伝説のヘディング事件
「珍プレー」が日本で初めて認知された歴史的瞬間
■プロ野球界に「珍プレー」という
概念を誕生させた男、宇野勝。
かの有名な「宇野勝ヘディング事件」は
プロ野球ファンならずとも
ご存知の方が多いかと思われます。
彼を語る上では避けることはできないで
しょう。

■1981年、後楽園球場での対巨人19回戦。
巨人はこの試合まで2シーズンにまた
がり158試合連続得点を挙げていました。
その猛打・巨人軍に立ちはだかったのは、
巨人戦に異様なまでの執念を燃やす
中日のエース、星野仙一でした。
■星野は気迫のこもったピッチングで巨人打線を零封していました。対する巨人も
7回裏に反撃を試みました。2死2塁、巨人の打席は代打の切り札、
山本功児(現ロッテ監督)。しかし、山本は星野の気迫あふれる投球の前に、
あっさりと内野フライを打ち上げてしまいました。
そして、打球は遊撃手、宇野勝の後方にフラフラとあがったのです。
星野は当然、3アウトチェンジを確信してベンチに向かって歩き始めました。

■その瞬間、どういう事か、球場が大歓声に包まれました。
驚いて振り向く星野の眼前には、なんと頭を抱えてしゃがみ込む
宇野の姿が飛び込んだのです。
宇野はなんと、グラブではなく額でボールを受けてしまったのでした。
その上、宇野の額がジャストミートしたボールは大きく跳ね上がり
遠く左翼ポール際まで転がり、そして観客席は爆笑の渦に包まれていました。
ランナーは一挙にホームイン。星野の巨人の連続試合得点記録阻止の
夢は泡と消えてしまい、星野はグラブを地面に叩きつけ激怒しました。

■これがプロ野球史に深く刻まれた「ヘディング事件」の顛末です。
この事件はプロ野球界を超えて、各方面で様々な反響をよび、
『風雲たけし城』というテレビ番組で『君も宇野君』なるゲームも登場。
宇野が世間に与えた衝撃の大きさが浮き彫りとなりました。
ちなみに、後日、宇野はこの事件に対して「はたで思うほど、
痛くはなかった」というコメントを残しています。

■後年、宇野はヘディング事件に触れられることを非常に嫌がっていました。
宇野が引退してから、ある少年野球教室に特別講師として招かれたことがありました。
当然、人気者の宇野はすぐさま子供たちに囲まれました。宇野もまんざら
でもなかったようで、非常にご満悦の表情を浮かべてのですが
実は集まった子供たちは口々に「宇野さん。ヘディングのやり方教えて!」
と宇野に詰め掛けていたのです。その言葉を聞いた瞬間、宇野の表情は
ムッとしたものに変わっていました。子供相手に、大人気無い宇野の
振る舞いも、やはり天才の証でしょうか。

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