No.3 富士山 3776m 1996/07/27〜28
静岡県内の企業に就職して新入社員のころ、静岡県民たるもの、富士山に一度は登らないと!と先輩社員さんたちにハッパ掛けられたような気がする。
当時私は猫アレルギーの気管支炎が納まっておらず、猫はいないのに気管支炎の発作だけはまだ続いていて、登山どころか3階まで階段登るのが大変という状況だった。
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それから3年たち、気管支炎の発作も納まってきたので、少し運動をはじめた。会社の先輩と毎週市営プールに通いはじめたのもこのころだったのかな。
夏に富士山に登ってみようという話になって、どういうものが必要か、など、経験者に色々聞いたような気がする。
8月に入ると五合目までの道が交通規制になるので、7月にチャレンジすることにした。
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ご来光を見るなら、夜の10時くらいから登り始めるとよい、と聞いて、8時過ぎくらいに富士宮口の5合目に行った。道は混んでいて路肩に車が一杯ならび、車を停めるだけで時間がすごくかかってしまった。
9時少し前くらいから登り始める。今まで黙ってたけど、実は6合目に着いた時にはもうかなり疲れてしまって、ぜーぜー肩で息をし、酸欠で頭はクラクラだった。
でも、やり始めたからにはとにかく行かなくちゃいけないのかな?なんて無謀にも思ってしまって、また登り始めた。
「15分歩いて5分休み」が「5分あるいて1分休み」になり、相当辛くなってくる。気温は下がり汗が冷えて寒いし、疲れて眠いし、もう散々!でも、相方がせかすので、泣き泣き歩き出す。
途中7合目より上から渋滞が始まり、一歩ごとに待つ様になる。待っている間に寝そうになって、先にも進めずゆっくり休むこともできず、おとなしく渋滞の列に並ぶ。ただ無言で並ぶだけ。ほかの登山者も疲れて漂っているだけ。
8合目でただただ疲れて休んでいると、観光バスでやってきたおばちゃんの集団がおしゃべりしながら歩いてきた。こっちは声も出せないくらい疲れているのに、おばちゃんたちのお喋りはエンドレスで話がまる聞こえなくらい声がでかい。あるおばちゃんは「去年は、母と来たのよ」とまで言う。まてよ、おばちゃんの年齢はどう見ても50代から60代。そのお母さんていったい幾つ?
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9合目の鳥居を超えると本当にきつい。酸素が薄いってこう言うこと?とはっきり判るくらい、体が重い。本当にもう登るのをやめたいとさえ思うのだけど、あともう少しで山頂だ!と思い直して一歩一歩進む。
浅間神社の鳥居が見え、山頂にやっと到着した。山頂に着いた喜びを味わう余裕もなく、頭の中はただ「休みたい」だけで、意識朦朧(!)状態。しかも山頂はとても寒い。汗が冷えて黙っていると寒くてたまらない。まだ日も昇っておらず、みんな東側に集まっている。私も東側に行って日が昇るのを待つ。
日が昇るのを待っていたら、私の前に陣取ってたおじさんが、金剛杖を「祈祷師」のように激しく振っている。何やっているのかな?と注目すると、そのおじさんは寒さに耐えてガクガクぶるぶる震えているのだ。えーその寒がり方ってまずくない?
おじさんに気を取られつつも、日は昇る瞬間を拝み、「富士登山+ご来光を見る」を無事に達成した。日が昇る少し前は一瞬周りが暗くなって、水平線から現れた瞬間から一気に周囲が明るく暖かくなる。
日が昇り、暖かくなってきて私は元気を取り戻した。一緒に登った相方は登るときは私よりも元気だったのに、高山病にかかり頭痛で苦しみはじめた。ご飯もそこそこに下山を開始。
駿河湾のさらに向こうの海にできている入道雲をながめながらの下山。登山も良いなあ、景色がよくてよいなあ、なんて無謀にも思ってしまったのでした。
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家に帰り、登山中に来ていた服を洗濯したら、洗濯機の底にたくさん富士山の軽石が落ちていた。
<水場のこと>
各山小屋で飲み物は売っているが、標高に応じてお値段も上昇。
<駐車場のこと>
富士宮口では8月のお盆前後に交通規制があるので要チェック。路肩に停めるなら、かなり下までとめれられるかな。でも登るの大変だよね。
<帰りの温泉のこと>
きちんとした温泉はあまりなく、銭湯が富士宮や富士にある。
<携帯電話のこと>
かなりOKです。某○NTアンテナの下で某○NTの携帯電話が通じないというお間抜けなこともおこるかも。。
<ピンバッジのこと>
山頂は山梨県側の小屋が充実してます。
タイムテーブル
| 21時半ごろ | 富士宮口五合目 |
| 3時半ごろ | 山頂 |
| 8時半ごろ | 富士宮口五合目 |