1999舞鶴。既に両足痙攣にも関わらず必死のペダリング!!
この日のために用意したマシン:KG286はこのレースには
相性が悪く、全然進まない!!!!
舞鶴国際デュアスロン。
本当に自分のすべてを出し切れる場所かもしれない。

そもそも私がロードレーサーに乗るきっかけになったのがトライアスロンを
TVで見たから。 でも3種目を練習するのはキツイ。それこそ生活の全て
を使わなければならない。

FUKADAまじりんぐで活動し始めたとき、この大会に誘われた。
コースはまず第1ランで10km、次にバイクパートで60km、そして第2ランで
10km走るのだ。
「楽勝じゃん!」と思ったのだが・・・事前練習行ったときに愕然とした。60km
のバイクパートには400m級の山越えが3つあるのだ。

実はランンニング自体も本格的にやった事なし!(たまに趣味で10kmくらい
走っていたこともあったが・・・)
半年かけて即席ランナーになったもんです。

さて第1回目の挑戦は’98年。
最初のランは50分かかって帰ってきた。するとバイク置き場には既に自転車
のほとんどが無くなっている。
やはり半年ではランナーになりきれなかったらしい。
しかし、次は得意のバイクパート。しかも前半の20kmは平地区間!!
40km/h前後のハイペースで爆走!!
坂が始まる頃には大集団に追いついた。(何せ1000人から出場している)
坂に入ると周囲のペースが一気に落ちる・・・そう自転車は結構苦手なのだ。
こうなると自転車だけをやってきた私にとっては「周囲が止まって見える」。
さらにペースを上げるべくダンシング! しかし頑張りすぎで脚が攣ってしまった
りして・・・
それでもバイクパートで何百人抜いたか分からないくらい。
その証拠にバイクパート終了でバイク置き場に帰って来た時には自転車の
数が極端に少なかった。
しかし第2ランは地獄だった・・・全く脚が上がらない。
走っているというより勝手に脚が動いている状態。つまりいつ止まってしまうか
分からないような状態なのだ。
バイクパートであれだけ抜いたのにランに入ってからはゴボウ抜かれ状態。
沿道には応援してくてる地元の人々、でも声援なんて全く目に入らない。
何故だか分からないけど涙が出てくる・・・辛い、苦しい、痛い・・・もう2度と
出るもんか!!それでも止まらず一歩一歩、一秒でも早くゴールへ。。。

ゴール手前、チームメイトが待っていて応援してくれている。
まさか私が時間内完走とは思って居なかったのだろう、目一杯の応援で
迎えてくれる。
そしてゴール。4時間20分。初参加にて堂々の完走621位。
ゴールした途端、こみ上げるものがあり、涙が滝のように出てきた。
今持っている自分の全てを使いきった喜びからだろうか?
こんな経験滅多にできるものではない。

ところが2002年の第10回大会を最後に消滅してしまった。。。
もう、あの感動は・・・・