闘病日記 A入院中の治療経緯(入院生活 vol.1)











1月6日  この日、年が明けての初めての回診日。朝から、病院も仕事始めと言う感じで昨日までの”お正月モード”とは全然ちがう様子。外泊していた患者さんもほとんど帰ってきているようだし、看護婦さんや医者の数も格段と多い。人口密度の高さに少し居心地悪さを感じていた。
 例の管が取られて3日目、変わらず脚の痛みと痺れに悩まされていた。ことさら、その間これといった治療を施されていないので、痛みと痺れは増すばかりだった。ツライの一言だ!今日の回診で医者に現状を伝え、次の治療方針を聞こうと思った。
 例のごとく、点滴が終わろうとする11時頃回診の順番が来た。今日は、私が始めてこの病院に来て見てもらったK先生だった。年末からの変わらぬ状態を伝えると、”そうかぁ、効かないかぁ”とボソッと言い、他に治療方法があるのかと聞くと、”もう一通りの治療は行ったのですが、今までの治療で効かないとなると、後は手術しかないですね。”と言われた。手術にためらいもなく、この辛さから抜けられるのならと思いお願いした。”今週は手術の予約がいっぱいですので、来週以降となります。”と言われ、今日の回診は終わった。隣のKさんも”持続性硬膜外ブロック注射”をして2週間近くになるというのに、私と同様効き目があまりないらしく、不安げだった。手術はしたくないと言いつつも、体が思うようにならないのにかなり気がめいっているようだった。この頃から、Kさんとは病状についてよく話していた。というか、Kさんの機関銃トークの聞き役になっていた。フッ。。
1月8日  手術前の検査ということで、14:00より”ルートブロック(神経根ブロックともいうらしい)”という検査を行う事になった。レントゲン室で行うらしく、X線で透視(神経根造影)しながら、痛みの出ている神経を特定するものらしい。”持続性硬膜外ブロック注射”の時と同様、検査前に手術着を着させられて、ストレッチャーで出発した。
 レントゲン室のフロアー(B1階)に着くと、最初の外来の時に入った部屋ではなく、かなり奥にある部屋に入れられた。(何でもこの病院には、8つのレントゲン室があるらしい。)入ると、見慣れているレントゲン室とは違い、部屋の中は明るく、レントゲンを撮影する台(ベット上のもの)やカメラが、一回りも大きく見えた。看護婦さん2人がかりで連れてきてもらった私は、先生が来るまでそのままで待つようにと言われ、ストレッチャーの上でしばしの休息をもらった。連れてきてもらった看護婦さんたちは、先生が来るまでに準備に追われているようだった。時折、看護婦同士の会話が不快感を抱かせた。”この注射の針の太さでいいんですか?”、”ううん、先生の好みがあるから、来てからきいたほうがいいわね。”などと、普通の会話なのかもしれないけど、患者ともなると一言一言に微妙に動揺してしまう。。 なんじゃ〜それって大した事ないように思われるかもしれないが、入院が1ヶ月続くと結構ナイーブになっているのである。
 しばらくすると、ゾロゾロと3人の医者がこのレントゲン室に入ってきた。(何で3人も!?レントゲン撮るだけじゃないの?とこれだけでも動揺している自分がいた。)程なくして、レントゲンを撮影する台に移動させられ、背中下半分をバカ丁寧に消毒をし終わると、”局部麻酔の注射しますので、ちょっとチクッとしますよ。”と、いつもの調子で言われ、恐らく2本されたと思うのだが、痛みはあったものの何度もされたせいか、辛いものではなかった。(変な免疫が出来てしまったようだ。。)その後、今までで最高の痛みに襲われた。
 局部麻酔をしてもらうと、本番の準備に取り掛かっているようだった。私の背後でゴソゴソと医療器具の触れ合う音がして、恐怖感が増してきた。”では、痛みのある神経に触れたら教えてください。”と言われると、医者・看護婦3人で、私の肩・腰・足首それぞれを押えつけ、身動きが取れなくなってしまった。(なんで、こんなに押えつけるのかと思いつつも従うしかなかった。)すると、注射を行っている医者が”どうですか?”というやいなや、右脚に激痛が走り、足首を押さえられているにもかかわらず、右脚がボンと飛び跳ねた。腰から足の親指までに1本の線みたいなもの(これが、痛みの出ている神経なのだろう)があり、そこ全体に電気が走ったような感じで、悲痛な雄叫びまで出ていた。”この神経ですかねぇ。では、ここに麻酔薬を注入してじき終わりますからね。”というも、もう意識が薄れていく感じで、もうどうでもいいや。早く病室に戻ることしか考えてなかった。5分くらい経った頃だろうか、やっと検査が終了した。その後すぐうつ伏せだった体勢を仰向けにされ、脚を上げさせられると、なんと90度まで痛みもなく、上がるではないか!目がテンになっていた。”どう痛みある?”と医者に言われて、”いえ、全くありません。でも、何でですか?”と、この状態が理解できなかった。如何せん検査と聞かされていたので。すると、”このルートブロックは、痛みの出ている神経を特定するためのものとその神経に直接麻酔薬を投与することが出来るので、検査と治療を同時に出来るのです。このルートブロックは、手術を前提として行うのですが、痛みが取れてスッキリして、手術しないで退院する患者さんもいますから、2・3日様子を見させてください。”と言われた。そういうものなのかと理解したつもりもこの体の異変(本来、痛みや痺れがないのが正常なのだが。。。)には、驚きを隠せずにはいられなかった。。 病室に戻る途中、看護婦さんに”この痛みや痺れがないのが普通なんですから、このまま治まるといいですね。”と励まされ、病室に到着したらいつも間にか爆睡していた。
