2004年1月〜オープン戦編

2004年1月2日(金)
マスターズ・東京4−福岡6@東京ドーム

 正月早々東京ドームへ。初霜嬢のお陰でサード方面最前列。感謝感激雨あられ。球場内は休日の対鷹線よりも果てしなく多いと思われる客の入り。2F席を開けていないものの、球場は「青い人(by柴田保光)」が見受けられない状態である。こんなの私の知っている東京ドームではない(涙)←なんか違う。観客動員数は3万を超えているらしい。ちなみにマスターズは実数計測である。「観客300人、公式発表3,000人(初芝応援歌のメロでどうぞ)」なんてのはやらないのだ。
 中西太さんや柳田シカトと微妙にふれあいつつ(爆)、試合スタート。


 先発は鉄仮面加藤初(まだ電車通勤なんだろうか…)と野村収。いきなり二村、原伸次(達川離脱の為昔とったなんやらで捕手やってた)、松永の3連打で1失点。その後藤本博史の併殺、カズ山本の三振等、
まるで90年頃のホークスである。いや実際ホークス多いわけで。加藤初は2回をパーフェクトに抑え、素晴らしい内容であった。
 3回表、二村の四球を皮切りに3連打で3点追加。負けじとその裏、変わった安仁屋から屋鋪、清家、さらに代わった永射から安部の3連打で3-4まで追い上げる。
 暫く膠着状態。大川の毎年大車輪状態には頭が下がる。6回に河野博文が
「らしい(左打者に滅多打ち)」ピッチングをして4-4の同点に。
 西崎幸広が相変わらずのトレンディーぶり(爆)を発揮してくれた裏で、池田親興劇場が展開したりと見所満載。
 試合は9回に斉藤明夫から榊原総一郎、市場孝之の三塁打(!!)で決着。原の右犠飛はギリギリファールゾーンで、安部がしきりに悔しがっていた。確かにかなり判断に迷う場所だったのである
(この辺は古木克明との違いが明白である@1999年6月の観戦記参照)

 しかし。いくら勝ち投手だからといって、ヒーローインタビューに池田がいるのは加藤初に大変失礼だと思う。

 試合後、何か足元に落ちていると思ったら、1個のボールが出てきた。どこをどう見ても
河野博文のサインボールであった…。いくらプロフィールの「元巨人」とか書きやがっても、やっぱりファイターズなんだよなーこいつ、と思った瞬間でした。

(写真上=ツバミナ嬢が中西さんから貰ったサインボール。中=ツーベースの森博幸と柳田聖人と藤本博史。下=タイムリーを打った直後の松永浩美)

中西さんのサインボール
セカンド付近
2004年1月5日(月)
マスターズ・東京10−大阪0@東京ドーム

 昨年勢いあまって札幌まで本西厚博を見に行く。今年は大阪に移籍、今日が唯一見に行けた関東での試合。仕事を途中で投げ出して東京ドームへ急ぐ。社会人として終わってます私。
 なんと
首位打者争いですよあなた。最多安打も視野に入ってますよ。こんなの本西じゃないよーという微妙な思いを胸に、レフトスタンドに行ってみる。私が東京ドームのレフトスタンドに行くのは4年ぶりくらいで、BW戦の試合で最後に飽きて藤井の応援をしに遊びに行って以来である(9-16とかだったし)。

 さて私が見始めたのは5回裏。スコアボードを見ると、裏の部分にだけ「2,1,1,6」という数字が入っている。
なにこの6って。先に球場入りして観戦していた友人S君によると「中西大炎上面白かった」そうで。彼によると「本日のハイライト」。
 この5回裏以降は素晴らしい投手戦となり、また見ごたえのあるもの。本当に大川大車輪の活躍で…。
見る試合全てに登板しているような気がする(汗)。

 結局私が来てから試合が終わるまで一切得点が無く、ここだけ見ると非常に息詰まった投手戦でありました。

(写真上=ある種魔の三遊間、本西と村上隆行。下=マスターズの為に膝を手術したという南牟礼とよぞー)

