|
2003年6月8日 日本vsアルゼンチン 大阪・長居陸上競技場
その国においては、過去から考えると有り得ない程の高さの個人能力を持つ選手が揃った代表。今までは組織力で成り上がって来たが、高い個人能力があるのだから、それを主体にチームを作る。大丈夫。その国では過去に無い程の高い個人能力を持った選手達が揃ったのだから。他の国との比較なんて、しなくていい。だってその国では史上最高なんだから。その最高級の素材を活かすためには、窮屈な組織路線はナンセンス。その国史上最高の選手達を並べて、自由にやらせるのが一番。
対する、かの国は常に世界最高レベルの選手を揃え、常に世界のトップのステージで勝つことを目的にしている。その為には高い個人能力が備わっている事は大前提で、例えその個人能力を阻害する事になろうとも、チーム全体の能力数値を上げる為には、組織の力を嵌め込む事も厭わない。目標は世界で勝つことであるから、目先の個人能力に溺れる事なく、奢る事なく、その素材に厳しいタスクを課し、最低限それを実行させた上で自由を与える。
このようなチーム同士が対戦したら、1-4という結果になる。
日本は、奢りすぎている。あのアルゼンチンでさえ、チーム全体の能力数値を上げるために、謙虚に組織力を高めているのである。
日本は、奢りすぎている。中田、小野、中村、稲本。過去の日本から考えると、まさに黄金のカルテットだろう。高原にしても然りであろう。しかし世界レベルで考えると、欧州リーグで戦うチームにおいて、決して外す事の出来ない重要で不可欠な選手達であろうか?当たり前の様に存在する一選手より、少しだけスペシャルか、或いはそれ以下ではないか。
アルゼンチンと勝負するために日本が取った策は、ボランチを一枚増やす事。それは同時に中田をより自由に動かす事に繋がるらしい。それはそれでいい。アルゼンチン攻略法は、昨年のワールドカップでエリクソン監督が示してくれた。アルゼンチンはその時のチームと基本方針は変わっていない。監督も変わっていなければ、システムも変わっていない。メンバーが多少変わっているだけだ。それならば、エリクソンが示してくれた方法にヒントを見出せば、最終ラインとボランチのゾーンを強化するのは間違っていない。スピードのあるFWが必要だが、無いものねだりをしてもしょうがない。それは中田に自由を与えた分で、局面を打開できる可能性が増えるだろう、と考えるのもジーコらしい。最終ラインを下げて、アルゼンチンの攻撃のポイントとなるゾーンまで誘い込み、そこで一気に潰してカウンター。その為に下がり目のMFの駒数を増やしたのだろう。そう考えたい。
しかし、何が徹底されていただろう?試合を観ていて、ボランチを増やした意図が全く伝わってこなかった。戦略を徹底する為の意識が、選手に自由を与える事によって低くなっているとしか思えない。前半の2失点は、どちらもそのゾーンを使われている。アルゼンチンは速いパスにダイレクトを織り交ぜて、欲張って深く抉る前に積極的にシュートを打っている。それに対して日本は、その危険なゾーンを、最大限の危機感を持って対応したであろうか。欠けまくっている集中力しか見えなかったのは気のせいなのか?集中力が欠けているのは選手の責任であるが、集中を切らさない為の危機感を与えるのは監督の仕事でもある。監督なりに、やるにはやった、と言いたいかもしれないが、伝わりきっていないのなら、足りないのだ。伝えて、意識させて、実行させる。それは最低限やってほしいものであり、やらなければいけないものだ。それが出来なければ、この様なゲームになってしまう。崩壊したゲームを見せ付けられる事になる。
自由を与える。信頼する。それは素晴らしい事だし、選手もその気になるだろう。でもそれでは足りないのだ。
選手の能力を最大限に引き出すために、多少のディシプリンは必須だ。それにより集中力も高まるのではないのだろうか。
|