File,3:南紀のんびり旅行

1998年12月22日〜23日(東京〜串本)
1998年12月24日(串本〜新宮)
1998年12月25日(新宮⇔熊野)
1998年12月26日(新宮〜東京)
 今回の旅行メンバー
 こじこじ…このページの管理人
 K…食堂選びの天才
 T…裏(?)トラブルメーカー
 M…滋賀在住の隠れカメラマン


1998年12月22日〜23日(東京〜串本)
  かなり突然決まった感のある今回の旅行。暖かくて程よく遠い場所を求めた結果、決まった場所が南紀。バイトで稼いだ資金も前回の九州旅行で1回チャラになっていたため、資金も不足がち。暖かく、その上程よく遠い。場所はここしかなかった。こじこじはサークルの飲み会を終えてからの参加だったので、程よく酔っていた。集合は23時20分に東京駅。東京から参加の「K」、「T」、そして「こじこじ」の3人は無事に集合。岐阜県の大垣まで行く夜行快速『ムーンライトながら』に眠気とともに乗り込んだ。

  が、ここでトラブルが発生した。京浜東北線が遅れたため、『ながら』も止まってしまったのだ(!)。品川駅で足止めを食らってしまったため、メンバーは滋賀から合流する「M」対策プランを練らなければならなくなった。ホームでは、十分な説明をしない(できない?)駅員にサラリーマン風の人が食って掛かる一幕もあった。会議の結果は、いたって簡単。電車が動いてから考えよう!この単純な結論を出して、大垣まで眠った(-_-)zzz

  午前8時前(1時間半遅れくらい)に大垣に到着。このとき、Mに初めて連絡を取った。が、なかなか電話に出ない。そして、しばらくしてからやっと出た。「ゴメン、寝坊した」。もしも、電車が普通どおりに動いていたら大変なことになっていたところだった(^^ゞ ともあれ、彦根で無事合流。一路大阪に向かった。

  大阪から、和歌山方面への窓口となる天王寺へ向かった。大阪環状線の車窓から大阪ドームなどを見ながらの、なかなかの〜んびりとした雰囲気。祝日だったのもなおさら良かったのかもしれない。そして、天王寺に到着。朝からまともなご飯を食べていなかったことに気がついたので、駅で関西風のうどんを食べることにした。これが、トラブルの始まりだった。

  和歌山までの列車に乗り込み、出発まであと1分。とっくにうどんは食べ終わってるはずなのに、Tが現れない。出発時間を間違えるようなベタな事をするはずがない。というのも、Tはしっかり者で通ってるからだ。残り3人の出した結論は「ま、乗ってくるでしょ?」。が、Tは乗ってこなかった。ドアは閉まってしまったので、とりあえず終点の和歌山まで向かうことにした。

  Tは、あいにく携帯電話というものを持っていない。でも、荷物だけは電車に乗っている。と、いうことは残り3人の電話番号をメモした紙も荷物の中にあることになる。Tの心配も去ることながら、残りのメンバーはどうして乗り遅れたんだろう?でも、高校の時にもたま〜に大ポカしてたよね。っていう話をしていた。和歌山についてもなかなか現れない。残りのメンバーが和歌山に到着した1時間半くらい後にやっとTは到着。Tは、「次の駅で降りて待ってるかと思った」と開口一番コメントした。ま、言われてみれば尤もなのだが、なぜか他メンバーはそれに気づかなかった…。

  そして、和歌山からは本州最南端の串本へ向かった。夜行列車の遅れ&和歌山城等々の観光スポットは見れずじまい。結局、串本に到着したのは夜。ここからバスに乗って30分。今日のお宿は本州最南端の串本の最南端、潮岬。この日は暗くて目の前に広がっている(はずの)太平洋はほとんど見えなかった。確か、テレビでは竹ノ内豊と木村佳乃と酒井真紀が出てるドラマの最終回をやっていた(恐らく日テレ系列)。その時、今日のマン・オブ・ザ・マッチ「T」はスヤスヤと眠っていた(^_^;) 


