97年にペイサーズは、ラリー・ブラウン・ヘッド・コーチから、ラリー・バードがヘッド・コーチに替わった。バードとマリンはバロセロナ・オリンピックの時に一緒にプレーをした。マリンはバード・コーチのしたでプレーできることに大喜び。「すごく、興奮している。12年間過ごしたウォリアーズを離れるのは複雑な気分だけどね。この機会を逃したくなかったんだ。」
  逆にバードはペイサーズのコーチになって、インタビューでこんな事を言っていた。「何人か僕の構想に必要な選手を入れなくてはいけないけど、デリック・マッキーが怪我(アキレス腱切断)で動けないから、まずスモール・フォワードの補強が第一にあげられる。リック・スミッツやレジー・ミラーをバックアップできるようなベテランのスモール・フォワードが欲しいんだ。もちろん、ベテランは若手のとても良い手本になるからね。安心してプレイを任せることができる。スター選手が欲しいわけじゃない。若手が安心できるようなベテランが来てくれることを望んでいるんだ。」これは、マリンを初めから欲しかったと言っているかのようだ。マリンがペイサーズに移籍が決まった後、バードは「第二か第三のオプションとして使って得点できるという点では、リーグの中でマリンの右に出る選手はいないよ。」と、マリンを評価した。
  ペイサーズに移籍してからのマリンは、上手くチームのシステムになじみミラー・スミッツの次ぎのチームスコアラーとなった。97-98、98-99シーズンはともに、プレーオフ・カンファレス・ファイナルまで進出したが97-98はブルズに3勝4敗で敗れた。(この年、ジョーダン率いるブルズが2度目となる3ピートをして優勝)98-99には、ニックスに2勝4敗で敗れた。(この年ニックスは、NBA初の第8シードからNBAファイナルまで進出した。)
  99-00シーズンは、ジャレン・ローズの急成長によって、スタメンの座を奪われてしまった。ベンチでチームを見守るようになった。しかし、ヘッドコーチ・バードはオフシーズン、マリンにスタメンでは起用しない事を告げていた。マリンはバードの言葉を素直に受け入れた!
  マリンはベテラン選手としてチームの励ます役割に徹していた。タイムアウトをとった時に、戻ってくる選手のもとに駆け寄りって声をかけたり、若手選手にアドバイスをするなどをしている。そんな中、チームは順当に勝ち上がり、イースタン・カンファレス1位でプレイオフに進出した。ラリー・バードがコーチ最後のシーズンで気合が入っているはずだったがのだが、1回戦を3勝2敗で辛くも勝利した。2,3回戦は4勝2敗で勝ち、見事インディアナ・ペイサーズは初のNBAファイナルに進出する事が出来た!その対戦相手は、90年代シカゴ・ブルズを6度のチャンピョンに導いたコーチのフィル・ジャクソンをヘッド・コーチに今シーズンから就任させたロサンゼルス・レイカーズ。相手にとって不足は何も無かった。しかし、シャキール・オニールを中心とするトライアングルオフェンス(小さなトライアングルのゾーンを作り攻撃する作戦)を止める事が出来ず、チームは2勝4敗でNBAチャンピョンを逃してしまった。そして、マリンの今シーズン悔やむ結果で幕を閉じた。