「五感と勘」([)        佐久間 遼次


[頭隠して・・]
 魚や鳥や獣を追い詰めると岩や藪の狭いところに逃げこみ隠れる。兵士たちは相手に見えにくいようにと迷彩服を着るし煙幕をはったりもする。また、偽装のためにレーダー波をかく乱する物体を撒き散らしたり、潜水艦では重油や装備を放出して死んだマネもする。タヌキはショックで仮死状態(?)になるが、これは身を助ける術にもなっているのだろう。ニワトリを脅すと狭い隙間に首だけを突っ込む。突然に脅すとその場で金縛りにあったように動かなくなる。ネコがネズミをいたぶるように、生きて動くものが狙われるのはどの世界でも同じだ。そして恐怖におののくと頭を隠すだけでなく目もつぶる。目をつぶることでなぜ心が鎮まるのだろう。目をつぶればかえって聴覚や嗅覚といった感覚は鋭くなるのではなかったのか。

 カメレオン、イカ、ヒラメ、ある種のカエル・・彼らは体表面の色を変えることができる。獲物を求めて動き回っているとき、休憩しているとき、食事をしているとき・・。その場に応じてからだの色を変えている。雷鳥や野ウサギは冬には雪にまぎれるようにと白くなる。色を変えるには相手から見えないようにとする客観的なものと、単に自分の目でとらえた主観的な情報をもとにする場合の違いがある。水槽の底を白く塗ってヒラメを横たえると、やがて体は白く変わるが・・眼の下だけを黒くしただけでもヒラメは黒くなる。そこで、眼の下を白と黒のダンダラ模様(市松模様)にすると・・からだ全体に市松模様が現れてくるという。目で感知した情報にからだの色を合わせているわけだ。

 目を閉じることは自分自体を暗闇に紛れ込ませることが出来たような・・安心感が得られるらしい。怖いときに手で顔を隠すのは大事な顔を覆い保護する意味もあるが、怖いものをそれ以上見ない+暗闇への逃避だろう。また、恐怖に鳥肌が立つのは毛細血管が収縮することで出血を減らす効果があるという。生物に備わっている機能というのは不思議でもあり素晴らしいものでもある。生体をコントロールする酵素やホルモンは互いに拮抗しながらバランスを保っているわけだ。毒と薬は互いに持ちつ持たれつの表裏の関係であるとすれば、戦争と平和も単に表裏の関係なのだろうか。

[紫外線とサングラス]
 夏の日焼けについておもしろいことを耳にした。それは紫外線よけの化粧品を使うことだけでは不完全だというのだ。黒くなるというのは有害な紫外線を防ごうとするからだの防衛機能である。ところが紫外線を感知するのは皮膚よりも視覚によるものが大きいというのだ。目で感知する紫外線をサングラスをかけて抑えれば皮膚はメラニンをつくり黒くなる必要を感じなくなるのだと。このように四囲の情報を感知するからだの機能は複雑に絡み合っているのだから、五感を総合する機能を「勘」と位置づけるのもあながち無理ではないだろう。ところでサングラスをかけたカメレオンはどんな色になるのかな。

[聴望の山]
 視覚障害のある方々は山の音に耳を傾ける「聴望」によって山を感じるという。金山広美さんは聴望を楽しみながら世界の名峰に挑んでいる。触望、嗅望、味望・・という分野にこういった魅力を見出すのもよいかもしれない。学校では保健や家庭科に栄養問題や疾病とか運動能力についてだけではなく、視・聴・触・嗅・味という感覚をもっと取り上げ鍛えてみたらと思う。このごろは福祉問題で少しは触れる機会もあるのだから。

[ひたると生きる]
 野辺山の高冷地に生きてきた農民のドキュメンタリーを見て、きびしい自然の中に生きることの喜びと哀しさをかいまみた。農家では労働力として、現金収入のもととして、食料として、そして肥料を得るためにも家畜を飼ってきた。生き物を飼うことは彼らとともに生きることであり休日などという日は存在しないし、病気、ケガ、出産ともなれば昼夜さえも問わない。生きるということは一体となり埋没すること。自然の中にひたるだけなら易しいが、自然とともに生きることは並大抵のことではない。やがて、トラクターなどの機械力も入り集約農業にかわることで休日のゆとりをもつことができるようになった。そして、彼らの自然観も私たちと同じ旅人の自然観に変わりつつあることを知った。

[雨乞い]
 