ムーンライトながら
 
 今回のお騒がせ列車“ムーンライトながら”(右)
座り心地はよかったのですがねぇ。
ミニ列車
 走行距離1q未満のミニ私鉄、御坊鉄道

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1998年12月24日(串本〜新宮)
  昨日のお騒がせ振りとは打って変わって、この日は穏やかな朝だった。目覚めもよく、とってもいい気分で朝食に臨んだ。外のほうを眺めてみると、朝から漁船が浮かんでいた。そして、一緒になった一人旅のおじさんからちょっと情報を頂く。話を聞いてみれば、おじさんは、うちらと逆コースで旅行しているらしい。今日のうちらの目的地である“那智の滝”にも行ってきたとのこと。情報を仕入れて、バスが出発するまでにはまだまだ時間があったので、潮岬周辺を散歩した。朝はやーいこともあってか、ほとんど観光客っぽい人はいない。真冬なのにもかかわらず、ちょっと暖かいのをいい事にして海岸まで降りてみた。この先にオーストラリアがあると思うと、なにか不思議な感じだ。目の前に広がる大海原を見て、「オーストラリアのほうから日本まで渡ってくる渡り鳥はホントに大変なんだろうな」、とふと思った。

  バスで潮岬から串本の駅へと出る。ここから数十分の電車旅。電車を多用するうちらの旅行にあって、この電車の利用時間は異様なほどに少ない。列車は、かなり海に沿って走る。ホームからは、海苔の養殖をしている入り江の様子がよく見えるホームも多かった。このような景色を見ていると、時間が止まってみえる。夏の賑やかな海もいいのだが、冬の静かで穏やかな海もまた格別なものだ。列車は、那智の滝へのバスの乗り換え口である紀伊勝浦駅に到着。ここで、昼飯も食べる事となった。港町なので魚を食べる!っていうことは決まっていた。ここでも、食堂に独特の嗅覚を持つ『K』が活躍。手ごろな食堂に入り、安くておいしいまぐろ丼を食べた。もう、おさしみが柔らくて美味しいこと美味しいこと。「東京で同じような鉄火丼を食べたら2,000円ぐらいかかるかも」とこぼしていた『M』の言葉には妙に説得力があった。ちなみに、このまぐろ丼のお値段、1,000円もしなかった(^o^) 一同、お腹を満たして那智の滝へ向かった。

  駅からバスに素直に乗っていれば、那智の滝には着く。が、素直でない(?)うちらがそんなコースを採るはずがない。那智の滝のちょっと上に、熊野那智大社という神社がある。昔の貴族が京都からここら辺までお参りに歩いてきたという“熊野古道”がハイキングコースとして残されている。うちらも1時間だけ熊野古道を歩くことになった。正味1時間の山歩きの開始だ。夏じゃなかったので、汗だくにはならず、丁度いい汗のかき具合で熊野那智大社に到着。ここの神社は由緒ある神社のはずなのに、社とかが朱色に塗りなおしてあったりした。キレイといえばキレイなのだが、情緒に欠けると言わざるを得なかった。個人的には、あまり好きでないタイプの寺社に入る。そして、熊野那智大社を後にして、那智の滝本体へ向かった。冬だから水が少なかった。夏場の半分らしかったのだが、それでもやはり水は轟々と落ちていた。時期が時期だったためだろうか(クリスマスの時期)、観光客がかなり少なかった。そのため、とってものんびりと観光できたのがよかった。日本一の滝を見た、という満足感を携えて、本日の宿泊地である新宮へ向かった。

  新宮に着いた時は、すでに夜だった。まぐろ丼のパワーが切れていたので、すぐに食べ物屋さん探しに出かけた。ここで、またしても『K』の勘が働く。ちょっと古びてそうなラーメン屋を見つけて、「ここで食べよう!」と決断。食べてみると、和歌山ラーメン(醤油と味噌の割合が6:4)そのもの。スープがとても美味しかったのだ。思わず、目の前にあったおでんまで思わず手が出てしまった。店にうちら4人が入ると、それだけで席の過半数が埋まってしまうほどの小さな店だったが、うちらが得た満足感は店の狭さと反比例してとっても大きなものだった。

潮岬
 
 本州最南端の地、潮岬。真ん中の
白いのが岬。その前の家が泊まった宿。


冬の海辺
 
 この先はオーストラリアなのです
 
 
 
海辺の駅
 
 ホームからはばっちり海が見えます
ゆっくりと腰を据えて絵などを
描いてみたいもんです
 



那智の滝;その1
那智の滝;その2
那智の滝;その3

 那智の滝を撮ってみました。
左;山登り開始直後。まだまだ遠くて滝の姿すら判りません。地肌の出てるところが滝です。
真ん中;熊野那智大社から。やっと滝らしくなってきました。
右;那智の滝直下。夏は岩肌全部に水が流れているそうです。
 
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