クリス・マリンは1963年7月30日、ニューヨークのブルックリンに生まれた。父ロッドと母アイリーンのマリン夫婦の間に生まれた5人の子供の真中に生まれた。
マリンの現在でも、衰えを知らない抜群のシュートセンスはバスケットを始めたばかりの頃からいかんなく発揮されている。小学4年生の時にフリースローコンテストに優勝した。彼はフリースローを25本中23本を決める凄さだ。
マリンとバス友達は、近所にあるセント・トーマス・アキナス小学校の体育館にこっそりと忍び込んで遊んでいたものだ。一度など、猛吹雪になった週末をまるまる体育館で過ごした事もある。マリン達はとにかくバスケットに熱中していた。
マリンが通った高校はカリームアブドゥール・ジャバーがプレーしていたで有名のパワーメモリアル高だ。入学当初から有望選手だったマリンは、2軍選手代表を率いて、ニューヨーク市選手権に出場。そして、なんと優勝までしてしまった。
幸先のよいスタートを切ったハズだったが、そこで、マリンは大きな壁にぶつかることになる。マリンの兄ロディとウマが合わずに対立していたコーチは、マリンに対しても同じような態度をとっているように見えたのである。マリンは悩んだあげく、ザベリアン高校に編入することを決意した。
転校したおかげで、ゲームから遠ざかってしまってブランクができたとはいえ、これで、マリンの進歩が妨げられることはなかった。4年生になり、ザベリアン高での初ゲームで、マリンのファンで体育館は埋め尽くされた。そのファンの見てる前でマリンは衝撃を与える。相手高校は、同じ地元のバスケットボール有力校、キリスト・ザ・キング高。彼は最初の21点中17点をマークし、結局、ゲームが終わってみれば38得点をあげていた。高校のゲームは32分間で行われるので、彼は1分1得点以上のペースで得点をあげたという、とんでもない記録になる。
ザベリアン高はこの年、ディビジョンの州チャンピオンに輝いた。
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