本西村上の三遊間
とよぞー
2004年1月12日(月)
鎌ヶ谷ドライブ行ってきました

 今年最初の鎌ヶ谷ドライブ。お昼前に到着、センター後方の駐車場へ車を入れようとしたら、三塁側の坂が人だらけで通行不可能に。仕方なく正面駐車場に入れる。こんなの通常の鎌ヶ谷では絶対ありえない。異常な人の山に恐々と近づいてみると、誰かが客と報道陣に囲まれていた…須永である。事務所入り口の壁に掲示してあるスケジュールを見ると、今日は新人合同トレーニングの初日のようだ。誰が誰やらさっぱりわからん。ドラフトで誰を獲ったのかすらよくわかっていない。昨年は1月中に新人の顔と名前が一致したものだが、しばらくスポーツ新聞も買っていないし、スポーツニュースも全くといっていいほどチェックしていない。ここまでファイターズに無関心になれたオフも珍しい。

 で、その須永に群がる人々を仕切っていたのは広報のチャス(中原)さんである。その隣に大変見慣れた童顔が…私の
高校時代からのアイドル・荒井修光その人であった。球団職員になったとは聞いていたが、まさか広報とは。てっきりスカウトか鎌ヶ谷スタッフだと思ったのにー。まあとにかく彼は何事にも一生懸命です、かわいがってやってください(涙)。

 今日は今年の教育リーグから使う予定の新品のスコアブックを持参。表紙に島田イッキ、中表紙に田村のサインを入れてもらった。幸先いいかも知れない(笑)。


(写真上=グラウンドでキャッチボールする江尻。下=チャリ通勤のY野←脳内戦力外通告済)

えじりん
チャリ通勤矢野
2004年1月14日(水)
マスターズ・東京4−名古屋3@東京ドーム
 首位攻防戦どころか、東京が名古屋に対するマジックを1とし、東京が勝てば優勝決定らしい。とりあえずまた仕事の後にトコトコ東京ドームへ。

 とりあえず見たかったのは「横田真之(←まさしと入力したら選択肢にあった。すごいぞIME)の首の太さは相変わらずであるか」というあたりで(おい)、守っているところを1イニングだけ見た。守備機会なかった…(涙)。どうやらこのチームに於いては横田という存在は
「30代の選手が出場できる4回が来るまでとりあえず埋め合わせに置かれる人」のようであった(涙)。

 私が到着した4回裏スタートの時点で、3-3の同点。東京が先制、4回に名古屋が追いついたようである。5回に平野謙の犠飛で名古屋勝ち越し。その後また投手戦に逆戻り。

 9回に1点差、マウンドには当然のごとく与田剛。鮎川、蓬莱仕留めてあと1人というところで、高木豊にライトスタンドにホームランを打たれて振り出しに。
 延長は1イニングのみのため、10回裏が最終回。四球の安部が盗塁で二塁に進み、駒田がライトフェンス直撃の二塁打で安部がホームイン、優勝をサヨナラで決めた。

 この劇的な優勝決定シーンより印象強かったのは、8回表に田中富生登板時、宇野がこれまたお見事としか言いようの無い
トンネルをしたことだった…。しかも球場中暖かい笑いが…
2004年1月17日(土)
マスターズ・名古屋6−福岡1@ナゴヤドーム

 とにかく寒かった日。小田原付近から雪がちらつく。
 午前中に雪の中ちょこっとナゴヤ球場へ行く。大変立派な室内練習場&寮が出来ており、中からバットを振る音がする。余りの立派さに、今年は例年以上にここで練習する選手が増えているという話も頷けた。敷地の一部が中日新聞の配送センターになっていたのはちょっとショック。

 球場内でくぅさんと合流(お世話になりました)。
 名古屋の攻撃中に、ライトポール付近で応援歌を叫ぶ男子3人組を発見。ドラゴンズに限らず他球団の応援歌をよく知っている。しかし君たち何で
横田ダンスまで知ってるんだよホント。もっとビックリしたのは何で斉藤浩行がファイターズにいた時の曲知ってるんだよホント。君たちどう見ても私より年下なんですが。しかもここは普段パ・リーグの試合は年にちょこっとしかない名古屋…ナゾ。

