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06.01.28-29 南関東ブロックスキーマスターズ大会 嶋憲でーす
■勝負は関越で始まっていた!(第一日目)
さて、1月28日早朝、2人はY久保車で意気揚揚と上越国際スキー場へ向けて出発した。大泉JCT通過時刻は5時50分、新座料金所を抜けるとまもなく交通情報の掲示板が目に入ってくる。 「月夜野−湯沢間 雪のため通行止め」。 そのとき、「二十日石アルペン」の関さん(すでに会場入り)からY久保さんの携帯に電話が入る。タイムスケジュールが遅れるそうだ。朗報である。 さて、タイムスケジュールが遅れた結果、男子5組以降のインスペクション開始が11時30分、競技開始が12時15分ということになった。 Y久保「よっしゃ、きっと月夜野ICに着く頃には通行止めも解除されているでしょう」 二人はまだ状況の深刻さが理解できていないようであった。やはりB型である。 話は横道にそれるが、バブル全盛のころ高速道路はスキー場に向かう車とバスで週末は大渋滞。低速道路と化していた。「私をスキーに連れてって」が大ヒットしたのもその頃である。その後バブルが崩壊し、ここ数年はスキー場同様、関越道も大渋滞することは無かったのだが・・・。当日はそこかしこで断続的な渋滞が発生していた。 Y久保「渋滞か〜、バブルの頃を思い出すね。俺が学生の頃は東松山から下道を走って・・・」 のんきであった。やはりB型である。 そうこうする中、2人を乗せた車はようやく月夜野ICへ到着した。すでに時刻は9時30分を過ぎていた。ここで2人は重大な選択を迫られることになる。1つはこのまま月夜野ICで通行止めの解除を待つか、もう一つはR17をひた走り三国峠を越え湯沢へ抜けるかであった。 Y久保「通れるようになるまで待つより、走っていたほうがイライラしないよね」 雪の三国峠越えと通行止めによる車の増加を全く計算に入れていなかった、どうしようもない2人である。どちらかがB型でなければ選択内容も変わっていたに違いない。実際のところ、通行止めは10時10分に解除されることになるのだから・・・。 さて、車は三国峠をそれなりに順調に上り、10時30分、ほぼ三国峠の頂上に差し掛かる。 Y久保「順調に来れたね。この調子なら余裕で間に合いそうだね」 その直後のことである。前を行く車の流れが徐々にゆっくりと・・・、そして全く動かなくなった。 嶋憲 「工事でもしているんですかね」 この猛吹雪の三国峠でどんな工事が!?あきれた2人である。その後判明するのだが、この渋滞は苗場スキー場の交差点まで続く自然渋滞であった。この渋滞を抜けるのに1時間以上かかってしまう。 ここに来て、2人は初めて自分たちが深刻な状況の下に置かれていることに気付いたのであった。時刻はほぼ12時、やっと湯沢ICへ到着するもインスペクションは終了している時間だ。 Y久保「インスペクションには間に合わないかもしれないけれど、出走には間に合うかもしれないね」 前向きである。唯一、B型で救われた瞬間である。 そして、ゲレンデ到着。何とかスタートに間に合った二人であった。しかし、事態はまだ予断を許さない。 Y久保「着いたばかりで怪我をしそうだから、もう少しフリーをしたいので出走順を遅らせてもらえますか?」 ここが運命の分かれ目であった。「良いですよ」とは「同じクラスの間であれば良いですよ」という意味で、そのときY久保さんは「他のクラスのときでもいつでも良い」と思い込んでしまったのであった。B型は自分の都合の良いように物事を解釈する・・・。 ***本日の結果*** ■リベンジに燃えて(第二日目) すぐに忘れるB型の特権・・・。しかし、この事実が後の悲惨な結末を招くことになるのであった。 さて、話を元に戻して、時は男子5組前走スタートの場面から。5組以降の今日のコースは、昨日とは違う尾根コースだ。このコースのポイントは2箇所ある斜面変化。先のポールが見えないので、飛び出し方向が要注意なのだ。2つ目の斜面変化の滑り方が良く分からなかったので、前走の滑りを参考にすることにした。 前走一人目がポイントに差しかかった。 嶋憲 「2つ目のポイントが危ないので、一旦右に振ってから左方向に飛び出してください」 そして、Y久保さんはスタートした(私は、例のポイント脇で見ることに)。 Y久保「あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」(4、5秒、体内ストップウォッチ計測) 私は忘れていた。B型はすぐに忘れる・・・ジ、エンド。
■レポートあとがき 完 |