことは明白で、そのまま引退。
小6の夏、全国大会準優勝。
大会通算ノーヒット。打順も5番から最終的には8番に降格。
決勝戦では同点に追いつかれるタイムリー・エラー、
そして逆転されるタイムリー・エラーを連発。
それまでの積み重なった高慢、怠慢の代償が一気に噴出する。
選抜試合で東京ドーム・デビュー。
ここでもノーヒット。
以降、表舞台から姿を消す。
近鉄の豪快さに惹かれ、100%近鉄派に移行。
大石大二郎選手のファンになる。
「10.19」で泣いてしまう。
近鉄バファローズ、パ・リーグ制覇。
日本シリーズ3連勝4連敗に泣く。
ブライアント、石井、トレーバーに魅せられ120%の猛牛狂に。
平凡、またはそれ以下の中学校生活を送る。
修学旅行は東京、横浜。
飲酒、喫煙、万引き、暴走行為等には手を染めていません。
高校まで片道12キロの道のりを雨の日も、雪の日も自転車で通う。
1年時は男のみのクラス。2,3年では男女同数のクラス。男子校の雰囲気も体験。
J-リーグ開幕。初観戦は宮城野陸上競技場で行なわれた
「ジェフ・ユナイテッド市原VSヴェルディ川崎」戦。
授業を早退して観戦に行った為、皆勤賞を逃した。
もはや狙える賞といえばこの「皆勤賞」しかなかったのだが・・・。
森保一選手の記事を読み、サンフレッチェ広島のファンになる。
サンフレッチェ広島1stステージ優勝。
チャンピオンシップはヴェルディに完敗。
蛍の飛び交う仙台平野の田んぼ道。泣きながら自転車を走らせたあの日・・・。
教師不信、教師いじめが流行る。
担任のT教諭に「私の車のタイヤに釘を刺したのはオマエか」とせまられるが、これは冤罪。
ますます教師不信になる。しかしフリョーにはならないのだった。
学校帰りに仙台港でサバ、アジのサビキ釣りを体験。癒される。
修学旅行で初めて海外(カナダ)を経験する。
高3で初めて「偏差値」の存在を知る。
「俺の人生のピークは小3?」と気付く。
東北電力サッカー部、「ブランメル仙台」に。
J-リーグ入りを目指すというので一応、応援し始める。目標には程遠い印象。
高校卒業後、1年間を「○ゼミ」で過ごす。
狂ったようにCDを買う。
小学校時代のチームメートがドラフトで指名され、プロ野球選手になる。
応援できない自分の小ささを知り、「小物」、「弱小」を名乗り始める。
都内の大学に進学。
横浜に転居。
サークルのノリが嫌いなので体育会のテニス部に入部。
初ゲームで高校部活テニス出身者にフルセット、タイブレーク負けの善戦、
初心者同士無敗など素晴らしいセンスを垣間見せるも体力的に貧弱な為、あっさり脱落。
かつて捻挫しつづけた右足首が崩壊し、「手術しても難しい」と宣告される。
やる気も無かったので「ちょうどいいや」と躊躇なく退部(2年春)。
ブランメル仙台、「ベガルタ仙台」に改名。実力には変化なし。
「未完の大器だ」と主張するも「自分で言うことじゃない」と一蹴。
「弱小」が定着。
1年の夏、海外に行きたくなり、部活を“ちょっと”休みタイへ。
2年の夏、2ヶ月間山奥の温泉に住み込みのバイト。様々なジャンルの人に出会う。
3年の平凡な日々、「大学院に行こうかな」または「留学しようかね」と思う。
1度目の4年の夏、カナダ、アメリカへ。大陸を横断。
1度目の4年の冬、またカナダへ。
2度目の4年の初夏、オランダ、モロッコへ。
「写真て面白いんじゃなかろか」と思う。
大学院に行く気がなくなる。
卒業後、夜間写真学校に通い始める。
ベガルタ首位快走。しかし予想どおり失速。なぜかまた上昇。
12年前の日本シリーズ、「巨人はロッテより弱い」発言で有名になった
加藤哲郎氏が「はるちゃん5」に準レギュラー出演。泣く。
大阪近鉄バファローズ、12年振りにパ・リーグ制覇。泣き明かす。