 先発は郭源治と八木沢、源治すごすぎー。5回を投げて1失点のみ、お手本のようなピッチング。

 さて今日のキーマンは上川誠二。走攻守に大活躍である。喜怒哀楽がすぐ表面に出るのは相変わらずで、打席に入った時からノリノリ(死後)。ヒーローインタビューは宇野だったのだが、上川でもおかしくないはず…ちぇっ。

(写真上=会心のツーベースを放ちご機嫌の上川誠二。下=この週だけ参加していたポンセ@BGMはスーパーマリオ)

ご機嫌上川
♪打って場外へ〜♪ポンセ
2004年1月18日(日)
マスターズ・名古屋5−福岡6@ナゴヤドーム

 当日券売り場で「サードに一番近い席をください」と言った。サードの横、2列目をもらえた…いくらビジターとはいえ、これでいいのかナゴヤドーム。当日でこれですかい…。

 今日もくぅさんと一緒の観戦(ありがとうございます)。
 さて今日の目玉は始球式イベント。マウンドには大野豊、バッターボックスには井端弘和。1打席の真剣勝負。で、結果は大野の快勝。バットを折られてショートゴロに倒れた井端は「まだ現役でいけますよ!」というコメント。お世辞なのか本心なのかわからないところが、大野のすごいところである。

 先発は西本聖と安仁屋。安仁屋は1イニングで大野に交代(本来は先発予定だった!?)。西本が大乱調というか福岡が拙攻というか、とにかく福岡サイドの残塁が多い。

 福岡は4回以降さっさと交代してしまう者が多いのだが、今日は故障者が2名発生。自信たっぷりに送った岸川が走塁の際に肉離れを起こしKO。そして松永が盗塁の際に左手を痛めてしまった。しかしこの時点で出場できる選手を使い切ったも同然(香川にどうしろと…)。しきりに手を気にしながらサードの守備位置へやって来た松永に、私は思わず声を掛けてしまった。
<私>「松永さ〜んっ、がんばって〜〜っ」
<松>「がんばるよ〜っ」
 この交流でサード付近客のアイドルになった松永は、その後も声を掛けられるときっちりお返事。
<松>「左手の親指と、人差し指の第2関節までが内出血してるんだよねえ。でも監督は“行って来い!”って言われてさあ。まあ自分(のスライディング)がまずかったんだけど」
 顔は笑ってる(つか元々締まりの無い顔ではある)が現状はかなりやばいようだ。グラブに手を入れるだけでも激痛が走るらしく、表情がゆがむ。バットを持つ手も握れず、左手が浮いている。
 その後の松永は、どうみても勝負を避けたとしか思えない四球で出塁。三村さんのタイムリーでホームに滑り込んだ際、手足を空中にバタバタさせて喜びを表現。…かっ、
かわいい〜〜〜〜っ!
 その次の打席は敬遠の四球。バットを振らなくても出塁できてよかったですな。

 内容的にも面白い展開で、遠征してよかったと思えた2日間でした。さてl来シーズンはどこへ行こうかな?(ってもう計画かいっ!)

(写真上=サードベース上に座り込む平野謙。中=丸くなっても怖いぜ松永浩美。下=好投の大野豊)

おすわり平野謙
松永@負傷
ステキな大野様
2004年2月11日(水)
浦和に行ってみました

 この時期に唯一見られるのがロッテ浦和の二軍キャンプ。野球に飢えてしまった野次馬がいっぱーい。三塁側のお客用ベンチはほぼ埋まり、立ち見も出ている始末。みんな暇なんですな(自分も含めて)。

 浦和に行った人は皆ご存知かと思いますが、正面から入ってすぐ左手にブルペンがございますね。ここでまずお会いしたのが「僕らのアイドル・ブルペンキャッチャー草場さん(by初霜嬢)」。彼がブルペンで受けていたのは舩木の球。右腕の振り方を指導中…
どう聞いても内容が高校生に話すような感じがしたのは私たちだけだったのかしら…。

