島の一番西に知床という所がある。知床旅情の知床と同じ名前。北海道は同じ名前の
地名が多い。道が無くなって、バイクを置いて歩くこと約30分。断崖絶壁の囲まれた行
き止まりのその場所は本当に静かで誰も来ないような時間の止まった空間だ。海の音しか
しない。波の音。風の音。自分の動く音。それだけが永遠に続くようなこの時間に存在し
ている。光る海を見ながら礼文島がますます好きになっていく。海鳥の声。長くて短い人
生の中でこんなにゆったりした時間はそう無いだろう。それを今手に入れた。長い時間た
だ波の音を聞いて、海の匂いをこれでもかと言う位たっぷりと含んだ空気をいっぱいに吸
い込んだ。
礼文林道。香深からメノウ海岸方面へ行く途中にそこへの入り口はある。砂利道でオ
ンロードバイクにはちょっとつらいかな。でも途中からは利尻富士が一望にできる場所が
あったりして穴場ポイントだ。一番高い所に展望台があって、そこからは礼文島の島を、
眼下に広がる緑の花畑を一望にできる。ここに来ると全てを忘れそうだ。輝く海と、どこ
までも広がる緑の草と花を見つめながら自分さえ忘れてしまいそうな時間がそこには有る。
バイクは素晴らしい。この体をどんなところにも連れていってくれる。バイクと巡り会え
なかったら自分の人生は味気ないものになってたかもしれない。ちょっとおおげさかな。
海、と言うより空に突き出た断崖でさっき会った高校生チャリダーと熱いコーヒーを沸か
して、海と島全体がオレンジ色に染まる夕日の中でゆっくりと飲みながら日が沈むまで風
に吹かれながら海を見ていた。
そんな普段の日常生活じゃなかなかできないようなことが無理なくできる。そんなと
ころだ。礼文島は素晴らしい。礼文空港は小さな飛行機がブーンと飛んできてゆっくりと止
まる。あわただしさがない。この島に住んでたらどのような人生が送れるのだろう。考えも
しない人生が有るのかもしれない。久種湖でキャンプをする。小さな湖のほとりのキャンプ
場。夏は人が多いらしい。小さなテントの空間の中で日本にもこんなところがまだ有るんだ、
と思った。礼文島は南北に長い島で島の東側には島を約半周する道があるが、西側は断崖絶
壁で海が迫っていて道らしい道がない。この道無き道を8時間以上かけて歩いて見る人たち
もいるらしい。いつかやってみたい。
キャンプでの夕食を買いに行った際に、魚を買おうとすると大きすぎる魚をわざわざ切
り売りしてくれたり、みそが少しほしいと言ったらたまたま買い物に来ていた島のおばさん
が自分でみそを買って少し分けてくれたりした。キャンプ場でガスコンロの上の鍋の中でい
い匂いでぐつぐつ煮える魚を見ながら、ここは本当にいい所なんだとあらためて実感した。
天気のいい日に礼文の山に登るとまるで地図を上から見ているように島全体が見える。緑の
草木が絨毯のように、波打つように遠くまで続いている。ミニチュア模型のようだ。鳥の声
がして、草の匂いと海の匂いが交互にやってくる。夏の盛りの一番勢いのある時間だ。ずっ
とここにいられたらと思った。冬は寒いらしい。あと、見て笑ってしまうのがメノウ海岸側
にある展望台から見た、桃岩と猫岩。そのまんまだ。北海道の海と山と大地と空と人のいい
ところをぎゅっと凝縮したような所。それが礼文島だ。
稚内からフェリーで約2時間の所にその島は有った。オートバイで北海道を旅して、
ツーリングで会った人から「あの島はいいぞ。」と何度も聞いて、自分自身2回目の北海
道ツーリングで来ることができた。香深は礼文島の玄関。大きな港だがフェリーターミナ
ルは海底がそのまま見えるような透き通ったきれいな所だ。フェリーからバイクで島への
第一歩。ついに来てしまった、と言うところか。礼文島は縦長だ。島の東部に一本だけ縦
に道があり、西側は断崖絶壁の海岸線だ。香深とは島の反対側にあたる久種湖のほとりの
キャンプ場にテントを張り、島の探検を始める。島の最北端のスコトン岬は本当に日本の
最北端だ。厳密に言うと宗谷岬の方が北らしいが、雰囲気的な面では最北端はスコトン岬
が上だ。強い風の吹き抜ける岬は正面に無人のトド島がみえ、海岸線に打ちつける波は強
く、一筋縄ではいかないような近づき難い雰囲気がある。ここまで来ると日本はほぼ征服
したな、という自分勝手な気持ちが強くなってくる。北の厳しさを歌った演歌なんてもの
でさえはねつけてしまうような強烈な雰囲気がそこに有った。ここは最北端。半端な気持
ちで来るのは許さないといったところか。観光バスが着き、たった10分位の観光を満喫
していく人々を見ながら、バイクでの旅はすばらしいと再認識した。バスでの旅が上辺だ
けの来たことだけを思いでの糧としているのに疑問を感じながら、通り過ぎる人々をゆっ
くりと見ていた。