「五感と勘」(Z) 

[タヌキの知恵]
 月に2度ほど田舎に出かけて畑を耕している。いつでもおいしいトウモロコシが食べられるようにと種は4回に分けて追いまきをした。やっと実ってきた畑からいくつかをもぎ取って食べてみた。翌朝、畑に行くと20本からのトウモロコシが茎を噛み切られたりひきちぎられたりして倒れている。離れた藪の中には実を引きずっていって食べたタヌキの宴会の跡があった。数日して他の畑のトウモロコシが実りはじめたので数本を持ち帰った。ところが、翌朝訪れるとまたしてもタヌキに荒らされている。一族がそろって出てきたらしくかなりの荒らし方だった。しかし、昨年の被害にこりて灯油を撒いておいた畑は無事。嗅覚に鋭敏なケモノたちはこういった異臭には弱いものが多い。灯油はモグラにとても効果があったのでいろいろな生物にテストしている。

 考えてみるとタヌキはトウモロコシが実るのを毎日たのしみにしていたのかもしれない。そこへ都会から人間が訪れて勝手に取り始めた・・慌てたタヌキは一族を総動員してその夜のうちに収穫に励んだのではないだろうか。タヌキはていねいに皮をむいて食べている。満月のころだったからきっと月見をしながらおいしく食べたことだろう。タヌキやキツネが出るせいか野ネズミがいなくなったのはありがたい。あの独特の糞の匂いさえなければだが・・。先日、蓼科山を歩いているときなにか不思議な匂いが漂ってきた。はてなと気をつけているとどうやら笹の花と実の匂いらしい。この場合、笹に黄金がなりさがるのは天候の不順の前触れだという説もある。冬支度をタヌキが急いでいたのでは・・と考えるとタヌキが哀れになった。

[男女同権のカモシカ]
 天然記念物に指定され保護されて久しいためかカモシカにはやたらと出会う。数年前から我が家の畑にシカの足跡がみられるようになった。ところがあのバラマキの糞が見当たらないのだ。ヒズメの開き具合もちょっと違うようだし・・はてな・・とは思っていたのだが、我が家の裏の畑にカモシカがいるのを目撃してしまった。前日は浅間山の近くで子づれの親子を観察してきたばかり。タヌキは餌を抱いて安全なところまで行って宴会をするが、たまに出てくるカモシカは畑の中でトウモロコシを立ち食いしたらしい。鋭い歯型がグリッとえぐるようについている。カモシカはウシ科だからトウモロコシだってなんだって食べるのだろう。ありがたいことにカモシカはつがいまでで群れにはならない。

 カモシカに出会うことは多いのだが、いまだカモシカの鳴声を特定できないでいる。ヒューンというシカの鳴声よりメエーというヤギに近いとか。あのキェッという鋭い警戒音は同じだろうか。一夫一妻を守っているというからハーレムを守るオスシカのような見張りはいらないから普段は鳴かないのかもしれない。糞はウサギのような豆粒状ではあるがバラマキ型のシカとはちがい、ちょっとゆがんだ糞を一日3回、100粒くらいまとめてするという。シカのオスは立派な角を持ち体も大きいが、カモシカはオスメスともに小さな角を持ち体も同じ大きさである。私にはまだ雌雄すら見分けがつかない。

[シカと猟犬]
 身延山の裏手にある米無川の岸で寝ていたら遠くに犬のほえる声を聞いた。やがて、まだ薄暗い川の流れの中を1匹のメスジカが下ってくるのを認めた。シカは何度も山側の崖を数mほど登りかけては流れに戻ることを繰り返しながら水の中を下っていった。2−3分してドーベルマンのような2頭の精悍な犬(野犬?)が姿を現した。流れの中をジャブジャブと飛沫をあげながらもシカが岸に取り付いたところは必ずチェックしている。そして、迷うことなくシカの消えた下流へと後を追っていった。さすが・・、シカは岸の藪に逃げ込んだように見せかけながら匂いの残らない流れの中を下っていったつもり。しかし、犬たちは藪に迷い込むこともなく執拗に流れの中のシカを追いつづけていったのだ。互いの駆け引きの結末は知らないが、シカの生に向けての必死のあがきに胸が詰まった。追っ手の野犬にしてもそれはそれでまた彼らの生への戦いだったのだろう。

