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広島県関係の行事(2001年10月〜12月)

2001年

2001/10/06 第14回全国健康福祉祭広島 2001ねんりんピック広島 バウンドテニス大会inおおの(大野町体育館)6,7日
21都府県から28チームの参加があった。
1日目に監督会議と歓迎レセプション。 2日目に競技大会をした。
歓迎レセプションでは,高齢者表彰があった。最高齢は77歳。大正生まれ選手は3名。 競技は,最初に1分間×3回のBTラリー戦。1位小平市バウンドテニス協会(東京),2位B・Tネヤガワ(大阪),3位岩手ゴールドクラブ(岩手)となった。回数は,118,114,110回だったので,1分間に直すと37〜39回。ねんりんピック(出場資格は55歳以上)といっても,レベルは高い戦いであった。全チームの平均は1分間で30回。普段の練習で,30回のラリーするために1人5本だけミスをしないように,と指導しているが,今大会で30×3=90回なら,28チーム中の17位に相当する。
次に,4チームずつブロックに分かれて,リーグ戦方式で団体戦をした。男子,女子,混合の3ダブルスを7ゲームマッチで行った。全日本選手権大会の出場経験者の参加もあり,ハイレベルの試合も見受けられた。
競技結果は こちら です。
2001/10/13 NUM会議(大野町体育館)
久しぶりのNUM会議だった。今年度の講習会の内容について話し合った。
2001/10/14 広島市スポーツレクリエーション・フェスティバル(ビックアーチ)
フェスティバルの1種目としてバウンドテニスも参加した。
指導者として,蔵田,横田,河浜,竹下,重原,新保夫妻,野村の8名が参加した。
屋外に2コートを設置し,大勢の方にBTを体験して頂いた。
詳細は,広島県協会HPのみんなの広場をご覧下さい。
2001/10/19 ねんりんピック実行委員会&常任理事会(中島機工)
ねんりんピックが無事終了し,実行委員会ではいろいろな反省や感想などを話し合った。会計の中間報告もなされた。
常任理事会では,もみじカップとスポレクについて討議した。
2001/10/27 広島市支部協会を作ろう会(情報プラザ)13:00-
規約について検討を重ねた。市協会理事のうち何人くらいが県協会理事になるのかなど。この点は県協会の運営方法にも影響があると思われる。12/8(土)に,クラブ代表者に対する説明会を予定した。
2001/11/02 常任理事会(中島機工)
ねんりんピックの監督アンケート,もみじカップの準備状況,スポレクの準備状況などについて議論した。 また,来年度の競技大会の日程(スポーツセンターを予約するため)の案を決めた。決定は,広島市から使用許可の連絡がある来年になる見込み。 日程の希望は,ダブルス選手権4/28or21,全国大会予選会5/12or19,親善大会6/9or16,リフレッシュ講習会9/8or1,もみじ大会11/3or10,シングルス選手権2/2or9,ゴールド大会3/21-23のうち2日間とした。
2001/11/10 スポレク2001みえ(三重県 東員町)10-13日
結果の速報を当日と翌日に掲載した。
2001/11/17 審判講習会(大野町体育館)13:00-16:00
20名ほどが集まって講習会をした。ねんりんピック後最初の講習会だったので,やはり出席者は少なかった。大野町での講習会は大野町の方が,広島市での講習会は広島市の方が多いという当たり前のことを再認識した。来年のスポレクに向けて,大野町や広島市内の講習会だけでなく,デリバリ講習会を積極的に開催するべきだろう。
2001/11/24 もみじカップ大会(佐伯区SC)
202名の参加があった。女子ダブルスと混合ダブルスをそれぞれ2つのコースに分けて行った。県外から80名を超える選手の参加があった。試合結果は県協会HPで閲覧できる。 例によってもみじカップ版特製スコアシートを使用した。試合時間が記入されたスコアシートから,集計を行った。1ゲームにつき平均で2.5分かかることが分かった。
2001/12/07 常任理事会(中島機工)19:00-
親善大会の実施要項を決めた。この大会の担当は大野町。三重スポレク視察の報告があった。大野町からも視察団が派遣され,県協会と合同で視察を行った。3月の中国ブロック大会は,スポレクの予行演習も兼ねて行われる。ねんりんピック役員アンケートの報告がなされた。また,監督アンケートのHP掲載内容を決めた。もみじカップ大会のあり方に関する議論をした。参加数の上限,他県協会への案内,コース分けなど。
2001/12/08 広島市支部協会設立の説明会(中区SC会議室)13:30-16:00
20名弱が集まり,規約の検討を行い,今後の予定を話し合った。これまで6名の世話人で検討してきたが,4月の設立を目指して,各クラブから設立委員を出してもらい,2月の設立委員会で具体案(役員,事務局,事業,会計)を決めることとした。予定では,3月末頃に設立総会と臨時総会を同日に行い,4月の県協会の総会で支部協会とし承認を受けるというスケジュールになる。
2001/12/08 広報委員会オフ会議(中区SC会議室)16:00-16:15
急遽,オフ会議を開催した。今回はトップページのデザイン変更について,野村さんのMeパソコンを覗き込みながら議論した。なかなかのものである。乞うご期待。
2001/12/15 指導委員会スタッフ会議(大野町体育館会議室)10:00-12:15
今年度の開催済み事業の確認と今後の予定事業の運営について協議をした。来年度の事業計画について話し合った。来年度もスポレク(参加選手はねんりんピックの約2倍)があるので,今年度と同様に審判講習会を中心に行うことになった。講習会の場所は大野町と広島市のSCとし,日程については原案を作成した。原案にそって体育館などの予約をすることとした。中国ブロック大会およびスポレクの審判団の構成について議論した。新スタッフとして,石森,野村の2名を承認した。正式には4月からの委員就任となるだろうが(ひょっとしたら本日付けかも),さっそく今日の会議から参加して頂いた。
2001/12/22 審判講習会(大野町体育館)10:00-13:00
40数名が参加した。なぜ参加者が多かったのか。それは1月の審判認定試験の受験者が,最後の練習の機会を逃してはならぬと,誘い合って参加したからだ。
30秒間の開講式の後,田村(賢)さんによる準備運動があり,5コートに分かれてBTラリー戦の審判練習を行った。審判のやり方が頭で分かっていても,選手を前にして実際にやるとなると戸惑うこともある。また,数をこなして,いろいろな場面を経験することも大切である。
次にダブルスの審判練習をし,最後の20分は1月の受験者に試験の様子を説明した。
2001/12/22 指導委員会スタッフ会議もどき(大野町体育館)13:30-14:30
当日審判講習会に参加した指導委員会のメンバーを集めて,急を要する案件について審議した。まず,田中京子さんが来年度からスタッフに加わることが了承された。また,来年度から会計係を鮎川さんから谷口さんまたは田中さんにバトンタッチされることとなった。1,2月に,初心者講習会(大野町)と体育指導員のための講習会(大竹市)が開催される予定。中国ブロック大会の審判員については,前回のスタッフ会議で名前の出た方の承諾の確認を取ってから決定することとした。予定では32名。スポレクの審判員については,各サークルに審判希望の有無を伺う(依頼する)文書を送り,全会員から募集する形式を取ることにした。審判予定者にはできるだけ審判講習会に参加して頂き,研鑚を積み全国大会の審判員としての技術を身に付けて頂くよう指導することとした。また高齢者の審判についても議論をした。1月の審判認定試験の実施方法については,磨井,三上,西本が計画を立て実施することとした。

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