 グラウンドでは試合形式の実践練習中。マウンドには田中充。新人さんは体力づくりからということで、荘さんの指導の下ランニング。唯一藤井が実践練習参加でバッターボックスに立つ。アウトになるも、右方向に鋭い打球が飛んでいく。その後ショートに入って適正テスト。意外に悪くない。
今年推しの新人第1号にする。

 ブルペンやグラウンドを戸惑いながらうろうろするのが福澤。やっていることは去年とあまり変わらない気がするが、背番号がでかくなっているのにはやっぱり違和感。「何やったらいいんだろー」って感じでウロウロ。そして先輩方のパシリ。自分で動けるようになる日はいつか(おい)。

 さて私が今回鬼のように写真を撮りまくったのが塀内。1年目から期待しているのに
「ケガさえなければ…」の典型的な例になってしまっているのが悲しすぎる。暫く顔を見ないうちにえらく大人っぽく…というか、ものすごい苦労人の顔になっているというか。

 全体練習が終わった後、富永が特守。ステップの踏み出し方から逐一指導…彼の将来が
ひたすら不安になりました…。

(写真上=新人で唯一実践練習に出ていた藤井宏海。中=コーチ1年生の福澤洋一。下=トスバッティング中の塀内久雄。ずいぶんと大人の顔に)

新人の藤井
うっかりピースコーチ
大人っぽくなりました
2004年2月29日(日)
鎌ヶ谷へフラフラと

 13時前に鎌ヶ谷着。ユニフォーム変わるとイメージもやっぱり違うなあ…。本当にこれは私の知っているファイターズなんでしょうかと思ってしまうほど。慣れるのには非常に時間がかかりそう…。

 グラウンドではフリー打撃やらノックやら、いろいろとやっております。
全体練習はもう済んでいるらしく、それぞれ個人の課題を練習中。

 この時にフリー打撃で投げていたのは須永と金森。やっぱり身体細っ。高卒さんは1年でかなり体型が変わるので、今後が楽しみ楽しみ。それを眺めながら寮の前に向かうとちょうど隼人が引き上げてくるところ。ますます人間離れしてます…。君の体型は明らかに育ちすぎです。3年連続の開幕投手頑張ってください(おい)。

 外野のランニングゾーンに設けられた塁間と同じ距離をコーンで示し、ダッシュしたタイムを計測。右の写真で写した若い子たちがチャレンジ。尾崎が3.84のタイムを出した後、池田がトレーニングコーチに
「3秒台出したらラーメンおごってください!!」と申し出て、異常なまでに奮起(笑)。でもやっぱりタイムが出ないわけで、思い切り悔しがってたのが何とも可愛い。

 捕手3名がノックを受けている。捕球から投球に入るまでの時間は鶴岡が一番短く、以下駒居、渡部。個人的には鶴岡推しです。でなきゃ昨年のファーム日本一選手権にフル出場しないさ〜。

 武田を発見。腰を痛めてリタイヤしてしまった彼であるが、やはり別メニューのようで、ひとりユニフォームではなくトレーニングウェア姿。早く治して試合出てね〜。

 イースタン連覇なるだろうか…。でも今年は優勝してもファーム日本選手権は行けない(涙)。場所が遠い〜。

(写真上=ショート守備練習中にボールを弾いてしまい、反省する尾崎。中=バランスを取るトレーニング?若手野手の面々。尾崎、山田、池田、渡部。下=ストレッチなのか技かけてるのかわかりません。かけてる人>石本、飯山。かけられてる人>賢介。賢介の絶叫が鎌ヶ谷にこだまする…)