[雨風の山を歩く]
 子供のころは雨が降ると番傘でした。桐油を塗った傘は摺り切れるとテッペンのあたりから雨が漏ってくる。風が強く傘がさせないときには油紙をまといました。農作業にはまだミノがありました。学校に通うときのポケットには「はなお」の予備がかかせません。ゾウリやゲタの鼻緒はよく切れました。古い布をより合わせただけの鼻緒ですから合成繊維のようには強くはありません。力をかけないように上手に歩きました。女性のゲタの鼻緒をすげてあげる・・なんて、今では小説の世界の中だけになってしまいましたね。先月に頂上の手前まで登山が解禁になった浅間山。当時は靴が買えなくてゾウリよりはとゲタで登りました。なれない運動靴に砂が入り難渋している友人たちを尻目に峰の茶屋(軽井沢側)への砂礫の下りは快適でした。ゲタには砂や小石は入りませんね。意気揚揚とまるで天狗さまになった気分でした。

 自然の生態系に触れる夜歩きはすでに記述しましたが、雨の日や風の日の生物はどんな姿をしているだろうとカメラを持って近くの丹沢に出かけていた頃があります。ゴム引きやビニールの雨具が手に入ったころ、雨が降ると宮ガ瀬あたりの尾根や沢を歩き回りました。まだダム湖はできていなかったので今のような立ち入り禁止区域もありません。西丹沢の水の木(馬印)あたりも車が入りました。雨をしたたらせる木々の黒味がかった緑。奔流となり音をたてて岩を越える沢水。這い歩くミミズにヒルや沢蟹。枯れ葉の下の菌糸はキノコの用意をはじめているでしょう。小鳥の声も明日の天気を教えてくれます。山肌を覆う霧と雲の動きからは尾根を越す鳥の渡りの道を知ることもできます。

[心の共鳴]
 山鳴りや海鳴りは心を不安に陥れます。きっと他の生物たちも同じでしょう。音は心をゆさぶります。雷鳴は恐怖を呼び覚まします。原始の太鼓のとどろき、ドラムのあの低周波の響きは何でしょうか。共鳴とは・・心と心をすら共鳴させるのではないでしょうか。合唱に酔い、読経に酔い、教会では聖歌に酔い。サッカーや野球の応援に酔う。こういった群れが一つになる・・一体感の原点にあるのはなんといってもドラムの音ではないでしょうか。戦場に響く突撃ラッパと太鼓の音は心を勇み立たせて恐怖心すら抑え込んでしまいます。「鼓舞」という言葉はいい得ていますね。淋しいときには大声で歌を歌って自分を励ましますね。耳から聞こえる自分の声に心が共鳴し励まされるのでしょう。

[雪の山を歩く]
 この8月の20日だったでしょうか、NHKで冬の岩木山での地元の高校生たちの遭難のドキュメンタリーを放映していました。昭和の39年頃といえば今と比べれば装備も食料もきわめて貧弱なもの。何日も続いた吹雪の中での彼らの生還への努力と友情には胸を打たれるものがありました。私も当時は八幡平や吾妻連峰あたりをスキーで歩いていました。吹雪のときなどには仲間の意見を一つにして的確な判断を下すことはなかなか難しいことを身をもって知りました。視界がなく疲労と空腹におそわれると神経はいらだち判断力は著しく低下します。やみくもに動き回ることで恐怖から逃れようと・・じっと行動しないで待つということができなくなります。疲労と困難の中でも冷静かつ沈着な判断力を失わないためには、こういった面での日ごろの訓練が必要なことを思い知らされました。それやこれやが五感と勘の項で試みた一連のトレーニングの理由でもあるのです。「未知の下りほど怖いものはない」というのが冬山や藪山を問わず私の山歩きでの実感です。


   − 五感と勘(Z)終わり −