

| 舞鶴国際デュアスロン。 本当に自分のすべてを出し切れる場所かもしれない。 そもそも私がロードレーサーに乗るきっかけになったのがトライアスロンを TVで見たから。 でも3種目を練習するのはキツイ。それこそ生活の全て を使わなければならない。 FUKADAまじりんぐで活動し始めたとき、この大会に誘われた。 コースはまず第1ランで10km、次にバイクパートで60km、そして第2ランで 10km走るのだ。 「楽勝じゃん!」と思ったのだが・・・事前練習行ったときに愕然とした。60km のバイクパートには400m級の山越えが3つあるのだ。 実はランンニング自体も本格的にやった事なし!(たまに趣味で10kmくらい 走っていたこともあったが・・・) 半年かけて即席ランナーになったもんです。 さて第1回目の挑戦は’98年。 最初のランは50分かかって帰ってきた。するとバイク置き場には既に自転車 のほとんどが無くなっている。 やはり半年ではランナーになりきれなかったらしい。 しかし、次は得意のバイクパート。しかも前半の20kmは平地区間!! 40km/h前後のハイペースで爆走!! 坂が始まる頃には大集団に追いついた。(何せ1000人から出場している) 坂に入ると周囲のペースが一気に落ちる・・・そう自転車は結構苦手なのだ。 こうなると自転車だけをやってきた私にとっては「周囲が止まって見える」。 さらにペースを上げるべくダンシング! しかし頑張りすぎで脚が攣ってしまった りして・・・ それでもバイクパートで何百人抜いたか分からないくらい。 その証拠にバイクパート終了でバイク置き場に帰って来た時には自転車の 数が極端に少なかった。 しかし第2ランは地獄だった・・・全く脚が上がらない。 走っているというより勝手に脚が動いている状態。つまりいつ止まってしまうか 分からないような状態なのだ。 バイクパートであれだけ抜いたのにランに入ってからはゴボウ抜かれ状態。 沿道には応援してくてる地元の人々、でも声援なんて全く目に入らない。 何故だか分からないけど涙が出てくる・・・辛い、苦しい、痛い・・・もう2度と 出るもんか!!それでも止まらず一歩一歩、一秒でも早くゴールへ。。。 ゴール手前、チームメイトが待っていて応援してくれている。 まさか私が時間内完走とは思って居なかったのだろう、目一杯の応援で 迎えてくれる。 そしてゴール。4時間20分。初参加にて堂々の完走621位。 ゴールした途端、こみ上げるものがあり、涙が滝のように出てきた。 今持っている自分の全てを使いきった喜びからだろうか? こんな経験滅多にできるものではない。 ところが2002年の第10回大会を最後に消滅してしまった。。。 もう、あの感動は・・・・ |

