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遂にプロレス入り!!

デビュー当時のブロディそんな彼の巨体に目をつけたのが、地元プロモーター兼レスラーのあの“鉄の爪”フリッツ・フォン・エリックだった。プロレス入りの経緯は諸説いろいろありますが、決断の一番の理由は「エリックから3人の息子を一人前にしてくれと頼まれた」からのようです。ブロディ自身も「よーし、エリックの息子をマット界の財産にしてみせるぞ、という意欲が沸いてきた」という。デビッド・フォン・エリックが日本で急死した際の号泣も、そんな彼の責任感が現れていたのかもしれません。

 


1973年にプロレス入りし、翌74年ルイジアナ州南部ラフィエッテのバトルロイヤルで“フランク・ハンマー・ゴーディッシュ”というリングネームでデビュー。以後、暫くの間は本名を名乗っていた。当時の彼は、パワー一辺倒のただのデクノ棒タイプのレスラーだった。彼自身、自分のレスリングスタイルに危機感を抱き、その後アマレス主流のオクラホマ地区へと転戦する。

ハンセンとの再会
1974年バッド・テキサン夏、大学の後輩スタン・ハンセンが彼より一足遅れでオクラホマ地区に転戦。再会を祝ってバーで乾杯した二人はその場で「WTSU同窓コンビ」を結成する。テンガロン・ハット&髭がトレードマークのこの“バッド・テキサン”は、その年の12月にテリー・ラザン&ジョニー・イーグルからUSタッグを奪取、75年7月アーカンソー州フォートスミスでダニー・ホッジ&ジェイ・クレイトンに王座を奪われるまで7ヶ月間同王座を保持していた。これを機に、2人は出世を誓ってコンビを解散する。解散後はリングネームを本名から“フランク・ブロディ”に改めテキサス、ミズーリ、カンサス、フロリダと転戦。 テキサス州アマリロではレイ・キャンディからウエスタン・ヘビー級王座を奪取、翌76年にはフロリダでロッキー・ジョンソンを破りフロリダ・ヘビー級王座を獲得する。この時期に、その人間離れしたパワーから“キングコング”と呼ばれるように
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