 しかし、あの”ルートブロック”は、いままでで一番痛かった。神経に直接注射針が刺さるんだもんなぁ。これだけは、もう二度とやりたくない!(後の治療や検査等を振り返ってもこれが一番辛かった。)
1月13日  この日は、同室で私より2週間程前から入院していた、KRさんの退院日。KRさんとは、一服仲間で一階の喫煙場所に行っては、お互いの病状のことや身の上話をよくしていた。私の父親くらい離れている人だが、屈託のない気のいい人だ。この日の朝、KRさんから”最後、一緒に風呂入ろうか?”と言われ、一緒に入った。ここに来てから、週三回の入浴をしているも、思うように体や頭が洗えない私を気遣ってなのか、背中をゴシゴシと丁寧に洗ってくれた。自分もまだ完調ではないはずなのに。私もと思うも、この体では背中を流してあげることはできなかった。なんか、人の心の温かさをひしひしと感じた。このことで、なお一層KRさんがここから去っていくことの悲壮感が増してきた。
1月14日  1週間前の”ルートブロック”の効果も薄れ、痛み出してきた連休明けのこの日、回診で現状を伝えると、また別の検査をやってその検査結果で検討した上で手術を決めたいとのこと。何だよ、まだまだかかるのかよ!と、のんびり構えているように見える医者に不信感を募らせていた。そういえば、別の検査って何?聞くのさえ面倒になっていた。どうせ、また明日も回診があるからいいや。
1月16日  今日の回診にて、手術日が30日に決定したと言われ、ホッとするも、まだ2週間もあるのかよと、うな垂れる。これといった治療もなく、入院当初から行っている、点滴と飲み薬そして痛みが辛い時の座薬。変わりない症状にいらだつ日々。なんで、そんなに手術日が先なのか!と発狂したくなる。
1月18日  夕方頃から、胃のあたりが痛む。家から持ってきていた、正露丸を飲んでみるも効かない。寝る前、ひかない痛みに耐えかね看護婦さんを呼ぶと、湯たんぽのようなものを持ってきてくれ、患部を温めた。しばらくすると幾分楽になりいつの間にか寝ていた。
1月20日  胃の調子は時折違和感は感じるものの、だいぶ良くなり、ピークは過ぎた感じだった。看護婦さんにも、入院生活が長いので精神的なものかもと言われ、自分でもそうかななんて軽く受け止めていた。
 15時頃、看護婦さんが来て、明日に検査を行うことを告げられた。痛い目に遭わされた”ルートブロック”ではない様で一安心。でも、”ミエログラフィ”という検査を行うようで、ネット上での体験手記で、”魔のミエログラフィ”と謳っている人のことを思い出した。なんでも、この検査で造影剤というものを使うらしいのだが、この造影剤を使用した後、頭を高くして安静をしないと脳にこの造影剤が流れ込み、ひどい頭痛と吐き気などの症状が出るそうだ。一抹の不安がよぎるも、手術への登竜門と覚悟を決め、明日の検査が無事に終わるのを祈るばかりだ。
1月21日  14時から検査ということで、今回もレントゲン室に向かった。あの”ルートブロック”の検査の悪夢が蘇った。あの時の痛みほどのものではないことを祈るばかりだ。部屋に入り、撮影する台に移され、エビのように背中をまるめ待つこと15分程、検査の準備が出来たらしく、いつものように広範囲にわたる消毒が終わると、造影剤を腰のいつもの場所辺りから入れられた。注射の痛みは、さほどのものではなく体全身、力んでいたのがフッゥと抜けていった。注射が終わると乗っている台が、回転し台ごと立たされた。この体勢で、レントゲン撮影を行うのだが、立っているだけでも辛かった。すぐ済むかと思いきや、いろいろな角度から撮るらしく、合計8つの角度を撮らされ、ちょっとした動きでもイテテっと声を漏らしていた。この撮影が終わると、次はCT検査を行うためすぐ、CT検査室へとストレッチァーで移動した。この検査は、寝ているだけで10分程で終わったので助かった。病室に戻ると、今日はトイレ以外は動かずに、頭を上げて寝るように言われた。やはり、脳にこの造影剤が流れ込み、ひどい頭痛と吐き気などの症状が出ないようにするためのものなのだろうと思った。ひどい頭痛と吐き気などの症状が出るのはゴメンなので、言われたとおりおとなしくしていた。
1月22日  朝起きて、”ミエログラフィ”の後遺症めいたものはなかった。