オリンピック後のマリンは怪我になかされていた。大半をベンチで過ごしながら、回復に務めている状況が続いている。92年にラトレル・スプリウェル、93年にクリス・ウェバーをドラフトで獲得し補強をしていた。スプリウェルと、ウェバーは期待通りの働きをした。しかし、ウォリアーズの成績は1年ごとに上がったり下がったりの成績だった。94年にはウェバーがネルソンを噛み合わずにワシントン・ブレッズ(現ウィザーズ)に移籍。チームの中心選手のティム・ハーダウェイは世界選手権のアメリカ代表ドリームチーム2に選ばれるが、膝の故障で断念し1年間治療に専念した。
そんなチームにマイナスな事が続き、ヘッド・コーチがドン・ネルソンからリック・エイデルマン(現キングスコーチ)に替わった。エイデルマンはブレイザーズを89-90、91-92シーズンの2回NBAファイナルに導いている実績のあるコーチだ。しかし、チームは機能しなかった。
エイデルマンは、若手が伸びてきたのを切っ掛けとして、マリンをスターターとして使わず、ベンチから出てきて得点力を与えてくれるシックスマンとして起用した。マリンは、文句を言わずにその仕事に没頭した。95−96シーズンに、怪我から復帰したが結果を出せなかったハーダウェイがトレードに出された。(理由は、エイデルマン、スプリウェルと噛み合わなかったらしい。)
マリンには夢があった。NBA選手なら誰でも欲しいチャンピョンリングだ。マリンはウォリアーズと9年契約を結んでいて、契約期間が1年残っているが、今後は優勝を狙えるチームに移籍したいとのことだ。これまでマリンの要求を蹴ってきたウォリアーズ側も、彼の気持ちを尊重したいといった。12年間、ウォリアーズの中心プレイヤー活躍してきたが1997年8月11日にマリンは、エリック・ダンピアー、デュアン・フェレルとの2対1のトレードが成立して、新天地インディアナ・ペイサーズに移籍した。
|
|