弾いちゃいました…
バランストレーニングです
君たち何やってるんじゃい
2004年3月7日(日)
鎌ヶ谷2−戸田9@鎌ヶ谷

 てなわけでいよいよ鎌ヶ谷も実践で動き出す。先発は入来と坂元ヤタロー。入来は初球から大暴投で、鎌ヶ谷のファンを魅了。その後連続四死球等フルコースで自滅しており、そんなこんなで初回から2失点。2回もきれいに打たれて1失点。まずは鎌ヶ谷のローテ入りを目指したい。連覇の足を引っ張らないようにしてもらいたいものである。てか井出を出してまでのトレードなので、井出っち分はしっかりやれ。いくら故障あがりとはいえなんかやだ。あと弁護士変えろ(ここは兄弟揃って人を見る目が無いと思うこの頃)。
 2番手は私が見る時はいつも同じパターンで打たれている矢野。珍しく抑えてしまった…ちっ、ヤジれねーじゃんか(おい)。
 3番手は立石@船橋人。地元パワーで(嘘)梶本、ユウイチ、本郷を切れのあるボールで抑える(年齢的にもあんまりこっちで見たくないわけだが)
 4番手はまさか鎌ヶ谷にいるとは思わなかった佐々木。これでササキヨWebのネタが書けると大喜び、奪三振ショーかと思いきや2イニング目が問題だった。でもアウトは全部空振り三振なのが佐々木らしいなと。
 5番手は昨年後半ストッパーになりかけていた鎌倉。イニング長くなると球が真ん中に集まってきて連打食らうよーです。

 打つほうは全くつながらず。毎度得点圏にランナーを提供してもらっているのに点が入らない。佐藤と駒居のタイムリー2本だけって悲しいねえ。

 で、ユウイチが毎度のことながら元気元気。外国人枠が無ければ今頃一軍なのに…(涙)。
 
追記:3/19、ユウイチが日本国籍取得!

(写真上=飯山のフォームが変わったよ。下=吉川のカッコイイスローイングをどうぞ@大きめ画像お申し付けください)

アンダースローなローソンくん
2004年3月13日(土)
YB3−F6@横浜

 仕事で溜まったストレスを発散させるべく、金曜夜から横浜に乗り込んでしまったあたくし。学生時代の友人と飲んで、当日10時までのんびりしてました。らくちんだ〜。
 試合前に見たもの。打撃練習で投げる島田直也。背番号がスタッフなのに68と若いのはきっと中継ぎがへばった頃に選手登録するためだと思ってみる。SSリレーとかあったら(復活するような投手陣だったらかなりヤバイんですが)。
 あと例のブラックホッシーが登場。身体張って芸してます。すげー。で、旧知の間柄(らしい)坪井と戦う(笑)。黒星・坪井のグラブを奪う→坪井・黒星追いかける→捕まえる→取っ組み合い→坪井・黒星に技かける、で場内爆笑。(そういえばマスコットといえば昨年近鉄のバフィーが関東遠征に来た時は、ファイティーやマーくんに絡んでたな。あと野球教室の小学生とか。)

(写真上=黒星と戦う坪井。中=西浦のホームラン打席。下=このスコアボードだけ見るとブレーブスvsファイターズみたいでちょっと嬉しい@病気ですな。ちなみにこの向かって左にある看板のI崎電気さん、ウチの会社の取引先です。商品作ってもらったりしてます)
ブラックホッシーvs坪井
西浦ホームラン
なんとなく西宮?
2004年3月14日(日)
YB2−F6@横浜

 球場に入ったら佐々木(45番の方)発見、というわけで周囲の目が皆S庄に向いている中、佐々木にカメラ向けまくって、荒井修光を探し出して悦に行っている我孫子市民。そして誠剛さんが合流しているのを見て素直に喜ぶ鎌ヶ谷ファン。、

ブラウンコーチに激励される佐々木
締まっていこうぜ!
2004年3月17日(水)
F14−Bu13@東京ドーム
 平日なので職場から直行。職場から水道橋まで1時間ほどかかる。水道橋に到着してもドームへすぐ行かず、ラクーア1Fの成城石井でベーコン買って、ムーミンベーカリーでパン買って…スタンド入りしたのが6回スタート時から。この時点で19:25。で、残り4イニングでどうして22:00になるんだ(笑)。さすが伝統の一戦・ハム牛馬鹿試合(別名泥試合)!
 5回終了時で4−6。標準的得失点といえよう。
で、6回表だけ新外国人のループを見たんだけども。ダメだこりゃ(長さん風)。とっとと撤収してもらいたいと思った。


2004年3月21日(日)
鎌ヶ谷8−浦和6@鎌ヶ谷


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