8月6日
きょうは、マイアミ空港からセントルイスに向かい、そこで乗り換えてヒューストンへ行く予定です。
私達はいつもエコノミーの席なのに、きょうはスチュワーデスさんにファーストクラスの人がエコノミーの友達のそばに来たいと言っているので、ファーストクラスに移らないか?と聞かれました。すぐにYesと答えたら、チケットを交換してファーストクラスに案内してくれました。
ファーストクラスは椅子が大きくてフカフカしていて、食事もごちそうなのです。ラッキー、ラッキーと喜んでセントルイスに着いたら、管制塔員のストライキでヒューストン行の飛行機がキャンセルになってました。
テレビのニュースでやっていたせいか、みんなキャンセルと書いてある案内板を見て、あっさりと帰って行きます。
私達はそう簡単にあきらめる訳にはいかないので、つたない英語で「We must go. My friend waits for me.」と言ってくいさがったら、カウンターの女性がいろいろ探してくれて、夜のフライトを取ってくれました。
とっても助かったのですが、予定が変更になって、ヒューストンに着くのが夜になってしまいました。
それで、きょうはヒューストンに泊まる予定だったのですが、そのまま夜行バスに乗ってニューオリンズへ向かうことにしました。
空港からリムジンでダウンタウンに行き、そこからグレイハウンドの長距離バスに乗ることにしました。
ところが、リムジンの泊まるホテルの付近を歩いているビジネスマン達は長距離バスなど乗ったことがないのですね。誰もバスターミナルを知らないのです。
アメリカは車社会だから、バスは車を持たない低所得者層が乗る乗り物なのです。
何人もの人に聞いて、やっとターミナルまでたどり着きました。
この付近は、すごい怖い雰囲気の場所で、人がごろごろ地面に寝ています。
不安でびくびくしながら出発を待ってバスに乗り込んだのですが、乗客の中に変な感じの人がいなかったので、ホッとしました。
ただ、トイレに行く時に熟睡しているカイブツを乗り越えるのがひと苦労でしたけどね。
8月7日
朝の6時半頃にニューオリンズに着きました。私はあまり眠れなかったので眠くて眠くてしょうがありません。
バスディーボのそばに有名なスーパードームがありました。
その前から町の中を走るシャトルバスが出ていたので、それに乗ってこの町で一番高い建物、インターナショナルトレードマートビルへ登ることにしました。
まだ時間が早くて開いてなかったので、近くの港で時間をつぶし、10時になって上まで行ったのですが、ちっともきれいな眺めじゃなくて、がっかりしてしまいました。
いろんな人がニューオリンズは素敵な町だと言っていたので、楽しみにしてたのに、なんか普通の町です。すぐに下に降りてしまいました。
またシャトルバスに乗って、きょう泊まるホテルを探しに行きました。
本で調べていたホテルはすぐに見つかり部屋も簡単に取れたので、部屋に荷物を置いて、すぐにミシシッピー川の外輪船ナッチェス号へ乗りに行きました。
外輪がクルクル回って船が走るのです。パシャパシャと水をかく音や、ボーっという汽笛の音、蒸気パイプオルガンの音など、昔観た「ショーボート」という映画のようで感激してしまいました。これに乗りたかったんです。
フレンチクォーターという昔のヨーロッパの街並みのような場所を歩いていたら、ここだけ別世界のように感じました。アメリカっぽくないのです。
ディズニーランドのメインストリート(向こうがマネなのですが、、)にそっくりな街並みです。
お店で売っているパンもアメリカではあまり見かけないクロワッサンのようなパンが置いてあるのです。
ジャズ演奏をやっているような高級レストランで食事をしたいな、と思いながらも貧乏旅行の私達の夕食は、きょうもマクドナルドです。
マクドナルドのドアを開けたら、私達以外は全員黒人で、ジロっと見られてしまいました。
私はずっと胃の調子が悪いので、飲み物はいつもミルクを注文するのですが、このミルクというのは発音が難しくて、なかなか通じてもらえませんでした。
でも、南部なまりの強いはずのニューオリンズで、指さされて大笑いされてしまうとは、よっぽど私の発音は変だったのですね。屈辱ですよね。
このマックで初めてソフトクリームを食べました。ひとつ25セントなんです。安いですよね。これから毎日食べようと密かに心に決めてしまいました。
8月8日
きょうはヒューストンへ戻る日なので、帰りはバスではなく、アムトラックという列車にしたくて、チケットを買いに行ったら、列車は月水金しか動いてないそうです。結局帰りもまたバスになってしまいました。
ちょっとがっかりしたけど、そのあと、あの『欲望という名の電車』で有名になった市電に乗りに行きました。
まわりの景色を眺めながら終点まで行き、そのまま乗って戻ってきました。
ダウンタウンから少し離れると『風と共に去りぬ』のスカーレットの家のような、南部独特の造りの大きな家ばかりになりました。
どの家にも玄関前が広いテラスになっていて、椅子が置いてあります。
すごくのどかな風景です。その地方によって家の造りに特徴があるのはおもしろいですね。
そのあと、またフレンチクォーターへ行きました。カイブツはこの場所がすごく気にいってしまったようです。
きょうはフレンチクォーターで一番有名なバーボンストリートを歩いてみました。
道端でジャスを演奏している人がいたり、黒人の小さな男の子が流れてくる音楽に合わせてタップダンスを踊っていました。
あちこちの店から生バンドの演奏が聞こえてくるのです。昼間でこんなににぎやかなのだから、夜はきっと素敵なんでしょうね。
