津島柔道会50年のあゆみ


錬成館時代   
昭和55年4月1日 開館


昭和52年頃から,津島市に武道館建設の構想が打ち出され、我が津島柔道会も武道館の柔道場で,練習を行ってはどうかとの打参が、津島市よりあった。
我が会も故八木会長、水谷理事長(当時)等中心に,何度か討議を重ね、市の社会教育活動との協調も考え、錬成館の道場へ活動の場を移すことを決意し、14年間にわたる八木道場での活動に幕を閉じた。


1 東海四県柔道大会
昭和55年4月13日より


錬成館設立とともに我が津島柔道会に東海四県柔道大会運営の大役がまわってきた。
この大会は,当初男子の国体予遺を兼ねた,体重別試合で行われて、無差別級の各県2人づつは,全日本選手権大会出場者代表選考も兼ねて行われた。
錬成館は宿泊施設も,備えているため,各県の選手は前日から宿泊し、当日の早朝、計量をして大会に臨んだ。
今迄の行事大会は,身内同様の集りでのものばかりであったが、この大会は、各県の代表者を集めての本格的な大会運営であったため、会員は全員緊張の連続であった。
しかし,無事やりとげたことにより,また,新たな自信と誇りを持つこともでさた。
大会は,途中から,ジュニアと女子の体重別全国大会の予選となっている。
そして,この大会には,我が柔道会で育った選手が数多く出場し・全国大会へも出場している。


2 子供の日武道大会
昭和55年5月5日より

子供の日は,古来,端午の節句として,子供が健やかで,元気に成長することを祈念する行事である。
この日に武道大会を催すことで、子供の健康と武道の振興を計ろうと、津島市錬成館が呼びかけ,柔道,剣道の大会が行なわれている。
当日は,津島市内の子供が中心に参加し,個人のト-ナメント戦が行なわれ、大会終了後に,チマキ,カシワモチがく振る舞われる。


3 津島柔道会30周年記念手業
(海部津島少年柔道大会)昭和55年11月30日


我が津島柔道会が,発足以来30周年となることを記念し,海部津島の少年柔道修業者を集めて,大会が催された。
昭和55年11月30日この大会が行われるまで,海部津島地区では,この競模での柔道大会が行われたことはなく,実行されるまでの準備には,会員各位の一方ならぬ努力がはらわれた。
またこの,大会の開催とともに津島柔道会発足30周年を祝う式典も同時に催され,八木会長が愛知県柔道連盟より,水谷,藤原,佐藤の三氏は,名古屋柔道協会より義孝を受けられ,役員には,八木会長より,感謝状が贈られた。
県警のブラスバンドのドリル演奏などもあって,記念式典は盛り上がった。
いよいよ,少年柔道大会が,団体戦・個人戦の順で行われ海部津島地区の少年たち300余人の熱戦が繰り広げられた。
この大会には,我が津島柔道会との親交の厚い瀬戸柔道会の少年たちも招待され熱戦に加わった。
この大会を期に昭和56年,海部津島地区柔道会が発足し以降毎年定期大会として錬成館を舞台に行われている。
そして,特筆せねばならないことがある。
この30周年記念行事を準備,実行するためには,少年会員の御父母の皆さんが,「津島柔道会後援会」という,P.T・A組織を結成され,多大な御協力を下さったことである。
この組織は以後,我が津島柔道会の活動に,陰ながら,援助していただいている。
津島柔道会会員一同心底より感謝するものである。


八木忠雄会長死去   
昭和57年9月12日

かねてから心臓の具合が悪いと言っておられた八木会長であったが,どれはど悪化しているのかは,会員のはとんどが知ってはいなかった。
会長の訃報に接し,大変な衝撃であったことを覚えている。
八木会長の遺言で,思い出の多い,八木道場で葬儀が行われることになり,通硬のしたくがなされた。
通夜には,多数の弔問客が訪れ深夜まで人波が続いた。
会員の多くは通夜の客がとぎれたあとも会長の棺の前で思い出話しにふけり・仮眠のまま葬儀の朝を向えた。
葬儀は,しめやかにとり行われ,焼香の客は,八木道場の前から津島駅の東側まであふれ,警察官の交通整理も行われるはどであった。
会長の棺は会員にかつがれ道場から浬島駅の東側の霊枢車に移されたが・これも会長の遺言であった。
八木会長は柔道をこよなく愛され,柔道の修業に励む若者をいつくしまれた。
この会長のもとに,多くの若者が集り・津島柔道会は発展した。


新年稽古はじめ        
(早朝寒稽古)昭和61年1月4日より

それまでは,新年の稽古はじめも,他の稽古日と同様に夜間に行なわれていたが,新年の早朝の冷気にあたることによって,年末年始の休みでゆるんだ心身をひきしめ,新しい年の稽古の出発点にしようということではじめた。
参加者は,当柔道会の役員,会員はもちろんだが,海部津島地区の中学校へもよびかけたところ,毎年中学生だけでも70〜80人の参加が得られ,総勢150〜200人程の,参加者があり大変な盛況となっている。
稽古の後は,P.T.Aの役員の皆さんによる心冬くしの暖かいそばが,振る舞われ,にぎやかな年あけの行事となっている。

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