カローラセダン(TE71)
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 次に手に入れた車は、なんと前と同じTE71。先輩が車を買い換えるので譲ってもらった。 ただで。でも今度はTE71でもレビンではなくてカローラセダン。それも昭和58年型で塗装も ちゃんと色が有る状態だ。というよりものすごく程度がいい。12万キロ走っていたが調子はよく、 前のレビンより確実に性能は上だった。とりあえずレビンに付いていたパーツをすべて移植して同 じレベルの満足まで仕上げた。それもそのはずほとんどの部品は共通であった。スタイルはハッチ バックからセダンになり四角いレビンが丸く見えるほどの強烈なスパルタンなTE71型戦闘機と いった感じであった。ただ、ここから少し違うのが、今まではただ走り回っていただけだが、それ では飽きたらずサーキットやジムカーナなどに通い始めた。いちばんはまってた頃は毎週何かしら のイベントに行っていた。特にジムカーナについては関東周辺のジムカーナ場に通い、パイロンの 回りをいかに速く回ってどれだけ車を自分の思い通りに振り回せるかだけを考えていたこともあっ た。替えのタイヤを1セット積み込みどこへでも行った。構造が簡単で誰でもいじりやすく、その 上壊れない。レーシーな上に維持費もそれほどかからない。この車も前と同様で1/1のおもちゃ 感覚で分解しては組み立ててといった事を繰り返していた。さすがにエンジンまでは手を出さなか ったが。何度もサーキットに通いスピードを出していても、どう運転すれば危なくないかを覚えた。 事実サーキットへ行った帰りは高速道路でも車の流れが停まって見えた。それはそうだ。150k m/以上のスピードでコーナリングするなんて普通ではあり得ない。最新のハイパワースポーツ車 にはストレートでは面白いように抜かれたが、コーナリングでは互角に走れた。構造が簡単のため 調子が悪くなっても何となく原因が分かり、ほとんどのトラブルは自分で直していた。パワステが 無い上にタイヤを太くし、その上ハンドルを小径のスポーツタイプに換えていたので、ハンドル操 作は気が遠くなるほど重く、駐車する際は頭の血管が切れそうになるほどの力が必要で、1日運転 していると次の日は筋肉痛に苦しめられた。おかげで上半身は鍛えられたが。

 その車も富士スピードウエイでスポーツ走行中に、30分位エンジン全開で走っていたら、 エンジンが持たなかったようでストレートの途中でエンジン音がおかしくなり、なんとか騙しなが やっとの思いでピットに入ってエンジンを止めたら二度とかかることはなかった。冬の素晴らしく 晴れた日できれいな雪をかぶった富士山をバックにその終わってしまった勇姿は今でも目に焼き付 いている。JAFを呼び近くの自動車修理工場に車を預けて御殿場より電車で家に帰った。一度は 廃車にして買い換えも考えたが、結局中古のエンジンに乗せ換えて2週間後には再びハンドルを手 にして家に向かっていた。あのころはまだ2TGの中古エンジンがまだ有ったのだ。考えてみれば、 ノーマルの状態から、シートを替え、タイヤとホイールを替え、トランスミッションとプロペラシ ャフトやデフレンシャルギアー(TRDの4ピニLSD)を替え、ショックとスプリングを替え、 オーディオを替え、エンジンの補記類を替え、最後にエンジン本体まで換えてしまうという、気が 付くとボディー以外はほとんど元の状態から交換してしまうというまでになってしまった。

 この車は次の車のユーノスロードスターに乗り換えるためにやはり手放してしまったが、最 後に奥多摩までドライブに行ったとき、駐車場に停めておいたら、車好きっぽい人が「なんて速そ うな車なんだ」と言っているのを聞いて、改めて手放すのが残念でならなかった。派手な改造は何 一つしていなかった。ステッカーさえも貼らなかった。ただRSワタナベのホイールをはき、低く 構えた角張ったその姿は他のどんな車よりもかっこよく見えた。自己満足の極地だったかもしれな いが、もし手に入ればレビンもカローラももう一度乗ってみたい車だ。手が人一倍かかって、思い 入れも強かった分だけ忘れられない。クオーンというアクセルを全開にしたときの音が今でも耳に 残っている。あの頃のトヨタ車はどれをとっても魅力的だった。今はトヨタ車を欲しいという気持 ちさえ起こらないが。。。