やはり、昨日の晩は奮発して食事してみれば良かったかな、ちょっと残念です。
たった二日間だったけど、旅の途中で出会った人に「アメリカでどこが一番良かった?」と聞くと「ニューオリンズ」と答えた人が多かった訳が、なんかわかった気がしました。
8月9日
きょうはヒューストンへ戻る日です。行きは夜行バスだったので、外の景色を全然見ることができませんでした。帰りは朝発のバスなので景色をゆっくり楽しむことができました。
ニューオリンズから離れてだんだんヒューストンに近づくにつれて、牧場が多くなってきました。見渡す限り牧場なのです。
やはりテキサスは広いですね。風力発電の風車が地平線まで続いているような所も通りました。アメリカに来て初めて広さを感じました。
考えてみると、私達はいつも飛行機で移動してしまったので、景色を眺めることができなかったのです。飛行機は楽で便利だけど、たまにはバスもいいですね。
8月10日
きょうはダウンタウンの観光局で資料をもらい、その後一番大きそうなデパートに入ってみました。セントルイスに比べたら、ずっと大きなデパートでした。
本当はNASA見学ツアーに行く予定だったのですが、ちょっと町から離れているため、すごくツアー料金が高いのです。それで迷ったのですが、やめてしまいました。結局何もしないもったいない1日になってしまいました。
しょうがないよね、まだ先が長いし、ニューヨークはホテル代が高いといううわさだから、そこを過ぎるまではぜいたく禁止です。
8月11日
きょうはアストロドームの隣にあるアストロワールドという遊園地に行きました。
ここは遊園地としてはあまり広くはないのですが、コースターフリークの間ではおもしろいと評判の木製の古いジェットコースターがあるのです。
これが期待していた以上におもしろくて、古いせいか、ギシッギシッと曲がるたびにきしむのです。
今にも壊れそうなその雰囲気が怖さを増して、ジェットコースターに乗って怖いと思ったことのなかった私だったのですが、これは今までで最高におもしろかったです。
この遊園地でカイブツが買ったコーラがすごーく大きくて、ただのラージサイズではなくて、大きいテキサスサイズだったのです。広い土地だから、コーラも大きいと妙に納得してしまいました。
8月12日
きょうはマクドナルドのモーニングセットというものを初めて食べました。
卵、マフィン、ハッシュブラウンポテト、カリカリベーコンがセットになっているのです。どうもいやしくなってしまって食べ物にばかり感激しているような気がします。
いよいよニューヨークへ向かう日だというのに、またまたエアーコントローラーのストの影響でニューヨーク行がキャンセルになってました。
でも、またなんとかしてほしいとねばったら、早起きが幸いして、セントルイス経由の便を取ってくれました。
ヒューストンから乗った飛行機のスチュワーデスさんがハワイ生まれの日系人で、私達を見てすぐに「日本人ですか?」と話しかけてきました。
そして、前の席にも日本人が乗っていると教えてくれたのです。その女性は黒人の男性と一緒でご主人だと話してくれました。
セントルイスで乗り換えた飛行機が遅れたので、ニューヨークに着いたのが夜遅くなってしまいました。
怖い怖いニューヨークに夜中に着いて、泊まるホテルの予約もしていない、親が知ったら真っ青になりそうな事してますよね。
どうしようと困っていたら、そんな私達を見かねて、そのおばさまが「主人に頼んでホテルを探してもらいましょ」と言ってくれたのです。
そして、ご主人があちこち電話をかけて聞いてくれました。でも、週末で時間も遅いので、どこも満室なのです。
そしたら、おばさまが「私の家でかまわなかったら、うちにいらっしゃい」と言ってくれたのです。さっき知り合いになったばかりなのに、私達を自分の家に泊めてくれると言うのです。
私達は「そんなあつかましいことはできないです」と一応遠慮しながらも、ニューヨークの怖さの方が勝ってしまって、結局お世話になることにしました。
空港までベラという娘さんが迎えに来てくれてました。
場所はマンハッタンではなく、クィーンズという地区で小さなかわいいおうちでした。地下室がひとつのフロアーになっていて、そこでパーティーができるようになっているのです。この部屋が私は気にいってしまいました。
ちゃんとゲストルームがあって、タオル3点セットを貸してくれて、こっちの人はお客さんを泊めるのに慣れているのですね。
ベラは日本語は全然わかりません。でも、お母さんとゆっくり話すのに慣れているのか、私達にもわかり易い英語を話してくれました。
ベラは私達より2つ年上で今は仕事はしていないそうです。やはり人種差別が激しいのか、あまりいい仕事にはつけないと話してました。
そして、おばさまは私達に人から頂いたというインスタントのおしるこを作ってくれました。
これが甘くてまずくて食べられたものではなかったのですが、せっかく大事にしていたものを私達のために出してくれたので、残すわけにいかず、息を止めて飲み込んでしまいました。
私でさえそうだったのですから、甘い物大嫌いのカイブツは大変だったと思います。
ベッドに入ってからも、こんなことがあるなんて信じられない気がしてました。
空港で飛行機がキャンセルになっていても、いつも飛行機に乗れて、ラッキーガールとよく言われてましたけど、本当に私達はラッキーガールなのですね。
日本に帰ったら、絶対お礼しようね、命の恩人なんだから、とカイブツと二人誓い合って寝ました。
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