ちょっと小高い山にはかならずといって雨乞いのいわれがある。「雨乞い」で検索(18、040山)したところ著名な山だけでも30件もある。その中でもっとも高い峰は山梨県の2、037mの雨乞岳であった。意外に高い峰がないのは住民たちが祈願に訪れることが難しくなるからだろう。単に雨とつくものは80件、アメと読むものは21件だがこのほかに阿夫利など多種の表現がある。「雨乞い」の祈念には雷神を怒らせて雨を呼ぶ手法が多いのは面白い。それにしても山梨の雨乞岳は日帰りには苦しいバリエーションコースだ。大昔は頻繁に村人が訪れていたのか、それとも麓から見上げて祈っただけなのだろうか。

 雷雨の多い佐久地方では浅間・荒船・蓼科・霧が峰や美ヶ原といった四方の山々から雷雲が流れてきて雨を降らせる。昔はどこの雷雲も勝手気ままに雨を降らせにきてくれた。だが、このごろでは談合したように自分の縄張りしか降らさないことが多い。高速道や新幹線がつくられ高圧線が走り、都市化することで気流の動きが妨げられるようになったのだろう。それとも変容する地上を見て雷神たちはアキラメの心境で怒ることを忘れてしまったのかもしれない。

[台風の功罪]
 1959年の伊勢湾台風での死者・行方不明は5、098人と阪神淡路大震災の死者6、432人に近い。青函トンネル開削へのきっかけとなったといわれる洞爺丸台風は、海難史上ではタイタニック号に次ぐ1、155人にものぼる死者をだした。だから台風が来ると悪者が襲ってきたようにマスメディアは大騒ぎをする。では、台風がこなかったらどうだろう。台風のメリットは・・と、台風+効用・功罪・メリットをネットで検索してみたが出てこない。

 日本の位置は台風の通路にあり逃げるわけにはいかない。だからこの台風のもたらす雨を利用した農耕とくに稲作がおこなわれてきたわけだ。しかし、ダムやポンプなどの灌漑の設備によって農業も変化してきた。都会でも田舎でも雨は欲しいが風はいらないと願う。稲作は台風の被害を避けるために早めに植付け、台風の前に収穫するワセ(早稲)種に移行してきた。二百十日や二百二十日の厄日もすでに語り草となってしまった。昔は稲が花を咲かせて受粉する大切な時期であり水もたくさん必要だったから台風は痛しかゆしといったものだった。今では9月1日と聞いても防災の日という答えしか返ってはこない。

 台風のメリットは水資源が第1であることはいうまでもない。飲み水、田畑の灌漑、工業用水・・。ダムが干上がり水道が止まれば都市の機能すら停止してしまう。ナイル川などでは洪水が肥沃な土砂を客土してくれるので農耕地は生き返ってきた。洪水を抑えるダムができてからは、水の蒸発にともなう塩分の蓄積で作物が育ちにくくなる塩害が生じてきた。カリフォルニアなどの灌漑施設でもそのような話しを聞く。日本の沿岸でのハマチやカキといった養殖場では餌やゴミが海底に沈積して環境を悪化させるが、台風で海が荒れると海底が掃除され老廃物を外洋に押し出してくれるので病気も防いでくれる。

 風の少ない年に育った草木は軟弱らしい。ちょっと雪が積もっただけで耐えられずに枝や幹が折れる。枝が折れるというのはトカゲのシッポ切りのように本体を助けるためなのだが幹まで折れてしまう。竹細工をしてみると竹ですらモロクなっているように感じる。盆栽の根や幹を太く育てるコツは繰り返し曲げたりしてイジメることであるといういう。ワラビもウドも風当たりのないところでは長く伸びて柔らかい。木材は節があるほうが強いという。木は枝を持つことでネジレにも強くなるのだろう。古い農家の棟木などにはチョウナ削りのクセのある棟木がのっているのがみられる。

 この稿が載る頃にはNHKのドラマは神風が吹いた後だろう。蒙古軍の第一次遠征のときには台風はこなかったという。なぜ彼らが帰途に着いたのかは史実ではまだ不明といわれている。伊万里湾に終結した第二次の蒙古の遠征軍が壊滅したのは間違いなく台風。もっとも武士たちは恩賞が減るので台風は表にだしたくはなかったが、中央政府の方で「神風」という言葉をつくって恩賞減らしに役立てたらしい。昔の武士の戦いは国のためというより、禄高を上げたり恩賞を目当ての稼ぎの場でもあったわけですね。

   − 五感と勘([)終わり −


次回からは忍者と修験者の山を取り上げていきたいと思っています。